モモンガ様リスタート   作:リセット

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訪問サトル邸

 大慌てで組合を出ていったブレイン。彼の背中が見えなくなったところで、『蒼の薔薇』に対して『漆黒の剣』は挨拶をした。

 

 それに慌てて挨拶を返すラキュース。イビルアイ以外は1ヵ月前まで、銀級に過ぎなかった『漆黒の剣』がどうしてアダマンタイトに登り詰めたのかを疑問視していたが……ズーラーノーンの打倒によるオリハルコンへの昇格。その後、エ・ランテル近くで発見されたギガント・バジリスクの2体同時討伐の手柄で、アダマンタイトに昇格した話を聞き少し自分達の態度を改めた。

 

 しかし『漆黒の剣』のアダマンタイト昇格最大の要因───第八位階に到達したセリーシアの話を聞いた時には、思わず否定の言葉を投げてしまった。

 

「第八位階なんてありえねえだろ普通!」

 

 とはガガーランの言葉だが、それはイビルアイが否定した。

 

「……本当に第八かどうかは分からんが……その女は強い。少なくとも、何の備えも無しなら私はやりあいたくない」

 

 実力センサーを備えるイビルアイは、セリーシアの危険度を正しく見抜いてみせた。その他の三人に関しても、ガゼフと同等か超える実力者だとも正確に把握してみせた。彼女の危険度を見抜く才能はとても精確。

 

 本来の歴史においても、王都に出現した大悪魔・魔皇がツアー級だと判断し、仲間を逃がそうとしたイビルアイはセリーシアが逸脱者の領域に達していると勘づいていた。

 

 ガゼフ相当が三人に、ガゼフと御前試合で死闘を繰り広げたブレイン。そしてイビルアイがやりあいたくないとまで宣言する第八位階魔法詠唱者。アダマンタイトと言われたら、それはそうだろうと納得せざるを得ない。むしろそれだけの実力者たちがアダマンタイトになれなかったら、冒険者の理が捻じ曲がってしまう。

 

 けれどもなぜ銀級冒険者だった『漆黒の剣』が、アダマンタイトに成れるほどの実力者になったのか。それを聞き出した『蒼の薔薇』は少し閉口した。

 

「私達は『黄昏』に鍛えて頂いたんです」

 

 ここでも『黄昏』かと。エ・ランテルに来てまだ時間も経っていないのに、誰かが口を開けば『黄昏』の名が出てくる。それだけサトル達が与えたインパクトは強かった。

 

「それでは私たちは、また用事があるのでこれで失礼させて貰います」

 

 そう言って別れ、組合を立ち去っていく『漆黒の剣』。その後受付にオリハルコン級やアダマンタイト級が必要な依頼があるか『蒼の薔薇』は尋ねたが、塩漬けになっていた案件などは全て『黄昏』と『漆黒の剣』が片付けてしまったのだとか。

 

 それを聞き組合でする事も無くなった『蒼の薔薇』も建物から出て───

 

「……ラキュースは姫さんに会いてえだろうが、俺は先に魔樹と竜を見に行きてえ」

「奇遇ね、ガガーラン。私もそっちを先に見に行ってみたいの」

 

 ラナーに会うのも大事だが、それ以上に誰もが口を揃えて神話の英雄だと讃える『黄昏』の功績を見に行きたいとガガーランが言えば、ラキュースもそれに乗っかる。

 

 イビルアイは<飛行>の魔法で。ティアとティナは忍者のスキルを使えば城壁を乗り越えられるが、ラキュースとガガーランに合わせて徒歩で移動。

 

 彼女たちは全員で正門から出て、裏手にあると言う城壁外の広場を目指す。その広場には『蒼の薔薇』以外にも先客が大勢おり、中心にある巨大な死骸と二頭の竜の周りに群がっている。

 

「で、でけえ……これが大魔樹の死骸!!!」

「死骸でも分かるわ。これは神話の怪物よ…………これを……こんなのを人が討伐できるの……」

 

 『蒼の薔薇』の眼前。広場に横たわるのは巨大魔樹───ザイトルクワエの死骸だ。彼女達はこれが動いているところを見た事はない。それでも、これだけの巨体が自分の意思で動き力任せに六本の触手を振り回したりすれば……

 

「難度250……つうのは嘘じゃねえな。手で叩いてみたら分かるが、いやに硬てぇ。俺が鉄砕きで殴りつけても、恐らく樹皮を壊す事も出来ねえぞ……多分」

「物凄く頑丈……」

「……ありえないほど丈夫」

 

 ガガーランが小手を付けた手でコツコツと叩くと、彼女の手に返ってくるのは鋼鉄の塊で出来ているかのような感触と音。受付が語っていてアダマンタイトより強固と言う話が本当なら、とてもではないがガガーランにもこの死骸は破壊出来ない。……アダマンタイト級の純前衛職が、挑戦する前から不可能だと判断せざるを得ない物質がここにはあった。

 

 ガガーランや双子がそんなやり取りをしている傍ら、イビルアイの目は赤い竜と白い竜に向けられる。

 

 ───やばい……あの竜二頭はまずい……あいつらはツアーより遥かにやばい!

 

 250年生きたイビルアイは、その昔十三英雄と呼ばれる集団に力を貸し魔神戦争に参戦した。

 

 その時の仲間に鎧を操作していたツアーがおり、鎧が空っぽだと判明した後本体の竜に会いにいったりしたこともあるが……その時の記憶と比較して。目の前にいる二匹の竜が持つ強さは、竜王より上だと認識出来てしまった。どれぐらい上なのかは判然としないが。

 

 イビルアイに分かるのは、竜王すら上回る何かがここにいると分かるだけだ。

 

 ───あ! ああ!! こ、こら何してるんだあの糞餓鬼は!!

 

 そんな怪物二頭の頭に、あろうことか10歳くらいの女の子が乗っているのだ。普通ドラゴンは人間を乗せるようなことはない。彼らには最強の生物としての誇りがある。穏やかな竜王であるツアーにしても、友人たちを背に乗せたりすることはなかった。ましてや頭になど乗られようものなら、即座に激怒し小さな生き物などたちどころに地面の染みになるだろう。

 

 それを知っているからこそイビルアイは、アンデッドになり動かなくなった心臓が跳ねるのではないかと恐怖したのだが……赤いドラゴンは特に動じず、小さな少女の好きにさせているのだ。竜の表情はイビルアイには分かりにくいが、表現するなら「しょうがねえなぁ」だろう。

 

 その光景にイビルアイは驚愕する。いつでも殺せるような人間にそんな舐めた真似をされて、ドラゴンが激怒しないパターンはたった一つだけ。完全に飼いならされている時だけだ。

 

 ───あの赤い竜は、服従している……つまり……『黄昏』を上だと認めている……

 

 ツアーを超えるような竜を、まだ見ぬ『黄昏』が屈服させているのだと気づいたイビルアイは仮面の下で目を剥き卒倒しそうになる。それは彼女の常識では絶対にありえない現象。世界最強だと思っていた竜王を超えるドラゴンが上だと認める冒険者。それはあり得てはならない。あっていい訳がない。この世の理を超越してしまっている。

 

 その時……イビルアイの脳裏でいくつかの情報が繋がっていく。突如として現れた駆け出しの冒険者。この世の法則を無視したかのような怪物。ある日突然どこかから……

 

 それらは昔、十三英雄のリーダーから聞かされた話。『ユグドラシル』からやってくる化物ども。すなわち───

 

「『黄昏』は……プレイヤーなのか?」

 

 イビルアイは独り言を呟き、自分でその可能性が非常に高いのではないかと自問自答する。プレイヤーだとするなら、出鱈目さにもある程度納得がいく。

 

 イビルアイが知るプレイヤーは皆強く、その中でもリーダーは別格だった。最初は平凡な男だと思っていたのに、あれよあれよと言う間に強くなり。最後にはこの世の誰よりも強くなった。

 

 ───プレイヤーか。ツアーの奴が昔プレイヤー関係の何かを見つけたりしたら教えて欲しいとか言っていたな。……今度評議国にでも赴いて教えてやるか

 

 既にツアーが、件のプレイヤーに振り回されている事を知らないイビルアイは心の中でそう決める。

 

「こらー! 降りてきなさいネム! ドライグさんに迷惑でしょ!」

「ん?」

 

 赤い竜の頭に乗っていた少女に対し、10代半ばぐらいの少女が声を張り上げ怒鳴っている。その少女の輪郭と赤い竜に乗る少女───ネムと呼ばれた子供が似ている事にイビルアイは気づく。

 

「姉だろうか?」

 

 イビルアイがそう推測している間に、ネムと少女の間で口論が勃発する。 

 

「え~? でもアイリス様は別に良いって言ってくれたもん。それにドライグも怒ってないよ?」

「そんな問題じゃないでしょ! サトル様やアイリス様は優しいけれど、私は甘くないんだからね!」

「ま、まぁまぁ……そんなに怒らなくても。ドライグさんは優しいし、エンリが思ってるほど迷惑に思ってたりは───」

「ンフィーは甘い! もう数年も経ったらネムも大人になるのに!!」

 

 ぷんすか怒っている少女───エンリと、そのエンリにンフィーと呼ばれた少年───少年と言うよりは青年だろうか。エンリより頭1個分ほど高く、すらりとした体格。長い髪をオールバックにして、後ろに紐で束ねている整った顔の青年がエンリの言葉に力なく笑いながら誤魔化している。

 

 皆がそのやり取りに注目する中、妹が折れたのかドライグの頭から降りてくる。

 

「今日はもう帰るよね。エンリとネムを送るよ」

「ばいばいドライグ! また遊びに来るね!」

「うむ。いつでも来ると良い。主の友であれば、私は快く歓迎しよう」

「本当にごめんなさいドライグさん、グイベルさん! 今度アイリス様に手土産を持ってきます」

「……主は甘い物が好物だ。特に手作りの甘味が」

「分かりました! お菓子は得意じゃないですけど、今度焼き菓子でも作ってみます!」

「はは、それじゃ。開け! 転移門(ゲート)

 

 ンフィーが腰のポーチから取り出した赤い薬品を中空に投げつけると、瓶が割れ中身が散らばる……かと思われたが、それは地面に撒かれたりはせず、液体で魔法陣が描かれる。

 

 その魔法陣が形をぐにゃりと、黒い穴へと変化。そこにンフィーとエンリとネムが消えていく。

 

「ハムスケのお土産に色々と買ってみたけど、これ喜んでくれるかな?」

「どうだろうね? まぁ、ネムがくれるなら喜んでくれるんじゃないかな」

 

 そんな会話を最後に黒い穴が消滅する。その光景ぐらい慣れた事なのか、特にエ・ランテル住民は騒ぐこともなく───

 

「待て! どうなってるんだここの住民は! 今の転移魔法を見て、何も思わんのか!!?」

 

 イビルアイが強く突っ込んでしまう。

 

「ねぇ、イビルアイ。今のってやっぱり……」

「……ラキュースか。ああ、間違いない。あれは転移魔法だ。それも私が見たこともないような、非常に高度に組まれた」

「転移魔法を見ても動じねえか。ならエ・ランテルの市民はあんなんを見慣れちまったってことだろうな。……かぁ!! そりゃ俺たちが電撃訪問しても驚くわけがねえ! さっきのンフィーってやつと言い、イビルアイが強いって認める『漆黒の剣』と言い、とんでもねえのがうじゃうじゃ湧いてんじゃ、アダマンタイト級冒険者程度じゃ驚くにも値しねえか」

「悔しいけどこの魔樹を倒して───」

「───あんな一目でまずいと分かる竜を従えてる『黄昏』は別格」

 

 いつの間にかイビルアイの傍に『蒼の薔薇』が全員集合していた。彼女らが見つめるのはさっきまでネムと言う少女の遊びに付き合っていたドラゴン達。

 

 戦うまでもない。自分達ではあの竜の相手にもならない。あれが地を這うだけの相手ならば、まだ<飛行>魔法が使えるイビルアイが、空から一方的に魔法を連射すれば多少は手傷を負わせられるかもしれないが……相手は翼を持つ空の王者。一瞬で叩き落されイビルアイは死亡するだろう。

 

 この日。初めて。自分達が首にぶら下げるアダマンタイトのプレートがちっぽけな物なのではないかと。イビルアイは250年の歳月全てが何の役にも立たないのだと。

 

 なまじ強者の側に立つ『蒼の薔薇』。彼女達はことさら自慢したりはしないが、それはそれとして自分達の実力に確かな自信を持っている。

 

 それは強者であれば持って然るべき自信だ。行き過ぎた謙遜は嫌味でしかない。仮に他人にあんたは強いかと聞かれたら、当たり前だろと返すぐらいには強さの自覚がある。

 

 だからこそ……強者を超えた超越者が住む街、エ・ランテル。ここに来た事で、今までの常識が少し壊れつつあった。

 

 

 

    ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 気を取り直した『蒼の薔薇』は、当初の予定通りラナーの見舞いへと赴く。ただしその足取りは重い。その重さの原因はなんとなく分かってはいるが、誰もそれは口にしない。

 

 そんな重い足取りで彼女らがたどり着いたのは───

 

「ここが『黄昏』の住まいで───」

「───ラナーが療養している場所ね」

 

 ……王宮を出る前。ラキュースはザナックから、医療術師の名前は聞いていた。鈴木悟。……『黄昏』のチームリーダーでもある人物だった。

 

「ほぉん……年季が入っちゃいるが、結構良い建物じゃねえか」

「しかしラナーの奴が療養の一環として住むには、少しボロくないか?」

 

 『黄昏』と言う英雄すら超えた何かが住む場所。ラキュース達は、今度はどんなとんでもが出てくるのかと警戒して来たわけだが……あまり大したことはないなとちょっと安堵していた。

 

 ここに来るまでにも街のそこかしこで、『黄昏』の名を聞いていた。そんな連中が住む場所としては、確かに立派ではあるものの。話に聞いたりしていた出鱈目さや城壁外で目にした規格外さに比較すると、なんとも普通だな~と言うのが『蒼の薔薇』の率直な感想であった。

 

「ここで屯していても時間の無駄」

 

 ティアが門扉を開き中に入ろうとする。確かにここでこうしていても時間が勿体ないし、中に入らないとドアノッカーも叩けない。彼女のあとに続き門扉から敷地内に足を踏み入れようとし……その前にティアが門扉から出てきた。

 

 さぁっと。ティアの顔が蒼褪める。それを見ていた全員も蒼褪める。

 

「今……ティアの奴中にはいったよな?」

「あ、ああ。その筈だ。なのに……出てきただと!?」

 

 イビルアイが開けた門扉に手をいれるが……その手が敷地側から飛び出してくる。

 

「これは……空間が歪んでいる! 入れないようにされているんだ!!」

 

 自分が口にした言葉を確かめるために、<飛行>の魔法で浮かび上がり上空からイビルアイは敷地内に入ろうとするが……これも不発。

 

 では転移魔法ならどうだと試みるが、魔法自体が発動しない。

 

「駄目だ……入る手段がない。恐らく、敷地全体が結界で覆われている。原理自体を解明しない限り、建物どころか敷地にすら入れん」

「おいおいマジかよ! これも『黄昏』って連中が何かしたってことか!?」

「なんでそんなことを……」

「……『黄昏』は魔樹を竜に見張らせるような連中だ。なら他にも何かマジックアイテムだったり貴重な物品を数多く持ってるのかもしれん。その防犯用だとしたら完璧だ。そもそも敷地にすら入れんのだからな」

「イビルアイでも原理は分からない?」

「難しいな。マジックアイテム由来の結界なのか、それとも魔法によるものなのか。そこから説き明かしていかねばならん。無理矢理解除して入ろうとすれば、数年……下手をすれば数十年はかかる」

 

 イビルアイの説明に、ではどうしたものかと一同は悩む。使うつもりはなかったのだが、仕方ないとイビルアイが<伝言>の魔法を使い、ラナーかクライムに連絡を取ろうとするが……それも遮断されているのか届かない。

 

「仕方ないわ。屋敷の人が出てくるか、帰ってくるのを待ちましょう」

 

 そこから門扉前で待つこと数十分。「やることねえなぁ」と暇そうにしていた彼女らの前にようやく救世主が現れた。

 

「こいつら門の前で座り込んで、何をしてるでありんすか?」

「おや? ふむ……アダマンタイトのプレートに女性のみ……ああ、彼女らは王都で活動している『蒼の薔薇』ですね」

 

 暇すぎて指相撲をしていた『蒼の薔薇』が顔を上げると、そこにいたのは二人の男女であった。

 

 一人はイビルアイに近い身長の少女。長い銀髪に月に照らされたが如き美しき───と言うかシャルティアだった。

 

 もう一人は若い男性だ。軍帽から白と黒が混ざったまだら髪を覗かせ、サトルとアイリスを足して割ったような整った顔立ち。赤い眼ながらも、左右で微妙に違い、片方は澄んだルビーのような赤眼。もう片方は燃えるような灼眼。オレンジ色のネオナチ軍服に、長いロングコートを肩に引っ掛けた男性だった。

 

「ふうん……なんでそんなのが、旦那様の御屋敷前に座り込んでるでありんしょうや」

「聞いてみましょうか。申し訳ありませんが、何か当屋敷に御用でしょうか」

 

 頭に被っていた軍帽を取った男性が『蒼の薔薇』に、大仰な手振りで腰を折る。慌てて立ち上がるラキュース。あまりにもはしたないところを見せたと、少し顔を赤くしている。

 

「この御屋敷の方でしょうか? 私はアダマンタイト級冒険者、『蒼の薔薇』のラキュースと申します。この御屋敷で友達が……その、療養しているとお聞きしてこちらに伺ったのですが……」

 

 もし違った場合まずいと思い、ラナーの名前は出さずに友達とだけラキュースは伝える。男性はその意図を正しく理解したのか、「なるほど」と呟き───

 

「『黄金』はこの御屋敷にありますよ」

「! ……『黄金』を見る事は可能ですか?」

「少々お待ちください、確認しますので……」

 

 男性が頭に手を当てて、少しばかり時間が経ち───

 

「許可が下りました。お会いになられるそうですよ。さ、こちらへどうぞ」

 

 男性が門扉を開けて、ラキュース達を招き入れる。彼の後ろに付いていく『蒼の薔薇』。今度は先ほどまでと違い、結界に阻まれる事もなくすんなりと敷地に入れた。

 

 シャルティアと男性が先に屋敷の扉を開き、中に入り。続いて『蒼の薔薇』も中に入ったのだが───

 

「……私たちは……『黄昏』を。まだ侮っていたのかもしれん……」

「中の構造と、建物の外観が一致しない」

 

 入口の中に入ったら、巨大なエントランスホールが広がっていた。二階に続く大階段があり、大階段の上の壁には禍々しい骸骨の魔王とでも呼ぶべき絵画が飾られ、全てが宝石で造られた魔法のシャンデリアが中空に浮いていた。

 

「こりゃ一体どういう事なんだ? このホールだけでも、屋敷より明らかにでけぇ……」

「マジックアイテムによる拡張だろう。昔似たようなものを見た事がある。……だがこれだけ規模を拡大させられるアイテムとなると……すまん。あまりにも馬鹿げた代物過ぎて、妄想の産物としか思えん」

 

 『蒼の薔薇』で一番マジックアイテムに詳しいイビルアイが匙を投げる。真面目に『黄昏』について考えるのが馬鹿らしくなって来ていた。

 

 シャルティアは「後は任しんした」と言って、一同の前から立ち去っていく。

 

「ではこちらに。応接室がありますのでご案内します」

 

 男性の案内で『蒼の薔薇』が通されたのは、これまた豪奢としか言えない部屋であった。王宮を知るラキュースは、一目見て直感した。応接室と言っていたが、ここは王宮にあるラナーの私室よりも確実に格が上だと。

 

「ラナー第三王女殿下と、当屋敷の主である御父上に義母上(ははうえ)がこちらに来られますので、もうしばらくの間お待ちください」

「父に母? もしかしてあなたは……」

「おおっ! そう言えばまだ名乗っておりませんでしたね。私は()()()。モモン・リンウッドと申します。お察しの通り、『黄昏』のリーダー、鈴木悟とその妻アイリス・リンウッドの息子でございます」

 

 軍靴の踵をカカッと打ち鳴らし、深くお辞儀をするモモン。息子と名乗られた事で、『蒼の薔薇』は驚く。子供がいるような人物が、冒険者をやる事は珍しいからだ。

 

 そこからモモンが透明な板を空中に投影し、操作すると屋敷のメイドが紅茶のポッドなどを持ってきたり。それを飲んで待っていると、応接室の扉がノックされる。

 

 そして入って来たのは───

 

「ラキュース!! 久しぶりじゃない。どうしたのエ・ランテルまで来るなんて」

「ラナー!! 心配したのよ、貴女が病気だって聞いたから」

「ふふっ、それでここまで見舞いに来てくれたのかしら? せっかちさんなんだから」

 

 病気だと聞いていたラキュースだが、彼女が見る限りでは部屋に入室してきたラナーは体調などが悪いようには見えたりしない。至って健康そうだ。

 

 そんな彼女に続いて入室してきたのは、全身を黄金の鎧で固めた騎士であった。顔をフルフェイスの兜で隠し、胸の部分に宝石が嵌められている豪勢な鎧───コンプライアンス・ウィズ・ローと呼ばれる鎧に似ている───を着こんだ人物。ラナーの頭一個半は大きく、恐らく男性だろうとラキュース達は考えるが───

 

「ひぃッ!!!」

 

 イビルアイから僅かに悲鳴が上がる。全員が彼女の方を向くが、イビルアイ自身はそんな視線を気にしていない。気にする余裕もない。

 

 ───な、んだ。なんだこの化物は!!! 外壁の竜も怪物だった!!! でも、でもこいつはそんなレベルじゃない!!! ()()()()……こんな……なんでこんな化物がこの世にいるんだ………………

 

 ……イビルアイには実力センサーが備わっている。それも非常に精確な。シャルティアやモモン、あるいはメイドやラナーのように完全に隠蔽されると分からないが、そうでなければプレッシャーなどから大体は推測できる。そんな彼女の黄金の戦士に対する評価は、あまりにも狂っている、だ。あまりにも高い山過ぎて観測しきれない。海を見て何Lの水があるかと聞かれても答えられないのと同じ。

 

 イビルアイと言う物差しではこの怪物を計測できない。分かるのは、もしこの黄金の戦士に撫でられたら、それだけで自分は爆ぜて死ぬという現実だけ。

 

 カチカチと音が鳴る。震えが止まらない。存在してはいけないとイビルアイは感じた。吸血姫の……アンデッドとなり、長い間止まっていた生存本能が警告を鳴らす。跪けと。目の前にいる黄金の戦士は、この世を統べる王者だと。

 

 今の今まで、ツアーがこの世で一番強いとイビルアイは信じていた。始原の魔法を操るかの白金の竜王であれば、外壁の竜が相手でももしかしたらと。

 

 けれどこの黄金の戦士は何もかもが違う。ツアーでも勝てない。相手にすらならない。この世に生きとし生けるもの全てで立ち向かっても……勝てない。

 

「お、おい。どうしたんだよイビルアイ」

 

 ガガーランが心配して声をかけるが、吸血姫にはそんな声に構っている余裕などない。

 

 ───こいつは……こいつがひょっとして『黄昏』のアイリスか! 受付嬢やブレイン、セリーシアの奴が言っていたアイリス!! 『黄』金の鎧から『黄昏』!! 間違いない!! こいつがそうだ!! 女にしてはえらく長身だが、ガガーランみたいなやつだっている!

 

 イビルアイは確信していた。この怪物こそアイリスだと。容姿に関しては誰も教えてくれず、見るまでのお楽しみだと言われていたりしたが。これだけの威圧感なら、教えられずとも理解できてしまう。あの魔樹を一太刀で切り裂いたと言う戦士。竜を従えるプレイヤーと思わしき存在。こいつがそうなのだと。

 

 ───あの竜たちが従うわけだ。ドラゴンの価値観は強さに比重がおかれている。これを前にして屈服しないのは、見ただけで強さを判別できない脆弱な人間種くらいだ。異形も亜人もこれと争おうとは考えるわけがない。

 

 そうと決まれば話は早い。イビルアイは『黄昏』に会うまでは、アダマンタイト級冒険者の先輩として訓戒でも垂れようかと考えていたが、そんな思考はもはやどこかに飛んでいった。

 

 震える体を無理矢理止める。ソファーから立ち上がり、イビルアイは黄金の戦士の前まで移動する。

 

「お初にお目にかかります、『黄昏』のアイリス様。私は恐れ多くも、貴女様と同じアダマンタイト級冒険者を名乗らせて貰っている、『蒼の薔薇』のイビルアイと申します。以後、お見知りおきを」

 

 この怪物の機嫌を損ねたくない。その思いから、遥か昔に母親から教えて貰った礼儀作法。カーテシーをしながら、イビルアイは黄金の戦士に恭しく礼をとる。そんな姿からは、普段のふてぶてしい態度などは一切見受けられなかった。





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