異世界ラジオのつくりかた ~千客万来放送局~【改稿版】   作:南澤まひろ

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第31話 異世界"商"女の狙いかた②

 ヴィエルの市役所は、重厚なレンガで造られている。

 この間ピピナに連れて来られたときにも実感していたけど、改めてそのまわりを歩いてみると、3階建てでレンガづくりのたたずまいには圧迫感すら感じられた。

 

「うーん」

 

 手元のダイヤル式のポケットラジオからは、ただ耳障りなノイズが流れてくるだけ。

 

「うちのマンションと同じなのかな」

 

 隣にいる赤坂先輩がポケットラジオをのぞき込むけど、周波数は合っているはずなのに、受信中を示すはずのランプは点灯していなかった。

 

「どういうことです?」

「コンクリートって、電波を通しにくいの。リビングのコンポは共用のアンテナに繋げないとダメだし、わたしの部屋でもこういうラジオは窓際じゃないとほとんど聴こえなくてね。だから、もしかしたらレンガもそうじゃないかって」

「あー」

「あのミニFMの機械って、100メートルぐらいは電波が飛ぶんだよね」

「父さんが言うには。ルティと試したときは50メートルぐらいでしたけど、はっきりと聴こえました」

「となると、やっぱりここが障害になってるのかも」

「マジですか……」

 

 ふたりしてため息をついて、高くそびえ立つ市役所を見上げる。

 

 フィルミアさんと赤坂先輩お手製の朝飯を食べ終わった俺は、中庭で発信したラジオの電波がどこまで届くのかを測るために先輩と市役所のまわりを歩いていた。

 昨日ルティとやってみたときは、結構遠くまで届いたから行けると思ったんだけど……まさか、初っぱなから文字通りの壁にぶつかるなんて。

 

「ピピナ、何か聴こえるか?」

「ん~……かすか~にきこえますけど、ちっさすぎてよくわからないです」

 

 先輩の肩の上にいるピピナが、長い耳をぴこぴこさせながら困ったように答える。ピピナでもあまり聴こえないのなら、やっぱりレンガに遮られてるんだろう。

 

「しやくしょのかべがじゃまなら、ピピナがそーしんきをそらにうかべてみるですよ?」

「いいのか?」

「もちろんっ。そんなにぱわーもつかわないですし、ピピナができることならやるです!」

「なら、お願いしましょうか」

「はいですっ! かなにもいってくるですねー!」

 

 そして、先輩に頬ずりしてからぱたぱたと市役所の上へ飛び去っていった。さっきよりも元気になったみたいだし、連れ出して正解だったみたいだ。

 

「ねえ、松浜くん。広場のほうで待ってみない?」

「広場でですか」

「うん」

 

 ピピナを見送ってからもレンガの壁を見上げていた先輩が、俺のほうを向いて小さくうなずく。

 

「ピピナさんが送信機を持って飛んでも、ここだとどうしても建物の影になっちゃうから」

「ラジオの電波って、どこでも通ると思ったら結構シビアなんですね」

「他のコミュニティFM局の話だけど、まわりに高層ビルがいっぱい建って電波が届かなくなったら、スポンサーさんがほとんど降りて廃局に追い込まれたところもあるぐらいだから……」

「うわー……」

 

『廃局』なんて恐ろしい単語に、思わず身が震える。言われてみれば、聴こえなくなってからもスポンサーを続けたってほとんど意味はないし、それで降りられたらお金も入らなくなるから、最後には廃局するしかないわけか。

 

「これ、街を歩き回って調べましょうか」

「レンガ造りのお店とかも結構あるから、将来的にはしておいたほうがいいかも」

「わかりました」

 

 頭の中で山積みになってる懸案事項の、真ん中あたりに押し込めておく。あとで全部まとめて、スマホにメモっておこう。

 

「とりあえず、時計塔の時計が見えるあたりにでも行きましょう」

「ええ」

 

 ふたりしてうなずき合って、市役所前から歩き出す。市役所のまわりは大きな円形の広場になっていて、そこから東西南北に大通りが十字のように伸びている。その円の端にある商店街の近くまで行けば、ちょうど時計塔のてっぺんあたりが見えてくる格好だ。

 

「このあたりでいいかな」

「了解っす。さて、ピピナのほうはっと……おっ、あれかな?」

 

 振り返って時計塔を見上げると、時計の前あたりでシャボン玉みたいな透き通った球体がぷかぷか浮かんでいた。よく目を凝らして見てみると中に何かが入っているらしく、その下でピピナらしい小さな人影が手をかざしている。

 

「松浜くん、ラジオの電源を入れてみて」

「はいっ。……おー、聴こえます聴こえます!」

 

 ポケットラジオのボリュームを上げて電源を入れると、受信を表すランプがうっすらと点灯して、ほんの少し雑音混じりな弦楽器と金管楽器の音がスピーカーから流れだした。受信中のランプも、ちゃんと赤く点灯していてバッチリだ。

 

「今流れてるのは『くじゃくの主題による変奏曲』か……うん、ちゃんと聴こえてるね」

「ただ、少しノイズが入りますね」

「少し遠くなっちゃったから、仕方ないかな。テストにしては上々だよ」

「聴こえるだけでまずはよし、ってことですか」

「そうそう」

 

 笑い混じりの俺の言葉に、先輩も笑い混じりで応じる。

 

「でも、ファンタジーな世界でラジオが聴けるなんて不思議だよね」

「ですね。こうして街並みを見ながらだと、特に」

 

 俺と先輩がいる市役所入口前の広場からは、イロウナとの国境方面へ向かう北の大通りが伸びている。道は全面石造りで、歩道や車道なんて区別のないただただ広い道。その両端に広がるお店や市場は午前中から人混みの活気で溢れていて、俺たちが着ているレンディアールのシンプルな服装の人もいれば、ドレスのようなイロウナの白い民族衣装を着ている人たちもいた。

 自動車の影も形もないし、少し見上げてみれば、電線やビルがさえぎることのない空が広がっている。そんな中で地球生まれのラジオを手にして音楽を聴いているんだから、ミスマッチにも程があるってもんだ。

 

「それ、なんだい?」

「うわっ!?」

 

 とか思っていたら、純白のドレスと短いマント姿の女の人が、横からラジオをのぞき込んできた。

 

「へえ、音が聴こえるんだ……不思議な箱だね」

「あ、あのー」

「あははっ、ちゃんと聞いてるよ」

 

 顔を上げた女の人は、長い黒髪をかきあげながらにかっと笑ってみせた。って、この人……

 

「ごめんな。仕事柄、こういうのには目がなくてさ」

 

 もしかして、この間ピピナに連れてこられた時に見た……

 

「いえ、いいんですよ」

「よかったら、もうちょっと聴かせてくれるかい?」

「もちろん」

 

 先輩と気軽にしゃべる女の人は、確かにあの時の勝ち気な女の人だった。

 

「複数の音が重なって聴こえるけど、これって自鳴琴みたいに中で音を鳴らしてるのかな」

「ジメイキン?」

「ほら、箱みたいのをパカッと開けたらキンキラキンって音が鳴る」

 

 ああ、オルゴールのことかな?

 

「いえ。それとは違って、遠くで鳴らしてる音をこの箱みたいので受け取って鳴らしてるんです」

「遠くで鳴らしてる音を? 受け取る? どうやって?」

「そういう風に鳴らす機械があるんですよ」

「機械……」

 

 俺がそう言ったとたん、女の人が俺をじろりと睨んでくる。

 

「アンタたち、フィンダリゼの人なの?」

「いえ。俺たちは日本って国から来ました」

「ニホンか。聞いたことはないけど、フィンダリゼの他にも機械が作れる国があるんだな」

 

 面白いと言いながら、女の人がニヤリと笑った。睨んでるときとあまり変わらない目つきを見ると、元々つり目っぽいからそう見えるみたいだ。

 

「ねえ。この箱、売ってもらえる?」

「えっ!? あ、いや、その」

「ダメかい?」

「すいません。この機械はまだ実験中で、売り物にはなってないんです」

「そっか。実験中じゃあ、売るわけにも買うわけにもいかないね」

 

 突然の申し出で戸惑う俺に、先輩が助け船を出してくれた。物珍しいのはわかるけど、いきなり売れって言われても確かに困る。

 

「でも、面白そうな機械だ。いくつもの音が重なって聴こえる箱なんて、聞いたことがないよ」

「とはいっても、あまり広い範囲には聴こえないんです。ちょっと歩いてみましょうか」

「うん」

 

 先輩といっしょに、素直に応じた女の人を連れて大通りを歩く。すると、スピーカーから流れてくるオーケストラの音に雑音が混じり始めて、

 

「ありゃ。なんだよ、このザーッて音は」

 

 4つ目の区画に差し掛かった頃にはノイズだけが流れていた。

 

「今は時計塔のところから音を流していて、そのまわりでしか聴けないんですよ」

「もっと広く聴けたりしないの?

「ちょうど、その実験中みたいなもので」

「なるほどねぇ……んじゃ、戻ろっか」

「えっ?」

「もうちょっと、さっきみたいに聴いてみたい」

「あははっ、わかりました」

 

 ニンマリと笑う女の人につられて笑いながら、今来た道を戻る。スピーカーのノイズはまた音楽混じりになって、広場へ戻る頃にははっきりと聴こえてきた。今度は、弦楽器やハープの伴奏にのせてフルートの音が響いている。

 

「不思議なもんだ。こんなにいろんな音が鳴るなんて」

「実験用の機械ですから、まあ、いろいろと」

 

 さっきの食いつきの良さを見ると、これで音を保存する機械まであるとか言ったら離してはくれないだろう。この人は商人だとか前にピピナが言ってたから、そこまでに留めておいたほうがよさそうだ。

 

「なあ、これは出来上がったら売る予定とかあるのか?」

「へ? さあ、どうなんでしょう。ルティに……あ、いや、エルティシア様に聞いてみないことには」

「えっ!」

 

 ルティの名前を出したとたん、女の子の笑顔が驚きへと変わった。

 

「アンタたち、あのエルティシア王女の知り合いなのかい!?」

「いや、なんというか、友達ですけれども」

 

 昨日屋台街に行ったときも、フィルミアさんやルティがお店の人たちにそう俺たちを紹介してたから大丈夫だろう。たぶん。

 

「じゃあ、アンタらが今朝市場で話題になってたレンディアールの賓客か!」

「はい!?」

「ずいぶん評判だよ。あんなにおとなしかったエルティシア王女が、さらわれたと思ったら御友人を連れて堂々と戻ってきたって。屋台街でも、昨日はずいぶんはしゃぎ回ってたそうじゃないか」

「お、おとなしかった? ルティさんが?」

「ああ。アタシも一度お目にかかったことがあるけど、きれいで物静かだった」

「はあ」

 

 先輩の問いに、女の子がきっぱりと答える。凛としてたり可愛らしいルティは知ってるけど、物静かだなんて……

 

『言われてみれば、これといって何がしたいというのはなかったのだ』

 

『みんなと親しくなっていくうちに、もし明かしてしまえば関係が変わってしまうと思って……』

 

 ふと、ルティが落ち込んだときの姿が頭をよぎる。もしかして、こっちでのルティは時々見せるあのルティだったのか?

 

「まあ、いい機会だ。実験とかでなにか入り用になったら、西の大通りにあるイロウナの商業会館に来てアタシを呼びな。『アヴィエラ・ミルヴェーダ』に会いに来たって言えば、ヴィエルにいるときゃできるだけ駆けつけるからさ」

「あのー、商売相手になりそうだとか思ってません?」

「当然!」

 

 恐る恐る聞いてみれば、返ってきたのはきっぱりとした答え。

 

「王女様の御友人なら尚更だし、なんてったってアンタらは面白そうなものを持ってるじゃないか。この機会を逃してたまるかってんだ」

「なるほど。じゃあ、まずはルティに相談して、その時になったらお願いしますということで」

「その時が来ることを祈ってるよ。で、アンタらの名前は?」

「俺は松浜佐助です。佐助って呼んで下さい」

「赤坂瑠依子です。わたしは、瑠依子と呼んで下さい」

「サスケとルイコだね。アタシのことは、アヴィエラって呼んでくれればいいよ」

「わかりました、アヴィエラさん」

「うん、いい感じだ」

 

 満足そうにうなずいて、女の人――アヴィエラさんがにっこりと笑う。ルティに相談する必要はあるけど、何かあったときに協力してもらえる人がいるのならそれにこしたことはない。それに、アヴィエラさんにみたいにラジオへ興味を持ってくれる人がいたのは、やっぱりうれしかった。

 

「おっと」

 

 と、時計塔のほうから鐘の音が聞こえてきたところでアヴィエラさんがつぶやいた。時計の針は10時ちょうどを指していて、教会の鐘というよりもハンドベルのような高く、澄み渡った音が広場に響いていく。

 

「そろそろ商業会館の朝礼だ。また、アンタらを見かけたら声をかけるよ」

「はいっ、また会いましょう」

「ああ。サスケも、またな!」

「はいっ、また!」

 

 先輩と俺があいさつを返すと、軽く手を振ったアヴィエラさんは長いドレスのすそを翻して西の大通りへと去って行った。

 

「なんだか、風みたいな人だったね」

「ええ。どっちかというと暴風っぽかったですけど」

 

 くすりと笑う先輩に、ちょっと疲れた笑顔で返す。有楽とはまた別なベクトルで、とてもパワフルな人だった。

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