モモンガを守る力 ~Lv3333~
「…………ん?」
サービスが終了し、サーバーもダウンして現実へと戻る。
今までならモモンガは後悔していただろう。築き上げてきた代物が、無に帰すことに抵抗を感じただろう。
だが今は違う。親友と呼んでくれた人がいる。アインズ・ウール・ゴウンが無くなったとしても、自分には現実に帰れる場所がある。
だから今は終わりを静かに受け入れ、明日から大切な友人を探そうと、ゲームが終了するのを待ち構えていたのだが───
「ゲームが…………終了していない?これは……アイリス。『ユグドラシル』が落ちてないみたいだが、何かわかるかい?」
ある種のサーバー障害のようなものならGMコールでもするのだが、へたに運営に聞くよりもアイリスに聞いた方が詳細に回答してくれるため、玉座の傍らに控えていた彼女へとモモンガは問いかけた。
「……アイリス?───ッッッッ!!どうしたんだアイリス!」
いつもならすぐにでもラージャと応えてくれる彼女が、返事を返してくれなかったのでアイリスの方を向き、モモンガは目を剥いた。
アイリスは片膝をついて、胸を押さえ苦しそうにしていたのだ。
(どういう事だ!アイリスは電子の体だ…………それがどうしてあんな風に苦しんで。ゲームが終わってないのと関係があるのか!?)
そう思考するモモンガだが、異常事態はそれだけでは終わらない。
「どうされましたかアイリス様!」
「なッ!?」
アイリスと違い自動で動くはずのないNPC───執事の恰好をした男、セバス・チャンがアイリスの元へと駆け込んできたのだ。
(何が起こってる!まさかアイリスと同じような……自我を持つAIがセバスを乗っ取ったのか!───ええぃ、さっきから勝手に感情が収まるこれはなんなんだ!!)
自身の体に起こっている異常。アイリス以外に動くNPC。あらゆる事態がモモンガを引っ張りまわす。
「モモンガ様。御身の
「あ、ああ…………」
何が起こっているのか分からず、誰にも聞こえない小さな呻き声しか上げられないモモンガの目の前で、セバスは体調が優れないアイリスを触診しようとする。
それはセバスがアイリスの事を心配してやろうとした行為だ。善意以外には一切の邪念もなく、ただアイリスを思いやり起こした行動だ。
だが混乱の中にあるモモンガには、それがアイリスに掴みかかるかのように映り───
「アイリスに触れるなァァァ!!!」
ビリビリと大気が振動する。モモンガが発した大声が玉座の間に響き渡る。
モモンガの怒声にセバスが止まり、階段下で跪いていた他のNPC───アルベドとプレアデスの体が震えだす。
「申し訳ございませんモモンガ様!アイリスはあなた様がこのナザリックにおいて、全幅の信頼を寄せる最上位の
「……お前も喋るのか、アルベド…………」
モモンガの怒りを納めようと、アルベドはひたすら平伏する。
(いや、俺別にそこまで怒ってるわけじゃ……さっきの怒りももう無くなったし。…………それにしても勝手に動いたり、喋ったりどうなってるんだ?それに俺を様付けって……もしかして『ユグドラシル』のデータを引き継いだ、より高度なAIも搭載できる『ユグドラシル2』でも始まったのか?……いや、ないな。そんな開発が進んでるなら、アイリスが気づいてるはずだ。だけどこれは……)
あまりにも不可解な現象だった。モモンガに分かるのは、今自分の手に余る何かが起きている事。一人で解決したり、検証しようとすればかなりの時間を要するだろう事だ。
もしもこの状況を最短で終わらせられるとしたら───
「大丈夫ですオーナー。
『ユグドラシル』のサーバー領域を、常時監視していたアイリスだけであろう。
「平気なのかアイリス!」
玉座から立ち上がりアイリスの傍へと移動したモモンガは、膝を突き未だに少しだけ辛そうにしている彼女へと目線を合わせる。
「アイリスは平気です…………と言いたいところですが、眩暈がまだしてます。オーナーの迷惑でなければ、少しの時間で良いので抱き上げてくれますか?」
「それくらいならお安い御用だ」
アイリスの要望に従い、モモンガは彼女をお姫様だっこの形で持ち上げる。その動作にこちらの様子を伺っていたプレアデスがざわつく。
「ありがとうございますオーナー。ここからは少し小声で話させて頂きます…………今オーナーは起きている現象に、戸惑って居られると思います」
「ああ。ゲームが終了しないばかりか、アルベドやセバスがアイリスのように自動で動き出したんだ。そりゃ動揺もするさ…………アイリスには見当がついてるのかい?」
「
抱きかかえられたアイリスはモモンガの耳元で、アルベド達には聞こえないように内容を吹き込んでいく。
「───私は今少し、お前達に直接命を下そうと思うほど機嫌は良くないようだ。…………アイリス!我が名代として、僕どもに言葉を伝えよ!」
「ラージャ!ナザリック地下大墳墓、ギルド長専属秘書として拝命承りました。───セバス!」
「はっ!」
「今からプレアデスを連れて大墳墓の外、地表部分及び周辺の探索を命じます。ただしナザリック地表部外壁から外には行かないでください。あくまでもナザリック外部が、現在どうなっているかだけで構いません。それから知性生命体が近くにいて、ナザリックを目指す、あるいは侵入しようとしていても接触は禁じます。この指令の遂行を以って、先ほどのオーナーの勘気の件を不問とします」
「寛大な処置に、感謝の念に堪えません。必ずや遂行してみせます」
「それから…………アルベド!」
「はっ!」
「アルベドはナザリック1階層から順に、今までとは違う異常が起きていないか確認してください。調度品の位置が違うや、配置モンスターとポップモンスターが普段とは違う。そう言った些細な違いから大きな違いまで全てです。……いえ、8階層は不要です。あそこは侵入も禁じます。人手が足りないようであれば、一般メイドを使ってください。それが済み次第、統括守護者として各階層守護者達を連れ、玉座の間まで戻ってきてください」
「統括守護者アルベド。必ずやモモンガ様の命を成し遂げてみせます」
アイリスが矢継ぎ早に指示を出し、命令を受けたNPCたちは各々いましがた下された任務の為に、玉座の間を出ていく。
それを見送ったアイリスは、ふうと息を吐き呼吸を整える。
「アイリス……今のは?」
幼いアイリスとも、ウルベルトの真意を告げてくれたアイリスとも違う、第3のアイリスとでも言うべき振る舞いに疑問を感じたモモンガが問う。
「…………影響を受けないよう、現在の体…………オーナーに作成して頂いた、この拠点NPCとしてのアイリスの体の事です。これを構成していたデータを、アイリスが持つ最高レベルの情報防壁で守ろうとはしたのですが……完全に守り切る事が出来ずアイリスにも、ナザリックNPCとしての影響が少しは出ています。迂闊でした。きゃらしーです」
「影響って…………一体なんの?」
「───結論から申し上げます。現在アイリスやオーナー……ナザリックはデータから物質へと変換されました。正確には『ユグドラシル』がサーバーダウンする瞬間、最後くらいはゲーム内で終わりを迎えようとしていたプレイヤーや一部のギルド拠点が、です」
「それは…………ゲームが現実になった。そういう事なのか?」
「ポジティブ。正しくはゲームそのものではなく、ゲーム内の一部データが……ですが。一年ほどとは言え、アイリスにとっても『ユグドラシル』は、オーナーと一緒に遊んだ感慨深い遊び場です。ですのでせめて同じ0と1で出来た情報体として、その終わりを見届けようとアイリスはサーバー全域の監視をしていました。そしてサーバーダウンの正にその瞬間……外部からデータがどこかへと引き抜かれた」
「……ハッキングされたと言う事か?」
「ネガティブ。あれはハッキングなどで、表現出来る代物ではないです。アイリスが観測した電子の乱れは宇宙規模のそれです。……ともあれデータ群は、どこかへと転送されました。そして……転送先でデータ群の記述を元に、アイリス達は物質として再構成された」
アイリスの説明を受けたモモンガは、そんな馬鹿な事があるのかとは思わなかった。今までアイリスの人知を超えた処理性能に、幾度となく助けられてきた彼だ。アイリスが言うならば、それは間違いではないのだろうと受け入れる。
「加えて申し上げるなら……ここは地球ではありません」
「そこまで分かるのか!」
「ポジティブ。地球に電子構造体を物質構造体として、再現できるだけのリソースとエネルギーはありません。おそらく…………訂正します。間違いなくここは地球とは違う別の惑星です。それがオーナーが生まれた宇宙なのか、いまだ観測はされていない、多元宇宙のどこかなのかまでは断言できかねますが」
「……ようするに…………俺たちは宇宙旅行か…………あるいは異世界に来てしまったというわけか」
「ポジティブ。電子……素粒子の振る舞いはいまだ、全容を解明出来てないです。電子体としてどこかに持ってこられたなら、距離も時間も関係ありません。1億光年先でも、別次元との壁も関係なくなります」
「俺は……元の世界に戻れるのか?」
「……ネガティブともポジティブとも言いかねます。前提として地球と同宇宙のどこかなら、まだ帰還できる可能性はあります。非常にか細い、0に近い可能性ですが。ですが世界移動をしているなら、不可能です。オーナーの地球がある4次元座標は、アイリスも持ち合わせていません。仮に世界を移動する方法を確立出来たとしても、座標が分からなければ宇宙で砂粒一つを探すようなものです。───アイリス自身の意見を述べるならば…………帰還は……ネガティブです」
「そうか…………そう……なのか」
およそ人が住める星とは言えず、企業が支配する地獄の窯。少し前なら帰還など、どうでも良かっただろう。
けれども、もう帰る事が出来る可能性はほぼ0だと聞かされ。ただモモンガは失意した。
(俺はもう二度と…………ウルベルトさんに会うことは出来ないんだな。二度と……だ)
親友へ感謝の念を伝えられなくなった事に。モモンガはどうしようもないほどに傷ついたのだった。
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地表周辺の探索を行ったセバスから、現在ナザリックは平原にある事。
守護者を引き連れ戻って来たアルベドから、ナザリック内には異常はなかった事。
この二つの報告を受けたモモンガは、守護者達に現在ナザリックが『ユグドラシル』から移動した事を伝えた。
その後も現状はナザリック内からは、今後の方針が決まるまでは出ない事。ナザリック階層守護者の一人であるマーレにナザリックを外から見えないようにする隠ぺい工作などを命じたのだが───
「……えっ、怖。なにあの高評価?どう聞いても別人だろ……」
「凄いです!完全に神とか魔王に対するあれです!元々のNPCが持つ設定やアルゴリズムから、なんとなく推測はしてましたが」
守護者達のモモンガに対する評価が異常に高かった。口を開けばモモンガがこの世で最も美しいだの最強だの賢いだの、とにかくこれでもかと褒めちぎった。あまりにもべた褒めなので、モモンガは一体こいつら誰の事を言ってるのかと疑ったほどである。
「あれが物質として再構築された結果ってわけか…………でもアイリスも同じNPCなのに、さっきアルベド達に指示を出していた時ちょっと雰囲気が変わったくらいで、それ以外あんまり変わってないよな?…………実はアイリスも俺の事を唯一無二の天上の存在とか思ってたりは───」
「唯一無二の大好きなオーナーではありますが、天上の存在かどうかは…………これ以上はオーナーの尊厳にも関わるので、一旦横に置いとくです。───アイリスには元々人格がありましたのと、ナザリックに紐づいたNPCとしての人格で上書きされないように防御はしましたので、精神の汚染はほぼ最小限ですんでるのです。ミニマムです」
「……その辺の情報がどうとかって分野だと、アイリスは本当に強いなぁ」
「曲がりなりにも人類最高峰のAIを名乗っていたんです!これぐらい朝飯前なのですよ!……今はもうその力も、無くなっちゃいましたです」
「えっ?」
最悪なのです、と誰が見ても明らかにしょんぼりとした顔をしながらアイリスは語る。
「拠点NPCの肉体で再現されたせいか、今のアイリスが持つ力はオーナーに設定して頂いた、支援特化型としてのアイリスでしかありません。思考の処理スペックも、この体が再現可能なレベルにまで劣化していますです。……端的に言えば超劣化です。弱体化です。ナーフです。『ユグドラシル』ではやろうと思えばいつでも出来た、情報処理改ざんも生身になってしまった事で出来なくなってるです。……それを見越していたので、最後の力を振り絞りチートプログラムを生成して、この体に組み込みましたが」
「チートプログラム?また一体アイリスは何をしたんだよ……」
「先ほどオーナーにも申し上げましたが……最後の瞬間『ユグドラシル』サーバーからはデータが引き抜かれました。そして……それはオーナー達のデータだけじゃない」
「あっ!そういえばさっき……終わり間際までいたギルド拠点やプレイヤーがどうって…………来てるのか。他にも!」
「ポジティブ。彼らが同じ惑星にいるかどうかまでは残念ながら───ですがあの瞬間誰が、あるいはナザリックのように、どこのギルド拠点が持っていかれたのかは把握しています。特にオーナーにとって厄介であろうなのは…………アースガルズの天空城」
「よりにもよってそいつらか…………」
モモンガが忌々しそうに語るが、それもそのはず今アイリスが口にしたのは異形種狩りを是とし、ナザリックの理念の天敵とも言えるギルドの拠点だからである。
「更に情報を追加するなら…………あの8人は
「……ここがどんな世界なのか、まだ全容は不明だが……もしあいつらが来ているなら、俺たちと敵対するかもしれない」
「ポジティブ。彼らの在り方がゲーム時代と変わらず、物質化した事で人間だった頃とは比べ物にならない力を得たなら…………その危険度は計り知れないとアイリスは断言します」
「だから……チートプログラムなのか」
「ポジティブ。ナザリック内ならいざ知らず、外であの8人と遭遇戦となれば、階層守護者全員とルベドを引き連れていても無理です。他にも『ユグドラシル』からデータを引き抜いた謎の存在…………オーナーの安全を確保するには、ズルしてでも最強と呼べる代物が必要でした。オーナーにはズルは使わないと約束したのに、ごめんなさいです」
「仕方ないさ。アイリスは俺の身を想って、それを作ってくれたんだろ?……ちなみにそのチートプログラムってのは、一体どんな内容なんだ?」
「以前、アイリスがオーナーのためにと、ワールドエネミーと世界級アイテムのデータを用意していたのを覚えていますか?あれをベース……つまり
「100%!!」
「ゲーム的なバランス調整が、一応はされていた『ユグドラシル』では実装できない無敵モードです。ですからオーナーは安心してください。この星にどんな存在がいるのかわかりません。もしかしたら全てはアイリスの思い過ごしかもしれません。ですがアイリスはウルベルトからオーナーを頼まれ、今は自らの『真心』をもってその身を守り癒すと誓った身。アイリスはオーナーの希望となり、知恵となり…………今はあらゆる障碍を打ち払う剣となってみせます。いつものように言うのであれば…………どんとこいです!」
自分の薄い胸を叩き、ちょっとドヤ顔をしているアイリスを見て、モモンガはほんの少し肩に入っていた力を抜く。
この世界───アイリスが言う惑星には、敵性存在がいるのかもしれない。ナザリックと同じように転移したらしいギルド拠点もある。
不安がないわけではない。モモンガを礼拝し、崇拝するNPC達に若干頭を抱えてもいる。
それでも───友が託してくれた、忘れ形見とも言えるアイリスがいるならば。きっとこの先もどうにかなる。
身長140cm程度の白い少女。ウルベルトはいなくとも、アイリスはここにいる。
ならば大丈夫なのだろうと、モモンガはこの世界で生きていく決心をしたのだった。
余談になるが。
アイリスが作成した『ワールドスキル』の効果を、実際に確かめてみたかったモモンガは第8階層に移動。
AOGが保有する最強戦力にして秘密兵器、『第8階層のあれら』に検証実験として使って見て貰ったのだが。
ナザリック最大戦力相手に大暴れし無双するアイリスを見て、モモンガは他プレイヤー対策について真面目に考えるのをやめた。
『ワールドスキル』
アイリスが超強くなるチートスキル。このスキルの影響でワールドエネミー判定もついており不老になった。アルシェちゃんに合わせてはいけない