モモンガ様リスタート   作:リセット

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目に入れても痛くない末っ子は天使だった

「ラナー殿下が王との直談を望まれています」

 

 そう伝えられたランポッサ三世は、その頼みを快諾した。宮廷会議も終わり差し迫ってやるべきこともなく、また貴族達の心無い言葉でささくれ立った心も、一番下の娘に会えば癒されると言うものだ。

 

 ランポッサにとってラナーは一番可愛い子供だ。他の子供達にも愛情は注いでいるが、その中でも一番愛らしいと感じているのはラナーだった。

 

 王と言ってもやはり人の親。末っ子がもっとも可愛らしいと感じやすく、またラナーが女の子なのもそれを後押しした。国で一番と評される美貌に、聡明な頭脳を持つ娘。

 

 第一王女や第二王女は既に親元を離れ大貴族の元へと嫁いでいる。息子二人は王位継承の問題で悩みの種。そんな中、ランポッサがラナーの事を一番可愛がってしまうのも仕方がないだろう。

 

 膝を悪くして以来歩くのも億劫になっているが、そんな可愛い可愛い娘が会いたいと呼ぶのなら足取りも気持ち軽くなる。

 

 ガゼフと共にラナーが待つ部屋へと向かう。その部屋は長い間使われていない部屋で、王宮の中でも倉庫代わりに使われるような場所でありランポッサは少し不思議に感じたが……聡明な子の事だから何か意図があるのだろうと疑問を打ち消す。

 

 二人がその部屋に近づくと、中から扉が開けられる。

 

 部屋から出て来たのはクライムだった。あまりにもタイミングの良い出迎えに少しだけ「おや?」と二人は目を瞬く。部屋から出たクライムも少し驚く。彼はラナーに「そろそろお父様とストロノーフ様が来られるから、扉を開けてください」と言われてその命をこなしたのだが……そろそろどころか、狙ったとしか思えないラナーの命令に驚いているのだ。

 

 クライムの読みは当たっており、ガゼフの報告やいつもの宮廷会議が終わる時間。ランポッサの歩行速度や会議室からの距離、ガゼフが王にいつ伝言を伝えるのか。それら全てを読み切っていたラナーにとって、父親が部屋にいつ来るのかを算出する程度、当たり前にこなせる頭脳労働に過ぎない。

 

「ランポッサ陛下! ストロノーフ様! ラナー様が中でお待ちしております」

 

 クライムは膝をつきガゼフにのみ話しかけ、ランポッサからは意図的に視線を外す。クライムの身分では王に直接話しかける事は許されない。だから拙いながらも礼儀に乗っ取った所作をする。

 

 その真面目な姿にランポッサも何も言わず視線も向けない。別段クライムに悪感情を抱いているからそんな態度を取るわけではなく、彼が宮殿内の作法に乗っ取っているので王として付き合うだけだ。むしろ個人的な感情で言えば、ランポッサはクライムに感謝している側だ。

 

 幼少期の衰弱していたラナー。彼女はランポッサから見てもそう長くはないと感じていた。出来るならば親として傍についていてやりたかった。だが父親である前に、王である彼に娘一人にかまけている時間などない。その時のランポッサは、自分は娘の死に目にすら会えないのだろうとどこかで予感すらしていた。

 

 だがその予想は裏切られた。どこかから浮浪児を拾ってきたラナー。彼女は日に日に元気になり、衰弱死寸前だったのが幻だったのではないかと思うほどに快復した。

 

 ラナーがどうして元気を取り戻したのか。その原因が分からないほどランポッサは愚かではない。なにせ快復して以来、必ずその浮浪児を傍に置いているのだ。ラナーの行動の根底には浮浪児───クライムに対する特別な感情が見え隠れしている。余人は気づかずとも、親としてランポッサはとうの昔にそれに思い至っている。

 

 だから個人の感情としては、ラナーの従者に相応しいように努力をする少年に好感情すら抱いていて。娘が抱く感情は決して成就されないと申し訳なくすら思っている。娘はどうしたって王族の娘であり。王族の血筋に、平民の血が流れる事は絶対に許されないから。

 

 ───結局のところ私は弱いのだな。娘一人すら自由にさせてやれない。王……か。果たしてこの地位に何か意味があるのだろうか。

 

 ふるふると首を振って心に沸いた弱気をランポッサは打ち消す。自分は年を取り過ぎた。ちょっとしたことがあれば、すぐに弱音を吐きたくなる。ふとした拍子に色々な事を考えてしまう。あと自分は何年、王を続けられるのだろうか。仮に明日病に倒れたりすれば、バルブロが王位を急遽継ぐことになるだろう。そうなれば───そんな心配ごとばかりが胸の中を埋め尽くしてしまう。

 

「? 王よ、中空を見られてどうされましたか」

「ああ、心配させてすまないなガゼフ。少し考え事をしていただけだ」

 

 これからラナーに会うのだから、心配させるような顔をしていてはいけないとランポッサは顔を引き締める。クライムに案内させる形で二人は入室する。

 

「お待ちしておりましたお父様。戦士長様も伝言の件、ありがとうございます」

「ラナー。私に用があるそうだが、一体どうしたのか───ラナー! その恰好はどうしたのだ!!」

 

 ランポッサの言葉が乱れる。その原因は部屋で待っていたラナーの服装が原因だ。ノースリーブドレスに胸鎧。丈夫そうなブーツに前腕鎧。まるでラナーの友人───アダマンタイト級冒険者『蒼の薔薇』のリーダーであるラキュースを彷彿とさせるような、軽戦士風になった姿に仰天しているのだ。

 

 ランポッサにとってラナーとは、宮殿の中で蝶よ花よと育てられた箱入りのお姫様。ドレスを来たとしても、そこに胸鎧をつけることはない。仮に胸に付けるとしたら花のブローチくらいだろう。

 

 あまりにも似つかわしくない戦乙女な姿に、泡を吹くランポッサだった。

 

「───お父様はこの恰好に驚かれるとは思っていました。どうして私が胸当てなどつけているのか。それら全てをお伝えしたく、お父様をこちらにお呼びさせて頂きました」

 

 ラナーが口を開く。彼女が語るのはガゼフやクライムにしたのと同じ、自分の産まれの真実。真実と言う事になっている物語だ。

 

 別の世界。崩壊した神の国。流れ出た魂。たどり着いた先で人として生まれ変わった天使。天使のかつての仲間達もこの世界にたどり着いた。そして天使は全てを思い出し……力を取り戻して。同時に自分が亡くなった時の思い出が、心の傷となっている。

 

 聞いている間ランポッサの表情は無になっていた。キャパシティオーバーだ。許容限界値を超えている。まだ貴族共との何一つ決まる事のないくだらぬ話の方が、心中穏やかでいられる自信がある。

 

 溺愛していた娘が、実は神に仕えていた天使だって言われて納得できる親いる? いねえよなぁ!!?

 

 大体こんな感じの心境になりながら、ランポッサの精神は宇宙にいったり地上に戻ったりと忙しい。神の国ってなんだよ? 天国か? 今ショックで天に召されそうになってる私が行くところか!?

 

 王は大分混乱していた。ガゼフが捕えた事になっている帝国兵の捕縛もラナーがやったと聞いて、ランポッサは思わず戦士長の方を見る。

 

「ほんとうか?」

 

 平坦で淡々とした声。何一つ感情が籠められていない。ガゼフは王のそんな声を初めて聴いた。

 

「王よ。その話なのですが───」

 

 ランポッサと眼を合わせたガゼフが押し黙る。彼は返答のために王と眼を合わせ……その眼を覗き込んでしまったせいだ。

 

 その眼は虚無だった。虚ろで何も見ていない。ガゼフと言えども、返答を間違えたら叱責ではなく剣が飛ぶ。そう思わせる無感情の眼に、続く言葉がすぐに出てこない。

 

 ───昔戦場で見た死者の眼だ。どこかを見ているようで、どこにも視線が向けられていない、死者の眼光……

 

 そんな風にガゼフが思ってしまう眼をランポッサはしていた。言葉に詰まってしまうガゼフだが、黙っていても事態が進むわけではない。彼はすぐに気を取り直す。

 

「事実です。私たち戦士団が村に駆け付けた時には、ラナー殿下の手で逆賊は全員捕らえられておりました」

「そう、か。そうか……そう。……なるほど。そうか……そう───」

 

 ランポッサは放心していた。ガゼフはこんな場面で嘘をつくような性格ではない。つまり愛娘は真実しか口にしていないのだ。

 

 彼は思考する。確かに昔から非常に聡明な子ではあった。大半の大人は聞き流すだけだったが、あとから考慮してみれば有用な案を打ち出す天才だと思っていたが……それが生まれ変わりによる知識の引継ぎによる恩恵と知れば、納得の行く部分は多い。

 

 だとしても……人の親として。我が子が実は人間ではなかった。それをすぐさま受け入れられるほど、ランポッサの精神は頑丈ではなかった。

 

「お父様が悲しむことは分かっていました。それでも伝えない訳にはいきません。私は天使としての力を取り戻したことで、不老の存在になっています。この先私の見た目が変わらなければ。間違いなく貴族の方々に追求を受けるでしょう」

「ふろ……う? 不老? つまりはもう年を取らない……のか?」

「……はい。本来の私は天使。この世界では異形種と呼ばれる身です。何年経とうとも、この姿は永遠に変わることはありません」

「───何という。何ということだ。そんな…………待て? 異形種? 私の眼には、ラナーは人にしか見えないが……」

「今は隠しているだけなんです。もしこのお城の中で私の本当の姿を見られると、とても問題になるので。隠せるアイテムをアイリス様に頂いたんです」

 

 お見せしますと隠ぺいの指輪を外すラナー。その頭上には光輪(ヘイロー)が浮かび、背には六枚羽が飛び出る。王国で異形種と聞けば多くは醜悪な見た目を想像するが、ラナーの姿には異相な要素はない。頭の輪っかはマジックアイテムと言い張れば通りそうな外見でしかなく、純白の大きな翼からは光の粒が漏れ元々麗しい見た目を持っていた彼女をより綺麗で美しく飾るだけだ。

 

 天使種族は通常仰々しい鎧を着込んだような見た目をしているのだが、ラナーは光輪(ヘイロー)と翼ぐらいしか見た目の変化はない。なぜならナザリックが用意したラナーのための種族変化アイテムは特別性。外装の変化を限界まで抑え込む特殊仕様だ。

 

 ゆえに生来の美しさは損なわれる事なく……却って神々しさが加えられる事で彼女の神秘的な美貌を補強するだけだ。

 

 天使の事に関しては戦士団の中でもガゼフだけは聞いており、その姿を直に見るのは彼も初めてではあったが……人間では絶対に振りまけない超越とも神聖とも表現できる姿に思わず唾を飲む。

 

 ランポッサは国一番すら超えて、大陸でも屈指の端麗なあり方を披露する我が子に注視してしまう。我が子であると理解していても、その光景はある種の美術品とすら言えたからだ。

 

 異形種ではあるだろう。けれど一般的な異形種と違い、嫌悪感などは湧いてこない。美しさの前では常識など踏み潰される。多くの人間は彼女を見ても、怪物などとは言わないだろう。事実彼女の姿を見た人間……カルネ村の村人は王女を名乗る不審さに警戒はすれど、羽が生えている事に対してはそこまで言及はしなかった。

 

 けれど……それでも人間ではないと言う娘の言葉を補強する輝く羽に、ランポッサは一時的に言葉を失う。

 

「お父様? お話を続けても大丈夫ですか?」

「───…………………………あ、ああ」

「では話を続けますね。もしこの姿をお城のメイドや貴族に見られでもしたら……間違いなく私の問題だけでは済まなくなります。そうね……例えばストロノーフ様であれば、どのような問題が起きると思いますか?」

「私ですか!? ……私が考える限りで宜しければですが。まずラナー殿下を宮殿から排除しようとする者が出てくると思います。次に貴族派閥の方々は王を……───」

 

 ガゼフが言葉に詰まる。彼が口にしようとする言葉は、王の右腕である彼の口からは言い難い内容だ。代わりにラナーはその言葉の続きを紡ぐ。 

 

「ごめんなさいストロノーフ様。そこから先は言いにくいですよね。ええ、ストロノーフ様が御考えになった通り、今度は化け物を輩出したとして王族自体が槍玉に上げられるでしょう。そうなれば───」

「───私自身が王の座を追われかねん、か。ありえない話ではないな。今回のガゼフの遠征ですら、十分な援助を出来ない力無き王が私だ。そんな王の子女に異形がいるとなれば、それを貴族派は確実に言及するだろうな。王派閥の中ですら……意見は割れるか」

 

 ランポッサは自分には力がないと素直に吐露する。この場にはガゼフとラナー以外にクライムもいるが、我が子がこの場に呼んでいる以上ラナーの事も知ったうえで、彼女の従者を続けるつもりなのだろうと察する。そんな少年相手であれば、別に弱音を知られたところで何の問題もない。なにせそれ以上の……ラナーと言う王家を瓦解させかねない爆弾の存在を認識しているのだから。

 

「そこでお父様にお願いがあります。……私に王宮を離れ、サトル様達の元で暮らす許可を下さい」

「それは……この王宮で暮らすとまずいからか……」

「はい。もしこの指輪を外しているところを目撃されれば。あるいは人前で外れるようなことがあれば、誤魔化しようが無くなります。そうなる前に、私が天使であることを知っている神の元で、匿って貰う方が良いと思うんです」

 

 その言葉をランポッサは否定できない。親としては嫁入り前の娘が親元を離れるなど許可出来ない。しかし王としては、地位を揺るがしかねない問題となったラナーを……人間ではなくなった彼女を、手元に置いておくリスク。その高さは決して無視できない。

 

 年齢的には大貴族の元へと嫁いでもおかしくなく、見た目も麗しいラナーは宮殿でも人目を惹きやすい。もし王都に居続ければ、正体が発覚する確率は大きくなっていくだろう。その前にラナーを前世の上司と言う、神の元へ遣わす。それが一番安全ではある。

 

 どちらにしろ異形の体となったラナーは、もうまともな方法では人間との間に子供を成す事も出来ない。つまりは政略結婚の道具としての価値も無くなっている。

 

 そこからもラナーと少しだけ話をして。ランポッサは折れざるを得なかった。

 

 折れた後ランポッサは十数年ぶりにやけ酒をあおった。それにガゼフも付き合わされた。王と共に酒を喰らう。王国戦士長の立場でも通常は許されない行為だが、ラナーの天使形態を王宮で知っているのはランポッサ以外だとクライムとガゼフのみ。つまり今回の心中荒れ狂う王に付き合えるのはガゼフだけなのだ。

 

「私はな、ガゼフ。ラナーの事を哀れに思っていたのだ。幼少期には体調を崩し、成長してからも宮殿を出る事は殆ど許されず、出ても王都からは外に出る事は許されない。籠の中の鳥しか許されぬあの子が可哀そうだった。いや……あの子だけではないな。長女にも次女にも不便をかけた。私の力が足りぬばかりに、恋の一つすらさせてやれなかった。息子二人……特にバルブロの方は自由に育ち、己の我儘を次期王の名で通せた。なのに結局娘たちは、息子らのように自由にさせてやれなかった……」

「……私には子がおりません。王がどれだけ心を痛めているのかも、想像は出来ておりませんが。それでもモンスターに襲われる心配なく、飢える事もなかったのはきっと幸福だったと存じます」

「平民出身のお前には、安全に生きられることこそが幸福だったか。……そうだな。生きて明日を迎えられる。それこそが幸せに繋がるか。……───せめて。せめて三女のあの子だけでも、少しくらいは女の子らしい生き方をさせてやりたいと。そう思い婚姻をするまでの間くらいは、クライムを傍に置くことを許したが……最初からあの子には普通ではない産まれがあり、生涯があったのだな」

 

 人前では漏らせない弱音を、酒の力を借りて王は吐き出す。そうしなければ老体には持ち堪えられなかった。王とは言っても人間でしかない。貴族やメイドの前で弱っている姿を見せられず、常に誰かに見られている事を意識する生活は心を削り取ってしまう。

 

「ラナーが人ではない。それは別に良いのだ。どう変わろうと私の娘には違いない。なのに……私は王として、あの子を追放するような真似をしなければならない。人目に触れにくい場所へと追いやらなければならない。あんな優しい子を……優しい子に自分から出ていきますと言わせねばならなかった。……私の力が強ければ。───あの子だけの問題ではない。我に力があれば。かの皇帝ジルクニフのように強権を奮えるだけの権力や財力があれば……このような事態にもそれ以外にも対処出来たのやもしれんな……」

 

 ランポッサは日付が変わるまで、貴族派閥にも王派閥にも聞かせられない事を愚痴り倒した。ガゼフはその事に苦痛を覚えることはなく、王が久方ぶりに素直に心中を吐露してくれた事に安堵した。

 

 そんな一幕がありつつ。

 

 父親であるランポッサを説き伏せた後も、ラナーのやることは多い。

 

 第三王女が王都を離れるカバーストーリーが流布されるように、噂話をそれとなくメイドに流す。誰に流せば最大限の効率を叩きだせるか。アイリスが渡した指示書には候補が乗っていたが、その相手はラナーもこいつが一番有効だと読んでいた相手だ。

 

 そのメイドはクライムを馬鹿にした恨みから、いつか断頭台に送ってやろうと考えていた愚か者だ。今のラナーなら認識外から首を落とす事など容易いが、今更メイド一人に手間をかける意味なんてない。精々かつての自分のように、狭い世界の中で全てが見えていると思い込みながら、勝手に生きて勝手に死ねと思うだけだ。

 

 それにアインズ・ウール・ゴウンが大々的に動き、貴族連中の大粛清が始まったらその娘の一人であるこいつも、どうせ巨大な運命の渦に呑みこまれる。その時には今までと同じような生活など出来なくなるだろう。だからラナーがどいつもこいつも死ねと思っていたような連中は、尽くがナザリックに巻き込まれて人の脆弱さを嫌と言うほど想い知る事になる。自分のように。自分のように! 酷い時には5秒に1回のペースで命が消えた自分のように───

 

「───助けてクライムゥ……コヒッ……もう死にたくな………カヒュッ………体が痛いよぉ……背中痛いよぅ……」

「!? 姫様!! お気を確かに!!」

 

 近くで控えていたクライムに力強くラナーは抱きしめられる。歯をカチカチと鳴らし、頭を両手で抱えて震える彼女をとにかく強く、ただ全力を籠めて少年は抱擁する。

 

 クライムにはラナーが発作的に出す死への恐怖なんて、ほんの少ししか分からない。孤児時代には、あの瞬間までは死を受け入れていたのだから分かるわけもない。それでもここにいると。私を助けてくれた貴方の助けになりたいと。強く。ただ強く。

 

 クライムは武技・能力向上まで使い腕力を上昇させる。ラナーとクライムには絶対的なレベル差があり、どれだけ力を籠めたところで王女の素肌に傷すらつけられない。力をどれだけ籠められようが、体にかかる圧力は変わらない。

 

 だが心は伝わる。クライムの手で背中を擦られ、ほんの少しだけ気持ちが和らいだような気がする。それは本当に気持ち僅か程度。それでも……背中から心臓と肺を剣で貫かれた時の記憶を少しずつ消してくれる。背の筋繊維諸共、力づくで翼をむしり取られた時の幻痛が消えていくような気がする。

 

「どこにも行かないで……私から離れないでぇ。ずっと抱きしめていて……」

「大丈夫ですラナー様。私はどこにも行きません。ラナー様がお選びくださったんです。ならば私はラナー様に生涯を捧げて恩を返してみせます」

 

 鼻を鳴らし大粒の涙を流すラナー。時折フラッシュバックし今のように泣くこともあったが、その度にクライムに抱きしめて貰う事でなんとか緩和。泣いている間は他者に見られないように、ハンゾウ達忍者と影に潜んでいる上位影の悪魔(グレーターシャドウ・デーモン)が全てを隠蔽してくれている。

 

 気持ちを落ち着けたら、手筈通り件のメイドの耳に入るように噂を流させる。あとは勝手に話が広がっていくだろう。

 

 ラナーがやらなければならないことは他にも多くある。例えば次男ザナックと六大貴族の一人レエブン侯の説得(脅迫)だ。

 

 二人は共謀して兄であるバルブロの弱みなどを探り、王位継承の座から追い落とすために手を組んでいた。

 

 なぜそんなことをしているかと言えば、ザナックが次代の王となるためだ。体格は優れず肥え太った良くいる無能貴族のような見た目を彼はしているが、その外見とは裏腹に王族の中でも一番民草を想い、この国を少しでも良くしたいと使命を持っている王子。それがザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフだ。

 

 帝国皇帝ジルクニフに次ぐ実務能力を有し、妹であるラナーと比較すると劣るものの、一国を運営するだけなら十分な能力を持っている。

 

 カリスマの面では声と体格だけは立派なバルブロと、演技ではあるものの優しい慈愛を持ち別格の美貌を持つラナーに劣ることだけがネックだが……それもレエブン候の後押しがあればどうとでもなる。

 

 レエブン候……エリアス・ブラント・デイル・レエブン。彼は王国にいる六人の大貴族中の大貴族、六大貴族の一人だ。

 

 レエブン候は王派閥と貴族派閥を行ったり来たりすることで、両陣営のバランスを取り内紛が起きたりするのを未然に防いだりと、六大貴族の中でも真に国の未来を案じている人物。そんな人物であるがゆえに、馬鹿長男と影で呼んでいるバルブロが王になれば間違いなく国が滅ぶと憂慮している。

 

 だから本当は優秀で普段は演技しているだけのザナックの後ろ盾となることで、少しでも彼を次の王にするためにレエブン候は日々奮闘していたりするのだが……それら全ての思惑もナザリックがラナーの後ろ盾になった時点で全てご破算だ。

 

 つまるところこれ以上兄と侯爵に悪だくみをさせていても、ラナーとしてもナザリックとしても時間の無駄なのだ。

 

 なのでナザリックは彼らもこちらに引き込むことにした。二人の思惑は国が平和に存続すること。ならば目指すべき場所はナザリックと一緒である。

 

 呼び出された二人はラナーから伝えられたことに困惑。それでも彼女の今の姿と……<転移門>の先で、ナザリックが持つ兵力を見せられたことで完全に陥落。

 

 後にザナックはこう語る。「最初は腹違いの妹の頭がおかしくなったと思った。前からおかしいとは思っていたが、本気で壊れたと思った。おかしいのはあいつが所属していた組織だ」

 

 とにかくレエブン候とザナックはラナーが王になることに納得した。納得させられた。

 

 それからもラナーは奮闘した。アイリスが用意していた計画をラナー流にアレンジし、足りない手があればナザリックから借りていた傭兵モンスターを使って上手く事を運んだあと。

 

 第三王女はようやく王宮を離れ、エ・ランテルのサトル邸への御登場と相成った。





評価や感想いつもありがとうございます。

この路線で果たして大丈夫なのか?そう思う時もありますが励みになっております。

ランポッサ三世:中間管理職みたいな板挟みの王様。せめてバルブロとザナックの産まれた順番が違えば……。ラナーの件で心労が増えたけど後々ナザリックを連れた娘に電撃訪問される予定

ザナック&レエブン候:巻き込まれた。二人で共謀してザナックを王座にとか進めてたけどナザリックが関わった時点で全部ご破算。人の身は儚い

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