蛇にゾッコン。   作:元ちょこちょこっと

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第15話

 虚夜宮の建設も大分進んできた。元々バラガンの持っていた領土全てを覆うような超巨大な城の建設ということで、何百年掛かるのかと途方にくれたものだが、そこで役に立ってくれたのが第0刃のザエルアポロだ。

 彼は強大な力を持つと共に、研究者として他の追随を許さない程の知能を有している。彼の発明のお陰で、不可能と思われた虚夜宮建設は急ピッチで進められているのだった。

 

「いやあ、ザエルアポロには頭が上がらないね」

 

 擬似太陽の下で大きく伸びをする菊理は呟く。月光ばかりでは花も育たないものだから、監視用にと藍染が設置させた昼の空は非常にありがたい。陽気が心地良いことだし。

 

「アーロニーロは変身能力が使えないと嘆いていたけれど、君はどう思う、ネリエル?」

「私も、気持ち良いと思います。柔らかい光……偽物だって言うのが信じられないくらい」

 

 鼻から頬にかけての仮面隈が特徴的な美女、ネリエル・トゥ・オーデルシュバンク。彼女は女性ながら十刃の第三位になった傑物で、同じ女である菊理と親交が深い。穏やかな性格のため、菊理も非常に気に入っている相手だった。

 

「だよね。いやー、男共は別に、とか、どうでも良い、とか連れない返事ばかりで困るよ。ノイトラが私の育てた花を見たときなんか、くだらねえっていいやがったんだよ、アイツ」

「ノイトラ……ですか」

「あれ、まだ付き纏われてるの?」

「ええ。私のことが余程気に食わないようで」

 

 困った奴だね、とネリエルを案じた菊理は彼女の背を摩る。ノイトラ・ジルガは凶暴な男だ。戦を好み、それを愉しむような戦闘狂。そして、女が自分より上に居るのが許せない気質であるらしく、階級が自分より上のネリエルを捕まえては勝負を挑み、ボロボロに負けているという。

 往年の十一番隊を思い出し、菊理は彼を非常に苦手としている。というか、嫌いだった。

 

「あまり悪質なようなら、殺しても構わないよ? 藍染様には私から事情を話しておくから」

「いえ、あれでも仲間です。私より弱い者の命を、無理に奪うつもりはありません」

「そうか、立派だ。何かあれば私に相談してくれ、力になるよ」

 

 こうして菊理は、女性破面との仲を深めていっている。虚夜宮の女性陣で彼女と仲の悪い者は、殆どいない。一時期、藍染の侍女(仮)であるロリが鬼のような目付きで睨んできたことがあったが、少し話した結果良好な関係を築くことが出来た。

 

 しばらくネリエルと話していると、気の立っているノイトラがこちらに向かってきて、声を荒立てた。ネリエルのことを呼んでいる。はあ、と疲れ気味の溜め息が出た。

 

「またか……」

「やれやれ、本気でストーカー染みているね。私が対応しよう。君は退がっていると良い」

 

 立ち上がった菊理は誇りを払い、頗る機嫌の悪そうなノイトラの下へ向かった。

 

「やあ、ノイトラ。私の宮に何の用だい」

「……ここにネリエルがいるだろ。出せ」

「上官への言葉遣いじゃないな。ま、私は気にしないがね……残念だが、ネリエルはここにはいない。お引き取り願おう」

「霊圧を隠しもしないで堂々と嘘か。良い度胸してるじゃねえか」

 

 ノイトラは下卑た笑みを浮かべると、菊理の育てている花を踏み付けた。菊理の眉間に皺が寄る。

 

「もう一度言おうか。ここにネリエルはいない。早く立ち去ってくれないか」

「……ちっ。花なんて植えてるんじゃねえよ。これだから女は」

 

 興が冷めたのか、ノイトラは草花を蹴り飛ばすと、鼻を鳴らして去っていった。それを見届けた菊理は、荒らされた花を掻き集める。ノイトラの姿が見えなくなったところで、ネリエルが姿を見せた。その顔は義憤で歪んでいる。

 

「アイツ……!」

「何、君の気にすることじゃない」

「でも、私を庇ったから、白鷺統括官の花が!」

「君のせいじゃない。やったのはあの男だ。全く、風情というものが分からないのは困ったものだね」

 

 言いながら、散らされた花たちを横たえて、菊理は術を行使する。花たちはたちまち元通り、元気に咲き誇る姿に戻った。それを見たネリエルは、驚きで目を丸くする。

 

「凄い。空間回帰ですか?」

「ああ、私が編み出した術でね。鬼道の応用だよ。指定した空間の内を元の状態に戻すことが出来る。勿論制限はあるが、中々便利な術だ。傷を治すことも出来るし」

 

 良し、と花を撫でて全快を確認すると、菊理は穏やかに笑う。

 

「さて、そろそろ仕事に戻るとしよう。ネリエル、君はどうする?」

「宮に戻ります。ペッシェたちも待ってると思うので」

「君の従属官(フラシオン)か。仲が良くて何よりだ。ではまた。いつでも来てくれ」

 

 菊理がいなくなった後、ネリエルは風に吹かれて揺れる花々をじっと眺めていた。この黒白の世界に於ける色彩は、彼女の心に僅かな安らぎを齎らした。

 

 

 

 

 藍染が護廷十三隊を相手取る上で行っている活動は主に二つ。虚を破面化するのと、改造虚の製造だ。

 

 破面は、各隊長格への対策として集められている。藍染一人で全て倒せそうなものだと菊理は思ったが、どうも彼は護廷隊を下した後のことまで考えているようだった。何でも、零番隊を相手取るために力を温存しておきたいらしい。

 零番隊。王属特務。その戦力は護廷十三隊全戦力以上とも嘯かれているが、菊理は聞いたことがなかった。王属、と言うだけあり、霊王殺害のための障害になるのだと言う。

 

 藍染の活動のもう一方。改造虚については、何と唯一人の相手のために行っているらしい。その相手の名を聞いた菊理は、思わず納得してしまう。

 山本元柳斎重國。護廷十三隊総隊長である彼の炎を封じるために、藍染は改造虚の研究を重ねているのだ。かつて烈火の如き彼の老人を一目見た菊理としては、賢明な判断であると言わざるを得ない。あの男が本気を出せば、藍染とて敵うかどうか。

 

 山本重國の対策として、様々に虚の改造を行っている藍染だが、そのバリエーションは多岐に渡る。かつて菊理が相対した、鬼道を封じる虚などが良い例で、他には霊圧を消せる虚、他者に虚化の効果を与える虚などを研究しているようだが——目の前の気色の悪い虚を見て、菊理は内心気分を害していた。

 

「メタスタシア。特異な能力を二つ持つ、成功例の一体です」

「ふむ。能力はどうなっているんだい、要」

「一つが、触れた相手の斬魄刀を破壊する能力。もう一つは、触手で相手の霊体に入り込み、霊体融合を可能とするということです」

 

 霊体融合。この、気色の悪い虚と。菊理の背筋に怖気が走る。

 

「成程、興味深い。強力な霊体が彼のモノとなるなら、戦力になりそうだ。実験も兼ねて、流魂街に放してみよう」

「はい、直ぐにでも」

 

 虚は流魂街の特に治安の悪い地域に放たれ、しばし住民の命を啜った。そこに、藍染らが意図的に情報を流布し、護廷隊の耳にメタスタシアの情報が入る。即座に討伐のため、偵察隊が組まれた。しかし、情報はこちらに漏れているのだ。偵察で済むはずがなかった。

 偵察部隊と言えど、席官の指揮する部隊。初めは良い勝負をしていた。しかしメタスタシアの攻撃が斬魄刀を解放していた女性に掠めると、特殊能力により彼女の斬魄刀が消失。これによって形勢は一挙に傾き、討伐隊は全滅した。後に斥候らしき男たちが、女性隊士の無惨な遺体のみ回収し、逃げ帰っていった。

 

「……融合能力の方は見られなかったな」

「より強い霊体と融合したがってるのかもしれませんね。隊長格の身体が奪えたら、かなりチカラも上がるでしょうし」

 

 そんなことを話していた次の晩、早速隊長らが現れた。十三番隊、浮竹十四郎隊長。志波海燕副隊長。そして、謎の女性隊士。

 

(浮竹隊長、志波副隊長は分かるが、あの隊士は誰だ? 誰かの敵討ちに来たのか?)

 

 立ち振る舞いから見ても、席官ではなさそうだ。少し気になったが、菊理の興味は直ぐにメタスタシアたちの方へ移った。不思議なことに副隊長である海燕のみが戦うようで、少々驚く。

 

 早々に斬魄刀を消された海燕は、それでも互角の勝負を繰り広げるが——遂にメタスタシアの霊体融合が発動。彼の身体を乗っ取り、浮竹や女性隊士に牙を剥く。

 その後彼は健闘したが、最後は女性隊士に胸を刺されて死んでしまった。ここからが仕事だ、と東仙らはいそいそと実験室に戻った。

 

 改造虚は霊子に分解された後、こちらで再構成されるように仕組んであるので、融合した志波海燕の身体が再構成されていく。

 

「へえ、凄いなあ。海燕サンまんまやんか」

「融合だからな。彼の霊体をメタスタシアが乗っ取っているのさ。もっとも、直ぐに絶命してしまいそうだが」

「……ナラ、僕ニ喰ワセテヨ」

 

 響く声。そちらをちらりと見ると、虚のものではない、無骨な仮面で頭をすっぽり覆った男が、そう提案してきた。アーロニーロ・アルルエリ。その能力は——

 

「成程。君の『虚喰(グロトネリア)』か。良いだろう、彼を吸収したまえ」

「アリガトウ藍染サマ」

 

 彼が手袋を外すと中身は、奇妙な触手のようになっている。これが彼の能力。虚を捕食し、その能力の全てを奪うことで無限に進化する破面だ。そのお陰で、最下大虚でありながら十刃に収まっているのだ。

 これから起こるだろうグロテスクな場面を想起し、菊理は疾く部屋から退散した。扉を閉める直前、ゴキ、グチャ、と肉と骨が滅茶苦茶にされる音が聞こえた。

 

「酷いことしはるね、アーロニーロは」

「そういう能力なんだから、仕方ないさ。これで志波副隊長の身体と力は彼のモノだ」

「けど、副隊長の能力手に入れたかて役に立つんかな。十刃の相手は隊長格やろ?」

「うーん……ま、バラガンたちが何とかしてくれるんじゃないかな。彼の能力、凶悪だし。ま、私は負けないけどね」

「何や随分自信有り気やね。あんなインチキみたいな能力、どうにか出来るん?」

「幾つか勝ち筋はあるよ。彼、自分の力に酔ってる節があるからね。そこを突けば崩すのは容易い」

 

 十刃最高峰の実力を持つバラガンだが、菊理は彼の力を恐れてはいなかった。斬魄刀に頼るばかりで真正面から斬り合うような死神に取ってみれば、成程彼は悪夢のような存在だろう。

 しかし、鬼道によって多彩な戦闘を行う菊理にとってはそれ程脅威ではなかった。

 

「とはいえ、ハッチさんや鉄裁さんのいない現状、尸魂界で彼に太刀打ちできる死神がいるかどうか」

「んー、おらんやろなあ。総隊長サンならなんとかするかもしれんけど」

「改造虚で封殺する、と。うーん、勝ち目ゼロだね尸魂界」

「イレギュラーが起きん限り、藍染隊長の勝ちは揺らがんやろうなあ」

「なんだ、まるで藍染隊長に負けて欲しいみたいじゃないか。いや、分かるよ。ジャイアントキリングは観る者の心を踊らせる」

 

 フォローを入れながら、菊理はギンの様子をつぶさに観察した。彼の心情は非常に解り辛い。何でもかんでも隠そうとする。

 

(ま、秘密主義なところもミステリアスで良いけどね)

 

 普段口では何だかんだ言いつつ、そう思ってしまう程度には手遅れな菊理だった。

 

「良い機会だ、藍染隊長の弱点でも考えてみようか」

「面白そうやね」

 

 ギンはノリノリだった。それに気を良くした菊理は、取り敢えず自分の思ったことを挙げてみる。

 

「案外、女性関係に弱い気がするかな。ホラ、あの人超然としているだろう。憧れる娘がいても、対等に付き合おうとする女性は中々いないんじゃない」

「菊理的に、藍染隊長はどうなん?」

「顔は凄く良いと思うよ。裏の顔を除けば性格も良いし、何より非常に優秀だ。私の好みではないけど、世の女性隊士が憧れる気持ちは分かる」

 

 あくまで一つの意見として、菊理は述べる。あわよくば、ギンが嫉妬でもしてくれれば良いとは思うものの、どうやらそんな気配は無い。残念なことである。

 

「ま、彼は女性に興味無さそうだけどね」

「何や、菊理は藍染隊長のこと男色やと思っとるんか」

 

 ギンの言葉に、思わず噴き出す。あの藍染が、男色家。

 

「いや、その説は非常に面白いね」

「せやろ。なんや背筋が寒くなってきたわぁ」

「あはは、ギンが狙われていたら私が守ってあげるよ」

「アリガトな、菊理」

「礼には及ばないさ。さて、じゃあ藍染隊長の弱点は、イケメンによるハニートラップということで」

「ぶふっ、菊理、笑わせんといて!」

 

 ギンは、口元を押さえて笑いを堪えている。

 

「まあ、それはともかく。真面目な話、戦闘面で藍染隊長には隙がない。まるっきりだ」

 

 菊理は指折り数える。斬術は埒外。瞬歩の速さはとんでもない。鏡花水月の能力はエゲツない。唯一、鬼道ならば菊理は負けない自信があったが、これは果たして弱点と言えるのか。

 

「敢えて言うなら、催眠を気にしない全体攻撃とか?」

「ま、それでも藍染隊長は避けるやろうけどな」

「じゃあ、避けられないよう奇襲を掛ける」

「あの人の霊圧知覚を掻い潜るんは至難の業やで」

「うわー、本ッ当隙がない。バケモノだね」

「誰がバケモノなんだい?」

 

 ギンとの会話の最中、突如背後から声が掛けられる。噂をすれば影。現在弱点を探り中の藍染惣右介がそこにいた。

 

(この人気配消すの好きだな)

 

 彼はいつも唐突に登場している気がする。そういうのが好きなのだろうか。ギンが固まっているのを傍目で見ながら、呑気にそう思った。

 

「藍染隊長が完璧超人過ぎてつまらないので、何か弱点がないかと探していたんですよ。藍染隊長、弱点教えてください」

 

 あまりにどストレートな物言いに、逆に気勢を削がれたらしい藍染は、面白そうだと椅子に腰掛けた。

 

「私は自らに弱点があると思ったことはないよ」

「マジですか」

「マジだ」

 

 マジ、などと藍染が返してくれたことにちょっと驚きながら、この人結構話せるのかも、なんてことを考える。弱点探しに乗ってくれているし。

 

「またまた。鏡花水月にだって弱点くらいあるでしょう?」

「ふむ。鏡花水月の弱点か……」

 

 藍染は、先ほどから一言も発しないギンをちらりと見てから、

 

「そうだな。敢えて言えば、一度鏡花水月を見た者でも、発動前に鏡花水月に触れていれば、催眠を免れるということだろうか」

 

 ギンの顔が少し強張る。しかし、仮面のようなポーカーフェイスはあくまで崩さない。

 

「へえ、でもそれ弱点ですか? 刀に触れる間合いに入る前に発動すれば良いですし、そもそも刀を振ってれば相手はそれに触れないじゃないですか」

「確かに、弱点とは言い難いかもしれないね。抜け道、と言ったところか」

「やっぱり藍染隊長に弱点なんてないみたいですね。私が鬼道で上回ってることくらいしかないか」

 

 その発言は、さして意識して口にしたことではなかったが、藍染の眉がピクリと動いた。ほう、と興味深そうな彼のリアクション。

 

「白鷺君は私より鬼道が達者だと?」

「ええ。私、副鬼道長ですし」

「そうか。ところで、私はかつて、大鬼道長であり君の師である握菱鉄裁の鬼道をも防いだことがあるよ。断空でね」

「私もありますよ。随分昔ですが」

 

 ガタ、と藍染が立ち上がった。釣られて菊理も立ち上がる。

 

「試してみようか」

「望むところです。加減しませんよ?」

「あまり強い言葉を遣うなよ。弱く見えるぞ」

 

 藍染は案外負けず嫌いらしい。

 勝負の結果だが、鬼道に限った上、直接戦闘でもない腕の比べ合いであったものの、九十番台の扱いで菊理に軍配が上がった。それ以来、ちょくちょく藍染が菊理に鬼道の指導と勝負を頼むようになる。

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