モモンガ様リスタート   作:リセット

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ラナーリスタート4

 クライムが覚えているのはその日は雨が降っていた事だ。妙に耳に纏わりつく音を立てて、空から水が滴り落ちていた。

 

 彼は孤児だった。王都では何も珍しくもない親の顔すら知らない子供。誰に助けられることもなく、ただ泥水をすすり道端に落ち腐った野菜や肉を齧り飢えを凌ぐだけの力無き弱者。それがまだ年端もいかなかった彼の世界の全てだった。

 

 拾った木材で雨を凌げるだけの屋根を作り、その下で体温が奪われないように縮こまり雨雲が去るのを待つだけ。その日もそうなる筈だった。

 

 偶々だ。偶々少年は酒に酔った成人男性たちの手で、暇つぶしの標的にされただけ。彼らは孤児の少年が必死で作り上げたあばら家を面白半分で破壊し、抵抗しようとした少年を囲んで袋叩きにした。まだ6歳になるかどうかな少年には、複数人の男性相手に戦えるだけの力などない。蹴られ殴られ持っていた酒瓶を投げつけられ……少年が抵抗しなくなり、反応がなくなったことで飽きた男たちはその場を去った。

 

 残された少年は痛む体を動かし、壊されたあばら家を後にし……あてもなく彷徨う内に雨が降り出した。まともな服も着ておらず、幼い体からは急激に熱が奪われていく。男たちの暴力により、ただでさえ失われていた生命力は消えていく。

 

 誰も来ない路地に倒れこみ、彼はただ死ぬのを待つばかりだった。物心がついた時から一人だった少年には死も生も等しく同じだ。ただ本能が無理やり彼を生かしていただけで、少年に生きる理由など何一つなかった。だから彼は目を閉じた。もはや目を開けていることすら億劫だった。感覚がなくなりつつある体は、あと数刻もすれば真に何も感じなくなる。

 

 少年は死を受け入れようとし……彼の傍で足音が止まった。彼はその音が気になり本当にこれが最後だと目を開き……少年を覗き込んでいた誰かと目があった。

 

 その日のことを少年は生涯忘れないだろう。あの日彼は()()に出会った。あまりにも眩しい太陽に。空に浮かび、少年がどれだけ手を伸ばしても届かない黄金に光り輝く存在に。

 

 太陽は興味あり気に少年に手を伸ばし彼の顔を撫でて……名前もない少年はその日一つの名前を太陽から授けられた。

 

 

 

   ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 太陽───ラナーに死の淵から救われたクライムは、あの日から王城での生活を送っている。王城と言っても彼の生活スペースはラナーが住んでいる宮殿ではなく、王城を取り囲んでいる外壁部だ。クライムが住む部屋は決して快適ではない。

 

 木で組まれた作りの粗雑なベットに、衣装タンスと机と椅子があるだけの殺風景な部屋だ。部屋は石造りで出来ており、夏は暑く冬は寒い。だが幼少期を思えばあまりにも好待遇としか言えない。

 

 それに……彼は王城に詰めている兵士の中でも特別待遇な身分だ。この王城で働いている兵士は大半が貴族の推薦による身元が確かな者しかいない。例外があるとすればガゼフのように実力で勝ち取った者か、さもなくばクライムのように運だけで選ばれたと周りから白い目で見られている者だ。

 

 クライムはラナーに拾われた日から彼女の従者として抜擢されている。これは貴族や兵士からすれば非常に面白くない話だ。クライムは親も分からないただの孤児。そんな野良犬風情が王族の直属護衛を務めるなど、誇りを大事にする彼らからすれば反吐が出る話だ。

 

 認めていないのは貴族や兵士だけではない。王城はその広さから手入れなどはメイドが多く雇われており、彼女たちもまた貴族家系や貴族の推薦により選ばれた者たちだ。そんなメイド達からすれば、なぜクライムのような雑草が王城を歩いているのか理解が出来ない。一応はメイドとして雇われている手前ラナーの従者であるクライムに頭を下げるが、内心はなぜ自分のような高貴な血筋がこのような平民風情を立ててやらなければならないのかと怒りを抱いている。

 

 つまるところ王城ではクライムを認めてくれている人物は非常に少ない。中にはクライムの実力を評価し認めてくれている騎士などもいるが、彼らは少数派であり表立って彼を庇い立てしてくれるわけでもない。

 

 この城でクライムの真に味方と言えるのは、彼の主人であるラナーだけだった。だがそれでいいとクライムは考えている。自分はあの日死んだのだ。死んでラナーのためだけに生きる戦士として生まれ変わった。誰でもない少年をクライムにしてくれた。それが彼の誇りだ。それだけに留まらずクライムはラナーから専用の鎧まで贈られている。

 

 孤児だった自分に居場所をくれた太陽。生きる意味を与えてくれた黄金の姫。そんな彼女のためにクライムは命も肉体も忠誠もとうの昔に全て捧げている。彼は王家に仕えているのではない。ラナー個人に生涯を捧げたのだ。

 

 だから彼は努力する。クライムが失態を犯せば、それは彼の主人であるラナーの責任になる。こんな野良犬を従者にするのは間違っていると貴族はこれみよがしに王家を非難するだろう。

 

 それを防ぐために彼は訓練場に誰よりも早く参上し、グレートソードを握り何度も素振りをする。常人の数倍の努力は実を結び、クライムは兵士の中でも上位の実力者だ。だが……残念なことに彼の才能はもうレベル制限に達していた。ここからどれだけ努力をしてもクライムは劇的に強くなることはない。生物としての彼の限界はレベル10台半ばで終わってしまっていた。

 

 そのことにクライムも気づいてはいる。ある日を境にどれだけ努力をしても身体能力が向上することはなく。ただ空回りするだけの日々だった。だが彼は諦めなかった。伸びないからなんだと言うのだ。自分はまだあの太陽の従者として釣り合う実力者になどなっていない。だから彼は何度も限界まで体を酷使する。何度も……何度も。もはや剣を握るだけの力がなくなった時がようやく訓練の止め時だ。

 

 少しばかりの休憩をしてから、兵士の食堂に向かい朝食を取り……その際彼を妬む兵士から嫌がらせをされるがそんなことはどうでもいい事だ。自分はただラナーの剣であればいい。それが救われたあの日からの自分への誓いだった。

 

 朝食を取り終われば、従者としての仕事が始まる。ラナーが生活している宮殿へと足を運び、彼女の部屋の扉をノックもなしにクライムは開ける。通常であれば決して許される行為ではないが、ラナーはクライムが他人行儀な確認をするのを非常に嫌がりこの手の行為を全て禁止にしたのだ。主が望む以上クライムに拒否権などない。

 

「───失礼します」

 

 その日も普通に部屋へと入り、彼の敬愛する姫が言葉をかけて下さるはずだった。

 

「───ラナー様?」

 

 だが部屋には誰もいなかった。どこかに行かれたかとクライムは考える。宮殿で囚われの姫をやっているラナーだが、別に部屋に軟禁されているわけではない。下手に探しにいけばすれ違ってしまうかもしれない。だから彼は部屋で待つことにしたのだが───

 

「ちょっとごめんね。ここにあなたを置きっぱなしだと、あとで色々と怒られちゃうからさ」

「えっ?」

 

 いきなり聞いた事もない女性の声がしたかと思うと、急激にクライムの意識が暗闇へと落ちていく。体中に力が入らなくなり、彼は地面に倒れそうになる。

 

 その間際に誰かに受け止められた。

 

「ちび助……眠らせるなら眠らせると先に伝えるべきでありんしょう。こやつががっしゃんとなって怪我をしたら、旦那様やアイリスに怒られるのは私たちなんでありんすよ?」

「あんたの速さなら間に合うんだからぼやかないの。ほら、いいから撤収してあたしたちもカルネ村に行くよ」

 

 完全に意識が落ちる前にそんなやり取りを聞いて……クライムはゆっくりと眠りについた。

 

 

 

   ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 ラナーの投擲により一撃で壊滅に追い込まれた偽装部隊。だが彼らに襲い掛かった衝撃波や砕けた地面の破片はクレーターが出来るほどのそれであり……部隊がいた方向だけでなく村の方にも被害を及ぼしかける。

 

 土くれが音速で飛来し、そこにいた人間や家に当たる直前───

 

「<魔法効果範囲拡大三重化・骸骨壁(ウォール・オブ・スケルトン)>」

「<魔法効果範囲拡大三重化・聖壁(プロテクション)>」

 

 二種類の防御系魔法が張られる。地面から生え出た骨の壁と、目には見えない透明な盾がラナーの攻撃余波から村を守り切る。

 

「な……なんなんだ一体……」

 

 突如として現れた謎の武装集団が村目掛けて襲い掛かってくるのを、少しでも撃退して家族が避難する時間を稼ごうとしていた村の男性が戸惑いの声を出す。

 

 彼の目には集団の地面が爆発したと思ったら、いきなり気味の悪い骨で出来た壁が村を囲うように出現したようにしか見えなかった。

 

 人外の動体視力があれば何が起きたのか一部始終が確認出来ただろうが、残念ながら彼にはそのような特別な力はない。

 

 男性が見ている前で骨の壁は地面に溶けるように消えていく。

 

「お怪我はありませんか?」

「!?……」

 

 突如として話しかけられ男性の心臓が跳ねる。慌てて声のする方向に向いてみれば、そこには同性の彼ですら整っているとしか感じられない黒いローブを被った青年と、白い祭服に白い帽子を被った整い過ぎている顔を持つ少女が立っていた。

 

「お怪我はありませんか?」

 

 青年───サトルは再度穏やかな声で男性に怪我がないかを問う。 

 

「あ……あんたら一体誰だ?」

 

 カルネ村は人口120人ばかりの小さな村だ。住民は全員が顔見知りであり、男性が知らない人間などこの村にいない。だから思わず問うてしまう。

 

「私ですか?私は鈴木悟といいます。こちらは私のパートナーで───」

「アイリス・リンウッドと申します。以後お見知りおきください」

「はっ、はぁ……」

 

 名前ではなくどこの誰かを聞きたかったのだが。そう男性が考えると同時にアイリスが口を開く。

 

「私たちはあの障壁を作り出した魔法詠唱者です……魔法詠唱者と言って伝わりますか?」

「い……いや……良く分からん」

 

 魔法と言われても男性にはあまり教養がない。国境に近い開拓村では教育はあまり盛んではなく、また魔法に関する研究が王都でも遅れている王国の民では魔法詠唱者と言われてもピンとこないのだ。

 

「そうですか。……では誰か分かる方はおられますか?」

「……た、多分村長なら……」

「ポジティブ。では村長さんを呼んでもらえますか?空にいる私たちの仲間からも、色々とお話がありますので」

「………………空?」

 

 男性はアイリスの指先を目で追い空を見て絶句する。空中に浮かぶ羽を持つ少女───ラナーがいたからだ。

 

「……どうされましたか?」

「あっ、いえ…………」

 

 サトルに話しかけられたことでハッとした彼は意識を取り戻し、素直に村長を呼びに行ってくれる。

 

「それじゃ、村長が来るまでに偽装部隊を回収するか。ハンゾウ!」

「御身の前に」

 

 サトルの呼びかけにどこからともなく全身黒ずくめの忍者が出現する。彼はこの3ヵ月の間に準備した忍者旅団の第1大隊を率いるヒューマノイド型傭兵モンスターだ。

 

「あそこにいる法国の部隊を全員捕縛して運んできてくれ。ただしまだ動けるやつがいても必要以上に傷つけるな。抵抗するなら手足を折るぐらいなら構わないが、そうでないなら縄で縛るだけにしろ。それと重症者がいればポーションを使ってある程度まで回復してやれ。死んでいる奴がいたら蘇生薬を使え。捕まえる際には念の為にハンゾウの大隊から数人は連れていけ。いいな?」

「承知つかまつりました!」

 

 短い言葉と共にハンゾウは新たに表れた忍者8名を引き連れて偽装部隊の方へと向かっていく。彼らは全員がレベル80以上であり、ラナーの一撃で大半が動けなくなる法国兵相手なら単独でも問題ないのだがサトルは念には念を入れる人種だ。

 

 ハンゾウ達が次々と偽装部隊の人間を縛り、抵抗した者の骨を砕いて無力化していくのを確認したラナーは、自分に対して行われた数々の暴に比べるとあまりにも優しい対応の数々に少し涙が出そうになる。訓練4日目かそこらで眼下のハンゾウ含む忍者たちに、目を潰され耳を抉られ追い打ちで焼き殺されたのは記憶に新しい。

 

「あら?目から水が…………」

 

 出そうではなく普通にラナーは泣いていた。他者と比較することで自分の身に起きた、数々の殺戮劇の悲惨さを今更ながら改めて実感してしまった。思わず二の腕で彼女は目元を拭ってしまう。それでも涙が止まらない。何とか止めようとラナーは空を見上げ───

 

 ───太陽って……こんなに綺麗だったのね……

 

 目に飛び込んできた眩しい光に思わず目を細めてしまう。10日前に見た太陽と何も変わらないのに、ラナーはその光に見惚れてしまう。彼女はただ生きてここにいることに知らぬ内に感謝していた。

 

 ナザリックの第6階層にも疑似太陽が再現されてはいるが、そんな紛い物では表現できない空の輝きにラナーは照らされる。あの地獄の窯にあったのは闇の太陽だった。こんな風に生命を祝福してくれる温かい光では断じてない。

 

 ───これ以上はやめましょう……気が滅入るだけよ……

 

 ラナーはあそこであった出来事を思い出すのはやめることにする。全身を酸性のスライムに溶かされ、氷漬けにされてから砕かれ、大槌に形が無くなるまで殴られ、<内部爆散>で風船のように破裂させられ、竜のブレスで炭化させられ、大口の化け物に丸呑みにされ咀嚼され……あらゆるモンスターとの闘いで豊富な死を経験させられたが、それらを詳細に脳内に描くのは精神衛生上大変よろしくない。だから細かいことをラナーは忘れることにした。

 

「それに……全部が悪いわけでもないのよね」

 

 先ほどはぼやいてしまったが、頭脳を除けば小娘に過ぎなかったラナーがこの世界で最強格の物理的な強さを得たのはナザリックのおかげだ。今までならあれこれ必死に策を練り無駄としか思えない根回しが必要だったことも、大体力づくでなんとかなる。彼女のストレス要因だった馬鹿な貴族と、王城のクライムを侮った連中全員を単独でも根絶やしにしようと思えば簡単だ。

 

 だから……トラウマになっている馬鹿みたいな訓練さえ除けば、ナザリックは彼女に益しかもたらしていない。ラナーの為に用意された防具と装具(アクセサリー)は全て神器級であり……武器である六刀に至っては世界級アイテム第五元素(エーテル)が素材として採用されている。ラナーが握りしめている刀は世界そのものなのだ。

 

 初出陣に際して装備の更新として渡された数々の品を見た時には、ラナーは笑うしかなかった。彼女が笑ったのはその気前の良さにではない。王国どころかこの世界の最上位存在達でも簡単には用意できない神話の武具を、お菓子を上げる程度の感覚で渡してくるナザリックの価値観にだ。彼女が10日の間過ごしたあの場所は全てが狂っていた。財力も技術も個の武力も組織としての軍事力も……何もかもが王国とは違い過ぎた。ラナーが体験させられた数多の死ですら、あそこでは生命の終わりではなくちょっとした風邪程度の扱いだった。

 

 ラナーの味方であるナザリック。彼女は最初はナザリックを利用できればと考えていたが、そんなものは殺される中で霧散した。絶対に、何があっても、彼らと敵対してはならない。強くなった彼女だが、それはあくまでもフロンティアの生物としては最強の領域に立っただけであり……ナザリックに属する者と比較すれば実力は下の中にあるかどうか。世界級を超えた一歩先にいるサトルは言うに及ばず、最側近のアイリス含む11名の世界級相手には手も足もでない。最終試験として現在の装備でデミウルゴスとの模擬戦をラナーは行わさせられたが……ギリギリ1分持ちこたえるのが限度だった。

 

 刀を鞘に戻しナザリックから与えられたインベントリ……アイテムボックスに武器を仕舞ったラナーは、サトルとアイリスの元へと降り立つ。

 

「お疲れ様ですラナー。初めての訓練ではない実戦はどうでしたか?」

「お戯れを。私はたった1回刀を投げつけただけです。これで終わる程度の相手に実戦も何も。デミウルゴス様につけて頂いた稽古に比べれば児戯も同然です。そう……あの稽古に…………あんな恐ろしい地獄に……………………助けてクライムぅ…………」

 

 忘れようと思っても心身に刻み込まれた、文字通り刻んで刷り込まれた死の恐怖が簡単に忘れられるわけがなかった。あの地獄の日々はラナーの人生観に多大な影響を与えていた。天使種族となったことで物理的に精神が屈強になってはいるが、それでも4桁を超える死亡回数が影響を及ぼさない訳がない。訓練中にラナーが何度も口にした名前。彼女がナザリックの提案を呑んだ最大の要因。その名を呟くことで精神を落ち着ける慣例(ルーティーン)を編み出し、なんとかラナーはあの地獄を乗り切ったのだ。

 

 その姿にアイリスとサトルは言葉を無くす。二人が猛抗議したことで効率優先の死亡と蘇生を繰り返す訓練に制限はかかったが、それまでの恐怖が消えるわけではない。ラナーは女優のクラススキルで普段時は抑え込めているが、ふとした拍子に今のようにそれが出てきてしまう。

 

「ネガティブな思い出なんてゴミ箱に捨てるのですよ!!義兄さんとの訓練は夢!そう夢なのですよ!!あれはただの幻なのです!!ラナーはちょっと頑張ったら強くなった天才!!それでいいのですよ!!」

「そ、その通りだ!ラナー殿下は少し……そう少し悲しい目にあったかも知れないがそれは過去の事だ!ここにはデミウルゴスもいないし、君を襲うような怖いモンスターもいない!もし仮にいれば私が……ナザリックの名において君の安全を確実に保証しよう!!それにもうすぐここにクライム君も来てくれる!!君が大好きな彼が来てくれるのだ。そのような落ち込んだ姿を見せては、クライム君も悲しむだろう」

「……申し訳ございません。御身らの前でこのような姿をみせてしまうなど……そうですね。クライムも来てくれるのに私が泣いていたら心配させてしまうわ……」

 

 なんとかラナーを慰めようとするアイリスとサトルの言葉に、少し涙目になっていたラナーはなんとか平静に近い状態に復帰する。あたふたする神の姿はラナーにとって救いだった。

 

 ───この神はかなり穏やかな性質だ……本当に穏やかな性質でよかった。サトル様は話してみればいわゆる普通の人間に近い感性を持たれている。本当に……本当にそのような方で良かった。もしサトル様が危険な思想の持主だったら…………

 

 その想像に思わずラナーは心臓が締め付けられる。世界を滅ぼせる神話の軍勢。子供が冗談で口にするか本の中にしか存在を許されない超越者たちの群れ。その長がもし弱者を救うではなく世界の終焉を望まれたなら……その時がこの星の最期だ。だからラナーはサトルに感謝している。あなたが普通の感性でいてくれてありがとうと。

 

 アイリスにも無論ラナーは最上位の感謝をしている。彼女がサトルと共にデミウルゴスに物申してくれたことで拷問は止まったのだから。けれどもそれとは別に、サトルに比べるとアイリスは……彼女は何か駄目な気がラナーはしていた。表面上は穏やかで今もラナーを励まそうと言葉を投げかけてくれたりはするのだが、いざと言う時には彼女が一番駄目な気がするのだ。デミウルゴスの手で殺されまくる前の自分のように、ちょっとしたきっかけがあれば国の一つや二つは平気でどうにかしそうな気配がするのだ。

 

「クライムが来るまでに身だしなみぐらいは整えておくのですよ」

 

 ラナーがもっとも危険だと睨んでいる少女がラナーの後ろに回り、シニヨンがほどけたりしていないか確認してくれる。平時は優しい少女そのものなアイリスに対しラナーの心境は複雑だが、あまり警戒していると当然のようにそれを読んでくるのでこれ以上はラナーも考えないようにする。それに十日ぶりにクライムに会える。これはラナーにとってとても幸福なことだった。

 

 ナザリックにいる間は上位二重の影(グレーター・ドッペルゲンガー)のラナーが宮殿に残っていた。だが本物のラナーがナザリックから表に出て活動する以上、宮殿にいる偽物のラナーは回収する必要がある。その回収任務にはシャルティアとアウラが赴いている。しかし二重の影を回収すると宮殿にはラナーがいなくなり、間違いなく大騒ぎになってしまう。そんな状況の中でクライムを残してしまうと、従者である彼は何をしていたのだと詰問され下手をすればランポッサ三世からその場で斬り殺されてもおかしくはない。

 

 それを防ぐため回収班にはクライムをカルネ村に連れてくるように命令が出されている。

 

 ラナーが世界で一番好きな存在。十日どころではないもっと長い時間離れ離れになっていたかのような錯覚さえ彼女は覚えたほどだ。けれども彼と生きて再会できる。その瞬間をラナーは心底楽しみにしていた。






ラナー(魔改造の姿):数多の死闘を潜り抜けた猛者。フル装備で現地勢最強格。『ユグドラシル』プレイヤー基準で見ても強い。なお魔改造ナザリック基準だと……

ラナーの装備:胸当て付きノースリーブドレス・ブーツ・インナー・靴下・前腕鎧・タセット(大腿部の鎧)・指輪・装具は全て神器級 刀は世界級アイテム第五元素(エーテル)

第五元素(エーテル):世界級アイテム。正確にはこれを素材として使うと神器級を超えた世界級装備が作成可能となる。素材としての効果は外装の容量をギルド武器相当にまで拡張させ、どれだけデータクリスタルを投入しても装備重量を0にする
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