A月Y日
無事、新たな首都
冒頓単于とは一度矛を交わしたことがあったからわかるが強敵だ。
夜半に不意をついたからこそ救出できたが、そうでなければもっと苦戦していただろう。
大仰にお礼を述べられてなんだか面はゆい。
冒頓
政治4 知略6 統率10 武力9 魅力7 忠義3
まさかの敗戦に張良たちは意気消沈していたが、この能力差では致し方あるまい。
不思議ちゃんはいつも通りのほほんとしていた。
K月@日
交代で向かった韓信と鐘離昧の軍勢が、北東部の匈奴を撃退し、辺境一帯は一時の静けさを取り戻した。
これで暫く平和だろう。とはいえ、完全に平和が戻ったわけではない。冒頓単于は再び牙をむく機会を窺っているに違いないからだ。
P月◇日
不思議ちゃんに招かれ、今後の戦略についての話し合いを行った。
北方の匈奴の脅威が去りつつある今、国内の安定に力を注ぐ必要がある。
意を決して涼州からの援軍を要請したところ、軽く承諾された。
涼州閥による反乱を恐れて涼州からの援軍は限定されていたのだが、やっと許可された感じだ。
さきの匈奴からの救出の功績が大きいのだろうな。
張良もなんだかさらに丸くなったし。でも子供じみた悪戯をやめないんだよな。
今度お尻ぺんぺんしてやると、言ってみよう。これでさすがに収まるはず。
H月K日
久々の休暇をもらう。
せっかくだから留守居の韓信のもとを訪れようかな。
誰にも相談できないことがあるのだ。
◆
田忠たちが贈った結婚祝いの品々に囲まれた二人の新居は、鐘離昧の要望で質素ながらも居心地の良い空間になっていた。
戦場で鍛え抜かれた猛将の彼女とは思えないほど、家庭に対して強いこだわりを見せる姿に、韓信も思わず微笑みが漏れる。
「お前、本当に戦場にいたのか? この家の装飾、隅々まで気が利いてるぞ」
「ふふふ、誰に言ってるんだよ。鐘離昧様だって、手強い相手に愛されるには策がいるのよ」
その言葉に、韓信は一瞬怪訝な顔をしたが、鐘離昧の意味ありげな微笑みに納得した。これまでの彼女の策謀や行動力を思えば、愛の戦略も立派な戦場の一つに違いない。
「そうだ、田忠にも手紙を書かないとな。あいつがいなければ、この結婚もなかったんだから」
「そうね。あの仙人さんの助けがなかったら、今頃私は敵陣で項羽様に従って散っていたかもしれないわ。いまは劉邦様の親征につきそっているんだっけ?」
「ああ、異民族を平伏させるためだ。本陣には張良もいるし大丈夫だと思うが」
「あー張良様の変わり様には驚いたぜ」
「田忠はどんな仙術を使ったんだろうな」
二人がこうして共に暮らせる日々は、田忠の縁の下の力持ちとしての活躍によるものだった。韓信は、あの美少年にしか見えない将軍が自分に手を差し伸べてくれた恩を忘れることはなかった。
それから匈奴との敗報を受け、韓信が部隊を率いて北東を鎮護することになった。韓信は当然のように鐘離昧に留守居を頼んだのだが……。
戦場に戻った韓信と鐘離昧は、互いの指揮官としての才能を存分に発揮していた。一級品の能力を持つ鐘離昧を使わぬのはもったいないから、というのは表向きの理由。
「鐘離昧、あの丘を制圧する部隊を率いてくれ。お前の判断なら間違いない」
「任せろ! そっちはどう? 背後の補給路を守れるかしら?」
「当然さ。俺たちが負けるとでも?」
連携の取れた二人の動きは、まるで長年戦場を共にした戦友のようだった。部隊の士気も高く、彼らが指揮を執る戦場はいつも熱気に満ちていた。いつもの「庵範男の行進曲」を歌いながら進撃していく。
そんなある夜。軍営の焚火の前で、鐘離昧がぽつりと口を開いた。
「なあ、韓信。オレを連れてきて良かっただろう?」
「そうだな。喧嘩までしたんだ。なるようになったということだな」
「あら? 喧嘩でコテンパンに負けたのはどこの常勝将軍だったかな?」
「う。戦なら、戦なら負けん!」
澄みゆく平原の空のもと、二人は仲睦ましかった。裏の理由は、韓信が心配な鐘離昧がついていきたかったから。夫婦喧嘩までして、韓信が(物理的に)折れて出撃したのだった。すでに異民族の間には夫婦将軍として名が響き渡っている。
なお、喧嘩の仲裁はたまたま訪れていた田忠によるものだった。彼がいなければ韓信の傷はもっと深かった、かもしれない。
あくる日、匈奴との戦線を安定させ栎陽の家へと戻ってきてからしばらく経った頃、田忠が「空から」訪ねてきた。伝え聞くに空を飛ぶ仙術を使うと聞いていたが、本物を見ると気が盛り上がってしまう。色々と尋ねたかった韓信と鐘離昧だが、深刻そうな顔をしている田忠をみて、顔を見合わせてしまう。
「田忠、どうした。お前さんがそんな顔するなんて一大事じゃないか」
「しかも空からこっそり訪ねてくるなんて、どんな厄介ごとなんだ」
そっくりな怪訝な顔をする二人を見て、苦笑しながら田忠は事情を話した——張良のことを。悪戯が止まずに最近とうとうお尻ペンペンまでしていること。それでも悪戯はやまないので、毎日のようにお尻ぺんぺんをする羽目になってしまい、ほとほと困っている。張良が何を考えているのかわからない。どうすればよいのだ。深刻そうに田忠は話したのだった。
「あーそれは、あー」
気まずそうな顔をする韓信である。勝手に女人の胸の内を晒すのも良くない気がする。どう言葉を選んだものかと考えていると、鐘離昧が助け船を出した。
「もうすぐ章邯が来るんだろう? そいつに任せれば万事うまくいくさ」
「あー、そうだな。うん。それがいい」
「本当か!? わかった蜜柑を頼ってみよう」
章邯に久々に会うのが楽しみだと笑顔を浮かべる田忠を見て、気まずそうに顔を合わせる韓信と鐘離昧だった。夫婦そっくりの表情をしながら。