ナザリック地下大墳墓9階層・円卓の間。
部屋の中心に黒曜石の輝きを放つ巨大な円卓が鎮座する部屋。ナザリックに於いて、非常に重要な意味を持つ場所。
ゲーム時代には、ギルドメンバーがログインした際、何かしらの特殊な設定をしていない限りはここに最初に出てくることになる。
かつてはギルドメンバー全員が、豪奢な円卓に負けぬ煌びやかな赤い椅子に座り、どこそこのギルドに喧嘩売ろうぜや、このレイドボスを倒しに行こうぜ等を話し合い多数決で決めた議決場。
───この世界でのナザリックの方針が決まりました───
アイリスにそう伝えられた一部のNPC達───オーレオール・オメガと言う職務上第8階層から動かすことが出来ない彼女を除く、レベル100の者───がこの円卓の間に集められていた。
アルベド、デミウルゴス、パンドラ、シャルティア、アウラ、マーレ、コキュートス、セバス、そして……アイリス。
モモンガを頂点とし偉大な王とするなら、その下で実質の運営に関わるそれぞれの部門の最高責任者達がこの場へと招集されていた。
「どうしたんだみんな。今からちょっと話しをするんだから、座って楽にしてくれたらいいんだぞ」
「し……しかしモモンガ様。お座りにと仰られても、ここは至高の御方々のみが着席を許された、神聖な議場。私たち僕に着座が許されるような場所では……」
アルベドが声を震わせながら、座り難いと意思表示をする。
それはアイリスを除く、ここに集まったNPC達全員の総意であった。彼らにとっての神々であるギルドメンバー用に用意された椅子に座るなど、それは僕にとって神に唾を吐きかけ泥を塗りつける行為だ。
しかも彼らが座るように促された座席は、ただのギルメンの席などではない。
「こ、この席は…………ぺロロンチーノ様の席だと……アイリスから聞いたでありんしぇ……」
階層守護者の一人、シャルティアの目の前に用意された席。それは彼女の創造主であり、モモンガと共に無課金同盟なるチームを組んでいたぺロロンチーノが、かつて使っていた椅子だった。
そんな席を用意されたのは、シャルティアだけではない。デミウルゴスの席にはウルベルトのを。コキュートスには武人建御雷、セバスにはたっち・みー、アウラとマーレにはぶくぶく茶釜、アルベドにはタブラのを。
アイリスとパンドラを除く僕たちの為に用意されたのは、あろう事か自らの創造主の席であった。
「ア、アイリス!本当ニ座ラナイトイケナイノカ!!!」
「ポジティブ。今からオーナーも交えて、みんなで話し合いをするのです!……実を言えばこの場を用意したのは今回に限り、あくまでも多数決で最終的な結論を出すからなのですよ」
「多数……決だと!アイリス……君は自分が、何を言っているのか分かっているのかい!!モモンガ様の絶対的な発言を…………君にとっての偉大な神を、否定しても良いと述べてるのと同義に───」
「
いつものニコニコ笑顔と共に。アイリスが───創造主と相思相愛な彼女が、モモンガを拒否してもよいのだと発言した事に。ここに集められた僕全員が驚愕の表情を見せた。
「今回の会議なんだがな……俺の意見をそのまま伝えても、お前達は絶対に受け入れざるを得なくなってしまう。……だからアイリスと話し合って、ナザリックの今後を決める場所はこここそが相応しいって結論になったんだ。かつてアインズ・ウール・ゴウンのみんなで話し合って、多数決で決めたこの場所がさ」
「アイリスとオーナーは今日みんなにとって、とっても重要な事をお伝えします。そのお話を聞いて貰った後に、今後の方針でこうしたいとオーナーは提案する予定です。その際、みんなには創造主の名代になって欲しいのですよ。……
モモンガとアイリスの口から出てくる内容は、到底NPCに快諾できる物ではない。彼らにとってモモンガは絶対的君臨者なのだ。偉大なる神王としか表現出来ない、至高の御方。そんな存在の御言葉を、あろう事か自らの創造主に代わって是非を決めろなど……。
「否定云々ですか……それは御身がお創りになられた私も。モモンガ様の勅命に抵抗があれば、拒否してもよいと……そう言うことでしょうか?」
「その通りだパンドラズ・アクター。お前が俺とアイリスの提案を聞いて、受け入れがたいと感じたら……拒否してもよい」
「なるほど……我が崇高な創造主と!我が麗しき妹が!そう決めたのであれば!このパンドラズ・アクターに異議などありません。ええ、必ずや御身の勅命を、御心ではなく私の思考で是非を決めさせて頂きます!」
「お兄ちゃんありがとです!」
「Wenn nur mein Gott und meine hübsche Schwester das entscheiden würden!」(我が神と可憐なる妹が決めたのであれば!)
ドイツ語と共に敬礼をするNPC。彼の名はパンドラズ・アクター。アイリスより先にモモンガが創り出したNPCであり、宝物殿を任されているレベル100の領域守護者である。
つるりとした埴輪顔に、ドイツ式の軍服を身に纏ったモモンガにとっての黒歴史。今も軍服を大仰に翻し、大げさな敬礼でビシッと決めた姿に、モモンガの心もビシッと音を立てて崩れかける。
(昔の俺はどうしてこんなのを…………軍服は格好いいけど、この身振り手振りがなぁ。マジでダッセェ……)
自分の黒歴史が動いて喋る姿に、モモンガの精神がガリガリと削られていく。
動く黒歴史ことパンドラは、よいしょとそのまま円卓の席へと座り込む。
「どうされたのですか、皆さま方。そのまま立っていても、時間が無為に消費されるだけですよ」
「……パンドラズ・アクター。君は確か、アイリス以前にモモンガ様がお創りになられた僕、だったね。私は君に関しては詳しくはないが……どうも我々の気持ちを酌むのは苦手なようだ。私たちにとっての産みの親である、至高の御方々に代わり発言しても良いと言われても、はいそうですとは許諾し難いんだよ」
「それはそうでしょうね。私もモモンガ様の代わりを別の御方に命令されたなら、中々演じにくい」
「ならわざわざこんな風に、私が口にしなくとも同じ思いを共有できるはずなんだがね」
「ええ…………ですが神々はここを去り、最後まで残られたモモンガ様が私たちに代わりとなる事を望まれた。そうであるならば、僕としてモモンガ様の命を成すのが正しいのでは?」
「………………ふぅ」
眼鏡の位置を直しながら、デミウルゴスがこれみよがしな溜息をつく。彼とてパンドラが言っている意味の方が正しいのは理解している。モモンガが…………最後の指導者が多数決で決めたいと申し出たのだ。それを否定する事こそ、僕としてはあり得てはならない失態なのだから。
観念したデミウルゴスがウルベルトの席に座ったのを切っ掛けに、他のNPC達も渋々全員着席する。
「みんなにとても辛い決断を強いてしまったのは、アイリスの不手際です。……では、さっそくで申し訳ないですけども……まずみんなとオーナーの認識の差異……あるいはアイリスとみんなの認識の差。そちらを伝えようと思います」
「認識?アイリスとモモンガ様が持ってるお考えと、私たち僕の間に持ってる考えが違うの?」
「そうなのですアルベド…………つい先日、アイリスが外の人間種と、アイリスに対してどう考えているのか聞いたのを覚えていますか?あれで確信を覚えたのですが……まず前提として、みんなはこのナザリック以外はとるに足らない存在……特に人間は下らない生物だと認識している。これに間違いはないですか?」
アイリスがそう切り出すと、各々がそれぞれの見解を表明する。
それはモモンガとアイリスが、事前に想定した通りの内容だった。
自分たちに撫でられたらそれだけで死んでしまう生物。一部にはかつてこのナザリックを攻め落としかけたような強者もいるが、多くは弄ぶだけの玩具。嗜虐趣味を満たす道具と答えた者もいるし、単純に興味がないと返事をした者もいる。
NPC達全員が非常に嫌っているというわけでもないが、セバスとパンドラを除く彼らの概ね好意的とは言い難い散々な評価に、モモンガは少し尻込みする。
(改めて聞かされるとこれは…………俺が弱きを助け、強きを挫くような英雄になりたいって表明しても、確かに簡単には受け入れてはくれないだろうな。NPCが神として敬ってくれる俺の頼みでも、アイリスが想定した通り円卓への着席はかなり渋られたし)
指先でこめかみをコツコツと叩きながら、モモンガは思案する。アイリスが放出すると決めた、情報の数々。
それはモモンガも事前に聞かされており…………間違いなく開示すればNPC全員の意識を良いにしろ悪いにしろ、大きく動かす事が出来る特大の爆弾になる代物だ。
だが……その内容はあまりにも繊細な情報が大きく含まれている。地球にいた頃であれば、アイリスもモモンガの安全上の問題から、絶対に彼には教えはしなかったであろう秘密のデータ群だ。
電子の女神とでも呼べる力を持っていたアイリスだからこそ、本来であれば一部の上級層にしか閲覧が許されないそれらも当然のように知っている。
その中にはギルドメンバーの一部がどうしてログイン出来なくなったのか…………精確にはログイン出来なくされたのかですら、アイリスは知っていた。
それを正直にNPC達に伝えるのは、あまりにも酷だとモモンガは感じた。事前に内容を確認した彼だが……その際に非常に激怒している。改めて客観視させられた、リアルの地獄を超えた地獄としか言えない、肥溜めのような状況にブチギレた。
モモンガの激しい怒りを見たアイリスも、開示するのですと少し勇みすぎていた事に気づき、NPCにどう伝えたものか悩んだのだ。悩んだ末に、二人はこの円卓でNPC達がどう行動するかで決めようと結論を出した。
そして結果は……御覧の有様だった。パンドラが動くまでは、モモンガの命でも躊躇いを見せたNPC達。モモンガの夢云々を除いても、彼ら自身の意識を改革出来なければ、どこかで間違いなくモモンガとNPCの間で意識のすれ違いが起きてしまう。
(頼んだぞアイリス。今回の議題のキーマンは、間違いなく君なんだ)
モモンガが祈るように見つめる先で、NPCの意思確認を済ませたアイリスが、なるほどですと一つ頷く。
「みんなの思想に関しては大体わかったです。ではここからはアイリスの…………
突如として纏う雰囲気が変化するアイリス。それにNPCが全員ギョッとするような反応を見せる。
「えっ?アイリスだよね?何か急に変化したような…………」
「う、うん。いつもの優しい雰囲気はそのままだけど、なんだか気圧されるような……」
アウラとマーレが言うようにアイリスの笑顔はそのままだが、急激に存在の圧とでも呼ぶべき物が大きく膨れ上がった。その変質に、部屋全体に戸惑うような空気が漂う。
(これびっくりするよな。俺は転移前に一回見せて貰ってるから驚きはないけど…………いや、でもあの時の俺は、ただのゲームアバターでしかなかったからな。こうやって実体で感じると、やっぱり威圧感が違うな)
ゲームの仕様上再現出来なかった状態でも、モモンガが変わったと感じるくらいには『私』と一人称を改めたアイリスの纏う空気は異質だったのだ。
それを生身の肉体で受けた事で、モモンガも含めて部屋全体が引き締まる。
「……前提としてですが……私は外の存在。すなわちナザリックに所属しないものですね。これらに対して特別な事情が無ければ、悪感情を有してはいません。特に人間に対しては、よほどの悪や愚か者でもなければ好意を抱いています。……私があった事もない、至高の御方々へと同程度の好意を、です」
「………………はっ?」
それは誰の声であったか。アイリスが口にした言葉の意味が分からないと、困惑した声。
外に対して悪感情がない。これはまだNPCでも理解できる。なぜならそういう風に主が……モモンガが作成する事も出来るからだ。
アイリスは善性の存在かつ、人間種として創られたのはNPC達も周知の事実だ。だから人間を好ましいと発言する事自体はそこまでおかしくもない。
だが……その好ましいと言うのが、至高の御方々と同等と言うのは、僕の基準から明らかに外れきっている。だから……彼らには困惑しかない。
「ではどうして、私がそこまで人を好ましく思っているのか……そうですね、マーレには分かりますか?」
「え?えっと…………それはモ、モモンガ様がそうお創りになられた……から?」
「ネガティブ。私が人を好きなのは、オーナーがそう望まれたからとは違います。……正解はとても単純です。私はオーナーやみんなの創造主と同じ世界…………あなた達が知っている言葉で言うなら、リアルの出身です。私はオーナーがこの体をお創りになる以前から、私は人が大好きな存在として確立されていました」
「アイリスが……ぶくぶく茶釜様やモモンガ様と同じ世界の……存在?……」
アウラの言葉には到底信じられないと言った響きが乗っている。なぜならNPCにとっては、創造主に産み落とされて初めてこの世に出でる事が出来るのが常識なのだ。その前提を覆すアイリスの言葉は到底信じられないのだが───
「なるほど。我が妹がモモンガ様の僕となる以前から、既にこの世に生まれていた。その話ですが……一つ思い当たる節がありますね」
パンドラズ・アクターだけは違ったのか、そう言えばと思い出話を一つ披露し始めた。
「私は宝物殿の領域守護者を務めています。転移前には常に宝物殿におり、侵入者がいれば守護者として戦うのが私の使命の一つでした。……ですが至高の御方々は皆去り、モモンガ様だけが訪れるだけの蔵で、ただ一人何をするでもなく我が神が運営資金を納めに来るのを待つだけの日々!そうやってモモンガ様のお役にも立てず、無意味な時間を過ごしていたある日。一人の可憐な乙女が宝物殿を訪れた」
のっぺりとした埴輪顔をアイリスの方へと見やる。その行動に釣られて、他の守護者たちも改めてアイリスへと視線を向ける。
「その乙女は奇妙な事にたった一人でしてね。転移の指輪も付けておらず、どうやってかは分かりませんが、ナザリックの最奥に転がり込んできた。無論本来であれば、そのような侵入者には実力を以て排除しようとするのですが……なぜかその時には全くと言っていいほど動けませんでした。そうしている内にモモンガ様が宝物殿に現れ、No.3333と名乗った女の子と共に部屋から消えていったのです!……アイリス、あなたはあの時まだ……モモンガ様の僕ではなかったのですね?」
「ポジティブ。私が初めてナザリックを訪れた時の事ですね。あの時は『ユグドラシル』の防壁を抜けた後、直接宝物殿へと侵入しましたからね。そのままだとナザリックの防衛プログラムに、ウイルスとして処分されかねなかったので一時的に権限を乗っ取りました。動けなかったのはそのせいでしょうね」
パンドラの話に乗っかる形で、アイリスがモモンガと初めて出会ったときの話を補足する。
「今のパンドラの話が本当なら……アイリス、あなたは本当にりあるの生まれで……モモンガ様達至高の御方と同じ存在なの!?」
「ネガティブ。私はオーナー達
「ちょっと待つでありんしゃ、アイリス。今お前……なんて言った?」
アイリスが聞き捨てならない事を言ったとばかりに、シャルティアが食って掛かる。
「オーナーがリアルでは人間だと言ったのですが?」
「お前……いくらモモンガ様の覚えが良ぅいからと言ってぇ…………その侮辱は許されないだろうが!」
アイリスの発言に、シャルティアの体から急激に殺気が漏れ出し始める。至高の御方々が……僕にとって崇高で崇拝すべき存在を、あろう事か力が弱く種族として非常に脆弱なそれがナザリックに於ける神々のリアルの姿なのだと伝えられて。我慢できるほどシャルティアの気は長くない。
この発言をしたのがモモンガが溺愛しているアイリスでなく他の守護者であれば、間違いなくシャルティアはモモンガの目の前であろうと関係なくそいつの殺害に走っていた。ぺロロンチーノからモモンガの嫁レベルの設定を与えられているシャルティアにとって、モモンガと創造主を侮辱される事以上の逆鱗などないのだから。
「シャルティア、止してくれ。そんな風に牙を剥きだして喧嘩をするために、この場を設けたんじゃない」
「でもモモンガ様。御身の僕はありゃぅ事か御方を人間などと───」
「別に構わないさ。アイリスは真実しか喋ってないんだからな」
「…………ほぇ?」
先ほどまでの剝き出しの殺意はどこへやら。モモンガの御言葉に一瞬で毒気を抜かれたのか、呆けた声を出すシャルティア。だがその反応はシャルティアだけの物ではない。アイリスを除くNPC全員が、大なり小なり似たような反応をしている。
「アイリスは俺を侮るつもりで発言したんじゃない。ただ真実を……俺がリアルでは人間なのだと、当たり前の事実を口にしただけだ」
「モモンガ様が……りあるでは人間?偉大な死の支配者が…………人?」
告げられた真実に相当のショックを受けたのか、アルベドは座ったままくらりと気を失いそうになる。
アルベドだけではない。見ればパンドラですら『なんと!』と驚いている。NPCにとってモモンガとは、死そのものとも言える闇が形を成した死の支配者。それがナザリックでの常識なのだ。だと言うのに別の世界では、ナザリックでは侮蔑の対象である種族なのだと告げられて。動揺を抑え込むなど出来はしない。
無論モモンガがどんな種族であれ、彼に対する崇拝が変わるわけではない。モモンガが本当は人間である事と、彼が体を削ってまでこのナザリックに残り続けたのはまた別の問題だ。仮に今ここにいるモモンガがレベル1の人間種であろうとも、最後の神として畏敬の念を抱き、NPC達は何も変わらず彼に仕えるだろう。
「モモンガ様!失礼を承知でお伺いします。御身がリアルでは人間であるならば……我が創造主であるウルベルト様も……御身と同じなのでしょうか?」
「───そうだ。オフ会……リアルで行う催事になるのかな。それで顔を合わせた事もあるが……少なくとも俺と同じ人間だったよ。それはウルベルトさんだけじゃない。たっちさんもペロロンチーノさんもぶくぶく茶釜さんも……みんな人間だ。お前たちの言葉を借りるなら…………指先ひとつで撫でるだけで、簡単に死んでしまう脆弱な種族。それがリアルでの俺……いや違うな。俺たちギルドメンバー41人、みんなが至高の御方々と呼んでくれる人たちの……本当の姿だ」
円卓の間がシンッと。静寂に包まれる。NPC達が崇め奉るところのギルドメンバー41人。異形種としてこのナザリックに君臨した偉大な神々。それが本当の姿は人間でしかないと言う事実に、ただ……彼らの常識、今までの当たり前は壊された。
「みんなは今、とてもショックを受けていると思います。そんな状態のあなた達に聞くのも酷なのですが……私は一つ問いたい事があります。……アウラ、あなたはリアルの世界と『ユグドラシル』の関係性に関して、どれくらいの知識がありますか?」
「あたし!?……えっと……ぶくぶく茶釜様や他の御方が普段は過ごしてる神々の世界があって、そこから一時的にナザリックに降りられてるって事しか……」
「なるほど。……ではリアルの世界……すなわち私やオーナーが産まれた神々の世界ですが……どんな場所なのかはご存じですか?」
「あんまりは……ただぶくぶく茶釜様は、あたしやマーレを膝に乗せて、りあるではせいゆうってお仕事をしているんですって教えてくれた事があるよ。あたしが聞いた限りでは、それは物に魂を吹き込む仕事だって……茶釜様はすっごく楽しそうに語ってくれて!だからりあるはきっと、茶釜様が希望と夢を持って楽しく暮らせる、凄く良い世界なんだなって…………」
後半になるに連れアウラの声が萎んでいく。彼女の声が萎んだ原因は、突如として怒気を発し始めたモモンガであった。
今のアウラの言葉に思うところがあったのか、モモンガは何度も何度も指で机を叩く。誰が見ても明らかに不機嫌と分かる態度を、モモンガは隠さない。
「良い世界……良い世界か。……茶釜さんは売れっ子エロゲー声優だったからな。アーコロジー内で暮らして、職業の選択が許される裕福な家庭に育ったあの人にとっては!……リアルはやりがいがたくさんある、素晴らしい世界だったんだろうな…………」
コツッコツッッコツッッコツッッッ!モモンガの指の動きは止まらず、むしろより強くなり音が大きくなる。
「モ、モモンガ様……?」
アウラが不安そうに、モモンガへと話しかける。モモンガの勘気は、明らかに彼女の発言に対する反応だ。自分が何かまずい事を口にしたのだと。彼女の創造主に対して、ある種の皮肉を呟くモモンガが、アウラはただ恐ろしかった。
「ああ、そんな不安そうにしないでくれアウラ。俺は別に茶釜さんに怒ったりしてるわけじゃないさ。あの人と俺じゃリアルでの立ち位置なんて違うし、見える世界も違ったんだ。それに対して、今更何かしらの感情を抱いてもな…………それでも。それでもだ!あの世界が良い世界かどうか、か……」
コツッッッ……。モモンガの指が止まり、音も止まる。今まで鳴り響いていた音が止まった事で、ひと時だが部屋が静まり返る。
「あんな世界が!素晴らしい世界な訳がぁああ!!……夢やきぃぼぉうにぃ!!満ち溢れた!!!良いぃせかぃいいな訳がぁあぁあ!!!あるかぁあああああああ!!!」
ダンッッッ!!!
渾身の力で振り下ろされたモモンガの拳が、円卓へと突き刺さる。魔法特化とは言え、それでもレベル30台の戦士系並の筋力があるモモンガが本気で叩いた事で、殴った箇所が罅割れる。
「あんな……あんな世界が良いわけがあるかぁ!企業連合のカスどもが!自分達の都合だけで下級層を虐めぬいて!!肥え太るだけのクズどものために、人間を使い捨てて!!思想教育で疑問を抱かないように洗脳をしてぇ!!!……俺だってアイリスに、あの世界の構造を教えて貰うまでは何の疑問も抱いていなかった。抱けないようにされていた!!」
次から次へと憤怒が湧き上がってくるのか、モモンガはただ吠える。アイリスから今日の会議のために、様々な情報を教えてもらうまで、地球の環境が恐ろしく歪な事をモモンガは気にもしていなかった。
自分は所詮下級層なのだから、上級層のために歯車として死ぬのが正しいのだと思い込まされていた。そんな事実に…………彼はどうしようもないほどの、怒りを覚えてしまったのだ。
「アイリスが言うところの
いつの間にか立ち上がっていたアイリスが、激情が止まぬモモンガの口を手で塞ぐ。
【駄目ですよオーナー?元の世界に対して義憤に駆られるのは、大変ポジティブですが……まだ事情を知らない彼らの前で、大声を出して怒りを解き放っても、怯えさせるだけでネガティブです】
アイリスに止められたのと、無詠唱化した<伝言>で脳内に直接言葉を伝えられた事でNPC達の様子に気づいたのか、モモンガも少し冷静になる。彼らは憤怒の化身と化していたモモンガに対し……酷く怯えていた。
特に酷い有様なのが、モモンガが激怒する寸前まで話していたアウラだ。彼女は自分がモモンガの絶対に触れてはいけない逆鱗に触れたのだと思い込んだのか……恐怖の表情の中目尻には涙を浮かべていた。
すぐさまアウラのもとへとアイリスは向かい、彼女の事を慰め始める。
「モ、モモンガ……ひぐぅ……モモンガ様、ごめんなさい。ごめんなさい!あたし……あたしモモンガ様を怒らせて……ごめんなさい!ごめんなさい!!……」
「違うのですよアウラ。オーナーはアウラに怒ったわけじゃありません。オーナーの怒りはあなたに向けられたものじゃないのです。だからそんなに落ち込んだり、泣いたりする必要はないのですよ。むしろ悪いのはオーナーの心情を考慮せず、あなたに話しを振った私なんです。だから……泣いたりしなくて良いのですよ。元気なく泣いてるアウラなんて見たら、ぶくぶく茶釜もきっと落ち込んじゃいます」
モモンガに対しパチリとウインクするアイリス。その意図に気づいたのか、すぐさまモモンガはアウラに声をかける。
「すまないアウラ……お前を泣かせたかったわけじゃないんだ」
「ほんと……ですか?」
「ああ、本当だ。……少しリアルの事で、許せない事情がいくつもあってな。───それでアウラを泣かせるような真似をするんだから……俺はギルド長失格だな……クソぉ……」
ふぅ~と長い溜息を吐き、まだ燻る怒りの火を宥めるためか沈黙するモモンガ。部屋に響くのはアウラの微かな泣き声のみ。守護者達は誰一人発言しようとはしない。
リアルの御方が人間であること。突如としてリアルに対し立腹したモモンガ。この状況で何かしら言葉を口にできるほど……NPCとてメンタルが強靭なわけではない。だから発言出来るとしたら───
「みんなは…………リアルの世界がどんな世界なのか……『ユグドラシル』とはなんなのか……知りたいですか?」
純粋なNPCではなく、この場を設けた仕掛け人でもあるアイリスだけであろう。
「それを知る事が、今モモンガ様がご立腹なされた事と繋がるのですね。それに……モモンガ様はお怒りの中、私の創造主であるたっち・みー様とウルベルト様が仲違いされたと……そう、仰られていました。叶うならば、私もモモンガ様がなぜあれほどの激情を抱くに至ったのか。その理由を知りたいですね」
「ポジティブ。ですが……リアルの事となると、あなた達にとっても非常にショッキングな内容となります。決してアウラが夢見てくれたような、楽園のようなところではありません。それでも……みんなは聞きたいですか?」
アイリスが念押しのために、最後の確認をNPC達に問いかける。それを受けた彼らは少しばかり逡巡した後、決心がついたのか各々の言葉で聞きたいと申し出た。
「ではオーナー、私は彼らに伝えます。よろしいですか?」
「……ああ、頼む。俺が伝えてしまうと……途中で怒りが再燃するかも知れないからな……」
モモンガにも最後の確認を取ったアイリスは深い深呼吸を一回行う。
それから長い長い語りを───アイリスが知る限りのあらゆる情報。モモンガ達至高の御方が生きて来た現実の事、一部のギルドメンバーの最期、理不尽に抗おうとした者たちの事。
とても長い物語を、幼子に絵本を読み聞かせるかのような静けさと共に。アイリスは淀みなく言葉を紡いでいった。
モモンガさんキレる:元の世界の上級層の更に一部しか知らないような事情をアイリスから聞いた事で一回爆発。一旦は鎮火していたがアウラの発言で再度爆発した