モモンガ様リスタート   作:リセット

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ナザリックの転移時期は3月頃で原作より時期が少し早め




NPCとしての影響

 円卓会議終了後。

 

 アイリス、アルベドの2名は内容を纏めた書類を作成し、あの場にいなかったしもべに手渡しで配布。中身を読んだしもべは例外なくリアルでの出来事に涙し……特にベルリバーを始めとする、既に亡くなっているギルメンが創りしNPCは発狂しアイリスとアルベドに詰め寄った。

 

 こんな冗談は、統括と専属秘書の座についているあなた達でも許される範囲ではないと。両名の胸倉を掴み、これ以上はないだろうと言う大声で問いただした。

 

 このナザリックにおいてサトルを除けば役割として最上位権限を有する二人に対し、到底許される行為ではないが、そのNPCにしてみれば立場など知った事ではない。NPCにとって真の最上位に座するのは自らをお創りになられた創造主本人なのだ。例えサトルであろうとも我が神が……それも自然死ではなく他殺や失意の果てに自ら命を絶たれたなどと告げる事は許されない。

 

 ふざけるな!なんのつもりで!!

 

 そのしもべと二人の間には隔絶した実力差がある。振り払おうと思えば簡単に振り払えたが……アルベドは目を瞑りごめんなさいとだけ口にした。

 

 その口調が冗談を言って悪かったと言う口調ではなく……あなたの気持ちを考慮するべきであったと言外に教えるもので。意図を察したのか胸倉を掴んでいた手を震わせながら、しもべは離した。全てを失った絶望感と共に崩れ落ちたしもべの背に手をのせアイリスはただ───

 

「お悔み申し上げます」

 

 神妙に一言だけ述べた。その言葉を切っ掛けに、しもべは背中を震わせ泣き崩れた。どうしようもないほどの絶望と……悲壮感を漂わせて。

 

 彼、あるいは彼女にとってはリアルにお隠れになられた方がよほどマシな真実だった。自分が見限られただけなら、至らなさを恥じ改善出来るように努められる。だが……どれだけ努力したところで、二度と創造主とは会えない。リアルでは亡くなった人物は蘇生はしないのだと。失われた命は決して戻らないのだと。そんな事を許容など出来るわけがない。

 

 すぐさまアイテムボックスから創造主が与えた武器を取り出し、そのしもべは自らを掻き切ろうとした。せめてあの世とやらで仕えるのだと決心して。亡くなる間際一人だった主がせめて寂しくないようにと。それだけが自分に許された最後の奉公なのだと。

 

 けれどもその刃が届くことはない。ナザリックにおける戦士系最高位のアルベドと、技量最強の名を冠するアイリスの目の前で自決など簡単に出来るわけがない。一瞬で武器を取り上げ二人はそのしもべを押さえつける。

 

 どれだけ藻掻こうともアルベドの怪力を跳ね除ける力をそのしもべは持たず、アイリスの拘束系魔法までかけられた事で自らの命を絶つことは出来なくなった。

 

 だから……懇願した。殺してほしいと。主の元に行きたいのだと。声を震わせながら介錯をしもべはお願いし───

 

「あなたがここで命を絶ったところで、ギルドメンバーの元ヘはいけません。ナザリックと紐づけられた私たちは、死したところでここに戻るだけです。死ぬことは決して、あなたの創造主への手向けにはなりません……死ぬなどと……殺してなどと言わないで下さい。そんなことは誰も望んでいません。あなたにはまだ明日があります。だから……せめてあなたの創造主の分まで生きてください」

 

 アイリスは事実と彼女自身の願いを込めて諭す。そのしもべ───南瓜頭の亡霊(ジャック・オー・ランタン)のつるりとした頭を撫でながら、今は心から悲しんでくださいとアイリスはお願いする。

 

 そんな一幕を挟みながらも、全てのしもべがリアルの事を知ったところで全員を玉座の間に集め、円卓の間でサトルが話した今後のナザリックの方針を大々的に打ち出した。

 

 その方針に異論をはさむ者はおらず……むしろ全員が我らの主のような者を救うのだと、恐ろしいまでのやる気に燃え盛った。天井知らずのやる気は熱気となる。玉座の間にぶら下がる41人の旗に───自らの主のそれに過去最高潮の意思表明を誓う姿は狂信者のそれであり、一番初めに弱者救済を表明したサトルは想定を超えた火の付き方にただ引いた。

 

 

 

 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 月日は流れ。

 

 円卓会議から既に3ヶ月。弱者救済をお題目として掲げたナザリックはすぐには動かず、8階層の湧きアイテムの充実化と大量の金貨や、課金ガチャの大当たりアイテムを利用した召喚モンスターの軍団作成などに時間を費やした。この星で事態がどう動くか分からない以上、あらゆる状況に対応出来るよう本格的な活動を開始する前の下準備に全員が勤しんだ。

 

 アイリスはこの間にアイテム仕分けと言う名目で8階層に籠り、大量の『ユグドラシル』産アイテムを生成し続けた。他にもサトルの近接技量の仕込みなどを、一度の休憩も挟まず彼女はこなして見せた。途中サトルがこれではブラック企業過ぎると止めようとしたのだが、アイテム生成はアイリス以外には出来ない作業のため、結局休むわけにもいかずひたすらアイテムを産むマシーンとして彼女は働き続けた。そして───

 

「ではオーナー。以前からお話ししていた、美味しいご飯を食べて頂きたい計画を実行に移すのですよ」

「ああ、頼む。……しかし……本当に出来るのか?」

「可能です。この方法ならオーナーにもお食事を楽しんで頂けるのです。それではいくのですよ。ワールドスキル───『黄昏の終焉(ジ・エンド)』」

 

 スキルを発動したアイリスの姿が変化する。いつもの祭服は溶けるように宙に消え、代わりに白い衣が体を覆い領布や背子が付随する。肩の周りには天女の如き白い羽衣が顕れ、ふわりとアイリスの体が<飛行>でも使ったかのように空中に浮く。

 

 変化はそれだけに留まらず、普段は肩辺りまでしかない白銀の髪が腰辺りにまで伸び、身長も140から155程度まで急成長する。

 

 澄んだルビーの如き赤い目も色を変え、片方が太陽を思わせる黄金に、片方が月を思わせる銀色へと変貌する。

 

 肉体の成長も伴い一見ではアイリスとは分からない───神秘的な女神とでも形容できる外観へと彼女は変身した。だがそれ以上にアイリスと分からないのは……地球時代から比較すれば超越者と呼べる力を得たサトルでも、圧し潰されそうなほどのプレッシャーをアイリスが放っているからだ。別段敵意を向けているわけでもない。ただそこにいるだけであり、いつも通りの柔和でポカポカしていると感じる笑顔を浮かべている。

 

 アイリスは黄昏の終焉を発動し見た目が変化はしているが、精神状態などは一切変化をしていない。普段通りにオーナー好き好きオーラを放っているだけだ。だと言うのに……気を抜いたらサトルは思わず本能に従って膝をつき頭を垂れそうになる。サトルの絶対的な味方であると宣言し、希望の花としてあると誓ったアイリスが敵になどなるわけがないと頭では理解していても……あまりにも隔絶した力の差に体が悲鳴を上げているのだ。

 

 何があっても機嫌を損ねるなと本能が囁く。アイリスに怒りを向けられたが最後、一秒持たずに死ぬのだと……アンデッドであるサトルには恐怖を感じる機能などない筈なのに、それでもそう感じるほどの絶対者が目の前にいるのだと強く実感させられる。アイリスが唯一敵視する存在X以外では、この力の前では敵として成立しない。レベル1の人間も世界級エネミーも等しく蟻だろう。ついに耐えかねたサトルが思わず平伏しそうになり───

 

「落ち着いてくださいなのですオーナー!今すぐパッシブスキルを全OFFにするので、待ってくださいなのです!!」

 

 弱くなれ弱くなれと、アイリスは黄昏の終焉発動時にONになっているスキルを全て切っていく。それに伴い弱い生物ならそれだけで死滅するだろう威圧感も収まっていく。サトルに圧し掛かっていた骨が砕けそうな重圧も消える。

 

「大丈夫ですかオーナー!?」

「あ、ああ、平気だよ……その状態を見るのが久しぶりだから驚いただけさ」

 

 嘘だ。実際には存在しない筈の心臓が早鐘を打っているような感覚があるが、それを馬鹿正直に伝えるとアイリスが落ち込むのでサトルは教えない。サトルは何度も深呼吸し───アンデッドの体には肺などなく酸素など必要ないのだが、気分的にこれをすると落ち着く───精神を整える。

 

「それじゃ改めてお願い出来るかい?」

「ラージャ。───永劫の蛇の指輪(ウロボロス)発動」

 

 黄昏の終焉に内蔵されている世界級アイテムの力を、アイリスはスキルとして起動させる。この3ヶ月の間アイテム増産に使用していた力を、サトルに向かって機能させる。

 

 永劫の蛇の腕輪(ウロボロス)の力は簡潔に言えば可能な範疇に限り、あらゆる願いを叶える、だ。似たような力にサトルが使える星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)と言う魔法もあるが、そちら以上に叶えられる範囲が広い。例えばサトルに初日起きていたバグ───アンデッドの精神作用無効効果が、なぜかサトル自身から発生する感情にすら作用する───を消去したり、『ユグドラシル』産のアイテムが欲しいと願えば目の前に出現したりと言った具合に願った事を実現化させる。

 

 恐ろしく汎用性が高く願うだけで無から有を生成したり、ナザリックの資金消費を0にしたりと理すら捻じ曲げる強大無比な力だが、この力にも限度がある。

 

 例えばアイリスが地球へと帰還したいのだと願っても、それは可能な範疇を逸脱しているのか叶わなかった。他にもレベル制限である100の上限解放と言った法則の根幹を成すような領域には、世界級アイテムの装備や世界級エネミーがドロップするアイテムなど別の方法を使わないと手が届かないのだと、アイリスからサトルは説明を受けている。

 

 そして……サトルの種族変化を伴わない人化もまた、叶わない願いの一つなのだと彼は事前に聞かされている。これは元々実体化の際に使われたサトルのデータが、『ユグドラシル』運営の拘りによって記述されているのが原因だった。

 

 『ユグドラシル』運営はメリットがあるなら、デメリットも存在するべきだと考える頑固な職人のような気質であり、それがゲーム設定にも強く押し出されている。彼らは基本的に異形種で始めたならそのデメリットを甘受すべきだと考えていたのか、異形種が持つデメリットを人化などの方法でクリア出来ないように、絶対にその手の変身系アイテムや魔法は用意しなかった。仮に人型になりたいならば人間種で始めるか、スライムやドッペルゲンガーなどの最初から設定として組み込まれている種族にするか、種族変更アイテムで一からやれと言う面倒くさい集団だった。その事に対し───

 

「ネガティブ!だったら世界級アイテムなんて実装するななのです!メリットしかないアイテムを用意して何がバランスなのです!ちゃんちゃらおかしいのです!オーナーの楽しい食事の邪魔をするななのですよ!!クソ運営なのです!!?」

 

 仕様回りにキレるアイリスがいたが、何にしろその拘り自体が強固な概念防御として機能しており、サトルの人化は永劫の蛇の指輪(ウロボロス)でも不可能だった。

 

 それに対しアイリスはむしろ燃え上がり、金貨を大量生産したりする傍らひたすら思考を巡らせた。何かしらの抜け道がないかと。そこである方法を思いつき、今日実行する事にしたのだ。そして───

 

「おぉ、マジか。本当に上手くいったぞ!」

「やったのです!アイリスはクソ運営に勝ったのです!やったのですよ!!!」

 

 拳を天に高く掲げガッツポーズをするアイリス。心底からの勝ち名乗りを上げる彼女の前で、サトルは自分の手を……今までの骨だけとは違う人間のようにきちんと肉が付いた手を眺める。

 

 肉が付いたのは手だけではない。肋骨だけしかなかった部分には、地球の頃の痩せたそれとは違うプロの格闘家のような盛り上がった胸筋がある。腕も足も背中も本来の鈴木悟が持つそれとは雲泥の差であり、仮にリアルの同僚が彼をみても、お前誰だよと言いたくなるような逞しい男がそこにはいた。

 

「とてもポジティブな肉体美なのですよ。とてもアンデッドとは思えない体つきなのです。お顔もとんでもないハンサムなのです」

「……本当にここまで美形にする必要あったか?俺の要素黒髪ぐらいしか残ってないぞこれ?」

 

 アイテムボックスから取り出した手鏡で、自分の顔をサトルは確認する。

 

 そこにいたのはリアルのどこにでもいる、普通のおっさんになりつつあった鈴木悟の顔ではなく、それをベースに恐ろしく美化されたイケメンだった。

 

 切れ長の目やスッと通った鼻筋などイケメンパーツがこれでもかと盛り込まれており、更には骨の時の特徴だった眼窩で鈍い輝きを放っていた炎にも見える目を擬人化したかのような、燃え盛る輝きを持つ赤眼と併せて、サトル本人がうわぁ誰だよこのゲームの主人公にでもいそうな奴と思うぐらいの男前であった。

 

「ネガティブ。妥協してはいけないのです。妥協は敵なのです。……時たまアイリスは思うのです。最初の段階でもうちょっと背を伸ばしておけばよかったと!ナザリックは異形種向けにオーナー含めてお創りになられたからか、適正身長が高いのです!アイリスの普段の身長だと微妙に足りないのですよ!……髪の毛も長い方が色々出来て絶対楽しかったと!!シャルティアみたいにサイドテールとかにしたかったのです!!!」

「……だから黄昏の終焉を発動させると、背が伸びて髪が長くなるのか……」

「ネガティブ。なぜこうなるのかは良く分からないのです。黄昏の終焉作成は突貫工事で行い、テストも無しの一発勝負で組み込んだので想定外の挙動が起きてもおかしくないのですよ。……恐らくは世界級エネミーのデータからボスらしい見た目に変化とかだとは思うですが……」

「ああ、うん。想定外か……そうか、想定外か……」

 

 かなり恐ろしい話をサトルは聞いてしまったが、黄昏の終焉に関しては彼に出来ることは全くと言っていいほどない為、スルースキルを使い聞かなかった事にした。

 

「……けど外装変更とは考えたな」

「これなら通る自信があったのですよ。発想の転換です。ちぇんじです。ヒントはすぐそばに……そうシャルティアにあったのですよ」

 

 アイリスがウロボロスを使って願ったのは、サトルの外装変更……すなわちキャラクリエイトのやり直しである。

 

 『ユグドラシル』におけるキャラクターの見た目───外装は基本のプリセットを選ぶだけでなく、自分でイラストを書き起こして適用する事も可能な仕様となっていた。

 

 その恩恵を受けたのがシャルティアである。彼女の種族である真祖は本来非常に醜悪な見た目をしており、某所ではヤツメウナギと蔑称を付けられている。それを非常に可愛らしい見た目に出来たのは、ギルドメンバーの中にプロの漫画家やイラストレーターがおり、彼らが頑張ってくれたからだ。

 

 そしてシャルティアのおかげでアイリスは二つの事に気づいた。外装の変更だけならゲームバランス的な範囲───根幹法則に抵触しない分確実に改変は可能だと言う確信と……本来サトルと同じアンデッドで飲食不要なシャルティアが紅茶や酒を嗜めるなら……サトルもまた肉体部分さえあれば食事が出来るのだと。

 

 その考察を元にアイリスはサトルの外装変更権を願い……見事に実現させてみせた。欠点があるとすれば外装部分をどう創るのかの選択権はスキルの使用者であるアイリスにあったため、サトルも口頭である程度指示したものの、大部分に白い女神の意向が反映されたせいで、サトルとしては些か気恥ずかしく感じるとんでもない偉丈夫になってしまった事だろう。

 

 サトルがそう感じている事に気づいたのか、先ほどまでの楽しそうな様は一瞬で消え失せ、アイリスは明らかに気落ちした姿を見せる。

 

「ごめんなさいなのですオーナー……アイリスだけ馬鹿みたいにはしゃいで……オーナーの御気持ちを考慮していなかったのです……」

 

 しょんぼりとした姿で宙をクラゲのように漂うアイリス。その姿に慌ててサトルは励ましの声をかける。

 

「い、いやぁそんな落ち込む事なんてないぞ!俺もちょうど筋トレとかしてムキムキになりたいと思ってたんだ!それにほら!!アイリスのおかげで失ったと思ってたこれも戻って来たしな!!!」

 

 これとサトルが指さしたのは今は服に隠れて見えないが、使う機会もないまま骨となった事で喪失していた相棒である。……一番サトルが口を出した部分であり、元の棒より立派な姿となっているが。

 

「……オーナーがお嫌なら、もう一度外装変更権を使用出来るのですよ?」

「……ま、まぁ確かに少しイケメンすぎやしないかって思うけども……でもこの姿はアイリスからのプレゼントみたいなものだからな。それが嫌なんて……そんなわけないだろ?」

 

 アイリスを安心させようと、にっこりと笑うサトル。今の彼はアイリスが一切の妥協をせず、人間感覚で超が付くほどのイケメンにして見せるのですと全力を出した顔つきであり。更には元々オーナー好き好き状態のアイリスに、傍目にも気遣おうとする行為だと分かる笑顔を見せたりすれば───

 

「ぽ……」

「ぽ?」

「ぽ、ぽぽ……ポジティブなのですよ!!」

 

 ふわふわ浮いた状態から一転し、嬉しさ満点の笑顔でサトルの首元へと飛びつくアイリス。最初の数日間の時点で独占欲らしきものを発揮していたアイリスだが、円卓会議での無詠唱伝言テロ以降サトル絡みでは自重しなくなっていた。

 

「そんなポジティブな笑顔を御見せになられたら、我慢なんて出来ないのですよ!」

「お、おお!そうか!」

 

 オーナーオーナーと嬉しそうに、サトルに足を絡めてまで抱き着くアイリス。だが彼女とは裏腹にサトルはまずいと青ざめて───心臓の部位にはモモンガ玉と言う世界級アイテムがあり血は流れておらず、人間のような見た目になったが種族は死の支配者(オーバーロード)のままなので実際に青ざめる事はないが───何とかアイリスを引き剥がそうとする。

 

 現在のサトルはモモンガ玉にアイリスがコピーした別の世界級アイテムの効果に加え、特殊なアーティファクトを使う事でボス化し、3カ月前とは桁違いのステータスとなっているのにアイリスの体は1ミリとて動かない。世界級エネミー32体合体の膂力の前では、あまりにも頼りないパワーだった。

 

「? どうされたです───!」

「……あぁ…………」

 

 サトルの様子がおかしい事に気が付いたアイリスは、彼に話しかけようとして…………それに気が付いてしまった。

 

 サトルもやってしまったと後悔する。

 

 彼が焦っていたのは至極単純な理由からである。彼が取り戻した雄の象徴……偉大なる相棒が臨戦態勢を取ったからだ。

 

 その事に仕方ないじゃないかとサトルは誰に聞こえるわけでもない弁解をする。骨の体の時には厚手の布を挟んだかのような感触しかなく、膝の上にアイリスやシャルティアが乗ったりしても鈍い触感しかなかった。それが肉の体となった事で……はっきりと外界を感じ取れるようになった。

 

 サトルに飛びついてきたアイリスは圧倒的な怪力とは裏腹に、柔らかい女の子そのものの感触であり……数か月ぶりにまともな五感を取り戻した彼にとって、あまりにも劇毒であった。

 

 ただでさえリアルの頃には、女性との肉体的な触れ合いの機会が一切なかったサトルに対して好意を隠しもせずに抱擁したなら。それも万人が美少女と認めるような女の子がそれをしたなら。更にはサトルが最も好意を抱いていると、断言出来る子が生足まで絡めてきたなら。そりゃこうなるだろうとサトルは遠い目をする。

 

「───御立派さまが元気なのです」

「ああああぅああ!ほあああああぁあああああ!」

 

 奇声をあげるサトル。いっその事殺してくれと彼は神に祈る。

 

(最悪だろ俺!いくらなんでも肉体を取り戻した直後にこれは!!社会人として最低だろ!!うわぁ……死にたい……なんでこんな時に感情抑制がないんだよ!!お前の使い道ここくらいしかないだろ!!)

 

 当の昔にアイリスの手で消し去った感情抑制に怒りをぶつけるサトル。そうやって別の事で意識を割かないと、今なお抱き着いたままのアイリスの匂いや体温を意識してしまい、御立派様がますます元気になってしまうからだ。サトルの屹立するそれに驚きアイリスが離れてくれるかと彼は期待したのだが、そんな願いはぴったりと張り付いた女神には一切届かない。

 

「あ、アイリス!!こ、こんな風にしていると色々と大変だからな!!!離れてくれるとうれしいなぁああ!」

「そうですね……どうしようか迷うのですよ……えいっ!」

「ヒィッ!」

 

 あろう事かアイリスは自分の臀部をサトル・スタッフに擦り付ける。崩壊しかける理性をギリギリでサトルは押し留める。

 

「な、なんで種族はアンデッドのままなのに、()()()ちゃんと機能してるんだ!!」

「どうも生殖器がついていたら、種族に関係なくちゃんと使えるようなのですよ。オーナーのお膝に乗った時に、シャルティアが下着を濡らしていたらしいので間違いないのです」

「実体化の法則はどうなってるんだよ!存在Xとやらがどんな奴か知らないが適当な!!」

 

 とにかく話を逸らし、アイリスから意識を外そうとするサトル。彼女の体から出ているミルクのような甘い香りや、擦り付けてくる尻の感触に理性がドロドロに溶かされそうになるのを驚異の意思で持ちこたえる。

 

「……8階層の荒野エリア(ここ)で続きをするのは殺風景なのです」

 

 アイリスが指を一つならす。それだけで周囲の景色ががらりと変化する。先ほどまでただ広いだけの岩や細かい石が落ちていただけの場所から、どこかの部屋へと二人は空間転移する。

 

「うおっ!」

 

 先ほどまで二本足で立っていたのに、気が付けばサトルはベッドの上に寝かされていた。

 

「これは?……」

「世界級アイテムの力の一つです。一言で言えば私専用の異次元空間でしょうか。そこに<上位転移>と組み合わせて移動しました」

 

 アイリスから私へと一人称を変えた彼女が、サトルに馬乗りする形で説明する。そこは8畳程度の広さの部屋で窓もなければ扉もない不思議な部屋であった。サトルが辺りを見回すも調度品の一つもなく、明かりもないのに一定の光量が部屋の中を照らしている。こんな空間を作るアイテムもあるんだなとサトルが感心する事で、溶かされかけていた理性を修復しようとしたのだが───

 

「お食事の前に……私を召し上がってはみませんか?」

 

 そっとサトルの耳元に口を寄せたアイリスが、軽く囁きかける。ゴクリとサトルは唾を飲み込む。アンデッドの体となった事で性欲など消えたと思っていたのに……今の一言に対して湧き上がった劣情が彼の精神を蝕む。

 

「なんだか……今日のアイリスはいつもと違う気がするんだが……」

「そうですね……実はちょっとポジティブな事があったので、嬉しいのです」

「嬉しい事?」

 

 金銀妖瞳をトロンとさせながら、アイリスはサトルの顔を覗き込む。

 

「オーナーの御趣味からは外れているので、私の体でここまで反応してくれるとは思っていなかったのです。それに……アンデッドはフレーバーテキストとして生者を憎む存在として確立されています。ですので……よほどの好意を抱いて下さらないと、肉体を持ったとしても現在は人間種である私相手に、こんな風になったりはしないのです」

 

 こんな風と言いながら、アイリスは服の上からサトルのそれを撫でまわす。その動きにサトルも反応してしまう。

 

「オーナーがここまで私を好いてくれている。そう思ったら……我慢できませんでした」

 

 サトルの胸に頭を乗せながらアイリスは告解する。彼女はAI時代ならまだしも人間種の肉体となった事で、サトルがアンデッドの種族に精神が引っ張られるように、彼女もまた種族に引っ張られている。特に顕著なのが……サトル関連であった。

 

 電子生命体に過ぎなかった頃であれば、どれだけ愛情を持っても決してサトルと触れ合う事も出来ず、あくまでも彼の補助をするAIとしてしか彼女は成立していなかった。だが……転移により物理的な接触が可能となってしまった事で、それは一変した。サトルへの愛情にある種の肉欲が混じるようになってしまったのだ。

 

 それは彼の膝の上に乗りたいと言った軽微な物もあれば、今のようにサトルの初めてを奪いたいと言った重度の物まで様々である。とにかく……彼女自身も自分で制御しきれないほどに体の方が勝手に動いてしまうほどには、サトルへの愛情が重すぎた。

 

「人間種となったのが原因なのでしょう。オーナーの事を想うと……いてもたってもいられなくなります。あなたに撫でられたいと……あなたといたいと……胸が痛むのです」

「アイリス…………」

「私自身もそれをなんとかしようと自分にウロボロスを使おうとしましたが……黄昏の終焉自体が強固な守りとなって改変を弾いてしまう。……卑しい女です。今日だってあくまでもオーナーにお料理を楽しんで貰うための外装変更だったのに。オーナーの反応に喜んで……こんな逃げられない場所に無理やり連れ込んで……」

 

 先ほどまでの嬉しいと言っていた有様は消え、自己嫌悪に陥るアイリス。ぶつぶつと自己否定の言葉を垂れ流すアイリス。

 

 彼女は人間種となった事が原因だと思っているが、彼女の精神に真に影響を与えているのはそれだけではない。

 

 転移初日にサトルに対して、自分もNPCとしての影響が多少は出ていますと語ったアイリス。では彼女が受けたNPCとしての影響とは何なのかと言えば……サトルだ。

 

 元々NPCとしてのアイリス製作時にはフレーバーテキストにはモモンガ専属秘書としか書いておらず、カルマ値に関しても善のため全くと言っていいほど悪影響を及ぼしてはいない。

 

 ゆえに問題なのは……種族と製作者の性格だ。人間種として肉体を得た事が精神に影響を及ぼしているのは確かなのだが、それ以上に現在のアイリスの体を創った製作者。すなわち鈴木悟の在り方……特に当時のサトルの精神部分が強くアイリスに反映されている。

 

 NPCに対する創造主の性格影響は、フレーバーテキストを書き込んだ時期のギルドメンバーの精神状態に大きく左右される。

 

 例えばの話だが……この世界に転移する前にアルベドのフレーバーテキストをサトルは少し変更している。もしこの時のサトルが内心ではギルメンのみんなに裏切られたのだと、腸が煮えくり返っていたとしたなら……アルベドはそれに影響されてナザリックのしもべでありながら、至高の御方に対し内心では一切敬意を払いもしない性格として実体化していただろう。

 

 ではアイリスのNPC体を製作した時期のサトルがどんな精神状態だったかと言えば……アイリスが円卓会議で評したように、異常な執着を見せていた頃だ。

 

 そんな執着心がアイリスにも出つつあるのだ。サトルに話したように、実体化時に情報防壁で影響を最小限にした事で当初は全くと言っていいほど顕在化してはいなかったのだが……人間種としての独占欲などにより一気に吹き出た。

 

 では彼女が執着する対象とは何かといえば……当然サトルである。アイリスにとっての最優先事項とは今も昔もサトルなのだ。そこに執着心が加わる事により……彼女の精神状態は天真爛漫さで覆ってはいるが、実態は滅茶苦茶な事になっている。

 

 オーナーであるサトルに幸せになって欲しいのだと思うアイリスも真だが、同時にオーナーであるサトルの全てが欲しいと思う(アイリス)もまた真であり……この歪な状態をアイリスは反復横跳びしている。

 

 結果として今のように喜の感情に任せ、思わずアイリス以外出入不可能な隔離空間にサトルを拉致してしまい……そんなのをオーナーが喜ぶわけがないだろうと哀の感情が否定して鬱になる。

 

 黄昏の終焉を持つアイリスは本来であれば、自らの力に対して責任を持たなければならないのに、サトルが絡むと途端にその基準が緩くなる。その事実を自己分析し……より一層の自己嫌悪に陥る。

 

 ───円卓会議で変わる事はポジティブだと言った私がこのネガティブさ……これじゃみんなに顔向けなんてできない。まさか……種族としての精神汚染がここまで酷いなんて……駄目ですね本当に……。───良し!クヨクヨしていても何も始まりません!こんなジメジメしていてもオーナーは困るだけです。ここから出て当初の予定通り、オーナーには御馳走を味わって頂きましょう。

 

「ごめんなさい、オーナー。こんなみっともない姿を見せてしまって…………ここから出て食堂に行きましょうか。シホウツの料理は絶品なんですよ!とても美味ですし、オーナーに楽しんでいただけるとなれば彼も喜びます。それでは───」

 

 来た時と同じように指を鳴らそうとするアイリス。今まさに鳴らそうとした瞬間……アイリスの手にサトルが手を絡める。その動きにびっくりして、アイリスは空間転移を解除する。

 

「ど、どうしたんですかオーナー。こんな手を握られて───」

「……なぁ、アイリス……無理なんてしなくていいんじゃないか?」

 

 サトルの言葉に……ドクンと反応するアイリス。

 

「ネガティブなんて……」

「してるだろ?さっきまであんなに落ち込んでたのに、急にそんな明るく振舞ってもすぐ分かるぞ。……俺はアイリスが何を考えてるのかは分からないけどさ……それでも君が落ち込んでるのを見るのは嫌だ」

 

 繋いでいる手とは反対の手で、未だに胸に乗せっぱなしのアイリスの頭をサトルは撫でる。それが気持ち良いのかアイリスの体から力が抜けて弛緩する。

 

「駄目ですよ……優しくされたら今の私だと我慢が出来なくなります」

「我慢なんてしなくていいだろ別に……あー……要するにさ……アイリスは俺と、その、なんだ……そういうのがしたかったのか?」

「………………………………………………ポジティブ…………」

 

 改めてそう聞かれると色々と恥ずかしいのか、返答に間があくアイリス。蚊の鳴くような声でそうですと答える。

 

「そりゃ最初は驚いたけどさ……別にアイリスが嫌だとかそんなのはないんだ。むしろ……アイリスが俺の事を男性として好んでくれてたのは、嬉しいかなって……」

 

 言ってて自分でも照れ臭いのか、はははと笑うサトル。彼の笑い声も途絶え、部屋にはアイリスの呼吸音だけが響く。そのまま数分がたっただろうか。アイリスが一つサトルに頼み事をする。

 

「先ほど……召し上がってみませんかと私は言いましたが……訂正します。───あなたが欲しい。今だけでもいい……鈴木悟(オーナー)の全てが欲しい。その代わりに……私も全てを捧げます。今まで以上にあなたの希望として……心身を尽くします。……それでは……駄目ですか?」

 

 濡れた瞳でアイリスはサトルに縋る。熱に浮かされたような表情には、感情がはっきりと映し出されていて。

 

「駄目もなにも……俺の意思はもう全部伝えてあるよ。生涯を共に歩みたいって。最初からアイリスに全部上げてるよ、俺は……」 

 

 その言葉に……今度こそ我慢が出来なくなったアイリスに…………全てが欲しいと言った彼女の手で、サトルは限界まで絞り尽くされるのであった。






モモンガ玉:サトル専用の世界級アイテム。ウロボロスの力で複数の世界級アイテム効果がコピーされている

ボス化:レイドボスが確率でドロップするアーティファクトを使ったり特定の手順を踏む事で、プレイヤーのステータスを大幅に上昇させボス専用スキルや魔法の使用を可能とさせるシステム。サトルは世界級エネミーのアーティファクトを使ってボス化した

アイリス:(原作アインズ様のギルメンに対する執着-アイリスの情報防壁)÷アイリスの性格+アイリスの愛情=サトルへの想い 



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