モモンガ様リスタート   作:リセット

57 / 63
剣鬼ブレイン

 イビルアイが黒歴史を造った時間から遡る事3週間以上前。

 

 その男はいつものように、洞窟の中で刀の手入れを行っていた。男の名はブレイン・アングラウス。『死を撒く剣団』と言う傭兵団に所属する用心棒だ。

 

 傭兵団と言っても戦争に参加するよりも、数に任せて旅人などを襲撃する野盗に身を墜した連中である。元々は貴族の重税に耐えかねて村を出奔した男たちが集まって出来た集団だ。彼らは確かに傭兵だが、戦争が無ければ実入りがない。そんな彼らが野盗として振舞うまでに、そう時間はかからなかった。

 

 そんな傭兵団にブレインが手を貸しているのには理由がある。

 

 ……ブレインは農村の出身だが、彼には常人など比較にならない戦いの才能があった。その才能に任せ剣を振り、自分は一番強いと舞い上がり……御前試合でガゼフに敗北して、その自信は叩き折られた。

 

 そこからのブレインはガゼフを超える強さを追い求め続けた。それも対人戦での強さを。そんな彼が行きついたのが『死を撒く剣団』だ。冒険者になる道もあったが、それで得られる強さは対モンスターの強さであり、ブレインの追い求める道ではない。

 

 それに対して野盗であれば人を斬る機会は幾らでもある。また剣団の金払いはよく、装備を整えるのにも不自由しない。自分が犯罪者である自覚がブレインにはあったが、それでも自分が強くなるためなら気にしない事にした。そんな事を気にしていては高みには至れない。

 

 そうやって生きてきて、今もその一環として武器の手入れをしていたブレイン。刀の清掃に集中していた彼だが、物音が聞こえたので顔を上げると、剣団の連中が慌ただしそうに拠点としている洞窟内の物品を纏めたりしているのが目に映る。

 

「ん? 何をしてるんだお前たちは」

「見て分からねえか? ここを出る準備だよ、準備」

「準備って……なんでまた。ここを捨てるのか?」

「そうだよ……河岸を変える。この場所に居続けるのは危険だとリーダーが判断した」

「危険ねぇ……何かあったのか?」

 

 ブレインが仲間である剣団メンバーに問いかけると、彼らは語る。この洞窟に一番近い大都市であるエ・ランテルに、アダマンタイト級冒険者が誕生したのだと。

 

 冒険者への依頼にはモンスター退治だけでなく、野盗などの市民に危害を加える存在の撃退などがある。もし件のアダマンタイトに『死を撒く剣団』の退治依頼が出されたとしたら、自分達は全滅する。それを悟った団長はこの拠点を捨てる事にしたのだとか。

 

「アダマンタイトか。確かに恐ろしい相手かも知れんが、今すぐにここを捨てるほどなのか? 最悪依頼が出されたとしても、返り討ちにすればいいと思うんだが……」

 

 ブレインは面白くなさそうに鼻を鳴らす。アダマンタイト級の噂は彼もかねがね聞いている。例えば王都を中心に活動している『蒼の薔薇』。凄腕の魔法詠唱者であるイビルアイや戦士ガガーランの噂だ。彼女らがギガント・バジリスクを討伐したこともあると耳にしたこともある。

 

 しかし相手はあくまでもモンスター退治のプロであり、対人戦のプロではない。野盗退治などを受ける事はあるだろうが、自分ほどの対人経験は積んでいないだろうとブレインは考える。

 

 自分ならアダマンタイト級冒険者が相手であっても、洞窟内の閉所に誘い込めば斬り捨てられると確信している。それだけの鍛錬と実戦を行ってきたとブレインは自負しているのだ。そんな自分がいるのに、剣団の団長は戦う前からなぜ降伏するような真似をするのかとブレインは呆れ果てているが───

 

「返り討ち? はっ! あれを見て勝てると思える奴はいねえよ!! あんな化物みてえな武技を使うやつらをよ……」

「なんだよ、お前はそのアダマンタイトがどんな奴なのか知ってるのか?」

「ああ。偶々エ・ランテルにいて、その冒険者チームの奴らの技を見れたんだがな……あれは人間技じゃない。片方の蒼い奴は人間じゃないから、まだ分かるが……あの嬢ちゃんを人間とは呼びたくねえ」

 

 苦虫を噛み潰したような顔をする仲間を、ブレインは怪訝そうに見やる。片方が人間じゃないと言う表現も良く分からないが、もう片方を人間とは呼びたくないとはどういう意味なのだろうと。

 

「その冒険者ってのはどんな奴らなんだ?」

「4人組の冒険者チームで男が一人、女が二人。あとでけえ蒼い甲冑を着たような異形種を引き連れていやがる」

「異形種? そいつはまた一風変わった冒険者チームだが……一体どんな武技を使ったんだよ」

「……エ・ランテルの城壁よりデカいモンスターを輪切りにしやがった」

「───はぁ?」

「言っとくが冗談を口にしてるんじゃねえぞ。難度200を超えるモンスターの死骸をドラゴンに運ばせて都市に帰って来たと思ったら、それを住民の前で瞬く間に解体しちまったんだ。そのモンスターを殺したのは魔法詠唱者の男で、輪切りにしたのはちっこい女と異形種。しかも運搬に使ったドラゴンは難度300のおまけ付き! あんなもんに命狙われたら俺たちは何もできずに皆殺しにされちまう!」

 

 吐き捨てるように喋る男の言葉をブレインは信じられない。難度は冒険者の間で使われる単位であり、基準に関してはあまり詳しくはないが、それでも200とは相当高い数値だった筈だとブレインは覚えている。

 

 しかし。しかしとブレインは思考する。つまりその冒険者チームは強者なのだろうかと。そうであるならば───

 

「そいつらは強いってことか。……決めた。俺は少しエ・ランテルに行ってみるぜ」

「───はぁ?」

「なんだよ、別にいいだろ。その冒険者ってのに、会ってみるだけだ。ひょっとしたら、そいつらが俺の追い求める強さかもしれないからな」

 

 自分の話を聞いた上で、エ・ランテルに行くと言うブレインに対して異常者を見るような眼を仲間の男は向けてくるが、ブレインとしては知った事ではない。強さを追い求めて野盗紛いの傭兵団に身を置くのがブレインなのだ。

 

 そんな自分の近くに、人間技ではないとまで断言される武技の使い手が現れた。ならば会ってみたいと思うのが人情と言うものだろう。

 

 剣団の団長に行先を告げると、彼はとても渋い顔をしたが……『死を撒く剣団』で一番強いブレインを止める手立ては彼にはない。

 

 渋々団長は許可を出し、ブレインは一人エ・ランテルへと赴くのであった。

 

 

 

    ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 『死を撒く剣団』がねぐらにしている洞窟はエ・ランテル近郊の森にあり、徒歩でも城塞都市まで数時間かからずに到着する。

 

 街についた彼は城壁外にいる竜と魔樹の死骸を見て大いに驚き、まだ見ぬ冒険者チームへの期待を高めた。どれだけの猛者なのだろうと。

 

 彼は正門から普通に街へと入る。剣団の何名かは指名手配されているが、幸いまだブレインは顔は割れておらず門番に咎められることもない。

 

 エ・ランテルに入ったブレインがまず尋ねたのは、この街に常駐しているザックと言う剣団の小間使いである。一応『死を撒く剣団』の一員なのだが、いかんせん卑屈な部分がありブレインとしてはあまり好きな手合いではないのだが、エ・ランテルに常駐しているなら自分に冒険者の事を教えてくれた男よりも詳しいだろうと思っての行動だ。

 

「これはブレインさん。へへ、お久しぶりです」

 

 赤い鼻やぼさぼさの髪の毛にそぐわない、妙に小綺麗な服を着た男にブレインは出迎えられる。ザックは顔には出さないが、若干嫌な相手が来たなと内心愚痴る。

 

 ……ザックも剣団メンバーに漏れず、農村出身の男性だ。環境に嫌気がさして国から支給された武器を返却せず、そのまま持ち逃げして出てきた男。彼は奪われる側に辟易していたところを、剣団に拾われた存在。

 

 そんな彼にしてみたら、ブレインとはなんとも嫌なタイプだった。自分のような才能のない人間とは違い、持つ側にいる存在。その気になれば、帝国皇帝ジルクニフに高待遇の兵士として迎え入れられるような人材。英雄一歩手前の実力者であるブレインに内心ザックは嫉妬しているが、それを表には出さない。

 

 剣団の用心棒として雇われているブレインと、所詮小間使いでしかない自分では立場が違う。仮にその嫉妬を剥き出しにして、それを疎ましく思ったブレインが斬り捨てたところで剣団の団長は何も言わないだろう。だからこそ、ザックにとってブレインは会いたくない相手だった。

 

 さて……ではブレインが何をしに来たのかとザックが聞くと、その口からまたもや嫌な連中の名前が出て来た事に内心辟易する。

 

 アダマンタイト級冒険者チーム『黄昏』。たった一日で銅からアダマンタイトに上り詰めたザックとは違う向こう側にいる存在。

 

 ……実はザックは『黄昏』が冒険者になる前に、サトルやアイリスを目撃している。サトルが城塞都市を訪れ、初日に観光していた時にすれ違ったのだ。

 

 ザックも商人から奪い取った小綺麗な服を持っているが、それと比較しても遥かに上質だと分からされる衣服を着た青年。整った顔に逞しい肉体。ザックとは住んでる世界が違うと分かる王族のような男。

 

 その隣には、小柄だが恐ろしいまでに整い過ぎた美貌を持つ少女。仲が良さそうに青年と手を繋ぎ、スキップするように少女は跳ねていた。

 

 その二人を護衛するように付いてきている人間なぞ片手で捻り殺せそうな、4本の腕を持つ異形種。

 

 ……あれは持つものだった。ザックの嫌いな持つ側の極致。富を持ち、隣に美が確実にいる少女を連れた青年。それだけでもドロリとした嫉妬が心から漏れそうになるのに、あろうことかその青年は人類史上でも最高位の魔法詠唱者で、小柄な少女は武器を一振りするだけで城壁を真っ二つに裂ける戦士だと言うではないか。

 

 ザックが心の中で二人に対し「くたばれ」と罵るのには十分な理由であった。

 

 そんな忌々しい冒険者がどこにいるのかを、同じ剣団の仲間ではあるがやはり嫉妬心から嫌いなブレインに問い質されてザックの心情は一瞬で不機嫌になった。

 

「その冒険者なら『黄昏』って言われてますけどね。今は街にいやしませんよ」

「そうなのか? なら無駄足だったか……そいつらは街から離れたのか?」

「噂によりゃ、そいつらに仕えているメイドはまだいるらしいんで、一時的に離れてるだけじゃねえですかい」

「そうか……なら悪いが、ここに当分いさせてもらうぞ。剣団の連中は洞窟を捨てて、遠く離れた場所に行くようだからな。そっちについていくと、ここに戻るのが面倒になる」

 

 ザックとしては嫌で嫌で仕方なかったが、ブレインに逆らえる訳もなく。『黄昏』が戻るまでの間、ザックが住んでいる貧民街の汚い家でブレインは寝泊りした。

 

 その間に彼は情報収集を行い、その中でも共同墓地でズーラーノーン幹部を打倒したと言う銀級冒険者『漆黒の剣』の名が気にはなったが……銀級冒険者があのカルト組織の高弟をどうこうできるわけがないとして、所詮噂だろうと片付けた。

 

 そうしてエ・ランテルで過ごす事三日間。ブレインが待っていた『黄昏』は戻って来た。天空都市なんてとんでもない物をお土産に戻って来た。

 

 その噂はすぐにエ・ランテル中に広がった。城塞都市のすぐ傍に置いてあるあの都市は『黄昏』が持って帰って来た代物だと。

 

「おい……マジかよ。『黄昏』ってのはそれだけ怪物なのか……」

 

 天空都市の事はブレインも一度だけ聞いたことがある。スレイン法国を超えて、更に南方の砂漠にある都市の上空に浮かんでいると言われていた。だがその都市は30人の怪物が守っているらしく、その都市には誰も入った事がないのだと。

 

 ブレインが持つ刀もその都市から流出したものだ。かなり高価ではあったが、それだけの値打ちがある刀でブレインも気に入っているのだが……そんな武器が存在する都市から天空城を持って帰って来た。とんでもない偉業を当然のように『黄昏』は行ってみせたのだ。

 

「これは……想像以上に強者かも知れんな」

 

 ブレインは予め調べておいた『黄昏』が買い取ったと言う屋敷に赴いたのだが……彼もサトル邸の空間遮断結界に阻まれる事となり、敷地内に入る事を出来なかったので諦め入口で待つことになった。

 

 そうして待つこと数十分。屋敷から人が出てきた。

 

「誰かいますね? 敷地の結界に阻まれていると言うことは、組合の人やサトル様の御知り合いではないようですが……」

 

 出てきたのはクライムとラナーだった。クライムは鎧姿ではなく、普段着を着用。ラナーはラナーであるとバレないように、眼鏡をかけてシニヨンに髪を結い変装をしている。

 

 二人は屋敷に引き籠っていてもあまり良くないと、エ・ランテルの市場にお買い物に出かけるところであった。

 

 屋敷から出てきた二人に対し、ブレインは挨拶をする。

 

「申し訳ない。俺はブレイン。ブレイン・アングラウスと言うんだが……お二人は『黄昏』のメンバーだろうか?」

「いいえ、違いますが……ああ、申し遅れましたね。私はクライムと言いまして、こちらの屋敷で世話になっているものです。こちらは私の伴侶で、リーナと言います」

 

 リーナと紹介されたラナーが頭を下げる。

 

「ブレイン……確か王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフと御前試合で争った相手がそのような名前だったと記憶していますが、貴方がそのブレインでしょうか?」

「私の名を御知りでしたか。そうです。私がそのブレインで間違いありません」

「なるほど。そのブレインさんが、『黄昏』の皆様に何の御用でしょうか?」

 

 ラナーはそう問いかける。ブレインの情報は御前試合以降完全に途切れてしまっているので、彼女もどうしてブレインがここにいるのかを全く知らないが故の質問だった。

 

 その質問に対して強者に会いたいからだとブレインは答えた。ガゼフとの御前試合以降研鑽を積もうとした事。そんな折にエ・ランテルにとんでもない強者がいるのだと聞き、ここに来たのだと。

 

「つまるところ、アイリス様と手合わせがしたいのですか?」

「まぁ、そうなるな。外にいるドラゴンと死骸を見たが、あのドラゴンを従えて魔樹を一太刀で裂いたのは『黄昏』のアイリスだと言うじゃないか。それほどの相手と仕合えたら、俺はまた一歩高みに辿り着ける。……クライム君とリーナさんは、そのアイリスって冒険者と知り合いなんだよな。手間でなければ、紹介して貰えないだろうか?」

 

 ブレインの申し出にクライムはどうしようかと悩む。師匠であるアイリスを紹介しても良いのだが、彼女はつい数時間前に箱庭に引き籠ってしまったのだ。24時間は籠ると言っていたので、すぐに紹介することができない。だからどうしたものかと悩んだのだが───

 

「アングラウス様には申し訳ないのですが、現在アイリス様は少しお忙しいので会えませんわ」

 

 クライムが何かを答える前に、ラナーが無理だとブレインに伝える。それを受けて少し残念そうにブレインは落ち込んでいる。

 

「……そうか。それは少し残念だな」

 

 ……その姿を見てクライムは少しばかり考えた後、一つの提案をすることにした。

 

「アイリス様との手合わせは出来ないかも知れませんが、アングラウス様は強者との仕合が望みなのですよね。私で良ければお付き合いしますよ」

「クライム? 私とのお出かけの時間なのに、それを初対面の相手との仕合に使うだなんて……約束破りは酷い目に合わせるわよ?」

「すみませんリーナ。ですがせっかく訪ねて来たアングラウス様を追い返したら、アイリス様は残念がるかも知れませんので」

「……確かにアイリス様はそういうところがありますが……」

 

 納得いかないのかラナーは口を尖らせるが、頑固なクライムは一度言い出すとあまりラナーの言葉でも聞いてくれない。「はぁ……」と一度溜息を吐いた後「少しだけよ?」とクライムに許可を出す。

 

「クライム君が手合わせ?」

「はい。私はアイリス様ほどの強者ではありませんが、それでも手解きを受けてそれなりの強さを手に入れました。アングラウス様のお気に召すかは分かりませんが、世間一般で言うところの強者には入ると自負しています」

「アイリスの手解き? つまりクライム君はアイリスの弟子になるのか」

「そうなりますね」

 

 クライムの言葉にブレインは改めて彼の全身を見る。掌は鍛えていると一目で分かる硬い皮膚。分厚い胸板にシャツから除く腕は戦士のそれ。

 

 なるほどとブレインは頷く。当初の目的とは違うが、クライムはブレインが求める強者の一人かも知れない。あくまでもブレインが求めるのは、より高みに辿り着くための道筋だ。街で噂になっているアイリスと仕合えないのは残念だが、その弟子とやり合えるならば何の文句もない。

 

「ではお願いできるだろうか」

 

 ブレインはクライムの提案を呑み、三人で屋敷の中庭へと移動する。中庭にはセリーシアのケルベロスとオルトロスがいたが、そちらは手懐けられている魔獣だと説明を受けた事でなんとかブレインは受け入れた。

 

 改めてブレインはクライムと向き合う。ブレインの手には使い慣れた刀。クライムは素手。最初は武器を使わないのかとブレインは憤ったが……向かい合った途端、クライムの全身から噴き出した闘志にその怒りは一瞬で消え失せた。

 

 ───おい……待てよ。これは人が出せる威圧感なのか……世間一般で言うところの強者!? これはそんな領域の話じゃないだろ!!!

 

 そして手合わせが始まり───

 

「……………………………………」

 

 ブレインは惨敗した。手も足も出なかった。何年もかけて修練して身につけた武技<領域>と<神閃>を組み合わせた<秘剣虎落笛>。今までどんな相手であろうが、頸部を斬り飛ばしてきた御業まで繰り出したのに、<不落要塞>で弾かれ体勢を崩してしまったところを蹴り飛ばされ。10数メートルも吹き飛ばされた挙げ句……ブレインは胃の中身をぶちまけてしまった。

 

 強いとか弱いとかの差ではない。次元が違い過ぎた。千回やり合ったところで、ブレインの太刀はクライムに届かないと断言できる圧倒的なまでの差。

 

 自分の生涯をかけた技が、何の役にも立たなかった。その事実にブレインは打ちひしがれて───

 

「大丈夫ですかアングラウス様!!」

 

 クライムがブレインの元に一瞬で駆けつける。その動きがブレインには見えなかった。消えたと思ったら、すぐ横にいたのだ。自分との仕合中には見せなかった空恐ろしい高速移動。

 

 ───つまり。クライム君は俺との仕合では……手加減していたんだな

 

 ガゼフとの死闘以来、多くの対人戦を経験した。それのおかげで自分は強くなったと思っていたのに……実のところ大したことはなかった。エ・ランテルの住民が口を揃えて最強の戦士と呼んだアイリス。その弟子であるクライムにすら、全く敵わず。自分は弱者でしかないと言う事実に。強さに憧れたブレインは、あまりにも自分が情けなくなってしまう。

 

「……怪我は……大丈夫だ。胃液を吐いただけだ。……一つ教えてくれないか。クライム……さんは。アイリスさんと戦ったとして……勝てたりするのか?」

 

 ブレインではクライムの相手にならなかった。ではそんなクライムであれば、アイリス相手に肉薄出来るのかと問うたのだが───

 

「アイリス様相手にですか? ……私では相手にもなりません」

「そう……か。君でも……無理なのか……は、はは……はははは……馬鹿みてえだな……色んなもんを切り捨てて来たのに……冒険者なんてやったところで、強くなれないって……はは……」

「アングラウス様?」

 

 ブレインは笑う。自分のやって来た事が全て無意味だったのではないかと。何年もかけて雑魚相手に対人戦の経験を積んだと得意気になって。クライムのような真の強者相手では、糞の役にも立たない武技に<神閃>などと御大層な名前を付けた自分の馬鹿さ加減に笑ってしまう。

 

 そんなブレインにクライムは面食らってしまう。どうしたらいいのだろうと、彼はおろおろしてしまう。

 

 そんなやり取りを見ていたラナーは、ブレインがどうして笑い出したのかを察しており。クライムが困っているのを見て、助け船を出す事にする。

 

「アングラウス様。クライムが困っているので、笑うのをお止めください。不気味なだけです」

「リーナ?」

 

 ラナーが口を挟んだ事にクライムが当惑していると、彼女から無詠唱の<伝言>が繋げられる。

 

『どうして彼がお笑いになったのかを教えるから、落ち着きなさい』

『ラナー様? どうしてアングラウス様は、急にこんな壊れたようになってしまったのでしょうか?』

『そうね。私には戦士の機微と言ったものは良く分からないけれど、大方積み重ねてきた強さの自信が崩れた事が原因でしょうね。さっきアングラウス様はこう言ったでしょ。色んなもんを切り捨てて来たのに、と。どうしてそれを目指したのかは知らないけれど、彼もまた強さなんてものを信奉していた。それをクライムとの模擬戦で撃ち破られたことで、色んなことが馬鹿らしくなった。そんな経験はクライムにもないかしら?』

 

 ラナーにそう聞かれ、クライムは思い返す。確かに。確かに何度もあったと。ラナーを守りたいと強さを追い求め、夢を追いかける中で自分は無駄な事をしてるのではないかと自信を喪失しかけた事もある。

 

 けれどクライムはそれを何度も乗り越えた。乗り越え……最後には師匠であるアイリスの助けもあり、ワールドチャンピオンにまで上り詰めた。

 

 そこでクライムは一つの事に思い当たる。ブレインは強くなりたいと言っていた。そうであるならば……アイリスの助けがあれば、彼もまた強くなれるのではないかと。自分がそうであったようにだ。

 

「アングラウス様は強さを求めて、アイリス様に挑まれに来たのですよね?」

「……そうだ。……今となっては何を言っていたんだろうな。アイリスさんどころか、その弟子のクライムさんにすらボロ負けするのに、随分と調子の良い事を言って……はは……」

「アングラウス様がよろしければですが、私の方からアイリス様に稽古や訓練をつけて貰えないか相談してみましょうか?」

「……えっ?」

 

 ノロノロとブレインが顔を上げる。その顔には何を言っているんだと疑問が浮かんでいる。

 

「……実は私もアイリス様に弟子入りするまでは、強さに伸び悩んでいたんです。もっと強くなりたいと。リーナに相応しい男になりたいと。だからアングラウス様の気持ちが、とても良く分かるんです」

「……君にも弱かった時期があるのか?」

「はい。アイリス様の元で訓練するまでは、私の実力は冒険者で言えば金級程度しかなかったんです」

「!!!」

 

 クライムの告白にブレインは瞠目する。金級冒険者とはブレインが片手間で斬り飛ばせる程度の実力しかない。そんな人物がアイリスの元で訓練したら、英雄の領域すら飛び越えた何かに変貌した。クライムの話を要約すると、そういう事になる。

 

「私ほど伸びるかどうかは分かりません。ですがアイリス様の弟子には、元銀級冒険者であり現オリハルコン冒険者の『漆黒の剣』の方々がおられます。元から英雄級に近いブレイン様であれば、アイリス様の元で修行をすればきっと英雄を超え、逸脱者の領域にまで伸びるのではないでしょうか?」

「俺が……アイリスさんの弟子になると言う事か?」

 

 その提案を吟味し……悪くないのではとブレインは思い至る。彼の目的はガゼフを超える事。今日手合わせを御願いしたクライムは、記憶の中のガゼフなど及びもつかない強者。そんな彼の師匠であると言うアイリスの元であれば、自分は高みに至れる。そんな確信があるのだ。

 

 今までであれば、誰かに師事することなどなかった。若いころは流石に剣術を習ったりしていたが、御前試合での敗北以降学ぶ機会などなかった。なぜなら誰も彼もが自分より弱かったから。ブレインの相手が出来る相手となると、オリハルコン級やアダマンタイト級の実力者しかいない。そんな中で誰かに師事など出来る訳もない。だが……今日絶対的な敗北を経験し、そんな敗北をこちらに刻んだ絶対者より更に上だと言う頂点から教えを受けられるかもしれない。

 

「クライムさん! その申し出だが……是非ともお願い出来ないだろうか! 俺はまだまだ強くなりたいんだ!! その機会があるなら……頼む! アイリスさんに、君から取り次いでくれないだろうか!?」

 

 ブレインは頭を下げてクライムに頼み込む。その姿を冷めた目でラナーは見つめるが、クライムがそうしたいと言うのであればとやかくは言わない。彼女はクライムには甘いのだ。……あとトラウマを刻んだナザリックの面々や、世界級エネミーな連中には何も言わないし、考えないようにしている。下手に考えると頭が痛くなる。

 

 そのお願いに「分かりました」とクライムは快く答えた。

 

 屋敷の中庭を立ち去り、買い物に行く二人と別れたブレインは上機嫌だった。思っていた邂逅とは少し違ったが、クライムほどの強者が存在することを知れたのと、アイリスと言う戦士に師事を受けられるかもしれない可能性が浮上したからだ。

 

 ザックの元に帰り、鼻歌を歌いたいほどの気分で就寝。明けて翌日、昨日と同じ時間にサトル邸をブレインは訪れた。

 

 昨日と違い魔法結界に登録されていたのか、何事もなくブレインは敷地内に侵入出来た。屋敷のドアノッカーを叩きしばらく待つと、メイドが出てきてクライムから話を伺っているからどうぞとブレインは案内される。

 

 通されたのは応接間。しばらくしたら、クライムと屋敷の主人であるサトルに、ブレインが会いたいと願っていたアイリスが来るから待っていてくださいとメイドに言われ、彼は少年時代に戻ったような気分で待ちのぞむ。

 

「しかし……とんでもなく豪勢な屋敷だな」

 

 外観と中の広さが一致しないなど、不思議な屋敷だが……魔法に詳しくないブレインはそんなものなのだろうかとあまり気にしていない。

 

 そうして待つこと10分。

 

 扉がノックされ、入って来たのはクライム。

 

「クライムさ───」

 

 そこまでブレインが言いかけたところで。彼の言葉が止まる。

 

 次いで入って来た人物はサトルだ。明らかに不機嫌そうな顔をしたサトルだった。だがそれを見てブレインの口が止まったわけではない。彼が停止したのは、最後に入って来た人物の放つ、屋敷が壊れそうなほどの圧迫感に身を蝕まれたからだ。

 

「お前がブレインですか。……『死を撒く剣団』で身勝手に、自己都合で、人を斬った貴方が。私達の前によく顔を出そうと思えたのが、不思議で仕方ないのですよ」

 

 それはアイリスだった。まだ封印布を巻いていないアイリス。箱庭の中で裏技を使い、約三千年の時間を進めた彼女が、ワールドスキル状態で入室してきたのであった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。