「クライムが……クライムがぁ……はっ!」
気を失っていたイビルアイが眼を覚ます。彼女は自分がどこにいるのか、一瞬分からなくなる。視界に映るのは全く知らない天井。
───私は……寝ていた? ここはどこだ? どうして寝ていたんだろう。吸血鬼になって以来、睡眠なんて取れたこともないのに。……それにしても、悪い夢だった。いきなりクライムが大きくなって、なぜか強くなっていて……私はとんでもない勘違いをしていて、赤っ恥をかく夢。数百年ぶりの睡眠なのに、とんでもない悪夢を見る物だ……ん? 仮面がない?
いつも顔を隠すのに使っている仮面がなぜかない。慌ててイビルアイは起き上がり、仮面がないか周囲を探し───
「! 起きたのねイビルアイ!」
すぐ傍に座っていたラキュースが話しかける。そちらの方にイビルアイは振り向き───
「ああ、ラキュースか。私の仮面を知らないか? なぜかないんだ……そもそもどうして私は寝ていたんだ? ここはどこだ? 見た事もない部屋だが……」
イビルアイは辺りを不思議そうにキョロキョロと見回す。彼女が寝かされていたのは、どこの王族の寝室だと思うような広く清潔な部屋であった。
マジックアイテムと思わしき家具が数多くあり、イビルアイ自身寝かされていたベッドも超が複数個つきそうな高級品である。
「あなた、何があったのか覚えてないの?」
「覚える? 何を言っているんだ。私たちは王都を出て、確かエ・ランテルに向かい……すまない。そこからはあまり覚えてないな。……ただ不思議な夢を見ていたのは覚えているな。エ・ランテルにアダマンタイトが二チームも誕生していて、とんでもない強者がいて、なぜかクライムの奴が私達を歯牙にもかけないような戦士になっている不思議な夢だ」
なぜあんな夢を見たんだろうと、イビルアイは不思議がるが……その反応に「一種の防衛反応なのかしら?」とラキュースは訝しがる。小さな吸血鬼がお眠になっている間に、色々とクライムに何が起きたのかを聞いていた彼女は既に現実を受け入れているが……まだイビルアイはそれを知らない。
ガガーランが「やりやがった!! マジかよあの野郎ッ ! やりやがったッ!! クライムの奴童貞を捨ててやがる!! やったんだな!! 姫様相手に捨てたんだな!! クライムすげえッ!!」と妙に興奮した事も知らない。
それを真っ向から聞かされたクライムは苦渋の顔をして「はい……」と声を絞り出した後、どうやったのかを根ほり葉ほり聞き出されたことも知らない。
どうも最後に見たのを夢だと思い込んでいるイビルアイに、どうやって説明しようかしらとラキュースが悩んでいると、ガチャリと部屋の扉が開かれる。
「ほら、イビルアイが起きているですよ。アイリスの言った通りなのです」
ゾロゾロと部屋に入って来たのは、ガガーランとアイリスとラナーと……そしてクライムだった。クライムを見て、イビルアイがピタリと止まる。夢の中で見た急成長し青年になったクライム……それがなぜか目の前にいる事を受け入れられないのか、彼女の瞳が大きく揺れる。
「な、んで……おかしいぞラキュース。どうやら私はまだ夢をみているようだ。小僧の奴が大きくなっている。どうしてなんだろうな。つまりお前も夢の人物なのか?」
「……いい、イビルアイ。落ち着いて聞いてね。……あなたが見たのは夢じゃないの。全部本当にあったことよ。あそこにいるのは、正真正銘クライム本人。この数ヶ月の間に急成長して、大きくなったクライム当人よ」
「……ほッ?」
───ラキュースは何を言っているんだ。クライムはあんなに背が高くないじゃないか。もっと小柄で、私が見上げるような男性らしい体格じゃなかった。やはり夢のようだ。夢の中で寝たら目が覚めるらしいから、もう一度寝てみる事にするか
「すまないな、夢のラキュース。私はもうひと眠りするよ」
「アホ言ってねえで、とっととベッドから出てこいよ」
イビルアイが寝ようとしたら、ガガーランに首根っこを掴まれて猫のように持ち上げられる。種族による筋力値で純粋なパワーならイビルアイの方が上だが、体格差から真上に持ち上げられると簡単に浮いてしまう。イビルアイは足をバタつかせる。
「あっ、こら何をする夢のガガーラン! 私はこの白昼夢から覚めなければいけないんだ!」
「夢じゃねえっつうの。信じられねえことばかり起っちゃいるが、全部現実で本当だ」
「馬鹿かお前は! クライムがあんなに強いわけがないだろ! それにクライムは少年だった。あんな青年ではない! つまり夢である! それが答えだ!!」
「あー、1から全部説明しなくちゃ分かんねえか。ったく……アイリスさんよ。ここは任せてもいいか?」
「ポジティブ。アイリスにお任せあれなのですよ」
ラナーの隣にいた女性……未だに封印布で眼を隠し髪の毛を縛り付けているアイリスが一つ頷き、イビルアイの元に近づいて来る。
「改めてご挨拶させて頂きます。私はアイリス。アイリス・リンウッドと申します。アヤメなどと嘘をついた事、ここに深く謝罪させてください」
アイリスが頭を下げた後、イビルアイにゆっくりと語る。
クライムの訓練に特殊なマジックアイテムを使った事。そのせいで数年分の年を取り、彼が少年から青年になった事。数年の修行でこれでもかと追い込んだら、奥深くで眠っていた才能が覚醒して少年時代とは別格の能力へと変貌した事。
真実の中にアイリスは嘘を練りこんでいく。それを聞かされたイビルアイはと言うと───
「馬鹿な! 時間の流れが違うマジックアイテムなんぞ、聞いた事もない! あまりにも荒唐無稽で、出鱈目な話だ!!」
「そう言いたいのは分かるわ。でもイビルアイが気絶している間に、私達もそのマジックアイテムを少し使わせて貰ったの。……貴女が寝ていたのは半日程度だけど、私達は2ヶ月をこの屋敷で過ごしたのよ」
「……う、嘘だ! まだ夢の方が納得できる! そんな馬鹿げたマジックアイテムが……」
イビルアイはまだ信じられないと首を振るが、夢は一向に覚めず……時間が経つに連れて、これは夢の世界などではなく、現実でありとっくの昔に目が覚めているのだと。
そこで彼女はまずいと気づく。普段吸血鬼であることを隠している仮面を、今は被っていないことに。自分がアンデッドであるとバレてしまえば、ラキュース達にも迷惑が掛かってしまうと焦るが───
「イビルアイが吸血鬼なのは、だ~れも気にしてないのですよ。そもそもこのお屋敷、人間種の方が少ないのです」
イビルアイがどういうことか聞くと、ラキュースが説明してくれる。この屋敷では異形種が普通に働いており、アンデッドに対する忌避感など微塵もないのだと。
普段住んでいる住民で人間種なのは、クライムとアイリスだけだ。その二人にしても、片方は細胞活性を極限まで高めた結果ウロボロス無しで不老を体現したワールドチャンピオン。片方はワールドスキルにより、人間種のままなのかどうか疑わしい部分が大いにある終焉の女神。純人間種かと言われると、かなり疑わしい。
そんな環境なのだ。今更吸血鬼が一人や二人増えたところで、誰も気にしない。色々あった結果、エ・ランテル組に合流することになったシャルティアと言う世界級の吸血鬼すらいるのだ。そんな環境でイビルアイ一人に言及するかと言われると、だ。
いくつかの事情は伏せた上で説明され、少し安堵すると共に……もう一つの出来事に、イビルアイは思い至ってしまう。
イビルアイは吸血鬼であり、睡眠なんてしない。気絶をしたのは精神的要因であり、そのせいで夢を見ることなんてない。だから……夢だと思っていたのは現実で……自分がとんでもない勘違いをしていて───
「う、うああああああああああああああ!! ああああああああああああああああ!!!」
それを全て思い出し。イビルアイは髪を搔きむしる。髪だけではない。全身を掻きむしり、動かない心臓を抑え悶え苦しむ。
───誰でもいい! 私を……私を殺してくれ!! 頼むぅ………………………………
とんでもない勘違いを連発し、口走り、自信満々に間違える。イビルアイが覚えるのは、自分の手で脳を抉りだしたいほどの羞恥心。どうして自分はあんな大間違いを……そこまで考えたところで、はたと気づく。
───どうしてクライムとラナーは私の勘違いを肯定したんだ。どうしてアイリスは自分をアヤメと名乗ったんだ……ま、まさか!!
その可能性に思い至ったイビルアイは、まずはラナーに問い詰める。
「おい! どうしてあの時、私が小僧をアイリス様と呼んだのを肯定したんだ!! そのせいで……そのせいで私は大恥をッッッ!!!」
「うーん……あの時、その場で訂正しても恥をかいたのは変わらないと思いますわ。だから時間をおいて、冷静になったイビルアイ様に改めて説明しようと思っていたのですが……あんな事になるとは思っていませんでしたの」
「……………………」
イビルアイとしては何かを言いたいが、そもそも最初に間違えたのは彼女自身だ。なのにこれ以上ラナーにどうしてと叫んだところで、何かが変わるわけではない。
「では……アイリス様がアヤメと名乗ったのは?」
「このお屋敷に組み込んでおいた魔法システムで、ラナーから相談されたので偽名を名乗らせて貰ったのです。それを使えば、誰でも無詠唱で<伝言>のやり取りが出来るです」
「なら……私は一人、馬鹿な勘違いをしただけ?」
「ん~……ポジティブともネガティブとも言い難いですが……でも……イビルアイが自分でクライムの事をアイリスと呼び始めたのは、自業自得なのです!」
アイリスの言葉にぐうの音も出なくなったイビルアイは沈黙。吸血姫は1時間ほどさめざめと泣いた。
泣き止んだイビルアイが改めてクライムと向き合う。
「……その、なんだ。小僧……でもないか。箱庭とやらの中で、何年過ごしたんだ」
「全部合わせたら6年になります」
「6年か……それだけあれば小僧も大人になるか」
イビルアイの知っているクライムの面影を残しつつも、目の前にいる少年とは違う青年。強さも体格も別物に変貌しているが、少年の頃と変わらない擦れているような乾いた声は全く一緒だ。
つまりこの青年はクライムなのだ。箱庭と言うマジックアイテムの中で数年を過ごした。
「随分大きく……なったな。ガガーランの奴より大きいんじゃないか」
「ガガーラン様にも同じことを言われました。『俺より大きく育ったじゃねえか』と」
「……あー……それとな。お前の事を才能がないと言って悪かった。本当のお前は、それだけ凄かったのに……私は自分の中の常識だけで判断をしていた。……すまない!」
頭を下げるイビルアイに、クライムは何とも困ったような顔をする。彼自身が才能を発揮したのではなく、あくまでも世界級アイテムによる解放あってこその今のクライムなのだ。そこからレベル上限を伸ばし、世界級に足を踏み入れたのは彼の努力だとしても……才能がないと連呼していた、イビルアイの言葉が間違っているわけではない。
「頭を上げてくださいイビルアイ様。私は私だけの力で強くなったわけではありません。色んな人が私を助けてくれて……ここにいるんです。その中にはイビルアイ様もいます。……憧れに頭を下げて貰うほど、偉くなった覚えもないです」
「しかしだな……今のお前は、私なんぞよりもよほど強者だ。それに様づけされたり、憧れと言われてもな……」
イビルアイはそう言うが、クライムとしても譲る気はない。そこからもお互いにああだこうだと譲り合い、最後にはイビルアイが折れた。
そのやり取りが終わったタイミングで……クライムに代わり、アイリスがイビルアイの前に出てくる。
「どうされたのですか、アイリス……様?」
「別にタメ口で良いのですよ。アイリスも、イビルアイの事をイビルアイと呼び捨てにしているのですから……イビルアイ? 貴女に、一つ、尋ねたいことがあります」
「私に? いったいなんでしょう……一体なんだ?」
タメ口で良いと言われたが、相手が格上だと認めているイビルアイは敬語を続けようとしたところ、アイリスに「メッ!」されたので不承不承ながらタメ口に戻す。それに機嫌良さそうにしながら、アイリスは一つの爆弾を起動させる。
「まずはこの映像をご覧ください」
アイリスがタブレットを取り出す。初めて見るマジックアイテムに、イビルアイは何だろうと画面を覗き込み───
【幸福でずっと続くと思っていた日々は簡単に壊れるんだ。何かにひたむきになる前に、今ある幸せを大切にできないなら意味がない。……それにな。叶えたい願いや求める強さを追いかけて、手に入らなければ待っているのは絶望だけだ】
「ぶふぅッ!!!」
自分の黒歴史が表示されている事に、イビルアイは噴き出す。心臓なんて動いていないのに、イビルアイの顔が真っ赤に染まる。口はあわわと動き、見開かれた目には動揺しかない。
「これ! これなに! わたしわかんない! なんでこれある!!!」
「あまりの動揺に片言の外国人みたいになってるのですよ……これは監視映像です。この御屋敷は、建物自体がマジックアイテムのようなもの。その機能の一つとして、建物内部を肉眼で見ているかのように記録することができます。その機能を使って、イビルアイの言動を全て再現することができるのですよ」
「!!!!! 消して! 消してぇ!! 私の恥を消してくれぇええ!!」
自分の消したい過去が鮮明に映し出され、吸血鬼はまた涙目になる。監視映像と言われてもイビルアイには良く分からないが、記録された映像とやらを誰かに見せる事が出来るのは理解した。つまり……この記録とやらがある限り、自分の恥は誰でも見る事ができる。そこまで一瞬で思い至った結果、イビルアイはタブレットを奪い取ろうとするが……アイリスは全て躱してしまう。
自分の力ではどうにもならないと悟ったイビルアイは───
「クライム! あれをどうにかするのを手伝ってくれ!!」
とクライムに助けを求めるが、彼は首を横に振る。
「申し訳ございませんイビルアイ様……アイリス様から奪い取るのは、私でも無理です。訓練中に触れられたのは、たった一回だけしかありません」
「そ、そんな……」
自分を歯牙にもかけないクライムが、アイリス相手だと無理とまで断言した事にイビルアイは絶望する。それはつまり、自分でも絶対に無理だと言う事に他ならない。
またもやイビルアイは泣きそうになるが───
「あわわ! ごめんなさいなのです! 泣かせるような意地悪がしたかったわけではないのですよ!!!」
今度はアイリスが慌ててイビルアイにタブレットを渡す。そのタブレットをしっかりと掴み、大事そうにイビルアイは抱え込む。
「ごめんなさいですよ……意地悪したくて今の映像を見せた訳じゃないのです。ほんとですよ?」
「じゃあ……どうして?」
意地悪や悪意でないとしたら、どうして自分の恥を見せるような真似をしたのか。それをイビルアイは問い質そうとする。
その質問を受けて……少し考え込んだ後、アイリスの空気が変わった。朗らかで無邪気そうな空気は消えて、荘厳や神聖さを感じるような異質な雰囲気に変貌したのだ。
急激な変化に『蒼の薔薇』どころか、クライムも驚く。驚いていないのはラナーだけだ。彼女だけはアイリスが何を切り出そうとしているのか察しており。それ故に思考を切り替えたのだと推測しているから。
「あの映像で貴女は言いました。手に入らなければ待っているのは絶望だけ。貴女はそれを知っている。ずっと叶えたい願いがあって。自分ではもう届かないと諦めてしまった、切なる願い。……イビルアイ。貴女に問います。幸福でずっと続くと思っていた日々。叶えたい願い。それにまだ手を伸ばしたいと、渇望する心はありますか?」
「────────────」
「もう一度、問います。もしどんな願いでも必ず叶えられると……その機会があれば、貴女は諦めてしまった夢を再度追いかけたいですか?」
雰囲気の変わったアイリスと、謎の質問。それにイビルアイは戸惑うだけだ。自分の無くしたい過去映像とやらを見せられたと思ったら、今度は見せて来た張本人が訳の分からない問いかけをしだす。
困惑するイビルアイだが……彼女はふと気づく。ラキュースやガガーランが微動だにしていないのだ。それは彼女らだけではない。クライムとラナーも動きを停止している。
「こ……これは?」
「私が時間を止めました。この質問の答えを聞かれるのは、貴女としても不本意だと判断したので」
「時間を止めた? 一体何を言って……」
「文字通りです。私の力で、世界の時間を停止させたのです。……貴女と私以外、この停止時間の中で動くことはありません」
時間を止める。あまりにも荒唐無稽な話だとイビルアイは感じた。しかしと彼女は思う。時間の流れが違うと言う桁が違うマジックアイテムを持つ存在であるならば、時間を止める事すら可能なのだろうかと。
「イビルアイ。私はどんな願いでも叶えられます。貴女が望むのであれば、どんな願いでも叶う。……貴女に渇望する心があるならば、私はその機会を与えます」
「さっきから何を言っているんだ! 時間を止めたとか! 願いを叶えられるとか! 分かるように言え!!」
あまりの意味不明さにイビルアイは声を荒げる。その声を受けて「そうですね」とアイリスは前置きし───
「では一つ昔話をしましょう。とても悲しい昔話を。その話が、私がこんな事を言い出した理由になります。……昔々あるところにお姫様がおりました。彼女には厳格ですが、偉大な王である父親がおり。優しく優秀な魔法詠唱者の母親がおりました」
「……………………!!!」
最初はいきなり何の話をしているんだと、訝しんでいたイビルアイだが。その話が何を指すのか理解した瞬間。大きく目を見開く。
「そ、の話は……」
「彼女はその日も、優しい母から魔法の手解きを受けていました。とても幸福な日々。御付きのメイドがいて、母から色んな事を教えて貰う、そんな安寧の日々。でもそれは突然、終わりを迎えました。お姫様の全身を激痛が襲ったのです。その痛みはお姫様だけではありませんでした。彼女の知る全員が、等しく痛みにもだえ苦しんだのです。お姫様は痛みに気を失い……次に目覚めた時、彼女はアンデッドに……吸血鬼になっていました。そして周りの人間も、アンデッド───」
「───止めろ!!! 止めてくれ!! その話を……違う!! どうしてそれを知っている!!! どうして……どうしてお前が!!!」
アイリスが語る昔話。それはイビルアイにとって無視できる代物ではない。なぜならそれは今のイビルアイを形作った原点。今も尚、後悔している旧い記憶。思い出に昇華しようとしても、決してできなかった無念の記録。
「なぜ知っているかと聞かれたら……私が『ユグドラシル』から転移してきた存在で、この世界の事を調査したからとしか言えませんね」
「! お前は……お前はプレイヤーなのか!?」
「ネガティブ。プレイヤーではなく、その附属物になります。と言っても、あまり分かりませんよね。ある意味、プレイヤーのような物と受け取って下さって構いません」
「それを……私に伝えてどうするつもりだ! ツアーにでも伝えろと言いたいのか!?」
「ネガティブ。ツアーには既に会いました。……話を戻しましょう。私がプレイヤーなのか? あるいは違うのか? それは本題ではありませんので。……私……私たちは貴女の身に何が起こったのかを全て調べています。その果てに何を決断したのかも」
アイリスは静かに語る。イビルアイが何を選び、何をしたのかも知っていると。それを受けて彼女の動揺は大きくなる。
「なら……お前なら……私に願いを叶える機会を与えると言ったな!! それが出来るとでも言いたいのか!! 私を馬鹿にして楽しいのか!!!」
イビルアイは叫ぶ。自分の古いかさぶたを剥がして傷口をほじくり返すような行為に、とてもではないが我慢なんて出来る訳もない。アイリスが調べたことはまだ理解できる。だが……だが……それを開示して、自分を弄んで、何が楽しいのだと。どうしようもない程の憤りをイビルアイは覚えて───
「できます。他の誰にも出来なくとも……私だけは貴女の願いを叶えられる」
あまりにもまっすぐにアイリスは断言する。不可能はないと。強い口調にイビルアイは少し押され、すぐさま気を取り直して叫ぶ。
「嘘を……つくな! できもしない事を口にして、私の心を掻き回そうとするな!! そもそもだ!! 仮にそれが出来たとして、お前に何の得がある!!! 何のメリットもない!!!」
「……ポジティブ。何のメリットもない。確かにそれはその通りです。貴女を救う事に何の得もありません」
「───なら───」
「メリットがあるからする。ないからしない。それはリソースの限られた常識に囚われた発想。絶対の神がいたとして、その存在にとってのメリットとは何でしょうか? ……なんでもできる。それにとってはもはやメリットもデメリットも存在しない。なぜなら全てが思いのままなのだから、デメリットが生じない。デメリットが無ければ、それと対になるメリットもまた、消えてしまいます」
「……何の話だ……お前の語る言葉は……意味が分からない」
「私の自慢になるのですが、私は絶対の側にいる存在だと言う意味です」
その言葉と共に、アイリスは自分の眼を隠している封印布を緩めて解く。髪を雁字搦めにしていた封印布も、同じように解く。
ばらりと白銀の髪が広がる。空気に晒されるのは金と銀の
「────────────────────────」
イビルアイが見てしまったのはとあるスキルの結果。アイリスだけが持つ絶対の象徴。その産物を見て……発狂する前に、イビルアイの脳は情報を遮断してしまった。これを正しく認識したが最後、自分の精神は壊れてしまうと判断したのだ。だから情報が完結しない。
その反応を見て、アイリスはすぐに封印布を戻す。止まった時間の中、隠された眼と縛られた白銀の髪を何度もイビルアイは見やる。
「あ……………………貴女様は……何なのですか?」
「アイリスですよ。オーナーの持つ絶対の剣。
アイリスの語る言葉の意味はイビルアイには理解できない。しかし分かった事が一つだけある。目の前にいる誰かは、狂った強さだと思っていたクライムが蟻に思える何か。この世を終焉に導ける絶対。
「イビルアイ。最後にもう一度問います。私は貴女の願いを叶えて上げたい。貴女が邪悪な存在であったり、邪法でその願いを叶えようとしていたら……私は何もしませんでした。でも、違った。貴女は一人で苦しんで、誰も助けに来てくれない
アイリスは……
イビルアイは目を白黒させながら、その問いかけに対し───
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
……なぜアイリスがワールドスキルを発動させているのか。そもそもどうして封印をしているのか。ブレインがどうしてクライムの弟子になったのか。シャルティアやパンドラがなぜエ・ランテルにいるのか。
エリュエンティウを持ち帰ってから1週間。『蒼の薔薇』が王都を離れ、エ・ランテルに到着するまで2週間。合計で3週間の間に起こった様々な出来事。
一体サトル達『黄昏』は何をしていたのだろうか……
リスタート4 サブタイトルはインベリア キーノ
イビルアイ:あんまりないと言うか見たことないキーノちゃん救済もの(異形種として永遠の時を共に歩む救済ものはあっても、インベリア国民復活や両親ゾンビを人間に戻したりとかって多分なかった筈)
次回から数話かけてエ・ランテル回想やってから本番のインベリア編