異世界ラジオのつくりかた ~千客万来放送局~【改稿版】   作:南澤まひろ

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第73話 「異世界ラジオのつくりかた」のつくりかた・1①

 一番上の紙には、シンプルなタイトルと企画書の文字。

 その紙を含めても紙は4枚しかないし、内容も簡潔にまとめられている。

 なのに、その紙からなかなか目が離せないのは……

 

「やっぱり、俺もいるからかねぇ」

 

 ふむとため息をつきながら、その紙を手にしたまま木製のイスに身を預ける。背もたれの固さが、まだ残る眠気へ心地いい刺激を与えてくれた。

 窓の外はほとんど明るくなっていても、時間はまだ午前5時過ぎ。さっきまで母さんもいたダイニングはライトが点いていて、その明かりに透かせるほどの薄さの紙束には、いろんな言葉が書かれている。

 先輩が、俺たちにないしょで書き進めていた言葉が。

 

「おはようございます~」

 

 聞こえてきたのんびりした声で体を起こすと、白いワンピースにデニムのシャツを羽織ったフィルミアさんがリビングの入り口でぽやぽやと笑顔を浮かべていた。

 

「おはようございます、フィルミアさん。早いですね」

「いつも、このくらいの時間には起きていますから~」

「そういえばそうでしたっけ」

 

 笑顔のままとてとてとダイニングを抜けて、キッチンの冷蔵庫から麦茶が入ったガラスボトルを取り出す。食器棚からコップを出してくむ姿も、すっかり様になっていた。もう私服に着替えているのは、きっと母さんの手伝いでもするつもりなんだろう。

 

「サスケさんのぶんも、いっしょに注ぎましょうか~?」

「ありがとうございます。でも、俺はもう飲んでるんで大丈夫ですよ」

「わかりました~」

 

 にこっと笑ってからボトルを冷蔵庫のポケットに戻したフィルミアさんが、コップ片手にダイニングへと戻ってくる。

 

「お向かい、失礼しますね~」

「どうぞ。って、別に断らなくてもいいのに」

「サスケさん、なにやらお悩みだったようなので~」

「えっ」

「ルイコさんがこちらの世界で始めたいという〈ばんぐみ〉の件で、お悩みなのかと~」

 

 向かいのイスに座ったフィルミアさんがちょこんと首を傾げると、短い銀髪がしゃらんと揺れる。いつものにこにこ笑顔じゃなくて不思議そうに俺を見ているのは、やっぱりフィルミアさんも気になってるってことなんだろう。

 

「お悩みというか、なんというか……あまりにも突然すぎて、現実味がなくて」

「わたしもです~。サスケさんたちのおかげで〈らじお〉を知ることはできましたけど、まさかその本場で〈ばんぐみ〉づくりができるとは思ってもいませんでしたから~」

「そりゃそうですよねー」

 

 ふたりして微妙な笑みを浮かべながら、間を挟むテーブルに置いた企画書へと視線を落とす。表紙に書かれているのは『異世界ラジオのつくりかた』……先輩が企画したっていう番組のタイトルだ。

 

 昨日の夜、赤坂先輩が持ち込んだラジオの企画書は俺たちを混乱させるのに十分だった。

 突然、新番組の企画が降って湧いたこと。

 その番組の、突拍子もないタイトルのこと。

 そして、俺たちがその企画の中に組み込まれていること。

 できたてほやほやらしい企画書は驚きが満載で、漢字がわからないルティたちも読み上げてみせたらいっしょに驚いていた。

 一晩明けても、フィルミアさんがこうして話題を振ってくるぐらいに。

 

「で、その赤坂先輩はぐっすりお休み中ですか?」

「ええ~。ピピナちゃんを抱っこしながら、ふたりして幸せそうに眠っていましたよ~」

「やっぱり」

「昨日は、この〈きかくしょ〉を作るのでお疲れだったようですね~」

 

 張本人である赤坂先輩は、企画書の内容を説明していくうちに眠気のせいかどんどんハイになっていって、最終的にはテーブルに突っ伏して眠ってしまった。満足そうな笑みを浮かべたままの先輩を、背が高い俺とリリナさんとで両脇を抱えて女の子部屋に連れて行った記憶は、昨日限りで消しておきたいのになかなか消えてくれない。

 ……色とりどりのかわいらしい布団が6組も敷かれてるとか、どこの修学旅行の部屋だよ。

 

「俺、赤坂先輩がこんなに本気だとは思いませんでした」

「ヴィエルだけではなく、ニホンでもわたしたちと〈らじお〉をしたかったんですね~」

「ルティとピピナをメイン……えっと、主役に据えてきたってことは、そういうことなんでしょうね。タイトルを『異世界ラジオ』にしたあたり、最近の流行にのせてリスナーさんを誘おうっていう気持ちもひしひしと感じますし」

「『異世界』というのはレンディアールのことでしょうけど~、わたしたちの国のことが知られている……ということではないですよね~?」

「ああ、そうじゃなくてですね」

 

 さっきからたくさん疑問が湧いて出てくるフィルミアさんへ、ひとことことわりを入れる。そっか、フィルミアさんにとってはこっちでの『異世界』は自分の国のことなんだ。

 

「最近、日本の小説とかアニメで、異世界が舞台になっていることが多いんですよ。ちょっとしたきっかけで異世界に行って冒険したり、こっちで死んじゃって異世界に転生して、記憶を持ったままそっちで生涯を過ごしたりとか」

「は~……そういえば、リリナちゃんがそういう〈まんが〉を持っていたような~」

「えっ」

「どうも、カナさんからおすすめされたみたいでして~。『ニホンの言葉を勉強するためにもちょうどいいです』って言ってました~」

「あ、あはははは……」

 

 マンガを手にして、キリッとそう言い切るリリナさんの姿が鮮やかに思い浮かぶ。有楽も有楽だけど、リリナさんも十分こっちのサブカルに染まってきてるよ……

 

「えっと、フィルミアさんはこの企画書の内容ってわかりました?」

「カナさんに読んでいただきましたから、いくらかは~。ただ、この〈きかくしょ〉みたいに目に見える形でも残しておきたいなあとも~」

「なるほど。じゃあ、俺がこの企画書を口頭で読み上げましょうか。で、フィルミアさんがレンディアールの言語で書くと」

「いいんですか~?」

「ええ。母さんの手伝いまでは、まだ時間がありますしね」

「それは、とてもありがたいです~」

 

 俺の申し出に、フィルミアさんはほにゃっと笑って受け入れてくれた。手伝いは6時半からだし、まだ1時間近くもある。

 ルティのお姉さんで、それでいて俺にとっても大切な友達なんだから、協力できることはどんどんしていかないと。

 

「じゃあ、ちょっと待っててくださいね。用意をしてきますから」

「はい~」

 

 フィルミアさんの見送りを受けて、リビングから階段へ向かう。あとはみんなを起こさないようにそっと階段を上がれば、俺の部屋へ。

 音を立てずにドアを開けた俺は、机の中から新品のノートとボールペンを取り出した。フィルミアさんといえば皇服にあしらっている「青」のイメージが強いから、こっちも青い表紙で揃えておこう。

 

「お待たせしました。これ、もしよかったら使ってください」

 

 またまた忍び足で部屋を出て、リビングへ帰還。改めてフィルミアさんの向かいに座った俺は、ノートとボールペンをフィルミアさんへ差し出した。

 

「えっと、これは~?」

「ノートとペンです。紙に一枚一枚書くよりも、こっちのほうがまとまってて使いやすいですから」

「なるほど~! それでは、ありがたく使わせていただきます~!」

 

 ぱあっと笑ったフィルミアさんは、俺からボールペンとノートを受け取るとテーブルの上へいそいそと広げて、準備万端とばかりにペンを握ってみせた。

 俺と同い年で王女様な一方で、こうして時々子供っぽい仕草を見せてくれるのが楽しい。

 

「じゃあ、始めましょうか」

「は~い」

 

 やわらかなフィルミアさんの返事を受けた俺は、テーブルに置いてあった企画書を手にして1ページ目をめくった。

 

 *   *   *

 

【タイトル】

「異世界ラジオのつくりかた」

 

【企画意図】

 ラジオ番組づくりの楽しさを「最初の一歩」から多くのリスナーさんにも伝えたいと思い、企画しました。

 

 わかばシティエフエムでは、日曜日の20時半から「若葉市在住VLiver天森わかばが30分枠買ってみた」、21時から「あにまにれでぃお」、22時から「声優事務所クイックレスポンスラジオ 急いでやってます!」といったアニラジ番組があり、現在様々な媒体で放送されているアニメの情報を発信したり、ラジオドラマを発表したりと様々な形式で放送されています。

 

 そういった番組の中でも、近年様々な小説やアニメで増えている「異世界」を舞台にした作品が多く特集されていますが、この番組では「異世界」に住む女の子たちと日本の高校生たちが協力して、いっしょに番組を作り上げていくという体で「ラジオのことを全く知らない子たちと、ラジオを知っている子たちがラジオ番組を一から作り上げていく」物語性のあるラジオ番組を想定しています。

 

 ラジオドラマやトークを交え、そしてリスナーさんから届いたメールをもとにして番組の作り方を伝えていくことで、どのように「ラジオ番組」が作られているのか、そしてパーソナリティとスタッフがどうやってラジオ番組を作り上げていくのかを伝えて、興味を持っていただける番組作りをを想定しています。

 

 *   *   *

 

 フィルミアさんを置いて行かないように、ゆっくりと読み上げながら書き具合を確認する。

 いつもののんびりとした口調とは正反対に、ノートへペンを滑らせていく速度はとても速く、最後の段落を読み上げ終わってからすぐにゆっくりと顔を上げた。

 

「今のが、ルイコさんがこの番組を始めたという理由なんですね~」

「そう、なりますね」

 

 何の疑いもない、いつものにこにこ笑顔なフィルミアさんに対して、読み上げた俺の唇の端はぴくぴくとひきつっていた。

 言っちゃ悪いけど、今回の赤坂先輩はずいぶんはっちゃけてる。同じ曜日で近い時間帯に放送されているわかばシティFMの2大看板アニラジ番組と最近人気の新番組、そして流行を引き合いに出してまで、の番組をやりたいってのが、ひしひしと伝わるぐらいに。

 それに、ラジオドラマって……昨日はサプライズすぎてあんまり頭に入ってこなかったから、改めて読んでみるのが怖い。

 

「じゃ、じゃあ、続けていきましょうか」

「はい~」

 

 チラチラ見えているイヤな予感の芽を見ないフリして、俺はその先を読み上げることにした。

 

 *   *   *

 

【予定している出演者】

〈パーソナリティ〉

■エルティシア・ライナ=ディ・レンディアール

 留学のために若葉市に滞在している、北欧出身の女性(15歳)。わかばシティエフエムの番組に興味を持ち「赤坂瑠依子 若葉の街で会いましょう」でのジングル作りにも協力。将来は故郷でラジオ局作りを目指している。日本語のリスニング・ヒアリングともに良好。

 この番組では、異世界の国「レンディアール」からやって来た王女様を演じる。

 

■ピピナ・リーナ

 エルティシアさんの友達で、同じく北欧出身の女の子(13歳)。わかばシティエフエムの番組をよく聴いていて、番組作りにもある程度の理解を示している。エルティシアさんのラジオ局作りに協力中。日本語のリスニング・ヒアリングともに良好。

 この番組では、エルティシアさんの従者となる魔法使い役を演じる。

 

〈アシスタント〉

■松浜 佐助(まつはま さすけ)

 土曜日15時30分より「ボクらはラジオで好き放題!」のパーソナリティを務める若葉南高校の放送部員(16歳)。レンディアール姉妹とピピナ姉妹と交流がある。王女と魔法使いが初めて聴いたラジオのパーソナリティーを演じる。

 

■有楽 神奈(うらく かな)

「ボクらはラジオで好き放題!」のパーソナリティと「声優事務所クイックレスポンスラジオ 急いでやってます!」の非常勤アシスタントを務める若葉南高校の放送部員(15歳)。レンディアール姉妹とピピナ姉妹と交流がある。王女と魔法使いが初めて聴いたラジオのパーソナリティーを演じる。

※所属事務所・クイックレスポンスの木山社長に下交渉済み。

 

■フィルミア・リオラ=ディ・レンディアール

 エルティシアさんのお姉さんで、同じく留学のために若葉市に滞在している北欧出身の女性(17歳)。「赤坂瑠依子 若葉の街で会いましょう」において故郷の歌を披露した関係で、ラジオ番組づくりに興味を抱いている。日本語のリスニング・ヒアリングともに良好。

 この番組では、異世界「レンディアール」から来た王女様(実際の関係同様、エルティシアさんのお姉さん)を演じる。行方不明になった妹を追ってくるような形で、第2回から登場。

 

■リリナ・リーナ

 エルティシアさんたちといっしょに北欧から来た友人で、わかばシティエフエムのファン(17歳)。実際に、姉妹のラジオ番組を作るという夢に協力している。日本語のリスニング・ヒアリングともに良好。

 番組内では王女様なふたりの従者を演じ、フィルミアさんとともに第2回から登場する。

 

※アシスタントは2人1組で担当し、1週ごとに1人ずつ交代していく。

※ラジオドラマには全員が登場する。

 

 *   *   *

 

「ぜんいんが、とうじょう……す……」

「さ、サスケさん~? だいじょうぶですか~!?」

「な、なんとか……」

 

 一番つらいところを読み上げ終わったところで、昨日ここで轟沈した赤坂先輩のようにテーブルへと突っ伏した。

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