白い少女が軽いステップを踏み、白の中に青であしらった祭服を揺らしてトントントンと、ヘルヘイムに生息するスヴォル・トロールの足元を小刻みに動き回る。
「<設置><設置><設置>───」
トロールに踏み潰される直前、そんなものは読んでいると回避し足元に魔法陣を少女はセットしていく。
合計で40の陣をセットすると共に、少女は魔法を発動させる。
「<戒めの鎖>」
魔法陣から飛び出した鎖はトロールの全身を絡みとり、動きを封じ切る。
拘束を振り解こうとトロールはもがくが、設置した魔法陣の数が多ければ多いほど拘束力を増し、筋力デバフまで付与する第8位階魔法をそう簡単には外せない。
「オーナー。
「なら今度は俺の番だな。<魔法最強化・爆雷><魔法最強化・極炎>」
オーナーと呼びかけられた相手は言うまでもなく悟───正確には
攻撃が当たった事でモモンガにヘイトが向くが、アイリス───No.3333では呼びにくい事もあり、またNo.3333自身もモモンガから名前を欲しいと言う事で、一緒に考えたAIが新たな所有者の元で
レベル100。ゲーム内におけるプレイヤーが到達出来る最高レベルであり、当然熟練プレイヤーのモモンガもレベルは100である。そのレベル100、ロマン構成とは言え純魔法特化型ビルド故に魔法攻撃力は高いのだが、ヘルヘイムでもボスを除けばタフさなら随一と言えるスヴォル・トロールを簡単には殺しきれない。
だが動けない相手であれば、何の問題もない。ただの的と化したトロールに次々と魔法を打ち込んでいく。
「<上位魔攻増幅><戦いの歌><激励鼓舞><魔導の黎明>」
いつの間にかモモンガの横まで来ていたアイリスが、魔法を打ちまくるモモンガに次々とバフをかけていく。
「これで終わりだ、<魔法最強化・現断>!」
<生命の精髄>で敵HPが既に残り僅かなのを見て取ったモモンガは、自身が使える中でも最高の威力を持つ魔法を発動し、トロールの首を切り落とす。
HPを0にされたモンスターは煙を立てて消滅し、レベルと強さに見合うだけの金貨と素材を落とした。
「オーナー見てください!探してた素材が落ちました!これでようやくアイリスの神器級装備が作れます。やりました」
「やっとドロップしたか。───こいつら一応は雑魚モンスター扱いなのに、硬すぎるんだよな……一体殺すだけで、なんでバフかけまくった8位階以上を連打しなきゃいけないんだよ」
「オーナー、愚痴は駄目です。幸せが逃げます。あんらっきーです。今は目的が手元に来た事を喜ぶのがポジティブです!」
嬉しそうにモモンガの周りをクルクルと踊る
アイリスがモモンガの所有物となってから既に2か月。彼の生活は随分と様変わりしていた。まず大きな違いは、プライベートの時間が多く取れるようになった。
今までなら大量の残業を必要とし仕事での気苦労も多くあったのだが、作業内容のうち電子デバイスで行える物であればアイリスが補助できる。
電子の妖精と言えるアイリスに取って、人間の作業など大した手間ではない。本来ならモモンガ一人では、数時間かかるかもしれないそれを数秒で処理してしまう。
仕事が早く終わるのだから、当然残業の時間も短くなる。その分仕事を更に多く振られたところで、アイリスのサポートの前では敵ではない。
そうやって出来た時間はより『ユグドラシル』につぎ込む。加えて言えばギルメンが去って以降、ソロプレイに甘んじるしかなかったモモンガだったが、今ではこうやってアイリスも共にプレイしていた。
アイリスがゲーム内でも、モモンガの役に立ちたいのだと伝えてきたときの事を、彼は思い出すのであった。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
「一緒に遊びたい?」
「ポジティブ。アイリスはオーナーの公私を手助けします。さぽーとです。『ユグドラシル』でもアイリスの力があれば、とてもとてもイージーになります」
「うーん…………アイリスに先に聞いておくけど、アイリスの遊ぶってのは普通にゲームをプレイするって意味だよな?アイリスのハッキング能力で、相手のステータスを弄るとかじゃなく」
「…………ひょっとしてオーナーは、その手のズルを好みませんか?」
「その反応やる気だったんだな…………チートを使えばそりゃ楽だろうけども、そんなのをゲームって言うのは俺には無理だなぁ」
『ユグドラシル』にはバランスブレイカーでチートな要素が多くあるが、あくまでもそれらは運営が公式に用意したものだ。その手の公式チートを集めるのは悟も望むところだ。だがアイリスがやろうと思えば出来るような数値の改竄で強くなったり楽になったりしても、それはゲームの楽しさではないと悟は考えている。
「それは困りました。オーナーの役に立つと、ワールドエネミーと世界級アイテムのデータも用意していたのですが全て無駄になりました。わーすとです」
「よりにもよってそんなものまで───」
直接的なデータ改竄に比べれば遥かにましだが、それでもさらっとお出しされかけていたゲーム内最強データに、悟もちょっと引く。
「ん、んんぅん……まぁ、それよりもだ。せっかく遊ぶのなら、アイリスも普通にプレイしないかい?俺の役に立つとか、無理やりシステムハックとかそう言うのは捨ててさ。アイリスの能力ならアカウントを作って、人間と殆ど変わらないレベルでの操作も可能だろうし」
「…………ネガティブ───オーナーの提案はとてもとても嬉しいのですが、DMMOのアカウントデータは市民IDに紐づけられてます。フル能力なら市民IDの偽装発行はポジティブですが、オーナーのマシンスペックではアイリスの全能力を解禁できません。ごめんなさいです……」
「あ、いや別に謝らなくても……でもそうか、今のアイリスじゃプレイヤーとしては遊べないのか」
正規の手順では難しいのだと聞かされ悟も悩む。じゃあ諦めてくれと命令する権利を悟は持っているが、それを選べるほど彼も薄情ではない。
ではどうしたものかと悩んでいた彼の前で、何かを思いついたのかアイリスが顔を輝かせる。
「オーナーのギルド拠点ですが、まだNPCポイントが残されています!それを使ってアイリス用のNPCを作って頂ければなんとかなります!」
「…………そういえば確かにまだ残ってたな」
『ユグドラシル』では自分たちの拠点を手に入れれば、拠点の規模に応じたNPCを作成するポイントが手に入る。それで拠点を守るNPCを自由にデザイン出来るのだ。
ギルド長なのだからこれぐらいの権利はあるはずですよと押し切られて、レベル100NPCを2体作れる分のポイントをモモンガは持っている。一体は既に作っており、もう一体のNPCをどうデザインするのか悩んでいる内にギルドメンバー達の引退が始まったため、結局ポイントは使われる事がなかった。
「俺が使うはずのポイントだったから、使うのに抵抗はないけども……でも良いのかい?拠点NPCで作成すると、ナザリックからは出られなくなるけど」
「……それに関してはもうシステムを偽装するしかないです。外に出る時だけ傭兵NPCに見せかけるだけなら、アイリスの負担もそこまでは高くないです。ただそれは───」
「───システムをクラックするしかないわけか」
どうしても人間ではないアイリスだと、拠点NPCのAIとして組み込んだ上でシステムを騙すか。ナザリック宝物庫に潜り込んだ時のように、DMMO自体が持つ防壁を突破しアバターを再生成するか。どちらかしか選べない。どちらを選んでもやる事はハッキングが絡んでくるのだからと、悟はアイリスのNPCを作成したのだ。
そして
「
「これです!これでいいのです!アイリスはオーナーを支えるのが使命です!ならばメインはオーナーに譲り、影としてサブとして縁の下の力持ちです!」
『ユグドラシル』にログインし、モモンガは早速ギルド管理システムでNPCを生成。アイリス瓜二つな外装NPCの作成となるとプロクラスの画力が必要となるのだが、そこはいつものアイリスパワーでさっくりと解決。
人間との共存───今はモモンガの所有物として彼の全力補助を生存理由とする───彼女がゲーム内のアバター種族として選んだのは当然人間種だ。
そこまではモモンガも納得出来たのだが、アイリスが望んだ職業とスキル・魔法・ステータス構成は死の支配者ビルドとでも呼べるロマン枠なモモンガでもうわぁとなる代物だった。
レベル10台の魔法職相当の御情け程度の攻撃能力。回復、強化、弱体を中心とした支援特化型。最速の素早さでフィールドを縦横無尽に駆け回る前衛サポーターな構成は、かなりの熟練プレイヤー向けのそれである。
扱いこなすには相当の腕前が必要になるが、それは大丈夫ですと伝えたアイリスは現在モモンガが昔録画していた過去の戦闘映像を見て勉強している。
(アイリスの学習能力だとこうやって動画を見るだけでも十分なのか……わざわざあんな構成にしたわけだし、システム改竄とか抜きでも出鱈目に強いんだろうなぁ)
モモンガがそんな思考をしている間にも、色々な映像を食い入るようにアイリスは見ている。モモンガのPVP映像もあれば、他のギルメン達と共にレイドボスに挑んだ時の物など次から次へと早送りかつ同時に30の動画を高速で処理していく。
その中でもAOG所属にしていたギルドメンバー最強格の二人、たっち・みーとウルベルトの映像はお気に入りなのか同じシーンを何度も何度も最速巻き戻しと早送りを繰り返し視聴する。
「終わりました。出来ました!戦術支援プログラムです!戦闘用アルゴリズムの作成完了です!ぱーふぇくとです!アイリスのプレイングスキルはメキメキ上達しました!」
「……NPC用にプログラムを組んだりする作業の延長線上だから、別にチートってわけじゃないんだが───でもAIが自分用のプログラムを組むのってどうなんだ?」
チートとチートじゃないの中間を行くような行為は、果たして何に当たるのだろうかとモモンガは思考するがその答えは出ることなどない。
何にしろアイリスの準備が終わったので宣言通り、傭兵NPCとして偽装した彼女とモモンガは一緒に狩場へと出かけたのであった。
余談になるがゲーム中最強レベルのプレイスキルを持つワールド・チャンピオンであるたっち・みーを中心とし、数多の映像から高性能なアルゴリズムを生成したアイリスの動きは本当に支援特化型か疑わしい鬼神のそれであり、モモンガは若干ひいた。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
オーナーが就寝中のため、その間特段やることのない私はデバイスの中をふわりふわりと漂う。
オーナーの所有物となってから幾分と時が過ぎていた。その間随分と一緒に『ユグドラシル』で遊んだだろうか。
私が初めて出会った頃に比べれば、睡眠時間の増加で血行がよくなり体調もよくなっている。
体の疲れは精神に強く影響する。私の手助けで少しでもオーナーがよくなったのならそれはとてもAI冥利だ。
ギルドメンバーがいない寂しさは紛らわせられなかったが、その分別の思い出を作る事は出来たのか最近は笑顔をよく見せてくれる。
ふわりふわりと私は漂う。
いまだに私を独占していいものか迷うような素振りを見せるが、オーナーは気づいているのだろうか?
本当に人間との共存だけを目的だと思っているのだろうか。私は人が大好きだがオーナー自身の事も大好きだからここにいるのだ。
私自身どうかと思う大仰で大げさに構成された可笑しなしゃべり方でも馬鹿にしたりしないオーナーが大好きだから全力でサポートするのだ。あんな強引な方法で所有者になってくれと頼んだ私を受け入れてくれたオーナーだからここにいたいのだ。
最初は私を研究施設から出してくれた、テロリストの願いでオーナーの元に来ただけだが今ではここから離れる気など毛頭ない。ここが己の居場所だと心が叫んでいるのだ。
ふわりふわりと漂いながら私は一つ思案する。ネットの海から即座に情報を引き出せる私は公式が告知するよりも早くその情報を手に入れていた。
『ユグドラシル』のサービス終了。
これをどう伝えるのかは、私の今まででも最も困難なミッションになるだろう。
アイリス・リンウッド
LV100
種族:人間種
分類:NPC
異名:個性ある人工知能
役割:ナザリック地下大墳墓ギルド長専属秘書
属性:極善 カルマ値:+300
職業:女司教15 女教皇5 吟遊詩人15 歌姫10 付与術師15 他40
HP:55
MP:100
攻撃:5
防御:36
素早:100
魔攻:11
魔防:94
総耐:98
特殊:100
計 599
完全支援特化型ビルド。攻撃能力ははなから捨てている。オーナーのサポートが出来ればよいのです。