モモンガ様リスタート   作:リセット

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陽光と熾天使と従者

「───なんだ……今のは……」

 

 陽光聖典隊長ニグン・グリッド・ルーインは茫然とした風に驚愕の声を漏らす。偽装隊が襲撃するのは何の変哲もない王国の辺境の村。一部にはレンジャーなどもいるようだが、所詮は120人程度の小さな村であり何の問題もなく落とせる。その筈だったのだ。

 

 手筈通りに偽装隊はカルネ村を襲撃し……森の中に隠れ潜んでいた陽光聖典の目の前で、石を投げつけられた蟻のように一瞬で壊滅した。陽光聖典は全員がレベル換算で20前後で、隊長であるニグンに至っては英雄級一歩手前の実力者であり仮にガゼフと1対1でやりあったとしても渡り合える強者だ。彼らは確実にこの人類圏で非常に強い部類に入るが……それでも限界まで実力を伸ばされたラナーの一撃は何一つ見切れなかった。

 

「た、隊長。あ、あれを……あれを見てください!!!」

 

 震える声で隊員が指さす先にいたのは無論6枚の羽根を持つラナーだ。神々しい光の粒子が羽から漏れ光輪(ヘイロー)を持つ姿はまるで───

 

「天使……なのか?……だが6枚羽など……」

 

 陽光聖典には天使の召喚が得意な魔法詠唱者が多い。ニグンにしても監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)を召喚して使役する魔法詠唱者だ。そのため天使に関する知識は人一倍豊富な者が集まっているが……それでも6枚羽など聞いた事がなかった。彼らが知ってる天使の羽根の枚数は威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)の主翼一対と副翼二対が最高位であり、主翼三対など通常ではありえない。だが羽の枚数は天使の力の強さの象徴であり、6枚あると言う事は───

 

主天使(ドミニオン)以上の……力持つ天使!!!」

「そ、そんな存在がいるのですか!!」

「いるも何も目の前にいるだろうが!それともあれはどこかの亜人か!亜人があのような神聖な波動を放つか!お前は一体何を学んできたのだ!!」

 

 部下の間抜けな声にニグンが苛立つ。主天使以上など信じられないのは彼も一緒だが、現実として目に映っている以上否定のしようもない。それよりもここからどうするべきかをニグンは検討する。

 

 偽装部隊が壊滅した時点で今回の作戦は破綻した。彼らに比べれば陽光聖典は遥かに格上の猛者揃いだが、それでも6枚羽の天使と思わしき存在相手になんとかできると自惚れるほど人間をやめてはいない。それだけにとどまらず、村の周囲には魔法の障壁と思わしき壁まで一時的にだが張られた。ガゼフ暗殺任務自体は既に失敗しあれほどの規模の魔法行使を可能とする推定天使の出現。あまりにも想定外の出来事が多すぎる。

 

 だからニグンは一時本国までの撤退を決める。これ以上この場で出来る事は陽光聖典にはない。

 

「全員傾聴。我らはこれより帰還する」

 

 陽光聖典全員に撤収の合図を出す。隊員らも状況の不透明さを抱えたまま、任務を続行する愚かさを良く熟知している。速やかにその場から痕跡などを消し後にしようとしたところで───

 

「そんなに急いで帰らなくても良いのではないのかね?『もう少しゆっくりしていきたまえ』」

「え?……な、なにが……か、体が…………体が動かん!!?」

 

 ニグンらの前に虚空から突如として男───デミウルゴスが現れて『支配の呪言』で陽光聖典全員の動きを阻害する。黒ずくめの魔法詠唱者達はなんとか抵抗(レジスト)しようとするが……指の一つすら動かない。通常レベル40以下の存在を強制的に支配するスキルであり陽光聖典ではどうあがいてもこの縛りからは逃れられない。その上デミウルゴスは世界級エネミーとしてのスキルも併用することで、スキル効果を大幅に上昇させている。仮に彼らが法国最強の怪物『絶死絶命』に匹敵するレベルがあったとしても……呪言は作用する。

 

「き……貴様は……お前は……ッッ!!お前は何───」

「『喋らなくて結構』。君たちとお話をしに来たわけではなくてね。……我らが同志がこれから治めるリ・エスティーゼ王国領土内で謎の魔法詠唱者(マジック・キャスター)らを発見。不審に思ったので拘束しにきたのだよ」

 

 ニグンたちは喋る事も動くことも叶わず、デミウルゴスの言葉を強制的に聞かされる。ピンと尖った耳と腰から生えている銀色の尾が人間ではない事を陽光聖典の面々に思い知らせる。どう見たって人類の敵としか言えない存在に訳も分からぬ内に生殺与奪の権を握られてしまったのだ。彼らの目には恐怖の色が浮かび始める。

 

「随分と目を潤ませるじゃないか?その目にあるのは恐怖かい?絶望かい?……君たちは随分と運がいい。私もかつては人間が心に抱えるその感情に歓喜を覚え趣向を凝らして応えてみたが……生憎とそれをすると私をお創りになられた偉大なる主も、主が託した希望も、希望を託された至高なる御方もとても悲しまれるのでね。それはなしだ。本当に……君たちは恵まれている」

 

 デミウルゴスは動けない面々にゆっくりと近づき、一番先頭にいたニグンのオールバックにした金髪に手を添え子供でも撫でるように動かす。邪悪な笑顔を一切隠さず、だが手の動きはまるで親愛が籠められたそれ。あまりにもチグハグな動作にニグンの鼓動が早まる。一体自分たちは何をされるのだと。ただ神官長の命でいつも通りに任をこなしに来ただけなのだ。なのに……今日自分たちはここで死ぬのかと。命乞いの言葉すら吐き出す機会すら与えられず死にたくない。まだ……まだ自分は行うべき責務も職務もあるのに……

 

「あまり怯えさせるのは得策ではないかと。……デミウルゴス様は、根本の部分がどうしても極悪な悪魔なのは変わらない物ですね」

 

 怯える陽光聖典の背後から別の人物の声がデミウルゴスへと届く。悪魔の言葉で動きを制限された彼らは振り向いて見る事は叶わないが、デミウルゴスに声をかけたのは<転移門>から出て来たセバスだった。

 

「そう言わないでくれよセバス。私はこれでもウルベルト様が真に目指された『悪』の拘りを日々勉強中の身だよ?義妹にもリアルのウルベルト様の在り方を聞き、あの御方の眷属に相応しき悪魔へとなるためにこれでも頑張っているんだが?」

「……その頑張りが原因で殿下を無駄に追い詰め、アイリス様とサトル様に苦言を呈されたと聞いておりますが?」

「あれか。あれは……あれは私の完全なミスだね。私ならウルベルト様や義妹、そして……義弟のためにならあれぐらいこなせると彼女に課してみたのですが……まさかあそこまで説教されるとは。初めて正座で怒られましたよ。猛省するべき点ばかりですね」

「……そうですか……ならば私からはこれ以上言う事もありませんね……」

 

 デミウルゴスは変わった。セバスの言葉に素直に自分の非を認める姿に執事も大人しく引き下がる。ただ変わったのはいいが、これはこれで調子が狂うなとセバスは少し思った。

 

「では彼らはナザリックで一時的に留置しておきます。彼らを連れて行きなさい」

 

 どこかに連れていかれると絶望している陽光聖典のメンバーを、<転移門>から出て来たプレアデスや一般メイド達が担ぎ上げて<転移門>へと戻っていく。

 

 隊員たちがどこかへ連れていかれるのを動くことが出来ないニグンには目視で確認できないが、このまま拉致されて良い状況になるとは到底思えない。だから彼は密かに練習していた無詠唱での魔法行使を初めて行う。

 

 ───<第4位階天使召喚(サモン・エンジェル・4th)>!

 

 ニグンの魔法により天使が召喚される。出て来たのは大型メイスと円形の盾を手に持ち、全身に鎧を纏った天使───監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)だった。

 

「ほう?無詠唱魔法ですか。これは驚きましたよ」

 

 ニグンが召喚した天使に本当に驚きを返すデミウルゴス。事前調査で竜王などの真の強者やある一定の地位以上の権力者は念入りに調査をしているが、ニグンのようなナザリックの基準で雑魚としか言いようがない者はそこまで注視していなかった。

 

「やはりもう少し念入りに調査すべきだったか?しかし……これ以上時間をかけるのも得策ではなかったのも事実。……ままならないものですね、まったく……」

 

 やれやれと首を振るデミウルゴスに対し、召喚された天使は召喚主の意を汲み握ったメイスで攻撃を仕掛ける。あまりにも無防備に立つ悪魔の頭へと一撃が近づき───

 

「やぁああああああ!!」

 

 その前に割り込んだ一般メイドの1人が大楯で受け止める。弾き返され体勢が崩れた権天使に対し、メイドは盾を振り回し───

 

 ゴシャァアア!!

 

 殴り飛ばされた権天使は鎧が砕けバラバラになり、辺りに散らばったあと消えていった。無詠唱魔法まで使い状況を打破しようとしたのに、召喚した天使が一撃で消し飛んだことがニグンには信じられなかった。自分たちを動けなくした尻尾を持つ男は人間ではないとまだ分かる。だが天使を粉砕したのはあろうことか、見た目は何の変哲もないメイドなのだ。それゆえに……自分の状況と合わせてニグンの心が絶望に染められる。

 

「あなたはネストでしたね。無理に助けなくとも良かったのですよ?あの程度の一撃なら、当たったところで私の防御を抜けませんから」

「ご冗談は止してくださいデミウルゴス様。私はサトル様に盾の力を授けられた身。その私の前で仲間が攻撃されるのを黙って見てろなど……酷い悪ふざけです」

 

 ぷんぷんと言った感じに怒る一般メイド。実体化したての頃であればレベル1の人造人間(ホムンクルス)でしかなく何の戦闘力もなかった存在。だがこの3ヵ月の間に彼女含む一般メイド達も絶大な力を手にした。

 

 NPC周りのシステムを大幅にアイリスがリビルドし、拠点NPCのレベル上限などを大幅に拡張。NPC達にとって親から与えられた見た目などの根幹部分は弄らず、ステータスや職業構成のみを該当NPCとの相談の上でサトルが設定し直したことでアインズ・ウール・ゴウンに所属していた至高の御方……すなわちギルドメンバー40人謹製のNPCは全員が例外なくレベル100の本気仕様のビルドへと組み直されている。

 

 天使を瞬殺したネストにしても以前のアルベドすら凌ぐ盾役(タンク)だ。その彼女の一撃を権天使程度が受けられるわけもない。

 

 表情は全く変わらないが、もし動くならば涙を流し恐怖に脅えやめてくれと嘆願したであろうニグンも、ネストに担ぎ上げられて<転移門>の先にあるナザリックへと連れていかれる。

 

 それと同時にセバスとデミウルゴスもこの場から姿を消し……陽光聖典が作戦活動をしていたことは王国住民の中ではラナー以外誰一人として知る事もなく……彼らは暫くの間、地上から姿を消した。

 

 

 

  ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 ───意識がはっきりとしない。自分がどこにいるのかも分からない。薄ぼんやりとし明滅するような思考がゆっくりと浮上してくる。

 

「いいでありんせんか。可愛らしい幼女は何をしても良い。そうペロロンチーノ教典にも載ってるでありんすよ」

「シャルティア……それがネムに兵士を対象にした石当てゲームを教えようとした意図ですか?」

「ポジティブでありんす。奴らはこの村を襲おうとした不届きもの。であれば何をしても───」

 

 ───甲高い声が二つ耳に届く。片方は意気揚々とした声で、もう片方は優しい響きに呆れた調子が乗る声。

 

 クライムの意識が少しずつ明晰になってくる。彼の頭部は柔らかい何かに乗せられている。ほんのりと温かく……気持ちが落ち着く。寝起きのぼんやりとした頭が覚めていく。それと同時に目を開き───

 

「!クライム!起きたのね!大丈夫!どこか痛んだりはしない!」

「………………ラナー様!!?」

 

 急速に意識が覚醒し、慌ててクライムは飛び起きようとする。しかしその動きはラナーに阻害される。

 

「駄目よクライム。あなたは先ほどまで昏睡していたんだから。もう少しだけこのままでいなさい」

 

 ラナーの手で肩を抑えられラナーの膝枕からクライムは起き上がれない。彼女は全く力をいれてはいないが、その膂力はクライムを遥かに凌ぐ。自らを簡単に押さえつける主の剛力にクライムが驚愕する。

 

 ───こ、この力は!す、少しも動かない!どういうことだ!

 

 クライムの知るラナーとは、王宮で過ごす運動があまり得意でない普通の姫だ。間違っても兵士として鍛え上げているクライムの動きを易々と封じられるような少女ではなかった。

 

「……!ラナー様!その恰好は一体どうしたのですか!!?」

 

 こちらを覗き込むラナーの恰好が、いつもの王女らしい装いとは全く違う事にクライムは気づく。普段はストレートに伸ばしている髪をシニヨンに結い、胸当てを付けた姿はまるで戦士のそれだ。そして最大の違いは───

 

「光る輪っかと…………羽?」

「ああ、これが気になるのですか?」

「は、はい。昨日まではラナー様にそのようなものはなかった筈ですが……」

 

 クライムが知る限りでは、最後に見たラナーは青のドレスに頭に王冠型のアクセサリーを付けた格好だ。決して今のような姿ではなかった。

 

 一瞬クライムは自分を押さえつけている少女はラナーではないのではと考えるが、彼の中に住み着いた王女への恩や情がすぐさま違うと答えを出す。間違いなくこの膝枕をしてくれている誰かはラナーだ。だからこそクライムは不可解な気持ちを持つ。

 

 ───そもそも私はなぜラナー様の膝枕で寝ていたのだ!?…………それにここはどこなんだ!?ラナー様の身と私の身に何があったのだ!!?

 

 全く不明な状況にクライムの顔が歪みそうになる。

 

「クライム君が起きたのかい?」

 

 そんな彼とラナーに対し落ち着いた男性の声がかけられる。思慮深さや知性を思わせる深い声質。声の方にクライムが視線をやればそこにはサトルが立っていた。

 

「ラナー殿下。彼はまだ起きたばかりかな?」

「はい。今から説明をしますが……御身も同席されますか?」

「ああ。これから同士として迎える相手なんだ。私も一緒でなければよろしくはないだろ?<上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)>」

 

 ラナーが座りクライムを寝かせているベンチとは別のベンチをサトルは魔法で創り出す。そこに彼も座りクライムやラナーと話が出来る態勢を整えた。

 

 何もないところからいきなりベンチを創り出したサトルに対して、あなたは誰なのかと驚きつつもクライムは目を向ける。

 

「クライム。あなたはここがどこなのかや、なぜ私に羽が生えたりしてるのか疑問に思っていますよね?」

「は、はい!確か私はいつものようにラナー様の私室へと入り……そこからの記憶がありません。ただ誰かに最後話しかけられたような……」

「それはきっとアウラ様かシャルティア様ね。実はちょっとだけ王都の外に用がありまして。それで宮殿をこっそりと出たのですが、私がいないことがバレてしまうとクライムにも迷惑をかけてしまう。それで私のお友達に頼んであなたを眠らせてから連れて来てもらったのよ」

「そ、そうなのですか?」

 

 なぜこっそり出たのかやどうして最初に声をくれなかったのかとか、なぜ眠らせたのかとクライムは少し疑問に思うが、自らの主の事だから何かしら意図があるのだろうと推測する。

 

「私の用があった場所とはここ。リ・エスティーゼ王国と、バハルス帝国の国境近くにあるカルネと言う村ですよ。この名前に覚えはありませんか?」

 

 ラナーの言葉にクライムは少しばかり頭を捻り、そう言えばと思い出す。

 

「ストロノーフ様が向かわれた村の一つ……だった筈かと。そのようなお話を昨日の晩に、偶然出会ったザナック殿下より伺っております」

「その通りよ。ここは戦士長が御救いになるために派遣された村の一つ。そして帝国兵に襲撃されかけた場所でもあるわ」

「なっ!!」

 

 襲撃の言葉に首を動かし周りを見渡すが、クライムの目には至って平穏な村にしか見えない。襲撃があったなどとても思えないのどかな空気が漂っている。

 

「大丈夫よクライム。私が出たのは戦士長だと間に合わないと判断したから。襲撃者は私がばっちりやっつけたんだから!」

「え?ラナー様が……倒した?それはどう言った意味で……」

 

 クライムの肩から手を離したラナーがえいえいと宙にパンチを打つ。以前も似たような光景をクライムは見たことがある。その時にはパワーもスピードもない可愛らしい拳であった。だが今彼の前で魅せたそれは桁が違った。一撃一撃が大気を切り裂き、ごぅぉ!と唸りを上げる。クライムが見て来た中でも隔絶した空拳が空を穿つ。

 

「ラナー様……それは…………」

「驚いてくれたかしら?実は私はとっても強いのよ……より正しく伝えるならとっても強かった以前の力を取り戻した、かしら」

「とり…………もどした?」

 

 オウム返しに尋ねるクライムに対し「ふふっ」と優しくラナーは微笑み返す。そのふわりとした笑顔に状況を忘れ、思わずクライムは見惚れてしまう。今までも彼女の従者として様々な笑みや笑顔を彼は見て来た。だが今の笑顔はその中でも更に格別な物だった。どこまでも愛おしい存在に向ける親愛の表情。心の憑き物が全て剥がれ落ちた優しい……曇りのない晴天に浮かぶ太陽。初めて出会った頃のそれですら上回る天上の慈愛がそこにはあった。

 

「昔々、あるところに一人の天使がいました」

 

 唐突にラナーの語りが始まる。その話が今と関係があるのだろうと、クライムは一言一句聞き逃さないように集中する。

 

「彼女はとある組織───名をアインズ・ウール・ゴウン。そこに所属している天使でした。ある日彼女が住んでいた世界は滅びます。どうして滅んだのかは未だ誰にも分かりません。ですが……運の悪い事に強固な防御を誇る組織の拠点───ナザリックの外にいた彼女は滅びに巻き込まれ亡くなりました。亡くなった彼女の意識は一旦途切れ……魂は異世界へと渡り気がつけば人間の女の子として生まれ変わっていたのです」

「それが……ラナー様、ですか?」

「正解よ」

 

 羽を器用に動かしポンポンとクライムの頭を優しく叩く。見た目通りのふわふわした感触に、思わずクライムは気恥ずかしくなってしまう。まるで幼子でもあやすようだなと。

 

「とは言っても私自身はっきりとそれを覚えていたわけではないの。とてもぼんやりとした記憶であやふやで不確かだった。でも……この御方にあったことで、はっきりとそれを思いだしたのよ」

 

 ラナーの言う御方……つまりサトルがようやく紹介の場が来たかと改めて口を開く。

 

「初めましてクライム君。私は鈴木悟。そちらのラナー殿下と、かつて別世界で共に仲間として数多の冒険を繰り広げた者だ。……ああ、別に起き上がろうとしなくとも良い。そのままで結構だ」

 

 サトルの挨拶に寝転がったままでは失礼に当たると思ったのか、ラナーの拘束を解き起き上がろうとするクライムを手と言葉で制す。

 

 申し訳なく感じるクライムだが物理的に起き上がれない以上、彼も諦めた。

 

「私が亡くなった滅び。無論それはナザリックにも襲い掛かりました」

「外にいたラナー殿下が亡くなったのは、ナザリックに備えられた機能で把握はしていた。助けたかったが我々も世界の滅びに対抗するのに精いっぱいでな。なんとか防衛機能を限界まで使い、時間を稼いだところでナザリックの転移システムを使い───クライム君は転移は分かるかい?」

「い、いえ!それは魔法……なのでしょうか?」

「魔法を利用したシステムで、物体を遠く離れた地に移動させる機能だよ。それを使い辛くも滅びゆく世界から脱出したのだが……咄嗟に機能させたためどこに出るのかは不明だった。そして……ラナー殿下が生まれ変わったこの世界に辿り着いた」

「この世界が何なのか?サトル様はそれを調査されたわ。転移した先が危険なのか安全なのかを探るのは必須。その過程でアインズ・ウール・ゴウンは私を見つけてくれたのよ」

 

 魂に生まれ変わり。世界の滅びに転移。クライムの領分を遥かに飛び越した壮大な話に頭がクラクラする。

 

「気分は大丈夫ですかクライム?」

「い、いえ。ただ少し……想像もできないような事だったので……」

 

 心配そうに覗き込むラナーに対しクライムは「大丈夫です」と何度か深呼吸をし、息を整える。

 

「それで……この御方……サトル様と出会ったことでラナー様は、その……天使とやらの力を取り戻した。そういう事なのでしょうか?」

「そうよクライム。今までの私は知恵はあっても力はないラナーだったけど……今の私はあえて表現するなら───」

「アルティメット・スーパー・ウルトラ・アメイジング・ハイパー・プリンセスだな」

「ある……え?」

「気にしなくてもいいのよクライム。ちょっとお茶目な方なので……」

 

 サトルの命名センスに「正気ですか?」とラナーは視線を送る。サトルには視線の意味が分からない。

 

 ───この神は……駄目よ私!神はちょっとあれかもしれないけど、下手な感情を持ったらアイリス様やデミウルゴス様はお気づきになる!もしそれがバレたら……バレたら……………………

 

「クライムぅ…………」

「ど、どうされたのですかラナー様!!」

 

 急にクライムの頭を抱え大粒の涙を流し始めたラナーに対し、本気で何事だとクライムは心配する。

 

「ん!んん!!ん!…………ちょ、ちょっとラナー殿下は亡くなった時の記憶を鮮明に思い出してしまう状態になっていてな!!力を取り戻したのはいいのだが、そのせいで少し精神的に不安定になっているのだ!!いずれはそういった事も無くなるが、今は少しだけ大目に見てあげてくれると助かる!!!」

「ラナー様がそのようなことに…………」

 

 自らが剣として守りぬくのだと決めた主が、まるで小さな子供のように泣きじゃくる姿にクライムの心が強く打たれる。

  

 彼が知るラナーは泣くことなどない。いつも笑みを浮かべ深窓の令嬢らしさをこれでもかと持ち合わせる立派な王女なのだ。その姿が簡単に崩れるほどの恐怖とはいかほどなのか。世界の滅びによる死。それはクライムには想像できない。死にかけたことはあれど本当に死んだことがない彼には想像が及びもつかない。

 

 だとしても───

 

「ラナー様!!」

「きゃっ!」

 

 主の力が緩んだタイミングで体を起こし、ラナーの肩を掴んでクライムは鼓舞する。

 

「私にはラナー様が教えてくださった事は、正直なところ壮大過ぎて全容を伺えません。御身が私など及びもつかない実力を本当は持っているのかも知れません。ですが私はラナー様に仕え命を賭すと決めた剣です!……貴方様がどれほどの恐ろしさをその身に感じているのか……私程度では推し量れません。それでも……ラナー様が今感じている恐怖。それを和らげる方法はないでしょうか?」

 

 ラナーが実は天使……天使と言われてもクライムにはピンとこない。たった一回パンチを打つのを見ただけでも別格と分かる力持つ存在なのだろうと推測できるくらいだ。だとしても……彼がすることは何一つ変わらない。誰もこない路地で手を差し伸べられたあの日から、太陽を守る騎士としてあると決めたのだ。たとえ力が及ばなくとも主の恐怖を払いたい。そう思うのはクライムにとって当然のことだから。

 

「クライム…………なら……傍にいてください。あなたが傍にいてくれるだけで……私は満足です。今はただ……傍にいてくれさえすればいい。それだけで……それだけでいいの」

 

 クライムの首筋に顔を埋めながらラナーは静かにすすり泣く。その光景にクライムはどうすればよいかと一瞬悩み、サトルの方に目を向けどうすればと視線で問いかけてくる。

 

「……本当はもう少し色々と話を……これからのことなどを相談したかったのだが仕方がない、か」

 

 魔法で創り出したベンチを消してから立ち上がる。

 

「クライム君はそのままラナー殿下を慰めてくれ」

「!サトル様はどちらに!?」

「向こうにいる私の仲間達のところに行くだけさ。……彼女はこちらの世界でかなり寂しい思いをしたようでな。その中で色々とあり……君に心を許したらしい」

「……え?」

「サトル様!!?」

 

 トラウマがフラッシュバックしているラナーだが、流石に今の発言は聞き逃せなかったのかサトルに少しだけ憤慨する。その言葉に少しだけ肩を僅かに上げた後、サトルは何も言わずその場を去った。

 

「ラナー様?今のサトル様の御言葉は……兵士として私を信頼してくださっている。そういう事なのでしょうか?」

 

 クライムの言葉にそうですと返して誤魔化そうかとラナーは一瞬逡巡し……今更彼への想いを隠して何になるのだと決心する。どんな存在であれ簡単に死に亡くなってしまう。伝えたいことがあるならば伝えておくべきなのだ。それが……死を体験したラナーの得た真理だった。

 

「兵士として?いいえ。私がクライムをどう思っているのか。一度だけ……一度だけしか伝えません。だから、絶対に聞き逃さないでくださいね」

「は、はい!」

「私はあなたのことが───」

 

 その先を言い切る前に。ラナーは羽を動かしクライムを引き寄せる。誰からも見えなくして……彼の唇を奪った。ほんの僅かな接触。彼女が元々もっていた願いに比べれば細やかな肉体の交わり。それでも……二人の間に唾液の糸が出来る。

 

「…………………………」

 

 あまりの速さにクライムには反応すら出来なかった。だが自分の唇に一瞬だがあった柔らかな触れ合い。それに心と頭が真っ白になる。

 

「これが私のクライムへの気持ちです。どうしようもないほどに……あなたを愛しています。たくさんの恐怖が精神を蝕む中で、絶対に曇ることも消えることもなかった感情。あなたは居場所。私が私でいられる大切な場所。クライム……どこへも行かないで。ずっと傍にいて。私の恐怖を……無くして……」

 

 ラナーからのまっすぐな想い。そこには何かしらの策もない。ただどこまでも直球な愛。

 

 それを向けられてクライムは自分がどうすればいいのか分からなくなる。昨日まで自らの主はいつも通りの黄金の姫と呼ばれている聡明な王女だった。だれよりも理知的で何者よりもいと気高き王族の中の王族。それがクライムにとってのラナーだった。

 

 王国一の宝とまで呼ばれる彼女。いつかどこかの貴族のもとへと政略結婚の道具として嫁がされる姫。そんな彼女がどうして自分のような元野良犬にここまでしてくれるのか。

 

「いつから………………いつからそのように。私を……拾われた時からですか?…………」

「───はい。あの日あなたを拾ったのは本当に偶然。ですが今思えば……一目惚れだった。人の中に生まれどこか疎外感を感じていた中で……私を見てくれたあなたにどこか惹かれて。私を人間の中で暮らせるようにしてくれた。クライム?あなたは私を真に人間にしてくれたんです」

 

 その時ラナーが見せた笑顔をクライムはきっと忘れない。さきほど見せた慈愛の笑みすらこれの前では色褪せる。泣き笑いにも似た笑顔。太陽ですら届かない綺麗な星がそこにはあって。彼の心を一瞬で鷲掴みにした。

 

 どうして自分を拾ってくれたのか。最初は彼女が慈愛の化身だと思っていた。だが今伝えられた想いからそうではないのだとクライムも気づく。好きだったから。あなたが欲しいと感じたから。それがあの日見た太陽の正体だ。

 

 それを悟り……だからどうしたとクライムは吐き捨てる。たとえ過程がどうあれ彼はあの日救われた。まだクライムは以前のラナーを知りはしない。どこまでも利己的だった少女。けれどもその利己は彼を救い、その他も救った。それが結果なのだ。

 

 ───ラナー様……私は………………

 

 主が向ける感情は一兵士で、元平民で孤児に過ぎない自分にはあまりにも過ぎた代物だ。王国一の美姫が名前すら持たなかった彼を好ましいのだと口にする。それを素直に受け取ってもいいのだろうか。クライムはあくまでも自分はラナーを守る剣だと決意している。だが……彼とて男の子なのだ。何度も夢に見たことがある。ラナーの隣に立ち続けるのが自分であればよいと。そう夢想したことくらいある。でもそれはどこまでも夢で……その夢が向こうからやってきてしまった。

 

 生まれ変わりに天使に主の心の傷に……少女の秘めていた想い。クライム一人で処理するにはあまりにも情報過多だ。しかし───

 

「………………」

 

 ラナーはただ待っていた。この想いには決して策を用いたりしてはならない。ただ待つだけ。クライムがどうするのかを、どこにでもいる乙女のようにただじっと待つ。彼女は人生で初めて素直な感情を吐露してみせた。だからクライムも覚悟を決める。その先がどうであろうとも。据え膳喰わぬは恥に他ならない。

 

「私は…………私は決めています。この先なにがあろうともラナー様の傍に仕えると!その中に男性としても傍にいることを許されるならば、これ以上の幸福はありません!」

「───クライム?その言葉に嘘偽りがなければ、行動で示してくれませんか?」

 

 何かを待つかのように目を閉じ顎を僅かに上げるラナー。その行動を察せられないほどクライムは愚かではなく……一度だけ彼は深呼吸をしてから、ゆっくりと深い口づけを交わして見せた。

 

 その光景は羽で包まれているため見えないが少し離れた場所から見る二人がいた。

 

「大胆なのですよ。ですが……相思相愛の男女が体で強く結ばれ合う。これは古来より続いてきた伝統であり……とってもポジティブです」

「羽で見えないが……若いって凄いな」

「ふふっ。アイリス達もやってみるですか?オーナーとのキスなら、アイリスはいつでもウェルカムですよ?」

「───流石に真昼間に衆人環視の中でやる勇気はないな」

「そうですか。では今日もベッドで一緒に寝て……その瞬間をポジティブに待っているのですよ」

 

 クライムとラナーが口づけを交わすのを羽越しに見ながら、アイリスは二人を祝福しつつ、ここからどうしたものかと思考を巡らせる。

 

 ───先ほどの会話は聞こえていましたが……予想以上にラナーのトラウマが酷い。このまま計画を進めるのは……

 

「<集団暗号伝言(マス・プライベート・メッセージ)>。……義兄さん、お兄ちゃん、アルベド。少しお話があるのです」

 

 ナザリックの智者3人に五行相克で新たに作り出した魔法を初使用し、アイリスは何かの相談を始めるのであった。






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