蛇にゾッコン。   作:元ちょこちょこっと

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第11話

 藍染の言葉を聞いた菊理は、不審に思い身構えた。何故、わざわざこのタイミングで、始解を見せようとするのか。友好の証としては少し物騒ではないか、と。訝しむ菊理の様子を見た藍染は、一度刀を仕舞うと説明を続ける。

 

「私の斬魄刀、『鏡花水月』の有する能力は『完全催眠』だ」

「完全、催眠」

「そう。私の斬魄刀は、敵の五感を支配し、対象を好きなように見せることが出来る。沼地を花畑に見せることも出来るし、蝿を龍に見せることも可能だ。抗うことは誰にも出来ない」

 

 説明を聞いて、菊理は息を呑んだ。もしそれが本当だとすれば、あまりに強過ぎる。もしこの能力を上手く使ったなら、総隊長ですら倒せるのではないか、と思える程に。そして、菊理は藍染が能力を説明したことで、先程の要求に疑問を抱いた。

 能力を口で説明するなら、自分に始解を見せる意味は何なのか?

 

「……成程。相手を催眠に掛けるには、対象に始解の瞬間を見せなければならない、ということですか」

「やはり聡明だね」

 

 遠回しな肯定。しかし、解放するだけで敵を催眠にかけるとは、流石に強力過ぎる。

 

「藍染さんはなんで副隊長なんてやってるんですか?」

「平子隊長に副隊長に指名されたから、かな」

「そういう意味で聞いたんじゃないんですが……」

「それよりも、改めて聞かせてもらおうか。私の能力を知った上で、私の始解を見ることが出来るかい?」

「お断りします」

 

 きっぱりと。菊理は、あまりにきっぱりと藍染の命令を拒絶した。にこやかな笑みとともに口にされた拒否に、藍染ですら一瞬反応が遅れた。

 

「無論、ギンが望むなら甘んじて受けます。ですが藍染さん。貴方に一つ意見を言わせていただくと、あまりに女性に対して失礼過ぎます」

 

 つい先程彼の下に就いたというのに、既に菊理の口には遠慮が全く無くなっていた。

 

「貴方の斬魄刀の能力は『完全催眠』。沼地を花畑にも、蝿を龍にも見せられる。そして、女性に対して使うならば、貴方をその人にとって大切な人に見せることも可能です」

「私はそんな品の無い真似をするつもりは無いよ」

「やるやらないの話ではありません。可能だという話をしているのです」

 

 遠慮なし。ズケズケとした物言い。それを端から見ていた東仙は刀に手を掛け、ギンはそれを止められるよう身構えながらも、女の子って怖いわぁ、と他人事のように考えていた。

 

「それを知らないでいたら、私も黙って受け入れていたかもしれません。ただ、その能力を知った上で貴方の術中に堕ちるということは即ち、貴方のものになります、と自ら宣言しているのと同じこと」

「君は私の麾下に加えるのだから、問題は無いだろう」

「大有りです。私は貴方の部下にはなっても、人形になるつもりはないのです。私の心は私だけのものだ。誰を愛し、誰に寄り添うかは私が決める。……どうしても私に鏡花水月を使いたいなら、ギンにそう命令してください。私は本当に嫌ですが、彼に迷惑を掛けるくらいなら大人しく従いましょう」

 

 話の流れで誰を好きになっているのかバレそうなものだが、菊理はそうなってでも鏡花水月の能力を受けるのを、どうしても避けたかった。

 ギンを心から愛する彼女にとって、それは死活問題だ。例えばもしギンに口付けをされるとして、彼女は常にその相手が本当に自分の想い人なのかと疑い続けなければならないのだ。恋する乙女にとって、これ以上無い苦痛である。

 幸い、菊理の愛が何処に向いているのか、という話に関しては言及されなかった。

 

「……愛。愛か」

 

 藍染は、顎に手を当て考える。超然とした才能を持ってしまったが故に、周囲から突出してしまった藍染に取って、知識として識ってはいても実感したことのない感情だ。

 

「良いだろう」

 

 愛を知らぬが故に、藍染は愛に対する適切な対応というものもまた知らない。自らの実力と菊理の能力、性格を考慮して、そう判断を下した。一番ホッとしているのは、端から見ていたギンだ。

 

「……よろしいのですか?」

 

 そう、耳打ちするように藍染に問うのは東仙だ。藍染に忠誠を誓う者として、菊理の態度に眉を寄せていた。藍染は部下となる者に対しては、軒並み鏡花水月による催眠を掛けている。それはギンとて例外ではなく、唯一と言って良い例外が東仙だ。そもそも、彼は盲目で、鏡花水月が効かないのだから、当然ではあるが。

 

「構わないよ。菊理は確かに鬼道に関しては強い力を持っている。しかし、計画の妨げにはならない」

「しかし、以前は……」

「彼女の性質を把握していなかったからだ。心配することはないよ、要。彼女が我らに刃を向けることはない。今はまだ、ね」

 

 

 

 

 一通り、藍染たちの活動について話を聞いた菊理は、東仙と共に任務に戻った。といっても、調査の原因となった虚は菊理が倒してしまったので、調査隊のメンバーに報告し、帰還するのみであった。菊理が心配したのは、黒腔から現世へと戻った時にはすっかり夜中になってしまっていたことだったが、そこで活躍したのが藍染の鏡花水月だ。

 藍染の部下二人を調査隊に合流させ、メンバーたちには鏡花水月によって彼らを菊理、東仙に見えるように催眠を掛けたということだ。藍染は既に、護廷隊の殆どの死神に鏡花水月を見せているという。どんなアリバイも作ることができるこの能力は、どうも犯罪向きだなと菊理は思った。

 

 報告を終え尸魂界に戻ってからは、中々に忙しない日々が続いた。鬼道衆としての仕事をこなしながらも、たまに東仙や藍染に連れられて虚圏へと向かい、力の強い虚を探す。また、大霊書回廊に訪れ、王鍵に関する文献を捜すのも手伝った。禁踏区域であるから、霊圧を遮る菊理の結界は非常に役立った。

 

 一方で菊理自身のことだが、先日の虚との戦闘の際、九十番台の詠唱破棄が出来ないのは不便だと実感したことで、普段以上に修練に身を削った。鉄裁も感心する程のモチベーションで鍛錬を続けた結果、どうにか九十番台詠唱破棄が形になるところまで磨き上げたのだった。

 また、銃を使った戦闘についても学ぼうとしているのだが、こちらは難航している。何せ死神の武器は斬魄刀であるから、銃を取り扱うことの出来る者など皆無だったのだ。西洋文化に明るいという雀部長次郎忠息一番隊副隊長に話を聞きに行った時など、寧ろ拳銃型の斬魄刀を羨ましがられるなんて事態に陥ったりもした。たまに現世へぶらりと立ち寄り、警官たちが銃を撃つのを真似してみる程度だ。しかし、人間たちが両手でしっかりと銃を握るのに対して、菊理の星見華は反動が極めて小さく、片手で取り回せたため、やはり参考にはならなかった。

 

 そして、そんな風に鍛錬と暗躍を繰り返す内、数年が経過していた。

 流魂街の夜半。藍染一党の四人が集合し、何やら話し込んでいる。

 

「……虚化の実験、ですか」

「ああ。虚の死神化は、ほぼリスク無しで行えるまでになっているのだが、死神の虚化に関してはデータが少なくてね」

 

 虚化。死神の能力を、限界以上にまで引き上げる手段。その実験を行うと、藍染は言う。

 

「手始めに、霊力を持たない流魂街の魂魄で試してみようと思う。菊理、結界を頼む」

「はい」

 

 菊理が手を組み、霊力を注ぐと、霊圧を遮断し、視覚・聴覚の認識を薄くする結界が張られた。藍染が頷くと、掘建小屋の扉を何度か叩いた。出てきたのは、冴えない男だ。着物はボロ布のようで、かつての流魂街生活を思い出した菊理は親近感を覚えた。

 彼は夜中の来訪者を訝しんでいたが、死覇装を着ているとみるや態度をコロリと変えた。そんな風に、モルモットを何匹か集めた。

 

 藍染は無理やり彼らに実験台になるように強要するようなことはしなかった。ただ、商談があると彼らを唆したのだ。()()()()()()死神のような力を得ることが出来る、だとか、料金は力を手に入れた後で構わない、だとか、甘い言葉で惑わせた。結果、彼らは藍染の実験を受けることとなってしまう。

 

 藍染は懐から、なにやら水晶のようなケースを取り出した。中には、黒々と妖しい輝きを放つ、球体が浮かんでいる。ギンの表情が強張った。それは何だ、と藍染に問い質したかったが、実験台の前でそれを言っては話がご破算になりかねない。実験が終わってからでも十分だろう、と菊理は口を噤んだ。

 

「では、行くよ」

 

 素の話し方に戻った藍染が、取り出した黒の球体を翳すと、男たちの霊圧が爆発的に上昇していく。下位の席官など及ばない領域まで易々と飛び越えて、彼らが気分の良さに高笑いし始めた時、異変は起こった。

 どろり、と一人の男の顔面にある穴という穴から白い液体が漏れ出し、男が唸りを上げて苦しみ始める。やがて、液体は固まり、虚の面のような形を作り上げたかと思えば、男の霊体は弾けてしまった。それを見た男たちも苦しみ始め、やはり同じように弾ける。液状となった霊子がバシャバシャと地面を汚し、やがて全て尸魂界を構成する霊子に還った。

 

「成程。やはり一般魂魄では原型を留めないか」

「器が脆すぎる、ということですか?」

「ああ、その通りだ。虚化する際の霊圧の毒性に耐えきれないらしい」

「実験を中止しますか?」

「いや、もう少し続けよう。明日また同じ時間に実験を行う」

「現場の処理はどうします?」

「放っておいて構わないよ。護廷隊はすぐに異変に気付くだろうが、我々に手が及ぶことは無い」

 

 死体は残っておらず、鏡花水月でアリバイも完璧。確かに、これでは誰を疑うこともできまい。

 

「ところで、さっきの球は何なんですか?」

 

 気になっていたことを藍染に聞くと、ああ、と思い出したように頷いた。

 

「説明がまだだったね。これは『崩玉』という物質だ。これを使うことで、虚と死神の境界を取り払うことが出来る。……まだ完全ではないがね」

 

 へえ、と菊理は藍染の手にある崩玉をまじまじと見つめた。確かに、何だか妙な霊圧を感じる。複雑で、深くて、巨大で——

 

(あれ……?)

 

 崩玉の中に、何だか知っているような気がする霊圧が混じっているのに気付き、菊理は記憶を探る。はて、どこで感じ取った霊圧だったか。しかし全体に比して非常に少ない量なものだから、思い出すのはとても難しく、まあいいかと諦めた。

 

 

 

 

「近頃は物騒な事件が起きているようですな」

 

 鬼道衆内で、鉄裁、鉢玄と話していると、そんな話題が出た。

 

「噂の変死事件デスね」

「流魂街の魂魄が次々と消えるって話ですね」

 

 まあ、その原因は自分たちなのだが、とは口にできない。

 

「卯ノ花隊長の話によれば、『生きたまま人の形を保てなくなった』ということらしいのデスが……」

「ふむ。魂魄を分解する病かなにかでしょうか」

 

 幸い、二人はこの事件が人為的なものである、とまでは考えていないようで、菊理は内心ホッとした。もし調査に乗り出すようなことになったら、この二人を誤魔化すにはまだ技量が足りないからだ。鬼道以外にも、霊圧を用いた特異な道具の作り方なども教わってはいるが、やはり長く生きる彼らの叡智は、菊理の及びもつかない部分も多い。

 

「今は、六車隊長率いる九番隊が調査に出ているそうですね」

 

 先日、九番隊の先遣隊十名を捕らえた時のことを思い出す。死神の魂魄でも、虚化は成功しなかった。ならば、もっと強い霊圧を持つ魂魄が要る、と藍染は考えたのだ。

 

(九番隊には東仙さんが居る。ピンポイントでそこが調査隊に選ばれるってことは……)

 

 ここまでは全て、藍染の掌の上、ということ。どんな手を使ったかまでは知らないが、根回しの早さとその正確性には恐れを抱く。戦闘能力と言い、その知能と言い、悉くが自分の上を行く存在である。

 

「彼らの実力は私も知っています。彼らなら——」

 

 心にも無い嘘を吐こうとしたその時、瀞霊廷中に警報が響き渡った。

 

『緊急事態発生! 緊急事態発生! 各隊隊長は至急一番隊舎までお越しください!』

 

 穏やかでない内容の放送と時を同じくして、菊理たち三人の居る部屋の扉が激しく叩かれる。開けなさい、と鉄裁が声を掛けると、失礼しますという声と共に勢いよく扉が開かれた。そこに居たのは、顔を隠した男。裏廷隊と呼ばれる、情報伝達部隊の一員だ。彼らが鬼道衆まで来るのは滅多に無いことだ。つまり、それだけ火急の事態である、ということの証左である。

 

「大鬼道長、握菱鉄裁様! 並びに副鬼道長、有昭田鉢玄様! お二人にも招集が掛けられております。ご同行願います!」

「分かりマシた。しかし、我々まで呼ばれるとは、一体何事なのデスか?」

「……九番隊隊長、六車拳西様。同副隊長、久南白様の霊圧が途絶えました」

 

 鉄裁と鉢玄の顔に驚愕が浮かぶ。隊長格の陥落。護廷隊十三人の主力の一端が陥ちたという知らせは、彼らに衝撃を齎した。

 

 急いで準備を整える二人。菊理は内心で、被害がこれから更に増えるだろうことを予見しながら、彼らの準備を手伝う。

 

(藍染副隊長は容赦がない人だ。……もしこの二人が駆り出されるとしたら、最後の挨拶になるかもしれない)

 

 これから裏切ることになるとはいえ、感謝の言葉の一言も無しではあんまりだと思った菊理は、意図的にミスをした。湯呑みを割り、ただでさえ忙しい二人の優しい性格を利用し、掃除を手伝わせてしまった。

 

「……お二人共、ありがとうございました」

「いえ。しかし、菊理殿がこんな失敗をするのも珍しい。中々不吉ですな」

「鉄裁サン、そういうことを言わないで欲しいのデス……」

 

 一頻り話した後は、菊理も失敗を取り返すために全力で手伝いをし、二人をしっかりと送り出した。後悔はあるが、ギンのためなら他の全てを捨てる覚悟が、菊理にはあった。

 二人が一番隊舎に向かい、裏廷隊も去った。菊理一人が残された部屋に、伝令神機の通知音が鳴り響く。

 

「私です。……………………はい、分かりました。私もそちらに向かいます、藍染副隊長」

 

 通話を切ると、菊理は瞬歩で姿を消し、五番隊舎まで足を運んだ。隊長である平子真子は緊急の隊首会に出張っているため、不在である。お陰で強力な結界を一枚張れば、話を誰にも聞かれる心配は無い。

 

「対策には、恐らく隊長格数名が駆り出されることになる。残った隊長の数、山本元柳斎の性格からして、人数は五人といったところだろうね」

「鬼道衆からも、鉄裁さんとハッチさんが招集されていました」

「だとすれば、編成はその二人に隊長三人になるのでしょうか」

「大仕事やね。要、責任重大やけど大丈夫なん?」

「問題ない。閻魔蟋蟀を奇襲に使えば、相手は何も出来ないだろう。それに、虚化した六車隊長、久南副隊長が敵を弱らせる筈だ」

 

 如何に隊長格五人が相手でも、虚化した隊長、副隊長に、奇襲を掛ける東仙。特に、虚化して力があがった六車拳西には苦戦を強いられるだろう。何せ崩玉の力で、ある程度のダメージを与えると、敵を虚化させる能力を付加してあるのだ。味方が突然虚化してパニックになる様子がありありと浮かぶようだ。

 

「彼らが虚化してくれれば、実験は終了だ。死神の虚化は、確かに強力だが、耐え得る対象が限られるのであれば、戦力を増やす上ではやはり心許ない。やはり、戦力を充実させるなら虚の死神化を使うべきだろう」

 

 虚ならば、大虚レベルならば最下級だとしてもある程度の戦力にはなる。虚圏にはギリアンは掃いて捨てる程存在しているので、兵を増やすのであればこちらが実用的になるだろう。

 今回の実験が終わった暁には、本格的に虚圏に本拠地を置くことになるだろう。あの殺風景な世界を思い浮かべ、菊理は溜め息を吐きたくなる気分だった。

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