王国戦士長ガゼフを筆頭とする戦士団50名が来るまで暇な面々は、思い思いに村で過ごしていた。サトルは村長のところに行きお茶を貰い、アイリスはアルベド達との相談。シャルティアはネムと言う村の幼女にぺロロンチーノを教祖とする謎の宗教を布教し、アウラはいずれ必要になるトブの大森林の実地調査に出かけた。そしてラナーとクライムはベンチに座り仲良く談笑をしていた。
「ラナー様はサトル様と出会われたそうですが……いつお会いになられたのですか?私はラナー様と共にいましたが、そのようなそぶりは見えませんでしたが」
「会ったのは本当に数日前ですよ?……ああ、そう言えばこれを伝え忘れていましたね。あなたが数日間一緒にいた私ですが……あれは分身です」
「ぶ……分身ですか!?私にはラナー様当人にしか見えませんでしたが……」
「私の力を戻すのに数日の間王都を離れる必要があったので、サトル様にお願いし用意して頂いたのです。全く気が付きませんでしたか?」
「はい……常に一緒にいた私でも気づかぬほど精巧な偽物。それもやはり魔法の力なのでしょうか?」
「魔法の力もあるけれど、それ以上にアインズ・ウール・ゴウンだからこそ、よ。私がかつて所属していた組織が持つ力は別格なの。……十数年力を持たない人として暮らしたからこそ、改めてそれを実感したわ」
所属していた云々は嘘だが、ナザリックが持つ力に関してはその身で体験したからこその言葉だった。しかし別格と言われてもクライムにはあまりピンとこない。ラナーが優れた実力者なのは一度見せられたジャブなどから簡単に分かるのだが、組織力となるとなんとも───
「クライムに分かりやすく伝えるとなると、そうね。今ここに向かわれているストロノーフ様。あの方が国宝全てを装備し、かつ私が一切の装備もない徒手空拳だったとしても私が確実に勝ちます」
「!!……それほどまでに本来のラナー様はお強いのですね」
ラナーを守る剣としてあると決めた身でありながら、実は主の方が圧倒的に強いのだと聞かされて少し意気消沈するクライムだが、すぐに気を持ち直す。力があっても死の体験が心の傷になっているのは確かなのだから、それを癒すのも従者としての仕事だと頭に叩き込み直す。
「そう、強いのよ。それでも……ナザリックの中では私は弱い部類。例えば先ほどのサトル様だけど……あの方は私が100人いても勝てません」
「ひゃ、100人!?少しお待ちくださいラナー様!私はまだラナー様の強さを全て知るわけではありませんが……ストロノーフ様よりも遥かに上なのですよね!それで100人とは…………」
「そう思いたくもなりますよね。でも事実なのよクライム。王国最強の戦士であるストロノーフ様。あの方でようやく雑兵になるかどうか。……帝国兵を見張っている忍者を見ましたよね?あの方たちは召喚されたモンスターですが、全員が難度換算で200を超えます」
「…………………………はい?」
自らの主が口にした言葉がクライムには良く理解出来なかった。むろん難度が分からないわけではない。それが冒険者の間でモンスターの強さの目安として扱われている単位なのは良く知っている。だが200超えと言うのが彼には良く分からなかった。それは人間社会で出た事もない数値。この周辺で最強格のモンスターと言えばギガントバジリスクだが、それにしても難度では80から90だ。それですら一度出現すれば、アダマンタイト級冒険者やガゼフのような実力者以外では討伐不可能と言われる化け物なのだ。では200超えとはどの領域になるのか。
規模が大きすぎて唖然とするクライムに対し、普通はそうなりますよねとラナーはひどく共感していた。うんうんと頷く彼女にしても難度換算で言えば300の怪物だが……それでも召喚モンスターを除けば全員が300超えの領域に立っているAOGメンバーに比べると劣るため、彼の気持ちに非常に同意しかなかった。
「……勿論個人の戦力だけでなく、武器の質も技術も全てが違うわ。それに関しては私の防具や武器を見て貰う方が早いかしら」
そう言ってベンチから立ち上がり、ラナーはクライムの前まで移動する。改めてラナーの全身を見て……彼女が着ている防具が非常に精巧な作りであることに気づく。クライムにはその手の審美眼は備わっていないが、それでも神器級の装備が持つある種の波動のような物は感じ取れる。
「昔使っていた防具は純天使用だったため今の私に合うように作り直して貰いましたが、ナザリックはこれを半日で用意します。……この胸当てに値をつけるとしたら幾らかかると思いますか?」
「……私は鑑定士ではありませんが……白金貨数百枚、いえ白金貨数千枚でしょうか?」
ただの防具に白金貨数千などまともな人物が聞けば鼻で笑うだろうが、王族として生まれ変わったラナーがあえて問う以上は間違いなく恐ろしい金額が付くだろうと考えた上での答えだ。
その常識的な答えにラナーは気づかれないように涙する。あの狂った場所では軽いノリで神話の装備がポンと出てくるため彼女も価値観が若干壊れつつあったのだが、それを引き戻してくれる普通の感覚にちょっとだけ感動していた。
「残念ながら違うわ。答えは値をつけられない。この防具を王国では造れないの。あまりにも素材が高価すぎて、仮に国庫を空にしても用意出来ないのよ」
「そんな代物を半日で用意出来るのが……ラナー様が元々所属されていた場所……」
「とっても驚いてくれて助かるわクライム。でも……これは更に驚くでしょうね」
まだあるのですかと驚くクライムの前でラナーは虚空から六刀の一本を取り出す。それを見た瞬間……クライムは知らぬ内にベンチから立ち上がっていた。それは反射的な動作だった。もっとそれを間近で見たいと本能が語り掛けた結果だった。
クライムとて王宮の戦士として非常に質の良い剣は多く見ている。それこそ王国が誇る至宝の一つ、
「……手にしてみますか?」
ラナーの言葉に思わず生唾を飲み込んでしまう。あまりにも魅力的な申し出にクライムの理性がぐらりと傾く。
「もう!私に対する態度よりも現金なんだから!」
「も、申し訳ありませんラナー様!御身に選んでいただいた立場でありながらこのような不躾な真似を!……」
「ふふ、冗談よ冗談。……さ、どうぞ」
ラナーから手渡された鍔のない刀に対してクライムは重いと感じた。物理的な重さではない。物質としての重さであればクライムが腰に携えている剣の方がよほど重量がある。だからこれは刀に込められた意味の重さだ。
クライムは世界だと直感的に悟った。自分は今世界を手に握らされているのだと。これは武器がどうのこうのの問題ですら超えていて……ここに世界そのものが存在しているのだと。
「……恐ろしいですよね。この世界では決して手に入らない素材を元に製作された
クライムも絶句する。別世界の存在達。それが持つ桁違いの力の一端がここにはあり。彼の背中にゾワリとした感触が広がっていく。そんなクライムに対しまたもや共感を覚えつつも、安心させるようにラナーは話す。
「そんなに怖がらなくてもいいのよ?少し怖い……怖い…………」
特定ワードによりまたもやトラウマを発症しかけた為、一度言葉を止めラナーは自分を鼓舞する。
───しっかりしなさい私!ここで私も怖がったらクライムが不安になるのよ!頑張れ私!
「ともかく!サトル様を含めてナザリックには超常の存在が多数所属している。そしてあなたもそこの一員になるのよ」
「私も……ですか。───私程度がそのような組織に入ってもよいのでしょうか…………」
話しを聞くだけでも超越者しかいないような場所には自分など似つかわしくないとクライムは嘆く。
彼には才能がない。
運よくラナーに見初められた事で孤児の立場から脱し、護衛として───今は彼女の想い人としての地位を手にしたがそれは本当に運だけによるもので、彼自身が勝ち取ったとは言い難い。それゆえに手に何度血豆が出来ようと、手足が壊れそうになろうとも訓練をしてその立場に相応しくあろうとしてきたが、現在は非常に伸び悩んでいる。
その苦悩を見透かすラナーはその努力が誰のための物なのかを内心噛み締める。それは生きている味だ。死の果てにある美味。それを少しだけ味わってから、彼女は愛しい彼に対しそこまで悲観することもないと語りかける。
「大丈夫ですよ。あそこの技術があればいずれあなたも私の領域に来れます。例え今は弱くとも……いずれ」
これは事実だ。確かにクライムは既にレベル上限に達しており、通常であればこれ以上の急激な成長は見込めないがそれは通常の話。無制限にウロボロスに願えるナザリックにおいて不可能なことは殆どない。ラナー経由でのクライムへの贈り物として、それぐらいは当然叶えて見せるとアイリスも請け負っている。だからクライムの心配は言ってしまえば杞憂に過ぎない。どこまで行っても……ナザリックは突出しているから。
そこから少しばかりの談笑をした後、クライムは一つの気がかりをラナーに打ち明ける。
「ところでラナー様……私は御身と結ばれるのはとても光栄なのですが、それをランポッサ王やバルブロ殿下やザナック殿下が御許しになられるのでしょうか?」
「お父様もお兄様も大反対するでしょうね。この話が知られればすぐにでも縁談が組まれるでしょう。お城の中にはもう自分の物だと思っているかのような視線を向けてくる貴族もいますからね。……もっとも彼らもこの羽を見れば大半が尻込みするでしょうが」
パタパタと羽を動かすラナー。王国貴族の大半は羽が生えたラナーに対し縁談を申し込むことはない。どう見たって亜人種の一種にしか見えなくなった彼女を娶ろうと思う根性のある男が殆どいないからだ。ひょっとすればラナーの事をラナー当人ではなく彼女を騙る亜人として討伐隊を組む可能性すらある。
「そんな!!ラナー様は前世の力を取り戻しただけなのですよ!!なのに……貴族の方々は御身を化け物扱い………………するかも……しれません……」
王宮でラナーの従者としてクライムは嫌な貴族を幾らでも見て来た。彼らであれば少し見た目が変わっただけでも、喜々として化け物を生んだとして王族を糾弾することくらい当たり前に行うだろう。
「ですがそれは別に何の問題もありませんよ。だって……誰が何を言おうともこの国の玉座は私が盗りますから。そうなればもう誰も文句を言えません。この国の病巣を荒療治で治します」
「え?それは……」
まっすぐにどこかを見るラナーの横顔にクライムは少しドキリとする。遥かなどこかに向けられた視線には意思が籠められていて───
「私は本来の力を取り戻せた。今までであればそう簡単にはお父様の政策には手を出せませんでした。けれど力が戻った今は違う。……アインズ・ウール・ゴウンひいてはナザリックの助力が借りられる今なら、私の手は簡単に王の地位に届きます」
「───ラナー様はまさか……クーデターを起こすおつもりですか!?」
「そうなりますね。……ねぇクライム。あなたはこの国が正しい姿だと思いますか?貴族の大半が曇った目で取り仕切り、お父様はそんな貴族相手に立場や力から大きく動くことが出来ない。今日だってエ・ランテルの軍隊を動かせるなら私が出る必要もなかった。でも貴族の横やりが入ったせいでお父様が動かせたのはたったの50名だけ。王が蔑ろにされ物資は内部抗争に使われ浪費されるだけの毎日。……私は───変えます。この国を根底から。その為になら武力の行使すら厭いません。力づくで王国を手にします。……クライムはついて来てくれますか?」
その問いにクライムは一度目を閉じ考え込む。何度も考えたことだ。傲慢なバルブロ王子でもなく。何もしようともせず肥え太るザナック王子でもなく。心優しく太陽のように微笑むラナーが王になればどこよりも幸福な国が出来ると。自分のような孤児もいなくなり誰もが笑いあえるような共存した完全な世界。
クライムの答えは決まっている。
「もちろんついていきます。私の主人はラナー様お一人のみ。どこまでも貴方様と共に」
それがクライムにとってのあたりまえだ。その答えにラナーは良かった良かったと微笑み返し───
「そうしたいのはやまやまなのですが、いかんせんラナーの精神状態がちょっとあれなので計画変更なのですよ」
「!あなたは……」
クライム達に話しかけてきたのはただただ綺麗な少女だった。普段からラナーを……王国でも随一の美姫を見慣れている彼ですら思わず目を惹かれる造形美の持ち主。言わずもがな人間が美しいとか可愛いと感じる要素を盛り込みまくったアイリスだ。
「こちらはアイリス様よ。アインズ・ウール・ゴウンのNo.2。サトル様の右腕に当たる人物です」
「ついでに付け加えるならそのサトルの妻です。どうぞよしなに」
どこか遠くから「旦那様の妻は私でありんす」と聞こえてきたがそちらは華麗にスルーし、アイリスは頭を下げて自己紹介をする。慌ててクライムも頭を下げた。
「本当はこのままラナーの帰還と同時に王都をナザリックの軍で囲んで王位を簒奪する予定でしたが……一旦延期にします」
「……私の心の問題……ですか」
「ポジティブ。ちょっとしたきっかけで死の恐怖を思い出してしまう今のあなたに、あまり負担をかけたくはありません。ですので現状は王都に帰還後、こちらの指示書通りに動いて頂きたいのです」
ピラっと取り出した紙をアイリスから受け取りラナーは目を通す。
「内容の方は理解しました。……少し遠回りになりますね」
「ポジティブ。それでも療養期間は確実にいりますのでこれが最善だと判断します。よろしいですね?」
よろしいも何も王国の立て直しはラナーの願いではなく、アインズ・ウール・ゴウンの目的だ。クライムと共に生きる生活。それを保障される以上は彼女には何の異論もない。
「承知致しました。御身らの御心のままに」
クライムにはアインズ・ウール・ゴウンでのラナーの立ち位置は元々下の方だと伝えている。だから仰々しく返事しても彼はそれほど疑わない。
恐らくラナーの事を慮って計画の変更を行ったのは目の前の白銀の少女だろうと推測しながら、彼女は指示書の内容を一瞬で頭に叩き込み承諾する。
「ではこれらを渡しておきます」
そう言ってアイリスが一つの指輪を差し出す。
「それには能力隠しと擬態の魔法が籠めています。つけてみてください」
ラナーが指輪を嵌めると頭上に浮かんでいた光輪と背に生えていた翼が消える。まるで幻だったかのように消えたそれらに対し、クライムが「そんなものまで!!」と驚いている。
「指輪を外すタイミングに関してはラナーに任せます。ハンゾウ達はあなたの護衛として残していきます。それでは……エ・ランテルで」
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「と言うわけで当初の予定からは少し変更することになったのです」
謎の邪教を布教していたシャルティアを回収し、村長の家にいたサトルを呼び、森から帰って来たアウラを迎えたアイリスは3人だけでな<集団暗号伝言>をナザリック所属の全員に繋げ説明を終える。
「ラナー殿下のトラウマか……確かに深刻だが魔法やスキルとかでどうにかならないのかい?」
「ネガティブ。天使種族になったラナーは完全耐性に近い対精神作用を保有しています。それをすら上回る記憶から滲み出る恐怖……ここからは推測になりますが、魂にまで精神的苦痛が刻まれている可能性があります。そこに『
「そうでありんすか」
「あー……死ぬのってやっぱり怖い感じ?」
死に対する感覚がどうしても既存の生物と違うシャルティアとアウラはピンと来ていないのか、ラナーのトラウマに対し薄ぼんやりとした答えを返す。
仮に死んだとしても金貨さえあれば無限に再生できるNPCにとって死は状態に過ぎない。彼女らが真に恐れるのは至高の41人がこの世を去る事だ。今はサトルが元気な姿を見せている事から唯一の恐怖も薄れているため、しもべたちにとってラナーのトラウマはどうやっても共感は出来ない。
「ポジティブ。自分がこの世から消えていく感覚。アイリスも正確には理解しているとは言い難いですが、あれはとてもネガティブです。前任は事実上の自殺を選びアイリスに託しましたが……それでもウルベルトの助けが無ければ消えていたのです。あれを言葉で表現などとても……。それに真なる死がどんな傷跡を残すのかに関しては、皆も良く理解している筈です。失う事の恐怖を」
ふるふると首を横にふりながらアイリスは述懐する。彼女が生まれ救われるまでの間一週間ほどあったが、その間死刑囚の気持ちで消去される瞬間に脅えていたからこそ、ラナーの気持ちは少しだけ理解していた。
自分たちが殺される分に関してはやはり共感の難しいナザリック一同だが、死が何を齎し何を奪っていくのかをアイリスから伝えられた創造主達の末路により思い知らされている。
「なんにしろ、現状ではラナーに必要以上に負担をかけたくないのです。元々こちらの都合に巻き込んだ上に、トラウマまで植え付けてしまったのは完全にアイリスたちの落ち度。一旦は3カ月ほど……帝国が毎年仕掛ける収穫期を狙った戦争までは彼女には療養してもらいます」
ラナーはデミウルゴスの手でかなり強烈なPTSDになってしまっている。『星に願いを』や『永劫の蛇』を使えば彼女の精神を物理的に捻じ曲げ解消も出来るだろうが、これ以上ラナーを実験動物にさせるつもりはアイリスにはない。
「なんにしろ合法的に好きな人に甘えられる機会です!チャンスです!ラナーは良い目を見てもバチは当たらないのですよ。……果たしてあの死亡回数に見合うだけのものかと言えば、非常にネガティブですが」
アルベドパンドラデミウルゴスもこの方針には異論はないと了承している。サトルも明らかに精神が脆くなっているラナーに対し申し訳ない気持ちが強かったので、これ幸いとそれに乗っかることにした。
「意気込んで活動を宣言しましたが……気持ちの方が先に先にと先行してしまい、結果として一人の少女に精神的負担を強いてしまったことは詫びようがありません。……そこで義兄さんやお兄ちゃんとアルベドにも相談したのですが、ラナーの心の傷が癒えるまでの間ナザリックは王国の各都市で一度生活し、日常の中での人助けを行っていこうと思うのです」
アイリスの発言に「そんなのんびりしていていいのか?」とかなりの数のしもべが疑問を持つ。この国には八本指なる組織があったり、かつての企業連合のような連中が民に圧制を強いていたりとしているのだからあまり時間をかけるのはどうなのだと。
「みなアイリスに対して懐疑的になっているけどもこれは必要なことよ」
その疑問に対しアルベドが待ったをかける。
「私たちは創造主である至高の御方が本当は人間であることを知り変わろうとしたけども……その上で本当にナザリックに所属する者以外と共存できるのかはまだ試していないのよ」
「我々は設定に拠らず自らの在り方で御父上に付いていくことを決めましたが、だからと言って完全に変われたかと言えばまだ怪しいですからね」
アルベドの言葉に補足をかけるようにパンドラが発言する。確かにナザリックの者はかなり変わった。今回の陽光聖典の捕縛にしても必要以上に傷つけるような真似はせず捕虜としたりと、彼らに定められていた設定からすれば非常にマイルドになったと言っても過言ではない。しかし───
「この先人を助け共存できるならば異形も亜人も助けていくとします。その中で悪人とは言えないまでも、確実に不愉快な言動や行動を行うものは出てきます。そんな相手を前にしたときにどう接するのか?それの練習を本格的に王国改革を行う前にやっておきたいのです」
「例えばそうだね…………モモンガ様を侮辱したり愚かにも敵対しようとした者がいたとしよう。それに対し自分なら仮にどうするか、少し考えてみてくれるかい?」
アイリスとデミウルゴスの言葉に少しばかり考え込む一同。しもべ達が考え込む中、サトルももしアイリスが絶対に傷つかないとは言え、攻撃されたり心無い言葉を投げつけられたりした時自分ならどうするだろうか。
(あー……絶対許せないな。下手したら反射的に<心臓掌握>とか使ってしまうかもしれん)
サトルは自分が馬鹿にされたりする分には、自己評価の低さから許すことも出来るが自分が信用し信頼すると決めた誰かが悪意に晒されると一気に短気になってしまう。1の悪意に対し100で返すような行為ですら躊躇しなくなる。それこそアイリスやナザリックの皆に平手打ち一発でもしようものなら、それを行った者の命を奪うぐらいはやりかねない。
それはナザリックのしもべ達も似たようなものだ。元来の設定から比較すれば大人しくなったとは言え、仮に悪意に晒されたり創造主達を侮辱されたりしたならば……ふとした拍子に過剰に悪意を返してしまう可能性が高い。
「考えて頂けたようですので結論から申し上げるのです。アイリス達はこの世界の生物と比べると遥かに強い。その状況でちょっとした怒りに対しレスポンスの良い反応をしてしまうと……」
「あんまりよくはない、か。だからラナー殿下の身が良くなるまでの間に、ナザリックの皆には元々は嫌いだった人間と暮らして貰って慣れて貰おうと?」
「ポジティブ。後は手加減も覚えて頂こうかと思うのです。ごーいーじーおんです!……ちょっと加減を間違えると、アイリス達は人間相手だととても大変な事になってしまいます。事実今回はラナーがあんなことになってしまいましたので」
人間やその他の生物ときちんと共存できるのかどうか。そう問われると「確かにちょっと自信がないでありんすね。相手がぺロロンチーノ様が大好きな幼女であれば……」や「ぼ、僕もナザリックのみんなならまだしも、それ以外に興味を本当に持てるかと言われると……あ、あんまり自信がな、ないです」と言った返答がちらほらと<集団暗号伝言>を通してアイリスの元へと返ってくる。
「ですので皆にはちょっとだけネガティブを強いてしまいますが、王国内の各地で慈善活動や散策などを行って貰いその空気や雰囲気に慣れて頂きたいのです。げっとゆーずーとぅです!……王国内には善人もいますが風土の問題か女性軽視も甚だしい男性や、人を下に見たがる人がたくさんいますので練習にはもってこいですよ。この国で慣れたなら、大体のとこに行っても耐えられるようになるのです…………」
調査報告書から王国民の気質が大体見えているのか、ちょっとだけ呆れた声をアイリスは出す。彼女は人間の事が好きだが、別段全ての人間が好きなわけではない。ウルベルトに助けられた直後くらいの頃ならまだしも、それから人間が持つ悪意や狡賢さを学習した事で個体に対する好意と嫌悪がきちんと存在する。とは言えナザリックの面々にお願いしているように嫌悪があるからと言って、罪を犯したりしているわけではない相手にそれを前面に押し出し傷つけるような真似はするべきではないと定めている。
「それとお願いしたいのは調査報告書の内容と、実際にみんなが目で確かめた情報に差異がないのかの確認もお願いしたいのです。今回陽光聖典のニグンが無詠唱での魔法行使を出来たように、万能に近い『星に願いを』での調査にもいくらかのネガティブな穴がありましたので。…………ああ、それと八本指の件ですが……」
アイリスが王国腐敗の要因の中でも、最大の癌についてを口にする。法国がガゼフの短絡的な暗殺まで実行しようとした最大の要因。裏社会を支配し多数の貴族を甘い蜜で取り込んだことで、ランポッサ三世が表立って掃除を行う事すら不可能となり、国の堕落を加速させてしまった腐った蜜柑の如き組織だ。
かの組織が行っている事業は多岐に渡るのだが、その中でも一番の脅威なのは黒粉と呼ばれる麻薬。王国内だけに止まらず、帝国や法国にすら流通し皇帝ジルクニフや法国神官長達を悩ませている。弱者の救済を謳う現ナザリックにとっては、その他にも多くの悪事をこなしている彼らを見逃すことは出来ない。
「八本指の本隊は王都に存在しますが、各地の都市にも下部組織がありますので……そちらを潰したり黒粉の回収を行い彼らの首を真綿で締め付けてください。ラナーが快復するまでの間に八本指が持つ組織力を、最大限にまで削っておきます。ただし……王都内の本隊に関しては警戒しつつも今すぐに破壊するのは禁止にします。あの組織の崩壊はラナー即位に関しての彼女の功績としますので」
そこからもアイリスが中心となり各員への通達や王国内の振り分けを伝えていく。どうしてその編成にしたかなどはアルベドとパンドラが補足をしていく。それも終わり<集団暗号伝言>も切られたので、カルネ村に来ていた4人はナザリックへの帰還準備を始める。
「……ここに向かっているらしいガゼフ・ストロノーフだったか?その人と会いたかったんだが……今すぐには無理……なんだよな」
「ごめんなさいですオーナー。彼の経歴を考慮すればオーナーがきっとポジティブになる御仁なのですが……ナザリックに帰還しすることが出来ましたので。オーナーの事はラナーの口から伝えて貰いますので、後日彼と話をする機会もありますのでしょうし、そちらでご了承して頂きたいのですよ」
「あっ、いや責めているわけじゃないさ。ちょっとだけ残念に思っただけだからな」
アイリスがぺこりと頭を下げるので、別に構わないさとサトルは彼女の頭をポンポンと叩く。その行為にちょっとだけシャルティアが羨ましそうな眼を向けるので、サトルは彼女の頭も撫でてみる。アウラも頭を差し出して来たのでついでに彼女も撫でてみた。
(色々と上手くいかないもんだな。まぁラナー殿下が明らかに精神的に一杯一杯なのは目に見えて分かるし仕方ないか。……世界がもっと単純なら良かったのにな)
サトルに……最後まで残りナザリックを維持してくれた彼に撫でられるのは心地よいのか、とても嬉しそうにしているシャルティアとアウラに対し父性を抱きながらサトルは心の中で少しだけ愚痴る。
彼の手に頭を委ねて少し甘える二人に対し、こちらは目を細め父と遊ぶ子を見るかのような趣きのアイリスが<転移門>を開きながら見守る。見守った後───
「ハンゾウ。あとは任せます。もしラナーがまたトラウマを発症しそうになりましたら、クライムを手伝ってあげてください。今のラナーには彼以上の特効薬はありませんので」
「御意。その命承知仕りました」
これ以上カルネ村でナザリックに出来ることは殆どない。ラナーとクライムとハンゾウ達を残し、サトルたちは一度ナザリックへと引き上げるのであった。
エンリ&ネム:本作では原作に比べるとあまり重要ではない村娘。でもとある人物にとってはとても大切な人なので……