異世界ラジオのつくりかた ~千客万来放送局~【改稿版】   作:南澤まひろ

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第43.5話 異世界少女(?)の第一歩

「ルイコ様、こちらの机は真ん中に置けばいいのでしょうか」

「そうですねー」

 

 私の問いかけに、ルイコ様が手を頬にあてながら考え込む。

 つい1時間ほど前まで物置だった部屋は、カーペット敷きの床の上に5脚の椅子と大きな机、そして壁際にある本棚のみを残してすっかり整頓されていた。

 あとは、この机の位置を決めるだけ。

 

「真ん中ではなくて、窓際にしてみましょう」

「窓際に?」

「はいっ。リリナさん、そちら側を持っていただけますか?」

「は、はあ」

 

 促されてから机の縁に手を掛け「せーの」とふたりで声を揃えてから机を持ち上げる。通常であれば、私たちのような女性ふたりで持ち上げられるような軽さではないけれども、机そのものへ私の力を注ぐことで椅子と同じくらいの軽さへと変化させてみた。

 

「よいしょっ、よいしょっ」

「んしょ、んしょ……このまま壁へとつけるのですね」

「はいっ」

 

 ルイコ様が言うとおりに、机を壁際へくっつける。真ん中に置くよりもずいぶん見栄えは悪く感じるけれども、ルイコ様のお考えがあるのだろう。

 

「あとは、椅子をこっちにと。リリナさんのほうにも、はいっ」

 

 楽しそうに2脚の椅子を置いたルイコ様は、もう2つの椅子を持って私のほうへとやって来た。

 

「ありがとうございます、ルイコ様」

「いえいえ。そうしたら、窓際のほうに座ってみてください」

「ですが、まだ椅子が」

「こっちも私がやりますから、さあさあっ」

「……わかりました」

 

 あまりにも楽しそうなルイコ様の姿に、私はそのまま椅子へ座るしかなかった。せっかく椅子を引いて頂いたのに座らないわけにはいかないし……まあ、仕方ない。

 はす向かいの席へも椅子を置き、今にも鼻歌が聴こえてきそうな笑顔で私の向かいへと座るルイコ様。そのまま傍らにある跳ね上げ窓へ手を伸ばすと、慣れた手付きで窓を開けてつっかえ棒で固定した。

 

「こうすれば、街の様子を見ながら放送できますよね」

「ああ」

 

 その言葉に合点がいって、私もつられて外へ目を向ける。

 真夜中の街は暗闇に包まれているけれども、街路にある陸光星の灯りと空に浮かぶ星の明かりがヴィエルの街がぼんやりと彩っていた。

 

「あとは、この上にミニFM局の送信キットを置けば……はいっ、これでラジオスタジオの完成です!」

「なるほど、なんと見事な……」

 

 サスケ殿から借り受け、私が預かっていた〈みにえふえむきょくそうしんきっと〉がルイコ様の手で机へ置かれると、小規模ではあるものの〈わかばしてぃえふえむ〉の〈すたじお〉のような場へと一気に変化した。

 

「お話を頂いたときに、こうしてみたらどうかなって思い浮かんだんです。リリナさん、ありがとうございました」

「いえ。私こそ、このような形で願いを叶えて頂きありがとうございました」

 

 お互い頭を下げてから、上げた顔を見合わせてくすりと笑い合う。

 アヴィエラ嬢が帰宅され、本日も泊まられるニホンの皆様へ食事を作っている最中に、私は手伝って下さったルイコ嬢へひとつのお願いをしていた。

 

「スタジオを作りたいだなんて、びっくりしちゃいましたよ」

「その節は、その……本当に申しわけありません」

「あ、いえ、そういうことじゃなくてですね。リリナさん、ラジオに対してそんなに興味は持っていなさそうだったので」

「ルイコ嬢の仰る通りです。しかし、皆様方が実際に〈らじお〉で話されているのを聴いてみたら、フィルミア様だけではなく、皆様や街の人々の言葉がとても活き活きとしていて、楽しくて……私にも、何かが出来ないかと思ったのです」

「そう言って頂けると、パーソナリティ冥利に尽きます」

 

 私の言葉を、優しい微笑みで受け止めて下さるルイコ様。

 彼女にお願いしていた〈すたじお〉作りを始めたのは、皆様が寝静まったあと――ニホンで言う、午後の10時半過ぎ。このことを知っているのはルイコ様だけで、フィルミア様もエルティシア様も、ピピナもサスケ殿も知らない。作業中は防音の結界も張っていたのだから、万全の体制なはずだ。

 ヴィエルの地で落ち着いて〈らじお〉をするために必要だと思ってはいたのだが、よもやここまで整ったものが出来るとは……まこと、ルイコ様のおかげだ。

 

「明日はきっと、みんなびっくりするでしょうね。リリナさんといっしょにスタジオを作ったなんて言ったら」

「あの……私の名前を出さないというわけには」

「ダメです。スタジオが出来たのは、リリナさんのおかげなんですよ?」

「……うう」

 

 わたしも忘れていたんですからと言いながら、ルイコ様がちょっと恥ずかしそうに笑う。

 その可愛らしい笑顔を見て、ほんの少しの後ろめたさが私の心の片隅に蘇った。

 

 そもそも、私は〈らじお〉というものに反発していた立場だ。

 エルティシア様とピピナが心奪われたと思い込み、嫉妬をしてわけのわからない存在だと断じて……ニホンの皆様、特にサスケ殿には言い様がないほどの酷い言葉をぶつけてしまった。

 それにも関わらず、皆様方はまるでそんなことがなかったかのように温かく迎えて下さっている。サスケ殿はチホ様への願いを聞き入れて下さって、ルイコ様はこうして私と共に〈すたじお〉作りをして頂いて。今はニホンで声の演者として奮闘しているであろうカナ様からも、ニホンの物語を案内するという約束をして頂いているわけで……

 

 あんなことをした私なのに。

 どうして、笑顔で私へ手を伸ばしてくれるのだろう。

 

「リリナさん、リリナさん」

「ふぁいっ!?」

 

 物思いにふけりだした私の意識を、ルイコ様の声と頬にぶつかる硬い感触が引き戻す。って、指? ルイコ様が身を乗り出して、私の頬に、これを?

 

「ぼーっとされていたようですけど、疲れちゃいました?」

「い、いえ、そういうわけでは」

 

 心配そうにのぞき込んでくるルイコ様へ、急いで両手と首を振ってみせた。

 豊穣の精霊の娘である我ら妖精は、よほどのことがなければ深い疲れを体に感じることはない。代わりに、精神へ至った疲労を癒やすのにはかなりの時間を要する。

 人よりも永い時間を生き、次代へと記憶を伝える私たちの宿命ではあるのだが……先ほどの記憶もまた、私の罪として命が潰えるまで刻まれるのだろうか。

 

「ただ、私が何をしたのかを言えばいいのかと思っただけです」

「『わたしといっしょにスタジオを作った』でいいと思いますよ。わたしとリリナさんの半分こということで」

「でも、多くの部屋の荷物を移動したり、配置を決めたのはルイコ様ですよね?」

「それを言ったら、音を消す結界を張ったり、軽くする力を荷物へ込めてくれたのはリリナさんじゃないですか」

「そう言われてしまうと……本当に、よろしいのですか?」

「もちろんですっ」

「では、半分こということで」

「はいっ、半分こで」

 

 ルイコ様のあたたかな言葉が、私の旧き後悔を飛び越えて心の中へとたどり着く。王妃様やフィルミア様の他にも、このような方がおられるとは。

 

「あとは、この〈あんてな〉を展望台の真ん中辺りに立てれば完成なのですね」

「そうですね。送信キットとアンテナを長いケーブル……えっと、線で接続して、この窓から時計塔の展望台までアンテナを持っていけば完成かと。家の近くに売ってるので、明日帰ったらすぐに買っておきますね」

「わかりました。その際は、必ず〈ヴィエル市時計塔放送局〉の予算をお使い下さい」

「もちろんです」

 

 当然だと言うように、ルイコ様が大きくうなずく。

〈ヴィエル市時計塔放送局〉はエルティシア様が局長、フィルミア様が副局長として自主的に設立したもので、私とピピナが助手として、そしてルイコ様たち日本の方々が教導として参加している。

 予算は、全てフィルミア様とエルティシア様の私費。その中にあった数枚の金貨がチホ様の助けでニホン用の通貨として換金され、ルイコ様のお宅で厳重に管理されているというわけだ。

 

「となりますと、しばらくはこのまま置いておくことになりますか」

「えっと、アヴィエラさんに強化してもらったこの送信キットなら、こうすれば――」

 

 と言って、ルイコ嬢が銀色に光る〈あんてな〉の(つが)いを折り曲げて窓の外へと向ける。

 

「わざわざ上まで行かなくても、街の北側へ電波が届くかもしれません」

「たったこれだけで……ならば、ルイコ様たちがニホンに居られる間も私たちのみで試験などが行えそうです」

「ぜひぜひ。この送信キットならお手軽ですから、きっとリリナさんにもできますよ」

「私が? 〈らじお〉を?」

「今日の収録でも、とても楽しそうにしゃべっていたじゃないですか」

「楽しそう……でしたか」

 

 確かに、普段は二言三言の言葉をかわすだけだったのが、今日はリメイラ嬢を始めとしたお店の方々と品揃えや質のことを話したり、今までしたことのなかった試食にも手を伸ばしたりした。

 今までの私が、ずっと拒み続けていた行為。ただ王家の方々が快適に過ごせればよいとしか思っていなかった私が、ルイコ様の導きでとはいえ街の方々と交流を持つとは。

 

「楽しく、なかったですか?」

「いえ、決してそんなことは!」

 

 戸惑うルイコ様へ、慌てて否定の意志を示す。

 反発するように言ったけれども、決して楽しくなかったなんてことはない。ルイコ様との道中は話も弾んだし、あれだけお互い反発していたピピナともつまみ食いをたしなめるぐらいで、いっしょに笑い合うほどに楽しかったと思う……けど、

 

「他の方からそう言われたことが、ほとんどなかったものでして」

「そうなんですか?」

「私自身、楽しむことが(まれ)だったということもあるかもしれません。しかし、今朝はルイコ様に導いて頂いたことで楽しき時を過ごせたと、それだけは確かに言えます」

「わたしも、リリナさんとピピナさんのおかげでこの街を知ることができて、とても楽しかったですよ」

「そう言って頂けるのは幸いですが……〈らじお〉で上手く喋ることができるかどうかは、また別問題かと」

「そんなに心配することはないと思いますよ?」

 

 困ったように笑ったルイコ様は、首から提げていた〈あいしーれこーだー〉をはずすといくつかの突起を押して、机の上へと置いた。

 

『そして、まだまだこの街に不慣れなわたしに、今日は案内役の女の子がふたり同行してくれることになりました。では、自己紹介をお願いします』

『はいですっ! ピピナ・リーナです。いつもはルティさまのしゅごよーせーなんですけど、きょうはるいこおねーさんのあんないやくをがんばるですよー。そしてっ』

『リリナ・リーナと申します。普段はフィルミア様の侍女をしておりますが、ルイコ様への恩義を果たすべく妹と共に案内させて頂くことになりました。本日は、よろしくお願いいたします』

「っ!?」

 

 ルイコ様の声に続いて聴こえてきたのは、ピピナの声。その次は……これが、私の声?

 

「リリナさん、こんなに声を弾ませていたじゃないですか」

「私が、こんな楽しげな声を……」

 

 確かに、この言葉は私が発したものに違いない。それなのに、少し興奮気味の声は私のものじゃないみたいで……まったく、実感が湧いてこない。

 

「今日一日、リリナさんはずっとこういう感じでわたしを案内して、お店の人たちとも話していました。だからこそ、お店の人たちも穏やかに話すことができて、ピピナちゃんも楽しそうにしていたんだと思います」

「それは、でも、ルイコ様がいて下さったおかげで」

「んー」

 

 困惑を深めるルイコ様の姿に、言葉が詰まる。

 やりたくないなんてことは、ない。

 今日はルイコ様とピピナと街歩きをして確かに楽しかったし、私の声が〈でんぱ〉に乗って様々なところで聴けると思うと心が躍る。

 でも、ひとりで〈らじお〉をやりたいかというと、そうとも言い切れない。

 元々人と話すことが得意ではないし、何よりも私だけのしゃべりを聴いたところで面白いと思ってもらえるかどうかは……全く、自信がない。だけど……

 

「じゃあ、リリナさん」

「は、はいっ」

 

 そんな風に心の中で堂々巡りを続ける私のほうへ、ルイコ様が身を乗り出してきた。

 

「これからも、わたしといっしょにラジオをやりましょう」

「えっ」

「わたしとリリナさんとピピナさんの番組を、これからも恒例にしていくんです」

「で、でも、今日やりましたよね?」

「今日は今日ですよ。一回だけでおしまいだなんて、もったいないじゃないですか」

 

 両方の手のひらを組んでまで、私に願っているルイコ様。

 心底そう思ってるかのようなその言葉は、私の心に浸みていって、

 

「私で、いいのですか?」

「リリナさんで、じゃなくて、リリナさんとピピナさんがいいんです」

 

 先ほどのように、未だ私の中に残る心の壁を飛び越していった。

 

「……もちろん、リリナさんの気持ちもわからなくはないです。むしろ、わたしも以前はそういうネガティブな……ラジオに対して後ろ向きに接していたこともありましたから」

「ルイコ様がですか?」

「はい」

 

 驚きの声を上げる私を、ルイコ様は少し恥ずかしそうな上目遣いで迎える。こんなに〈らじお〉が大好きなルイコ様が、どうして?

 

「松浜くんと神奈ちゃんが通っていた高校にはわたしも通っていて、同じ放送部に入って同じ時間帯でラジオをやっていました。入ったときからずっと『若葉市のいろんなところでたくさんの話を聞いて、多くの人に届けたい』って思いを持ってはいたんですけど……最初のころは、ほとんど失敗続きで」

 

 その言葉の多くは想像がついたけれども、ひとつだけがまったくわからなかった。

 ほとんど、失敗続き? ルイコ様が?

 

「このICレコーダーを人に向けても上手くしゃべることができなくて、言葉に詰まっちゃったり、時には失礼なことを言って怒らせてしまったこともあって……先輩たちからも、こっぴどく叱られました。部員が少なくて1年生の半ばから2年生の終わりまでひとりでラジオをしている中で、怖くなって何度放送部をやめたいって思ったことか」

「では、何故今も〈らじお〉を続けておられるのですか?」

「ちょっと情けない話ではあるんですけど、叱られたあとは必ず先輩たちがいっしょに次の収録へついてきてくれたんです。商店街で会った人たちといっしょにしゃべってくれたり、ここはこうしたほうがいいって教えてくれたりして。その時に、先輩のひとりから『ラジオの向こうに伝わるくらい、めいっぱい楽しまなくちゃ』って言われて……実際にその先輩も楽しそうに街の人たちと話していて、わたしも吹っ切ったようにやってみたらとっても楽しくて」

 

 その言葉が示すように、恥ずかしげだったルイコ様の表情が楽しげなものへと変わっていく。

 

「その楽しさを伝えたくて、わたし自身ももっともっと楽しみたいって思ったから今のわたしがあるんだと思います」

「なるほど……」

「だから、リリナさんにももっとラジオでしゃべる楽しさを知ってもらえたら……って、ごめんなさい。押しつけみたいになっちゃって」

「いえ、そんなことは」

 

 押しつけだなんて、そんなことはない。ルイコ様の〈らじお〉を聴いて心が躍ったからこそ、街で〈ばんぐみ〉を記録するという話が出たときに私から随行を申し出たのだから。

 もし、またルイコ様とピピナとともに出掛けられるのであれば……きっと、楽しいことは間違いない。

 

「私でいいのであれば、是非とも御一緒させて下さい。ルイコ様とピピナといっしょに、また楽しき時を過ごしたく思います」

 

 だから、私はルイコ様の申し出を受けることにした。

 

「ありがとうございます、リリナさん。これからもよろしくお願いしますね」

「こちらこそ。ピピナも、きっと喜ぶと思います」

 

 まだ自由奔放なところはあるけれども、ピピナもルイコ様たちニホンの方々と出会ってからずいぶん落ち着いた。何かあれば小言ばかり言っていた私では、きっと見ることが出来なかった姿だ。

 次は、私が変わらなくては。

 これまでまとっていた頑なな殻を破り捨てて、この地で出会った新しい友と、新しい時をいっしょに歩むために。

 

「今度は、是非とも劇場や音楽学校へと参りましょう。音楽の素養があるルイコ様であれば楽しめるでしょうし、〈らじお〉で記録するにもうってつけの場かと」

「音楽学校って、わたしが行っても大丈夫なんですか?」

「元々は流浪の音楽家が道楽で市民に教えていたのを、国で支援して誰でも無償で受けられるようにしたものなので、どなたでも入ることができます」

「無償で……って、それはまた」

「さすがに個人に師事する分には幾分かはかかりますが、それも国の試験に受かれば援助が受けられるようになっていまして」

「さすがは『音楽の国』と言われるだけありますね」

 

 ともに作った真新しい〈すたじお〉で、机を挟んで新しき友と語り合う。

 私にとっての初めての経験は、夜が更けるまで続いた。

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