異世界ラジオのつくりかた ~千客万来放送局~【改稿版】   作:南澤まひろ

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第30話 異世界"商"女の狙いかた①

 ちゅん、ちゅんと、鳥の鳴き声が聞こえてくる。

 まだ暗闇の中にあった意識はだんだんと晴れて、ぼやけながらも視界に光が満ちていった。

 

「ん……ふぁ~」

 

 目をこすって、体を起こしたら大あくびをひとつ。まだ眠気でぼーっとしている頭を、両手で頬を軽く張って叩き起こす。これが俺の朝の基本ルーチン……なんだけど。

 

「……ここ、どこだ?」

 

 見たことのない大きなベッドに、見たことのない木枠の窓。

 そして、俺の家にある部屋の、その倍はある広さの客間。

 

「あー……そっか」

 

 自分が着ているシンプルな服を見て、ようやく昨日のことに思い至る。

 

 ピピナのお姉さん・リリナさんにレンディアールへ連行されて、石の牢屋に閉じ込められたり、ルティのお姉さん・フィルミアさんに助けられたり、ルティが実は王女様だったりと、本当にいろんなことがありすぎた。

 その前にはルティとピピナと公園でミニFMの送信実験をしていたし、夜はフィルミアさんの案内でヴィエルの屋台街に連れられてごはんを食べまくったし……ホント、濃すぎるにも程がある。

 

 ベッドのそばにある木枠造りの窓を跳ね上げて、枠に仕込んであるつっかえ棒で固定すれば窓が半開きに。フィルミアさんから教えてもらったとおりにすれば、ここから窓の外の景色が見えるわけだけど、

 

「本当に、異世界に来てるんだな……」

 

 その外にはただただ青い空と、市役所の屋根の向こう側にヴィエルの街並みが広がっていた。

 2階建てより上の建物はほとんどないし、電柱や電線も全くない。そのおかげで、広がる空や街並みと、石畳の大通りを行き来する人たちの姿がはっきりと見える。

 日本では、まずありえない光景。異世界・レンディアールの都市・ヴィエルでの滞在生活2日目にして、俺は早くもそれを目の当たりにしていた。

 

「ほらっ、朝採れのクレティアだよ! 安くするからどうだい?」

「今日はいいのが揃ってるね。よし、これをもらおうか」

 

 耳をすませば、少し距離があるはずの市場からそんな声が聴こえてくる。車やバイクからのモーター音もないおかげか、人々の話し声がよく通るみたいだ。

 

「ん?」

 

 そんな中で、にぎやかな子供たちの歌声がピアノの伴奏にのって聴こえてきた。歌詞は明らかな日本語で、しかも聴き覚えがある……というか、日本人にとって馴染み深いにも程がある曲じゃないか。

 少し身を乗り出して下を見ると、ポニーテールの女の子と長い銀色の髪の女の子――たぶん有楽とルティが、昨日ラジオを発信した中庭にいた。

 

「何やってんだ、あいつら」

 

 急いでふたりのところに行く……と、その前にスニーカーをはいてからベッドを降りて、大鏡で服装と寝癖を確認。上は襟元の緩さを紐で調節するシャツのような白い服で、下は黒い膝丈の紐締めズボン。格好は問題ないだろうし、寝癖も特にはなさそうからこのまま行っちまうか。

 客間のドアから廊下へ出ると、少し進んだところに上下の階へ続く階段がある。レンガ造りの少しいかつい外装とは違って、白い壁紙や紅いじゅうたんでシンプルに飾られた内装は落ち着ける造りになっていた。

 そのままじゅうたん敷きの階段を降りて、5階から1階へ。玄関ホールのドアを開けて外へ出ると、中庭で壁を背にしている有楽と向かい合っているルティ、そしてそのそばでふわふわ飛んでいるピピナの姿があった。

 

「おはよーさん」

「おはよう、サスケ」

「おはよーですよー」

「おはようございます、松浜せんぱい」

 

 近づいてあいさつすると、3人とも笑顔であいさつを返してくれた。ルティは白のブラウスと黒のスラックス姿で、ピピナはいつもの緑色のドレス。有楽は少しすその長いシャツのような服と草色のズボンを身に付けていた。昨日、市場の服屋でピピナが選んだ身軽そうな服装だ。

 

「で、なんでこんなところでコレを流してるんだ?」

「朝といったら、ラジオ体操に決まってるじゃないですか!」

 

 力説する有楽の後ろ、市役所側の壁に立てかけられたスマートフォンから流れていたのは、日本人ならお馴染みの「ラジオ体操の歌」だった。

 

「よくスマホに入れてたな、それ」

「体を鍛え始めた第一歩がこれで、今も毎朝やってるんです。事務所でも、レッスンの前に必ずやってて」

「毎日の習慣ってやつか」

「はいっ。で、こっちでもやろうと思ったら、起きてきたルティちゃんもやってみたいって」

「ほー」

 

 当のルティはというと、ブラウスの袖をまくって準備万端らしい。

 

「〈らじお〉を使った体操と聞いて、実に面白そうだと思ってな」

「そっか。んじゃ、俺もやるとするかな」

「ぜひぜひ!」

「うむ、いっしょにやろう」

「やるですよー!」

 

 有楽が教える係みたいだから、俺はルティの左横につくことにした。ちょうど動きやすい服装だし、去年の体育祭ぶりにラジオ体操をするのにもちょうどいい。

 

「それにしても、これは佳き歌だ。曲がとても明るく、また歌詞も希望に満ちている」

「久しぶりに聴いたけど、言われてみれば確かにそうだな。前は考えもしなかった」

「そうなのか?」

「夏休みになると、毎朝これが町内で流れて小学生……えっと、7歳から12歳の子供たちがみんなで集まって体操するんだよ。で、毎日休まずにやればお菓子の詰め合わせがもらえて、そのために出てたってわけ」

「いいなー。あたしのところなんて鉛筆セットでしたよ」

「物で釣って体操しても、あまり意味はなかろう」

「まあ、本来の目的は『夏休みでもちゃんと早寝早起きしろ!』ってとこだな」

「それならわかりやすい」

 

 俺の身も蓋もない説明に、ルティがくすりと笑う。小学生の頃は夏休みになると、必ず朝の6時に叩き起こされてたもんな。ラジオの夜ワイドとか深夜番組を聴いた次の日でも絶対だったから、眠かったのなんの。

 

 

「さあ、そろそろ始まりますよ」

「おう」

 

 ラジオ体操の歌が終わると、続いて指導員さんの元気な声といっしょに軽快なピアノの伴奏で「ラジオ体操第一」が流れてきた。

 

「ルティちゃん、聴きながら見て真似してみてね」

「わかった」

「あ、力は入れなくていいよ。これはのびのびーってやる体操だから」

「ん? そ、そうなのか」

 

 真剣に返事したルティの力を解こうとしたのか、有楽がお気楽そうに声を掛ける。確かに、これは力を抜いてやったほうがいい。

 

 まずは背伸びの運動から、腕を振ったり回したりする運動へ。有楽はさすがに毎日やってるだけあってとても滑らかな動きで、横目で見るとルティはやっぱり見よう見まねだからか、ぎこちない動きではあるけど懸命に腕を振っていた。ピピナは……ふわふわ浮いたまま体操してるし。

 俺はといえば、やっぱり小学生のときに体と頭に染みついているからか、メロディと指導員さんのかけ声でどんな動作かが思い出せてきた。寝起きで体を覆っていたけだるさも、動かしていくたびに少しずつ飛んでいく。

 

「わっとっとっ」

 

 体を反らす運動に入ったところで、思いっきり仰け反ったルティがバランスを崩して後ずさった。

 

「大丈夫か?」

「う、うむ。勢いをつけすぎ……た……」

「ん?」

 

 苦笑したと思った次の瞬間、目を見開いてそのまま固まる。

 

「だいじょーぶー? んしょっ、んしょっ」

 

 その視線の先にいる有楽は、声をかけながらそのまま体操を続けていて、

 

「……すごい」

「……すげえな」

 

 体を反らすたびに、容赦なくそれなりにある胸を揺らしていた。

 

「んしょっ、んしょ」

 

 そして、ルティの向こうにいるピピナも、小さい身体のわりに大きめな胸を揺らしながら反らしていた。

 

「持つ者と持たざる者には、このような差が……」

「あー、気にするな気にするな」

 

 自分の胸に手を当てて悔しがるルティの肩をぽんと叩いて、体操へと戻る。ふたりとも厚手の生地でゆったりとした服だから体のラインは出ていないけど、それでも自己主張していて……まあ、それ以上はノーコメントだ。

 続くねじりの運動からはルティも気を取り直した……と思ったら、体を反らしたりジャンプする運動のたびに横から「くっ……」「すさまじい……」なんてつぶやきが聞こえてくるあたり、意識しまくっているっぽい。

 

「いち、にー、さん、し、ごー、ろく……しち……はちっと。はい、これでラジオ体操第一はおしまい。って、どうしたの? ルティちゃん」

「いや、すごい体操だなと思ってな……」

「そう? お手軽らくらくな体操だと思うんだけど」

 

 熱中していて様子までは見ていなかったのか、有楽はルティにとって的外れな言葉を返した。まあ、本人には気にならないんだろう。たぶん。

 

「で、『それ』以外はどうだったよ」

「う、うむ。こう、本格的に体を動かす前になじませるための体操といえばいいのだろうか。なんだか、体の節々の動きが滑らかになったような気がする」

 

 俺が声を掛けたらようやく気を取り直したようで、ルティはよいしょ、よいしょという感じで腕を動かしたり、軽くジャンプしたりして身体の動きを確認しだした。

 

「そんな感じそんな感じ。眠ってた体を覚ますには、とってもぴったりな体操なんだ」

「なるほど。〈らじお〉ができたら、街へこの体操を流してもいいかもしれぬな」

「でも、その時には誰かがお手本をやらないとわからないよ?」

「確かに。まずは市役所や警備隊の皆にもやってもらって、それから広めたほうがいいだろうな……その時は、カナに手本を頼むとするか」

「えっ!? あ、あたしが!?」

 

 ふふんと笑うルティに、有楽がうろたえる。おお、これは初めてのパターンだ。

 

「一番知っているのはカナであろう。願えないだろうか、カナ先生」

「かなせんせー、おしえてですー」

「神奈せんせー、おしえてー」

「いや、ちょっ、ルティちゃんとピピナちゃんはいいけど、せんぱいはダメです! ダメ! 全然似合ってない!」

「ひどっ!」

 

 ピピナを真似てみたら、手ひどく一蹴されちまった。慣れてるけどな!

 

「別にいいけど、いちばんのお手本はルティちゃんになるんじゃないかなぁ」

「もちろん、我もカナに習って皆に見せるぞ。その上で、カナに先生になってほしいのだ」

「えー……」

「ここで有楽が先生になれば、異世界にラジオ体操を広める第一人者になるんじゃね?」

「っ! いいですねそれ! ルティちゃん、あたしやるよっ! ラジオ体操の先生、引き受けるっ!」

「おおっ、やってくれるか!」

 

 ボソッと口にした俺の言葉が届いたのか、有楽はルティの両手をがしっと握ると目を輝かせながらそう申し出た。ルティもうれしそうだし、ふたりにとってそれが幸せだろう。

 

「さすけ、うまくよけましたねー」

「はてさて、なんのことやら」

 

 ちょこんと俺の肩に乗ったピピナが、こそっとささやいてくる。自分まで巻き込まれたくなかったなんて、そんなことを思ったことはないですよ。ああ、一切ない。

 

「なにをはしゃいでるんですか、あなたたちは」

 

 呆れたような声がして振り向くと、そこには黒い執事服姿のリリナさんがげんなりとした表情で立っていた。

 

「おはよう、リリナ。今朝はカナから体操を習っていたのだ」

「体操ですか。体を動かすということはよきことでございます」

 

 と思ったら、ルティが声を掛けたとたんににこやかにあいさつをして、

 

「おはよー、リリナちゃん!」

「おはようございます、リリナさん」

「おはようございます」

 

 俺と有楽には、ルティに見えないようにして無表情であいさつしてきた。まあ、あいさつしてくれるだけマシ……か?

 

「フィルミア様とルイコ様より、朝食の準備ができたので伝えるようにとのことです」

「ありがとう。サスケ、カナ、ピピナ、食堂へ行こう」

「わかった」

「はーいっ。あっさごーはん、あっさごはんー♪」

「はいですっ!」

 

 リリナさんの報告を受けたルティが、玄関へと歩き出す。そして、有楽がスキップしながらスマホを回収してくるのを待って俺も歩き出した、その瞬間、

 

「…………」

「ひっ」

 

 昨日以上に冷たいリリナさんの視線が、また俺に突き刺さった。

 

「ふんっ」

 

 そして、鋭くにらみつけてから前を向いて勢いよく去って行く。あーあ、こりゃあ本格的に嫌われてんな。

 

「おーこわ……」

「なんか、いつもいじょーにこわかったですー……」

 

 俺に続いて、ピピナも怯えたように声をもらす。これでいつも以上なのかよ。

 

「せんぱい」

 

 と、スマホを取ってきたのか、横に並んだ有楽が俺たちをのぞき込んできた。

 

「死に水なら、あたしが取りますよ?」

「勝手に死ぬ前提で言うな! つーか人ごとか!」

 

 可愛らしく小首を傾げて言うことじゃねーだろそれ!

 

「まあ、ちゃんと話せば大丈夫じゃないですかね。あたしたちのこと、まだちゃんと話してないんでしょう?」

「聞く耳すら持ってもらえないのに、どうすればいいのさ」

「あははー、それがあたしもなんですよねー」

「お前は原因をの自覚が無いのか」

 

 捕食者のような行動をしてたら、そりゃ避けられるっての。

 

「おはなし……ですかぁ」

 

 そんなバカなやりとりをしている最中に、ピピナの小さなため息が聞こえてきた。

 俺には兄弟がいないからよくわからないけど、仲がこじれている姉妹っていうのは見ていて歯がゆい。

 ほんのちょっぴり悲しそうなピピナの声に、おぼろげにだけどそう思えた。

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