*月J日
昨日の劉邦ちゃんのライブ凄かった。前世のライブを思い出ちゃったぜ。サイコー!
生まれ変わってまでオタ芸を披露する羽目になるとはな。でも、仕方がないよ。オタの血が騒ぐのだもの。
とまれ、当初の冗談のような策だった
いやまあ、途中から楚の歌とか関係なく歌合戦やってたんだけれど。
それもあり、味方の動きは良く、外からみても敵軍の動きが悪い。ここで強攻してもいいが、項羽相手では何が起こるかわからない。できる限り包囲を続けて、じわじわと弱らせていこうと軍議で決まった。
あの項羽なら歌合戦中に突撃を敢行してくる、というのが当初の軍議での想定だったのだが、当てが外れた形だ。
@月M日
虞美人なる人物がいるらしい。項羽の愛人で絶世の美女なのだとか。
不思議ちゃんから捕縛命令が下った。もっともらしい理由をつけてはいるが、自分のものにしたいらしい。淫乱ピンクはやはり淫乱ピンクだった。
@月P日
項羽は俺が討取るという決意は今も変わらない。のんきに囲んではいるが、やつは必ず勝負に出るはず。そして今日、陣中の空気が変わったのを感じる。
さあ来い項羽!
@月%日
……。ま、終わりよければすべてヨシ!
◆
歌合戦に包囲された項羽は天空を見た。
「な……なんと、我が頭上に死兆星が!!」
「
かたわらに愛しい虞姫がおり、また愛馬黒王号がいた。
なんでもない、と項羽は平静を取り繕うとして失敗する。いつの間にか身体が震えていた。と、背後から大きな影が彼女を包み込んだ。
振り返らなくともわかる。この逞しい肉体——虞美人だった。
「最後までお供しますわよん。項羽様」
すべてを悟りつつも、曇りなき愛情の目線をまっすぐに向けてくる虞美人をみて、項羽は言葉を紡ぐことが出いない。その信頼にこたえたいが、もはや項羽をして逆転の目をみつけることはできなかった。
ふと「恐ろしい」という感情に己が支配されていることに気づく。今さらおのれの命を惜しむ惰弱な人間ではない。だがなぜ?
「俺を恐怖させたもの……それは……愛か!」
答えは隣にあった。
項羽をして瞠目するほどの鍛えられた肉体美が、そばに居てくれる。ただそこに居るだけで母の腕に包まれているかのような安心感を、虞美人は与えてくれた。
——この女だけでも守らねばならぬ。それが俺に残された最後の天命よ。
そうして、自らの気持ちを
『力山を抜き、気は世をおおう。時に利あらず黒王ゆかず。黒王ゆかずしていかにすべき。虞や虞や汝をいかにせん』
虞美人もこれに和した。
◆
「やつらは死兵だ! まともに戦うな!」
「何言ってるの! ここでなんとしても項羽を打ち取るのよ! 手柄首を上げたものには恩賞は思いのままよ。打ちかかりなさい!」
劉邦軍の陣地は大混乱に陥っていた。
今宵は月も明るく、大量の松明も燃えている。将兵の英気も漲っており、万全の体制で項羽軍を包囲していた。なんの問題もないはずだった。なのに——。
「どけぇい、雑兵などに用はないわ!」
項羽を先頭に親衛隊が突撃してきた。
もっとも想定されていた事体である。名だたる将兵が立ちはだかり、一合ともたず蹴散らされた。
そのあまりの武威によって、周囲に恐怖が波及していく。張良が遮二無二なんとか指揮を執っているが、彼女でなければ全軍が崩壊していてもおかしくなかった。
だが、このままでは包囲網を突破されかねない。いや、張良の手腕なら突破を防ぐ自信はある。陳平もいるのだから猶更だ。だがあるにはあるが、そのときの損害は甚大となろう。
ならば、温存という名目で包囲に参加させなかった最強の手駒がある。
——張良は決断した。
彼女の許可を受けた銀色の影が本陣を飛び出していく。
「いたか田忠ゥ!」
「項羽、部下たちを虐殺した落とし前はつけさせてもらうぞ!」
「ハハハ死ぬのはお前の方だ——だが、一騎打ちを受けるにあたり条件がある!」
神妙な顔で項羽は意外な条件を出した。
田忠は断る理由もなく快諾した。
そして始まった一騎打ちは、戦場のすべてを支配した。
赤い気炎を纏った田忠は、錫杖を手に取ると項羽に神速の突きを放つ。馬上での不利を悟った項羽は黒王号から飛び降りると、戟を振るい防ぐ。
その一瞬の邂逅で大気が震えた。
轟音が鳴り響き、衝撃波が周囲のすべてをなぎ倒す。力の奔流は天を突き、雲さえも吹き飛ばした。
まるで舞を踊るように一合一合を交わしていく。小柄な田忠は華麗に舞うと、応じる項羽は情熱的な激しい舞踊で破壊せんとする。すべてが神速、すべてが致命の一撃で、いつの間にか戦場の声は絶え固唾をのんで、神話の光景を見守っている。
そして——。
「
拳を突き上げた姿勢のまま、項羽は絶命した。
◆
傷だらけの田忠は、事切れた
一歩間違えば死ぬのは自分であっただろう。それ程の戦いだった。
ボロボロの身体を引きずるようにして本陣に戻ろうとして、そこで見た光景は——弓兵をずらりと並べた張良の姿だった。
「一騎打ちの勝利おめでとう。でもね、なんで勝手に項羽と取引したのかしら?」
絶句する田忠を狂気の籠った瞳でみやりながら、張良は弁舌を振るう。軍令違反よ、とひとしきり罪状を並べ立てると、右手を振り上げ兵に構えさせる。
「田忠。あんたは危険よ。でも獲物がいなくなれば猟犬は不要なの。いままでありがとね。そして、さようなら」
そして振り下ろし攻撃の合図を出さんとする寸前——まるで物理的力を持つような覇気が辺りを包み込んだ。項羽の刺すような覇気でもなく、田忠の透き通るような覇気でもなく。ふわふわとした母の愛情に包まれるような感覚。
劉邦がそこにいた。
「張良ちゃん」
身体を硬直させた張良にゆっくり近づくと、いつものように呼び掛ける。
「あまり私を悲しませないで」
ふわりと張良を正面から包み込んだ。腕を首の後ろに回しにこやかに——そして有無を言わせぬ覇気を纏って——張良の耳に打ち明ける。
震える己の身体を叱咤して、猫耳フードを外し五体没地した張良は、是とだけ答えた。
「それでこそ余の愛する子房である」
満足そうに劉邦は微笑んだ。