アヤメと名乗った女性。まだ10代半ばか、よくて10代後半と言った見た目。そんな彼女の不審者丸出しの姿に『蒼の薔薇』の一同は若干引いている。
「えっと、その。アイリスさんの……妹さん……なの?」
「ポジティブ。……なんだか皆さん、気持ち距離が遠いですが、どうされましたか?」
不思議そうに指を口に当てて、アイリスは疑問を口にする。ラキュースはその恰好について突っ込みたい気持ちが湧いてくるが、ラナーもクライムもモモンも特に動じたりしている様子がないので、ひょっとして何か事情があるのだろうかと思い直し───
「いや、その姿はなんなんだよ」
ガガーランが思わずと言った風に口火を切る。その質問に「あー」とアイリスは反応する。
「この封印布の事ですか?」
「封印! 何かを封じているの!!」
なぜか強く反応するラキュース。どうも封印の二文字に、彼女の心に眠る熱き魂が共鳴したようだ。夜な夜な自ら封じた魔剣の力と体の主導権を巡り、争っているラキュースにとってとても重要な言葉だったらしい。
「ポジティブ。私の力を封じているのですよ」
「力を封じる、だと? それはラキュースが持っているキリネイラム……ああ、失礼した。私達『蒼の薔薇』のリーダー、ラキュースは強大な力を持つ魔剣を所持しているのですが。その力は普段封じられていて神に仕える乙女、つまりラキュースが無理やり闇の力を抑え込んでいるんです。それと似たような事を、その布で施しているのですか?」
さらっと自分の事情……と言うか嘘事情が暴露されてラキュースの顔が真っ赤になっているが、全員アイリスに注目しているため気づきはしない。
「ポジティブ。私が持つ力……それはとても強大で少しでも余波が漏れたら、色々と大変な事になるんです。その影響を最小限に抑え込むために、こうやって手足首と髪の毛、鍵付きの首輪に、あと眼を隠す事で力を制限しているのですよ」
「そう……なのか? 封印のせいなのかは分からないが、私にはあまりその力とやらは感じ取れないが……」
イビルアイにはアヤメが強大と言われても、ピンとは来ていない。封印布により限界まで力を封じているせいで、アイリスの実力を把握できていないのだ。しかしイビルアイの考えをモモンが否定する。
「叔母上の言葉は真実ですよ。アイリス義母上とアヤメ叔母上。二人はとても強い力を持っているのですが、両者を比較した時。叔母上の方が義母上よりも上です」
「んなっ!!! あ、アイリス様よりも上だと!! それはいくら何でも出鱈目だろ!!」
否定して欲しいとイビルアイはクライムに目を向けるが───クライムはアイリスを指さした後、指を上に立てる。彼女の方が上だと。そのジェスチャーの意味を読み取ったイビルアイが仮面の下で泣きそうになる。
クライムも人知を超越した怪物なのに、それを上回る御仁。この館に地上全ての生物を鏖殺可能な存在が2名もいるなど常軌を逸脱している。
そこから「あばばばばば」と壊れたイビルアイを宥める事10分間。
「封印布か。……それは余っていたりするのだろうか?」
「ポジティブ。まだまだ余っているですが、何かに使うつもりですか?」
「ああ……はい。アヤメ様の力を封じるほどのマジックアイテムなら、ラキュースの魔剣も封じられるのではないかと思いまして」
どうにか復活したイビルアイ。彼女は闇の人格といつも仁義なき争いを繰り広げるラキュースのために、その布が貰えないかと提案する。
それを聞いてラキュースは大慌てで否定する。
「だ、大丈夫よイビルアイ! 私の魔剣は今は安定状態にあるから! そんな封印用のマジックアイテムが無くとも、どうにかなるわ!」
「本当に大丈夫なのかラキュース? この間も宿のベランダに出たと思ったら、お前剣を手に何かブツブツ言っていただろ。あれは乗っ取られかけている寸前なんじゃないのか」
「本当に大丈夫だから! キリネイラムは私の制御下にあるから大丈夫だから!! ……そ、それよりも。ラナーは病気だって聞いていたのだけど、特になんの異常もなさそうで安心したわ」
自分のごっこ遊びに関して根ほり葉ほり聞かれると大層困るラキュースは、慌てて話題を変更する。それは当初の目的であった、ラナーの体調に関する話であった。
「心配をかけたようね。でも御覧の通り、私の病気に関しては大分良くなったの。今は発作もかなり少なくなったから、あと二ヶ月もあれば王都に戻れるわ」
「そう……本当に良かったわ。ザナック王子からは頭の病気と伺っていたから、てっきり重度の障害が残るようなものかと心配していたのよ」
「そう……ザナックお兄様が頭の病気と……ふふっ……どうしてやろうかしら」
最後のボソッと呟いた言葉に、『蒼の薔薇』を除いた全員がザナックの安否を祈る。革命後鬼や悪魔のような仕事量を押し付けられる彼の姿を幻視したからだ。サトルなどはまだ見ぬ第二王子に合掌し、ザナックの本当の姿をラナーから教えられたクライムは頑張ってくださいと心の中でエールを送る。
何にしろ、当初の目的であったラナーの見舞いを完遂した『蒼の薔薇』はこれでエ・ランテルでやる事も無くなってしまった。
最初はアダマンタイトとして依頼を受けるかと意気込んでもいたが、彼女らが必要になるような仕事も残っておらず後はちょっとしたお土産などを購入したら帰るだけだ。
「帰りは私の転移魔法で皆さんを王都まで送りますよ」
サトルがそう提案し───
「イビルアイの転移魔法もあるが、噂に聞く第十位階魔法詠唱者の転移ってのも気になるな。言葉に甘えさせて貰うぜ」
ガガーランの言葉に同意なのか、『蒼の薔薇』の他の面々は否定の言葉を口にしたりはしない。今日一日はこの屋敷に泊まっていけばいいとサトルの申し出に彼女らは従う事にする。
「黄金の輝き亭より、このお屋敷の方がとても豪華」
「この焼き菓子もとても美味。これは夕食の出来もとても期待できるとみた」
「ティアもティナもはしたないからやめなさい! 本当にもう……この子たちが御迷惑をお掛けするかもしれませんが、本当に宜しいのですか?」
「私から誘ったのだから、迷惑などと思いませんよ。それに皆で食事を取る方が楽しいですからね。むしろそれだけ分かりやすく期待して頂けるなら、当家の料理人も張り切ると言うものです」
そう穏やかに話すサトルに、『蒼の薔薇』は本当に彼がそんな神話の大魔法詠唱者なのか疑問を感じる。何と言えばいいのだろうか……とても普通の人にしか見えない。イビルアイにしてもサトルを計りかねているところがある。彼女の目から見ても、サトルは恐ろしいまでの魔法詠唱者とは思えないのだ。しかし……ひょっとしたら、彼も何か封印、あるいは情報を必要以上に与えないように、偽装魔法を施しているのだろうかとイビルアイは考察する。
イビルアイ自身は使えないが、彼女のように目で見て相手を判別できる相手を惑わせる精神系の魔法があるとは聞いた事があった。その手の位階魔法を使っている可能性を考慮する。
そうであるならイビルアイとしては本当に感心しかない。あんな恐ろしい戦士を射止め妻にし、第十位階魔法詠唱者まで上がり詰めるなんて並大抵の天才ではない。なのに慢心せず情報戦まで想定しているとしたら……それは天才を超えた存在に他ならない。
あるいはそれこそがプレイヤーなのであろうかとも。
「ここに泊まっていくなら、クライムの奴にも会えるのか?」
「……難しいでしょうね。アイリスが彼女を鍛えているのは、特殊なマジックアイテムを使って創り出した部屋なので。一度閉めると、三日は開ける事が出来ませんから、次に出てくるのは明後日になりますね」
「そうか……まぁ、仕方ねえか。あの童貞に、久しぶりに訓練でもつけてやろうかと考えてたが……イビルアイがビビるほどの戦士に見て貰える機会があるなら、俺にできることなんてありそうにねえな」
どこかガガーランは寂しそうに呟く。……彼女なりにクライムの事を童貞と揶揄しつつも、弟のように可愛がっていた面もあり、その機会が無くなってしまったことに思うところがあるのだろう。
それを見たアイリスは少しだけ考え───
「あっ、ポジティブな事を思いついたのです」
「ん? どうしたんだアヤメ」
「せっかくですし、『蒼の薔薇』のみんなも、アイリス姉さまの手解きを受けてみるのはどうですか? アダマンタイト級冒険者の指導が出来るのなんて、姉さんぐらいなのですよ」
アイリスがポンと爆弾を投げつける。それにサトルは「あれ? 打ち合わせと違うな」と思い、クライムは「!!!?」と兜の下で驚愕。
モモン───パンドラズ・アクターは「妹にして義母上は本当にサプライズがお好き……ああ、いやそういう事ですか」とアイリスが何を考えたのか得心し、ラナーは「クライムに意地悪ですわ」とちょっと怒っている。
「なっ、私たちがアイリス様に手解きをして貰う!?」
「ポジティブ。この後晩御飯までまだ時間もありますし、それまでの間みんなで運動をしてお腹を空かせるのも悪くないのですよ」
「しかし……アイリス様に迷惑ではないか?」
「そんなことないですよ? ね? お姉さま?」
ニッコリ笑顔でクライムを追い詰めるアイリス。一体自分の師匠は何を考えているのだろうとクライムは思うが───
「いいのではないですか? 義母上は若者の手解きをするのが趣味なところもあります。私のような非才とは違い、『蒼の薔薇』の皆さまを鍛えられるなら、むしろお喜びになられますよ」
「!!!!!!?」
アイリスだけでなく、モモンも同意なのか後押しをしてくる。アイリスと言う事になっているクライムは、立場上妹と息子から推薦されている状況になり、とてもではないが断れる状況では無くなってしまう。追い詰められたクライムは───
「─────────」
コクコクと首を縦に振り同意する。もうどうにでもなれの精神だ。
「へへっ、面白そうじゃねえか。イビルアイが別格とまで呼ぶ戦士の稽古なんざ、むしろお願いしたいくらいだぜ」
「私もよ。アダマンタイト級になってから、訓練なんてしたことも無いし、してくれる相手もいなかったわ。こんなチャンス、活かさなきゃ嘘よ」
「……鬼リーダーと筋肉達磨がやる気になってるなら、仕方がない。やろうか、ティア」
「りょーかい」
イビルアイ以外は腕がなるぜと、やる気になっている。それを見て自分だけ「嫌です」と言うのも、なんだかなぁと考えた彼女も───
「ではアイリス様。御身の胸をお借りさせて頂きます」
イビルアイの同意も得た一同は、とある部屋に移動。そこは道場のような板間になっている正方形の部屋だった。非常に広く、一辺が200mもあり、天井も200m上にあると言う屋敷内にあるまじき部屋であった。
「ここでなら、ラキュース達や姉さんがやりあったとしても困らないのですよ。壁も床も頑丈なので、魔法なんかもバンバン撃って大丈夫ですよ」
その言葉を確かめるようにちょっとだけガガーランが叩いてみるが、ビクともしない。壊れても魔法で直せると言うので、ガガーランが鉄砕きを本気で振り下ろしてみても、床板にはヒビすら入らない。
「なるほどな。ここなら俺たちが好き勝手やっても、問題ないってわけか」
「それでは、私達は離れています。……姉さん? あとは任せたのですよ」
アヤメは目に布を巻いているのに、見えているのか特に迷う事もなく壁際にいるモモンやサトルのところに駆けていく。
それを見送った一同は各々武器を手に取る。イビルアイは武器を持たないが、彼女も構えを取る。
その光景を前に、クライムは少し感慨深さを感じていた。アダマンタイト級冒険者『蒼の薔薇』を前に、数年前は金級程度の実力しかなかった少年が青年となり、今は挑まれる側になっている。とてもではないがありえなかった光景。それに対し感動してしまうのは悪くないだろう。
だが、いつまでも浸っていても時間が勿体ない。いつかの憧れと手合わせが出来る機会。それを無駄にしてはならないと、自分のインベントリからバスタードソードをクライムは取り出す。
彼が構えた途端───空気が変わった。正眼に構えているだけなのに、ラキュース達は首に剣を当てられているかのような錯覚を覚える。彼女たちが感じているのは錯覚などではない。『蒼の薔薇』とクライムの間の距離は20mほどあるが、彼は一歩でこの距離を詰められる。……そもそも詰める必要すらない。
『因果逆転』の剣を繰るクライムにとって、距離は関係がない。彼が認識した時点で、この世の全てが射程内に収まる。例え星の裏側に逃げたとしても、クライムに狙われた時点で詰んでいる。認識の出来ない刃が過程を無視して、相手を切り裂いて終わり。
それを本能か、あるいは戦士の経験が読み取ったのか。あるいはクライムが読み取らせたのか。クライムの体が数倍に膨れ上がったかのように感じられ、ラキュースやガガーランが呑まれそうになる。
「な……るほどなぁ……イビルアイが高みすぎてわかんねえって言う訳だ。こりゃぁ……俺たちが掠り傷でも負わせられたら……無理か。こんな威圧感なんざ、初めてだ」
「だから言っただろうが。物が違い過ぎると」
クライムの発した気迫だけで、『蒼の薔薇』は蛇に睨まれた蛙のようになっている。
そして始まる手合わせ。イビルアイが最強化した<結晶散弾>を撃ち込んだり、ガガーランが武技を使用した連撃を叩き込むがクライムは防御も回避もしない。全て直撃するが、彼は1㎜もその場から動かない。桁違いの膂力差と耐久性から一顧だにしていない。
瞬殺しようと思えば、『蒼の薔薇』くらい瞬殺できる。<零閃>を使って、それで終わりだ。しかしそんな無粋な真似をクライムはやらない。絶対に怪我をさせないように、最大級に手加減して彼女らと戯れる。
その姿を見ながら、ラナーはアイリスにこっそりと無詠唱の<伝言>を繋げる。
『これはアイリス様の思惑通りですか?』
『ポジティブ。戦士の人柄とは攻撃の手の中に出ます。変化したクライムがどんな人になったのか? それを知って貰うには、こうやって手合わせをするのがベストなのですよ』
『はぁ? 私は別に戦士ではないので、その辺りの事情には全く詳しくはありませんが……別にアイリス様を名乗らせている時に、させなくても問題なかったのではないでしょうか?』
『ネガティブ。いきなりクライムですと会わせるよりも、先にどんな性格になったのかを知って貰う方が良いのです。……それにクライムをアイリスと押し通した件に関しては、ラナーに言われたくないのですよ。どうせイビルアイがクライムの事を才能がないと言っていたのを、根に持っていて後で恥をかかせようとしたのですよね?』
『何のことか分かりませんわ。私はちょっとだけ、イビルアイ様の後押しをしただけです。……うふふ、うふふふふ、あはははははははは、あははははははははははは!!! あの女、仮面の下でどんな顔をしてくださるのかしら!! 楽しみ、楽しみだわ!! こんなに楽しみなの、いつ以来かしら!! クライムが箱庭から帰ってくるのを待っていた時以来かしら!!!』
『結構最近なのですよ……』
『何を呆れているのですか? 私の思考を見抜いて、乗って来たのはアイリス様も同じ。ならば同罪ではないでしょうか?』
『ネガティブ。アイリスには、な~んの事だかわかんないのですよ~。アイリスがイビルアイの勘違いに乗ったのは、彼女の本音をクライムに聞かせたかったのと……彼女がまだあの都の事を、心底では後悔していると知りたかっただけなのです。そうなるように話をさりげなく誘導してくれたこと、感謝するのですよ』
『あの都? ああ、あの女の故郷の事ですか』
『それに関しては教えていないのに、辿り着いている辺り流石なのですよ。……ポジティブ。彼女の故郷の件です。いつそれを行うのかは、悩んでいましたが……ちょうどいいのです。この後、これ以上傷口を広げる前に、クライムの事を明かして……その事も伝えるのですよ』
『黄金』の魔女と『白銀』の終焉が、どうしてイビルアイの黒歴史を製造したのかについてうふふ、あははと心の中で談笑していると、手合わせも終わったのかラキュースやガガーランがクライムと握手をしている。
「はぁ……はぁ……はぁ……。参りました。まさか……剣を振らせる……はぁ……ことも出来ないなんて」
「とんでもねぇ……実力だ……俺たちに……合わせて。ぜぇ……手加減してるって分かるのに。ぜぇ……手も足もでねぇ」
「………………」
「………………」
相当疲弊したのか、ラキュースとガガーランは肩で呼吸をしていて、双子忍者はグロッキーなのか倒れたまま立ち上がろうともしない。
イビルアイだけはアンデッド特性で疲労を無視できているが……それでも相当の魔力を消耗したのか座り込んでいる。
『蒼の薔薇』は完敗だった。天と地以上の実力差を思い知らされた。イビルアイの語るこの世の頂点に立つ戦士。その力の一端を知り、打ちのめされて……だが同時に、清々しさも味わっていた。自分達を叩きのめそうと思えば、いつでもできるだろうにそれはせず。あくまでも手合わせであり、仕合だと言うように上に立つ実力者として接してくれた。
その行動の中には傲慢さのような物は感じられず、むしろ真摯に立ち向かうような清廉さを感じさせる立ち回りには誠実さが窺えて。アダマンタイト級冒険者として、ずっと挑まれる側だった自分達が挑む側になった事への新鮮さと相まっての清々しさだった。
「こりゃ俺たちも鍛え直しだな。こんなとんでもねえ戦士に育てられたら、きっとあの童貞も強くなってきやがる」
「私はまだその意見には頷けないが……今日だけは同意してみても、良いのかもしれんな。アダマンタイトは無いにしても、モモン様ぐらいには。人知を超えたこの御方なら、あの小僧もミスリル級くらいにはひょっとしたらなれるのかも……しれん」
ここに来て。アイリスだと思い込んでいるクライムの強さに直接触れたせいか、イビルアイの意見や態度がかなり軟化する。その意見に、兜の下でクライムは苦笑する。これはますます自分が本当はクライムだと言い難いなと。
「お疲れ様なのです。良く冷えたドリンクがあるので、みんな喉を潤すと良いのですよ」
6人分のスポーツドリンクを容れたボトルをアイリスが運んでくる。クライムは特に渇いていないので辞退し、イビルアイも辞退する。残りの4人は初めて見る容器を不思議そうに眺めたが、大量に汗をかいて喉が渇いていたのか勢いよく飲み干す。
飲み終わるのを見計らい、さてどのタイミングで黄金の戦士がクライムだと、切り出すかとアイリスが考えたところで……勢いよく板間の扉が開かれる。
あまりの勢いに全員がなんだなんだとそちらを見ると、一人の男がそこには立っていた。
「た、助けてくれ師匠!! クライム師匠!!! シャルティア様に……シャルティア様に殺されちまう!!!」
飛び込んできたのはブレインだった。彼は一目散にクライムに……黄金の戦士の元に飛びこんでくる。『蒼の薔薇』全員が黄金の戦士とブレインを交互に見やる。なんでこいつがここにいるんだと言う疑問と……今こいつアイリスの事をクライムって呼んだ? そんな視線だ。
「大げさでありんしょうや。すこぅし厳しくしただけで、弱音を吐いていてはいかんでありんせんか。お前は
続いて部屋に入って来たのは、シャルティアだった。
「んんん? なんでアイリスも旦那様もモモンもこの部屋にいるんでありんすか? 『蒼の薔薇』とやらと、話し合いをしていると聞いていたでありんすが……それにクライムゥ? その後ろにいる女共の相手をするから、その間妾にぶれいんの面倒を見てくれと頼んでおきながら、何をこんなところでサボっているでありんす?」
黄金の戦士を指さしながらのシャルティアの言動に、「あちゃぁ……」とアイリスとサトルが顔を抑える。イビルアイやラキュース、ガガーランに双子忍者がシャルティアとクライムを交互に見やる。あの女の子も黄金の戦士をクライムって呼んだぞ? と言わんばかりに。
その視線に居た堪れなくなったクライムが兜を抑える。これどうしようと。
「もう……ここしかないのですよ」
一瞬だけ誰にも気づかれないよう髪の封印布を緩め力を放出したアイリスが、光の速さでクライムの兜を取る。晒された顔に『蒼の薔薇』の認識が追い付かない。
アイリスはその間に自分のインベントリから看板を取り出す。そこに描かれたのは『ドッキリ大成功』の文字。
「じゃ……じゃじゃ~ん……実はこの人はアイリスじゃなくて、クライムなのでした。アイリスは私なのでした。み……みんなお楽しみ頂けたですか? ポジティブですね? ポジティブですね!」
完全に切り出すタイミングが消えたのを悟ったアイリスは、勢いで誤魔化そうとするが……『蒼の薔薇』は兜の下から顔を出した、クライムの面影を残す青年を目を見開いてみる。
「……え……えッ?……クライム……え? ほんとにクライムなの?」
ラキュースが、何が起こっているのか分からないと言った風に、困った声を出す。……それはガガーランも双子忍者も同じだ。あまりにも唐突にアイリスがクライムだと知らされたせいでフリーズしている。
だが……それでも……彼女に比べると。マシではあっただろう。
「………………………………………………………………………………………………………………………………」
フリーズした思考の中。突如イビルアイの脳内に溢れ出した存在する記憶。
───お初にお目にかかります、『黄昏』のアイリス様。私は恐れ多くも、貴女様と同じアダマンタイト級冒険者を名乗らせて貰っている、『蒼の薔薇』のイビルアイと申します。以後、お見知りおきを
───エ・ランテルに到着してから、御身の噂を多く耳にしました。最初はたった一人の人間がそんな御業を……そんな風にこの矮小な脳は疑ってしまいましたが、その黄金の鎧を一目見て確信しました。貴女様こそこの世の頂点に立つ御方だと
───鈴木悟……アイリス様の夫である鈴木悟様は、魔法詠唱者だと組合の人間も言っていただろ。なら全身鎧はまずありえない。コキュートス……様は魔獣で、ルプスレギナ様は女性神官。なら残るのは前衛戦士らしい、アイリス様だけ。そうですよね! アイリス様!!
───言葉通りだ。才能がないと何度言ってもあいつは諦めない。人間の時間は限られているのに、時間を浪費しようとする。そんな事に時間を費やすなら、もっと王女様といてやればいいのに……なのにあいつは叶わない願いを胸に抱き、届きもしない星に手を伸ばそうとひたむきになる。
───この屋敷に来てから、私は一体何を口走った。そもそもどうしてアイリス様がクライムなんだ。私は一体何をして、どうしてここに、いやクライムは才能がない、才能がなくて、よわっちくて、でもさっきまで手合わせしたアイリス様は強くて、でもそれはクライムで……あれ? どうして私はここにいるんだろう。世界がおかしくて、理が捻じ曲がって……
「クライムがあいりすさまだぁあ~」
その言葉を最後に。種族特性すら乗り越えて、イビルアイは真後ろにぶっ倒れて気を失った。
シャルティア&ブレイン:最後の火付け役