異世界ラジオのつくりかた ~千客万来放送局~【改稿版】 作:南澤まひろ
「姉様と、リリナの演奏を……?」
「はい~」
戸惑うルティへ、にっこりと笑ってみせるフィルミアさん。いつも以上に楽しそうな笑顔をリリナさんへと向けると、リリナさんも笑ってルティへとうなずいてみせた。
「ルイコ様たちの世界から音楽を借りて流すのもいいと思いましたが、やはりルティ様が作られた〈らじお〉なのですから、私たちの手でも何か出来ないかと思いまして」
「ルイコさんに相談したら、ニホンでも〈らじお〉が出来た日には音楽を演奏して、多くの人に聴いていただくことがあるそうですから~」
「そ、それはとてもありがたいです! 姉様とリリナの演奏であれば、ヴィエルの皆もきっと聴き入ってくれることでしょう!」
「ナイスアイデアじゃないですか、先輩」
「このあいだ、新しく出来たコミュニティFMさんでやってたの。フィルミアさんもリリナさんもすごく乗り気で、どの響きがいちばんいいかっていろんなフルートを試奏してたんだ」
「そういうことだったんですね」
レンディアールの王女様なルティが作ったラジオ局で、同じく王女様でお姉さんなフィルミアさんと妖精のリリナさんが演奏する。日本ではいろんなところでやっていることだとしても、レンディアールでやるとしたら初めてのことだから、きっと記念になるだろう。
「ミア姉様、リリナ。その贈り物、ありがたく受け取らせていただきます。当日は、二人の演奏で〈らじお〉を彩っていただきましょう」
「はい~。当日まで、がんばって練習しますよ~」
「私も、フィルミア様に後れを取らないよう努力いたします」
「あのっ、あのっ」
ふたりが意気込みを見せていると、リリナさんの隣にいたピピナがぴょんぴょんと飛び跳ねながら手をあげた。
「ん? どうした、ピピナ」
「その〈ふるーと〉って、ピピナもふけるですか?」
「吹けるかって、ピピナは楽器を吹いたことがないだろう」
「それはそうですけど」
「ならば、少し吹いてみるといい」
「わーいっ」
困ったように言いながら、リリナさんがピピナへそっとフルートを渡してあげる。って、このサイズは……
「ね、ねーさまっ、うでがぴぴっていたいですっ!」
「やはりな……」
キィに指を添えて構えてみたところで、腕をめいっぱい伸ばさないとピピナのくちびるが吹き口に届かないらしい。一生懸命やってはいるけど、んー、んーと結構苦しそうだ。
「仕方ない。私が持っているから、試しにくちびるだけ使って吹いてみるといい」
「はいですっ」
リリナさんがフルートを支えてあげると、手を離したピピナが喜び勇んで吹き口にくちびるをあてた。
「あれっ?」
でも、息を吹き込んだところですーっ、すーっと息の音がするだけで楽器自体は鳴ろうともしない。いくら強く吹いても、口をとがらせたりしてもそれは変わらなかった。
「うー」
「木笛と同じで、慣れとコツが必要な楽器ですからね~。たくさん練習すれば、ピピナちゃんにも吹けると思いますよ~」
「そーなのですか……」
なぐさめるようなフィルミアさんの言葉に、ピピナがしゅんとうなだれる。
「しかしピピナ、どうして吹きたいと思ったのだ?」
「ピピナも、ねーさまとミアさまみたいにルティさまのおてつだいがしたいです。だから、〈ふるーと〉がふければっておもったですよ……」
「そういうことか……」
「お前の体躯では、〈ふるーと〉を扱うのは少々難しいかもしれないな」
「そーかもしれないですけど……」
今にも泣きそうなピピナの頭を、リリナさんが優しくなでる。たずねたルティも悲しげだけど、体が小さいピピナでも吹けそうな楽器となると……ああ、あるじゃんか。ちょうどいいヤツが。
「赤坂先輩、ここってリコーダーも売ってるんですかね?」
「えっと、さっきお店の中を見てたときにあったけど……もしかして、ピピナさんに?」
「ええ。リコーダーなら吹きやすいと思うんで」
「〈りこーだー〉ですか?」
「フルートとは音色が違うけど、息を吹き込むだけで音が鳴る笛があってな。それがリコーダーっていうんだ」
「日本の学校では、小学生から高校生……えっと、7歳から18歳ぐらいまで音楽の学習で扱う楽器なんです。松浜くん、何種類か試奏できないか店員さんに聞いてくるね」
「はいっ、お願いします」
俺の考えをくんでくれたらしい先輩が、意気込んで試奏室から出ていく。
「さすけっ、さすけっ。ピピナにもふけるふえなんですねっ?」
「ああ。でも、さすがに指使いとかは覚えないといけないぞ」
「おぼえるですよっ! ピピナも、ねーさまとミアさまみたいにふけるよーになるです!」
「なあ、サスケ。我も、その〈りこーだー〉という笛は吹けるのだろうか」
さっきまで泣きそうだったピピナに続いて、ルティも俺へ期待に満ちた目を向けてきた。って、ルティも?
「そりゃあ、吹けると思うけど」
「ならば、我も吹いてみたい!」
「ルティもか」
「うむ……我も、木笛を吹くことが出来なくてな。姉様と吹きたいと練習はしていたのだが、なかなかうまくいかなくて」
「だったら、ピピナといっしょに試し吹きをしてみるのもいいかもな。先輩が何種類かお願いしてくるって言ってたから、ルティの分もあるだろ」
「いっしょにふくですよっ、ルティさまっ!」
「うむっ、やってみよう!」
大きくうなずいたルティが、隣にいたピピナの手を取って笑い合う。フィルミアさんとリリナさんだけじゃなく、このふたりも楽しんでくれれば俺としてもうれしいところだ。
「お願いしてきたよっ」
「失礼いたします」
しばらくすると、赤坂先輩がさっきの店員さんといっしょに試奏室へと戻ってきた。店員さんは両手でトレイを持っていて、その上には学校でよく見慣れたリコーダーと、見慣れない木のリコーダーが2本ずつ載せられていた。
「実際に試奏される方は、どちら様でしょうか」
「はいっ、ピピナですっ!」
「
「本日は試奏をご利用いただき、誠にありがとうございます。赤坂様からのご指定で、木製とABS樹脂製のソプラノリコーダーを2本ずつお持ちしました」
そのトレイを小さなテーブルに置いた店員さんが、手で指し示しながらリコーダーの説明を始めていく。
「木製のものはローズウッド製とキングウッド製で、ABS樹脂製のものは学校教育で使われているものと木製に近い構造のものです。実際に吹いてみて、音の違いをお楽しみ下さい」
「わかったです」
「説明頂き、ありがとうございました」
「ごていねいにありがとうございます。それでは、失礼いたします」
ピピナがぺこりと、そしてルティがていねいに店員さんへ頭を下げると、店員さんもにこやかに頭を下げて試奏室から出ていった。
「じゃあ、さっそくふいてみるですよっ。この、とんがってるほーをふけばいいんですか?」
「そうそう。くちびるでくわえて、そーっと息を吹き込んでみろ。」
俺が言う間もなく、待ちきれないとばかりにピピナがキングウッド製のリコーダーを手にして吹き口をくわえる。そして、息を吹き込むと明るく豊かな音があたりに響きだした。
「でたですっ! おとがでたですよっ!」
「では、我はこちらを吹いてみるとしよう」
続いて、ルティがローズウッド製のリコーダーを手にして吹き口をくわえる。軽く息を吸い込んでからそっと息を吹き込むと、やっぱり明るく豊かな音が試奏室に響いた。ちょっとばかり音が柔らかく感じるのは、素材の違いからなのか。
「本当だ……息を吹き込むだけで音が出るとは、なんとも愉快な!」
「あとは、こうすると音が切り替わるんですよ」
驚きと喜びで興奮しているルティとピピナに、先輩はそう言ってからもう一本のABS樹脂製のリコーダの吹き口をくわえてみせた。そのまま見やすいようにと横を向くと、両手の指で穴をふさぎながらド、レ、ミ、ファ、ソ、ラ、シ、ドと音階をゆっくりと吹いていった。
「なるほど、そこは木笛と同じなのですね」
「ルティさまっ、いっしょにやってみましょー!」
「うむっ」
先輩に続いて、ルティとピピナも視線を合わせて同じようなタイミングで音階を吹いていく。ふたりとも目をキラキラさせているのを見ると、リコーダーを思いついてよかったと思う。
……ちょっとばかり子供っぽくてかわいらしいとも思ったのは、ふたりの背格好からして仕方がない。うん、そう思うことにしよう。
「うむっ。吹けた、吹けたぞっ!」
「ふけましたよー! ありがとーです。さすけ、るいこおねーさん!」
「いいっていいって」
「ルティさんも、楽しんで吹けたみたいでよかったです」
「はいっ、ありがとうございました! 姉様、この〈りこーだー〉を購入してもよろしいでしょうか」
「もちろんですよ~。わたしたちも買って、いっしょに練習しましょうか~」
「それもいいですね。この〈りこーだー〉は、楽器に対して気後れしている人たちにもいいきっかけになるかもしれません」
「では、こちらも1本多く買っておきましょう~。木製のを2本ずつと、研究用に〈えーびーえす〉樹脂製のを1本でいいですかね~」
「それでよろしいかと」
「ルイコさん、先ほどのフルートのこともありますから、いっしょにお会計へつきあっていただけないでしょうか~」
「私も、お供いたします」
「はいっ、よろこんで」
ルティとピピナが楽しく吹いていたからか、フィルミアさんもリリナさんもうれしそうに赤坂先輩と話していた。リコーダーをいっしょに買って練習するってのも、この姉妹らしくていいな。
「あ~……来てよかったぁ~」
「カナ、これたくさん複写してあっちで売ろう。こっちの写実機ならできるんだろ?」
「いいねー!」
「……なーに企んでるんだ、ふたりとも」
後ろからのとろけそうな声に振り返ってみれば、スマホじゃなくデジカメを手にうっとりとしている有楽と、違った意味でキラキラと目を輝かせているアヴィエラさんの姿があった。
「だって、どれも見逃せないショットだったんですよ! これを広めない手はありません!」
「そうだよ! アタシらだけのものにしちゃもったいないじゃん!」
「本人の承諾も得ずに決めないの!」
「どうしたんですか~?」
「ああ、いや、有楽がフィルミアさんたちの写真を撮ってて、それをアヴィエラさんがヴィエルで売ろうとか企んでるんですよ」
「違うって! レンディアール全土でだよ!」
「れ、レンディアール全土でですか~!?」
「なおのこと悪いですって!」
ほらっ、いつものんびりなフィルミアさんですら驚いてるじゃないか!
「確かに、フィルミア様とエルティシア様の可愛らしいお姿は、レンディアールの全住民に知ってもらうべきだとは思いますが」
「いっしょに映ってるリリナさんも広まることになっても?」
「なっ、わ、私の姿がですかっ!? いけません、それはいけませんっ!」
よし、変なことを口走るリリナさんもこれで封じた。
「ちぇー、いいと思ったんだけどなー」
「王族のプライベートを金儲けに使うんじゃありません」
「金儲けなんてしないよ。銅貨1枚ぐらいなら手頃だろ」
「せんぱい、別に消さなくてもいいですよね?」
「ん? まあ、そのあたりは……任せておく」
「よかったぁ」
「……あとでデーターコピーしてくれな」
「いいですよ。1枚1万円で」
「おまっ、それヒドくね!?」
「ダメ出しした罰です」
「逆ギレかっ!」
んべーと舌を出してくる有楽に抗議はしてみたけど、どうも覆すつもりはないらしい。ルティもフィルミアさんも、それにピピナとリリナさんもかわいいからわからなくはないけど、さすがに不意打ちはマズいだろう。
「ではでは、そろそろまいりましょうか~」
「私は〈ふるーと〉と〈りこーだー〉を持っていきますので、皆様はお忘れ物のなきよう用意をして下さいませ」
「わかりました」
「じゃあ、行ってくるね」
話が落ち着いたところで、フィルミアさんたちが試奏室から出ていった。
「ふふふっ、我の〈りこーだー〉、我の〈りこーだー〉♪」
「ピピナたちだけのふえが、もーすぐてにはいるですよー♪」
「よしっ、もう一枚」
部屋の隅で手を取り合って飛び跳ねてるルティとピピナを、すぐさまデジカメで激写する有楽。シャッター音が鳴らないタイプだからか、ふたりとも撮られてるのに気付かないまま喜び続けていた。
「また素早い……」
「この子はきっと、かわいいものを探知する能力でも持ってるんだろうねぇ」
「そんなわけは……ないとも言い切れませんね」
「やだなー。ただのカンですよ、カン」
「勘でその反応速度かい」
アヴィエラさんが言うとおり、有楽には妖精シスターズやアヴィエラさんと違った能力でも持ってるんじゃないだろうか。
「いい想い出はちゃんと残しておく主義なんです。せっかくレンディアールのみんなやヴィラ姉に出会えたんだから、こういうことはしっかり撮っておかなくちゃ」
「最初からそう言ってれば、ドン引きせずに済んだものを」
「でも、みんなの写真をレンディアールの人たちに見てほしいのも本当の気持ちなんですよ。『これからこういう人たちがラジオを始めますよ』って宣伝になるじゃないですか」
「あー……言われてみれば、それは確かに」
「売ったりするのはダメでも、宣伝ポスターぐらいは作ったほうがいいかなって」
有楽の言うことにも、一理ある。ラジオをレンディアールで始めるとしても、声だけじゃ得体が知れないって思われることもあるかもしれないし、最初にポスターとかで顔出しして宣伝しておくのは案外効果的かもしれない。
さっきは変態じみた目つきと商売人じみた目つきだったから止めたけど、一度真剣に考えてみる必要はありそうだ。
「帰って落ち着いたら、改めて話し合ってみるか」
「さすがせんぱい、話がわかる! あ、ヴィラ姉もまた撮ろっか」
「いいの? へへっ、アタシはこういうの好きなんだよねー」
アヴィエラさんが笑顔を向けて、有楽がデジカメを構えようとしたその瞬間。
「あっ」
有楽が着ていたパーカーのポケットから、スマホの着信音が流れだした。
底抜けに明るい女性ボーカルの歌声とは対照的に、さっきまでニコニコ顔だった有楽の表情が一瞬で硬くなって、
「もしもし」
スマホを耳に当てながら、俺たちに背を向けて話し始めた。
「サスケ、もしかして……」
「そうかもしれないな」
こそこそとささやいてくるルティへ、短く返す。まだそうって決まったわけじゃないけど、こんな有楽を見るのは仕事か収録の本番前ぐらいだからその可能性が高いだろう。
「お世話になっております。はい、はい……はい」
さっきまで見ていた表情のように、声もだんだん硬くなっていく。
「そうですか、わかりました……」
続いて出てきたのは、ため息交じりの声。そうか、ダメだったのか――
「……えっ? ほ、本当ですか!?」
と思った次の瞬間、声のトーンが一転して明るくなる。
「やりますっ! ぜひやらせてくださいっ、お願いします!」
「受かった、のか?」
「そう……なのか?」
今にも叫び出しそうなくらいのテンションだから、きっとそれか近いことだとは思うんだけど。
「はいっ、はいっ……では、明日学校が終わったら事務所へ行きますので。詳しい話は、そのときによろしくお願いします。はいっ、ありがとうございましたっ!」
スマホを耳にあてたまま、大きく頭を下げる有楽。その頭を上げて俺たちのほうを向いたかと思うと、興奮気味の表情でスマホの画面をタップした。
「いやったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
そして、そのまま両手を掲げてガッツポーズ。ということは、
「有楽、受かったのか?」
「いえ、きれーさっぱり落ちましたっ!」
「落ちたのかよ!」
ヤケか! その行動はヤケなのか!
「でもでも、番組のレギュラーとして出させてもらえることになったんです。名無しのガヤだけど、毎回!」
「おおっ、レギュラーか!」
「えーと、カナは選考で落ちたんだよな? その〈バングミのれぎゅらー〉っていうのは、喜べることなのかい?」
「主役じゃあないけど、毎週アニメに出ていろんな役を演じることができるんだ。他の声優さんたちの演技を見ていっぱい勉強もできるし、大きなチャンスには変わりないよ!」
「なるほど、演じられることに変わりはないわけか」
「かな、あにめにでるですかっ!」
「どういう〈あにめ〉に出るのだ!?」
「ごめんね、そこはまだ秘密なんだ。教えられるようになったら、すぐみんなに話すから」
「秘密であれば仕方ないな……よしっ、その時を楽しみにしているぞっ!」
駆け寄ってきたルティとピピナに、有楽が笑顔を向ける。喜んでいるのは確かなんだろうけど、それでも落ちたことには変わらないから……ちゃんと、フォローできることはしていこう。
「せんぱい、せんぱい」
「ん?」
「あたし、どんどんアクセルを踏んでいきますから。せんぱいも、全力でついてきてくださいね!」
「おうよ。振り落とされてたまるもんか」
「その意気ですっ!」
「我もついていくぞっ!」
「ピピナもですよー!」
って、そこまで意気込めるならあんまり心配することもないのかね。元気いっぱいに、俺へ思いっきり挑戦状を叩きつけてくるぐらいなんだから。
そんな希望があふれる中で、
「いいねえ……未来へ突き進めるってのは」
ぽつりと、隣から小さなつぶやき。
「どうしました?」
「ん? ああ、なんでもないよ」
俺の問いかけに、アヴィエラさんが慌てて手を振ってみせる。
でも、その表情は少し寂しそうで。
「そう、ですか」
つぶやきといっしょに、強く印象に残るものだった。