異世界ラジオのつくりかた ~千客万来放送局~【改稿版】   作:南澤まひろ

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第90話 異世界少女とラジオ局と②

 わかばシティFMは、6階建てのビルのうち3フロアを使って運営されている。1階がスタジオで2階がオフィス、3階がレコード室と会議室で、局に入るにはセキュリティの関係上、外の階段を使って2階から入る構造になっていた。

 階段の床は滑りにくいように加工されてるからあんまり危険はないけど、それでも昇るときはやっぱり慎重になる。

 階段を上がって、ドアの横にあるインターホンに手を伸ばして……おっと、カメラの前に立たないと。

 インターホン内蔵のカメラに目線の高さを合わせて、ボタンを押す。ここで誰が来たかをオフィスでチェックしてるから、局へ来た時には必ずこうしてカメラの前に立つことになるわけだ。

 

『松浜くんね。ちょっと待ってて』

 

 軽やかなチャイムが鳴ってから間もなく、女の人の声がスピーカーから聴こえてくる。この声は……

 

「いらっしゃい。テスト期間は終わったの?」

「ええ、一応」

 

 がちゃりと中から鍵が開けて出てきたのは、縁のないメガネをかけたショートカットの女の人……大門真知さんだった。

 

「あの、赤坂先輩来てます?」

「もしかして、さっきの聴いて来たの? 残念。瑠依子ならお休みよ。きっと大学じゃないかな」

「えっ? でも、メールが」

「メールだったら、大学からでも送れるでしょ。松浜くんたちのテストが終わってからって昨日言ってたから、きっとタイミングを見計らってたんじゃない?」

「あー、そういうことですか」

 

 確かに、さっきのメールがテスト前に来てたら落ち着かなくて勉強に身に入らないかもしれない。その気遣いはありがたいんだけど、さすがにいきなりは心臓に悪いですって……

 

「昨日、ずーっとノートPCに向かって作業してたのよ。いつもCMとかの編集をしてもらってるけど、自分の手で新しい番組を手がけられるのがうれしかったみたいね」

「なるほど……あっ、そうだ。その節はありがとうございました」

「その節って、新番組のこと? それはあたしじゃなくて、社長に言ってもらわないと」

「大門さんだって、先輩の相談に乗ってたらしいじゃないですか」

「それはまあ、かわいい後輩の頼みだからねぇ」

 

 大門さんは人差し指で小さく頬をかきながら、照れたように笑ってみせた。

 わかばシティFMで技術と制作を担当している大門さんは紅葉ヶ丘のOGで、パーソナリティ担当の妹・朱里さんといっしょに実家の学習塾で事務員をしながらわかばシティFMを盛り立てている。

 赤坂先輩みたいに機材操作の経験がないパーソナリティの生放送や収録でディレクターやミキサーを担当したり、夕方や夜のノンストップ音楽番組で選曲をしたり、さっき流れていたようなCMを作ったりと、この局に欠かせない大切な存在だ。

 

「よかったら、入ってく? 新しいタイムテーブルもできてるし、お友達も来てるわよ」

「お友達?」

 

 そう言われたのは別にいいんだけど、誰のことなんだかピンと来ない。先輩は大学らしいし、中瀬は先に帰った上に家が少し遠い。有楽は別学年な上に、部活が休みだってメールに返事がないってことは用事があるんだろうし……誰だ?

 

「今は下のロビーで聴いてるから、行ってみなさいな」

「はあ」

 

 今ひとつふに落ちないまま、大門さんが開け放ったドアの中へと入っていく。短い廊下の右側にパーティションを隔ててオフィスが、左側の奥に階段があって、そこからスタジオとレコード室へ行けるようになっている。

 誰かがいるのはロビーらしいから、階段を降りるとして……誰が来てるんだろう。

 

『――続いてのメールは毎度おなじみ、東院堂書店で働いてる〈書店員X〉さんからいただきました』

 

 下へ降りていくにつれて、今放送している番組の音がだんだん聴こえてくる。

 

『〈響子姉さん、スマラジわ!〉……えー、こんにちはっ! 何度も言ってるけど、そのあいさつは流行らせないよ!』

「久々に聴くけど、相変わらずだなぁ」

 

 歯に衣着せぬ響子さん節に、つい立ち止まって笑いを漏らす。

 月曜から金曜の午後1時から4時まではワイド番組「午後はイチバン! スマイルラジオ」の生放送。木曜日は、フリーアナウンサーの名取響子さんが担当の日だ。

 元々は北海道のFM局で局アナをしていて、あっけらかんとしたトークで人気を博していたのが旦那さんの転勤についてきたとかで、今は首都圏でフリーのアナウンサーになっている。

 

『〈【わたしのサウンドトラック】と今日のテーマ【今、旬な一品】を絡めまして。当店では、紺野葉子さんの小説【ボクらの夜空】の売り上げがじわじわと伸びています。定時制高校を舞台にしたラブコメ小説で――〉って、これって完全に宣伝トークじゃないの! わかりましたよ。面白そうだし宣伝に乗ってやりますよ!』

 

 メールへツッコミを入れながらも読み進めるていくのは、今は目の前のことでいっぱいいっぱいなアナウンサー志望として見習っておきたいスキルだ。

 そんなことを思いながら階段を下りていくと、スタジオと廊下を隔てるガラスが見えてきた。あとは下りきって、角を曲がればロビーへ――

 

「って、ルティ!?」

「しーっ」

「しーっ、ですよー」

「ピ! ……ぴ、ピピナもかっ」

 

 曲がった瞬間に見えたルティとピピナの姿に、声を上げそうになったところでそろってくちびるの前で人差し指を立てられた。あわてて両手で口をふさいでから声のトーンを落としたけれども、こんな週半ばの真っ昼間からふたりがいるなんて……

 

「ふたりとも、どうしてここにいるんだよっ」

「楽しみで仕方なくてな。つい、先に来てしまった」

「ついって」

 

 跳ね上がった心臓を落ち着かせるようにゆっくりとたずねたら、ルティはいたずらっ子のようにちろりと舌を出してみせた。

 壁際に並べられたパイプいすに座っているルティは、白いノースリーブのブラウスとブラウンのキュロットっていうすっかり夏向けな服装。襟元の赤いリボンがアクセントになっていて、膝の上に置いている黒いキャスケット帽も銀色の長い髪によく似合っている。

 その右隣に座るピピナも髪を下ろしていて、濃い緑地に明るい緑の花柄をあしらったワンピースを着ているせいか、いつもの幼さがほんのちょっと抜けていた。

 小さく舌を出すルティと、えへへーと笑うピピナの仕草はとにかく『かわいい』の一言につきる。落ち着かせたはずの心臓がまた高鳴って、目が離せないくらいに。

 

「ったく、母さんも来てるなら教えてくれたっていいのに」

「チホ嬢も知らぬぞ」

「えっ?」

「こっちへとんできて、そのまままっすぐここへきたですよ」

「だから、今日会った友人はサスケが最初だ」

「そこまで楽しみだったのか」

「仕方なかろう。我にとって初めての『らじお』で、多くの人へと声が届く機会なのだから」

「それはそうか」

 

 ちょっぴり恥ずかしそうに、それでいて、期待を隠すことなく素直に笑うルティ。10日ぶりに見たその笑顔はいつも以上に子供っぽくて、こっちまでつられて笑顔になる。

 

「でも、よく局の中に入れたな」

「いつものように〈すたじお〉の前で聴いていたら、昼食を買いに出てきたマチ嬢に誘われたのだ」

「ルティさまがえんりょしてたですけど『もうわかばしてぃーえふえむのいちいんなんだから』ってさそわれたですよ」

「なるほどな」

「まあ、まとわりつくような暑さを避けられて渡りに船ではあったがな」

「こっちの夏はどうしてもな。ピピナは大丈夫だったのか?」

「ひんやりできるちからをつかおーかなーっておもったですけど、つかれてヴィエルへもどれなくなったらほんまつてんとーですから」

 

 何気なくピピナに聞いてみたら、とんでもない力をなんでもないように言い放った。まあ、世界を移動できる力に比べれば確かに些細なことなのかもしれないけどさ。

 

「マチ嬢には感謝せねばな。こうして落ち着いて聴けるのはありがたいし、間近で様々なしゃべりを見て聴くことで勉強にもなる」

「あははっ。ルティも、だんだんラジオのパーソナリティらしくなってきたじゃないか」

「当然だ。我とピピナは『いせかいらじおのつくりかた』の〈ぱーそなりてぃー〉なのだし、レンディアールで〈らじお〉を始める以上は、我らこそが先駆者にならなくては」

「ピピナも、ルティさまといっしょにらじおばんぐみのれんしゅーをしてたですよ」

「練習?」

「うむ。昼や夕方にいっしょに出かけて、その時感じたことを時計塔の〈すたじお〉でいっしょにしゃべりあっているのだ」

「こっちではピピナもぱーそりなてぃーですから、たくさんれんしゅーとおべんきょーをしないと」

「ピピナもやる気十分ってわけか」

「とーぜんですっ」

 

 えっへん、と聞こえてきそうなぐらいにめいっぱい胸を張るピピナ。さすが、ルティのパートナーを自称しているだけある。

 

「どう? 驚いた?」

「大門さん」

 

 と、俺の後ろから大門さんがのそっと姿を現して声をかけてきた。

 

「驚いたなんてもんじゃないですよ。そりゃ、友達と言われて納得ですけど」

「でしょ。エルティシアさんもピピナさんもうちのパーソナリティなんだしね」

「ありがとうございます、マチ嬢」

「ありがとーですよっ、まちおねーさん」

「いいのいいの。それと、差し入れ」

 

 何気なく受け流した大門さんは、これまた何気なく近所にあるコンビニのビニール袋を差し出してきた。

 

「すいません、ありがとうございます」

「買い置きのを持ってきただけよ。3本とも、同じお水にしておいたから」

「何から何まで……マチ嬢には頭が上がりません」

「水ぐらいで大げさよ。パーソナリティにのどの渇きは大敵なんだから、しっかりケアしてね」

「きもにめーじとくです」

「私《わたくし》も」

「うーん……いい子たちねー」

 

 腕を組みながら、実感を込めてしみじみと言う大門さん。赤坂先輩といい有楽といい母さんといい、ふたりには年上をくすぐる何かがあるのかもな。

 

「んしょっと。はい、こっちはルティのな」

「ありがとう」

「んでもって、よいしょっ……と。これはピピナの分」

「ありがとーですよっ」

「って、松浜くん、何してるのよ」

 

 袋からペットボトルを取り出してからふたを緩めて渡していると、大門さんがなぜか呆れるようにして尋ねてきた。

 

「いや、ふたりとも開けるのが苦手なんで、いつもこうして開けてあげてるんですよ」

「役柄だけじゃなくて、日常でもお姫様っぽいのね」

 

 いやいや、生粋のお姫様と妖精さんなんですよ……なんて言えるわけもなく、ごまかすように俺もペットボトルのふたを開けて水をあおるように飲む。うん、冷えすぎずぬるすぎずでちょうどいい。

 ルティたちは、あくまでも『ヨーロッパのほうから来た』っていう『設定』になっている。桜木先輩たちと面通ししたときに使ったから今更変えられないというのもあるし、実際に外国というか異世界から来ていることもあって、違和感はほとんどないはずだ。

 

「ああ、そうそう。待望のこっちも持って来たわよ」

 

 気を取り直したように大門さんが言うと、脇に挟んでいたクリアファイルから緑色で染められたような1枚の紙を取り出して俺へと差し出してきた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「これが新しいタイムテーブルですか」

「そう。明日から新しい編成だし、気分一新……って、ウチのはほとんどが半年以上の契約だから、あんまり動いてないんだけどねー」

「確か、日曜の夜ぐらいですね」

 

 いつものように月曜日から日曜日まで並べられたタイムテーブルには、朝の5時から深夜の5時までの全部の番組が時系列順に載っている。年度初めの4月が基点になっていることが多いからか、わかばシティFMのほとんどの番組は動きがなくて日曜日の深い時間帯にある1枠だけにふたつの新番組のマークがついていた。

 そのうちひとつの番組のタイトルは『異世界ラジオのつくりかた』。

 ルティとピピナ、そして俺たちの番組の名前が、がいよいよ公式の配布物に載ったんだ。

 

「〈いせかいらじおのつくりかた〉って、ちゃんとのってるですね!」

「うむ、確かに我らの〈ばんぐみ〉だ」

 

 身を乗り出すように、ピピナとルティもタイムテーブルをのぞき込む。その目はきらきらしていて、まるでおもちゃを見つけた子供みたいで……きっと、ふたりから見たら俺もそういう目をしているんだろう。

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