サトルは信じられない思いを胸に監視映像を見つめていた。
最初はクライムが剣を手に現れて、ブレインに突きつけた時溜飲が下がる思いだった。なんだ分かってるじゃないかと。処刑対象にきっちりと脅しまでかける手腕を褒めたいくらいだった。それでこそアイリスの弟子だと。
だが途中から雲行きが怪しくなった。その不安は的中し、クライムはあろう事か絶対に死ななければいけない犯罪者の面倒を見ると言い始めたのだ。
この時点でサトルはすぐにでも現地に赴き、ブレインを抹殺するつもりであった。しかしそれをしなかったのは、ナザリックのしもべ達が大人しく監視映像を見守っていたからだ。
リーダーである自分が不用意に動くのはどうなのかと言う、20年近い社会人生活からの矜持がサトルの怒りを一時的に抑えた。
そして続く竜王国での砦の一件。サトルは何度もビーストマンを応援した。その男を殺せと。犯罪者をぶち殺せと。アイリスの……自分達の敵になると宣言したカスを何度も殺せと応援した。
その願いは届かず……ブレインは生き残った。何があっても、サトルの価値観では死ななければならない男が生き残ってしまった。
その時点で彼の精神的限界はとうの昔に頂点に達している。
(なぜ? なぜ生きている? どうして死んでない?)
しかも、あろうことか自分以外のナザリックのしもべ達は、それを認めるような事を言いだした。ブレインの潜在的危険性を見もせずに。呑気にだ。
だから彼は我慢できなかった。サトルはクライムへの呪詛を垂れ流す。クライムへの呪詛だけではない。彼はそもそもの発端にも、同じく怒りを抱いている。
「クライムだけじゃない……ラナーもだ。あいつ……あいつがトラウマを背負った時、一番慮ったのは誰だと思ってるんだ……アイリスだぞ? お前がデミウルゴスに殺されていた時に、真っ先に止めてくるって走ったのは誰だと思ってるんだ…………アイリスだぞ? お前とクライムの恋仲を一番応援してたのは誰だと思ってるんだ。アイリスだぞ? それなのに……アイリスを利用してクライムの目的を遂行させたのか? あの子の優しさに付け込む気か?
クライムだけであれば、その嘆願を排除できた。くだらない助命が通ったのはなぜか。ラナーだ。彼女が自分の立場を利用することで、大義名分を押し通した。
あってはならない。ありえてはならない裏切り。ラナ―は協力者とは言っているが、ナザリックより立場が低い。それなのに自分達に盾突いたのだ。奴は舐め腐った。ナザリックを……何よりもアイリスなら御せると勘違いした。許せない。許してはならない。存在してはいけない。
「
自分達にすら怒りを向け始めたことに、食堂にいたしもべ全員がギョッとする。
「サトル様? 一体どうされ───」
「どうされた? どうされただと? 本気で言っているのか? それは本気で言ってるんだよな? ペストーニャ……本気じゃないだろ? ちょっと間違えただけだよな?
「………………」
会話を拒否するサトルの物言いに、ペストーニャも口を噤む。誰も言葉を発さない。
ブツブツと呟くサトルと言う爆弾に、誰も触れようとはしない。……これを窘められるのはアイリスか……あるいはウルベルトくらいであろう。
ひたすら呪詛を口にするサトル。……どうして彼はここまでブレインに対して……あるいは、クライムに対して怒りと不満をぶちまけているのか。
……それは彼の根本的な性質に起因する。
鈴木悟……彼は幼少期から転移するまでの間に、まともな成功体験が殆ど存在しない。両親の顔すら覚えていないほど、親は家にいなかった。なんとか小学校に行けたが……2100年代の小学校とは中級層以上が行けるような場所。そこに両親が自分の命すら懸けてまで、愛する我が子を送り出したとて……果たして下級層の子が馴染めるだろうか。答えは馴染めない。友達すらまともに出来なかった。
そうする内に両親は死亡。小学校を卒業した悟は、否応なしに社会へと出る羽目になる。両親の後ろ盾もなく、貯金も殆どなかった彼は自分の手で生きるしかなかった。親の愛情すら知らない子が……友との絆すら知らない少年が……13の時には企業連合が支配する社会と言う荒波に漕ぎ出すしかなかった。
死にたくないから働くだけ。社会人としてのある程度の常識を身に着けてはいったが……彼の情緒や精神が育つ機会は殆どなかった。
そうこうするうちに彼は『ユグドラシル』に触れた。触れて……初めて、人に助けられた。たっち・みーに助けられて、初めて彼は誰かの心に触れたのだ。
幼いころから友情すら知らなかった悟。親の愛情の意味すら知らなかった悟。彼の精神性は『ユグドラシル』によって……正確にはアインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバー達によって、育まれたと言ってもいい。社会人としての諸々は確かに備わっていたが、ある種の人間らしさはこの時期に備わったと言っても過言ではないだろう。
人生で初めて、楽しいと言える時間を彼は得たのだ。ここでようやく、一つの成功体験を彼は会得した……しかしそれは崩壊。ギルドメンバー達は次々とゲームを去っていき……最後には彼しか残らなかった。
……彼がそこまで自覚していたかは怪しい。それでも……鈴木悟の心には確実にそれが芽生えてしまった。失う事への恐怖。今まで当たり前にあった、それが無くなってしまう事への絶望だ。
小さな頃には両親を失った。そして今度はギルドメンバーを……それは一つの在り方を生んでしまった。執着心。狂気にも似た、絶対的な妄執。
その狂気はギルドを……ナザリックを維持すると言う形と、もう一つの形となって発現した。ナザリック宝物殿の最奥、霊廟の間だ。普通の人間はゲームで仲間が去ったとしても、ギルドメンバーを模したゴーレムを作成し、それに預かった武器を飾ったりするだろうか。この時点で彼の執着心は完成した。何ものよりも優先される、鈴木悟の根幹をなす精神性の完成だった。
そして月日は流れ……とある存在が悟の下へと転がり込んできた。No.3333が彼の生活に入り込んだ。彼女はアイリスと名前を変え、鈴木悟の隣に居続けた。……友情は知っていても、愛情を知らなかった彼に、愛情で以って接し続けたのだ。
リアルでは仕事のサポートをする彼女。どんな難しい仕事でも、彼女は瞬く間に片づけてしまう。常に彼を支え続ける、献身的なAI。家に帰れば「今日のお仕事は大変だったのです。オーナーもたくさん頑張ったのですよ」と褒めてくれるAI。栄養バランスはどうとればいいのか。今月はこれだけの課金であれば、収支に問題がないと計算してくれるAI。
……孤独に震え、寂しさに打ちひしがれ……執着心の塊であった悟の心が、彼女に向かうのに。そう時間はかからなかった。
だって彼にとっては全てが初めてだったのだ。仕事まで支えてくれる献身も。ただいまと言ったら、一緒にいたとしても「おかえりなのですよ!」と言ってくれるのも。両親への甘え方すら知らず、情緒と精神が育ち切っていなかった悟にとって、友人との遊び方は知っていても家族との触れ合いを知らなかった彼にとってどれだけの刺激と劇薬になったのか……想像に難くはないだろう。
それでも。あくまでも彼女はAI。画面の向こうにいるデータでしかない。だから、それだけであれば悟はまだ執着する一つとしてしか、アイリスを見られなかったかも知れない。
けれど……DMMOが存在する2100年では。AIであっても、実際に触れ合える存在になってしまう。悟は毎日のように『ユグドラシル』にログインする。人間と言う実体をデータに変換する技術が確立された世界では、画面の向こうはもう一つの世界として実在してしまう。さらに付け加えるならば、『ユグドラシル』はサトルにとって只のゲームなどでは断じてない。人生の意義を見出した場所であり、初めて友人が出来た場所であり、漫然としか生きていなかったサトルが初めて熱中し全てを注ぎ込んだ場所。そんな場所で自分の事を大好きだと公言して憚らない少女と常に触れ合ったのだ。
……DMMOには電脳法が存在する。これは味覚と嗅覚を完全にオミットし、触覚も制限することで脳が現実だと誤認するのを防ぐための法だ。
しかし……制限されているとは言え、触覚と視覚と聴覚は存在する。五感の内、三つの感覚がある場所で悟はアイリスと毎日触れ合ったのだ。ギルドの維持資金を稼ぎ終わった後は、ナザリックで手を繋いで歩いたり。時にはTRPGで遊んだり。
ギルドメンバーが去ってから一年かけて熟成された執着心。それが芽生えた後に、見た目は最高位のアバターを持ち、自由意志を持つ存在と触れ合える日々。……彼の心がアイリスに囚われるのに……月日はそんなにかからなかった。愛も恋も知らなかった悟が、いつしかアイリスを目で追うのに……そんなに時間がかかるわけがない。良くも悪くも、彼は誰かが常に自分の傍にいると言う第2の成功体験を経験してしまった。
そうやって執着心が日に日に強くなっていき……それはある日限界を超えてしまった。
サービス終了日。誰もやってこないナザリック。そこで明かされたアイリスの始まりと想い。第1の成功体験を全肯定してくれる、第2の成功体験の象徴。しかもその象徴は第1の成功体験が託した想いでもある。……この日、鈴木悟は一つの呪いから解放されると同時に……希望と言う名の檻に囚われてしまった。ナザリックやギルドメンバーに向けられていた、鈴木悟の執着心。それはたった一人に向けられてしまったのだ。
それでも転移していなければ。ウルベルトにさえ会っていれば、まだ彼の方に心は向いたかもしれない。しかしそうはならず。
誰も知らない場所に転移し。周りには自分を慕いはするが、サトルからすれば得たいの知れないNPC達。そんな中、自分のためにまたもや一肌脱いでみせたアイリス。自分を守るとまで宣言した彼女の存在はこの日……サトルの中で最上位に繰り上がってしまった。もはや誰も、その牙城を崩せないほどの……絶対的な宝物に。
そうしてアイリスはサトルのために、ナザリックのNPCを説得し。彼が穏やかに暮らせるように、状況を整え環境を整備し、創り上げたチートスキルを以って彼が楽出来るようにその力を振るい続けた。
そして外装変更をして……心の内でずっと魅力的だと慕い続け、円卓会議で思わずプロポーズのような宣言までしてしまうほどに、大きな存在となっていた彼女に誘われて抱いて。彼の執心は完成した。
かつて彼はアイリスを初めて抱いた日。一緒に初めて眠る日に、こんな独白をしたのだ。
【アイリスを苦しめるような奴がいたならば、必ず地上の果てまで追い詰めて殺してやると決めている。それほどの……宝物のような存在なのだ】
これが彼の本質だ。妄執にも似た執着心の権化。そんな彼の執着全てがアイリスに向けられていて。そんなアイリスを傷つけると宣言したのがブレインだ。
ならばもう殺すしかない。それは理屈ではない。鈴木悟が鈴木悟である限り、逃れられない宿命。彼の執着とはその程度で止まるものではない。
……しかし、そうだとすると可笑しなことが一つある。彼は今、その怒りをナザリックのしもべにすら向けた。……けれど、これもそう可笑しなことではない。彼は仮にアイリスがおらず、ギルドメンバーにその執着が向けられていたとしても……そのギルメンが不用意な発言をすれば、怒りを向けてしまう。
アイリスがいない時間軸において、サトルはサービス終了日に来てくれたヘロヘロの何気ない一言に、激しい怒りを抱いている。
「正直ここが残っているなんて、思ってもいませんでしたよ」
この言葉に対して、サトルは本心からこう迸る。
「なんで皆そんな簡単に捨てることが出来る!」
……その後サトルはリアルがあるから仕方ないと自分を慰めるが……結局のところ、大恩人であるギルドメンバーのヘロヘロにすら思い出を踏みにじられかけたら、彼は怒りを抱いてしまう。彼の思い出の中のヘロヘロなら、そんな事は言わないと思っていたからこその……怒り。
サトルは、弱者救済を掲げた作戦指令室で……こう発言したのだ。
【そんなわけないだろ?俺だって弱者救済を掲げたけども……ここにいるみんなに危険が及ぶようならみんなを優先する。それが……仲間だ】
この言葉に指令室でみんなは賛同してくれた。なのに……その言葉をまるで忘れてしまったかのように、自分以外はクライムの所業を仕方ないと受け入れる。弱者救済においてブレインに贖罪の道があるなどと、戯言を口にする。
ギルドメンバーにすら、自分が維持したナザリックの是非を口にされたら本心は怒りを発露する彼が……現時点での鈴木悟の最大の執着心を否定されたなら……たとえナザリックのしもべであろうが、許しはしないだろう。
弱者救済を夢だと評したサトルだが、その夢とアイリスどちらが大切かと問われたら、そんなものアイリスに決まっている。
もし弱者が1億人いたとしよう。これとアイリス一人、どちらかを選ばなければいけない時が来たら、サトルは躊躇なくアイリスを選ぶ。弱者救済の夢とはその程度の価値でしかない。だからブレインが道を示したとて、そんなものはアイリスを傷つける発言の前では塵同然の価値しかない。
……それでも。危険だから。可能性を示されたから。これだけでブレインに対して、どうしてこれだけの怒りを抱くのか。なにせまだ実害は出ていない。なのに……どうしてこれだけサトルが激しい怒りを抱けるのか。
……彼が育ってきた環境が原因だ。鈴木悟が生を受けた2100年代とは、企業連合が都合のよい思想教育を施して来た世界だ。その中には、大企業のような強い存在が奪う事は正しいと言う内容も含まれている。
実例として両親を奪われるという形でサトルはそれを体験している。そんな情緒が育っていない時に、彼が飛び込んだ社会とは表面上は上手く隠しているが、企業同士の奪って奪われてが当たり前の世界。
道端にはストリートチルドレンの死体が転がっているのに、誰もそれに見向きもしないような強者だけが肯定されたディストピア。道徳など2060年には失われた世界。隙を見せれば、企業の用意したとんでもない契約を平気で結ばされるような世界。昨日まで強者だったものが、次の日には全てを失い失脚し自決する管理社会。
それが……2100年代だった。
そしてサトルが第2の人生とまで呼んでいる『ユグドラシル』もまた……奪って奪われてが当たり前の世界だ。
単独を複数人数で囲んで痛めつけても問題のないPK。情報の価値が極めて高く、貴重なアイテムの入手方法は秘匿するのが当たり前と言う殺伐としたゲーム内容。
粘着行為もPKの一環とみなせば、運営は介入しない自由を突き詰めさせたスタイル。アインズ・ウール・ゴウンが得意とした戦法だが、女性アバターのみを識別し、ゴキブリが大量に詰まった部屋に転移させ精神的に追い詰める戦術すら肯定されるようなゲーム内容。……そんな戦術を行っても、運営は問題なしとする倫理観。……このゲームの秩序とは、つまるところ健全性の欠片もない。R-18でなければ、何をしても許される。屈伸煽りや死体撃ちは序の口。複数のギルドで単体のギルドを包囲し、資金が尽きるまで籠城させる飢え攻めのような戦法すら当たり前。
……そんな場所で友人を作る楽しさを学んだのだ。弱者が強者になり復讐しにくるのが、当たり前の世界観。リアルも『ユグドラシル』もそれが当然。……サトルの価値観では、こちらを上回ったら最後、間違いなく復讐しにくる。それが彼の精神性だ。それが当然の世界でサトルは育ってきたのだ。
彼は失いたくない。何があっても無くしたくない。もし……ブレインがワールドスキルのような超級の何かを手に入れたら。絶対にこちらを殺しに来る。だってサトルが同じ立場ならそうするから。だから憂いをここで断たなければならない。危険因子に力をつけるような機会を与えてはいけない。
クライムのようにこちらの味方ならまだいい。どれだけ強くなろうが構わない。だが……今回彼は可能性を示してしまった。自分の意思でブレインを助けた。アイリスを裏切ったのだ。サトルの根幹を成す執着心の象徴であるアイリスを裏切ったのだ。
……この瞬間にクライムは危険因子になった。処分しなければいけない。ラナーもだ。そこに思い至ったサトルはペストーニャに命ずる。
「やつを……ラナーを呼べ!」
「……どうされるおつもりですかわん?」
「なぜ俺たちを裏切ったのか、問い質す必要がある! クライムが望んだとて、ブレインを生かそうとするのは俺たちに対する明確な反逆行為だ!」
「……ラナー様は私たちの定めたルールに従っただけですわん」
「そうだ! 奴はルールに従えば俺たちを動かせると学んだ! アイリスに訴えれば動かせると! ……奴は今後も俺たちを利用できるとほくそ笑んでる! だから問い質す! 踏み絵をやらせる必要がある!」
「……その踏み絵とはなんですかわん」
「助命の解除とラナーからクライムにブレインの処刑命令を出させる! それが出来なければ、奴は不必要だ!! ナザリックに恭順できない手駒は危険だ! 弱者救済にも支障が出る……殺せとまでは言わんが、ナザリックに幽閉して……協力者をザナック王子か帝国のジルクニフに切り替える! ……デミウルゴスを呼ぶか……アルベドかパンドラに協力者を代えてもいけるか相談せねば……」
あっさりとラナーを切り捨てると宣言したサトルに、流石にしもべ達がざわつく。
「何を言ってるっすかサトル様は! 切り捨てるだなんて……」
「ルプスレギナ……お前なら分かるだろ? 先ほど温い結末だと言っていたお前なら分かってるはずだ。人間はそんな簡単に心を入れ替えない。ブレイン・アングラウスは演技をしているだけだ。甘いクライムに監視させれば、力をつけたところで必ず裏切る。奴はまた身勝手に人を斬る。そうならないように、俺たちが戒めねばならん」
「い、いやいや! 確かに温いっすねとは言いましたけども、この件はラナーの発案でアイリス様が許可を出したんっすよね!! ならアイリス様にまずは相談してから───
「───これ以上ラナーの件であの子の手を煩わせるな!! 優しく分け隔てのないあの子はブレインを許すに決まっている!! あの子の優しさを守るためにも、俺たちがしっかりしなきゃいけないんだよ!!!」
サトルの怒声にルプスレギナがびくりとする。少し引いた彼女に代わり、今度はエクレアが前に出る。
「サトル様。僭越ながら、私の意見をお聞きいただけませんか?」
「……なんだエクレア」
「ラナー殿下は私たちの都合に巻き込んだ身の筈です。彼女はデミウルゴス様により精神的に病んでいる身。それを今回彼女の意思で動いたからと言って、切り捨てては筋が通らない───」
「筋を通さなかったのはラナーも同じだ。アイリスに相談すれば通ると睨んだ上で、嘆願している。奴は相談ではなく、事実上の決定を俺たちに突きつけた。……一度味を覚えたやつは、何度でもそれをやる。一度でも恭順の意を示しておきながら、こちらの意から外れたのだ。……なぁ、お前達。なぜそんなにラナーやクライムやブレインを庇う。俺たちは仲間じゃないのか? あの時俺がいざという時には仲間を優先すると言ったら、お前達も同意してくれたよな? 例えば……ルプスレギナ!」
「あ、あたしっすか!?」
「そうだ。あの時お前はこう言ったよな? 『サトル様を傷つけるようなやつは空の果てまで追いかけて抹殺っす!』と」
「……………………」
「ならなぜ今すぐブレイン・アングラウスを殺しに行かない? 奴は俺の心を傷つけたぞ? お前にとって俺と言う仲間はその程度なのか?」
「い、いやぁ……あれは……その……ブレイン・アングラウスはあくまでも、発言しただけで……それにサトル様の事が大好きなアイリス様が、ブレインに攻撃を仕掛けていない時点で、多分赦されているんじゃ……」
しどろもどろになっているルプスレギナとの熱量の差に、サトルの双眸が細められる。熱量に差があるのはルプスレギナだけではない。サトル以外の全員が、怒り狂っている彼を遠巻きにしているのだ。
……もし。もし昔のナザリックのしもべ達であれば、サトルが激怒した時点で遠慮なくラナーの殺害に走っていただろう。彼らの法が許可を出したのだ。ならば遠慮なく外部の彼女を抹殺した。
しかし。円卓会議以降、NPCは外を学ぼうとした。自分達の主がそうしたかったように、ナザリック外を勉強したのだ。人間とは何か。亜人種とは何か。異形種とはどんなものか。それを望んだ白い少女がいたから。
その中でしもべ達は、サトルにどう接すれば良いのかを検討したり。脆弱だと、愚かだと思っていた人間とはどんな生物なのかを調べたり。
しもべ達なりに学び、成長していた。
それに対して、サトルは成長したのか、してないのか。……答えは全く成長していない。あの日変わる事をアイリスは望んだが、その中にはサトルは含まれていない。困った事があれば、アイリスこれはどう思うとサトルは相談する。どんな困難が出てきたとしても、アイリスが解決してしまう。
そもそもサトル自身が成長できるできないを望む性格ではない。あくまでも冒険したりして楽しいのかどうかというタイプ。元々が過去に囚われて永遠に足踏みする人種なのだ。
鈴木悟は興味があれば学ぼうとするが、興味が無ければ書類を読む事すら億劫がる。大事な書類でも難しいと思ったら、読みもせずに判子を押す。
そんな彼がなんでもしてくれるアイリスを得て成長できるだろうか……できない。出来るわけがない。その機会はアイリスが完全に奪ってしまった。
だから、今この瞬間も。成長しようとし、赦しの概念を覚えようとしているしもべ達との間に温度差が生じてしまう。
その事に僅かな疎外感を覚えつつも、サトルはナザリックのみんなと会話することを打ち切る。これ以上話していても、時間の無駄だと判断した。
ラナーの下に行くために転移魔法を使おうとしたが不発。屋敷のシステムがプライベートルームへの直接転移を阻害したのだ。
ならば直接歩いていくしかないとサトルが立ち上がり、食堂の扉へと向かうと───
「オ待チクダサイ御屋形様。ラナーノ下ヘ行クノハ、今シバラクゴ考慮ヲオ願イ致シマス」
コキュートスが立ち塞がる。自分の忠臣になるとまで誓った彼が、邪魔しようとする事にサトルは一つ舌打ち。
「コキュートス……あまり我儘をしないでくれ。俺にはみんなのリーダーとして、ナザリックを守る義務があるんだ。そのために行動しようとしているのに、邪魔をするなんて酷くないか?」
「イイエ。御屋形様ハ御乱心サレテイマス。ソノヨウナ状態デラナート話ヲシテモ、徒労ニ終ワルカト。マズハ御前様ノ帰リヲ待チ、頭ヲ冷ヤシテカラノ方ガ良イカト具申シマス」
アイリスが帰って来たとしても、優しいあの子なら甘い判決を出してしまうと分からないのか!
そう怒鳴りつけたいが、怒鳴ったところでコキュートスが退くようには見えない。ならば……力ずくでどかすしかないだろう。
「そうか……コキュートスお前も……アイリスを危険に晒そうとするんだな……あとで蘇生してやる。だから今は……退け!
サトルに内包された世界級エネミーの力が解放される。浮かび上がるのは漆黒のヘイロー。
躊躇なくNPCに向けて世界級の力を解放したサトルに、今度こそ食堂にいた全員が眼を剥く。コキュートスも「マサカ……」と口にする。
……あまりにも短絡的な方法。だが……これも仕方が無かった。
かつて円卓会議において、デミウルゴスはサトルをこう評価した。
【仮にモモンガ様が、ナザリックとアイリスを天秤に掛けなければならない事態が来たら……躊躇なくアイリスをお選びになられるだろう】
……忠誠心により目が曇らなくなった彼の評価はとても正しい。サトルにとって一番はアイリスであり、唯一同格なのはウルベルトのみ。それ以外はギルメンですらアイリスには一歩劣る。もしギルドメンバーがアイリスの命を狙うなら……サトルは苦渋の決断の末に、そのメンバーを殺害する。ギルメンですら殺害できるようになっているのが、現在のサトルなのだ。それほどまでに鈴木悟の心は、希望の名に束縛されてしまっている。そんな彼にとって、今の味方であろうとも……アイリスのための行動を邪魔するなら、しもべですら敵でしかない。
この場でサトルを唯一物理的に止められるのは、同じく世界級のコキュートスのみ。しかし彼は自分も世界級の力を解放するのかを、一瞬躊躇した。流石にサトル相手にそれを出すのは、と。その一瞬が仇となる。
響く轟音。蒼い外骨格が砕け食堂の扉と共に、コキュートスの体が壁に叩きつけられる───事はない。彼の前に出現した透明な鱗がサトルの拳を受け止める。それが何なのかは分からないが、サトルは破壊しようとする。
「
発動した世界級アイテムにより鱗は死界の中で即死───しない。バロールの死界がその効力を発揮していない。
死界が霧散する。強制的に破壊される。全ての時間が停止。サトルの視界が巡るめく代わり、いつの間にかどこともしれない空間に彼はいた。宇宙空間のような闇に覆われ周囲を瞬く星に囲われた場所。どこでもないし、どこにでも見える場所。なぜこんなところにとサトルが不思議に思い───
「何をしてるですかオーナー!!!」
……鈴木悟にとっての希望の大輪が、彼を糾弾した。
……恐らくこの話は賛否両論あるかと思います。しかし15巻&16巻の雑感やアインズの作中の動向。そこから得られた情報にアイリスと言うとても都合のいい存在を投入した時……執着心はこう発露すると思い書きました。
リアル時代ですらアヴァターラを造ってしまう執着。それがたった一人に向いてしまっているのが現状です。
この話の終着点として、とある幕問を挟みます。本当はもう少し後にやる予定の幕間でしたが……リスタート4のインベリアの前にやっておこうと思います。数話で本番のインベリア編とか言ったのすみません
後ユグドラシルってゲームとして殺伐過ぎると思う。ウロボロスで一部エリアから一か月排除が叶うとか1500人討伐隊とか燃え上がる三眼によるスパイ行為とかが運営に許可されてるゲーム性とか民度がどう考えても……