異世界ラジオのつくりかた ~千客万来放送局~【改稿版】   作:南澤まひろ

61 / 170
第58話 異世界"商"女をとりまく事情④

「それではアヴィエラ嬢、おやすみなさいませ」

「おやすみ。エルティシア様、リリナさん」

 

 アヴィエラさんが、ルティとリリナさんへ別れのあいさつをかわす。

 日もすっかり暮れたイロウナ商業会館の入口には『休館日』って書かれてるらしい札がかかっていて、アヴィエラさんはそれを取ってからドアのノブへと手を掛けた。

 

「また、近いうちにそっちへ行くからさ」

「お待ちしております。今度は来られた際に、我とピピナがともに夕食を振る舞えるように特訓いたしますので」

「私もエルティシア様の特訓につきあいますので、ご安心下さい」

「ああ、楽しみにしてるよ。じゃあね」

「はいっ」

 

 そして、軽く手を振りながら会館の中へと入っていく。

 

「おかえりなさいませ、アヴィエラ様」

「ただいま、じい。またそこで待っていたのか」

 

 ドアを閉めると、薄ぼんやりとした陸光星の明かりが玄関ホールを照らしていて、カウンターにいたじいさん――イグレールさんのしわだらけの顔を浮かび上がらせていた。

 

「とうに、門限が過ぎております故」

「ああ、騒がしかった? ごめんね、エルティシア様と話してたんだ」

「それもそうですが、あまりにも帰りが遅すぎます」

「今日は休日だし別にいいだろ。アタシだって、もうとっくに大人なんだし」

「しかし、商姫としての自覚を持っていただかねばなりません。今日もまた、あの小僧や小娘たちとともにいたのですよね?」

「アタシが誰といようと、アタシの勝手だ」

「ですが」

「あー、うっさいうっさい。明日も早いんだし、アタシはもう寝るからね」

「商姫様!」

 

 アヴィエラさんはカウンターへ休館日の札を置くと、カウンターを通り過ぎてそのまま階段を上がっていった。

 

「まったく……商姫様の名が泣きますぞ」

 

 その後ろ姿を見送りながら、じいさんがぽつりとぼやく。

 

「やっぱり、いけすかないおじーさんです」

「そりゃあ、アヴィエラさんが嫌がるわけだ。俺らのこと、小僧と小娘だってよ」

「あきはばらのらじおのおじーさんとちがって、ぜんぜんかわいげがないですね」

 

 その様子に、グチを言い合う俺と妖精さんサイズのピピナ。

 じーさんがいるのは俺たちのすぐ目と鼻の先……なんだけど、俺たちの声は全く聴こえていない。というか、正確に言えば声すらしていない。

 

「ところでさすけ、たましいのぐあいはどうです?」

「どうって、ほとんど生身と変わんねーよ。久しぶりだってのに、めっちゃしっくり来てる」

「それならよかったです」

 

 にぱっと笑うピピナの姿は、陸光星の明かりに透けている。きっと、ピピナから見たら俺の姿も透けているんだろう。

 

「しかし、また魂だけになるなんてな」

「ピピナも、またたましいだけにするなんておもってませんでした」

 

 アヴィエラさんと話し合ってからまたみんなと過ごした俺は、夜の9時頃を過ぎたあたりで自分の部屋へ戻って、こうしてまたピピナの力で魂だけの姿にしてもらっていた。

 

「仕方ない……そろそろ行くとしようか」

「おっ、じいさんが動き出したぞ」

「ピピナはアヴィエラおねーさんのおへやにいくですから、さすけはおじーさんのほうをおねがいするですよ」

「わかった」

 

 小さくうなずいてみせると、イスから立ち上がったじいさんを追い越たピピナが階段の上へと飛び去っていく。

 ルティはアヴィエラさんと会館の前でしゃべってじいさんの興味を引いてもらう役割で、リリナさんは時計塔へ帰る時の護衛。

 ピピナは、アヴィエラさんの部屋であのブローチがどんな動きをするかを見守る役割。

 そして、俺はじいさんがどんな行動をとるかを見張る役割。

 始めにピピナが出した案は「宝石がどう働くかを見てみんなで突撃する」っていうふわっとしたものだったけど、証拠の確保とかどんな手順を踏むのかとかを4人でブラッシュアップした結果、こういう分担になった。

 

 ピピナが飛び去ってから少し遅れて歩き出したじいさんも、のんびりとした足取りで階段をしっかりと踏みしめていく。

 そのまま3階へ上がって、何か文字が書かれた扉を開けるとそこにはまた廊下。従業員専用らしい通路を歩いて行くと、奥には従業員のものらしい部屋があってその一番端にじいさんが入っていった。

 そして、そのまま奥にある机へ向かってイスに腰を下ろす。

 

「なんというか……本だらけだな」

 

 机の上へ積まれた本に、思わず言葉がもれる。

 ……いや、机の上だけじゃない。本棚はぎっしりと本で埋まっていて、隙間も本。床にもいくつもの本の塔ができていて、マトモな空間といえばベッドの上ぐらいだった。

 どの本も分厚くて表紙に紋章があるってことは、魔術師が使う本だったりするのかな。

 

「では、やるか」

 

 小さな声に、部屋を見回していた俺の視線がまたじいさんへと釘付けになる。

 じいさんは机に備え付けられた引き出しの一番上を開けて、中から握り拳ぐらいの大きさの宝石を取り出した。窓に吊された陸光星の光を受けたその石は緑色に輝いていて、ごとりと置かれた机の上に光を反射させている。

 続いて下の引き出しから取り出されたのは、紙束と羽。さらに下から黒いインクが入った壺が取り出されて、机へ次々と置かれていくけど……これで、いったい何をするっていうんだ?

 

「魔が持つ力にて、我が命ず」

 

 わけのわからないまま様子を眺めていると、大きく深呼吸をしたじいさんが宝石に手をかざして口を開いた。それと同時に、緑色の光が宝石の中からぼうっと輝き始めた。

 

「つがいし紅き石より、吸われし声を呼び寄せたまえ。其方(そなた)が持ちし光の力で、作りし(あるじ)の助けとなれ」

「うわっ!?」

 

 続く呪文で光は机の上から部屋中へと広がって、目がくらむくらいになったところですうっと消えていった。

 かわりに、宝石からの輝きがまるで炎のようにゆらめいたかと思うと、

 

『アヴィエラさん?』

『ん? おおっ、サスケじゃないか。こっちに来てたのかい?』

『はい。アヴィエラさんも夕飯ですか?』

『会館を抜け出して、ね。今はハシゴの最中さ』

『ハシゴですか』

 

 ゆらめく緑色の炎の中から、俺とアヴィエラさんの声が響きだした。

 これって、昨日流味亭の前で会ったときの……?

 

「商姫の御身分でありながら、下民とともにハシゴとは……なんとはしたない」

「はしたなくなんかねえっつーの。勝手に決めつけんな」

 

 嘆くような声に、ついつい文句が出る。商姫がどんなに偉い身分か知ったこっちゃないけど、あの楽しそうなアヴィエラさんを知らないくせに、切って捨てるんじゃねえよ。

 そんな俺の気持ちを知るわけもなく、じいさんは羽製のペンの根元までインクの壺につけると紙の上へすらすらと何かを書き始めた。

 

「宵の口、下民の少年と会う。なれなれしさは甚だしき。やはり離すべき存在と考える」

「おいおい」

 

 書き進めながらつぶやいてるけど、最初から聞き捨てならないぞ。これは……

 

「その後、レンディアールの王女姉妹や下民とともに食事。御身の高貴さを全く自覚しておらず、ただただ嘆かわしい」

「就寝前、先代への報告を書き連ねる。下民を友と呼ぶなどあってはならぬことなのに、いつまでも理解をしない」

「翌日、朝から歌を唄いながら外出の準備。田植えなどという野蛮な行為を、何故商姫たる方がせねばならぬのか」

「多くの下民とともに、昼食をとる。大声での歓談など、自身の品格をただ(おとし)める恥ずべき行為。再教育の必要あり」

「……こんにゃろぉ」

 

 今の俺には、実体が無い。でも、もし今この場で実体があったとしたら……にぎっていた拳から、血が出てもおかしくないくらいアタマに来てる。

 この人、アヴィエラさんや俺たちをいったい何だと思ってるんだ?

 いつも俺たちといっしょにいるアヴィエラさんはとっても魅力的なのに、じいさんはそれを全て切って捨てている。

 魅力だけじゃない。この人は、俺たちや街で会った人々、それにいっしょに田植えをした人たちも、全部、全部切り捨てている。

 この人にとって大事なのは「品格」で、それ以外のことは全く必要だなんて思ってないのか……?

 

「このままでは、商業会館の地位が落ちること以外は考えられず。まだ若年な商姫様は再教育とし、一刻も早い先代様の御帰還を待ち望む」

「くっそ……」

 

 さすがに、限界だ。

 

「ピピナ、聞こえるか」

『きこえるですよ』

 

 何もないところへ呼びかけると、俺の耳元でここにはいないピピナの声が聞こえてきた。

 

「やっぱり、犯人はじいさんだ。アヴィエラさんが話した人たちの声を別の宝石で聴いて、先代さんへの報告書を書いてる」

『やっぱりですか。さっきから、ほーせきのなかのこえがかべにきえていってたです』

「だろうな」

『サスケ、聞こえるか?』

「アヴィエラさん……」

 

 いつも元気なはずのアヴィエラさんの申しわけなさそうな声を耳にしたとたん、俺の胸が詰まった。

 

『ごめんな。あとは、アタシがカタを付けるから』

「大丈夫なんですか? その、他人の部屋には勝手に入れないって」

『それは、魔法を使った場合の話さ』

 

 俺を落ち着かせるように優しく言った、次の瞬間。

 

「なんか、ずいぶん勝手なことをしてるみたいだね」

「しょ、商姫様っ!?」

 

 目の前にアヴィエラさんがふわりと現れて、じいさんの肩をぽんと叩いた。

 

「へえ、なになに? 『先代様の御帰還を待ち望む』。へー、やっぱりアタシじゃ力不足ってかい。へー」

「いや、これは、その」

「しかも、なんでアタシの友達との会話を知ってるんだい? ……ははーん、この石か。この石なんだね」

「だ、ダメです、それはっ!」

 

 じいさんが伸ばした手よりも早く、アヴィエラさんの手が緑の宝石と紙を掴んで取り上げる。

 

「やっぱり魔石か。アタシ、そこまで信用してもらえなかったんだねぇ」

「どうしてそれを!?」

「じいさんからもらった紅い宝石から、なんか変な魔力が漏れ出しててね。探ってみたら、ここへ行き当たったってわけさ」

「まさか……そんな、厳重に封を施したはずなのに……」

「そんなの、ピピナにかかればあさめしまえのばなないっぽんですよ」

 

 愕然としたじいさんの言葉を受けて、いつの間にかピピナが隣で鼻息を荒くしていた。

 

「そっか、お前がアヴィエラさんを」

「はいですっ」

 

 そっか。ピピナには魔法じゃなくて、妖精の力があるんだもんな。

 

「サスケのこえがとってもかなしそうだったから、はやくしなくちゃって。だから、ここへいっしょにとんできたです」

「……ありがとな、ピピナ」

「ピピナこそ、ありがとーですよ。さすけがきょーりょくしてくれなかったら、ここまでうまくいってなかったです」

 

 にこっと笑うピピナは、なんだかいつもよりちょっとだけ大人びて見えた。

 

「先代様が引退してからもう2年だよね。まだアタシのやり方に納得行かないってのか」

「確かに売り上げは以前よりも上がりました。ですが、下民と交友を持ってはイロウナの代表としての地位が……」

「下民って言うな。レンディアールの人たちに失礼だ」

「……………」

「それに、地位がなんだ。レンディアールの人たちにアタシたちの国を知ってもらうのに、大上段に構えて意味があるっての?」

「それは……我ら商者の伝統として……」

「伝統? 伝統なんて、ここじゃイロウナの文化や産品だけで十分だ。身分差だとかそういう悪習が、このレンディアールで通用すると思うな!」

「あ、悪習だなんて、そんな……」

 

 カウンターにいたときや報告書を書いてたときの勢いがウソのように、じいさんの声がしぼんでいく。それだけ、じいさんはイロウナの風習に凝り固まっていたってことなんだろうけど、

 

「ともかく、これは『商姫』のアタシに対する立派な造反未遂だ。魔石はアタシの預かりとして、今回のことも先代様へ直接報告しておく。沙汰は、追って待つように」

「……はい」

 

 アヴィエラさんの炎のような勢いの前には、すっかり形無しになっていた。

 

 *   *   *

 

「はぁ……」

 

 手の中のブローチと宝石を弄びながら、アヴィエラさんがためいきをつく。

 陸光星で照らされた帰り道での表情は、まったく元気がなくて。

 

「ごめんな、ウチの情けない内情を見せちゃって」

「アヴィエラさんの役に立てたなら、俺はそれで」

「こんかいのことはルティさまとねーさまだけにはなして、あとはピピナたちのなかだけでしまっておきましょー」

「そうしてくれると助かる」

 

 人間サイズに戻って隣で歩くピピナへ、力なく笑ってみせる。

 気持ちの問題もあるから時計塔へ泊まるっていうことで、アヴィエラさんは俺とピピナといっしょに市役所への道を歩いていた。

 

「サスケも、ありがとな」

「いえ、あの……」

「ん? どうしたんだ?」

 

 力のない笑顔を、俺にも向ける。

 さっきピピナが話せるように俺の意識をリンクしてくれたおかげで、アヴィエラさんは俺の魂があるほうへ向くことができているわけだけど……やっぱり、心が痛む。

 

「イグレールさんのこと、これからどうするんです?」

「あの場ではああ厳しく言ったけど……まあ、今回は処分とかはしないよ」

「アヴィエラさんのことを探って、追い出そうとしたのに?」

「初めてだし、未遂だからね」

 

 さすがに次はないけどと言いながら、アヴィエラさんは立ち止まって空を見上げた。

 

「よーく考えてみるとさ、じいさんと会ってからずっと反発しまくってたんだよ。初めて会ってから2年間も、地位がどうとか、気品がどうとか、価格がどうとか。でも、お互い反発してるだけでちゃんと話し合ったことなんてほとんどなかった。

『アタシにはアタシのやり方があるんだから、邪魔するな』って。それがもう我慢ならなくて、こんなことをしたんだろうけど……ちゃんと話せば、こんなことにならなかったのかな」

「あのっ」

 

 吐き出すような言葉に、ピピナがアヴィエラさんのドレスの袖をつかんでくいっと引き寄せる。

 

「ピピナは、おそくないっておもうです」

「ピピナちゃん……?」

 

 そして、ぽかんと見下ろしてきたアヴィエラさんと視線を合わせた。

 

「このあいだまで、ピピナはてきとーなことをたくさんいってねーさまやさすけにめーわくをかけてました。でも、にほんでさすけたちにであって、レンディアールへもどってからもさすけとねーさまがはなしあってるのをきーて……『ことば』がとってもだいじだってわかって、ねーさまたちとちゃんとはなしてみたら、またなかよくなれたです」

 

 ピピナの言葉通り、俺たちは出会いからして最悪だった。でも、たくさん話した結果仲良くなれて、こうしていっしょに協力できるようになっていったわけで。

 リリナさんともどんどん仲良くなっているとは感じていたけど……ピピナ自身、思うところがあったのか。

 

「すぐにはむりかもしれないですけど……はなして、おたがいのきもちをぶつけてみるのもいいんじゃないかなーって、ピピナはおもうです」

「そう……なのかな」

「もちろん、ぜんぶがぜんぶうまくいくってわけじゃありません。でも、このままおわらせるよりもずーっといいはずですよ」

「まあ、このままじゃギスギスして仕方ないだろうしなぁ……そいつは、ピピナちゃんの言うとおりだ」

 

 さっきときまでとは違って、おかしそうに軽く笑うアヴィエラさん。

 

「よしっ。一度、じーさんたちとじっくり話してみるか」

 

 俺たちへ向き直ると、その目にはさっきよりもずっと強い力が込められていた。

 

「ほんとーですかっ?」

「ああ。今度はキレずに、ちゃんとサシで話し合ってみるよ」

「それならよかったです!」

 

 大きくうなずくアヴィエラさんに、ピピナも満面の笑顔で大きくうなずいてみせた。

 ついこの間までは、わがまま放題な妖精さんだったってのに……って、実際には俺たちよりもずーっと年上なんだから、大人っぽくてもおかしくないのか。

 

「いつかは、俺たちもイグレールさんや係員さんとちゃんと話せるようになるのかな」

「そうできるようにがんばってみるさ。ヴィエルの街に出たらこんなにも楽しい人たちがたくさんいるって、みんなにもわかってほしいからね」

「ピピナも、おーえんしてるですよっ」

「おうっ、あんがと! サスケも、見ててくれよな!」

「はいっ」

 

 拳を握りながら笑ってみせるアヴィエラさんは、いつものアヴィエラさんで。

 その力強さが戻ってきたことに、俺はほっと安心していた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。