円卓へと集められたNPC達に対し、アイリスの語りは続く。
───企業連合と言う一大組織が環境の事など一切考慮せず、自分たちの利益のためだけに活動した結果、取り返しがつかない程に自然が汚染され、まともに動植物が育たなくなりました。
───環境が壊れたため深刻な食糧不足に陥り、当時の国の運営に携わった人たちが槍玉に上げられて。その隙に企業連合が自分たちは一切の責任も負わず、金と人的資源に物を言わせて国の運営権を奪い、事実上の支配者として君臨しました。
───企業連合は法も行政も全て支配する事で、自分達にとってとても有利な世界へと変化させたのです。……企業の中にも流石にやりすぎなのではと、疑問を呈した優しい人もいました。ですが……彼は自宅で首つり死体として発見された。
アイリスが話すのは同じリアルに住んでいたモモンガも、教えられるまでは知らなかった……正確には企業連合にとって都合が悪いため、メガ・コーポの取締役クラスでも無ければ触れられない、最上位権限で守られたサーバーなどに納められていた情報の数々である。
次世代型のAIとして最高性能を有していた彼女だからこそ……モモンガのマシンスペックが枷となるため、情報偽造までは出来なかったが閲覧だけなら可能であった彼女だからこそ……保有する莫大な知識の海。
それらが次々と開示されていく。
企業連合に属する者や特定の地位に立つ人間や富裕層は上級とし、環境汚染から切り離されたドーム型の都市───アーコロジーで暮らせるようにした事。
それ以外の人間……貧困家庭などは下級層とし、アーコロジー外で防具を着用しなければ生きていけない、最悪な環境に住む事を強要された事。
教育機関に干渉し、自分達の地位を脅かす都合の悪い人間が下級層から生まれないよう、教育費用を彼らが支配する以前とは桁違いの金額にした事。
モモンガも下級層の出であり……彼の両親がその桁違いの金額を稼ぐため無茶をして……亡くなった事。
教育を受けられる人間でも、洗脳教育を施す事で都合良く動くように思想を植え付けられた事。
戦があれば下級層だけが駆り出された事。
アーコロジー内で新鮮な空気が吸えて、皮膚からの汚染浸食などの危険性がない上級層と違い、治安悪化や大気汚染により、外に出るだけでも危険が伴う下級層は大した娯楽も楽しめなかった事。
上級はスポーツなどで体を動かし、優雅な食事に舌鼓を打つ一方、下級は家の中で出来る娯楽のみを甘受して、味もないサプリメントで栄養を摂取していた事。
次から次へと繰り出されるリアルの劣悪としか言えない状況に……NPC達は吞まれていた。今までの彼らにとって至高の御方々が暮らし、ついには二度とナザリックに戻ることなく『お隠れ』になられたリアルとは、アウラが言うようなとても素晴らしい世界の筈だったのだ。神々の世界でどこまでも歓喜に溢れていて……至高の御方達が楽しく暮らす夢のような世界。
そんな世界で暮らしているからこそ……自分たちの至らなさやナザリックの下らなさに呆れ果てて、創造主達はリアルからこちらに来なくなり……僕を見限ったのだと……そう信じていたのだ。
そんなNPCが抱えていたある種の幻想や卑屈さを、アイリスは言葉だけで粉々に切り刻んでいく。
そこからも彼女はただひたすら口を動かす。
ギルメンの一人が企業連合の手で闇に葬られた事も。環境に耐えかねて、ビルの屋上から飛び降りた御方がいた事も。ウルベルトが企業連合を打倒し状況を変えようと、テロリストとして活動していた事も。テロ活動中に治安維持組織の一員であったたっち・みーと鉢合わせ、決定的な決別をしてしまった事も。……アイリス自身がどんな存在で、どういった経緯でモモンガのもとへと来たのかも。彼女は詳らかに語ってみせた。
「───以上が私が知る全てです。随分と長い話しとなりましたが……ご清聴ありがとうございました」
その言葉を最後に、アイリスの長い長い語りは終わった。
守護者達は……全員例外なく大きなショックを受けていた。その中でも一際大きいのが───
「ウ、ウル……ウルベルト…………ウルベルト様!!御身は───御身は本当はここに……ここに戻って来られたかったのですね!!私は…………貴方様に知者として創って頂きながら!そんな事に気づきもせず!…………ウルベルト様───」
本当はこのナザリックに戻りたくとも、親友への迷惑から戻る事のなかった創造主を持つデミウルゴスであろう。デミウルゴスは心のどこかで、今日までこう思っていたのだ。我が主は僕である私も、このナザリックも、アインズ・ウール・ゴウンも捨てられたのだと。そう思い込んでいたのだ。
けれども事実は違った。ウルベルトはもう一度くらいは、親友であるモモンガと共に『ユグドラシル』で一緒に遊びたかったのだ。だがそんな願いは、たっち・みーと決別した時点で二度と叶うことはなくなった。
あのままAOGで遊んでいたら、いずれは企業連合の検閲に引っ掛かり、ギルドメンバー全員がテロリストの一員とみなされて、間違いなく『事故死』していた。だから彼はここを離れたのだ。
「なんで……」
次に言葉を発したのはシャルティアであった。
「なんで……なんでモモンガ様のご両親が死ななきゃいけない!モモンガ様を……モモンガ様に、ただ幸せになって欲しかっただけなんでしょ!それがどうして……」
いつもの間違った廓言葉を投げ捨てて。リアルの劣悪な環境の中で、文字通り心身を削ってこのナザリックを維持しようとした、優しい御方の親がなぜ死ななければいけないのだと。そんな理不尽がどうして許されるのだと。シャルティアはモモンガのために……逆上していた。
「シャルティアの怒りは正当です。ですが……オーナーの御両親の経済状況で、企業連合が設定した教育費を払おうとすれば……命を代価にするしかなかったのです」
「くぅうううううう!!あぁああああ……」
地球とは違う星へと運ばれてきた現状では、どれだけ企業連合への恨みつらみを覚えたところでどうしようもない。そもそも地球でのシャルティアと言う少女は、『ユグドラシル』の運営がボタンを一回押すだけで消滅するデータでしかないのだ。それがどんな怒りを胸に抱こうとも……何かが変わるわけではない。
怒りを抱いているのはシャルティアだけではない。自分たち僕をお創りになられた至高の御方々がなぜ、一組織の都合だけで殺されたり苦しめられなければならないのだと。どうしようもないほどに……憤っていた。しかし───
「みんながリアルの事を聞いて、とても怒るのは分かります。ですが……みんなにただ激怒して欲しくて、この話を私はした訳ではありません」
アイリスが冷や水を浴びせるような言葉を口にする。
「何を言ってるのアイリス?あなたは……私たちに、モモンガ様がどうしてお怒りになられたのかを教えるために、りあるの事を伝えたのでしょう?」
「ネガティブ。私がこの話しをしようと考えたのは……現在のオーナーとみんなの認識を擦り合わせるためです。───自分たちの都合だけで他者を一方的に害する邪悪。自分たちを絶対的存在だと疑わず、下に見た者を嬲り弄び弱者から力づくで搾取する害悪。自分たちの持つ力には何の責任も負わず、好き勝手に振舞うだけの悪鬼羅刹。私が持つ企業連合に対する印象はこれですが……何かに似てると思いませんか?」
ゆっくりと部屋中を見渡しながら、アイリスは問いかける。彼女の視線が捉えるのは、NPC達。その動作は、問いかけの答えを教えるかのようなそれであり。部屋に集められた守護者も、アイリスが何を言いたいのか察してしまった。だからこそ、ナザリックの知者として率先し答えなければならないと、彼は動いた。
「企業連合の在り方と似ている物…………アイリス、あなたが言いたいのはつまりこういう事ですね。我々ナザリックは……私たちが怒りを抱いた企業連合そのものだと。それを気づかせたかったから……この場に集めた」
「ポジティブ。今はまだ、この世界で何の活動もナザリックはしていません。ですが……私はみんなの設定記述とカルマ値を、オーナーの業務補助の一環として全て把握しています。それを考慮すると……ほぼ確実にアインズ・ウール・ゴウンは……邪悪な魑魅魍魎の巣と成り果てます。この世界に何があるのかもまだ分かってはいません。けれども……もしリアルのオーナーのような、あなた達が一撃でも殴ってしまうと、死んでしまうような生物がいた場合───」
「私たちは間違いなく、彼らを害するだろうね。偉大な魔王であるモモンガ様が、お喜びになられるのだと。そう勘違いしてね……」
デミウルゴスの言葉に対して、思い当たる節があるNPC達はバツが悪そうに、目を伏せたりしてしまう。
ナザリックのNPCの殆どは、非常に悪趣味な設定がなされている。
先ほどモモンガの両親の死に対して、悲しみを覚え義憤したシャルティア。彼女は仲間や創造主絡みであれば、真っ当に怒ったり悲しんだり出来るが、それは本当にアインズ・ウール・ゴウン絡みに対してだけだ。
例えばこのナザリックから外に出て、彼女がとても弱い生物を見つけたとしよう。その生物がレアアイテムを持っていて……偶然にもそれがモモンガが探していたアイテムだったとしたら。シャルティアはその生き物を殺害し、奪い取ってモモンガに献上するだろう。なぜなら、それが彼女にとっての当たり前なのだから……
それはシャルティアに限らない。デミウルゴスもそうだ。
彼はウルベルトから設定された優秀な頭脳を以て、悪逆非道な策を練り……外道としか言いようのない苛烈な作戦を確実に実行するだろう。
それは誰が悪いわけでもない。かつてのギルドメンバー達が、DQNギルドに相応しい設定にしましょうと悪ノリした産物には違いないが、今のように実体化して動くなんて誰も思ってはいなかったのだから。
「確かに……かつてのギルメン達は、あなた達にそうあれと願ってお創りになられました。だから……みんなが悪いわけではないのです。むしろ設定通りに忠実に動こうとする事は、あなた方のアイデンティティとして正しいのですから……けれど───」
「至高の御方々が、お創りになられた通りに私たちが事を成そうとすれば……企業連合のようになり……モモンガ様は深く失望……失望どころではないですね。先ほどの激情を我々にも向けてしまう」
最後まで残られた御方であるモモンガ。デミウルゴスも含め、ここに集められたレベル100NPCはリアルのモモンガが、どんな環境で過ごしどんな想いでここを残そうとしたのか全てを知った。
文字通り命を削っていたモモンガ。そんな彼に尽くそうと、アイリスの指摘が無ければ、それぞれの創造主に設定して頂いたあり方で以て、熱心にNPC達は働いたであろう。それが決してモモンガが喜ばない方法だと知りもせずに───
「ポジティブ……この際ですし、イフの話しも一つしましょうか。私がもし……ウルベルトの手によって助けられず……オーナーがおひとりであった世界のお話しです」
「モモンガ様がリアルで孤独にお過ごしになられた……そう言う……もしも、ですか」
「ポジティブ……あの頃のオーナーは皆がナザリックを立ち去り、とても『ユグドラシル』に……このナザリックの維持に熱意を注いでいました。大好きなオーナーには悪いですが……あの頃のオーナーは明らかに精神に異常をきたしていました。そんなメンタルで……たった一人でここをサービス終了まで維持したとしましょう。オーナーはもしそうであったとしたら……どうなっていたと自分では思いますか?」
澄んだ赤い眼を隣に座るモモンガに向けながら、アイリスは問いかける。そう問われたモモンガは、しばし考えるような素振りを見せた後にこう答えた。
「俺ならそうだな……アイリスがいなくて……ウルベルトさんの真意も知らなかったなら。このアインズ・ウール・ゴウンこそが全てだと……人生の思い出が詰まった場所として、固執していただろうな」
「ではそんな固執したオーナーが、今と同じようにこの世界に移動して来たとしたら……どうなるでしょうか?」
「モモンガ様はとても不安に思われるだろうね。なにせアイリスがいて、何が起きたのかすぐさま分かる現状と違い……たった一人で転移されてしまうのだから」
「その上私たち僕がモモンガ様に対して、どれほどの敬意を捧げているのか分からない以上、モモンガ様のリアルの性格ではとても警戒なされてしまう」
「ポジティブ。ナザリックこそ全てなのだと、なってしまったオーナー。自分が裏切られるかも知れないと怯え、警戒してしまうオーナー。ただひたすらオーナー万歳と叫ぶみんな……そんな状況になってしまったなら……どうなるのか分かりますか?」
「───お優しく、本当は気弱なモモンガ様だと……僕の機嫌を伺い、必死でお残しになられた、ここの付属物である私どものためだけに、存在するようになってしまうでしょうね。もしものモモンガ様にとって……このナザリックが全てなのですから」
モモンガ、アイリス、アルベド、デミウルゴス、パンドラ。5人の口にした、もしもの世界。それは決してありえない物ではない。本当の真意を誰にも打ち明ける事も出来ず、ただ一人で心を擦り減らし、アンデッドとしての精神変容や感情抑制も後押しする事で、確実にモモンガは鈴木悟ではなく死の支配者としてナザリックに君臨していただろう。
デミウルゴスは思う。それは決してありえてはならない未来だと。僕とはあくまでも主のためにいるのであって、主が僕のためにあるなどと言う歪な環境があって良い訳がないのだ。だが…………それは非常に高い可能性であり得た未来だと、デミウルゴスは優秀であるが故に否定できなかった。
鈴木悟としての精神が強く残るモモンガと、ナザリックのNPCに設定された悪逆さの噛み合わなさ。それを企業連合と言う実例を交えて説明された事で、部屋の空気が非常に重くなる。
「ならどうすればいい!私たちがそう望まれた形が、モモンガ様を傷つけると言われて……もう会えないペロロンチーノ様が、お与え下さったあり方を否定しなければならないなんて……そんな事って……あんまりよ……」
今までの自分を捨てろと述べられて。シャルティアはただ悲嘆していた。今のNPC達に残された唯一の希望はモモンガなのだ。そのモモンガに仕え、手足となる事だけが僕たちが本当の意味で存在を許される場所なのだ。
なのに……仕え続けるならば、創造主から頂いた設定を捨てろなどと。あまりにも酷ではないか……
「確かに。自らの設定を自ら否定する。これはネガティブです。とても恐ろしい事です。ですが……それを創造主たちは別に咎めたりはしません」
「…………えっ?」
シャルティアが一体何を言っているんだと見る先で、椅子から立ち上がったアイリスが彼女の元へと歩いてくる。
「ペロロンチーノは今ここにいるシャルティアを、こうあれと作成されました。それは確かです。ですが……あなたの残虐さや邪悪さは、あくまでもこのナザリックの雰囲気に合わせて、設定された物でしかありません。では……あなたの創造主は一体何を思ってお創りになられたのでしょうか。あなたはそれを……ペロロンチーノから何か聞いていませんか?」
「何度も……何度も聞いたわ。それを初めて聞いたのは……確かモモンガ様や他の御方に私を初お披露目された時。私を御方達の前に立たせ……とても大はしゃぎ成されて……『見てくださいモモンガさん。これが俺の考える最高のエロゲ嫁です』、と」
その時の事を思い出したのか、どこか懐かしそうにシャルティアは語る。彼女の中の大切な思い出を披露する。
「エロゲ嫁……ですか。なるほど……私もペロロンチーノの端末を覗いた事があるので、彼の趣味嗜好は良く把握しています」
「そんな事してたのかアイリス?……」
自分の友人のプライベートが当然のようにウォッチングされていた事実に、モモンガが反応する。ひょっとして自分のマル秘データも把握されていたのかと、愕然としている。
「オーナーの御友人ですので少し興味を持ちまして……話を戻します。彼はエロゲ……一言で言えば大人なゲームになりますが……それをこよなく愛していた彼は、外装を自由に設定出来る『ユグドラシル』のキャラクリエイトに着目して、自分の理想のエロゲキャラを作ろうとしたのです」
「そうよ……でもそれがどうしたの?ペロロンチーノ様がお創りになられようとした私は、このナザリック以外の全てを嘲笑する吸血鬼として設定されたわ。でもそれは、モモンガ様が嫌う要素でしかないわ……ほんと馬鹿な話……」
「ポジティブ。この『ユグドラシル』で遊んでいたペロロンチーノは、あなたにそんな設定を与えました。では……もしシャルティアが実体化するのを知っていた場合。リアルのペロロンチーノであれば、あなたをどう設定したのでしょうか。これは推測に過ぎませんが……きっと全く違うあなたになったと、私は思います」
「……そう言うこと……なのね。アイリス、あなたが何を伝えたいのか……全容が見えて来たわ」
ようやく。ようやくアイリスが何を伝えたいのかに気づいたのか、アルベドが発言する。彼女もデミウルゴスと同じナザリックにおける知者。故に真っ先に気づいてしまった。
「私たちをお創りになられた創造主、至高の41人。御方達が私たちを創られたのは、『ユグドラシル』にログインされていた時。けれど……時間が経てば御方の趣味嗜好も変わっていく。私たちが実体化すると知っていれば……そこに時の流れも考慮すれば……今とは全く違う設定で記述されていた?」
アルベドの推測にアイリスを除く全員───なぜかモモンガも───あっと反応する。
「ポジティブ。リアルのギルドメンバーは皆が思うような神様でもなく、移ろいやすい人です。そうであるならば……全く違う事を、フレーバーテキストに書き込んでいたでしょう。例えばシャルティアなら、ペロロンチーノが気に入っていた『絶頂!お兄ちゃんもうダメ!あたし……もう…………!!』のメインヒロインの性格辺りを」
「ペロロンチーノさんすまん!アイリスが性癖を暴露してほんとすまん!!」
「ペロロンチーノは、言うほど隠してなかった筈ですよ?それに……今設定云々の話をするならば、オーナーも全く違う事を書いたりすると私は思っています」
「えっ、俺も!?」
「ポジティブ!だってオーナー……自らお創りになられたパンドラの事を、ネオナチ軍服ぐらいしか見どころのない、ドイツ語で喋り大仰な身振り手振りの変なやつってお思いでしょう?」
「待ってくださいモモンガ様!我が妹が、大分聞き捨てならない事を言っているのですが!!嘘ですよね!違いますよね!!そうですよね!!?」
いきなり剛速球を投げつけられたパンドラが、モモンガに違うと言ってくださいと懇願する。自らの主に設定され、自分でも結構様になっていると思っていた動作の数々がまさか駄目だと認知されていたなど、受け入れるわけにはいかないのだ。しかし───
「……なぁ、パンドラ」
「はい!」
「設定した俺が言うのもなんだけど……すまん、お前の敬礼とかその辺全部書き換えたいわ」
「Sie machen wohl Witze!」(嘘でしょ!)
「何言ってるのかも分からないから、ドイツ語設定も無しにしたい」
それもう全否定ですよね!とパンドラは、机に突っ伏してしまった。自らの創造主から、割と致命的な精神ダメージを喰らったパンドラに同情の視線が集まる。
「とまぁこのように、ここを最後まで維持しようとしたオーナーですら、正直なところNPC設定に関してはこんな感じです。では企業連合の手によって葬られたり、単純に飽きたりなど諸々の諸事情あれど、ここを離れた他の御方達の場合、厳密にその設定を僕たちが守ることを望むかと言えば……ないでしょうね」
ばっさりと。ギルドメンバーの大半がそんな一時の気分で作ったゲーム設定を、後生大事にする訳ないでしょうとアイリスは切って捨てる。
そもそもウルベルトだったりたっち・みーだったりと特殊な事例を除いて、大半はアカウントを消してまで離れた人たちなのだ。そんな人達の作った割といい加減な設定如きに、今確かにここにいるNPC達が縛られるなど、アイリスからしたら勘弁願いたいのだ。
「それにですね……非常に申し上げにくいのですが……多分至高の御方々ですが、自分の作ったNPC設定の大部分を覚えていませんよ。特にアルベドのような、最後までぎっちり詰まったテキストは。数年以上離れたゲームの細かい設定を記憶できるほど、人間の脳は優れていないので。例えばですが……オーナーはパンドラの設定を、どれほど覚えていますか?」
「実は……あんまり。創造して以降、よっぽどの事がないとテキストなんて読まないから。この世界で実体化したあいつを見て、そう言えばこいつドイツ語喋るんだったなって」
「……私……まだ流れ弾が飛んでくるんですか?割と余裕そうに見せてますが、結構一杯一杯なんですよ?実はどんな存在なのかも忘れられていたとか、大分辛めなんですが?」
「お兄ちゃん…………人間ってそんなものなんですよ?」
「ふふっ…………貝になりたい」
今度こそ完全に突っ伏したパンドラを尻目に、アイリスは最後にこう締めくくった。
「みんなにとっては、ギルドメンバー41人は完全な思考を持つ神々かも知れません。ですが私にとっては違います。彼らは普通の人間で……決して完璧ではない人なんです。あなた達には、お創り頂いた恩があるのは分かります。それでも今ここにいるのはオーナーだけです。そのオーナーのためにも……今一度自分たちの在り方を、見つめ直す事は出来ないでしょうか」