剣に手をかけたクライムに対し、ブレインは面食らう。処刑すると宣言したクライムの眼は本気だ。問答次第では本気で斬ると分かる眼をしている。
「くらい……ムさん……」
「……アングラウス様は……なぜ、犯罪に手を染めてまで強さを求めたのですか?」
「……………………」
「アングラウス様。答えてください。そうでなければ……私は王国兵士として───」
ブレインが認識する間もなく、彼の首にクライムが剣を突きつけていた。
「首を落とします」
刃先が皮膚に触れる。金属の冷たい感触にブレインは背筋が凍る。遥か格上が殺気と共に、凶器を向けている。自分をいつでも抹殺可能なクライム。話がしたいと言っていたが、それはサトル達の行った詰問にむしろ近い。
「それは……『黄昏』に説明したのが全てだ。私は……ガゼフに敗北したのが悔しかった。負けたのが悔しかった。酒を飲んで忘れようとしたが、忘れられなかった。忘れられなかったんだ……」
ブレイン・アングラウスがなぜそこまで敗北に打ちひしがれたのか。……それが初の黒星だった。初の挫折だった。天才であるが故に、出来ないを知らなかった。誰にも負けない剣才は同じ天才を知った事で一度折れたのだ。ブレインに才能が無ければ、もっと早くに味わっていた土の味。それをある程度年齢が行ったときに知ってしまったからこそ……彼は極端な方向に走ってしまった。
そこからもクライムはサトルがしたのと似たような質問を何度か繰り返す。その度にクライムは確信を強めていく。
───やはり……アングラウス様はかなりまっすぐ……違うな。純粋すぎる……アイリス様であれば、精神面が育っていないと表現するだろうか?
それは言語化が難しい、クライムが4年の間に獲得した超知覚が得た答えだった。戦場で相手の技を読む理解への強さをアイリスに伸ばされたからこその、第六感による察知。
そしてクライムが得た答え。ブレイン・アングラウスは非常に純粋。これは正しい。若い頃に剣才に任せて村を飛び出したブレイン。挫折を知らず実力を伸ばし、御前試合までは苦戦すらしなかったブレイン。そこからは傭兵団に所属……戦場に出る事もあったが、大半は野盗行為に身を捧げた。剣を振れば強くなれると剣を振った。刀を手に入れてからは更に力を極めようとただ強さだけを追い求め全てを過去に置いてきた。
さて……ではこんな環境で育ったブレイン。彼の情緒とは育っているのだろうか。答えは全く育っていない。挫折を知らない天才が、情緒などへったくれもない傭兵団に身を置いて、更にそれらを些事と切り捨ててどうやって共感力や精神を育てろと言うのだろうか。
つまるところ、ブレインは求道を追い求めた結果、精神面が殆ど育っていない。心技体の内、心が弱すぎる。それが彼の在り方だった。
……この時間軸ではない場所で、彼はシャルティアと戦う事になる。その時全く歯が立たなかったことで半狂乱になり、剣団の仲間を置いて真っ先に逃げ出し。自分のやって来た事は糞の役にも立たないと勝手に不貞腐れ。その後王都でガゼフに拾われ……技も体もないが、心だけは無駄に頑丈なクライムの強さに胸を打たれ行動を共にするようになる。
その中で共感性や情緒が育っていき、最後には王都に侵攻してきたとある勢力の親玉を討とうとし……たった一本の道を守っただけで彼の生涯は閉じた。
ブレイン・アングラウス。情緒が育ってないがゆえに、彼は身勝手に求道を進んだ。だがその情緒が育ちさえすれば、善玉になれる。つまり更生が可能な人物。それを見抜いたからこそ、クライムはサトルとアイリスに直談判をしようとした。
だが……とクライムは考える。このままそれを説いたところで、二人は納得はしないだろう。更生が可能なのかどうかを、直接的に示す必要がある。そのためにも───
「アングラウス様……ここからはアングラウスと呼びます。アングラウスの生死は私が握っています」
「はい……」
「現在私以外には、アングラウスを擁護しようとする者は誰もいません」
「はい……」
「王国兵士としての私は、アングラウスを討たなければいけません。……しかし私自身は機会があっても良いと思っています」
「機会……ですか?」
「罪を償う機会です。死んで終わりにするのではなく、生きて償う機会です」
「……どうして……俺にそんな機会を?」
ブレインとしては、どうしてクライムがそんな機会をくれると言うのか分からない。自分の首を握り持ち上げたサトルの眼には、絶対にブレインを殺す意思しかなかった。なのに……クライムはそれと反するようなことを言う。クライムはこう言っていた筈なのだ。自分は今あの屋敷で世話になっていると。それなのに、家の主人と違う意見を口にする。
「……昔、私は孤児でした。飢えて、体力も尽きていつか死ぬ。そんなよくいる孤児です」
「クライムさんが孤児?……」
「そうです。……私は運よくとある人に拾われ、今はこうして兵士として生きていられます。……もし……拾われる事なく、飢えて死ぬこともなく生きていたとしても……孤児が行きつく先など決まっています」
「…………『死を撒く剣団』のような犯罪者?」
「その通りです。私も犯罪者になるしかなかったでしょう。アングラウスは他に選べる道があった状態で、身勝手な道に進みました。だから違うと言う人もいるかもしれません。でも犯罪者は犯罪者だと言うなら、私とアングラウスは何も変わりません。ただ切っ掛けが違っただけ。無論、アングラウスがやったことが、だからと言って消えるわけではないと思います……だからこそ。死んで終わりにしてはいけない。死んだから消えるわけではありません。アングラウスが死んだところで、命が返ってくるわけではない筈です。ならば生きて償わせて、
……クライムがアイリスやサトルを説得する上で考えたのは、彼らの理屈に沿うならば納得してくれるのではないかだ。ラナーやアイリスから、ナザリックの目的が弱者の救済だとクライムは伺っている。だからこそ、犯罪者であるブレインの在り方を許容できないのだと。
けれど彼が心を入れ替え、他者を救うために奉仕するのであれば。救済の求道。それならばあるいは……
甘い考えかも知れない。クライムが言ったように、そんな事をしたところでブレインの罪が消えるわけではない。それでも……その甘いと言われる生き方がクライムなのだ。それを誰に指摘された所で、変える気は彼には毛頭ない。例え師であるアイリスが指摘したとしてもだ。それを変えるような人間であるならば……アイリスが鍛えたところで、クライムはワールドチャンピオンになどなれていない。
「かつて私を救い上げ、機会をくれた人のように……アングラウスにも機会はあっても良いと、私は考えます。……一度だけ、問います。……機会があるならば、償う気はありますか? 生きて、生涯をかけて、直接的にしろ、間接的にしろ、奪ってしまった犠牲者を遥かに上回る誰かを救う気概がありますか?」
これはクライムの最後通告。これに無理だと返すようであれば……仕方がない。その時は王国兵士として……ブレインを処罰する。その許可は助命を申し出たラナーが出している。だからこれは本当に最後通告で最後通牒。これをブレインが受け入れられないのであれば、仕方がない。
少しばかり時間が経ち……ブレインが口を開く。
「私は強さには何かを捨てなければならないと、そう信じて突き進んできました。……そんな私が、誰かを救えるのですか?」
「できます。出来ないなんてことはありません。私はアングラウスと手合わせをして、その可能性の発芽を見ました。だから、できます。それに……誰かのために尽くす強さは簡単に折れません。自分だけなら折れたらそこで終わりです。でも後ろに守らなければいけない誰かがいるなら、折れてはいけません。
「!!! クライムさんが……俺を?」
「アングラウスの助命を申し出たのは私です。ならば私がアングラウスを放り出しては、あまりにも無責任です。それに……私が見る限りアングラウスの精神は育っていません。ならばその根性から叩き直します」
ブレインがきっかけさえあれば変われると判断したのは、クライムなのだ。そのきっかけを与えもせずに、彼が変われると口にしても根拠がない。ならば……クライム当人が無理やりにでも変化できるきっかけを作る。
そうでなければ、誰も納得なんてしない。ブレインの命を助けると言い出したクライムが、彼の行動に責任を持たなければならない。
「……クライムさんに師事を受けて、強くなって……誰かを救う。それが唯一赦される道……なのですか?」
「他に道があるかもしれません。……本当なら、傭兵団の一員として処刑されるのを逃れる道はあるかもしれない。それでも……私が指し示せるのは贖罪の道だけです。アングラウスは強者との仕合だけを求め、それ以外には求めていなかったのは『黄昏』の皆さまの調査で判明しています。……助けはしなかったのは減点かもしれませんが、囚われていた女性に手を出していないのも事実だと掴んでいます。まだ……まだ間に合います。……私の監視下での生活となりますが、それでも! 今まで斬り捨てて見向きもしなかった弱き者を助けるために……生涯を捧げる覚悟はありますか?」
そう問われて……ブレインは自分の手を何度も握っては開いてを繰り返す。求めて来た道は間違っていると断言された。自分だけの求道とは愚かな道だと。自分が折れたらそこで終わりの脆く簡単に崩れてしまう道。
目の前で蜘蛛の糸をぶら下げたクライムに手も足もでなかった。『黄昏』のリーダーである鈴木悟とアイリスには、直接出会った事で絶対に勝てないと悟り恐怖で漏らし涙した。自分の突き進んできた道の儚さは、嫌と言うほど証明されてしまったのだ。
……死にたくないのであれば、ここで嘘でも「はい!」と頷けば良い。だが……本当にそれで赦してくれるのだろうか。ブレインは自分の首を擦る。今でもサトルの手の感触が残っている。一瞬で恐怖を刻み込んだ、絶対なる暴の化身の指の感触が、残っているのだ。
……あの青年は怒っていた。自分の妻を斬る可能性が高いと吐いたブレインを、絶対に許さないとあの灼眼は語っていた。ここでクライムが許したとて、果たしてサトルも許すのであろうか。
そう心がまだ怯えている。……ブレインのまだまだ弱い精神では、サトルが能えた恐怖は拭えず───
「『黄昏』の皆さまが怖いのですね」
「!! クライムさんは……俺の心が読めるのか?」
「そんなに顔に出ていては、誰でも分かりますよ……そうですね。あれほどサトル様が激怒されるのは、私としても予想外でした。……あの方もアングラウスが覚悟を示せば、きっと不承不承でも納得してくださります」
そこまで断言するクライムに、ブレインはどうしてここまでしてくれるのだろうと、そう思い───
「……どうして……どうしてクライムさんはここまで私にしてくれるんだ。私を助命したとしても、貴方には得なんてないだろ? 下手をすれば、世話になっていると言う『黄昏』に不快感を持たれるだけじゃないのか?」
「───手合わせした中で、私はアングラウスの本質に触れました。本質的には悪ではないと。まだ引き返せる人物だと」
「そ、そんな曖昧な理由で? そんな、なんとなくとしか言えない理由だけで、あんな恐ろしい二人に盾突くような行為を?」
ブレインからは信じられない行為だった。理屈なんてない。ただ自分がそう思ったから、そうした。……その通りだった。理屈で言えば、世界を殺せる怪物の怒りを自分に向けさせるだけだ。圧倒的強者がしたいようにさせればいい。それが世の理屈。弱肉強食。強さこそが正義であり、弱さは悪なのだ。強ければ、なんでもしていい。
それは『ユグドラシル』なんて関係のない、この世界の理屈。プレイヤーが来ない限りは、他種族より圧倒的に強い竜王がこの世界の法だった。竜王がいなくとも、その次に強い者が正義となる。
……強くない者が種族の頂点に立っているのは人間種の人間だけだ。他の種族では、その種族で一番の強者が種族の頂点に立つ。人間種でも、エルフならエルフの王が一番物理的に強いから王をしている。
その理屈に沿えば、『黄昏』の二人は誰も逆らえない強者。彼らはその強さに物を言わせて、この世のあらゆる白黒を決める事だって出来る。あの二人こそが、絶対の法なのだ。ブレインの中では、アイリスもサトルも恐怖と共にそんな類の怪物だと認識させられた。
なのに……クライムはそんな二人に逆らってまで───
「クライムさんは……怖くないのか!? あの恐ろしい殺気をぶつけられたことはないのか!?」
「ありますよ。アイリス様に手解きを受ける中で、何度もぶつけられました」
「それなのに! それなのに……それなのに盾突いたのか?」
「
受け売りを語ってるだけなので、あまり自信がありませんがとクライムは笑うが。ブレインはそれを聞いて……目の前のクライムが誰よりも大きく見えていた。自分を簡単に折れさせるような怪物相手に、直談判をしたらしいクライム。
折れず曲がらず。ほぼ初対面にしか過ぎない自分のために、そんなあり方を示したクライム。心技体、その全てが揃った戦士。……ブレインは自分でも気づかぬ内に、正座をしてクライムに頭を下げていた。
「……クライムさん……クライム師匠! 私は、私は!! 今まで、捨てる事でしか! それが強さだと!! ……愚かだった! 愚かでした!! 狭い世界しかみえていませんでした! 私は………………私は、この命を、クライム師匠に預けます!」
ブレインは……涙を流していた。圧倒的強者とは、全てを切り捨てられるような存在だと。そう思い込んでいた人生観が全て崩壊した。違った。違ったのだ。ブレインは自分自身がろくでなしだと思っている。真なる強者とはそんな者だと……でも違ったのだ。ろくでなしであろうとも、理があると判断すれば救い上げるような存在。それが強者なのだ。他者に施しを与えられる余裕のある存在。そんなあり方に触れた事で……ブレインは泣いていた。訳もなく……涙を流して。
それを見たクライムは剣を鞘に納める。彼の捉えた感覚では、ブレインの流す涙に嘘はない。それを感じ取ったからこそ剣を納めた。……しかし。まだ全てが終わったわけではない。
ブレインの涙が収まるのを待ってから、クライムはこれからしなければならない事を口にする。
「アングラウス……今からブレインと呼びます。ブレインは今日を以って、私が監視する弟子と言う事になります」
「はい」
「……しかし弟子になったからと言って、罪が消えるわけではない。贖罪への一歩が始まっただけです」
「はい!」
「『黄昏』の方々も、言葉だけでは納得しない。……ブレインはこれから他者を助けられることを証明しなければなりません」
「……証明ですか。それは……今から例えば野盗の類を捕まえたり……でしょうか?」
ブレインがそう尋ねると、クライムは自分のインベントリから一つの宝石を取り出す。それをブレインに見せつけるように、クライムは掲げる。
「それは?」
「魔封じの水晶です。これには転移魔法が籠められており、戦士の私でも<転移門>と言う魔法が使えるようになります」
クライムが水晶を投げつけると、<転移門>が出現する。
「私の後ろに続いてください。今から行く先で、ブレインには人助けをして貰います」
クライムがそう言って<転移門>に姿を消す。慌ててブレインも続く。
<転移門>を抜けた先は、どこかの荒野であった。渇いた大地が広がり、唯一目立つのは少し大きめの砦があることくらいだろうか。
「ここは?」
「ここは
「竜王国!!」
竜王国。それは『死を撒く剣団』のアジトであった洞窟から、南東にあるカッツェ平野より更に南東にある人類国家の名だ。そんな場所に一瞬で移動した事にブレインは驚く。
「竜王国はビーストマンに攻め入られ、多くの民が命の危機に晒されているそうです。あそこにある砦も、ビーストマンに奪われてしまった場所になるそうです」
……人助けをして貰う。そして命の危機に晒されている民。奪われた砦。ここまで言われたら、ブレインも薄々自分が何をさせられるのかを察していた。
「あの砦には、非常食として人間が十数人ほど捕まっています。それを救出します。その手柄で『黄昏』の方々には、ブレインが誰かを助けられる人だと証明できます」
「分かりました」
ブレインは砦を睨む。……彼もビーストマンの噂はいくつか聞いた事がある。人間の10倍の力を持つ種族だと。そんな連中がいる砦から、素人の人間を救出する。ブレインはアダマンタイト級の実力者であり、普通の人間が相手であれば千人相手にしても、訳もない。しかしビーストマンが相手となれば、10や20であれば楽勝だが……100や200となれば命を落とす危険が出てくる。
「クライム師匠。あの砦には、ビーストマンが何人いるか知っていますか?」
「100です」
100と聞いてブレインは考え込む。ギリギリだと。仮に潜入がばれて戦うとなれば、死闘になる数だ。だがブレインが……英雄級一歩手前の彼であれば、なんとか───
「それと。アイリス様からお教え頂いた情報ですが……あの砦の指揮官は、ビーストマンにしては珍しく強い個体だと。難度で換算するならば、
……ブレインの善性を『黄昏』に証明するための救出作戦。それはとても難易度の高いミッションであった。
クライム:かなり甘い裁定。ラナ―も溜息をついてしまうぐらい。でも彼はこうでなきゃクライムじゃないと思う
ブレイン:誰に会うかでその後が大きく変わる人。シャルティアに眷属にされたらWEB版に。クライム&セバスに会うと割とまっすぐな武人に。本作ではクライム監視下での人類助け人に
難度75のビーストマン+難度30のビーストマンx99
VS
難度換算で80のブレイン
現場の様子を監視モニターで見てるナザリックの一同
監視映像を見ながら内心荒ぶるサトル
次の話は……絶対にアンチ・ヘイトタグがいる内容だからなぁ……どうなることやら……