蛇にゾッコン。   作:元ちょこちょこっと

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第16話

「現世も大分様変わりしたな……」

 

 自動車が車道を走る様を見ながら、菊理は過去に現世に訪れた時のことを思い返して素直に驚く。尸魂界とは生活の様が全く違っている。洋風の建物、店が増え、若者は海外の音楽や踊りに夢中。やれビートルズがどうのこうの、やれジョン・レノンがどうのと、菊理には少々理解しかねる会話が飛び交っている。

 

「尸魂界もその内こうなるのだろうか。……いや、山本重國殿が総隊長である限りは無さそうかな」

 

 彼は古きと伝統を重んじる。この間も、西洋文化を好む雀部副隊長に小言を言っているのを聞いた。

 ホットパンツで生足を露出する若者を横目に見た菊理は、

 

(はしたない)

 

 総隊長と割と同意見のようだ。

 

 菊理の現在の仕事は、鬼道衆としての『重霊地』空座町の調査が一つ。もう一方は、藍染の手勢として、浦原喜助の一派及び平子真子らの行方を探っている。重霊地である空座町では、結界の効き目も強くなる。隠れるなら打ってつけの場所なのだ。

 

(まあ、死神もよく来るから危険度は半々なんだけど……彼らは追っ手から逃げつつも、藍染隊長を狙っている筈。となれば、あまり遠くへは行かず、一定の距離を保つはず)

 

 まあ、ここに隠れているとは限らないが、表向きは重霊地の調査。見つかれば良し。出来なくとも良し。藍染曰く、所在を知ったからと言ってこちらから手を出すつもりもないらしい。気楽にやろう、と菊理は決める。

 

(しかし、流石重霊地だ。虚圏並みとは言わないが、中々霊子が濃いな……虚もよく出そうだ)

 

 しかし、菊理は今回極力虚には手を出さないように指令を受けている。藍染側ではなく、尸魂界側からだ。なんでも、現在空座町には駐在任務に就く死神がいるらしく、出来るだけそちらに獲物を譲らなくてはならない。後進の育成のためだ。

 とはいえ、魂魄や自らの身に危険が及ぶようなら勿論撃滅は許されている。やはりこちらも、程々に気にしておく。

 

(…………おっと)

 

 噂をすれば。死覇装を纏う、二人の女性隊士。片や、十三番隊の三席。この間の実験で亡くなったのとは別の、明るそうなショートヘアの女。もう一人は、実験の現場に居合わせ、海燕を刺したあの少女だ。

 彼女らはこちらに気付くと、近付いてきた。

 

「貴女は——」

「副鬼道長、白鷺菊理。重霊地の調査で現世入りしている。そちらは?」

「は、はい! 十三番隊第三席、虎徹清音です!」

「……十三番隊、朽木ルキアです。席次はまだありません」

 

 少女、ルキアが名乗ると、菊理の眉がピクリと上がった。

 

「朽木? 朽木って言うと、もしかして白哉殿の妹君かい?」

「兄様をご存知なのですか?」

 

 一瞬、ルキアの顔に翳りが見えた気がした。これはもしや、彼は妹と上手くいっていないのだろうか。あんなに嬉しそうに妹の話をしていたのに。

 

「ああ。そうか、君がルキアか。君の兄君から話は聞いてるよ。鬼道に優れ、既に始解も会得している。優秀な妹だとね」

「え——兄様が?」

「ああ。血は繋がっていないが、自慢の妹だと」

 

 少々のリップサービスを加えつつ、白哉が褒めていたことを伝える。ルキアは照れたように赤くなっている。良し良し、と兄妹関係の修復に一役買った気になった菊理は、満足気だ。

 

「はは、照れているのかな。可愛らしいね……ああそれと、君たちのことはちゃんと聞いてるよ。仕事の邪魔はしないから安心してくれ」

 

 そう言ったのを見計らったように、二人の伝令神機が鳴った。虚出現の合図だ。

 

「虚……近い。失礼します!」

「いや、私も同行しよう。何、見物するだけさ。気にしないで仕事に励んでくれ」

 

 三人が向かった先にいたのは、巨大虚が一匹。大虚程ではないが、かなり強い虚だ。時には席官をも食らうような虚。ルキアの頬を汗が一筋伝う。

 

「ほう、大物だね」

「まさかあんなのが……朽木さん、二人で仕留めるよ!」

「いや、ここは彼女一人にやらせよう」

 

 菊理の一言に、清音が面喰らう。ルキアも同様だ。

 

「何言ってるんですか、大虚相手ですよ。一人じゃ危険です!」

「ルキア一人でもやれるさ。私は確信している」

「失礼を承知で言いますが、部外者は黙っていてください」

 

 清音の鋭い言葉。しかしそれが部下への思い遣りから出る言葉だと知る菊理は、別段気を悪くはしなかった。寧ろ、言って当然の一言だ。

 

「済まないね。しかし、彼女一人でやれるのもまた事実。大丈夫、危険だと思ったら手を出して構わない。私もそうする。やり方は、私が教えよう」

 

 菊理の真剣な物言いに、清音は渋々引き下がる。しかし、刀に手をかけたままだ。それを認めた菊理はルキアの背後に回ると、彼女の両肩をがし、と掴む。そのまま耳元で、囁くように彼女に問う。

 

「使える破道で一番強いものは?」

「え……な、七十三番、双蓮蒼火墜です」

「うん、良いね。では六杖光牢は?」

「兄様が使うので、私も覚えました」

「よし。では、これから教える通りに」

 

 巨大虚はまだこちらに気付いていない。なら、やりようは幾らでもある。菊理がそっとその方法を教えると、ルキアは息を呑んだ。

 

「君なら出来る」

「……ッ、はい!」

 

 すう、と彼女は息を吸い込み、詠唱を始める。

 

「君臨者よ。血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ」

 

 ここまでは、双連蒼火墜の詠唱。しかし、ここから更に発展させる。

 

「雷鳴の馬車、糸車の間隙。光もて此を六に別つ」

「……二重詠唱!?」

「蒼火の壁に双連を刻む。大火の淵を遠天にて待つ。縛道の六十一『六杖光牢』」

 

 ルキアの縛道が巨大虚を捉える。いかに巨大虚といえど、瞬時の脱出は困難だ。そこに、既に詠唱を済ませた攻撃が襲いかかる。

 

「破道の七十三『双蓮蒼火墜』!」

 

 ルキアの両手から放たれる蒼い焔は、巨大虚の仮面を跡形もなく吹き飛ばした。

 

「ふうっ。上手くいったね」

「二重詠唱……こんな高度な術を、私が……」

「実感が湧いただろう。君の実力は、君が思っている程低くはないよ」

 

 驚きでいっぱい、という感じのルキアに、菊理がウインクしてやると、彼女の表情は見る見る明るくなった。さて、と今度は固まる清音の方を向く。

 

「手間を掛けたね、虎徹三席。君の指示を聞かず、済まなかった」

「いっ、いえ、とんでもない!」

 

 ぶんぶんと勢いよく否定しながら、清音は冷や汗を浮かべる。

 彼女の両肩を両手でポンポンと叩き、微笑みかける。清音は困ったように笑いつつ、すみません、と謝罪するのだった。

 

 

 

 

 菊理は数日、表向きの仕事を進めるのに平行してルキアたちの監視を始めた。浦原喜助及び平子真子らが、死神に何かしらの接触をしてくる可能性があると踏んだからだ。永久追放された彼だ。尸魂界へのコンタクトを取るためとか、地獄蝶を奪ってどうこうするとか、何にしろ死神と接触したがる可能性は実に高い。

 

(さて。釣れるかな?)

 

 しかし、数日待っても浦原たちは現れない。死神と関わるつもりはないのか。

 

「……なら、強硬手段に出るしかないかな」

 

 死なない程度に、彼女らを追い詰める。先の手解きで、ルキアの実力はある程度把握済みだ。清音の方は、標準的な三席程度の実力と思っておけば良いだろう。バラガンの従属官、フィンドールの極めて微妙で面白くもない一発芸『霊圧を護廷隊の席官レベル別に調整』を見ておいたのが、よもやこんなところで役立つとは。

 藍染に与えられた、実験用の虚を使って彼女らを襲撃する。

 

 空間を裂き現れた、虚の群れ。それぞれがそれなりの実力を持っている。彼らはそれぞれ別々の方向へ飛び立った。

 しばらくすると、突如現れた大量の虚に驚く二人の姿を見られた。二人で集中して掛かるか。分担するか。彼女らは、分担を選択した。魂魄保護を優先するなら、正しい判断をだろう。しかし、菊理にとってもありがたい判断だった。

 

「さて——どっちを見るべきか」

 

 虎徹清音。朽木ルキア。どちらもまだ若い死神だ。浦原喜助の悪名など知りもしないだろう。接触するにはどちらも好都合。

 

(じゃあルキアの方を見よう)

 

 白哉の妹である彼女の方なら、たとえ浦原たちが現れずとも退屈しなさそうだ、という個人的な判断の下、菊理はルキアの方を直接監視することにした。清音の方には、監視用の霊虫だけ放っておく。

 

 ルキアは、虚に苦戦していた。何しろ虚が群れを成すことはそう多くないことであり、ルキアは多方向からの攻撃に手間取っている。

 

「……舞え、袖白雪!」

 

 遂に彼女は、斬魄刀を解放。能力で、虚を凍りつかせた。

 まさか、席次も持たない一般隊士が始解できるとは。実力を隠していたのか、それとも。

 

(純白の斬魄刀。綺麗だしカッコ良いな)

 

 しかし、美しさと強さは比例しない。虚の軍勢とも言える物量を前に、ルキアは徐々に押され始めている。鬼道と斬魄刀の攻撃を交えながら応戦するも、段々と傷が増えていく。

 やがて虚の猛攻に、思わず斬魄刀を取り落としたルキアは——

 

「破道の三十三『蒼火墜』!」

 

 しかし諦めず、鬼道で応戦する。獅子奮迅。己の以てる全てで、虚を撃滅すべく走る、奔る、疾る。

 それでも。気持ちでは最後まで負けなかった彼女も、遂に体力の限界を迎え、膝から崩れ落ちた。その後も、這ってでも戦おうとする気概を見せたルキアだったが、血の流しすぎが原因か、気を失ってしまう。

 

(もう監視も無意味か。虚たちは虎徹三席の方も全部引きあげさせて、私はルキアを——)

 

 思惑を巡らせる菊理だったが、その光景を見た瞬間、すぐさま計画をシフトした。

 一閃。赤い光が奔ったかと思えば、虚たちの仮面が一息の内に崩れ去る。席官クラスで苦戦する量の虚を、これほど容易く処理できるということは即ち、下手人は隊長レベルの霊圧を有している、ということに他ならない。

 カランコロン、とアスファルトで固められた道に音が鳴る。下駄を履いた男が、縦縞の帽子を深く被ったまま、場違いな日本刀を構えているのが印象的だ。

 

(……目元はよく見えないが、霊圧が一致する。間違いない。浦原喜助だ)

 

 彼は残りの虚を片付けると、ルキアを抱きあげた。

 

(助けるか。死神に恨みは持ってないらしいね、あんな目にあったのに。まあ、彼の頭の良さから考えれば当然かな)

 

 浦原の頭なら、追放されたことによる死神への怨恨よりも、その原因を作った藍染の方をなんとかしなければならないと理解しているはずだ。

 彼は助けたルキアを治療するつもりのようで、そのまま拠点に連れ帰るようだった。ここで菊理の取る選択肢は二つ。一つは、このまま尾行すること。こちらの安全を考えるなら、無論最善の行動だ。しかし——あの藍染惣右介が警戒する男が。追っ手の尾行を考えない訳があるだろうか。このまま追い縋る先に、罠を仕掛けている可能性は?

 尸魂界から何十年も逃げ延びている男だ。あり得なくはない。

 

(なら、敢えてリスクを負う)

 

 菊理は瞬歩で浦原に近付くと、縛道を詠唱破棄で発動する。

 

「縛道の三十二『嘴突三閃』」

 

 しかし、そこは元隊長格。咄嗟に菊理に気付いた浦原は、辛うじて鬼道を避けた。それも想定の内ではあるが。

 

「大罪人、浦原喜助だね。現世に潜んでいるという情報は正しかったらしい」

「……初めまして。尸魂界の追っ手サンですか?」

「それはどうだろうね。私は尸魂界の任で君を見つけた訳じゃない。本来はこの重霊地の調査だったんだが」

 

 嘘を付かないよう、慎重に言葉を選ぶ。僅かな違和感一つで勘付かれる恐れすらあるのだから。

 

「……どうにか見逃しちゃいただけませんか?」

「寝惚けているのかい、大罪人。君は既に尸魂界を永久追放されている身だが、本来なら全霊力剥奪という刑罰も残っている。それを無視して逃げたのであっては、指名手配されるのも当然というもの。それを見逃せと?」

「濡れ衣っスよ……って言っても信じてもらえないんでしょうねえ」

「……私だって、鉄裁さんがあんな真似するとは思っていないさ」

 

 実際やってないことだし。

 

「だったら……」

「君は別だ。私と君は、話して知ってる仲じゃない」

「ですよね」

「その娘をどうするつもりだ?」

「一応、治療する気なんスけどね」

「駄目だね。今すぐ——」

 

 引き金を絞ろうとした瞬間、空気中の霊子に揺らぎを感じた菊理は、飛来するそれを相殺した。

 

「こちらを見もせずに、反鬼相殺で私の縛道を打ち消すとは……腕を上げましたな、菊理殿」

「……お久し振りです、鉄裁さん」

 

 相変わらずの強面。その腕の中に、見知った顔が抱えられている。虎徹清音だ。向こうの現場には彼が向かっていたらしい。

 懐かしきかつての師との対面で、知らずの内に菊理も肩の力を抜いた。

 

「菊理殿。言いたいことは分かります。罵詈雑言、何度でも受けましょう。しかし今だけは、我々のことを信用してはいただけませぬか」

 

 頭を垂れる鉄裁。それは非常に真摯な態度で、寧ろ騙している自分が嫌になる。酷い自己嫌悪を覚えながら、菊理は頷き、銃を収めた。

 ルキア、清音の両人は、浦原の拠点で治療を受けることになった。菊理が回道で治療するつもりだったが、信用してもらうため、と彼らは譲らず、菊理も浦原商店に案内された。

 小さな駄菓子屋。しかし、よくよく意識してみれば、巧妙に結界が隠されているのが分かる。認識を逸らすもの、単に見え辛くするものなどなど。握菱鉄裁の熟練を改めて垣間見た菊理の口元に、笑みが零れる。

 

 二人の治療には、数時間掛けた。致命傷でもない傷を治すにしては、嫌に丁寧だ、なんて思いながら、菊理は鉄裁と話しながら待った。やがて治療が終わると、浦原は神妙な顔付きで、襖の奥から出てきた。

 

「治療、終わりました。暫くは安静にさせましょう」

「そうか。では、その間の虚退治は私がやろう。それはそうと、二人の顔を見たいんだが、良いかな」

「……二人とは、お知り合いで?」

「先日、初めて会った程度の仲だがね。鬼道の手解きをした」

 

 訝しむ浦原は、鉄裁に視線を投げる。彼が静かに頷くと、浦原は分かりました、と菊理を二人の寝る和室に通した。

 

「……」

 

 菊理は、ルキアの手を取った。慈しむように、優しい手つき。そして、背後から、声が掛かる。

 浦原喜助——彼の剣呑とした声だった。

 

「どうか、しましたか?」

「……傷も霊力もすっかり治っている。中々良い腕だ。浦原さんは、鉄裁さんに鬼道を?」

「ええ、まあ。本格的な弟子ではありませんが、貴女より以前からテッサイには世話になってるっス」

「なら、私の兄弟子ということになるのか」

 

 他愛ない話。菊理はこれ以上ボロを出すまいと立ち上がり、もう良いよと部屋を退出した。

 

 二人に関しては、菊理がしばし保護することになった。浦原たちは商店に泊めて構わないと主張したが、菊理は尸魂界の死神を部外者にこれ以上預ける訳にはいかない、と尸魂界側から与えられた拠点に二人を連れ帰った。

 ルキアの手を握りながら、確信する。

 

(……やはり。彼女の霊体に異物が埋め込まれている)

 

 先の虚退治の際、二人に接触した折に元の霊圧を調べておいた菊理は、ルキアの霊体に大きな違和感を覚えた。霊圧の重さが違う、とでも言うべきか。

 

(まあ、これだけ情報を手に入れれば藍染隊長も満足だろう。さっさと仕事終わらせて帰ろう)

 

 浦原も怪しんではいたようだが、菊理の正体にまでは辿り着けなかった。菊理の報告を受けた藍染は、目当ての物を発見した喜びで口元を緩ませた。

 

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