モモンガ様リスタート   作:リセット

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色々な初めて これからの未来

 サトルたちが食堂に辿り着いたのはナザリック時刻で20時頃。

 

「誰もいないな……」

 

 どの部屋を見ても豪華絢爛としか表現のしようがないナザリックの中において、白を基調とし些か無味乾燥な食堂には夕食の時間も終わったのか一般メイドすら見当たらない。

 

 基本的に食堂はモーニングとランチの時間はビュッフェ形式で、ディナーはカウンターで注文し出来上がったら番号が呼ばれるので取りに行く形式だ。サトルもそれに倣いカウンターで注文しようとしたのだが───

 

「サトル様!御身の初めての料理!この私めが手ずから、手ずから!相応しき御馳走をご用意させて頂きます!野郎ども!!準備はいいかぁ!!!」

 

 おおおおおおおおっ!!!!

 

 厨房の奥から出て来た二足歩行の猪……オークの近親種であるオークスのシホウツ・トキツの……料理長の掛け声に他の料理人が鬨の声のような勢いで応える。

 

 今までであればサトルはスケルトンそのままの外装であったため料理を口に出来なかったが、ウロボロスの力で人間体を手に入れた事で可能となった。そう聞かされたシホウツは全身全霊を込めて料理長としての腕をみせるのだと奮い立っていた。

 

「サトル様に相応しき料理!まずは満漢全席から───」

「ちょっと待つですよシホウツ。ストップなのですよ」

 

 体中から火が出ていそうなテンションのシホウツをアイリスが止める。

 

「オーナーのお体の容量で満漢全席はネガティブなのですよ?」

「ははぁ!!つまり量ではなく質だと!!では神器級の食材のみでお創りさせて頂きます!!!」

「シホウツ……君がモモンガ様のためになりたいのは理解できるが、御方はリアルで高級な料理など口にしたことがないのだよ?まずは舌慣らしから始めるべきだと思うがね」

「ははぁ!!ですがサトル様は我らの命を救って下さった御方!!デミウルゴス様の言葉だとしても、承知致しかねます!」

「……普通に俺に選ばせて欲しいんだが……駄目か?」

 

 サトルが赤口の眼でシホウツと目を合わせる。ウッ!と怯むシホウツ。ムムゥと彼は唸って考え込む。シホウツとてサトルのリアル事情を聞いている。聞いているからこそ……まともな食事を取った事がないサトルに高級食材の味を知って欲しかったのだ。だが……サトル本人から選びたいのだと言われた以上、断るなど出来はしない。

 

「ははぁ!!ではサトル様のご注文を厨房でお待ちしております!!!……みなのもの!窯に火を入れろぉ!!フライパンを温めろ!!宴の準備だぁ!!!」

 

 来た時と同じようにシホウツは厨房の奥に引っ込んでしまう。それを見送ったサトルは改めてカウンターのメニューから料理を選ぶことにする。

 

(シホウツにはああ言ったけども……色々あると悩むなぁ……)

 

 リアルの頃の食生活では、メニュー表に乗っているような豪勢な料理など口にする機会はサトルにはなかった。そもそもサトルにとって食事とはただの栄養補給であり、死なないようにするための作業でしかない。ステーキ味と書かれたチューブから液体を啜り、ビタミン剤を水で流し込んだら終わりなのだ。

 

 ボーナスをつぎ込んだりすれば、上級層が口にしていたような生の食材を口に出来たかもしれないし、仕事の付き合いでそれなりに豪勢な合成食材の店で接待もしたことはあるが……料理の殆どは接待相手の口の中に消えた。プライベートでは所詮消え物でしかない料理になど金を使ったこともない。

 

 だがナザリックと共に実体化し、アイリスが大魔改造したことで尽きぬ無限の食材が補充されるここでならどんな贅沢でも許される。贅沢が許されるからこそ……サトルは悩む。

 

「みんなは何にするのか決めたのか?」

「アイリスはアースガルズ産イザヴェル牛のビーフカレーにするのですよ!スパイシーで美味なのです!」

「そうですね……ミズガルズのアクアパッツァにでもしようかと」

「虫ノ姿揚ゲデス」

「…………虫?虫って……あの虫か?」

「エントマガヨクオヤツニ食ベテイル虫デス」

「ああ……なるほどな……虫な」

 

 コキュートスの分に関しては聞かなかった事にしたサトルは、少し悩んだあとデミグラスソースのハンバーグ定食に決める。注文を通した後、手近な席へと座る3人。アイリスだけはセルフ式のドリンク置き場に人数分の飲料を取りに行く。

 

「どうぞ水なのです」

 

 3人の前に水を置いた後、アイリスも席に座る。

 

「食前酒とか取ってくるのかと思ってたけど、普通の水にしたんだな」

「御屋形様ガコノ世界デ初メテ口ニサレルノダカラ、モウ少シアッタノデハナイカ?」

 

 サトルに食事をさせたいとあれだけはりきっていたアイリスにしては、少し気が利いていないのではないかとコキュートスは疑問を呈す。

 

「それは違うよコキュートス。初めて口にするからこそ、アイリスは水にしたのさ」

 

 なぜ水にしたのか。その理由を正確に見抜いているデミウルゴスだけは、アイリスの擁護をする。

 

「ふふ、流石は義兄さんなのですよ。ささっ!どうぞ水を飲んでみてください。そうすればアイリスが水にした理由がポジティブですよ!」

 

 にこやかな満点笑顔のアイリスがわざわざ水にした理由。それがなんなのかは分からないが、彼女はいつだってサトルの味方なのだから悪い事ではないのだろうと、水を少し口に含む。

 

「えっ?」

 

 思わずサトルはコップの中を見てしまう。そこにあるのはただの透明な水。その筈なのだ。なのに……サトルには全く別の何かに思えた。

 

 もう一口飲む。もう一口……更に一口。一気にコップを空にしてしまう。

 

「これは……一体?……水じゃないぞこれ!?これは……水なんかじゃない!!」

 

 サトルの発言にああ、やはりかと言った反応をするデミウルゴス。コキュートスはサトルが水ではないと言ったことを確認するために自分もコップに口をつける。

 

「イエ……コレハ水カト。水デシカアリマセンガ……」

「何を言ってるんだコキュートス。水はこんなんじゃなくて……もっと生臭くて……………………そういう事なのか?……だからアイリスはわざわざ水に?……」

 

 空のコップを見つめながら、サトルは絶句する。リアルの頃でも水なんていくらでも飲めた。だから……それと同じだろうと飲み干して……全く違うのだと───

 

「オーナーに本当の味とは何なのか知って頂くは、これが一番わかりやすいと思ったのですよ。あんな……放射性廃棄物と酸性雨に汚染されて……工場排水の混ざったヘドロを無理やりろ過して、薬剤をたくさんいれて透明にして……手間なんて全くかけてもいない下級層向けの泥水の味を御知りだからこそ!本当に美味しい物とはなんなのか?それを分かりやすく比較できるものが水だったのです」

「リアルトハ……コンナタダノ水デスラ味ワエナイノダナ……」

 

 コキュートスがそれに思い至らなかった事を恥じるように言葉を捻りだす。

 

 リアルでは本当の水ですら高級品だった。企業連合の幹部以上しか飲むことを許されない嗜好品。環境汚染により地球上の水源は全て終わっていた。だから……サトルは初めて水の本当の味を……今日知ったのだ。

 

 料理が来るまで暇だった4人はドリンクコーナーに置いてあった飲み物全種を制覇する。コーラコーヒーオレンジジュース紅茶。それらの味はサトルの舌を楽しませた。炭酸が口の中で弾ける感触も。コーヒーの苦さも。オレンジジュースの柑橘類が醸し出すさわやかな喉越しも。ただの飲み物だけでもサトルの好奇心を大いに刺激した。

 

(凄いなこれは!これが本物のドリンクなのか!アイリスが俺に食べて欲しい飲んて欲しいってお勧めするわけだ……飲み物でこれなら……俺が頼んだハンバーグ定食なんてどんな味がするんだ?……)

 

 あくまでアンデッドの体のままなサトルは空腹になることなどない。だが……好奇心を刺激されたことで腹が減ったような錯覚を覚える。口の中に唾液が出始める。

 

 そうこうしてるうちに完成したのか料理が運ばれてきた。サトル達はカウンターまでとりにいくつもりであったが、流石に呼びつけるのは憚られたのか料理長であるシホウツ本人が席まで運んできた。

 

 サトルの前にジュウジュウと音を立てる鉄板が置かれる。鉄板の上では挽肉の塊から煙が出ており、デミグラスソースが熱されたことで弾ける。音と匂い、そして明らかに見ただけで美味いのだろうと分かるビジュアルに存在しないはずの食欲が待ちきれないと勇み足になる。

 

「こういう料理って何から手をつけたらいいんだ?」

「格式ばった会食なら確かにマナーがあるですが……今日はオーナーが食べたいように食べたら良いのですよ!お家での食事はこぼさないようにとか、必要以上に音を立てないようにとか、その程度で十分なのです!」

 

 その言葉にうんうんとうなずくコキュートスとデミウルゴス。変に気を使いサトルが楽しめない方が駄目なのだ。その反応に少し苦笑いしながら、いただきますと呟きナイフとフォークでハンバーグを切り分ける。切り目から肉汁が漏れ、光が反射して宝石のように油がキラキラと輝く。

 

(これが合成なんかじゃない本物の肉が出す油……か。企業連合のあん畜生どもだけが口に出来た料理……違うな。あいつらだってこんな本物は無理な筈だ。あんな環境で……ああ……ギルドメンバーのみんなにも……ウルベルトさんにも食べて貰いたかった……)

 

 自分だけがこんな高級品を食べられることに、サトルは僅かな罪悪感を持ってしまう。そんな罪の意識を振り払い一切れ口に頬張り───

 

「ッッッッツ!!」

 

 予想を遥かに上回る味の暴力に心が支配される。咀嚼するたびに肉の粒の間から麻薬じみた肉汁が漏れ出し、口いっぱいに広がる。デミグラスソースの甘いような酸っぱいようなそれと混ざり合い、蠱惑的な味が一瞬でサトルの精神を支配する。

 

 これが料理なのだと。合成食材などこれの前では生ごみに過ぎない。あのチューブに……ステーキやミートソースと張り付けられた情報は所詮虚偽にすぎない。本当の味と比較すれば、嘘だらけの欺瞞だらけ。

 

 サトルは付け合わせのジャガイモを頬張る。ホクホクした触感とソースの味が絶妙に絡み合う。ライスと肉が産み出すハーモニーが心を掻き立てる。気が付けば……彼は泣きながら夢中でハンバーグを口に入れていた。もっと味わいたいと……もっと欲しいと……。

 

「良かったのですよ。オーナーが楽しそうで……」

 

 その言葉にはっとなったサトルの手が止まる。

 

「す、すまん。こんな子供のようにがっついて……」

「はて?私は自分のアクアパッツァに夢中で気が付きませんでしたが……コキュートスは何かあったのか知っているかい?」

「私モ自分ノ分ニ夢中デ良ク分カラナイナ」

「お前らなぁ……」

 

 わざとらしく惚ける二人にサトルは少し感謝する。曲がりなりにも一応はおっさんの自分が、ハンバーグ定食に感動して涙を流しながら食べたなど、少しみっともないではないかと。

 

「オーナーが楽しそうならみんな嬉しいのですよ?……そうだ!ポジティブな事を思いついたですよ」

 

 パァッと笑ったアイリスが自分のカレーライスをスプーンで一口分掬い、下に落ちないように手を皿にしてサトルの方に突き出す。

 

「あーんなのですよ」

「いやいや!流石にそれは……二人がいる前であーんは……TPOってものがあってだな……」

「私としたことが眼鏡を下に落としてしまったよ。コキュートスも一緒に探してはくれないかい?」

「承知シタ」

「お前らなぁ…………」

 

 自分の眼鏡を外し胸ポケットにしまったデミウルゴスが椅子の下を覗き、コキュートスもそれに付き合う。存分にアイリスといちゃついてくださいと動く二人に呆れた笑いをサトルは浮かべる。

 

「まぁ……それじゃ……遠慮なく」

 

 好意に素直に甘える事にしたサトルはアイリスが差し出したカレーを頬張る。途端に香辛料の匂いがふわっと鼻に抜け、ほのかな辛味と強烈な旨味が口内を駆け巡る。

 

「どうですか?」

「これは……ああ……美味いな。カレーと言うのは……こんな味なんだな」

 

 サトルの反応に、アイリスは目を細める。本当に良かったと。サトルが……オーナーが作り上げたオーバーロードのビルドはそのままに、外装変更で人間らしい幸福を享受できるようになって良かったのだと。アイリスにとっての生きる理由が楽しそうに、嬉しそうにしている。

 

 ───オーナーならお喜びになるだろうと推測はしていましたが……上手くいって良かった。ギルド拠点をここまで豪華に創り上げたギルドメンバーのみんなに……ウルベルトには感謝をしてもしきれませんね。ここなら一通りの娯楽施設も揃っている。生身の肉体さえあればオーナーにリアルでは体験して頂けなかった、あらゆる生を実感して貰える。……感謝と言えば……私の前任にも感謝の意を表したい。こうやって女性の人格と可愛らしいアバターでなければ、オーナーに性の喜びも知っては貰えなかった。……私がかなり暴走した部分も大きいが、この体とまぐわっていた時のオーナーは雄らしく雌の私を求めてくださった。今のオーナーはアンデッドではあるが、精神は人間としての名残が強い。それを強く残そうと思うなら、生者らしい行動や本能が必要になる。生殖活動はその中でも死者らしさから遠く離れた行為。今後もオーナーには男らしく私を滅茶苦茶にして貰いましょう……いえ、違うのですよ?あくまでもオーナーのためなのです。私が満足したいからじゃないのです。ええ、そうです。欲求不満とかじゃありません。……あっ、まずいのです。オーナーとの情事を思い出したら下腹部が───

 

 

 

 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

「しゃちょーさんかゆいところはないですか?」

「それどっかで聞いたフレーズだな」

「こんな時に使うにピッタリの御言葉なのですよ!」

 

 あの後。

 

 食堂でデミウルゴス達と別れた二人は、そのままロイヤルスイートの大浴場へと来ていた。骨の時にも何度かここを利用していたが、その時は鈍い感触しかなく存分にこのエリアを満喫は出来ていなかった。

 

 現在の外装であればここも十二分に楽しめるはずだと、デミウルゴスから行ってみたらどうかとお勧めされての行動である。

 

 デミウルゴスやコキュートスも来れば良いのではないかと、サトルは誘ってみたのだが───

 

「アイリスも一緒であれば使うのは混浴エリアになるかと。アイリスの裸身はモモンガ様だけの物。義兄であろうとも不可侵の領域。……それにアイリスもそろそろ休暇を取るべきです。モモンガ様が誘われたなら、義妹であれば喜んで付き従いますよ」

「……やっぱり休ませたほうがいいよな?アイリス自身は大丈夫ですって答えるけども」

「ええ。それに───」

 

 少し離れたところでコキュートスと談話しているアイリスの方に、デミウルゴスは視線を向ける。

 

「現在のナザリックはあの子の……詳細は不明ですが何かしらの力が(かなめ)ならば、無理をさせてはいけないでしょう」

「!!……お前……気づいて!?」

「御隠しになられるならば、もう少し隠密に行うべきかと。ただのアイテム仕分けならばわざわざアイリスで無くとも良い筈です。それなのに事務処理能力の高いあの子が8階層に籠ったならば……『ユグドラシル』のアイテムや金貨の湧き現象にスキルか魔法かは存じませんが、アイリスが関わっているとしか考えられませんね」

「……その事は誰にも言うなよ?秘密事項なんだからな」

「心得ています。……ではそれを漏らさない事を条件に、モモンガ様に一つお願いがあります」

 

 条件付きでサトルに頼み事などデミウルゴスとしてはとても珍しく、一体なんだと身構える。

 

「人間の男性は一度抱いた女の子に飽きると言います。それだけはないようにお願いしたいかと。モモンガ様に限ってそれはないだろうとは思っているのですが……それでもお願いしておきます。アイリスを大事になさってください。……何があっても御身の『真心』で今後も接してあげてください」

 

 種族が悪魔とは思えないような……優しい響きの声でサトルにお願いをする。

 

「私はウルベルト様の代わりとして、御身の同士として、アインズ・ウール・ゴウンの智者としてある身。ですがそれ以上にあの子の義兄としてもある身。分かりやすく言えばですが……義妹を泣かしたなら御方と言えども許しませんよ?モモンガ様……いえ……義弟よ」

「この野郎!その呼び方はやめろと……たくっ……そんなもん頼まれなくたって最初からそのつもりだよ、まったく……」

 

 お互いに冗談っぽく肩を叩き、コキュートスを連れたデミウルゴスが尻尾を振りながら立ち去っていくのをサトルは見送り。

 

 デミウルゴスが貸し切りにしたらしい大浴場に転移した二人は、混浴エリアに突入。サトルは風呂に浸かる前に体を洗おうとしたのだが───

 

「アイリスが背中を流すですよ!」

 

 ボディタオルを泡立てたアイリスの手で、サトルは全身を綺麗にされている最中だ。肉体はアンデッドなので老廃棄物も出ず、念入りに洗う必要もなく。<浄化>の魔法があるのでもっと楽にかつ完璧に綺麗に出来るのにそれはせず、手とタオルと……体を使ってアイリスはサトルの体を摺り上げる。当然そんなことをされたら───

 

(まぁ、そうなるよな。うん、仕方ない仕方ない。自然の摂理ってやつだな)

 

 とても素直な反応を示す自分の体に諦観すら抱いてしまう。その事にアイリスも当然気づいており……そこを念入りに両手で洗われて。サトルは一回果てた。

 

 反対にサトルもアイリスの体を洗い。全身を撫で上げられた彼女は一瞬で数時間前にサトルに見せていた雌モードに入り。いざ2回戦となりかけたところでマナーが云々と割り込んできたゴーレムに襲われたことで二人とも冷静になった。襲ってきたゴーレム───かつてのギルメンの一人、るし★ふぁーが作成した───は装備がなくとも世界級エネミー並の戦闘能力はあるサトルの手で、あの糞野郎勝手にこんなもんつくってんじゃねえと破壊された。

 

 粉砕されたゴーレムを尻目に二人で湯舟に使って温まり。お揃いの浴衣に着替えてからサトルの私室に転移して。仲良く一緒のベッドに入っていた。

 

 最初は8階層に戻りアイテム生成作業の続きをしようとしたアイリスだが、サトルから一緒に寝てみたいと───アンデッドの体には睡眠など必要なく、実際にはアイリスを休ませるためだが───お願いされたことで、真意に気づきつつも了承し、彼の腕に抱かれる格好で横になっていた。

 

(こうやって抱きかかえると分かりやすいけど、アイリスはちっちゃいなぁ……)

 

 サトルと比べると40センチ近い身長差があり、彼の腕の中にすっぽりと納まってしまう。アンデッドの体は冷たく、彼女の熱がじわりと良く伝わってくる。アイリスを休ませるために一緒に寝ようと言ったが、その心地よい温かさに病みつきになる。性行為まで済ませたことで抱擁することに対して抵抗もなくなっていたサトルは、よりその温もりが欲しくて強く抱きしめる。

 

 それに対してアイリスもサトルの背中に回した手に力を入れて強く抱きしめ返す。そうやってどれくらい時間が経っただろうか。

 

 いつの間にかアイリスの手には力がなく、サトルに抱きかかえられたまますうすうと寝息を立てている。寝る必要が無くとも寝る事自体は出来る体なのだ。彼に抱きしめられて……彼女が最も信頼し、信用し、愛しているオーナーの腕の中は安心できるのか穏やかな寝顔を見せる。

 

(こんな風に誰かと眠るのっていつ以来なんだろうな……)

 

 サトルは過去を振り返ってみるが、記憶を掘り起こしてもそんな思い出が無い事に気づく。母も父も体を壊し亡くなるまで働いていて。彼らとも今みたいに同じ寝具に包まれて共に寝たことが全くなかった。だから……これもサトルにとって初めての体験だった。誰かが一緒に眠り、その誰かの静かな寝息に心は癒されるのだと。

 

 部屋の明かりは消えているが、暗視の力を持つサトルにははっきりとアイリスの姿が見えている。初めて会った時と何一つ変わらない白銀の髪。自分に幸福を運んできてくれた親友からの贈り物。

 

 サトルは彼女を起こさないように配慮しつつ、力強く抱きしめる。自分の……宝物がどこかに行ったりしないように、離れないように強くだ。

 

 デミウルゴスに言い含められたサトルだが、頼まれたってアイリスを捨てたりなんかするものかと固く誓う。

 

 サトルにとってアイリスとは何なのかと問われたら……世界で一番大切な花なのだ。命と同じくらいに大切な……大事な大事な宝物。

 

 宝物殿で振り返り自分の名を呼んでくれた人工少女。自らに希望の名を……親友からの想いを付けた女の子。

 

 リアルでは孤独だったサトルに……仕事ぐらいでしか話し相手もおらず、プライベートでは誰とも話せず寂しさに震えるしかなく、ギルドメンバー達が去ったことで穴だらけだった心の隙間を埋めてくれたかけがえのない誰か。

 

 サトルは自分自身に誓っている。アイリスが……黄昏の終焉を考慮すれば存在X以外には真の意味で害されることなど万に一つもない。彼女を傷つけられるような存在がいたなら、サトルではどうしようもない。それでも……アイリスを苦しめるような奴がいたならば、必ず地上の果てまで追い詰めて殺してやると決めている。それほどの……宝物のような存在なのだ。

 

 そんな彼女を抱えたまま、アンデッドである自分も寝れないかとサトルは目を瞑ってみる。そうして彼女と共に起き、新しい明日を迎えるのだ。

 

 今日ハンバーグを食べた時のように、ふとした拍子に仲間達への思い出から寂しさが顔を覗かせたりするが。それでも……新しい思い出と共に明日はやってくる。

 

 腕の中で眠るサトルの幸福の象徴がここにある限り……きっと自分はいつでもリスタート出来る。何度だってやり直せる。だから……今はアイリスのように彼も眠る。アンデッドの体であろうとも、外装にある程度引っ張られるのか徐々にサトルの意識が深い場所へと落ちていく。リアルで使っていた薄っぺらいそれとは違う、極上の寝具が産み出す柔らかさと……大切な宝物がくれる温かさに包まれて。

 

 リアルでは終ぞ得られなかった───ギルメンの仲間たちがくれた歓喜はあっても……親がくれた愛情はあっても───安らかなる眠りと共に。

 

 死体のように……死体(アンデッド)らしく……安眠の世界へと旅立つのであった。

 






モモンガ様がリスタートするまでと言う意味で本編自体は完結。次回以降はアイリスと二人だけで転移した場合どうなるのかの五千字程度の短い短編を挟んでから現地勢との交流を図るリスタート編

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