エ・ランテルのサトル邸。借りの住まいのため中古物件の屋敷を購入したものだ。その価格から長い間買い手が見つからず手入れもされていなかったせいで、買った直後は見た目は立派なものの、詳しく調査すればかなり老朽化の目立つ物件だったのだが───
「
アイリスのインベントリにグロス単位で入れてあるウロボロスが使われ、一瞬で建てられた直後よりも頑丈でなんでもありな理想の物件へと変貌した。屋敷一つに世界級アイテムを使い切る暴挙も、ナザリックにまだウロボロスが千個ほど転がっているせいだ。どうせ余っているのだから、こういうところで使わないと宝物殿を圧迫してしまう。
そんな屋敷には庭があり、ここの一角に丸いドームの形をした施設が建てられている。
あいりすらぼ。
建物の入り口には丸っこい平仮名でそんな字が刻まれている。名前の通りアイリスが自分用に建てた研究施設だ。
認証機能付きの自動ドアを潜り抜けると、建物内部は見た目よりも遥かに広い。マジックアイテムによる空間拡張だ。
広さもさることながら、中の構造もかなり変わっている。エ・ランテルにも魔術師組合の研究所などあるが、それらは地球で言えば中世から近世にかけての建物のように木や石で組んだだけの建築物だ。それに対してアイリスのラボは、ユグドラシルに後期実装されていたSFだったり宇宙な要素を前面に押し出している。
二重扉構造のエアロックや滅菌室。中央管制室に汎用モニタリングシステム。金属研究室の炉は電気炉で、自動生産システムまで備えている。
そんな未来的な研究所の真っ白な廊下を、数人の人影が歩いている。漆黒の剣とサトルとアイリスだ。
「ここがアイリスさんの魔術工房ですか……」
「自動で開くドアにせいたいにんしょう? 式の警報装置であったか? どれもこれも高度な技術なのである」
「壁に掛けられている四角い板はなんなのでしょうか?」
「あれですか。あれは大型モニターなのです。あそこには様々な情報が表示されるようになっています。こんな風に───」
眼鏡をかけセーラー服の上に白衣を来たアイリスが、モニター下に取り付けてある操作パネルを叩く。すると───
「何かが映し出されているのである!」
「ありゃぁもしかして俺たちか」
「ポジティブ。施設内の監視魔法でペテル達の姿を表示させているのです。みんなも操作してみるですか?」
アイリスの言葉に「やります!」とニニャが答え、操作方法を教えて貰う。ニニャが操作すると次々と色々な映像───良く分からない数字の羅列や、豪華な衣装を纏ったスケルトンらしきアンデッドが「喝采せよ!我が至高なる力に喝采せよ!」と叫んだりしている謎の映像ばかりだが───が流れる。
そこからも施設内の設備を案内するアイリス。施設の使い方を漆黒の剣に教えていく。
さて……ではなぜ彼らがサトル邸のあいりすらぼに呼ばれたのか。それはニニャを弟子にしたことが発端だ。
アダマンタイトに昇格後、この工房へと取って返したアイリスはすぐさまザイトルクワエの素材を使ったニニャの入門装備の作成を開始。普通なら装備を造るとなれば時間がかかるが、あいりすらぼに組み込んだシステムやとある世界級アイテムを活用することで実時間を大幅に短縮。
実時間で20時間。アイリスとサトルの時間では1ヶ月かけて仕上げた渾身の装備類を渡すためにペテルらを呼んだのだ。……もっとも装備を渡すためだけに呼んだわけではないが。
アイリスがとある部屋の生体認証用のリーダーに手を乗せて、ロックを解除する。
「ここに魔樹を使った装備があるのです。とても良い出来だと自負しているので、楽しみにしてて下さいですよ」
アイリスに続いて部屋に入った漆黒の剣は、部屋の中を見て───
「武器庫……であるか?」
「弓に剣に大槌に槍……他にもなんでもあるな」
「防具も革鎧にフルプレートアーマーと、本当になんでもありますね」
広い部屋の中にはダインの言うように、武器庫と呼べるだけの大量の装備が飾られていた。木製のマネキンは鎧やマントを着せられ、部屋の壁には飾り棚があり、そこには剣を始めとした考えられる限りの武器が納められている。
「ここにあるのは全てあの魔樹から造った装備なのですか? 金属の剣などもありますが……」
「ポジティブ。木炭を加炭材に加工して鉄に混ぜ、炭素鋼にしてみたのです」
「炭素鋼ですか?」
「鉄に炭素……木炭の成分ですね。それを混ぜた合金の事です。この辺りでは合金技術があまり発達していないので馴染みが薄いかもしれませんが、アイリス達の故郷では金属に色々と混ぜ物をするのです。それで試しに魔樹を鉄に混ぜてみたのですが……これが大当たり。アダマンタイトなどよりも遥かに丈夫な金属になったので、それを元に武器に加工してみたのです」
「アダマンタイトよりも頑丈なんですか! それは……なんと言うかとんでもない金属ですね」
「ポジティブ。あの魔樹から造った加炭材はまだまだありますし、ミスリルやオリハルコン、アダマンタイトに混ぜれば更に強固な合金が出来るので、夢が広がるのですよ。この金属に名前を付けるとすれば……魔樹の鋼で魔鋼でしょうか」
「木と既存の金属を混ぜて新しい金属を産み出す。私たちにはない考え方ですね」
心の底からペテルは感嘆した声を出す。その言葉に他のメンバーも同意なのかしきりに感心している。彼らにとって鉄の剣は鉄の剣でしかなく、それ以上の剣が欲しければミスリル製の剣などを購入するしかない。それが常識だったのに、魔樹の素材とは言え木を混ぜるだけでアダマンタイト以上の金属になると聞かされれば感心するほかない。
「そんなに感心されても困るのですよ。あくまでもアイリスがやったのは既存技術を用いただけですし」
「謙遜するこたぁねえぜアイリスちゃん! あの魔樹の素材は幾らでもスズキさん達なら再生できるわけだろ? てことは鉄さえあればアダマンタイト以上の金属を無限に産み出せるんだから、とんでもない偉業だぜ!」
「であるな! ……ではこちらの革鎧や衣服なども同じく魔樹を元に?」
「ポジティブ。革自体はこの辺りでも流通している物ですが、樹皮から造った植物タンニン剤を使ったタンニンなめしにしてあります。衣服の方は繊維に解したあと、木糸に加工してそれで編んだのです」
「はー……木一つからそれだけの装備が造れるのか。なんつうか発想力が違うわ。俺だと木で武器を造れって言われても、削って矢にするぐらいしか思いつかねえや」
ルクルットはそう口にするが、アイリスとしては苦笑いしか出てこない。木糸にしろタンニンなめしにしろ、それは地球人類が長年かけて築き上げた技術であり、アイリスは知識を利用しただけなので発想を褒められても困ってしまう。サトルも困り顔で笑って誤魔化すだけだ。主従が揃って苦笑していると、ペテルが口を開く。
「しかし……凄い量の装備ですね」
「魔樹を使った武器造りを始めたら、思いのほか楽しくなりましてね。気が付いたらこれだけの量を作ってしまいまして」
「───ん?いや……おかしくねえか? スズキさん達が俺たちと別れてから、まだ一日も経ってねえよな。その時間でこれだけの数を揃えるってのは……それも魔法か。ほんとなんでもありだなアイリスちゃん達は!」
自分で言ってる内に納得したのか、ルクルットが「魔法すげー」と叫んでいる。
「それではニニャさん。貴方には事前にアイリスが伝えていたように、弟子入りの入門祝いとしてこの中から好きな杖や衣類を選んでください」
「……その前に一度<道具鑑定>で調べてもいいですか?」
「構いませんよ。これから使っていく装備なのですから、入念に選びたいですよね」
ニニャの声は大分震えているが、それをレアアイテムを手に入れる前の興奮だと思ったのかサトルの声は大分軽い。
だがニニャの震えはそんな思いから出た訳ではない。ニニャが<道具鑑定>で調べて絶句したアダマンタイトすら凌駕する国宝品質素材を、第十位階魔法詠唱者が手ずから加工した魔法の武器。それは冒険者であれば誰でも欲しいと思う超級のマジックアイテムだ。そんな代物がどんな価値を保有しているのか事前に知っておきたい。そう思っての言葉だ。
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ニニャは魔法を使い目の前の装備群を調べて……本気で頭が真っ白になった。魂が抜けたと言ってもいい。
「あば……あばば………………」
「なんかニニャが壊れてるぞ!」
「あの魔樹を使った武器であるからな。恐らく相当とんでもない価値なのであろうが」
「こ! こんなの受け取れません! 過剰過ぎます!」
ニニャが叫ぶ。<道具鑑定>はある程度までであるが、効果や品質などが判明する。彼女が分かった範囲は全てではないが……それでも無料で受け取るには度を越えた装備に慄いていた。
「お、おいニニャ。そんなに大声を出すこたぁねえだろ」
「で……でも! 付与されてる魔法の効果が出鱈目なんですよ! 例えばこのローブ!」
ニニャが指さすのは、フードがついた茶色のなんてことのないローブだ。網目は非常に細かいが、デザインだけで言えばエ・ランテルの服屋にでもおいていそうな変哲のない服だが───
「このローブには斬撃を完全に無効化する魔法が付与されてるんです! こっちの兜は一日に短時間だけですが、完全に不可知存在になる魔法! どれもこれも白金貨で1万枚はくだらない、とんでもない装備ばかりなんですよ!!」
興奮気味にニニャは早口でまくしたてる。だが彼女の反応も無理はない。ここに用意したのは全てが『ユグドラシル』の評価で遺産級以上。王国内で出回っている冒険者が使うような装備とはここにある物よりも遥かに下の品質ばかりであり、王国最強の戦士であるガゼフに着用が許されている国宝ですら下である。
つまりアイリス達が張り切って作った装備は、王国最高の装備すら上回る伝説の代物ばかりなのだ。
「白金貨1万って……一生を遊んで暮らせる金額ですよ!」
「うわぁ。そりゃあ受け取れねえわ」
「ですが受け取って頂かないと、造った甲斐がありませんよ。道具は使ってこそ道具です」
「オーナーの言う通りなのです。使われない道具ほど悲しい存在はありません。造られた用途を最大限にこなすことこそ、道具の本懐。ニニャは気後れしちゃうのかも知れませんが、受け取ってくださいです。この子たちは使われるために産まれたんですから」
アイリスは妙に実感の籠った感情を乗せて言葉を吐きだす。それは彼女の本心。使われる事無く消えるはずだったAIの本音だった。手を取り優しく微笑むアイリスに折れたのか「はぁ……」と僅かにニニャは息を吐き出して───
「それでは……ありがたく頂戴いたします。師匠」
お礼を言ってから、ニニャは自分の戦い方に見合った装備の厳選を始める。その後ろ姿を見守るペテル達に、サトルは話しかける。
「ペテルさん。ダインさん。ルクルットさん。ここにある装備ですが……実は皆さんの分もあるんです」
「え!? 俺たちも貰っていいんですか!!」
「ニニャさんだけ装備を良くしてしまうと、チームバランスが崩れてしまうでしょ? ですのでバランスを取るためにも、皆さんにも同等の装備をお渡ししておきたいんです」
「いやぁ……貰えるのは嬉しいけどよ。白金貨1万もするような弓や皮鎧なんて怖くて受け取れねえぞ」
「ニニャさんと同じようなことを言われますね。ですが私にとっては、皆さんが恐縮されるような装備でもありませんから素直に受け取って頂いた方が助かるんです。それに……
最後の言葉だけはサトルが意図的に小声にしたことで、ペテル達には聞こえない。最後には分かりましたと頷いた彼らも、ニニャと同じように物色するのであった。
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漆黒の剣は元々使っていた防具に近いデザインの、バンデッドアーマーやマントなどを選んだ。魔法の武器や防具は身に着けると自動でサイズを合わせてくれる。元の防具よりも格段に動きやすい恰好になった彼らは、あいりすらぼの最奥の部屋へと招かれていた。
「これは……どこかの街の模型……ですかね?」
その部屋の中央にはペテルが言うように、かなり大きめの街のジオラマが置かれていた。エ・ランテルのように城壁に囲まれた街で、大小様々な建物があり、森があり、川や池まで再現されている透明なドームに覆われたジオラマだ。
「ポジティブ。これはジオラマ……名を『砂の箱庭』と言うマジックアイテムです。この透明なドームに手を乗せてくださいです」
「手をですか。わかりました。これで良いですか」
「全員手を乗せてくれたですね。では……起動!」
アイリスの言葉にマジックアイテムが……世界級アイテム『
「え?」
気が付いた時には彼らは全員どこかの路地にいた。キョロキョロと辺りを漆黒の剣は見回す。彼らが考えたのは、またもやアイリスの転移魔法でどこかへと転送されたのかである。いきなり周囲の光景が変わってしまったと言うのに、驚くほど漆黒の剣は落ち着いている。どうも異常現象に慣れつつあるようだ。
「アイリスさん。ここはどこなんでしょうか?」
「ここですか? ここは先ほど触れて頂いたジオラマの中なのです」
「!?」
異常現象に慣れていても、アイリスの言葉には驚いたのか一同の顔が「えぇ……」とでも言いたげな顔つきになる。
「ジオラマ……つまり私たちは模型の中に入り込んだのですか!?」
「ポジティブ。砂の箱庭は本物の街のように、住んだりできるマジックアイテムなのです」
「───アイリスちゃんにしろスズキさんにしろ、持ってるマジックアイテムってやばいのしかないんじゃねえか?」
「それこそが第十位階の魔法詠唱者。と言うわけなのかもしれないのであるな」
漆黒の剣は石畳を触ってみたり、路地に置いてあった鉢植えの花などを嗅いだりしてみるが……五感は本物としか認識しないほど精巧で、造り物と言われても信じられない。
「そう言えばなんですが。どうして私どもをこのマジックアイテムの中に招いたのですか?」
「招いた理由ですか? それはですね。ニニャさんを弟子にしたのは良いのですが、私もアイリスもエ・ランテルにずっと滞在しているわけではありません。そんな短い時間ではニニャさんに何かを教えるにも限度があります。なのでこのマジックアイテムを使う事にしたんです。砂の箱庭は今体験して頂いているように、模型の中に入れるだけのアイテムじゃありません。ここは外と中で時間の流れが違うんですよ」
「じ……時間の流れが違う?」
「ポジティブ。ここでは時間が外の千倍の速度で進むのです。仮にここで3年ほど過ごしたとしても、外では1日しか進みません。つまり! 箱庭の中で数年かけてニニャにたっくさん魔法を教えて上げても、実際の時間では数日もかからないのです!」
アイリスとサトルの言葉にまたもや絶句する漆黒の剣の一同。慣れたと思えばその慣れを飛び越える超級のマジックアイテムが出てくる現実に、脳の処理速度が追い付かない。
「あとニニャだけじゃなくて、ペテルもダインもルクルットも鍛えるのです!」
「俺たちも修行するのか!」
「ポジティブ! ニニャだけが強くなったら、パーティーのバランスが崩れちゃうのです! ばらんすぶれいくです! みんなで力を合わせて強くなるからこそ、仲間なのですよ!!」
ふんすといつものように元気よく答えるアイリスの言葉に驚く漆黒の剣だが……すぐに顔を引き締める。
「私はやりますよ。スズキさん達ほどの実力者に、直々に教えて頂ける機会なんて人生で一度あるかないかです。それを断るなんて勿体ないですからね」
「私も賛成である。強くなれば冒険者のランクも上げやすくなり、仕事もやりやすくなるのである」
「俺以外は全員賛成かよ……まっ、俺も賛成なんだけどな! アイリスちゃんみたいな可愛い子に手取り足取り教えて貰いながら、強くなれるんだから最高だよな!!」
「人妻に色目を使うのはやめましょうよルクルット……私も改めてお願いします! いつか姉さんを助けられるようになるためにも……お世話になります!」
漆黒の剣全員がアイリスとサトルに頭を下げる。冒険者にとって強さこそが絶対であり、より強くなれるチャンスがあるなら貪欲でなければならない。その機会をどうですかと勧められて、断るなどあるわけがない。そう……断るわけはないのだが。
この時全員が一つの事を失念していた。サトル達は英雄も超え逸脱者も超え……超越者すら超える怪物。そんな彼らが考えた修行プランと、どれくらいの強さを目標としているのかを……聞くのを忘れていたのだ。
「それではですね……まずはみんながどれくらいの事が出来るのかを、実際に目で見て確かめておきたいのです」
「そのためにも、皆さんには私が召喚したモンスターと戦って貰います。まず現段階では勝てないと思いますが、最終目標はこれを複数相手にしても問題ないぐらいにはなって頂きたいので。では……出てこい!」
サトルの声が響き、路地からのっそりと何かが出てくる。それは身長2mを超える何かだった。アイリスと同じサイズはありそうなフランベルジュを握り、空いた手には巨大なタワーシールドを持つ全身を黒い鎧に覆われた存在。
鎧には真紅の紋様が浮かび上がり、ボロボロの漆黒のマントをたなびかせている。顔が見える前の開いた兜だが、そこから見える顔は腐り落ちている。空洞となった眼窩の中には、アンデッドらしい生者への憎しみを湛えた光が煌々と赤く灯っていた。
漆黒の剣:ナザリックブートキャンプ体験者に
漆黒の剣装備:最下級→遺産級や聖遺物級に
ザイトルクワエ:ユグドラシルモンスターに捨てる場所なし