異世界ラジオのつくりかた ~千客万来放送局~【改稿版】   作:南澤まひろ

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第38.5話 異世界姉妹の〈ばすたいむ〉

 手桶で浴槽のお湯をすくい、ミア姉様の肩口から流していく。

 

「はぁ~……」

「気持ちいいですか?」

「はい~。やはり、どこでもお風呂というのはいいですね~」

 

 ちょっとだけこちらを振り向いて、姉様がにっこりと笑う。いつもはねてる銀色の髪が白い肌に貼り付いて、少しだけ大人になったように感じられた。

 

「ではでは~、次はルティですね~」

「はいっ」

 

 肩越しに手桶を渡して、椅子の上でくるりと半回転。肩も腕も泡だらけな我の肌を、温かいお湯が流れて清めていく。レンディアールでも〈ニホン〉でも、やはりこのぬくもりは変わらない。

 

「ふぅっ……」

「もう一度流しますか~?」

「いえ、大丈夫です。姉様、ともに浴槽へ入りましょう」

「はい~」

 

〈ぷらすちっく〉特有らしき甲高い音を立てて椅子から立ち上がり、まずはミア姉様から浴槽へ。続いて、姉様に空けて頂いた空間へと我が入る。余裕があったことで身を縮めることもなく、湯が持つぬくもりとともに、身を寄せた姉様のぬくもりが肩から優しく伝わってきた。

 

 喫茶店「はまかぜ」からルイコ嬢の家へと戻った我と姉様は、ルイコ嬢が用意してくださった浴室を使わせて頂いていた。我らの住まいと比べるとひとまわり小さい浴室ではあるが、それでも体を洗い、ふたりで肩を寄せて湯に浸かるには十分な空間であった。

 

「まさか、異なる世界でルティとお風呂に入れるとは思いませんでした~」

(わたくし)もです。ルイコ嬢には、感謝せねばなりませんね」

「そうですね~」

 

 短めの髪を湯につけた姉様から、ふんわりとした返事をいただく。湯に浸からないようにと我の髪を結ってくださったときも、痛くないかとあたたかく声を掛けていただいたものだ。

 

「ルティが、ルイコさんたちを慕うのもわかります~」

「初めて出会ったときから、ルイコ嬢とカナ、そしてサスケにはよくしていただきました」

「みたいですね~。先日、サスケさんからも詳しくうかがいました~」

「山賊から追われたときにはもうダメかと思いましたが……まさかその先で、このようにしていただけるとは思いませんでした」

「ですね~」

 

 ちゃぽんと音を立てて、姉様が肩まで湯につかる。見上げなければ合わなかった顔の高さを、まるで合わせて下さったかのように。

 

「こうしてふたりで入るのも、とてもひさしぶりです~」

「姉様が中央都市におられた時以来ですか。私がヴィエルへ戻ってからも、お互い忙しかったですからね」

 

 リリナに連れられて帰った夜は、宴会のような騒ぎで姉様と長く話すことが出来なかった。昨日もリリナとの学習の他に父様への手紙を書いたりして、姉様とこうして風呂へ入ったり、ふたりきりで話すのは本当に久しぶりだった。

 

「それに、山賊の襲撃があってから10日ぐらいですから~……あの時は、とても肝を冷やしました~」

「……その節は、申しわけありませんでした」

「いいえ、それだけあちらの隠密行動が長けていたということでしょう~。ただ、ピピナちゃんからの便りがあるまでは……とても、心配でした」

 

 初めて聞く、姉様の少し悲しそうな声色。

 つられて隣りを見ると、眉を下げて我を見つめる姉様の眼差しとぶつかった。

 

「もちろん、仕方のない事情だとは思います。それでも姉としては、やっぱり心配だったんですよ」

「姉様……」

「でも、ピピナちゃんからの手紙があって、ルティがヴィエルへ帰ってきて、サスケさんやルイコさん、カナさんと実際にお会い出来て。その心配を吹き飛ばすぐらいのおみやげがあったのには、とってもびっくりしちゃいました~」

 

 湯船から手を出して、結った我の髪を優しくなでる姉様。湯浴みをするといつもしていただくことではあるけれども、これも久しぶりのことであった。

 

「たった数日間のことだったのに、こんなにも見違えるなんて。きっと、こちらでたくさんの出来事を経験したのでしょうね~」

「はい。球技の試合を見て応援したり、サスケとカナの学び舎へ行ったり、姉様にも聴いて頂いた〈らじおばんぐみ〉を作ってみたりと、様々なことを皆に経験させていただきました」

「学び舎にもですか~。一度行ってみたいですね~」

「姉様も是非行きましょう。サスケと同い年なのだから、きっと大丈夫です」

 

 またルイコ嬢にお願いすることにはなるけれども、我だけでなく姉様にもニホンの学び舎の雰囲気を味わっていただきたい。友であるナナミ嬢とクウヤ殿、そしてミハルに会ってもらって、歌も録ってもらって。そうすれば、きっと姉様にも楽しんでいただけるはずだ。

 

「ふふっ。そうしてわたしを誘ってくれるのも久しぶりです~」

「そ、そうでしょうか?」

「はい~。わたしが中央都市からヴィエルへ旅立つ前、行っちゃやだってルティがぐずっちゃって、いっしょに一週間ほど過ごして以来かと~」

「そんなに前でしたか……」

「なので、3年ぶり前ぐらいでしょうか~。先日ヴィエルで出迎えてからはとてもおとなしい姿だったので、心配していたんですよ~」

 

 と、姉様のおでこが我のおでこにこつんとぶつかる。目の前に迫ってきた姉様の瞳はまっすぐで、我からそらそうとはしなかった。

 

「兄様方や姉様方の手腕が偉大なだけに、気後れしてしまったのかと~」

「……それがなかったとは言いません。先人の方々が志学期で究めたことを追うわけにもいかず、どうすればいいのかという思いはありました」

「では、わたしとお揃いですね~」

「えっ……そうなのですか?」

「ええ~」

 

 ふふっと笑った姉様はおでこを離すと、我の肩へと頭を預けてきた。

 

「作物を研究して新しい果実や野菜を生み出したり、季節に沿って育つ作物を増やしていったり……先人が完成させた道をたどるだけでいいのかと、たくさん悩んでたくさん考えて、父様と母様と相談して音楽の道へと進んだんですよ~」

「でも、私にはそんなそぶりはひとつも」

「見せられるわけがないじゃないですか~。ルティが、私に悩みを見せられなかったように」

「あ」

 

 確かに、そうだ。我だって姉様を心配させまいと思って何も言えなかったのだし、その逆だってあって然るべきだ。

 

「こう見えても、わたしはお姉さんですからね~。今でこそ、ルティがわたしにいっぱい話してくれるから言えることですが~」

「なるほど……あの、もしかしたらなのですが、私をヴィエルに呼び寄せたのは」

「はい~、わたしですよ~」

「やはり」

「正確に言えば、中央都市にいたステラとゼル兄様もですけどね~」

「ステラ姉様とゼル兄様もですか!?」

 

 飄々としたひとつ上の姉様と、志学期で忙しいみっつ上の兄様の名前に、思わず声が出る。あまり接する機会が多くなかったというのに、何故我のことを?

 

「ふたりから、ルティが進むべき道に迷っているようだって手紙が届いたんですよ~。ステラと兄様も志学期で悩んだ先人だから、ルティの様子がわかったんでしょうね~」

「は……恥ずかしいです……」

「気持ちはわかりますが~、やはり兄姉(きょうだい)としては放っておけません~」

 

 恥ずかしくて顔を湯船に沈めようとすると、沈まないようにと姉様が体をこちらへぐいぐい押し寄せてきた。

 

「今のルティの表情を見れば、きっと兄様たちも姉様たちも安心するでしょう~」

「そうでしょうか」

「ええ。こちらのみなさんに会ってから、昔みたいな自信に満ちた表情をするようになりましたから~。中でも〈らじお〉のことになると、より目がきらきらしてますよね~」

「リリナにも言われましたが、姉様から見てもそう感じますか」

「今日一日ともにいましたが、ルイコさんのお手伝いで街の人たちに〈まいく〉を向けたり、ミナミちゃんに聴こえてくる音の説明をしていたときのルティの姿は、兄様方や姉様方にも見せてあげたいぐらいでした~」

「あ、あれは、私なりに出来ることをしようとしたまでで」

「あとで、ルイコさんとサスケさんから〈シャシン〉をいただかなければ~」

「えっ、ね、姉様? もしかして〈シャシン〉で撮られていたのですか!?」

「ふふふ~」

「ふふふ~じゃありませんっ!」

「きゃあっ! やりましたねっ!」

「わぷっ!?」

 

 体を押しつけてくる姉様に湯船のお湯をかけると、姉様は楽しそうにお湯をかけ返してきた。お互い顔にではなく肩にではあるけれども、それでもやっぱりくすぐったくて。

 

「ふふっ……あはははっ」

「あははっ」

 

 顔を見合わせたら、思わずいっしょに笑ってしまった。

 これもまた、姉様と中央都市で暮らしていた頃以来。ヴィエルに来てからはひとりで入るようにしていたが、なんともったいないことをしていたのであろうか。

 

「姉様。今度ヴィエルへ帰ったら、またこうしていっしょに入浴しましょう」

「いいですよ~。その時は、リリナちゃんとピピナちゃんともいっしょにですね~」

「ふたりにも、この度はずいぶん世話になりました。リリナは私たちのことを想ってくれて、ピピナは私の命を守り、新しい世界へと導いてくれて」

「リリナちゃんは心配していましたけど、ピピナちゃんもルティといっしょに笑顔で帰ってきてくれたのでなによりです~」

「まあ、リリナの気持ちもわからなくはないです。信じられないかもしれませんが、サスケとピピナが出会った頃は、とても険悪だったのですよ」

「……はい?」

「暗闇の中でサスケがピピナを直接明かりで照らして、怒ったピピナが羽でサスケの頬を打ったのです」

 

 サスケは笑うなと言ったけれども、思い出すたびに笑いがこらえなれなくなってしまう。ピピナの体を軸にした回転も、サスケの顔の飛び具合も実に見事であったから。

 

「……それなのに、今のなかよし具合なのですか~?」

「姿を隠したピピナが、ワカバの街をゆく我らを見守っていて大丈夫だと確信したからだそうですよ。ピピナもピピナなりに、『守護妖精』としての務めを果たそうとしたのでしょう」

「なるほど~、ちゃんと話し合えたと~」

「向きあって落ち着いて話せば、互いのいろいろなことがわかるということなのだと思います。まるで、〈らじおばんぐみ〉を作っているときのように」

「確かに~」

 

 納得がいったという感じで、姉様がほにゃっと笑う。こうしてともに入浴しながら話すのもまた〈らじお〉で話しているときのようなものだろう。

 

「私もサスケやカナ、そしてルイコ嬢と〈らじお〉のことを通じて様々なことをわかり合いました。これからもきっと、少しずつ話し合ってわかり合っていくのだと思います」

「その中に、わたしとピピナちゃんにリリナちゃんもいるとうれしいです~」

「もちろんですとも。皆に伝えたいことは、たくさんあるのですから」

 

 ふふっと笑う姉様の肩に、今度は我が頬を寄せてみた。湯に浸かった温もりと姉様からの体温が伝わってきて、とても心地いい。なるほど、確かに姉様がこうしたくなったのもわかる気がする。

 

「では、わたしからルティにお願いしてもいいでしょうか~」

「なんでしょう」

「わたしも、サスケさんやルイコさんたちみたいに〈ばんぐみ〉を作りたいな~と」

「姉様がですか?」

「はい~」

 

 ちょっと照れたような、姉様の返事。昔、こうして浴室で姉様へたくさん質問したときに、こうした声をよく耳にしていたのを思い出す。

 

「音楽家を目指す方が演奏したり、歌ったりできる〈ばんぐみ〉をとか作りたいんです~」

「やはり、先ほどまで聴いていた〈ばんぐみ〉の影響でしょうか?」

「恥ずかしながら~……」

 

 姉様の肩から顔を上げてみると、言葉通りに恥ずかしそうにしていた姉様の姿がそこにあった。

『ワカバしてぃえふえむ』では、『ドヨウビ』――週の6日目の夜に音楽家が集って演奏を聴かせる〈ばんぐみ〉が存在する。先週我が聴いて、音楽家である姉様にもぜひ聴いていただきたいと思っていたのだが、やはり琴線に触れたようだ。

 

「劇場ではどうしても多くの費用がかかりますし、〈らじお〉なら少ない費用で、様々な方の音楽を多くの方々に聴いて頂けるかと思いまして~」

「なるほど、それはとても佳き考えです。本日姉様がルイコ嬢の〈ばんぐみ〉で歌ったように広まると、演奏したり歌う意欲をかきたてられる者も多くなることでしょう」

「はい~……今日のわたしが、そうでしたから~」

「そういうことでしたか!」

「ルティの気持ちが、よくわかりました~。多くの人にわたしの歌が伝わることが、なんて気持ちがいいのかと~」

「それこそが〈らじお〉の魅力なのでしょう。人は誰もが、伝えたいことを抱えているものですから」

 

 ニホンでも『ワカバしてぃえふえむ』だけでなく、限りなく多い『らじおきょく』が様々なことを伝えている。それと同じように、ヴィエル……いや、レンディアールや他の国でも、きっと伝えたいことを抱えている人たちは多いはず。

 我だって、そのひとりなのだから。

 

「では姉様、あとでルイコ嬢にそのことを相談してみましょう」

「ええ、お話ししてみましょう~」

「あと、我からも姉様にお願いがあるのですが」

「なんですか~?」

 

 きょとんとした表情を見せる姉様に、我はこほんとせきばらいをしてから向き合うと、

 

「先ほど我のことを撮ったという〈シャシン〉ですが……なかったことにはしていただけませんか?」

「う~ん……どうしましょう?」

「ね、姉様ぁっ」

 

 そう言ってみたところで、姉様はいつもの柔らかな笑みでのらりくらりと交わしていった。

 

 結局、我の願いがかなうことはなかったけれども。

 姉様との時間がこうして蘇ったことで、よしとしておこう。

 

「父様と母様にも送ろうと思ってたんですけど~」

「だ、だめですっ! ぜったいだめっ!」

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