異世界ラジオのつくりかた ~千客万来放送局~【改稿版】   作:南澤まひろ

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第86話 「異世界ラジオのつくりかた」のつくりかた・2②

『誰もいないのに、この声はいったい……?』

『なんだか、とってもやさしいこえですよね』

 

「神奈ちゃんに、絶対入れないとって言われて」

「入れなくちゃダメですね」

「当然です。話に聞いただけですが、神奈っちは実にグッジョブです」

「やっぱりー……」

 

 俺たちの返答に、先輩の首がかくんと傾く。

 ルティとピピナが先輩の声に惹かれてやってきたってシーンは、先輩には恥ずかしくてもほとんどその通りなんだから、やっぱり入れなくちゃ。

 まあ、本人がそう書くのは照れるってのもわかるけどさ。

 

「わたしも、重要シーンってことはわかってるよ。でもね、でもねっ」

「自分のことを言われるのは恥ずかしい、というわけですか」

「海晴ちゃん、ストレートだよ!」

「それでも削らなかったのは、神奈っちへの申し訳なさと重要さゆえと」

「だからストレートすぎだって!」

「中瀬、そのへんにしとけー」

「先輩だろうが後輩だろうがそこにいるばくはつしてしまえ星人だろうが、私は親以外の誰に対してもこういう感じなので」

 

 先輩の抗議と俺の制止を、中瀬は涼しい顔でアイスが溶けかかっているクリームソーダを飲んでかわしてみせた。

 実際、桜木姉弟だろうが先生だろうがこんな感じだから、本当に手に負えない。

 

「こんばんは」

「いらっしゃいませー。って、リリナさんじゃないですか」

 

 ベルが鳴ったドアのほうへと顔を向けると、ライムグリーンの半袖なワンピースを着た人間サイズのリリナさんが店へと入ってきたところだった。

 

「こんばんは、リリナさん」

「りぃさん、りぃさんではないですかっ」

「こんばんは、皆様」

 

 立ち止まって軽くおじぎをしたリリナさんは、席に座ることなくその場で立ち止まった。

 

「昨日帰ったばかりなのに珍しいですね。ルティたちも来てるんですか?」

「いえ。今日は〈でんち〉を〈じゅうでん〉していただくためなので、私だけです」

「ありゃ。でも、まだ充電したのが残ってたはずじゃ」

「それが、〈そうしんきっと〉の〈でんげん〉が入れっぱなしだったようで……」

「あー……そのまますっからかんになっちゃったと」

 

 あの送信キット、電源ランプがないから電源が入ってるか切ってあるかわかりづらいんだよなぁ。俺もやらかして、リリナさんを巻き込んだことがあるし。

 

「じゃあ、電池は預かりますよ。そのバッグのですよね」

「はい。申しわけありませんが、今回もお願いいたします」

「いいんですって」

 

 カウンター越しに、リリナさんから黒地に白文字で『大吉』と筆書きされたトートバッグを受け取る。ぐっとした重みが手に伝わってきて、中にあるのは、にー、しー、ろー、やー……うん、ちゃんと20本あるな。

 

「りぃさん、そのバッグを使ってくれてるんですかっ」

「ちょうどいい大きさですので。買い物に物運びにと重宝しております」

「ありがとうございます、ありがとうございます」

 

 表情をほとんど変えないまま、感激したような声色で中瀬が何度もぺこぺこと頭を下げる。このトンデモセンスのバッグ、中瀬からのプレゼントだったのか。

 

「もしや、みはるん様とこちらのお店でお会いするのは初めてでしょうか」

「はい。今日はるいちゃん先輩に誘われたので。今度録るラジオの話をしていました」

「なるほど、みはるん様が私たちの声を録って下さるのでしたね。その節は、お世話になります」

「いえいえ。私こそ、りぃさんたちの声が録れてとても幸せです……わわっ」

 

 微笑んでおじぎするリリナさんに、今度は深いおじぎで返す中瀬。その勢いでイスから落ちそうになったのはご愛嬌か。

 

「リリナさん、何か飲みます?」

「いえ、大丈夫です」

「遠慮はナシですよ。下宿代だってもらってるんだし、飲み物ぐらいおごりますよ」

「……下宿代」

「でしたら、〈めろんそぉだ〉をひとついただけますか?」

「メロンソーダですね。そちらの席で、少々お待ち下さい」

 

 中瀬の左隣を手で示して、仕事モードで応対する。朝のバイトをしているうちに身に染みついて、今じゃカウンターにいると自然にこの仕草をするようになった。

 

「サスケ殿がおひとりとは、珍しいですね」

「閉店時間前ですからね。母さんは、2階で父さんと夕飯を作ってますよ」

「ふふっ。チホ嬢もフミカズ様も、実に仲睦まじいことで」

「万年あんな感じで、見てるほうは困ります」

 

 冷蔵庫を開けてメロンソーダのボトルを取り出しながら、リリナさんの問いかけに答えていく。あと、プチケーキは……うん、あったあった。

 

「リリナさん、今日は泊まっていきます?」

「……泊まっていく」

「もし、皆様にご迷惑がかからなければ」

「迷惑なんてしませんって。母さん、感心してましたよ。帰る前にちゃんと掃除とお片付けがしてあるから助かるって」

「泊まった者の義務ですよ」

「リリナさんらしいですね」

 

 真面目なリリナさんの受け答えに、思わず笑いが漏れる。素直にそのことを言いながら、俺はCDサイズの丸皿を3枚出して手前のカウンターへ。その皿に、トレイからトングでプチケーキを3つずつ種類が違うものをのせて、あとはメロンソーダをいれて……っと。

 

「はいっ、メロンソーダです。こちらのプチケーキもどうぞ」

「ありがとうございます。そういえば、この時間は〈けぇき〉振る舞いの時間でしたね」

 

 カウンター越しに、リリナさんの前へメロンソーダのコップとプチケーキのお皿を置いていく。さすがはバイトをしてるリリナさん、サービスタイムのこともわかってるな。

 うちのケーキは全部自家製――なんてことはなく、デコレーションのものはご近所のケーキ屋さん『パティスリーはとり』から仕入れていて、あっちにイートインがない代わりにこっちで提供させてもらっている。全部売り切れる日もあれば、今日みたいに空模様が良くなかった日は売れ残ったりするから、閉店前に切り分けてお客さんに振る舞うわけだ。

 

「ええ。あとは、閉店時間までのぶんを残しておいてっと……先輩も、よかったらどうぞ。ほれ、中瀬も食いな」

「ありがとう、松浜くん」

「…………」

「って、どうしてにらんでるんだよ」

 

 あからさまな中瀬の半目に、つい気圧されて一歩退く。

 

「いえ。『こいつ、だいばくはつしないかな』と思いまして」

「しねーよ。つーか、どうしてそんな物騒なことを考える」

「ナチュラルに女の子を下宿させるとか泊めるとか、どこのハーレムアニメやラノベの主人公かと」

「ちげーよ。俺にとってルティとピピナは妹で、フィルミアさんとリリナさんはお姉さんだから全然ちげーよ」

「……まあ、そういうことにしておきましょうか」

「その微妙な間はいったい」

「べーつにー」

 

 明らかに不服そうな顔を背けて、中瀬が口笛を吹く。くそっ、有楽といっしょで妙に巧いのがかえって腹立つな。

 

「じゃあ、このプチケーキはなしな」

「マツハマクンハセカイイチカッコヨクテイイヒトデスヨ」

「棒読みにも程があるわ!」

 

 バッとこっちへ向き直った中瀬が、くれくれとばかりに両手をこっちへ伸ばしてくる。仕方ねえなぁと思いながら皿を渡してやると、鼻歌を歌いながらプチショートケーキを食べ始めた。

 

「私には、海晴ちゃんもお芝居の才能があると思うんだけどな」

「またまたご冗談を」

「そうですね。私も、みはるん様にはしゃべりの才能があると思います」

「りぃさんも冗談がお上手ですね。私は、みんなのおしゃべりや演技を聴いているほうが幸せなんです」

 

 涼しい顔でそう言い切って、ミルクレープ・ウィズ・ベリーソースにぱくつく。一見素っ気なさそうにも見えるけど、もっしゃもっしゃと噛みしめる姿は満足そうだ。

 

「中瀬はこういうヤツなんですよ。頑なに、自分は裏方だーって言い張ってて」

「そっか。これ以上は無理強いになっちゃうよね」

「ですので、みなさんは安心して練習してください。私は、放送室の機材でイメージトレーニングを積みましょう」

「ヴィエルでもみはるん様の〈ぼいすれこーだー〉には助けられましたので、〈しゅうろく〉のときも頼りにしております」

「まかせてくださいっ」

「そうそう。収録といえば、リリナさんたち用の台本も用意しておきました」

 

 赤坂先輩はバッグの封筒からエンジ色の表紙で作られた台本を2冊取り出した。って、なんだか俺と中瀬に渡されたのとは違うような?

 

「ありがとうございます、ルイコ嬢」

「ヴィエルのみなさんには、漢字にふりがなを振った台本を用意しておきました。大陸公用語の文字は、どうしてもこっちで用意できなくて……」

「とんでもない。お気遣い、痛み入ります」

 

 リリナさんがうれしそうに受け取った台本の表紙には、俺と中瀬が受け取ったものとは違って『異世界』の上に同じようなフォントで『いせかい』ってルビが振ってあった。ヴィエルのみんなにもわかりやすくしたのを、別に作っておいたらしい。

 

「なるほど。ルティ様とピピナと、皆様との出会いから始まって……に、2話の私は、楽しんでいらっしゃる皆様に割り込むような形で登場するのですね」

「ヴィエルじゃなくて、日本での物語になりますから。その、ダメでした?」

「いえ、そういうわけではなくて……むしろ、御配慮に感謝いたします」

 

 視線を台本から赤坂先輩に向けたリリナさんが、軽く会釈してまた視線を台本に戻す。俺たちとの出会いは、そのままじゃ気持ち的に採用しづらいもんなぁ……いきなり物陰から細い剣を突き付けたり、日本から異世界へと俺をさらったりして。

 

「それで先輩、収録はどうするんです? 局かうちの放送部でやるんですか?」

「そのことなんだけど……」

 

 俺の指摘に、赤坂先輩は語尾を弱めたかと思うと、

 

「ごめんっ! 松浜くん、海晴ちゃん、期末テストの部活休み、1日だけ私にくれないかなっ!」

「せ、先輩っ!?」

 

 ぱんっと両手を合わせて、俺たちに向かって拝むように頭を下げてきた。

 

「本当はいけないってわかってるんだけど、月曜日の夜にスタジオが見学できるみたいで……その時に、収録もできないかなって思って」

「って、5日後ですか!」

「空いてるのが、その時間しかないの。期末は7月の4日から7日って聞いたから、さすがに週の後半は無理だと思うし……」

「だからって言って、期末後じゃパイロット版も出せないですしね……スタジオって、浅草のですか?」

「うん。ここから電車で一本だし、30分ぐらいだからそんなに遠くないよ」

 

 浅草は東都スカイタワーラインの終着駅で、俺たちが住んでる若葉からもほど近い。学校が終わるのが3時半だから、向こうに着くのがだいたい4時過ぎとなると……

 

「収録、見積もってたのはだいたい3時間ぐらいでしたっけ」

「少し多めにとって、ね。だから、6時に始めて9時過ぎには終わるかな」

「だったら、1日ぐらいいいですよ。残りの6日、しっかり勉強すればいいんですし」

「私も、1日であれば全く問題はありません」

「ごめんなさい。急にこんなことになって……わたしも、できるだけふたりのお勉強を手伝うから」

「あの」

 

 ただただ先輩が頭を下げていると、ガトーショコラを飲み込んだリリナさんがそっと手を挙げた。

 

「でしたら、また皆様をヴィエルへと招待させてはいただけないでしょうか」

「いいんですか?」

「もちろんです。そうすれば、この間試験用の勉強をしていたように、〈らじおどらま〉の練習もできるのではないかと」

「さすがはりぃさん、一挙両得というものですねっ」

「ヴィエルのみなさんには、すっかりお世話になりっぱなしですね……でも、ルティさんとフィルミアさんに話を通しておかないと」

「エルティシア様とフィルミア様には、皆様からなにか相談があった際にはできるだけ話を伺うようにと。また、ヴィエルでの宿泊に関わることであれば、執事たる私の一存で決めてもよいと仰せつかっております」

 

 申しわけなさそうな赤坂先輩の言葉をまったく気にすることなく、右手を胸元にあてたリリナさんが当然だとばかりに言う。

 

「それに、正直なところを言えば、私も皆様と練習する時間がほしいというのが大きなところでして」

 

 って、なるほど。確かにそれは重要だ。

 

「読み合わせなどもしなければなりませんからね。神奈っちが今日『dal segno』の収録を済ませているのは幸いでした」

「俺も、あと5日で収録ってのはちょいと厳しいんで……少しばかり、向こうへ行けると助かります」

「わたしも……」

「それでは、決まりですね。ルイコ様、これは私からの招待なので、お気になさらないでください」

「ごめんなさ――ううん。ありがとうございます、リリナさん」

「こちらこそ」

 

 一度謝りかけたのを止めて、礼を言う先輩にリリナさんが笑って応じる。左腕で大事そうに特製台本を抱えているあたり、リリナさんも先輩へのお礼がしたかったのかもしれない。

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