リ・エスティーゼ王国。大陸北西部の人類国家5カ国の1国であり、その中でも最も豊かな土地を有する国である。
資源も豊富で出没するモンスターのレベルも人間基準で高いと言えるのは、ギガントバジリスクなどの一部モンスターだけであり、外部からの脅威と言えばバハルス帝国が毎年仕掛けてくる進軍程度の平和な国。
聖王国や竜王国のように亜人侵攻による脅威を実感として知らず。徴兵制で農民を掻き集めただけの烏合の衆を王国軍とする。軍事費に大した費用を割かず……豊かさが齎す豊富な物資は腐った貴族の権力闘争ごっこや贅沢で使い潰される。
軍事費に回さないせいで帝国や法国のような専業兵士が少なく、モンスター絡みの問題は冒険者組合に任されるが……第3王女ラナーが働きかけるまでは、貴族共は報奨金を払う事すらせず全てボランティアで済ませようとした。
金の介在しない仕事は必ず無責任な物となる。こんな当たり前のことすら理解せず、ラナーが政策を打ち出した時には貴族は自分達が贅沢に使える金が減る事に憤慨した。更には奴隷制度……人材の無駄遣いと腐敗の温床になるこの制度を廃止した時にも貴族は大いに反発した。ゆえに……表立って王室の正統な血筋である彼女を表立って非難するものはいないが……裏では非常に目障りな子供として恨まれていた。
弱肉強食のフロンティアで武力の大切さを真の意味で分かろうともせず、情報収集を怠り国の戦力が周辺国家と比べて遥かに劣ることに気づきもしない盆暗共が行く末を担う国。
そんな国の王都リ・エスティーゼは首都でありながら、他国と違い大通り以外は舗装もされていない非常にみすぼらしい都市だ。
王の権威や威光を無視できる力を持つ貴族が、わざわざ自分達が直轄するわけでもない王都の整備になど手を貸すわけもなく。王国の顔とも言える王都がしょぼくれていては他国にどうみられるかすら考えず。王都は王ではなく貴族が王国を実質支配している象徴そのものな首都としてあった。
そんな王都の最奥にリ・エスティーゼ王国国王ランポッサ三世の居城ロ・レンテ城はある。
外周1400メートルの城壁に囲まれた巨大な城で、これだけは王都の中でも非常に立派な見た目だ。
そんな王城の一角、ヴァランシア宮殿のとある部屋。そこは王族の居室であり……彼女は一人椅子に座り考え込んでいた。
「やはりこの動きですと……ああ、駄目ですね。こちらを立てるとこちらが立たない。それではこっちなら……手が足りないわ」
独り言を呟きながら部屋の主……ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフは思考をこねくり回す。この国をどうすれば改革出来るのかを検討する。
検討し……どうあがいても貴族連中に阻まれると思索を捨てる。
彼女は王族ではあるが、所詮は王女であり女性軽視の風潮が強い王国では発言力が弱い。
彼女はナザリックの頭脳担当達が賢いと評した通り、産まれついて非常に優れた頭脳を持っていた。持っていて……女性であるがゆえにそれを活かす場面への巡りあわせに恵まれなかった。
結局のところ第3王女とは、いつかはどこかの貴族へ嫁ぎ政略結婚の道具とされるだけの政治の道具だ。
また彼女の優秀さを……天才過ぎるがゆえに周りは理解できなかった。王女として生まれ周囲には多くの人間がいたが……理解されない彼女は孤独であった。孤独さに耐えかねて一時期は精神的な衰弱にすら陥ったほどだ。だが……ある日を境にそれは一変した。
「クライム……」
一人の男の名を呟く。それは彼女が……ラナーが生きるための希望の名前。ある日きまぐれで拾った孤児の少年。彼の中にラナーは光を見出し……くだらない馬鹿しかいない灰色の世界は色を取り戻した。
「クライム…………」
彼女は検討する。この国が……器のあちこちにヒビが入り砕けかけている王国をどうすれば真面に出来るかを。
別に民のために知恵を働かせるわけではない。民が死んでもなんとも思わない。貴族が死んでもなんとも思わない。家族が……兄や姉や父が……死のうとも別に構わない。だが……この国が倒れればここに住むクライムに危険が及んでしまう。
だから必死で知恵を絞りだす。自分の希望が明日も生きられるようにと。彼女はこの世界で国を失った人間が生きていられると思えるほどお花畑な頭をしていない。
ラナーにとってはクライムだけが世界の全てだった。クライムが生きていて……彼と共に生きられるならばそれ以外は何一ついらない。
今は王女の専属従者としてクライムを付き人にしているが……くだらないプライドに塗れた王城内の屑どもは元孤児の彼を認めてはいない。
可能ならば今すぐにでもクライムを馬鹿にした、ラナーにとっての怨敵どもを皆殺しにしてやりたい。
でも知力はあっても武力がない彼女は即座に実行に移せず……ひたすら情報を収集し兄である第2王子ザナックや彼女も優秀だと認めている貴族の1人、レエブン侯をどうにか味方に引き込むまで地道に進めるしかなかった。
それをしても王族であることぐらいしか取りえのない、王位継承権を持つ第1王子バルブロが邪魔だったりと問題だらけなのだが。
「少し思考が凝り固まっているわね。一度お手洗いにでも行って、休憩しようかしら……」
日も落ち周囲は暗くなっているが、宮殿内には<永続光>が籠められたマジックアイテムが天井や壁に吊るされ煌々と明かりを放っている。
手洗いを済ませたラナーは私室へと戻ってきて───
「あら?窓が開いて?」
ほんの数分席を外している間に、なぜか開けた覚えのない窓が開いている。その事にラナーは奇妙な胸騒ぎを覚えた。
「メイドが勝手に開けた?それはないわね。私の許可なく部屋に入りそんなことをすれば、この城から追放されるわ」
ならば勝手に開いたか?とラナーは考え即座に切り捨てる。鍵のかかった窓が自然に開くわけがない。だからやはり誰かが開いたのだ。部屋を見渡しても誰もいないが───
「お隠れになるのは止しませんか?
確信と共に数秒待つ。1分待つ。数分待つ。10分待つ。それだけ経っても何も出てこないが、ラナーは一歩も動かない。自分は試されているのだと。
「まず簡単なことですが……窓を開けっぱなしにしたのは侵入したのだと分かりやすく示すため。そうですよね?」
「次にこの部屋にまだいると思っている理由ですが……この宮殿の窓を外から開けられる人物であればわざわざ誰かが住んでいる窓から侵入しなくとも、もっと楽な場所を選べるわ」
「つまりあなた……あるいはあなた達かしら?あなた達がこの王城に侵入した目的は恐らく私。私に用があったから私室から侵入し……わざと窓を開けて気づかせるようにした。それぐらいは当たり前に勘付くと。……私あまり試されるのはお好きではないのですが」
ラナーは表面上誰もいない部屋で独り言を口にする。いると確信した上で考えを述べる。そうして更に30秒ほど経った頃に───
「まぁ、開いていなかった窓が開いていれば、誰かがいると思うのは当たり前だね」
「ポジティブですよ」
いつの間にか。そういつの間にかだ。
奇妙な二人組がラナーの私室にあるソファーに座っていた。
一人は黒い髪をオールバックにした眼鏡の男。人間に見えるが、ソファーの上でひょろひょろと動く尻尾が人ではないと証明する。
もう片方はラナーが知る限りでは、これほどの造形はいないだろうと断言できる美貌の少女。女性の神官が着ているような祭服を纏い、肩あたりまで伸ばした白銀の髪と宝石の如き澄んだ赤い目。
「あなた方はどちら様でしょうか?私これでも記憶力には自信があるのですが……失礼ながらお二人ほど印象に残りそうなお方を見た覚えがありませんの」
「それはそうだろう。君……ラナー王女殿下と私どもは初対面なのだから」
「まぁ!やはりそうでしたか!これで実はお知り合いですと言われたらどうしようかと……」
ふふふと笑いながらラナーは頭を巡らせる。この二人は何?と。
「試したのは少しごめんなさい。義兄さんがどうしてもと頼み込むので……」
「待ちたまえ。これに面白そうと同意したのは君もだよ?私に全ての責任があるかのように言うのはどうかと思うね」
「でもニコニコ笑顔で『悪魔とは人を試すのだよ』と仰ったのは義兄さんですよ?私はあくまでも今回サブとしてついてきただけ。怒られるのは義兄さんのみ。ええ、義兄さんのみです」
「なんと言う責任逃れを!そんな風に育てた覚えは……まぁ覚えはないか。だとしてもついてきた時点で同罪だよ。それは素直に受け入れなさい」
急に謎のやりとりをしだした二人組に怪訝そうな顔……は上手く隠し、優しい王女の仮面は被ったまま考えに沈む。
───にいさん……と言う事はこの二人は兄妹?いや義兄でにいさんもありえる?兄妹だとしたらなぜ私の前で兄妹喧嘩を?いやじゃれ合いか?……城に侵入したうえでじゃれ合い?なぜ?
状況にそぐわない会話にロジックエラーを起こすラナーの頭脳。理屈で物事を良しとする彼女は急に馬鹿な真似をされると対処が出来ない。それを見越した上で二人組───デミウルゴスとアイリスは掛け合いを始めたのだが。
思考の海に潜っているラナーを引きずり出そうとデミウルゴスが語り掛ける。
「色々と考えているところ悪いんだがね……
「勧誘……ですか?」
「ポジティブ。勧誘と言われても良く分からないでしょうし、この資料をご覧くださいなのです」
少女がどこからともなく取り出した数枚の紙をラナーに差し出す。少し警戒しながらもその紙を取り、ラナーは目を通す。
資料はちょっとした暗号で書かれており、常人では解読に時間がかかるようにされている。その上でとても回りくどい文章であり、この国の難読文字まで混ぜてある。だがそれらをラナーは難なく読み解く。
自分たちは異界の住人である。
この世界にある伝説……六大神や八欲王、13英雄のリーダーと同一の存在である。
自分たちは弱き者の味方として活動している。
この世界でもその活動をするつもりである。
その協力者としてあなたを勧誘しにきた。
ラナーが受け取った資料にはこんな内容がずらずらと書かれている。彼女が読み終えると同時、紙は燃えて焼失する。
「これは本当なのでしょうか?いくらなんでも私でもこれを事実と捉えるには少し時間がいりますわ……なんてお言葉を期待しているわけではないでしょう?」
「ポジティブ。私たちはこの国を監視してきました。そして……残念な人物たちが権利を貪り民を食い物にしている。そんな悲しい真実しか浮かび上がらなかった」
「だが幸運なことに……この国にも多少は価値のある人間がいた。それが君、ラナー王女殿下だ。君の打ち出した数々の政策、少し調べさせてもらったよ。実にみごとだ。本当に見事な……悲劇だよ。愚かな馬鹿どもに理想を阻まれて……君の大好きな子犬を足蹴にされる面白い喜劇付きのね」
デミウルゴスがクツクツと心底楽しそうに笑う。
籠の中の鳥は哀れだと。美しさと頭脳だけが取り柄の可愛い可愛いお姫様。どれだけ優秀な頭を持っていても……それに価値を見出せない連中相手に、遅々とした歩みを余儀なくされる人間は面白いねと。
そんな分かりやすい挑発には乗らずラナーは考え込む。
───子犬……つまりはクライムについても調べられている。そうなるとまずい。私の急所を握られている!勧誘だなんて言ってるが、脅迫と同じ!……そうなるとこの二人は一体……違うわ。私たちと言った!二人だけなら言い回しに含みがありすぎる。つまりもっといる。それは何人?情報が足りなさすぎる。どうにかして引き出さないと。クライムを守らないと!───
「ラナー?あなたが私たちの規模を図りかねているのは分かります。またクライムに関して心配しているのも分かります。ですが私たちはあなた達を傷つけたりするために来たわけではないのです」
「あら?何の事かしら?私はそちらの尻尾付きの方のお言葉に、少し憤慨していただけよ?」
内心を言い当てられたことに対する動揺は一切出さずに、あくまでも淑女らしくつとめてラナーは振舞う。だがそれすら見越すようにルビー色の眼はラナーのサファイア色の眼を射抜く。
「ラナーがどんな気持ちで生きて来たのかは、実のところ私には理解できません。その気持ちはあなただけのものだからです。ですが……たった一人のために人生を捧げる。その行為には共感を覚えます」
「ですから何のことかしら?私は勧誘だなんて言いながら、悲劇だなどと煽るそちらの眼鏡の方に───」
「あなたはこの国を変えてみたくはありませんか?今のまま生きていてもクライムと結ばれることはないですよね?あなたがどれだけ優秀でも……あと数年もすればランポッサ三世は衰えバルブロが王位を継ぎ、あなたは適当な貴族の元へと嫁がされる」
「それよりも帝国に併呑される方が早いのではないかね?王国戦士長は周辺国家最強と謳われてはいるが……その他の人材に一騎当千の猛者がいない戦力であと何年持つか……5年?10年?農民を徴収し数を揃えて優位に立ったと思い込んでいる連中は、無限に兵が畑からとれると考えているのかい?」
「ポジティブでしょう。徴兵すれば20万以上を毎回揃えられる。とてもポジティブですね……そのせいで危機意識が全く足りていないですが」
「……そう、あなたたちはこの国の兵力に関しても調査は済んでいて……私の本当の願いも御知りなのですね。……一つだけお聞かせ願えるかしら?私はザナックお兄様とレエブン候を味方に引き込み、集めた情報を武器にザナックお兄様に王位を継がせようとしていますが……それは間に合いますか?」
「無理です。あなたがどれだけ一人で頑張っても……私どもの助力がなければ3年で王国は終わります」
「それはどうしてかしら?」
「法国がしびれをきらしました。目標は王国戦士長……そう言えば分かりますね?」
「ああ……そういう事……なのですね……」
ふふっとラナーが力なく笑う。自分の願いは単独では叶う事がないことを理解して。もう時間なんてなかったのだ。産まれた時点で詰んでいたのだ。自分の父親の気持ちがようやく理解出来てしまった。過去からの負債。先人たちが目を逸らし続けてきた問題の数々。積み重ねられた歴史が追いかけて来て。今を殺しにやってきてしまった。
───どの屑が一番法国に力を貸すのかしら?あいつ?それともあの禿げ頭?戦士長を失えば帝国との争いに負けると分からないのかしら?分からないのでしょうねあの馬鹿どもには……法国相手だけじゃない。帝国に媚びを売ってる馬鹿もどうして自分の安全を信じられるのかしら?鮮血帝は裏切り者なんて重宝しない。何かしらと難癖をつけて処分するだけ。王族も全員処刑台に送られる……いや、私は恐らく生かされる。優しい王女様として振舞ってきた私を簡単には処刑できない。そんなことをすればこの国を飲み込んだ後の処理が面倒になる。でもクライムは……ジルクニフなら私の首輪として生かしてはくれる……はず。でもそこまで。それ以上は亡国の姫では望めない。ならどこかに亡命する?……ない……そんな場所はない!竜王国はビーストマンに……法国は帝国が王国を支配するのを期待している……聖王国は聖王国で貴族派閥が分かれている。そこに王女が亡命すれば……そんなリスクを呑むわけがない!ラキュース達を利用すれば……でもクライムまで動かすリスクを彼女達が飲むとは……せめて……せめて時間があれば───
「現状把握は出来たかい?」
「……お話は理解出来ました。あなた方の勧誘を嬉しく思います。ですが……一つだけ条件があり───」
「クライムのことなら心配はいらないですよ?あなたの仕込みが終わったら、彼も私たちの仲間に誘う予定ですから」
ラナーが言い切る前にアイリスが言葉を被せる。その言葉を言わなくてもよいと打ち切らせた。
「そう……ですか。話が通じない愚者も困りますが……話が通じすぎる智者も困りものなのは初めて知りましたわ」
「ネガティブ。私は智者などではありませんよ?あなたを入念に調査すればたどり着ける答えを述べているに過ぎません。それに……先ほども言いましたが私はあなたに共感を覚えています。それがゆえにあなたの気持ちに何となく思い至っただけです」
「……共感……あなたにもクライムがいると?」
「ネガティブ。
ふわりと目を細めるアイリス。彼女は赤目を意図的に潤ませる。託された。受け入れられた。その言葉の真意は情報が足りなさ過ぎてラナーにも意図は掴めないが……目に込めた感情は把握した。ふぅと溜息をわざとらしく吐いてラナーはあえて呆れたような顔をする。
「どちらにしろ私には選択肢がないのですよね?こちらの逃げ道を絶ったうえで行うのは、勧誘ではなく誘拐です」
「それぐらいの方があと腐れもなく今までを裏切れるのではないかい?それともそんなものが無くとも後悔はなかったか」
「ポジティブ。この国に裏切ったとしても良心の呵責に苛まれるほどの価値はないです。私がラナーと同じ立場であれば同じように策をたくさん練り……大切なもののために非道の道を歩んだでしょう」
ふふふ、ははは、うふふと三人が笑う。長年付き合ってきた友人の会話のように朗らかに笑い合う。そして───
「そう言えばあなた方は私の名前を知っているのに、私は全く知らないのは不公平よ。これからよろしくするのだから教えて頂いてもよろしいかしら?」
「ポジティブ。ラナーに何をしてほしいのか?それも含めてお教えするためにも、一度私たちの拠点まで来て貰いましょうか」
パチリとアイリスが指を一つ鳴らし。その背後に無詠唱化して発動させた<転移門>が出現するのであった。
カルネ村:感想でもすごく心配されている村。まだ無事