モモンガ様リスタート   作:リセット

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ラナーリスタート5

 先ほど村長を呼びに行ってくれた男性が村長と他の村人……農具を携えた成人男性達を連れてサトル達のところに向かってくる。村長だけでなく男衆も連れて来たのは亜人にしか見えない羽を持つラナーと、物語の中から飛び出して来たような恰好のサトルとアイリスを警戒してのことだ。

 

 彼らが戻ってきたころにはハンゾウ達による偽装兵士団の捕縛作業も完了しており、アイリス達の近くに無造作に転がされていた。村人たちは鎧などで武装した帝国兵士と思わしき集団が、ボロ雑巾のような有様になっていることに対して酷く怯えている。

 

(もう少しポーションとかで回復させてやった方が良かったかなこれは?謎の11人組とフル装備の帝国兵にしか見えない連中。どっちの方が胡散臭いのやら……)

 

 サトルはアンデッドの特性で血が大量にこびり付き縄で縛られた哀れな武装兵たちを見てもたいして心が動かされないが、村人たちにとってはかなり心動かされる光景なのか中には兵士たちの方を心配そうに眺めている者もいる。

 

 偽装兵士たちはカルネ村の人間を虐殺する予定ではあったが、それ自体はラナーの手により未然に防がれているため兵士たちに対し村人は何の恨みも抱いてない。また兵士たちが村を襲撃しようとしていたのを目撃していなかった村人にとっては、縄で繋がれて手足などが逆方向に向きハンゾウ達に見張られている兵士は何かしらの被害者に見えてしまう。

 

「私はこの村で代表者をしている者ですが……私に用があるとか」

「あなたが村長か。そちらの男性には先ほど挨拶をさせて頂いたが、改めて名乗らせてもらう。私は鈴木悟。こちらの少女の仲間として活動している魔法詠唱者だ」

 

 こちらとサトルが紹介したのは光輪を頭上に浮かべ、6枚の白い羽を背中に折りたたんだラナーだ。

 

「初めましてカルネ村の皆さま。私はラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフと申します」

「───ラナー……ヴァイセルフ……!!ま、まさか……黄金の王女様……ですか……」

「王女様!?」

 

 ラナーの挨拶と村長の驚きの声に村人たちの間にざわめきが広がっていく。王都から遠く離れた辺境の地であるカルネ村になぜ王女がいるのかと言う戸惑いだ。しかもその王女を名乗る人物はなぜか羽が生えている。

 

「そ……その…………本当にヴァイセルフ王女様なのでしょうか?」

 

 思わず村長は王女の名を騙る詐欺師なのではないかと疑ってしまう。それも仕方がない。本物の王女に羽が生えていると考えるよりも、どこかの亜人がそう名乗っていると考える方がよほどまともな思考なのだから。

 

「村長さんはラナーを見たことはないですか?」

「……お恥ずかしい話ですがありません。私は40年生きてきましたが、この村を殆ど出たことがないのです。ましてや王都になど……王女様の話も村に立ち寄る商人から優しい王族がいると聞いた事があるくらいで。それに本当の王女様だとしても、なぜこのような地に?」

 

 村長の疑問も尤もだ。本当に王女だとしてもカルネ村に来る理由がとんと分からない。亜人にしか見えない王女を騙る誰か。それの仲間と名乗る謎の青年と白い少女。不審者でしかない3人組に対し、知らず知らずのうちに村人たちは鎌などを持つ手に力が入る。

 

「私たちがこの村に来たのはそこで縛られている彼ら……帝国兵の目撃情報が王宮へと届けられたからです」

 

 村人の眼が改めて兵士たちへと向けられた。何名かの兵士はラナーやサトルを睨みつけ何かを言いたそうにしているが、忍者の1人が軽く蹴りをいれると静かになる。

 

「彼らは王国の力を削ぐために辺境の村の襲撃計画を練っていたようで……それを知ったお父様はストロノーフ王国戦士長に討伐命令を出されたのですが、ここは王国でも最東端。戦士長がここまでくる間に間違いなくカルネ村は滅び、他の村も襲撃され皆殺しにされます」

「そこで彼女は旧知の私を頼ったのだ。我らは王国とはラナー殿下を除けば無関係なのだが……しかし彼女が望むならば助けないわけにもいかない。そうやって帝国兵を探し出した我らは、まさにこの村が襲撃される寸前に兵士どもを撃退したと言うわけだ」

「その人が言ってることは事実だと思うぜ。俺は帝国兵が雄たけびを上げながら剣を手にこっちにきてたのを見てたからな」

「私も見たわ。そこの……鈴木様……でしたか?その人たちが助けてくれたのは本当の事だと思うわ」

「……そ、そういう事でしたか。……あなた方をお疑いして申し訳ない。この村を救って下さったことに、皆を代表して感謝を申し上げます。ありがとうございました」

 

 こちらを遠巻きに眺めていた村人数名からサトル達を擁護するような声が上がったことで、村長も何かしらは納得してくれたのかお礼を言う。しかし───

 

「ただ……そちらの羽?……羽が生えたお嬢さんがヴァイセルフ王女様と言うのは流石に……」

「それで構いませんよ。私が王女かどうかはどちらでも良いわ。重要なのはあなた方が怪我をする前に助けられた。それだけで良いではありませんか」

 

 柔和な笑みを浮かべるラナーの言に、助けられた身で王女であることは流石に信じられないと言ってしまったことに少しばかり罰が悪そうな顔を浮かべる村長だが、別にその事に対してサトルたちは何も苛立ちなどはしていない。

 

 村長と言う立場である以上、よそ者の言葉を全部鵜呑みにしてはいけない。彼は彼の責務を全うしているだけだ。そんなことぐらいは理解していると鷹揚にサトルは頷き返す。

 

「あと数時間もすれば王国戦士団が来られますので、それまではここに帝国兵を置いておいてもよろしいでしょうか?彼らに引き渡しますので…………」

「分かりました。……その間皆さまもおられるのですよね。お礼と言ってはなんですが、戦士団の方が来られるまで宜しければ私の家でご休憩されますか?」

「───その申し出はありがたいのですが……あと3人私の仲間がここに戦士団より先に来ますので、そちらと合流してからでも構わないでしょうか。彼らが来たら村の状況なども伝えたいので」

「そうですか。ではスズキ様やヴァイセルフ様が来られるまでの間に、こちらも準備しております」

 

 了承した村長は村の男衆を引き連れて村の中心に戻っていく。それを見送ったサトル一行は、シャルティアとアウラがクライムを連れて戻ってくるのを待つことにする。

 

 15分ほど経った頃にアウラ達からサトルへと<伝言>が繋げられた。

 

「サトル様聞こえますか?」

「ん?アウラか。ああ、聞こえているぞ。そちらの回収任務は終わったのか?」

「ばっちりです!偽ラナーとクライムの回収終わりました!」

 

(回収?ドッペルのラナーは分かるが、クライム君をかい……しゅう?)

 

 おかしな言い回しに少しサトルは不安を覚えるが、任務が終わったならいつまでもアウラ達を王宮に置いておくわけにもいかない。

 

「そうか。ならシャルティアの<転移門>でこちらに来て貰えるかい。こっちも偽装部隊の無力化が終わっているし合流しよう」

「了解いたしました。ではすぐにそちらに向かいます」

 

 アウラからの<伝言>が切れる。

 

「王宮回収組からですね」

「ああ。……ラナー殿下にとっては久方ぶりのクライム君との逢瀬になる。楽しみなんじゃないか?」

 

 サトルの言葉に「ええ」と短くラナーは返す。クライムが今の彼女を見たらどう思うだろうかとラナーはちょっとだけ不安だ。一応前世の姿を取り戻したのだとカバーストーリをでっちあげてはいるが、それを彼が受け入れてくれるかはまだ分からない。

 

 クライムがラナーに向ける目線はいつだって敬意と親愛が籠められた物だが、それがいつまでもあるかどうかと言われると彼女にも断言は難しい。以前のラナーであれば永遠の一つや二つぐらい作り出せると思えたが、殺されまくる中で自分の意識が変わってしまったことを彼女は自覚している。意識には絶対などない。周りとは違うと思っていた自分ですら何千の死と蘇生を繰り返したことで大きく変わってしまったのだ。ならばクライムもちょっとしたきっかけがあれば、ラナーへの忠誠を捨ててしまうのではないか。ほんの少しだけ……ラナーはそう思考するようになってしまっていた。

 

 そんな不安をかき消すようにラナーは一つ深呼吸をする。せっかくあの地獄を乗り越えたのだ。あんな辛い目にあった自分にはもう怖い物などナザリック以外ない。だからクライムも上手く説得してみせる。そう……自分はちょっとだけ他人より賢いのだ。だから大丈夫とラナーが改めて気合を入れ、種族変更によって顔などが以前と変わっていないかを手鏡で確認していたところに<転移門>が開かれる。

 

 黒を濃縮したような闇から王宮回収組が姿を現し───

 

「ッッッ……クライム!!!」

 

 ラナーの絹を裂くような悲鳴が響き渡る。村人の何名かがその声に反応しこちらを見るが、構っている場合ではない。

 

 転移門から出てきたのはアウラとシャルティアと二人に神輿のように担がれぐったりとした短い金髪で焼けた小麦色の肌をした青年……クライムだった。ラナーはクライムを連れてくるとは聞いていたが、どう見ても連れてきたより持ってきたとしか見えない姿に彼女の顔が狂乱寸前になる。

 

 驚いているのはラナーだけではない。サトルは口を大きく開き「うっそだろおい」と呟きアイリスは「……拉致なのです」と眉間に皺を寄せている。

 

「連れてきましたよサトル様!ラナーご注文のクライムです!」

「あっ、うん……その……アウラ。どう見てもそれは連れてきたと言うより運んで来たって言わないか?」

 

 宅配便感覚なアウラの態度に自然には閉じそうにない自らの開いた口を手で閉じながら、サトルは二人に手筈と違うのではないかと問うつもりで話しかける。

 

「あー……最初は説得して連れてくるつもりだったんですけど。それをするとあたしたちがなんなのかとか説明する必要がありますよね?」

「うむ……確かにな。それで?」

「でもそれをすると信じてくれるかは分かりませんし、下手に警戒させて城の兵士を呼ばれても面倒だったので……眠らせてから連れて来てラナーから話を聞かせた方がよいと判断しました」

「ぽ、ポジティブではありますが……効率優先すぎるのですよ……」

 

 確かに効率から言えばアウラのやり方が一番早い。これがクライム以外の人物であればサトルやラナーも全く同じ方法を使っただろう。だが回収組と違いラナーがトラウマで泣きそうになったのを目撃し、その時に彼女が精神の拠り所としているクライムの名を口にしていたのをサトル達は知っている。その状況で彼を物のように持ってくるのは───

 

「クライムぅ……私のクライムがぁ…………」

 

 ラナーはどうしたらいいのか分からなさそうに回収組とサトルを交互に見る。今すぐにでもぐったりとしているクライムを抱きしめて無事なのかどうかを確かめたいが、彼を担いでいるのはラナーにトラウマを刷り込んだデミウルゴスと同じ幹部格の二人。下手に動けばまた殺されるかも知れないとラナーの本能が後ずさりしそうになる。だから何とかして欲しいと縋るように自分を見てくるラナーに、サトルは何回か咳ばらいをし───

 

「シャルティアにアウラ。すぐにクライムくんをラナー殿下に預けなさい」

「了解しんした!……ほら受け取るでありんす」

 

 ラナーの近くにまで来た回収組から彼女はクライムを受け取る。

 

「クライム!クライム!!大丈夫!!!怪我はない!!!」

 

 ぐったりとしてはいるがアウラの吐息系スキルで一時的に眠らせただけなので、外傷などはないのだが……それでも心配なラナーはいまだ眠ったままのクライムの全身を往診する。しばらくそうした後、彼に傷などがない事を確認したラナーは少し安堵し……彼女が贈った鎧を着こんだ彼を力強く抱きしめる。背中の6枚羽まで使い彼を包み込む。

 

「よかったぁ……生きてクライムに再会出来たよぉ……」

 

 顔をぐじゅぐじゅにしてラナーは嗚咽する。彼女が真に心を許す唯一に生きてまた会えた。そう……生きて会えたのだ。僅か数日間でラナーは何度も何度も死を繰り返した。常人であれば体は再生しても、どこかで心が折れる地獄を体験させられた。それでも折れなかったのは生きて彼にもう一度会いたかったからだ。

 

 蘇生魔法は蘇生される側に選択権がある。もしどこかでラナーの心が折れていたなら……彼女は蘇生を拒み物言わぬ骸となっていただろう。だがラナーは折れなかった。折れるわけにはいかなかった。だってまだクライムとの初めての交換すらしてないのだ。それで死ねる訳がない。死ぬわけにはいかないのだ。……もっとも彼女が蘇生を拒んだところで、デミウルゴスは責任感と共に無理やり蘇生させただろうが。

 

 五行相克に星に願いをと、位階魔法の法則(ルール)を捻じ曲げたり強制蘇生させたりする手段が豊富なナザリックに蘇生出来ない原則など通じない。それこそ魂自体が完全に消滅でもしない限りは、何度でも生命をこの世に引き戻してみせる。

 

「クライム……私は生きてここにいるわ。ちょっとだけ姿は変わってしまったけど……ここにいるのよ」

 

 死地から帰還した古参兵のような趣きでラナーはしみじみと呟く。アウラのスキルで未だに夢の世界にいるクライムに聞こえるわけもないが、ラナーは愛おしそうにクライムの頭を撫でながら寝物語でも聴かせるかのようにしっとりとした声を彼の耳元で囁くのだ。

 

 クライムの汗の匂いが愛おしい。彼の日に焼けた肌が艶めかしい。短く刈り込んだ金髪のちょっとごわごわした触感がたまらない。何よりも……ラナーは彼と触れ合った箇所から伝わる熱に生を実感していた。

 

 顔以外はラナーが与えた全身鎧に守られているため殆ど触れ合う事が出来ないが、そんなことラナーにはどうだって良かった。この数日間の間に彼女に撃ち込まれた皮膚が一瞬で焼き切れる業火や全身に浴びせられた溶岩のこびり付くような灼熱に比べれば、クライムの顔が与えてくれる人肌の微熱はあまりにも感動的だった。

 

 掌でクライムの顔を撫で頭を撫で存分にクライム成分を摂取する内に、ふとラナーは一つの事を思い出した。

 

 あの日もこんな風にクライムの顔を撫でたな、と。

 

 それはラナーが初めてクライムに出会った日の事だ。

 

 当時からラナーは鬼才を存分に発揮していた。地球で言うところのギフテッド。神から与えられし天賦の資質。平たく言えば知能指数がずば抜けて高い。それが彼女の天才性であり……悲劇だった。

 

 IQが高いと会話が成立しない。まだ幼いラナーがどれだけ言葉を尽くそうとも、周囲の人間にはそれが全く持って理解できない。ゆえに周囲は薄気味悪い変な少女か、さもなくば外見は非常に良かったので単純に可愛らしい子供程度の扱いしかしなかった。

 

 自分ならあらゆる問題を簡単に紐解いて答えを出せるのに、周囲が意に介そうともしない状況へのストレスは少女の精神発達に多大な影響を及ぼした。

 

 精神の異形種などと彼女の兄であるザナック辺りはラナーを評するが……結局のところ彼女がそうなったのは幼少期の環境に起因する。

 

 ともあれ彼女は周りから一切理解されない環境に対し知らず知らずのうちに追い詰められ、食事すら喉を通らず無理に食べても吐き出してしまう。そうやって一人の女の子は衰弱し……誰の目にもそう長くはないように映った。

 

 ある日気分を変えるために護衛付きでラナーは王宮から外へと出た。これっぽっちも楽しくはなかったが、無理解な馬鹿どもに囲まれているよりはよほどましだと王都を散策し……一人の死にかけた少年を見つけた。

 

 なんとなく……そうなんとなくだ。王宮暮らしのラナーは雨の中蹲り死を待つだけの人間など知識としてはあっても、直接目にしたこともなかった。だからなんとなく少年に近づき、護衛のうるさい声も無視して彼の顔を撫でた。小さな犬でも撫でるように、だ。

 

 重い目だった。少年がラナーに向ける目は人に向けるようなそれではなかった。無邪気に憧れる尊敬の眼差し。

 

 なぜ少年がそんな目を向けるのかラナーには理解出来なかった。彼女にとってその眼には喜怒哀楽全ての感情が籠っているように見え───どこまでも人間の目だと感じた。周囲から向けられていた物とは何もかもが違う人間の目だと思ったのだ。

 

 だからラナーは少年を拾い……クライムの名を授けた。彼を……周りの愚かで劣った馬鹿とは違う人間のクライムを自分の傍におけば何かが変わると思ったのだ。

 

 彼を拾った日からラナーは周囲の生物相手でもまともに接することが出来るようになった。傍にいる彼に純粋な視線で射抜くように見て欲しかったから。そして───

 

「今になって……今になってクライムがあの日向けてくれた瞳の意味が分かるようになるなんてね……」

 

 死線を何度も潜り抜けたことでラナーはあの日のクライムを真に理解できてしまった。死を待つしかなかった彼はあの日救いを見出したのだと。誰でもない自分を見てくれる誰か。クライムはラナーに魅入られて……衰弱し同じように死を待つだけだったラナーはクライムに魅入られた。

 

 何のことはない。死にかけた彼はただの孤児にしか過ぎなかった自分を見てくれたラナーに対し、どうしようもないほどの恩情を抱いたのだ。そして……ラナーもまた自分を見てくれる彼に救われた。ただ……それだけの話だったのだ。それだけの事がようやく彼女には理解できてしまった。

 

「……馬鹿は死ななければ治らない、だったかしら?……でも……何度も死んで死に対する怯えを理解しなければこんなこともわからなかった私も馬鹿のようね……ねえクライム?あなたを助けた私にあなたは何を見出してくれたの?」

 

 クライムは答えを返さないが別にそれでも良かった。これはラナーの自己満足に過ぎない。あの日向けられた恩情の籠った眼に自分はどう映っていたのか。それを探ってみるのも悪くない。愛しい誰かに対する解を見つける。それも悪くないのかも知れないと。

 

 以前のラナーであればこんな思考はありえなかった。子犬のようにラナーに対し尊敬の眼を向ける彼に対し首輪を繋いで犬のように飼いたいなどと思ってたりもしていたが、今ではそんな思考をかつての自分が抱いていたことが彼女には理解できなくなっていた。自分が鎖付きの首輪に繋がれて振り回され臓物を全て撒き散らしたのも関係しているのかも知れないが……ともかくラナーのクライムに対する感情は、箱の中に最後まで残り続けた希望の如き代物へと変貌していた。これがなければとっくの昔に……それこそ幼少期の時点で彼女は亡くなっていた。

 

 だからクライムを強く抱きしめる。彼がとうの昔にくれていた敬愛と親愛を噛みしめるように。強く……ただ強く……。

 

 その光景をサトルとアウラとシャルティアは困惑で見つめ……アイリスだけは「ああ、そういうことですか」と誰にも聞こえないように独り言をこぼした。

 

 ───ラナー?あなたは自分を周りとは違うと思っていたのではないですか?周囲は酷く劣っているのだと。でもその思考が行きつく先は孤独です。孤高ではなく……ただのひとりぼっち。私の前任がいずれ辿り着いたであろう場所です。でもあなたは違う居場所を手に入れた。それが孤児だったクライムなんですね。……精神の異形種だったあなたは本当に異形種だったのでしょうか?本当に完成した孤高は誰かに理解など求めません。ストレスなんか感じません。……あなたは人間だった。最初からずっと人間だった。私のようなただの人間擬きなプログラムではなく……寂しがりやな人間さんですよ。ですから居場所があるなら大事にして下さい。……その場所の大切さに気づいたきっかけはちょっとあれかもしれませんが……

 

 そうしてトラウマになっていた記憶を埋めるようにクライム成分を摂取し、回復していたラナーに対してそう言えばとシャルティアが語りかけた。

 

「その人間も私たちの同士になるんでありんしょう?ならお前と同じ訓練をするのかえ?」

「…………え?」

 

 ───クライムに……訓練?私のクライムに?……あのおぞましい拷問をクライムに!!!!

 

 ラナーはより一層クライムを強く抱きしめる。シャルティアの目線から彼を隠すように羽を動かす。死に対して何も思っていなかった頃のラナーであれば、クライムが死んでも蘇生させて動けない間私が看病すれば良いと呑気に考えられたが、殺されることがトラウマになった今はそんな悠長な思考などしている場合ではない。

 

 ───だ……だめ…………こいつらにクライムを任せたらだめ……殺させない!!私のクライムは絶対に殺させない!!私がクライムを守らないと。そう。私がクライムを守るんだ!!!

 

 デミウルゴスと同じ実力者のシャルティアと対峙する未来を思い浮かべると酷い怯えが心の底から湧き上がってくるが、ラナーはそれを必死に努力して跳ねのける。真紅の吸血鬼に対し揺れそうになる瞳を意思の力でまっすぐ向け、涙目で睨みつける。私のクライムは傷つけさせないぞと。

 

「な、なんでありんすかあの眼は?」

 

 ラナーの心情が良く分かってないシャルティアははてなを頭に浮かべるが、この場で唯一大体察しているアイリスがすぐさま二人の間に入る。

 

「ね、ネガティブ!クライムも訓練しますが、義兄さんではなくアイリスとオーナーが考えたプランで行うのですよ!!だ、だからシャルティアはあんまりネガティブしなくてもよいのです!!」

 

 ラナーの前にシャルティアの視線から彼女たちを隠すようにアイリスが立ち塞がる。その頼りになる白い背中にラナーは本当に……本当に感謝する。

 

 信用できないリストにデミウルゴスやシャルティアと共に名を連ねるアイリスだが、サトルが絡まない限りは彼女は善であろうとする者に寄り添う心優しい少女ではある。だからラナーは一旦はアイリスへの懐疑心を沈ませることにする。

 

 ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ。天使種族として生まれ変わった彼女の前途はナザリックによって多難だが……とりあえずはアインズ・ウール・ゴウン以外からはどうとでもクライムを守り切れる力を手に入れた事で、それなりに幸せな生活が待っているであろう。






ラナー:色々と酷い目にはあっているがこれから幸せ生活が待っている元精神の異形種。なおナザリックからは逃げられない
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