モモンガ様リスタート   作:リセット

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世界級エネミー『五色如来 蒼のコキュ―トス』

 ラナーは取り囲まれて、棒で殴られる側を何度も経験している。

 

 それが故に戦乙女(バルキリー)達に取り囲まれたことで、トラウマが刺激され体が膠着。彼女らの魔法を避けることが出来なかった。……それでなくとも、彼女はあくまでも『ユグドラシル』プレイヤー基準で見ても強い程度であり、同じ100レベルの集団から放たれた無数の魔法を、サトル達のように簡単に躱せるような猛者と言う訳でもない。

 

 また痛い目に合う。

 

 ───やだ……いたいのやだ! もういたいのいや!! ……いたいのやだぁ!!! たすけて……たすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてだれかたすけて……クライム助けてぇぇぇ!!!

 

 デミウルゴスの訓練の中、何度も懇願した。助けて欲しいと。でもサトルとアイリスが助けてくれるまでは、絶対に誰も手を抜いてはくれなかった。クライムの名を口にしても助けに来てくれるわけもない。ラナーがナザリックで訓練を受けている間、彼は遠く離れた王宮にいたのだから。

 

 その時の経験があろうとも……それでも。最後の最期にラナーが口にしたのは───

 

「助けてクライムぅ!」

 

 あの寂しい灰色の日々に色をくれた彼なら……きっと自分の世界にもう一度光をくれると信じて───

 

「大丈夫ですラナー様。私は御身を守る剣であり、盾です」

 

 絶望が思考を染め上げる中、一つの声がラナーの耳に届く。……想い人の背が自分の体を魔法から庇うように立ち塞がり、光を纏ったバスタードソードを振りかぶる。

 

 次元断層が発動し、空間と空間が遮断される。それは究極の受け流し(パリィ)。世界の間に断層を作り出す事で、あらゆる障碍を排除する『ユグドラシル』における最上位の守り。戦乙女の害意はその守りを崩せない。

 

 全ての魔法からクライムはラナーを守り切った。ポカンと言った表情でラナーは彼の背を見る。ラナーだけではない。クライムの事を現地人と聞いていたツアーも目を剥いている。サトルとルプスレギナとコキュートスも、アイリスの手解きを受けたとは言え、現地生物でしかないクライムがそれを使った事に驚いている。

 

 そして戦乙女達は───

 

「あぁああああ!! 我が主の技をお前がかああぁあ!! まねるなぁああ!!」

 

 一人の戦乙女が顔を真っ赤にしながら、槍を片手にクライムへと突撃する。スキルである突撃(チャージ)だ。その速度はゾッとするほど速い。

 

 確実に速度に特化していると見受けられる速力による突撃。怒りに任せた攻撃であろうとも、まともに受ければただでは済まない威力を持つ。

 

 顔を真っ赤にした緑髪の戦乙女の突撃は、クライムがワールドチャンピオンである事を考慮すると、一見無謀に見える行為だが……そう悪い判断でもない。

 

 次元断層には再使用までのリキャストタイムがあり、一度使えば連発は出来ない。そしてワールドチャンピオンは確かに強いが、クライムが握っているのは剣。それに対しこの戦乙女には、斬撃に対する完全耐性と刺突に対する非常に高い耐性が備わっている。

 

 唯一の懸念は物理防御と耐性を貫通する超弩級最終スキル『次元断切(ワールドブレイク)』ではあるが、それも次元断層を出した直後の技後硬直により一瞬の隙がある今なら、そこまで恐れることはない。

 

 怒りを抱きながらも、冷静に状況を見た彼女は確信する。流石にこの一手でワールドチャンピオンを崩す事は出来ないだろうが、防具らしい防具を付けているようには見えないこの下等生物は痛みに悶絶すると。そうすれば後方に控える魔法詠唱者達が、再度死の雨を降らせる。そうすれば恐らく一番厄介な相手であろう敵を削り取る事が出来る。

 

 突撃の最中、勝利への邪悪な笑みを浮かべた彼女だが……その願いが届くことはない。剣を振り切ったクライムに突撃を仕掛ける途中で───

 

<零閃>『次元断切(ワールドブレイク)

 

 彼女の首が斬れ、頭と胴に分割された。次元断切による死亡は一定時間、蘇生効果を阻害する。もしかしたら即時蘇生アイテムを保有していたかもしれないが、それは阻害され発動しない。故に……斬られた戦乙女は即死だった。

 

「え?」

 

 それを見ていたサトルが困惑する。クライムを守るために即死魔法を戦乙女に使おうとしたら、いきなり対象の相手が事切れたのだ。

 

「今の……誰がやったんだ?」

 

 サトルが見る限り、コキュートスとルプスレギナは動いていない。アイリスもツアーの頭に乗ったままだ。ラナーはクライムの後ろにまだいる。では一体誰があれをやったのだろうかと、サトルは検討するが……答えはでない。

 

 なぜ戦乙女の首が飛んだのか。それを理解しているのは、クライムとアイリスだけだ。彼女の首を飛ばしたのは、箱庭の中でアイリス相手に披露し彼女の右手を飛ばしたクライムの奥義だった。

 

 武技<零閃>。それはアイリスにどうすれば攻撃を当てられるのか。それを悩み続けたクライムが、独力で辿り着いた答えだった。どんな技や必中攻撃を繰り出しても、先読みし、回避し、必中効果が付与されているなら防御魔法や防御用の武技で防いでしまうアイリスに直撃させるのは至難を極める。

 

 だからクライムは考えた。何度も何度も考えて……一つの結論を出した。どれだけ最速の斬撃を出しても、アイリスは避けるか防ぐ。ならば最速を超えた先を目指せばいいのだと。そもそも過程が無ければ、アイリスでも防げない筈だと。

 

 すなわち『因果逆転の剣』。最初から命中している現実があれば、避けようもなく防ぎようもない。なぜなら武技を使った時点で結果が出力されているのだから。距離だって関係がない。既に当たっているのだから、距離がどれだけあろうが無意味だ。

 

 技後硬直で固まっていても問題ない。剣を振る過程がないのだから、どんな体勢からでも繰り出せる。あらゆる手間を飛ばし、因果すら無視する剣の前に多少の物理法則など障害にすらならない。

 

 唯一の弱点は相手の物理耐性の高さだが……この武技に次元断切を組み合わせれば、どれだけ耐性が高かろうが、物理防御があろうが関係なく斬り捨てられる。

 

 ……ただこれを考慮してもなお、たった一太刀で100レベルの戦乙女のHPを0にする。とてもではないが不可能に見える現象だが……これにも種がある。

 

 4年間。その時間の間に、クライムは自分の武器『脳力解放』を進化させてみせた。『脳力超開放』を超え『脳力覚醒』へとたどり着き。戦士レベルを10も上昇させる強力無比な武技へと変化させている。

 

 以前のクライムであれば、10レベル上昇したところで大した脅威ではなかった。仮に上がったところで30レベルにも到達しない。だが……この武技を使っているのは、100レベルの戦士職であるクライムなのだ。100に10を足して110。

 

 すなわち110レベルのワールドチャンピオン。因果逆転の剣を自在に操り、ラナーと交換した回復能力を底上げし即死を無効化するエーテルの指輪を装備する事で、数秒であらゆる傷から自己再生し完治させてみせる無敵の肉体を持つ最強の戦士。

 

 それが今のクライム……リ・エスティーゼ王国の『黄金』を守る、この世界の頂点に立つ王者の力だった。

 

 『ユグドラシル』において10レベルも離れたら勝ち目が完全に消滅する。それはこの世界───フロンティアでも変わらない。レベル差補正によりダメージ量も大幅に増加する。たかが100レベルのNPCに耐えられるわけもない。

 

 それが今の首落としの真相だった。

 

 あまりにもあっけなく仲間が亡くなった事で、残った戦乙女達に動揺が広がっていく。その隙を狙い、クライムはラナーをお姫様抱っこして跳躍。ツアーの頭に乗る、アイリスの隣へと飛び移る。

 

「それではアイリス達はここを離れます! あとは任せたですよコキュートス」

「委細承知。必ズヤ御屋形様ト御前様ノ期待ニ応エテ見セマス」

 

 コキュートスの返事を聞いたアイリスが指を振ると、コキュートスを除くメンバーが光の環に包まれる。その姿が掻き消える。転移魔法だ。

 

 その姿を見送ったコキュートスは、戦乙女達を見やる。

 

「貴様!! 他のやつらはどうした!!」

「魔法結界ノ外ニ出タ」

「ならばなぜぇ!! お前だけがここに残っているぅううう!!」

「……オ前達ヲ滅スルタメダ」

「滅する? 私たちを滅ぼす? きゃはははは!!!」

 

 狂ったように戦乙女は笑い出す。それは一人の笑い声ではない。全員だ。全員が嗤っている。

 

 ワールドチャンピオンは警戒していた彼女らだが、それが消えた今残っているのは蟲王(ヴァーミンロード)と思わしき相手のみ。

 

「お前はプレイヤーか? それともNPCか?」

「……至高ノ創造主デハナイ。私ハ産ミ出サレタ物ダ」

「……なぁるほどぉ……たあがああ、えぬぴぃしぃがぁ? 私達を一人で相手する? ───舐めんじゃねえぞドサンピンの木偶の坊がぁ!!! お前を殺してぇ! お前の体をバラバラにしてぇ!! お前みたいな醜いドブカスを創ったプレイヤー(蛆虫)の前に並べてやるよ三下(カス)が」

 

 ペッと淡を吐く真似までしながら、戦乙女が吐き捨てる。もう勝った気でいるのか、その態度は醜悪の一言に尽きる。その姿を見てコキュートスは怒りを抱く前に……全く違う事を考えていた。

 

 ───主を亡くしたNPC……最後に残った創造主はこの世界を守るために戦ったのに。そんな想いを踏みにじるように歪んでしまった存在か

 

 彼女たちの歪んだ在り方に対して、コキュートスは哀れだと思った。サトルやアイリスへの暴言に思うところは多々あるが、それを差し引いても……哀れだと感じた。

 

 コキュートスがサトルに、この場を自分に預けてくれと頼んだのには3つの理由がある。一つはサトルに人型を殺させるような真似をしたくなかった。

 

 クレマンティーヌを殺害した彼は、一晩思いつめるほど落ち込んでいた。そんな彼に人間の女性にしか見えない戦乙女(バルキリー)を殺させるような真似をさせたら……また滅入ってしまうのではないか。そう考えてしまったのだ。

 

 二つ目はサトルに具申したように、ツアーに自分達の力を見せるため。どこかでまだ侮っている節があるあの竜王に、格の差を分からせる事で、今後敵対するような真似をしないようにする。そうすれば、無駄に血が流れる事もない。それが最善なのだろうから。

 

 そして三つ目……自分が。同じようにプレイヤーの手で産み出された自分が、この哀れなNPC達に引導を渡してやるべきだと……そう思ったのだ。

 

 過去に固執して、未来を見れず。戻らない主への執念を破壊の欲望へと昇華させてしまった、壊れたNPC。そんな彼女らを眠らせてやるのは、同じく『ユグドラシル』のNPCである己の役目だと。そうコキュートスは結論を出していた。

 

 戻らない過去に想いを馳せたのはかつての己も同じだから。もう一度だけ、創造主である武人建御雷に会いたい。アイリスのように意思を持った今なら、会話もできる。誰かの命ではなく、自分の意思で仕える事だって出来る。だがそれは戻らない過去だ。未来を見ていない行為。

 

 グッとコキュートスは拳を握る。先ほどの会話で目の前のNPC達が本来の役目も忘れ、歪み壊れてしまっているのは明白。リクと言うギルド長の願いも踏みにじろうとしているなら……そうなる前に───

 

「私ガオ前達ヲ止メテヤロウ」

 

 これ以上忠義を汚すその前に。止めてやるのが武人としての情けだろう。戦乙女達が各々武器を手に、たった一人の蟲を殺さんと殺到する中、コキュートスは自らの力を解放する。

 

「オン・アキシュビヤ・ウン! 大円鏡曼荼羅展開!!」

 

 世界が変わる。コキュートスを中心に現実が浸食される。

 

 ───世界級(ワールド)エネミーが降臨する。

 

 

 

    ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 アイリスの転移魔法で都市の魔法結界外へと飛んだサトル一行。

 

「ここは……都市の外か。……蒼い彼はどこだ?」

 

 ツアーがキョロキョロと見回すが、蒼い彼───コキュートスの姿が見えない事に、疑問を抱いたのか口にする。どうやら戦乙女達の動向に注目していたせいで、コキュートスとサトルの会話を聞いていなかったようだ。

 

「コキュートスなら残して来た。今回はあいつ一人でケリをつけたいようだからな」

「なぁ!……何を考えている鈴木悟! 君のNPCなんだろう! なのに一人でやらせようだなんて!! ……いや、それだけじゃない! あの金髪の人間、クライムは現地人だと言っていたのも嘘なのか!?」

 

 サトル達の行動にツアーが怒りを露わにする。コキュートスを単独で残すなど、竜王からすれば暴挙も良いところ。それに加えて現地人と紹介を受けていたクライムが、あろう事か500年前に散々見る羽目になった忌々しい技を見せた。だからクライムに関して嘘をついていたのだろうとツアーは糾弾するが───

 

「ネガティブ。クライムは正真正銘、この世界で生まれ育った人間です。ただ私の手解きを受けた事で、強くなっただけ。それを信じる信じないは自由ですが……彼はこの世界の生物でありながら、努力して限界を超えた。それを嘘だと踏みにじる事は、師匠として私が許しません」

 

 凄まじい威圧感を放つアイリスに違うと告げられて、ツアーは黙り込んでしまう。意気消沈したツアーにちょっと申し訳ないと思いつつも、アイリスは都市内の映像を改造した『遠隔視の鏡』に映し出す作業に取り掛かる。

 

「それにオーナーがコキュートスを残して来たのは、彼が一人で全員を倒せるからです。……それにあそこにいたら、アイリス達はまだしも。ツアー? 貴方がコキュートスの攻撃に巻き込まれたら、即死します」

「……何? え? 即死?」

 

 アイリスが地面に寝かせた遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)が空中に中の映像を詳細に投影する。

 

 映し出されたのは、今まさにコキュートスが多数の戦乙女に襲われんとする瞬間。世界が軋んだとツアーの感覚は捉えた。

 

「始まったですか」

 

 最初の異変はコキュートスの足元。石畳だったそれが、曇り一つもない透明な鏡に変化したのだ。変化は爆発的に広がっていく。周囲一帯が鏡になっていく。何もかも反射する鏡へと。建造物も。木々も。都市を流れる水も。現実が浸食され、鏡のように一切合切を映し出す。

 

「ラナー様? あれがコキュートス様の?」

「そうよ、クライム。コキュートスが。……コキュートスだけじゃないわ。サトル様やアイリス達のような超越者を超え、『世界級(ワールド)』に到達した者の本気。世界の敵である『世界級(ワールド)エネミー』の力よ」

 

 ラナーとクライムの会話を横で聞いていたツアーが、その単語を聞き喉を干上がらせる。世界級(ワールド)エネミー。それは200年前にリクから彼が聞いた言葉。『ユグドラシル』に存在した頂点に立つ怪物達の総称。もしそれがこの世界に転移してきたなら……何があっても敵対するなと念押しをされた超級の化物。

 

 ここに来て……ようやく。ツアーは今度の揺り返しの産物が。過去一番危険な存在なのだと。気付きつつあった。

 

 

 

    ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 『世界級(ワールド)エネミー』。それはゲーム内で最強と設定されたレイドボスの総称だ。36人のプレイヤーで組む軍団(レギオン)レイド。その中でも最上位の難易度を誇る世界級エネミー達は、あまりの難易度の高さから運営は狂っていると批判された。

 

 最上位のプレイヤーだけで構成した軍団(レギオン)が前提であり、それでも勝率は1%未満の最高難度。12年の歳月の間に討伐された『世界級(ワールド)エネミー』は、七大罪の『傲慢』のみと聞けばどれだけ可笑しな調整がされていたのかが伺えるだろう。

 

 五色如来、第六天天主、七大罪の魔王、八竜、九曜の世界喰い、セフィラーの十天使。計32体の世界級(ワールド)エネミー。運営の、簡単にクリアされたら悔しいの精神を体現したモンスター達の力。

 

 それを倒すとドロップする固定アイテム(アーティファクト)を使用すると、そのキャラクターはボス化して倒した世界級(ワールド)エネミーの力を使えるようになる。だがこれは同時に呪いと称されてもいる。

 

 なぜ呪いなのか? それはボス化すると見た目が著しく変化し、装備品を身に着けても壊れるようになってしまうのだ。実際にワールドチャンピオン・ムスペルヘイムは『傲慢』のアーティファクトを使いボス化して無双したが……最後には装備耐性の無さや、身長などが変わり慣れない体になったところをつかれて敗北した。

 

 その後元の姿に戻りたいや装備を返して欲しいと彼は懇願したが、運営には聞き入れられず最後にはゲーム内で迷惑行為を繰り返したせいでBANされた。

 

 ではサトル達が使ったアーティファクトはと言うと、この欠点を克服する調整がアイリスの手で施されている。それは切替機能の追加。ステータスの強さや耐性のみを普段は適用し、力の解放をするまではパッシブスキルなどを封印することで、装備破壊を抑え込む。そしていざ解放したとしても……ナザリックの面々が持っているのは不壊属性を有するエーテル製の装備である。そう……唯一神器級すら超える世界級装備であれば、装備破壊の呪いに対抗できるのだ。更には見た目の変化も殆どない。つまり力を解放したとしても、解放前と肉体の操作にズレが生じない。

 

 ウロボロスの力を無限に使えるアイリスが用意したからこその、とんでもないアーティファクト効果だった。

 

 そして現在。コキュートスはその力を解放した。

 

 オン・アキシュビヤ・ウン。彼が唱えたのは一つの真言。それは五色如来の青を表す言葉。

 

 彼の水色のようなライトブルーの外骨格が、濃いダークブルーへと変色する。そして周囲が鏡へと変貌。その鏡から次々と人影が飛び出して、戦乙女の攻撃を止めてしまう。

 

「なぁ!! こいつらは……私たちだと!?」

 

 鏡から出てきたのは、攻撃を仕掛けた戦乙女の鏡像───複製体だった。鏡に映し出された彼女たちが、無数に湧き出しているのだ。その現象が起きているのは、コキュートスの周りの鏡だけではない。

 

 万華鏡のように合わせ鏡となったエリュエンティウ。そこに立つ建物全てが鏡となり、映し出された彼女たちを無限に反射し映し出し……それらも実体を伴う鏡像となって、鏡の世界から抜け出してくる。

 

 ユグドラシルにおいてボスには2種類いる。プレイヤーと同じシステムで作られており、本体は大して強くないがお供を無数に引き連れたタイプ。それとは別に一体だけしか出てこないが、プレイヤーとは違う専用のシステムを有し、ステータスが高く数多の特殊なスキルや魔法を駆使する本体が強いタイプ。

 

 そして世界級エネミーは両方の性質。お供を引き連れて、本体も異常に強いタイプだ。

 

 コキュートスのお供は敵対存在自身。全てを映し出し、自分と戦う事を要求させる。

 

 相手が強ければ強いほど、その脅威は加速度的に増していく。大円鏡曼荼羅は本来はHPが低くなってから使うように、ゲーム時代の世界級エネミーは調整されていたが……それはゲーム時代の運営が制作したAIの話。ここにいるコキュートスは、自分の意思で戦術を組み立てる。故に初手からこの手の条件が設定されていたスキルを使う事に遠慮などしない。

 

「怯むな! 押し返せ!」

 

 何名かの戦乙女は、手に持つ武器で複製体を攻撃するが───

 

「愚カナ」

 

 その選択は間違いだと、コキュートスは嘆く。鏡像を無視して、傷ついてもいいから自分を攻撃するべきだったと。

 

 戦乙女剣が鏡像にぶつかり、相手の肩が裂ける。その光景になんとかなりそうだと、斬りつけた戦乙女はほくそ笑むが───

 

「あがぁあぁぁぁぁぁ!」

 

隣にいた味方の肩も裂けて、そこから鮮血が噴き出す。その光景に「まさか」と、顔を乙女は引き攣らせる。彼女の脳裏に浮かんだまさか。それは決して勘違いなどではない。

 

 コキュートスが産み出した鏡像。これは鏡像の元となったオリジナルと連動している。鏡像に傷をつければ、元になった人物にも同じダメージが入る。ゆえに攻撃してはならない。

 

 しかもダメージはそれだけにとどまらない。まるで何度も斬りつけられているかのように、肩から血を吹き出し続けるのだ。

 

「まさか……まさか!!? この結界は……」

「……ゴ明察ダ。一度手ヲ出セバ、何度モ反射スル。ソレガコノ曼荼羅ノ効果ダ」

 

 先ほど斬りつけた時の光景。それが建物の鏡に映し出されているのだ。その映像は合わせ鏡として別の建物の鏡に映り……映像と連動して戦乙女の肩から再度血が出る。

 

「ボサットシテイテハ……死ヌゾ」

 

 何がなどとは言わない。言っている暇が戦乙女達にはない。鏡像が次から次へと攻撃を仕掛けてくるのだ。しかも一度で済めば御の字。鏡に映し出された反射映像の中でも攻撃されているのだ。相手の攻撃は終わっているはずなのに、鏡の中で太刀筋を受ける映像が写ると……手に衝撃。武器を取り落としそうになる。

 

 反射され続ける。相手が死ぬまで攻撃が止まない。コキュートスに近づけない。一人の鏡像を相手している間に、二人の自分が鏡の中から現れてその数を増やす。鏡像は攻撃を仕掛けてくるのに、こちらから仕掛けたら全てのダメージがその鏡像と同じ戦乙女にも返ってしまう。

 

 すでにコキュートスが産み出した鏡像は100を超える。100対29。現時点で絶望的なのに……今も無数に新しい鏡像が追加される。攻撃してはならない同格の脅威が増える。増殖する。

 

 だが……この鏡像はただの布石。本当の一撃のために用意した物。

 

 無限に合わせ鏡から出続ける戦乙女に蹂躙される彼女らを見て……コキュートスは瞑想する。

 

 あれはもしかしたら自分がたどり着いたかもしれない姿の一つなのだろうと。円卓会議の前、自分はサトルに過剰な期待をかけていた。この世で最強の御方だと。今思えばなんの根拠もないのに……そんな事を考えていた。

 

 それがサトルにはあまりにも重い期待だと気付かずに、だ。この戦乙女達の思考にもそんな考えが覗けてしまう。自分の主が一番なのだと。そのためになら数億の魂を捧げてもいいのだと。

 

 魔神化により思考が歪んでいるのもあるのだろうが……元々の思考も近かったのではないかと、コキュートスは思案する。

 

「奴ラハ私タチナザリックノシモベガ、イズレ辿リツイタ場所ナノダロウナ」

 

 ふと彼は思った。サトルが仮に亡くなったとしたら……自分たちもあんなふうになってしまうのだろうかと。

 

「私タチハ……脆イナ」

 

 何かに依存しなければ存在を証明できない人形。そのあり方は歪で歪んでいる。それでも……それだからこそ。

 

「アノ円卓会議ガアッタノダロウナ」

 

 自分で選んでください。一人の少女はそれを望んだ。いまだに自分たちはそれを完全に実践できているかといえば怪しいところはあるが───

 

「イツカギルドカラ離レ、御屋形様ノ本当ノ忠臣ニナルタメニ……今ハ邁進スルダケダ」

 

 そんな一歩のために……武人として彼女らに手向の一撃を。今は亡き主人に縛られたしもべらに、救済の一刀を。

 

 インベントリから四つの武器をコキュートスは取り出す。大太刀を2本、大槌、ハルバード。全てエーテルで出来た武装。

 

<能力向上><能力超向上>

 

 武技を使い身体能力を上昇させる。桁違いの威圧感と化した蒼き軍神の前に、球体の鏡が浮かび上がる。それは周囲360全てを映し出す水晶玉。今もなお数多の鏡像と死闘を繰り広げる戦乙女(バルキリー)も。住民のいない空虚な都市も。余す事なく映し、照らし出す。

 

「一切合切ヲ灰燼トカセ! 三界調伏! 悪鬼……滅殺!!」

 

 4つの手に握りしめられたコキュートスの武具。それが目の前の鏡体へと叩き込まれる。あっさりと砕け散る鏡の球。それをどうして壊したのか。その答えはすぐにやって来た。

 

 大円鏡曼荼羅により鏡の世界と化していたエリュエンティウ。それらの鏡に一斉にヒビが入ったのだ。それと連動するように鏡像にも無数の亀裂が入る。オリジナルと連動した鏡像に、亀裂が入ったのだ。

 

「ぎゃああああああああああああ!!!」

「めええええええ、めがあああ!!! いたいいいいいぃぃぃ…………」

「───────────────」

 

 鏡像が傷つけば、元となった本体にも同じダメージが入る。いきなり全身を犯した肉を抉り、骨を削る呪いに29人全員が絶叫を迸る。鏡の世界に入ったヒビは時間経過が経つにつれ、その大きさを広げていく。それと連動し鏡像達の亀裂も広がり……いくつかの鏡像が砕けてバラバラに飛び散る。

 

 ガクンと何名かの戦乙女が膝をつく。一度死亡したのだ。だが蘇生するアイテムを持っていたのだろう。ふらつきながらも立ち上がり……残っていた鏡像が更にいくつか自壊して、復活した戦乙女もすぐに死亡する。

 

 鏡像の複製体は幾らでもある。鏡の世界と化した世界が壊れるまで……それと連動している複製元の敵を殺し続ける。

 

 ヒビが大きくなる。壊れる。死亡。蘇生。破壊。死亡。蘇生。砕ける。死亡。蘇生。

 

 ついに蘇生アイテムが尽きたのだろう。何名かは倒れて、もう起き上がらない。

 

 鏡と化していた都市も崩壊していく。かつて繁栄を刻んだ街が、ガラスが割れるように壊れていく。

 

 そこに何かがあった痕跡を一切残さず。小さな鏡の破片へと変わる。

 

 その光景の中───

 

「リク様……私たちは……あな───」

 

 何かを青髪の戦乙女は言おうとしたが……それを言い切る前に鏡像が自壊して、彼女も何度目かの死を迎える。

 

 彼女の蘇生アイテムも尽きていたのか。もう立ち上がらない。鏡の都市と化したエリュエンティウ。魔法結界すら鏡となっていたのか、それにすらヒビが入り……破片となって壊れていく。

 

 そして全てが壊れた時。立っていたのはコキュートス、たった一人だった。彼のダークブルーになっていた外骨格が、元のライトブルーに戻っていく。

 

 コキュートス以外には、もはや何もない。残っているのは、小さな鏡の破片が山となって高く積み上がっているだけ。

 

 八欲王が創り上げた都市、エリュエンティウ。それがあった証は、唯一大円鏡曼荼羅の対象から外していたキルヴィス浮遊要塞のみ。砂漠の真ん中にあった都市は、たった一体の世界級(ワールド)エネミーの力によって、大地から姿を消してしまった。

 

「安ラカニ眠レ。アノ世トヤラガアルノデアレバ……ギルドガアル限リハソコニ縛ラレルカ。……ソレデモ、魂トヤラガアルノデアレバ……今ハ無キ創造主達ノ元デ暮ラセ。ソレクライナラバ、オ前達ニモ許サレルダロウ」

 

 八欲王が遺した都市と都市守護者達。その最後は……コキュートスの言葉で〆られたのだった。

 

 





クライム:Lv110を到達したワールドチャンピオン・フロンティア(仮名称)。これぐらい盛らないとアイリスの腕を斬れない

コキュ―トス:五色如来の改造アーティファクトを使い世界級エネミー化している。能力を解放するとダークブルーに色が変わる

零閃:結果が先にある過程の無い因果逆転の斬撃。距離無制限(クライムの認識が射程になる)。これと次元断切を組み合わせる事で防御・耐性貫通攻撃になる。唯一の救いは次元断切にリキャストタイムがあることぐらい

大円鏡曼荼羅:五色如来・青が使う大結界。最大効果範囲はこの結界が使われたワールド全域。ゲーム時代には残りHP5%の時に使ってくる理不尽技だったが、コキュ―トスの場合は初手から使ってくる

次回はリスタート3エピローグ
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