人生の絶頂期
城塞都市エ・ランテル。
3重の城壁に守られ、隣国のバハルス帝国からの国境に近いこの都市は王国内でも随一の重要拠点だ。帝国だけでなく人類国家の中でも最大規模を誇るスレイン法国国境とも近く、交通量の多さから人に物資に貨幣が大量に動く経済都市としての側面が強いからだ。
それだけに留まらず帝国との戦争においては前線基地としても機能する。三重の壁の内、最も内側の壁内には帝国との戦争時に徴兵される20万人もの兵士を養えるだけの食糧保管庫すら備えている巨大な都市なのだ。
巨大な経済都市でもあるこの場所は当然外から来る者も多く、特に城門付近は朝方の開門時間になると非常に慌ただしい空気が漂っている。
だがその日はいつもの空気とは違った非常に緊迫しひりついた雰囲気だった。その原因は開門を待っていた商人や冒険者と言った長蛇の列の中に混じった、恐ろしく豪華な外見を持つ数台の馬車だ。ただ豪奢にみえるだけなら貴族などが訪れることもあるのでそう珍しくもないが、補強材や扉部分の取っ手や窓枠にアダマンタイトをふんだんに使った馬車などそうはない。
リ・エスティーゼ王国で最高級の金属と言えばアダマンタイトであり、王族や王族に匹敵する六大貴族でもそれを馬車如きに使うなどまずありえない希少金属。それだけに留まらず漆黒に塗られた木材部分からも普通ではない圧力を周りの人間に感じ取らせる。彼らの感覚は正しく材料として使われた木は
それに馬も尋常ではない。馬車は4頭立ての巨大なコーチと呼ばれるタイプだが、巨大である分引く馬も相当の質が求められる。
「どこかの貴族だろうか?」
「貴族じゃなくて王族じゃないか?」
そんなガヤガヤとした喧噪は防音を施した馬車の中にまで届くことはないが、多数の視線が向けられていることに馬車の主は少々居心地が悪いなと少し感じていた。
「めっちゃ見られてるな俺たち…………想定通りではあるけども」
「ポジティブ。出来得る限り財力があるように魅せましょうと、制作班に頑張って貰ったかいがあったのですよ。ベストです。これで一週間もすればとんでもない金持ちがエ・ランテルに来ていると、確実に話題になるのですとも」
王侯貴族でも用意出来るか怪しい馬車の持ち主は言うまでもなくサトル達だった。いくつかの都市へと別れ活動することになったナザリックの面々の内、サトルが向かう事になったのはエ・ランテルだ。
最初は一介の魔法詠唱者一味として城塞都市に潜り込むことも考えたのだが、半年もしない内に女王ラナーの協力者にして元上司としてサトルの名前は知れ渡る事になる。ならばいっその事最初から財力なども含めて強大な力を持つ者としてアピールしていこうと、現地基準での最高素材に『ユグドラシル』の上位素材を混ぜた馬車を用意したのだが効果は覿面だったとアイリスはご満悦だ。
周囲の騒ぎは他所に列は少しずつ流れていく。それに合わせてサトルやそれ以外のエ・ランテルメンバーが乗った馬車も検問所へと近づいていく。
「止まって頂けますでしょうか!」
どう見たって普通ではないと分かる馬車の集団に、検問所の衛兵が丁寧に御者へと話しかけた。御者は全身鎧を着た聖騎士タイプの召喚モンスターだ。彼らは素直に衛兵の呼びかけに応え馬車を止める。
「乗員の方と荷物の検査を行いたいのですが宜しいでしょうか」
「……しばし待て」
衛兵の言葉に聖騎士は馬車内に許可を取るように何度か話しかける。その行動に「まぁそうなるよな」と衛兵は心の中で愚痴る。通常であれば検問所の兵が宜しいかどうかを聞くことなどない。そうならないのはこの集団がどこかの大貴族かあるいは王族の可能性が高いからだ。だから御者の騎士が中に乗っているであろう主に許可を取ろうとするのは何も間違っていない。
「許可が下りた。全員馬車から降りて頂いたほうがよいか?」
「い、いえ!こちらで検分させて頂きますので、乗って頂いたままでも大丈夫です!」
自分よりも遥かに大きく2mを超えそうな御者の低い声に少し慄きつつも、業務をこなそうと衛兵は腹に力を入れる。他の衛兵に目を配り手伝ってくれと視線で訴えてみるが、権力者に関わりたくないのか彼らは一瞬だけ見た後すぐに目を逸らしてしまう。
「薄情者どもめ……」
やけくそ気味になった衛兵はすぐに検分を済まそうと馬車の扉を開け中を確かめようと───
「うわぁ…………すっげぇ……」
中に乗っていた人物……メイド服を着た女性たちに目を奪われてしまう。彼女らはサトルの傍周りとして選ばれた一般メイド達だ。巨大都市であるエ・ランテルでも早々お目にかかれない美女集団に釘付けになりそうに彼はなったが───
「どうされたか?」
御者の言葉に現実へと引き戻される。自分の仕事は衛兵だと言い聞かせた彼は、馬車の中に危険な物が載っていないかなどを確かめたあと、名残おしいものの次の馬車へと向かう。
その馬車にも同じように綺麗どころしかいないメイドが多数乗っており、目の保養になると思いつつもまた御者に話しかけられても困るからとすぐに検分を済ませる。そうやって馬車を検分していたのだが───
「うっ…………」
その馬車の中を覗いた時に思わず衛兵から声が漏れてしまう。先ほどまでの馬車と違い乗っていたのは綺麗なメイドではなく、どう見ても異形種としか思えない集団だった。特に目立つのが馬車の中にぎっちりと詰まった蒼色の甲冑にしか見えない巨大な魔獣だった。
「あ、あのこちらの方々は…………」
「我が主が使役する魔獣やゴーレムだ」
それ以上は聞くなと言外に圧力を籠めた御者の言葉に衛兵が黙りこくる。街の中に異形の者をいれるのには抵抗があるが、人間が管理する分には止める法などもない。実際スレイプニールなども魔獣の部類には入るが、人類圏で生活しているのだから。
これ以上この集団に深入りしたくないと最後の馬車へと衛兵は向かう。乗っていたのは二人組。一人は魔法詠唱者のような黒いローブを来たサトル。非常に整った顔立ちをしており、燃え盛るような赤目とこの辺りでは珍しい黒髪にローブの上からでも分かる均整のとれた体を持つ彼と……白いドレスを着たアイリスにはっきり目を向けたとき衛兵の思考が途切れる。そこにいた少女に───綺麗さと可愛さを極限まで盛り込んだ少女に目も心も奪われたのだ。
カルネ村では立て続けに起こった異常事態によりそれほど注目されなかった。クライムはラナーと言う美の体現を見慣れていたせいで綺麗だなで片づけた。サトルは初対面が電子空間であり、それ以降も「なのです!なのですよ!」とおちゃらける彼女を見慣れていたせいで感覚が麻痺していた。だからこれがアイリスに対しての人間が持つ正しい初対面での反応だった。最高レベルの性能を持つAIがナノ単位での調整を施した美。人間が好ましいと思う要素の極限。それがアイリスなのだから。
肩辺りまでのセミロングの白銀も。入念に計算された薄い桃色の唇も。丸アーモンドアイの紅玉に透き通る眼も。完全左右対象で黄金比によって成立するパーツ配置も。見た目だけできめ細やかと分かるシルクのような肌も。何もかもが視覚を通して衛兵の脳に情報を刻み付ける。
そこから先の事を彼は何も覚えていない。自分がきちんと仕事を出来たのかも覚えていない。ただ覚えているのは───
「お仕事お疲れ様です。これからも頑張ってくださいです」
白銀の天使のコロコロとした可愛らしい声と、にっこりとした笑顔だけが脳裏にこびりついていた。
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「───であそこが冒険者組合なのです。エ・ランテルの実力者は大体あそこに所属しているのですよ」
「冒険者ねぇ。冒険って言ってるけど、やってることは対モンスターの傭兵だろ?なんでそれが冒険者なんて名前になるんだか」
「その辺りは当時の魔神騒動以降に創られた組織なので仕方がないのです」
「魔神……確カ私ノヨウニ『ユグドラシル』時代ニ創ラレタNPCガ、主ヤ拠点ヲ失ッタコトデ狂ッテシマッタ存在デシタカ」
「ポジティブ。コキュートスにしろアイリスにしろ、その在り方はどうしても
あの後───とある衛兵一人の脳に酷い傷跡を残した以外は、特に問題もなく検問所を通り抜けた一同は無事エ・ランテル内へと入り込んだ。
その後都市への長期滞在許可を取ったり、エ・ランテルで生活する間の拠点として屋敷を購入したりと様々な手続きを行った。屋敷はかなり立派な建物でありこの都市の標準的な金銭感覚からすれば結構な値がしたのだが、大量のユグドラシル金貨を有するナザリックにとっては大した価格ではない。都市の両替商に持ち込み、単純に金として買い取って貰ったことで王国の貨幣を大量に手にいれている。
「あまり金貨を流通させすぎると金相場が崩れるのでやりたい手ではないのですが……かと言って王国貨幣や交貨幣を複製しても根本的な解決にはならないのが困りごとなのです」
とはアイリス談。金貨の価値は金が貴重であるがゆえに成り立っている。そこに外部から金を持ち込みすぎると貨幣価値自体が大幅に変動する可能性があるため、アイリスとしては出来る限りは使いたくない手段だった。
ともあれ外貨を獲得した一行は屋敷に乗り込み、掃除したりナザリックから持ち込んだ家具を配置しようとしたのだが───
「サトル様掃除下手っすね」
エ・ランテル組の1人であるルプスレギナの言の刃に、ざっくりとサトルは切り裂かれた。最初は俺もやるぞとサトルは意気込んでいたのだが、メイドとして産み出された面々と違ってその手の清掃に慣れていない彼の手際はまぁまぁ酷かった。
「ルプスレギナ様。サトル様も出来ないなりに頑張ろうとしていますわん。それを下手の一言で片づけるのは……あ、わん」
「ペストーニャがオーナーを擁護しようとしてるのか、侵害しようとしているのか疑問なのですよ」
「てか俺ってそんなに下手?」
「……ネガ……ポジ……ポジティブ?」
サトルが掃除関連だと大して戦力にはならなかったため、彼は屋敷の準備が整うまでの間観光でもして来たらどうかと街に繰り出すことになった。サトルが外に出るならと彼の供としてガイド役が出来るアイリス、及び護衛としてコキュートスも一緒に行くことになったのだ。
「当時、つまりは200年前ですね。様々な諸事情が重なり六大神のNPCが暴走したことで魔神となり、大国の首脳陣が軒並み失脚、あるいは死亡したことで国は無政府状態となり崩壊しました。その後13英雄達の活躍により魔神は全て討伐され王国と帝国が建立され人類国家には平穏が訪れたのですが……魔神との闘いで疲弊した人類は早急に立て直す必要があったのです。その際に活躍したのはスレイン法国でした」
「たしか……法国の火滅聖典とか言うのを参考にした組織が出来るように裏工作……だったか」
「ポジティブ。そして生まれたのが冒険者組合。人類存続のために国家の垣根を越えて、人の敵と戦い人を守る事を理念とした組織の設立なのです。遥かな未来、遍く大地を人類が旅出来るようにと願われた組織。確かな未来へと冒険することを願って、です」
アイリスが語るのは調査報告書で判明しているこの世界の歴史だ。それはもはや王国の人間ですら忘れてしまっている組合の設立理念。当時に転移した『ユグドラシル』のプレイヤー、宇宙へと旅立つことをかつて地球で夢見ていた人物の願いも籠められた理由である。
「未来に冒険するから冒険者、か。それだけ聞くと立派な理由だが……実態はモンスター退治を生業にする傭兵稼業になってしまうんだから世知辛いな」
「ポジティブ。この世界の人類が冒険をするにはどうしたって色々な物が足りません。人材も物資も技術も。だからそうなってしまったのはむしろ必然なのです」
そんな話をする3人組を周囲は遠巻きに眺めている。黒いローブを来た偉丈夫に、エ・ランテルどころか王国全土を見渡しても匹敵する容姿の持ち主がいなさそうな白い美姫。その二人の護衛のように数歩離れた位置にいる蒼き魔獣。あまりにも目立ちすぎる3人に嫌でも周りは様子を伺ってしまう。
そんな視線を受けながらも、エ・ランテルの地図を全て頭に叩き込んでいるアイリスをガイドに一行は移動する。
一行がやって来たのは中央広場だ。様々な露天が立ち並び人々の間に活気があり賑わった場所に、サトルの目は少し輝く。
「人がこんなに…………祭りでもないのに凄いな!!」
「ポジティブ!地球では露天商は環境破壊でいなくなっちゃいましたからね。『ユグドラシル』でも同時接続数の問題でここまで人はいませんでしたし」
「ソウナノデスカ?」
「ポジティブ。全盛期でも最大同接は41万だったのです。国内最大規模のDMMOには違いありませんが、エリアが9つに分かれている関係上バラバラに散っていたので……プレイヤーがたくさん集まる大規模生イベントなどもあるにはあったのですが、オーナー達アインズ・ウール・ゴウンはかなり恨みを買っていたので、その手のイベントには余り参加できていないのです」
露店をひやかしながら歩くサトルとアイリスだが、二人が人混みに塗れたりすることはない。理由はコキュートスだ。傍目には巨大な魔獣にしか見えない彼を引き連れているせいか、一行が歩く先から人が自然と退いていく。利便ではあるが若干悲しい光景だった。
(これコキュートスを連れて来たのは失敗だったんじゃないか?理由が明白とは言え避けられるのはあんまり好きじゃないな……)
はぁと分かりやすくサトルは気落ちする。その溜息を見ていたアイリスはと言うと───
「落ち込んでいたら幸せが逃げちゃうのです。今は目一杯楽しみましょうオーナー」
「アイリス…………」
サトルと手を繋ぎいつも以上ににこやかな笑顔をアイリスは浮かべる。自分の手より小さく柔らかくすべすべした手が、ニギニギと握ってくる姿に「あっ、可愛い」とサトルは思い彼も緩やかに握り返す。
にぎにぎぎゅっぎゅ。
意味もなく力を入れては緩めを繰り返す主従に、後ろで見守っていたコキュートスがちょっとだけ尊みを感じたりしつつも一向は都市観光を続ける。
途中で買ったクッキーが異常に硬いと笑い合ったり。串焼きの肉が硬いと笑い合ったり。途中コキュートスを見て本気で泣き始めた小さな子供をあやしたり。
そんな風にしてサトル達は本気で観光を楽しんだあと、もう掃除も終わっているだろうと帰ろうとしたところで……ふと路地裏を見たアイリスから笑顔が消え、険しい顔つきへと変貌する。纏っている空気もアイリスではなく、私に近いそれに代わった事でサトルとコキュートスも何事かと反応する。
「どうしたんだいアイリス?何かあったのかい?」
アイリスの視線の先にサトルも目を向けているが、別段何か変わった物があるわけでもない。変哲もない路地裏があるだけだ。
「ポジティブ。今は見えなくなってしまいましたが……チラリと見えたあの金髪ボブカットは、間違いなくクレマンティーヌです」
「クレマンティーヌ………………ああ!エ・ランテルに潜んでいる元漆黒聖典の連続殺人鬼!」
「ポジティブ。彼女は早急に片づけておきたかった案件の一つなのです。明日には見つけて捕縛しようと考えてたですが……今見つけた以上逃がす手はないのです。追いかけましょう!」
路地裏に向かって歩き出すアイリスの後ろを二人は追いかけるのであった。
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アイリスが見つけたクレマンティーヌは20歳前後の女性である。紫の瞳に整った顔立ちをしたネコ科の動物を思わせる危険な匂いを漂わせた女だ。
彼女の危険な匂いは血の匂い。多くを殺した快楽殺人鬼だけが持つ、犠牲者達の油や血液がこびりつき腐った匂い。
彼女はスレイン法国の特殊部隊の一つ、漆黒聖典に所属していた過去を持つ。しかし漆黒聖典として働くことに嫌気がさしたクレマンティーヌは法国の秘宝を盗み出奔。現在は法国から裏切り者として追われる身である。
国を裏切った彼女はいくつかの都市を渡り歩きエ・ランテルまで来たのだが……その過程で多くの人間を殺して来た。時には娼婦を、時には道を歩いていただけの夫婦を。次々と抹殺した。襲われたとか金が欲しかったと言った理由ではない。ただ楽しいから殺す、いわゆる快楽殺人を行うのがクレマンティーヌと言う女性の性だった。
漆黒聖典として鍛え上げられたクレマンティーヌは英雄級───『ユグドラシル』で言うところの30レベルを超える実力者であり、王国で彼女と伍する相手は片手で数えられるほどしかいない。そんな彼女にとって誰かを殺害することなど訳もない。
クレマンティーヌが殺す人間の中でも一番のお気に入りは冒険者だ。首からこれみよがしにプレートをぶら下げ、自分の実力を見せつける弱者共を殺す時には快感すら覚える。冒険者としてモンスターを殺害して自分が強いと勘違いしたやつが、最後には命乞いを始める時などたまらなく愛おしい。
とは言え常に殺しの事を考えているわけでもない。スレイン法国からの刺客が彼女を追ってきている状況で趣味にばかりかまけていては、自分が殺される側に回ってしまう。だからエ・ランテルでは極力殺しを我慢し、この都市に潜んでいる自分と同じ秘密結社ズーラーノーンの高弟に協力し、騒ぎを起こすまでは我慢しようとしていたのだが…………あまりにも良い獲物を見つけてしまった。
街を歩いていた時に見つけた4人組の冒険者の一人。髪を短くし線が極力でないような恰好をしている少年に見えるが、クレマンティーヌから見れば一発でまだ幼い少女だと歩き方や身のこなしから即座に看破出来た。いわゆる男装した少女だ。だがそれは冒険者であれば、そう珍しいことでもない。小さな少女が荒事稼業の冒険者をやっていると、少年に比べどうしてもトラブルに会う確率が上がってしまう。だから男性の振りをすることは普通の事ではある。
それよりもクレマンティーヌの興味を引いたのは、男装をした少女が非常に楽しそうに他のメンバーである男三人と話していた事だ。きっと信頼しているのだろう。信用しているのだろう。非常に良い雰囲気の冒険者パーティだと初見でも分かるくらいには和気あいあいとしていた。だからこそクレマンティーヌの癇に障る。銀プレート如きを後生大事にぶら下げた糞雑魚が、幸せそうにしているのが大層気に食わなかったのだ。
だから少女を追跡して殺そうと考えた。自分が戦利品として集めている、冒険者プレートの一枚にその少女の者を加えてやろうと。
クレマンティーヌにとって非常に都合がいい事に、その少女は三人と別れ単独でどこかに向かおうとしていた。追いかける内に人通りも少なくなり、途絶えた路地に入ったところで後ろから少女へと話しかけた。
「そこのぼくー?ちょっといいかなぁ」
非常にねっとりとした、こびり付くような甘ったるい声に話しかけられた少女がクレマンティーヌへと振り返る。
「えっと……私に何か用でしょうか」
振り返った少女は中世的な顔立ちであり、白い肌と相まって男装で誤魔化すには些か無茶な気もする美形だった。その美形な顔にはいきなり話しかけられた事に対する困惑がにじみ出ている。
「うん。そう。君にちょっと用があってねぇ。じ、つ、は。私の趣味に付き合って欲しいの」
「はぁ…………悪いですが急いでいるので。娼婦であれば、私みたいな子供じゃなくて別の人を当たってください」
「あぁ、違う違う。私はねぇ…………君を殺して……首から下げている薄汚いプレートが欲しいだけなの」
「は?」
少女が言葉に反応しきる前に……クレマンティーヌの体が消える。
脱力のちに緊張。静止状態から一瞬きの間に最大速度まで加速する。少女は恰好から魔法詠唱者だとクレマンティーヌは推測している。この世界の常識において魔法詠唱者と戦士は両立できない。つまりは戦士系としての技能は一切持ち合わせていないと読める。距離を離せば魔法詠唱者は非常に厄介だが……街中の、それも路地のような場所では真価を発揮できない。
それに対してクレマンティーヌは純戦士、それも速力に特化した軽戦士だ。そんな彼女と相対すれば肉体の耐久力が低く、速度も遅い魔法詠唱者では一溜りもない。クレマンティーヌ曰く「スッといってドスン」で終わりだ。
腰に差していたスティレットで足を刺し機動力を完全に殺した後、気道を潰し詠唱出来なくすれば魔法詠唱者など何一つ怖くもない。そうやって戦闘力を完全に奪ったらあとは楽しい拷問の時間だ。全身をブスブスと何度も刺し、抵抗する気力もなくなったところでようやく殺してやる。そうやってクレマンティーヌは人殺しを楽しんで来た。これからも楽しく殺るつもりだ。
そうやって今までの人生で惨めだったことを全部帳消しにする。そう……彼女の人生はこれからようやく始まるのだ。漆黒聖典や法国なんてくだらない場所で浪費した人生を取り戻していく。法国の追手さえ振り切ればもう怖いものなどない。だって自分は英雄級に到達した人類でも最強格の一人なのだから。他人など自分が絶頂するための浪費物に過ぎない。だから自分の動きに全く反応出来ていない目の前の冒険者気取りの少女も、今までの犠牲者と同じように殺害しようとし───
「あっ?」
刺突が空をきる。動けもせず反応も出来ていなかった筈の少女が忽然と姿を消す。
「どこ行って───」
殺そうとした少女はクレマンティーヌから少し離れた場所にいた。誰かに抱きかかえられている。赤い澄んだ目をした白く小さな少女が抱えている。
「こんばんわなのですよ」
朗らかでコロコロした声と口元に浮かべた微笑とは裏腹に。目には何の感情も見せない終焉の化身が……クレマンティーヌの終着点が立っていた。
エ・ランテルメンバー:サトル・アイリス・コキュートス・エクレア・ペストーニャ・ルプスレギナ・一般メイド6名。一般メイド及びコキュートス以外はとある理由から選ばれた
クレマン:VS世界級エネミー3名
襲われた子:男装と言えばあの子