異世界ラジオのつくりかた ~千客万来放送局~【改稿版】   作:南澤まひろ

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第63話 異世界少女といっしょ②

 まだらに浮かんでいる白い雲に、空の青と森の緑。その緑が関所を越えると、なだらかにせり上がるような傾斜になって東西方向へと長い山並みを形作っている。その全部が合わされば、まさに自然の芸術って感じだ。

 

「この山並みが、レンディアールをぐるーっと囲ってる『円環山脈』ってわけか」

「ですです。ここからだと、ただのやまってかんじですけどねー」

「我は前にピピナと空を飛んで見たことがあるが、山並みが囲む地形はなかなか壮観だぞ」

「ほほう、ぴぃちゃんといっしょに空を飛べるのですねっ」

「初めてここに来たときに、あたしと松浜せんぱいがいっしょに飛びました!」

「よかったら、こんどみはるんもいっしょにとんでみるです?」

「もちろんっ」

 

 ピピナからの申し出に、ふんすと鼻息を荒くして何度も中瀬がうなずく。初めて飛んだ頃は怖かったけど、ピピナとリリナさんにずいぶん慣らされてきたよなぁ、俺も。

 

「俺たちゃずーっと眺めて飽きちまったが、別の国から来たお前さんたちには珍しいかもな」

「ずーっと決まった方向を向いて立ってるんですか?」

「いいや。1日8時間の3交代で、2時間ずつ東西南北を見渡すのさ。2階と4階が南北で、3階と5階は東西って感じにな」

「じゃあ、結構人員も多いんでしょうね」

「関所が4人に、やぐらが2階から5階まで2人ずつだから全部で12人か。総員体制だと6階も使って24人体制だが、それも2~3年に一度あるかないかだから多いってわけじゃない」

「総員体制なんてあるんですか」

「嵐とか雪の中でも国境を越えてくる人はいるし、姿形を偽った賊が紛れ込む可能性も考えられる。それに、収穫祭の時は人の行き来も多いから総員体制で人命と安全を守るってわけさ」

 

 そう言いながら、ラガルスさんが北側の窓の縁に手を掛けた。6階なだけあって登山口から緩い傾斜の登山道までは見渡せるけど、標高が高くなっていくにつれて霞むように見えるあたりは相当視力が良くないと厳しそうだ。

 

「そうなると、警備隊の皆は相当退屈でしょう」

「あっはっはっ……王女様に言うのも何ですが、かなり退屈ですな。雑談をするのにも、ここにはあまりに娯楽が無さ過ぎますから」

「やはり。それでは、この〈らじお〉が退屈しのぎのひとつにでもなればいいのですが」

 

 ブレザーと同じ紅いトートバッグに手を入れて、ルティが無電源ラジオとコードで繋がったメガホン製スピーカーを取り出す。

 

「南側、南側と……」

 

 続いて、ラジオ本体に取り付けたロッドアンテナを伸ばしてから南側の窓へと向けてみせた。

 

「サスケ、このあたりでよいのだろうか」

「時計塔に向ければ大丈夫だろ。ラガルスさん、この机を借りてもいいですか?」

「おう、好きなように使ってくれ」

 

 ラガルスさんがうなずいたのを確認してから、壁際に置かれていた小さな机を窓の前へと引き寄せる。

 

「ここに置けばいいのだな」

「大丈夫だ。そのままチューニングしてみてくれ」

「うむ」

 

 こくんとうなずいてから、ルティが無電源ラジオのダイヤルに手を掛ける。

 10センチ四方ぐらいしかない木製の土台に取り付けられたのは、手巻きのコイルを含めた配線とコンデンサに、ロッドアンテナとダイヤルがついたパネルだけ。電池はもちろんないし、電源コードや太陽光パネルなんかも存在しない。

 それでも、右側へダイヤルをぐいっと回せば――

 

「おおっ、本当に鳴りやがった!」

 

 スピーカーから、ほんの少しだけざらざらとノイズが混じった歌声が流れ始めた。このあいだ、フィルミアさんが先輩のラジオで歌ってみせた曲だ。

 

「ちょっと雑音が乗ってるな」

「その場合は、この〈こいる〉を縮めるか伸ばせばいいのだったな」

 

 ルティの白くて細い指が、バネのようにらせん状に加工したなスズメッキ製のコイルにかかる。

 まずは両側からつぶすように縮めてみたけど、少しばかり雑音が増えただけ。逆に両側を引っ張ってコイルの間隔を少し空けると、ざらついたノイズは始めよりもずっと減って鮮明な歌声になっていた。

 

「あとはダイヤルを微調節すれば……ああ、これで大丈夫だ」

「国境においても、受信は良好のようだ」

 

 顔を見合わせて、満足しながらルティとうなずき合う。

 このために国境まで来たんだから、ちゃんと聴けて一安心だ。

 

「こんな筒のようなものから、はっきりと歌声が聴こえるとはなぁ。もしかして、今聴こえてるのはフィルミア様の歌声なのか?」

「よくわかりましたね」

「去年の収穫祭、市役所広場で堂々と歌っていただいたときの声を忘れるはずがねえよ。いったいどういう仕組みで鳴ってるんだ?」

「簡単に言うと『電波』っていう見えない音の塊を時計塔から飛ばして、この『ラジオ』で聴こえるようにしているんです」

「なんかよくわからんが、それをお前さんたちが〈ニホン〉って国から持ち込んできたってわけか」

「ええ。でも、これを作ったのはルティなんですよ」

「エルティシア様が?」

「まだ、手つきがおぼつかないところではありますが――」

 

 恥ずかしそうにルティが言うとおり、この無電源ラジオには配線がちょっと雑だったり、コイルに少し折れ曲がったりといった痕が残っている。はんだがこんもりと山になってるのは、はんだゴテの代わりに鉄箸でやったから仕方ないとしても、お世辞にもきれいとは言えないつくりになっていた。

 

「どうしても、自分の手で作ってこうして音を聴きたかったのです」

「なるほど。始めは何をしているのかと思っていましたが、こうして実際に聴いてみると、エルティシア様とフィルミア様が熱を上げるのがよくわかります」

 

 それでも堂々と言い張ったルティに、ラガルスさんがうんうんとうれしそうにうなずいてみせる。

 ラガルスさんには、俺とフィルミアさんが同席した上でルティから日本のことを全部明かしてある。警備の都合もあるし、信頼出来る人にはちゃんと話しておきたいっていう考えをくんだもので、ラガルスさんも全部は理解しきれてないけど姉妹でどこかへ行ってるっていうことは理解してくれていた。

 

「で、この〈らじお〉から流れてくるのは歌だけなんですかい?」

「歌だけではありません。カナ、ピピナ、準備のほうはいいだろうか」

「あいあいまむっ!」

「こっちもだいじょーぶですよー!」

 

 ルティが声をかけると、マイク専用の送信キットを手にした有楽が俺たちのそばへとやってきた。いっしょに元気な返事をしたピピナの手にもロッドアンテナが釣り竿みたいににぎられていて、しっかりと大窓から南の方へと向けている。

 

「ありがとう。ミア姉様、聴こえておりましたら次の手はずを願います」

 

 送信キットへ声をかけてからしばらくして、不意にスピーカーからの音楽が途切れた。続いて、ゴソゴソと何かを探るような音が聴こえたかと思うと、

 

『お騒がせしてもうしわけありません~。こちらは『ヴィエル市時計塔放送局』の副局長、フィルミア・リオラ=ディ・レンディアールと~』

『フィルミア様のお付きで、助手のリリナ・リーナです』

「聴こえたっ!」

 

 聴き慣れた、ほんわかとした声と涼やかな声がやぐらへと鳴り響いて、ルティがうれしそうに声を上げる。

 その横顔は、わかばシティエフエムで初めて見かけたときみたいに輝いて見えた。

 

「ん? フィルミア様とリリナ嬢の声……? って、ここには来ていないんですよね?」

「はいっ。ふたりとも、今なお時計塔におります」

「では、この声は時計塔から? まさか、そんなことが……」

『ただいま、時刻は午後2時38分~。ヴィエル市の時計塔から、わたしとリリナちゃんがこの声をお届けします~』

『今回は、私たちが作っている最中の〈らじお〉というものを市井の皆様にも知っていただくために、時計塔からヴィエル市内の6カ所へお預けした〈らじお〉の機械へと私とフィルミア様の声を届けております』

 

 のんびりと楽しそうにしゃべるフィルミアさんの声に、冷静だけど柔らかいリリナさんの声が続く。ノイズはほとんど乗っていないし、音割れもないってことは調整も上手く行ったかな。

 

『あとで聴こえたかどうかをうかがいに行きますから~、聴こえたらちゃ~んとお返事してくださいね~』

『イロウナとの国境にはエルティシア様の御一行が尋ねていると思いますので、警備隊の皆様は聴こえたかどうかの旨をお伝え下さい』

『さっきちょこ~っと聴こえた声ですと~、たぶん国境には警備隊長のラガルスさんがいらっしゃいますよね~?』

「俺の声が聴こえていただと!?」

「そうですよー。今フィルミアさんたちが使ってるのと同じ、これでわたしたちの声を時計塔へ届けたんです」

 

 手にしていた送信キットをひょいっと持ち上げて、にっこり笑う有楽。それでもラガルスさんは信じられないように首を振ってから、深くためいきをついてつんつんと送信キットをつつき始めた。

 

『これが聴こえたとしても、幻聴でもなんでもありません。ただの現実ですのでご安心下さい』

『でも、これだけだとどうして〈らじお〉なんて始めるのかとか、疑問に思う人もいるでしょうね~』

『ということで、まずは私たちがなぜ〈らじお〉というものを始めるかを説明いたしましょう。この〈らじお〉は異国から渡ってきた技術で、しゃべった者の声を見えない塊にして飛ばすというものです』

「な、なあ、サスケよ。この声は本当にあのリリナ嬢の声なのか?」

「ええ、そうですけど」

「はぁ……こいつは驚いた」

 

 俺が二つ返事で答えると、ラガルスさんがため息をつくように声を絞り出した。

 

「あの『氷の刃』と呼ばれたリリナ嬢の声が、こんなに柔らかいたぁなあ」

「あれっ、ラガルスさんってリリナさんとしゃべったことはないんですか?」

「いやいや、もちろんあるぞ? あるけど、いつもつっけんどんな受け答えしかしてもらえないからさ」

「あー……ちょっとまえまでのねーさまはそんなかんじでしたからねー」

「確かにそうかも」

 

 ピピナと有楽だけじゃなく、心当たりのある俺とルティもラガルスさんの言葉には苦笑いを浮かべるしかなかった。仕方ない面があったとしても、ついこの間までは『守るのは身内だけ』って態度だったわけだし。

 

『――で、ルティが〈らじお〉を始めたいって言ったんですよね~』

『はい。私は初め〈どうしてこんなものを……〉と思ったのですが、いざ聴いてみるとなかなか面白いものでして』

『わたしも面白いって思ったから、ルティといっしょに〈らじお〉を始めることにしたんです~』

『というわけで、この〈らじお〉では先ほどまでのように音楽を流したり、こうしておしゃべりしながらヴィエルの街で起きた出来事を伝えたりしていきたいと考えています』

『これから夕方ぐらいまでは〈おためしらじお〉ということで、さっき音楽学校でみんなが演奏したり歌ったりした音楽を聴けるようにしていきますよ~。学校で〈らじお〉を聴いてるみんなも~、聴こえたら明日感想を聴かせてくださいね~』

「へえ、リリナ嬢だけじゃなく、フィルミア様もずいぶん楽しそうじゃないか」

「フィルミアさんも、みんなでいっしょに作るのが楽しいみたいで」

「そういうことか。さっきみたいにフィルミア様のしゃべりや歌声が聴こえてくるんなら、面白いモノができたってもんだ」

 

 言葉通り、面白そうにくっくっと笑うラガルスさん。この人、ずいぶんフィルミアさんの歌が好きなんだな。まあ、俺も気持ちはよくわかるけどさ。

 リリナさんの涼やかな声にフィルミアさんのほんわかとした語り口はとても合っているし、ラジオから聴こえてくる歌声だってわかばシティエフエムで評判になるぐらいだった。ルティが試験放送の担当をフィルミアさんにお願いするのも、当然と言えば当然か。

 

「やったぞ、サスケっ!」

「おうっ」

 

 俺とルティがこの世界へ持ち込んだラジオが、みんなの手で形になっていく。

 流れてくる声とルティの太陽のような笑顔で、俺の中に強く実感が湧き始めていた。

 

 ……のは、いいんだけど。

 それでも、まだまだ課題は山積みなわけで。

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