H月◇日
「年末に紅白歌合戦ってどう思う?」って不思議ちゃんがノリノリで話しかけてきた。
どう思うって言われても……どうもこうも。
まあ、張良の立てた四面楚歌の策に悪乗りして紅白歌合戦要素を足したのは俺だけどさ。
■月+日
奴隷になってから大人しくしていた張良が、ここにきて意外なやる気を見せている。
笑顔で「紅組のために全力を尽くします」と言い切る様子に、俺もなんだか安心してしまった。
……いや、安心してる場合か? てかもうやるの決定なのね。
ちな、俺は白組。後発加入組は全員白組となった。
J月〇日
紅白歌合戦が近づいている。
不思議ちゃんは相変わらずノリノリだし、張良も妙に気合いが入っている。でも、俺は何をやればいいんだ?
とりあえず、踊りならいける気がする。前世で覚えたオタ芸があるからな。もう披露したし。
歌は適当に誤魔化せば何とかなるだろう。チートな身体だし前世みたいな音痴ではあるまい。
勝ったなガハハ。
K月☆日
歌合戦当日。白組の仲間たちが次々とパフォーマンスを披露していく中、ついに俺の番が来た。
曲は前世でハマっていたソシャゲのあの曲だ。ノリノリのメロディに乗せて、俺は全力で歌いオタ芸を披露した。「ウリャオイ! ウリャオイ!」ってな。
完璧なサークルの動き。
K月□日
昨日は盛り上がった。なぜか張良が冷たい目で俺を見ていた。
盛り上がっただろう?というと、張良が視線を逸らしながら言葉を濁す。
なんで???
◆
広間に、劉邦の明るい声が響き渡る。
「さあ、皆! 紅白歌合戦をやるわよ~!」
カラフルな衣装を身にまとった桃色髪の少女——劉邦は、くるりとその場で回り、艶やかな笑顔を浮かべる。その表情には、どこか少女のような無邪気さと、軍勢を束ねた大将らしい堂々たる貫禄が同居する不思議な覇気を纏っている。
「紅組と白組に分かれて、歌で勝負! 中華を統一した記念にふさわしい催し物でしょ~?」
その言葉に、周囲の将兵たちは顔を見合わせる。項羽を追い詰めたときの策「四面紅白歌合戦」を思い出していたのだ。それをもう一度といわれても想像がつかない。だが、劉邦はそんな空気を意にも介さない。
「大事なのはみんなが楽しむことよぉ! それに、歌の力で戦に勝った伝説を忘れちゃダメ!」
劉邦は誇らしげに言い放つ。その言葉の通り、かつて楚漢戦争の激戦の中、項羽を追い詰めた「四面紅白歌合戦」は、実は劉邦陣営の得意な「歌」の戦術だった。庵範男行進曲、闘猛狼、売虎僧流、残酷天使的纲领、世界上唯一的花など斬新な持ち歌が多い。彼女たちの歌声が夜通し敵陣を包み込み、楚軍の士気を削ぎ、孤立無援の絶望に追い込んだのだ。
「だから、この紅白歌合戦は私たちの歴史そのものなのよ!」
劉邦は指を一本立て、意気揚々と語る。その瞳には確固たる信念が宿っていた——少なくとも本人はそう信じている。近しい者には、面白そうだからが理由だとバレていたものの。
「でも、どうやって紅組と白組を分けるのかって? それは簡単よ!」
劉邦は堂々と説明を始める。
「紅組は、初期から私たち劉邦陣営に参加して、私と一緒に戦ってきた仲間たち。蕭何ちゃんとか張良ちゃんとか韓信くんとかね! 一方、白組は途中で私たちに合流した、ちょっと変わった面子たち。忠ちゃん、虞美人ちゃん、そして一向ちゃんたちがそうよ!」
「ちょっと変わった……???」
田忠が思わず呟くが、誰も気に留める様子はない。劉邦はさらに続けた。
「つまり、紅組は古参メンバー、白組は後発メンバーで分けるの! 勝った方が真の劉邦陣営の看板ね~!」
その説明に、場の空気がざわついたが、劉邦は意気揚々と腕を組んでいる。
そして、年の瀬が迫り会場の準備が整った。
「さあ、紅組の私たちが白組を叩き潰すわよ~!」
紅組の控室で、劉邦は高らかに宣言する。隣には、猫耳フードを深く被った張良が静かに座っていた。
「劉邦様、気合が入りすぎて失敗なさらないように」
「ちょっと、張良ちゃん! 私に失敗なんてあり得ないでしょ~?」
口を尖らせて不満げに張良を見やる劉邦。しかし次の瞬間には、再び弾けるような笑顔を浮かべている。
「何があっても紅組が勝つんだからぁ! 張良ちゃんも全力で補助してね!」
一方、控室の外では、白組リーダーの田忠が妙なポーズをとりながら意気込んでいた。
「よーし、俺のオタ芸で会場を燃やすぞ!」
独り言を漏らす田忠を横目に、劉邦は紅組のメンバーを鼓舞するように声を上げる。
「さあ、紅組は私についてくるだけで勝てるわ! 張良ちゃん、準備はいい?」
「もちろんです、劉邦様」
張良は微笑を浮かべると、静かに立ち上がった。その目には冷静ながらも闘志が宿っている。
こうして「紅白歌合戦」は始まった。
歌声と舞台の熱狂が広間を包むその前に、笑顔を絶やさぬ劉邦が舞台袖で囁く。
「忠ちゃん、覚悟してね~?」
舞台袖で意気揚々とした劉邦が、一歩前に出る。紅組の先鋒として、まずは彼女自身が舞台に立つのだ。
「さあ、皆! 紅組の華やかさを見せつける時よ!」
鮮やかな衣装をまとい、劉邦は舞台中央で手を広げる。そして、軽快な旋律が響くと、劉邦は明るい歌声でそれに応えた。選んだ曲は、どこか懐かしい民謡を改編したもので、陽気な節回しが観客の心をつかむ。千本桜は大盛り上がりだった。
「はぁ~、やっぱり劉邦様の魅力ってすごいわねん……」
客席で虞美人が呟くと、隣の彭越が肩をすくめた。
「まあ、これで士気が上がるなら大したものだ」
劉邦は最後に華やかに身を翻し、堂々と一礼してみせた。観客席からは大きな拍手が湧き起こり、劉邦は満足そうに微笑みながら舞台を下りる。
「どう? 紅組の勢い、伝わったでしょ!」
舞台袖で田忠に向かって指を振る劉邦。その笑顔は自信に満ちていた。
続いて登場したのは韓信だった。
「田忠の奴が何を出してこようと、この俺が負けるはずがない!」
鋭い目を光らせながら舞台へと上がった韓信は、剣を模した小道具を携え、華麗な剣舞のような動きを披露する。流れるような身のこなしに合わせて響く勇ましい「庵範男行進曲」。将軍らしい力強さを象徴する演目だった。妻の鐘離昧が惚れ直しているのを横目に、「哀と勇気だけが友達さ」の節。演武の最後に滑って転んだあたりも韓信らしかった。
「紅組、勢いが止まらないわねん」
虞美人が目を細める。彭越は湯気の立つ茶碗を傾けながら静かに呟く。
「あの動き、確かに手ごわい」
韓信の演目が終わると、観客席からは一段と大きな拍手が湧き起こる。その中で次に舞台に立ったのは張良だった。彼女の登場により、広間が一瞬静まり返る。舞台中央に立った張良は、猫耳の形をしたフードを深く被りながら、一礼した。
「次は張良の出番か……」
田忠が呟くと、劉邦が得意げに笑う。
「忠ちゃん、よく見ておきなさい。この歌で白組の士気は崩壊するわ!」
張良が選んだのは、壮麗なバラードだった。静かな旋律に合わせて歌い出すと、その澄んだ歌声が広間を満たしていく。張良の歌には重い感情がこもっており、その落ち着いた振る舞いと相まって、観衆の心をぐっと引きつける。
意外な特技に思えるが、戦場で命令を届ける軍師にとって声を大きくするのは必須スキルなのであった。もっとも、それを勘案しても素晴らしい情感あふれる歌声だった。愛燦燦は後の世まで歌い継がれていくことになる。
歌い終わった張良が静かに舞台を後にすると、広間には一瞬の静寂が訪れた。その後、観客たちからは割れるような拍手が響き渡る。
「見事なものだ……紅組、完全に流れをつかんでいる」
彭越が思わず呟くと、隣の田忠が不敵な笑みを浮かべた。
「まあ、まだこっちの出番じゃないからな」
紅組の舞台は大成功を収め、広間全体が熱気に包まれていた。だが、その裏で、白組の準備も着々と進められていた——田忠の妙な計画とともに。
紅組の演目が成功裡に終わり、会場が熱気に包まれる中、いよいよ白組の番が回ってきた。控室では、田忠が腕を組んで不敵な笑みを浮かべている。
「よーし、俺たちの力を見せつけてやるぞ!」
彭越が眉をひそめながら茶碗を置いた。
「法主様、妙にやる気だな。何を企んでるんだ?」
「簡単だ! 紅組の華やかさに対抗するには、荒々しさが必要だろう?」
「いや、それで具体的に何をするのかしらん……?」
虞美人が口を挟もうとしたが、その答えを聞く間もなく、舞台で呼び出しの声が響いた。
「さあ、白組の登場です! まずは虞美人から!」
虞美人が舞台に上がると、会場のざわめきが一気に収まった。その堂々たる姿が広間全体を圧倒する。
「選んだ曲は、戦場で歌われてきた壮大な叙事詩よん——離騒」
そう宣言すると、彼女は低く力強い声で歌い始めた。歌詞の一つ一つがまるで絵画のように情景を描き、聞く者の心を引き込む。大胆にも亡き楚国の歌である。
「これが虞美人……歌も見た目もまさに圧巻ね~」
劉邦が感嘆の声を漏らす。まあ食指は動かないが助命してよかったと思えた。紅組からも思わず感嘆のため息が漏れる中、虞美人は一礼し、舞台を降りた。
次に舞台に上がったのは彭越だ。彼女は飄々とした表情で立つと、観客に向かって笑みを浮かべた。
「我が名は一向——我の説法を聞けい!」
厳かな旋律に乗せて歌い出したのは、売虎僧流。荘厳でありながら激しい曲だった。彭越の木魚がビートを刻み、バックダンサーの遊撃隊が観客を巻き込み、手拍子を誘うその歌声には、紅組にはない独特の荒々しさがあった。死者を悼む彼女のビートに乗せた説法に、涙ぐむ観客もいる。ちなみに、ユニット名はBo'z。
「くっ、白組も侮れないわね」
劉邦が苦々しげに呟く中、彭越は舞台を降り、田忠に肩を叩いた。
「さて、お次は……伝説の仙人様だ」
「任せろ! 俺が勝利を呼び込んでみせる!」
そして、田忠が舞台に上がった。観客たちが一斉に注目する中、田忠は胸を張って舞台中央へ進む。
「この演目のために、俺は全てをかけてきた!」
そう高らかに宣言すると、軽快な曲が流れ始める。
ところが、田忠が歌い出した瞬間、会場の空気が変わった。
「~~♪♪~?」
音程が微妙に外れ、リズムも何かがおかしい。それでも田忠は気にする様子もなく、全力で歌い続ける。
さらに追い打ちをかけるように、田忠は突然踊り始めた。手に持った扇と筆を高く振り上げ、舞台を縦横無尽に駆け回る。振り付けはどこか不思議な動きだったが、本人の熱意だけは伝わってくる。
「どうだ、この全力の
田忠の掛け声とともに、会場は騒然となった。
「……あれ、何してるのん?」
虞美人が困惑気味に呟く。隣の彭越はお茶を飲みながら、頭をかき回していた。
「まあ、これはこれで……馬跳伝説。うむ、伝説になるかもな」
一方、紅組の張良はその様子を冷静に見つめていた。項羽を追い詰めたときには余裕がなくあまり気にしていなかったが、奇妙な踊りである。あのときよりも磨きがかっているか。
なぜか赤い気を纏い、目にも留まらぬ素早さで激しく身体をくねらしている。
「なんという無駄のない無駄な動き……ご主人様、あれは本気なのですか?」
その声には、微妙な苛立ちと呆れが混じっている。隣で劉邦が笑いをこらえきれずに肩を震わせていた。
「さすが忠ちゃん! 最高に面白いわぁ!」
田忠の演目が終わると、広間は妙な沈黙に包まれた。だが、それも束の間、客席から拍手が起こる。紅組のメンバーも思わず手を叩いている。
「まあ……印象には残ったわね」
張良がため息混じりに呟いた。田忠は満足げに拳を握りしめる。
「見たか! これが俺の全力だ!」
こうして白組の演目は終了したが、観客たちの頭には、田忠の奇妙な舞いが深く刻み込まれることになった。
歌合戦がすべて終わり、広間に再び両陣営が集まった。紅組、白組の代表が並び立ち、劉邦が大きな声で結果発表を行う。
「それじゃあ、いよいよ発表よ~! 紅白歌合戦、勝者は……紅組!」
劉邦の宣言に合わせて、広間に歓声が響く。紅組のメンバーたちは拍手とともに立ち上がり、互いに健闘を称え合っていた。
「やったわ~、私たちの勝ちね!」
満面の笑みを浮かべた劉邦が張良に声をかけると、張良は軽く頷いた。
「ええ、当然の結果です。ですが……」
張良は視線を横に向ける。そこには、敗北したにも関わらず満足げな顔をした田忠がいた。
「いやぁ、やっぱり俺の全力でも届かなかったか。白組も善戦しただろ?」
田忠が得意げに笑うと、隣で韓信が苦笑する。彭越はが関せず茶をすする。
「まあ、善戦っていうか……うん、善戦だったな」
「法主様の御心のままに」
「だよな!」
田忠の無邪気な笑みに、彭越もつい苦笑する。
結果発表が終わり、宴が始まると、紅白の垣根を越えて盛り上がりは最高潮に達した。舞台袖で張良がひっそりと田忠に声をかける。
「……ご主人様、一つお尋ねしてもよろしいですか?」
「ん? なんだ?」
「あの演目、本気で勝てると思っていたのですか?」
張良の冷たい視線に、田忠は胸を張る。
「当然だろ! あれだけの舞いと歌を見せつけたんだぞ?」
「……そうですか」
張良は小さくため息をつくと、それ以上何も言わずに去っていった。
その背中を見送りながら、田忠は首を傾げる。
「なんだよ、結構ウケてたと思うんだけどな」
一方、劉邦は宴の席で高らかに笑っていた。隣ではいつにないテンションの田忠が笑い合う。遠くにはこちらをじっと見つめる張良。張良のことを心配して強引に開いたが、田忠との仲を見る限り要らぬお節介だったようだ。かなり気にしていたので内心安堵する。
——うーん。忠ちゃんのこと、諦めるしかないかもですねぇ。親友の幸せを考えられる私ちゃんってイイ女!
「忠ちゃん、最高に面白かったわぁ! あの舞い、またやってほしいくらい!」
「ああ、任せろ! 次はもっと工夫してみせる!」
「次って……またやるのん?」
虞美人が呆れた声を漏らし、彭越が肩をすくめる中、陳平が猥談を始めると宴はさらに熱を帯びていく。
やがて宴もたけなわを迎える頃、劉邦が立ち上がり、全員に声をかけた。
「紅組も白組も、みんな本当によく頑張ったわ! これからも、みんなで力を合わせて王朝を支えていきましょう!」
その言葉に、広間は割れるような拍手で包まれる。紅組と白組のメンバーが互いに手を取り合い、劉邦陣営の絆がさらに深まったのは間違いなかった。これが劉邦の狙いだったのか、と一同が戦慄する。勘違いである。
一方、その片隅で張良が静かに呟き、ふふっと笑う。
「……ご主人様、意外なところに弱点があったのね」
その声は、宴の騒ぎに紛れて田忠には届かなかった。
こうして正式に「紅白歌合戦」と名付けられた伝説の夜は、陣営の絆を強める象徴として語り継がれることになった。恒例行事となりニ千年を過ぎても伝統芸能として残り続けるのである。