※今回の話はかなりブレインが辛い目にあいます。ブレインファンの方には先に謝罪しておきます
サトルとアイリスを残し、クライムが席を外した応接室。
……応接室を重苦しい空気が支配する。大気が鉛で出来ているとブレインが錯覚するほどの、あまりにも重い空気。
指一本を僅かに動かす事も出来ず、仮に動かしたとしたらその瞬間に何かが終わると脳髄に教え込まれるほどの絶大なプレッシャー。
それを発しているのは、ブレインの眼前の座るサトルの隣で煎茶を啜っているアイリスだ。二人から自己紹介をブレインは受けていないが、事前に聞いていた話から青年が『黄昏』のリーダーである鈴木悟とあたりをつけている。だがアイリスの方は調べていた容姿とはかなり違った。10代前半の小柄な少女で、肩まで伸びている白銀の髪と宝石のような赤眼が特徴的だと。
しかし現在のアイリスは白銀の髪までは一緒だが長さは膝まであり、左右で色の違う瞳に10代後半に見える成人女性だ。けれど何よりも違うのは……雰囲気。ザックもアイリスは朗らかな少女だと言っていた。陽だまりだけを歩いてきたような嫌な少女だと。
ブレインが実際に会ったアイリスは違い過ぎる。ただそこにいるだけで全てを圧し潰せそうな何か。見た目は人に見えるが、人とは決定的に隔絶した何か。
……そちらは恐ろしすぎてブレインは直視できない。一度目を合わせたが、それだけで心臓が止まるかと感じた。だからアイリスではなく、サトルに視線を向けるが───
「……………………」
一言も発さず、ソファーの肘置きを指で叩くサトル。その表情は今にも舌打ちしそうな程に怒りに歪み、ブレインに指を向けて魔法を発動してもおかしくない激情が渦巻いている。
……どうして二人が不機嫌そうなのか。それはブレインにも分かっている。
「『死を撒く剣団』で身勝手に、自己都合で、人を斬ったお前が」
───俺の、素性を、掴まれている……
ブレインと『黄昏』は初対面だ。なのに彼が傭兵団に……野盗として旅人や商人の馬車を襲撃したり、女を拉致して性処理道具にしているような集団に属していると向こうは知っているのだ。
最初その言葉が聞こえて来た時には一瞬理解できず……理解しても逃げる気にはなれなかった。アイリスが持つ人外の気配に気圧され、立ち上がれなかったのだ。
『黄昏』は人類存亡の危機かもしれない魔樹を討伐する冒険者。そう言ったある種の英雄思考の持ち主が、野盗を好ましいと感じはしないだろう。そうでなくとも───
「───野盗。山賊。追いはぎ。盗賊。強盗。どう言葉を取り繕ったところで、死を撒く剣団は王国の法では犯罪者集団です。王国だけではありません。帝国にしろ法国にしろ、凶漢だと判じられるでしょう。さて……私やオーナーは、お前をどうすれば良いのでしょう。何も知らない馬鹿なお金持ちとして接すれば良いのでしょうか? あるいは間抜けな冒険者として、クライムが申し出たようにお稽古をつけてあげれば良いのでしょうか? ……
アイリスの圧力が更に増し、ブレインの胃と心臓を強く締め付ける。……生殺与奪の権は握られている。返答を間違えたが最後、きっと自分は死ぬ。
どう申し開きをすれば助かるのか、ブレインには皆目見当がつかない。あるいはどう答えたところで、殺されるのだろうか。
ブレインの呼吸が浅く、短く。喘ぐような物に変わる。生まれて来て、初めて味わう恐怖に彼が眼を揺らしていると───
「なぁ、おい」
サトルが口を開く。その声は低い。人間の形をした物体から、こんな低く恐ろしい声が出るのかとブレインは慄く。サトルの手はいつの間にか、テーブルに添えられており───
バキィッッ!!
……机の一部が握り砕かれる。大して力を入れたように見えなかったのに、まるで紙細工かのように潰された。とてもではないが魔法詠唱者の筋力ではない。ブレインの眼が更に恐怖に震える。
「アイリスの質問に答えにくいようであれば、代わりに俺がお前に質問をする。ああ、先にこれを用意しておくか───」
サトルが懐から天秤の形をしたマジックアイテムを取り出す。
「これは真実の審判と言うマジックアイテムだ。ここにお前の髪の毛がある。これを片方に乗せるとな、この天秤は嘘発見器になるんだ。そうだな、ひとつ試してみようか。お前の名はブレイン・アングラウスか?」
「……………………」
「答えられないのか? 答えたくないのか? ……後者であれば仕方がない。無理に聞き出す方法もあるが、それは好みではなくてな。これ以上の会話は不要とし、今すぐお前の処遇を───」
「!! そうです!! 俺は……私はブレイン・アングラウスです!」
黙っていても殺す。そう論じられ、慌ててブレインは返事を返す。髪の毛が乗っている皿が下に下がる。
「こうやって本当であれば下がる。もしこの皿が一度でも上に上がれば……言わなくても分かるよな?」
……つまり自分の命は天秤に乗せられていると言う事。嘘は決して許されない裁判。とんでもない圧迫面接が幕を開く。
「では改めて質問をしていこうか……お前は俺たちの調査結果では、傭兵団『死を撒く剣団』に入団したと調べがついているが……これは事実か?」
「そうです。私は『死を撒く剣団』で用心棒として働いていました!」
「そうか。では次の質問だ。お前の所属していた傭兵団は、戦時以外は野盗として多くの犯罪を重ねていた。これに間違いはないか?」
「はい。 間違いありません」
「その犯罪の内容を話せ。先に言っておくが、回答しない場合、あるいは回答しても嘘の場合天秤は不利な方に傾く。それは覚悟しておけ」
「……私のいた傭兵団は、主に旅人や商人を襲撃していました。彼らが持つ金品を強奪するためです。子息を誘拐して、身代金を要求することもありました」
「なるほどなるほど。しかし旅人にしろ、商人にしろ護衛が付いているのが普通であろう。そいつらはどうしたのだ?」
「……仲間が囲んで嬲り殺すか……腕が立つ相手なら、私が斬りました」
「ふむ……先ほど誘拐も行っていたと言っていたな。その人質はどう取り扱っていた?」
「男であれば、武装を全て剥いだうえで、仲間が憂さ晴らしに死ぬ寸前まで殴りました。女であれば……私は抱いたことはありませんが、性処理道具として仲間が輪姦しておりました」
ブレインが質問に答えやすいように、サトルもアイリスも威圧感を最小に抑えているが……もし、今。二人の心情を全て乗せて殺気を放てば、エ・ランテルの市民全員の心臓が止まるだろう。
「…………ふぅ……身代金が払われない場合、人質はどうなる?」
「男は新しい武器の試し切りや拷問の実験台にしたり、モンスターの巣に放り込んで殺しました。女は綺麗であれば性奴隷として飼われ、そうでなければ男と同じ道を辿りました」
「モンスターの巣に……なぁ……お前たちの傭兵団は確か全部で70人ほどいたか。人が集まれば愚かになるとは言うが……いやはやなんとも……まぁいい。まだ質問は続けるぞ。お前たちは村や集落を襲った事はあるか?」
「あります。数は少ないですが、食料を奪い女を拉致するために襲撃しました。その過程で村の男衆が抵抗すれば、口封じに全員皆殺しにしました」
「───下手に村を襲えば、領主に追われると思わなかったのか?」
「……襲った村の領主は、平民が幾らでも湧いて出てくると思っている貴族でした。だから、多少減ったところでどうもしないと、団長は判断していました」
「そう言った判断は冷静に出来ると……では少し質問の趣向を変えるぞ。お前はガゼフ・ストロノーフとの御前試合で死闘を演じた後、負けはしたものの、その強さから商人や優秀な貴族に、直属護衛として雇いたいと勧誘されていたようだな。そんな真っ当な道を捨てて、なぜ傭兵団に身を置いた?」
サトルがそんな質問をすると、少しばかり躊躇した後ブレインは語る。天才だと自負しており、また周りもそう褒めたたえてくれた自分が敗北した事がどうしようもなく悔しかった事を。その敗北の記憶を塗り替えるためには、正道では無理だと判断して犯罪集団と分かっていても、『死を撒く剣団』に入団した事。それらを隠せば死ぬと本能が叫び、余す事無くブレインは無理矢理言葉を搾りだした。
……それを聞いて二人は改めて呆れ果てていた。求道と言えば聞こえはいいが、やっていることはただ利己しか追求しない在り方。自分の目的のために、誰かに不都合を被せる方法。
……サトルにしろアイリスにしろ、利己を追求するなとは言わない。彼らもまた、自分達が助けたいと言う願いのために、少なからず誰かに犠牲を強いている。
本来なら全く関係が無いのに、リ・エスティーゼの問題に首を突っ込みラナーを巻き込んだ。カルネ村の住民を助けるためという名目で、法国の偽装兵を全て捕らえた。陽光聖典も未だにナザリックに捕らわれている。
クレマンティーヌを殺した。ザイトルクワエを危険だと判断し即死させた。八本指の構成員を、王国法で死罪だからと皆殺しにしている。必要だからとツアーを巻き込んだ。エリュエンティウの都市守護者30人を全滅させた。
それを仮に指摘されて、お前らも身勝手じゃないかと言われたら……アイリスはその通りですと答える。意思がある限り、誰もかれもが自己都合ですよと。その自己都合でより多くの他者を救うならこれを善と呼び、自己都合でより多くの他者を傷つけるならこれを悪とアイリスは定義する。
翻って他者にお前は自分が善であるかと問われたら……アイリスとしては正直なところ、割とどうでも良い。オーナーであるサトルの安全が確保されている事を前提に、より多くの善人が幸福になれば良いのであって、自分が善なのかどうかに関しては本当に無頓着なのだ。仮にアイリス自身が自分を評価するなら『傲慢』と答えるだろう。他人を救いたがる『傲慢』な神。
そんな『傲慢』な彼女にとって、ブレインの価値は悪だ。利己を追求し、奪われる弱者への共感すら求道には不要と切り捨てた悪。
……ラナーのように利己を追求した者も確かにいる。本来の歴史において王国住民900万人を皆殺しにしてでも、目的を達成しようとした身勝手な滅国の魔女。しかしそれは別の世界線。アイリスの知るラナーは利己的ではあるが、出力された結果としてはクライムを守るためとは言え、その過程で多くの王国民を救っている。ならばこれをアイリスは善だと定義する。だからラナーのためにせめてもと、彼女の利己の象徴であるクライムをお詫びの気持ちと共に最強の戦士へと育て上げた。それが何よりもラナーへの報いになると知っていたから。
だがブレインは違う。彼が『死を撒く剣団』に入団した事で、どこにでもいる野盗は恐ろしい野盗に変化した。本来であればどこかで冒険者に討伐されていたかもしれない野盗。しかしアダマンタイト級の実力者であるブレインを抱える剣団をどうにか出来るのは、王国内だとオリハルコン級以上だけ。
エ・ランテルにいる冒険者は『黄昏』と、『黄昏』が鍛えた事実上のアダマンタイトチーム『漆黒の剣』以外ではミスリル級が最上位。つまり『死を撒く剣団』をどうにか出来る戦力が城塞都市にはいない。
ならばこの先も彼らは犠牲者を出し続けただろう。ブレインと言う最上位の戦力を持つ故に止まらぬまま……
「ブレイン・アングラウス。お前は自分が選んだ道に、後悔はあるか?」
「───ありません」
「お前はそれが他人に犠牲を強いると分かった上で、その道を選んだか?」
「───承知していました」
「お前は自分が犯罪者だと自覚しているか?」
「───自覚しています」
「犠牲者が泣き叫ぶのを聞きながら、お前は何を思った?」
「───弱者は抵抗することも出来ず、哀れだと思うところはありました。ですがそれは些事だと。強くなるには不要だと、切り捨てました」
そこまで聞いたところで、サトルの手が振り下ろされ天秤が机諸共破壊される。一度たりとも上に上がらない天秤。いくら質問をしたところで、怒りが沸き上がるだけ。
壊れた机と天秤の残骸が、自分の未来図に見えて……ブレインは恐れ戦く。
「───これが最後の質問だ。アイリスと手合わせがしたく、野盗のねぐらを出てこの子に会いに来た。それは間違いないな」
天秤が壊れた今。嘘をついても問題ないが……サトルの燃え盛るような赤眼に見据えられ、ブレインの口は自動で動く。
「そうです。私は……分不相応にもアイリス様に挑みたく、エ・ランテルに来ました」
「そうか……なるほどな……ではこれも聞いておこうか。アイリスに会ったとして、手合わせを拒まれていたら、お前は……どうしていた?」
……大気が焦げる。サトルの灼眼に熱されて物理的に熱を帯びる。世界級エネミーの力が現実を浸食し、今にもブレインを殺さんとする。
もはや自分がどうして死んでいないのか、ブレインには不思議であった。それでも答えなければいけないと、本能が語る。
「……依頼で……野盗退治に来るかもしれないアイリス様を待ち、闇討ちしていたと……思います」
「そうか……あり得ないとは思うが……それで!! それでお前がアイリスに勝利していたとしたら!!! この子はどうなっていた!!!!!」
もはや我慢が出来ないと。サトルの体からオーラが溢れ出す。身勝手を口にしたブレインに今すぐ死ねと言わんばかりに。
「……はぁ…………はぁ………………………………い、今までの犠牲者と同じように死ぬか……生きていたら……アイリス様の美貌であれば……俺の仲間が……間違いなく───」
その先をブレインは口に出来なかった。近づいたサトルが彼の首を掴んで、持ち上げたからだ。
「そうか……そうだよなぁあああ!!! そうだ、よ、なぁああああああああ!!!!!! 奪われる側から奪う側にまわったああ! お前の仲間とやらわあ!!! 今までの女と同じようにぃいい!!! あい、アイリスにぃいい!! おれの、俺の親友がぁ!! たくしたぁ!! 託してくれた!!! 希望の花に!!! 命より大切なたからにぃ!!……」
ブレインのズボンが湿る。たった一人で世界を殺せる怪物の怒りを受けて、耐えきれなかった。自分は死ぬ。今日ここで死ぬ。その事実にブレインを歯を震わせ───
「オーナー。今日は話を聞くだけ。その筈です」
そっとサトルの腕にアイリスの手が添えられる。彼女は首を横に振る。まだ殺してはいけないと。
その言葉に自分は助かったのかと、ブレインは眼を動かしアイリスを見て……後悔した。彼女はブレインなんて見ていない。見ているのはサトルだけ。サトルが怒りに任せるのを止めたかっただけであり、ブレインの事なんて見てすらいなかった。
アイリスの言葉に少しサトルは悩んだが、ブレインの首から手を離す。重力に従い、ブレインの体は地面へと墜ちる。
彼の臀部に衝撃が走るが、そんな些細な事をブレインは気にしていられない。
───逃げなきゃ。こいつらから逃げなきゃ。死ぬ。死んでしまう。
扉に走りドアノブを回すが……扉は開かない。ならば窓に近づき開こうとするが開かない。ガラスの筈なのに叩いてもヒビ一つすら入らない。
半狂乱になっているブレインへとアイリスは近づき───
「私たちはまだお前を殺しはしません」
「……えっ?」
もしかして助けてくれるのだろうかと、彼は淡い期待をするが───
「……現在エ・ランテルの組合に、城塞都市近辺に出没する野盗の調査及び可能であれば抹殺の依頼が来ています。今日、私たちはその依頼を受けます」
「…………………………」
違った。それはお前も確実に殺すという宣言。
「王国では、野盗は例外なく縛り首か打ち首獄門。冒険者組合に出されている依頼でも、デッドオンリー。……仮に裁判をしたとしても、重ねた罪から死罪しかありません。それに……あくまでも、私たちがお前の事を知っているだけで、客観的にお前が野盗の一味である証拠はない。ですが、お前がねぐらにしている洞窟には、お前が剣団の一員である証拠などはたくさんありますよね? それを持ち帰れば、晴れてお前はデッドオンリーの賞金首です」
吹き込むようにアイリスはブレインの耳に情報を吹き込んでいく。ブレインは悟っていた。自分の首には、今絞首台の縄がかけられたのだと。
「現在のお前は、エ・ランテルの衛兵に招き入れられた良き客人です。なのでこの場で裁くような真似はしません。あくまでも、今日の事情聴取はただの確認です。……ああ、それと。私たちからは逃げられませんから、そのつもりで。この都市から逃げても、逃げなくてもいいです。……地の果てまで逃亡しても……仮に自殺したとしても……追いかけ、蘇生させ、お前を断頭台に送ります」
ペストーニャ。御客人がお帰りなので、
その言葉を最後に、ブレインはサトル邸を後にするのであった。
今回の話は本当に悩んだ。ただ現ナザリックの行動原理や情報収集能力だとブレインが自発的に訪ねて来てあるキャラと縁を繋いでいないと確実に『死を撒く剣団』諸共抹殺されていたのでこの展開に
ブレインファンの方本当にごめんなさい! 私個人としてはクライムの良い兄貴分してる彼が大好きです! 4期のコキュ―トス戦超格好いい! そんな彼に死んで欲しくなかったので今回でちょっとだけ禊して貰いました!