蛇にゾッコン。 作:元ちょこちょこっと
白哉からギンの隊長就任が近いことを知らされた菊理は、馴染みの花屋で花を選んでいた。菊理は花が好きだった。だから、虚圏の砂漠にも花を植えられたら良いのに、と思わずにはいられない。あの景色は殺伐として、味気が無さすぎる。
それは次の機会にするとして、どんな花を贈るか。悩ましい選択に、思わず立ち往生している状態だ。
目に付くのは赤々と存在を主張する薔薇だが、こんなあからさまな花をギンに送る訳にはいかない。かといって、意識し過ぎると変に思われるだろう。深く考えずに選んだ方が良いのかもしれない。
そんな考えを巡らせながら視線を漂わせていると、ふとその花が目に留まった。菊。自分の名前にも入っている花。
「……これにしよう」
これなら、言い訳も容易いし、見た目も綺麗だ。迷うことなく菊理は自分の花を選んで、ギンの下へ向かう。
ギンが隊長になるのは、三番隊。あまり好きな隊ではなかった。それというのも、護廷十三隊には隊花というものがあり、それぞれ隊の特色を表している。三番隊の隊花は金盞花で、花言葉は『絶望』。どう考えても良い意味ではない。ちなみに菊は一番隊の隊花だ。隊の特色として、真実と潔白を表している。
五番隊士に聞いたところ、彼はまだ五番隊にいるということで、ギンの執務室へ慣れた足取りで向かう。やがて部屋の前に辿り着くと、中からギン以外に知っている霊圧が感じられ、思わず立ち止まった。
(……以前にも、同じような状況があったね)
学習して、自らの周囲に結界を張る菊理。入り口からこっそりと中を覗くと、やはりというか、乱菊とギンが話している。隊長就任を祝っているのだろう。
(私より早く……)
自分が出来る限りの早さで赴いたというのに、既に乱菊があそこにいる。その事実が、どうしようもなく菊理の心を揺さぶる。もしかして、ギンは乱菊には隊長のことを教えたのでは、なんて邪推までしてしまった菊理は自己嫌悪に陥り、ふうと溜め息をついた。ギンの性格上、こういったことを人には言わない。乱菊の情報網が上だった、というだけの話だろう。
また、中を覗く。乱菊の手には何も入っていないし、ギンも何かを受け取った様子はない。しかし、ギンの顔はいつにも増して嬉しそうである。表情筋に変化はほとんどないが、ギンのことばかり見ている菊理だからこそ、ほんの僅かな違いに気付いた。
やっぱり、思った通りだ。
菊理は音を立てないよう、そっとその場を去った。
◆
花を置いてから、菊理は雑草が生えてばかりの土手に身を放り出した。憎たらしい程空が青くて、菊理は目を閉じた。
分かってはいたことだが、今回は少しダメージが大きかった。
「はあ……」
『——あれが、貴女が想いを伝えない理由?』
「そうだよ、悪い?」
斬魄刀、星見華が隣に座り語りかけてくる。時たま、落ち込んだ菊理が一人の時なんかに、彼女は姿を見せる。初めこそ驚いたが、彼女に対しては愚痴も零しやすく、何だかんだ感謝しているのだった。
『取っちゃえば良いのに』
「それが出来たら苦労は無いよ。彼が振り向いてくれるというならそれに越したことはないが……良いんだ。こっちを向いてくれなくても、私じゃない人が好きでも、私は彼に、私の全てを尽くすよ」
『あまり、感心はしないわ。自分のことも大切にしないとダメよ』
「ありがとう。けど、仕方ないさ。私はこういう生き方しかできない。何せ私は、彼にゾッコンだからね」
星見華は歯噛みする思いだった。彼女にとって、また多くの斬魄刀にとっては何より重要なのは自身の主人、担い手だからだ。その彼女が己を顧みず、他人に全てを捧げているのが、彼女には納得出来なかった。しかし、菊理の意思は固く、幾ら説得しようとも考えを変えることはない。
たとえ、自分が報われずとも。
『貴女、かなーり馬鹿よね』
「自覚してる」
『うわ、救えない馬鹿』
「むっ。勿論、彼が振り向いてくれるよう努力はしているさ。料理や裁縫はかなり上手くなったし、花道や茶道も学んでいるし、純潔だってずっと守ってる。唇もだ」
『あーはいはい分かった分かった。はしたないことをこんなところで言わない。それに自分を磨くばっかりじゃなくて、彼の視線をこっちに向けなきゃ』
「それは……そうだけど」
それでも、ギンの目を自分に向けるのは無理なのではないか、と菊理は不安だった。乱菊の前では、ギンは菊理にも見せないような切ない表情をする時がある。乱菊の前では、彼は菊理の知らない貌を見せる。
嫉妬の嵐が胸の内を吹き荒んでいる。だというのに乱菊の方は菊理にとても親切で優しく、劣等感が積み重なっていくばかり。菊理としても乱菊は非常に好感の持てる人物なので、余計に感情の遣り場に困るのだ。
『花束、渡しに行かないの?』
「今日はもう良いよ。もし今から隊舎に向かいギンの部屋に入ったとする。そこで二人が行為をしていたとしよう。私は死ぬ、精神的に」
『乱菊はまだそこまで行ってないと思うけどな』
「それ、彼はそこまで行ってるように見えたってことだよね!?」
星見華はやべえ地雷踏んだ、と何とか弁明しようとするも、時既に遅し。菊理は完全に凹んでしまい、斬魄刀に戻されてしまう。
「……帰って寝よう」
「こら、まだ昼間やで」
「うひゃう!?」
首筋にふっと息を吹きかけられ、慌てて飛び退く。そこには、三番隊の隊長羽織を着たギンの姿があった。
「ぎ、ギン。いつからここに!?」
もしや話を聞かれたのか、と聞くが、彼はたった今瞬歩で移動してきたらしく、斬魄刀との恋バナを聞かれた心配は無さそうだ。
「菊理、聞いてや。ボク隊長になるんやで」
「……言うのが遅い!」
菊理はギンに花束をふわりと放り投げる。思い切り投げつけてやりたい気分だったが、折角の花がバラバラになってしまうのは避けたかったからだ。キャッチしたギンは、おおと感心している。
「菊……菊理の花やね。綺麗や、ありがとうな」
ギンが手を伸ばし、菊理の頭に乗せる。あ、とか細い声で鳴いた菊理をそのまま撫でると、彼女は大人しくなってしまう。
(……ホント、我が主人ながら分かりやすいわ)
斬魄刀に呆れられているとは露ほども知らず、一頻り撫でられるのを堪能した後、菊理はギンと共に土手に腰を下ろした。
「隊長就任おめでとう、ギン」
「何だかむず痒いわぁ」
「あははっ、君らしい……あれ。そういえば、隊長になるってことは君、卍解覚えたのかい?」
「そや。でもまだ秘密や」
「うわ、相変わらず秘密主義だね。私が卍解覚えても絶対教えないから」
「菊理はボクに教えんと駄目や」
「身勝手過ぎない!?」
ギンは笑うばかり。相変わらずペースを握られっぱなしで、主導権を握れる気配がない。これが惚れた弱みというやつなのだろうか。
「ギン、こんなところに……って何だ、菊理と一緒なのね」
そこに現れたのは、つい先ほどまで嫉妬を募らせていた相手、乱菊だ。気まずさから一瞬固まるも、すぐに気を取り直して挨拶から入る。
「やあ乱菊。久し振り」
「ホント久し振りね! アンタ霊術院をパパッと卒業しちゃうんだもの。しかも配属先が鬼道衆だから、見かけることも無いし」
「護廷隊士と一緒に仕事をすることはあるんだけどね、運が無かったみたいだ」
一先ず、自分がちゃんと乱菊と話せていることに安堵する。もしかしたら、嫉妬に狂って変な応対をしてしまわないかと気が気でなかったのだ。乱菊の快活な人柄もあって、その心配は杞憂に終わった。
「あら、それギンへの就任祝い?」
「ああ、私たちの花だ。私の名前に因んで選んだんだよ」
「綺麗だわ。ごめんねギン、私はプレゼント用意してなくって」
「別に、構わんよ。気持ちだけでも十分。菊理はプレゼントもくれたし十二分やね」
ギンは花束を持ち、菊理にそう微笑んだ。嬉しさでつい口元が緩む。
「乱菊が隊長になったら、その時は花を贈るよ」
「ありがと。じゃあアタシも、アンタが大鬼道長になったら花を贈るわ」
どちらが先に出世するかの勝負といったところか。しかし残念ながら、有利なのは菊理だ。大鬼道長就任の条件に、卍解を会得するというものはない。加えて彼女の実力は、現大鬼道長の実力を遥かに上回っているからだ。菊理が大鬼道長になるのは時間の問題と言っていい。
だというのにこんな宣言をしたのは、単に知らないのか、他に意図があるのか。多分前者だ、と菊理は考える。
ふと空を見ると、日も高く昇っており、昼食時であることに気付く。お腹も空いたことだし、乱菊たちを誘ってご飯にしようかと思ったところで。
「——歓談中すまない。少しギンを借りて良いだろうか」
土手の上から声が掛かる。そちらを向いて見れば、よく見知った上司の顔がある。藍染惣右介。五番隊長の、それもギンの元上司の呼び出し。祝いの席でも用意しているのだろうかと考えるのが普通だが、それは違うということを菊理は知っている。
そも、ギンが三番隊長になることなど藍染に取っては既定路線だ。なら、何の目的があるかと言えば、決まっている。
虚夜城とは、虚圏の王、あるいは神を名乗る最上級大虚、バラガン・ルイゼンバーンの治める城である。虚の破面化の実験を繰り返し部下を増やす中で、虚圏に秘密裏に作ったアジトがあまりに手狭なため、より広い拠点を欲するが故のことだ。
「藍染隊長、ギンへのお祝いですか?」
「まあ、そんなところだよ。済まないね、松本君」
「気にしないでくださいよ。じゃあね、ギン。また今度ご飯でも奢るから!」
藍染に連れられてその場を立ち去るギンに、乱菊はひらひらと手を振る。一方藍染は、菊理に視線を送ってくる。お前も来い、という無言の命令だ。やれやれ、と菊理は腰を上げる。
「菊理?」
「ごめん乱菊、仕事が溜まっているんだ。私はこの辺で失礼するよ」
「分かった。また今度、時間を作って会いましょ」
「ホントに時間を作らないとだよ。君のサボり癖は志波隊長からも聞き及んでいるんだから」
「うっ、それはそうなんだけど」
「サボるならバレないようにしなよ、乱菊。それじゃ、私はここで」
分かってるわよー、という乱菊の叫びを背中に、菊理はその場を離れると、瞬歩で藍染らの下へ合流し、そのまま虚圏へ向かった。
◆
虚圏の神、バラガン・ルイゼンバーンは呆気なく藍染の催眠下に落ちた。やはり、見せるだけで完全な催眠に掛けるという鏡花水月は強力過ぎる刀だ。
催眠に掛けられたバラガンは、己のプライドと戦いながら、それを飲み下して藍染の下に就いた。いつか裏切るんだろうなあ、と確信めいたものを抱きながら、菊理は虚圏を歩く。
拠点は確保できたものの、未だ虚夜城は屋根もない廃墟。巨大な城を建てるには、まだまだ人手が要る。という訳で、ギンと二人で大虚を探しに砂漠へと出ているところだ。
「派手に霊圧も飛ばしてるし、凶暴なのが釣れるかもしれないね。ところで、勧誘に応じなかった場合はどうしたら良いかな?」
「せやね、ホントは捕まえないといけないんやけど……危ない思うたら遠慮なく殺してええと思うよ」
要するに、ケースバイケースということだ。菊理は静かに頷いた。
彼女の見据える先には、一体の中級大虚が佇んでいる。豹のような四足獣。凶悪な目付き、感じる霊圧は極めて高い。挑発するように所構わず放っていた霊圧に惹かれて来たのか。
「早速お出ましだね。殺る気満々、って感じ」
「一体だけとは限らんよ。注意してな、菊理」
「分かってるさ」
何よりもまず話し合いだ。菊理はギンと共に、豹の前まで瞬歩で近付いた。
「やあ、こんばんは」
「……てめえら何者だ。死神か?」
思ったよりも理性的な返事が来たことに驚きながら、菊理はそうだよ、と返す。
「何故死神がこんなところに居やがる」
「ちょっと野暮用でね。君、名前は?」
「教える必要が無え」
「そうか、私は白鷺菊理だ。よろしく」
向こうが名乗らずとも、取り敢えずこちらは名乗っておく。その行為に特段意味は無かったが、豹の目付きが鋭くなったのを感じた。
「嘗めてんのか」
「別に。名乗りたいから名乗った、それだけのことだよ。……君、かなり強いよね。私たちの仲間にならない?」
そう誘いを掛けてみると、豹は心底嫌そうな顔をして、唾を吐き棄てた。
「てめえら死神風情の仲間になれ、だと? 勘違いすんじゃねぇぞ。虚圏に来たくれえで調子に乗ってるらしいが、俺たちにとっちゃてめえらみてえな魂魄は餌でしかねえんだよ」
霊圧が噴き出す。前脚に力を込めているのか、彼の足下の砂が僅かに沈んだ。来ると分かっているなら、避けることは難しくない。高速で弾丸のように飛び出した豹に対し、菊理たちは各々回避行動を取る。
「ひゃあ、怖い怖い」
「良いよギン。私がやる」
刀に手を掛けたギンを制する。確かに強いが、所詮は中級大虚一匹。菊理の敵ではない。
「結べ『星見華』」
斬魄刀を解放し、その暗い銃口を豹に向ける。虚も銃を知っているのか、はたまた本能からか。素早い動きで狙いを定めさせない。
「速いね」
「てめえ如きじゃついて来れねえだろ!」
適当に撃って牽制するも、どの弾も避けられてしまう。有利と見た豹は、口元をにやりと歪めると、一息で菊理の懐へ入り込もうとする。が、菊理もまた瞬歩の鍛錬を怠ってはいない。敵と一定の距離を保ちながら後退する。
(参ったね。殺しちゃいけないんだった)
霊力の弾を撃ってみて分かったが、恐らく鬼道を星見華で打ち出した場合、あの豹型虚の鋼皮を容易く貫き絶命させてしまう恐れがあった。以前、対鬼道特化型を相手取ったせいで感覚が狂っているが、菊理の撃つ鬼道の威力は凄まじいの一言だ。中級大虚程度では耐えられない。
「ちっ、ちょこまかと。喰らいな!」
痺れを切らしたらしい豹の口が開き、霊圧が集中される。
「
「消し飛べ!」
閃光が瞬き、赤い霊力の塊が菊理へと襲いかかる。
「縛道の八十一『断空』」
しかし、菊理の前方に現れた光の壁がこれを防ぐ。バチバチ、と激しい音を鳴らすも、やがて衝撃は収まり、役目を終えた断空も霊子となって崩れる。それと同時、菊理は大きく息を吐いて、片膝を突いた。
「……俺の虚閃を防ぎやがったか」
「少しは見直してくれたかい?」
「まあ、少しはな。だが、お前も限界なんじゃねえのか」
菊理が崩れ落ちるのを見て、虚は笑う。
「諦めたか? そっちの男に泣いて頼んだ方が良いんじゃねえのか、女ァ!」
「そういう台詞は、私を殺してから吐いても遅くないんじゃないかな」
「なら、そうさせて貰うぜ!」
霊圧の爪が鋭く伸び、菊理の喉元を抉らんと飛び掛かる。その瞬間、霊力で編まれた鎖が砂の中から飛び出して、豹の足を絡め取った。
「何だと……!?」
「『六条光牢』」
続けて、菊理の詠唱破棄による縛道が豹の身体の動きを封じた。
「
「成程、砂中に『鎖条鎖縛』の鎖を仕込んでおいたんやね。考えたなあ、菊理」
「てめえっ!」
動けない豹の頭に銃口を突きつけ、宣言する。
「君の負けだ、名も知らない
「力、だと……」
「今よりも遥かに強い力だ。それを君に与えるのは、私ではないがね」
「……俺には連れがいる」
「構わないさ。人数は多い方が良い。さて、君の気持ちも決まったようだから、改めて自己紹介をしておこう。私は白鷺菊理。尸魂界、鬼道衆二番手にして稀代の裏切り者だ」
「俺は……グリムジョー。グリムジョー・ジャガージャック」
「良い名前だ。よろしく、グリムジョー」