戦国時代に転生したら春秋戦国時代だった件   作:d_chan

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第17話 冒頓単于と飛仙

●月△日

秦が倒れた隙をついて、最近遊牧民どもが勝手をやっているらしい。中でも匈奴を率いる冒頓単于という輩の勢いは凄まじい。

すでに北東部は略奪を受けて立ち直れないほどの被害を受けたようだ。

よって、劉邦軍は、劉邦自ら軍を率いることとした。

皇帝による親征は、新しい王朝の試金石となろう。俺は当然のように張良を遣わした。

唖然とした顔をした張良の姿は見ものだったな。

猫耳フードで目を隠しながらも、心を籠った感謝を受けた。

まあ、これで問題なかろう。

 

 

K月■日

俺は輜重部隊を率いながらゆっくりと前線へ向かっている。

俺がいてしまっては、専属奴隷扱いの張良が劉邦に侍ることができなくなる。

だから、あえてゆっくりと向かう。

たまにはのんびりした空気もよいものだ、

 

 

L月P日

突然、騎馬部隊の襲撃を受けた。

そう、前線より後方に浸透してきた冒頓単于の騎馬軍が輜重部隊を襲撃したのだ。

この事態に胸騒ぎを覚える。急ぎ陣へと向かおう。

 

 

@月U日

本陣に着くとすでに戦いは終わったようだった。だがこの空気——まさか敗戦するとは。

前線を任された陳平が懸命に指揮を執っていた。

冒頓単于の騎馬軍と戦い、敗北した。敵の動きは恐ろしく速く、劉邦軍の布陣は崩壊したらしい。

そして最悪なことに、不思議ちゃんと張良が攫われたようだ、

陳平は騎兵を散らして情報収集を行っているが、手がかりはつかめていない。

 

 

◎月▲日

最悪の報せを耳にした。冒頓単于の軍はすでに山を越えて、不思議ちゃんと張良を連れ去っていたという。騎馬で山越えとは考えにくい戦術だったが、それをやり遂げるのが冒頓単于という指揮官なのだろう。

このままでは、彼女たちの命が危険にさらされる。もちろん人質として交換される可能性の方が高いが、絶対とは言えないからだ。俺の胸に募る焦りを押し殺し、何としてでも二人を救い出す決意を固めた。

 

 

K月△△日

決断した。空を駆け抜ける「月歩」の技を用い、俺自身が冒頓単于の天幕へ向かうこととする。練習してきたとはいえ、本番で使うのはこれが初めてだ。前世で大好きだったマンガの六式という技術のアーツである。正直まだまだ習熟できていない。最悪墜落して死ぬかもしれない。

だが、いまは迷っている暇はない。

劉邦、張良。必ず救い出してみせる。あとは冒頓単于の能力次第だからうまくいくはず。

 

——なぁに、倒してしまっても構わんのだろう?

 

 

 

 

 月光が照らす広大な草原。その中央、一際目立つ天幕の中では、劉邦と張良が囚われていた。鉄の枷に縛られた二人だが、その雰囲気は対照的だった。

 

「張良ちゃん、大丈夫よぉ。忠ちゃんが必ず来てくれるもの」

 

 劉邦は明るく微笑みながら、張良にそう告げた。

 

「……劉邦様、こんな状況でお気楽すぎませんか?」

 

 張良はため息をつきながらも、どこか安堵した様子で劉邦に答える。

 

「だって、忠ちゃんよ~?  私たちを放っておくわけないじゃない」

「……まあ、確かにアイツならなんとかしてくれるでしょうけど」

 

 張良はわざと素っ気ない口調を装ったが、その頬にはかすかな赤みが差していた。戦の前に久々に劉邦と再会できたからだろうか。張良は劉邦と軽口を叩けるようになり、以前以上に親密になれたように思う。それもアイツのおかげなのか。

 もっともこの状況を何とかしないといけないが。冒頓単于と舌戦を挑まねばなるまい。

——そう思っていたのだが。

 

「単于は私たちの前に姿を現しませんね。山越えを果たしたにも関わらず警戒を解いていないようですが。しかし、なぜ……」

「それはね~、私たちと同じことを考えているからよ」

「同じ。なるほど、そういうことね」

 

 大陸北西方面——涼州といったか——に居を構えていた田忠は、異民族とも交流していたらしい。武名も轟いていたことだろう。だからこそ、彼を、伝説の仙人を警戒している。

 

 とはいえ、整然と帰路につく万余の匈奴騎兵を見てさしもの田忠であっても救出は難しいのではないだろうか。張良は頭ではわかっている。

 それでも、田忠のことを信じている劉邦を見て、なぜだか自然と彼のことを信じている自分がいて驚いた。

 

 常識を打ち破る山越えを果たした冒頓単于は、いまだ警戒を密にしていた。

部下たちからは大げさだという空気を感じるが、単于は一人田忠という人物の恐ろしさを知っていた。かつて戦場で彼女を一蹴した伝説の仙人だ。その存在を彼女が忘れるはずもなかった。

 まだ若き頃に田忠に一騎打ちを挑み手も足もでなかった。あれは想像の埒外の化け物だ。そして、彼女の中に予感があった。この予感を外したことはない。ぴりぴりという圧が身を包んでいる。絶対に来る。彼女は田忠を、ある意味この場で一番信頼していた。

 

 にわかに外が騒がしくなる。気を悟るに敏な張良は空気の変化を真っ先に感じた。天幕の外、篝火の前に小柄な人影が降り立つ。

 影はひそりと天幕へ向かうが——立ちはだかるは冒頓単于。堂々たる体躯を持つ彼女は、冷酷な笑みを浮かべながら、田忠を鋭くにらむ。

 

「やはり来たか、田忠!」

「こっそりと救出しようと思ってたんだが、警戒が万全とはね。もうすこし緩んでいるものかと思っていたんだが、やはり貴女か」

「お前のことだから、必ず来ると思っていた。だがまさか空から来るとは思わなかったがな! 仙人とはいえ無茶苦茶なやつだ」

 

 冒頓単于は鋭い目で田忠を睨みつける。彼女は堂々とした態度で歩み寄り、まるで獲物を見定めるような目で彼を見ていた。

 

「その二人を解放してもらおう!」

 

 田忠は錫杖を軽く構えながら、ためらいなく言い放つ。

 

「解放? 貴様一人で何ができる?」

 

 冒頓単于は冷笑を浮かべるが、その声にはどこか警戒の色も混じっていた。

 

「やれることは決まっている。二人を解放しなければ、ここを壊滅させるだけだ。」

 

 田忠は相手の反応を待たずに一歩前に出た。その圧倒的な自信に、単于も、そして遅れて周囲を囲み始めた兵士たちも一瞬動きを止める。

 

「面白い。やってみせるがいい!」

「剃」

 

 冒頓単于が叫んだ瞬間、田忠の姿が消えたように見えた。

 

「なっ……!」

 

 気づいた時には、冒頓単于は吹き飛ばされた。なんとか首を回すと、田忠はすでに天幕の中に飛び込んでいた。

 

「忠ちゃん!」

 

 劉邦が田忠の姿を見つけ、明るい声で呼びかけた。

 

「お待たせしました、劉邦様!」

 

 田忠は錫杖を振るい、劉邦の枷を一撃で断ち切った。無事を確認した安堵からか表情が緩む。

 

「何よそのキメ顔! もっと早く来なさいよ!」

 

 張良が不満げに口を尖らせるが、その声にはどこか嬉しそうな響きが混じっている。

 

「遅くなって申し訳ない。劉邦様も張良も無事で何よりです」

 

 田忠は張良の枷も解き、彼女を立ち上がらせる。

 

「……無事でよかったって、当然でしょ。どんだけ待たせたと思ってるのよ、このおバカ! 大馬鹿! ご主人様!」

 

 張良はぷいっと顔をそらしたが、その耳は赤く染まっていた。

 

「さあ、二人とも。ここを離れます——界王拳!」

 

 赤い気炎を纏うと田忠は二人を抱きかかえ、天幕を飛び出し、再び「月歩」を発動させて空を駆けた。冒頓単于と匈奴の精兵たちは、夜空へと消えていく田忠たちを呆然と見送るしかできなかった。

 

 夜空を駆け抜け、山を越えてたどり着いたのは、劉邦軍の陣営だった。日が明ける頃合いである。彼女たちを迎える将兵たちは歓声を上げ、無事な姿に安堵していた。

 

「忠ちゃん、ありがとね~。本当に頼りになるわ!」

 

 劉邦は田忠の肩を軽く叩きながら笑顔で感謝を伝えた。

 

「……まあ、助けてくれたのは感謝するけど。今度はもっと早くしてよね。」

 

 張良はそっぽを向いたまま言うが、その目は明らかに優しい光を帯びていた。

 

「はい、次はもっと迅速に参ります」

 

 疲労困憊の田忠は微笑みながら二人に応えた。冷たい風が三人の周囲を包む中、朝明けの草原は、強く結ばれた信頼の絆とともに静かに揺れていた。

 この時が、田忠が真の意味で劉邦軍に迎え入れられた瞬間かもしれなかった。

 そして、田忠が獲得した新たなる呼び名こそ「飛仙」である。彼のもとには空を飛びたい自称弟子たちが大勢集まり、やっぱり苦労するのだった。

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