蛇にゾッコン。 作:元ちょこちょこっと
いつもの茶屋で、偶々白哉と出会った菊理は、久々に間食を共にしていた。
「ルキアを救ってくれたようだな」
「まあね。目の前で虚にやられそうになってたら、そりゃ助けるさ」
「感謝する」
「……だからって、こんな高いお菓子くれなくても良いのに」
余程ルキアが大事なんだな、と苦笑い。
白哉は、妻である緋真を亡くしてから元気がなかったが、彼女との約束でルキアを義妹として迎えてからは、表情に(極僅かながら)彩りが戻った。それを読み取れる者は多くはないが。
そもそも、救ったのは浦原であり、彼の名を出すわけにもいかないから自分で名乗っているのだ。しかも追い込んだのは菊理自身。まるで詐欺師だ、と菊理は内心嘆息した。
「白哉。君、ルキアと上手くいってないのかい?」
「……何故だ?」
「いや、ルキアの様子を見てそう思ったんだけど。私の勘違いだろうか」
「……ルキアは、私のことを恐れているように感じる」
ああー、と菊理は得心がいって頷いた。
「だって君、無愛想だもの」
「……そうか」
「オマケに口下手、口数が少ない。そのせいで言い回しも最低限。色々勘違いされてるのかもね」
「…………そうか」
どんどん落ち込んでいく。高貴で高潔、素晴らしい精神性を持つ彼だが、可愛い妹にはどうも弱いらしい。その様子がおかしくて、菊理は大笑いした。
それを見ていた白哉は、鋭い視線で菊理を睨み付ける。
「菊理。兄は昔から、私のことを笑ってばかりだ」
「すまないね。面白くて……いや、別に君の悩みが面白いとかじゃないよ? 白哉。君の反応が性格とあまりにかけ離れているものだから、つい」
「……構わぬ。いつものことだ」
茶を啜りながら、白哉は青々とした尸魂界の空を見上げた。
裏で藍染が暗躍してはいるが、ここ最近の尸魂界は比較的平和だ。トラブルもあるが、目立った事件は少ない。
「市丸とは、その後どうだ?」
「どうだ、と言われてもなあ」
「婚約するのか?」
白哉の一言に、思わず茶を噴き出す。咳き込みながら、白哉の言葉を吟味して、もう一度驚き、思わず立ち上がった。
「こここ、婚約!? 誰と誰が!?」
「兄と市丸だ」
「一体どうして藪から棒に!?」
「……気付かれていないとでも思っていたのか?」
それを聞いた菊理は、大きく深呼吸して、もう一度座り直した。
いつから気付いていたのか問うと、随分昔から、と答えられ、顔を真っ赤にする。なんでも、ギンのことを話す時は顔が緩みっぱなしであったらしい。そんなあからさまだったとは。
結婚経験のある白哉は、自分が口下手なのを棚に上げて色々とアドバイスをしてきた。お前それ実践したんだろうな、と言いたくなるようなのもあったが、折角の好意だ、とありがたく受け取っておいた。
しかし、これ以上ギンについて突っつかれるのは避けたいと思った。何を口走るか分かったものではないからだ。軌道修正が必要である。
「そういえば、護廷隊ではあまりそういう話聞かないよね。恋愛話」
「確かに。隊長たちにも、妻帯者は少ないように思える」
菊理は、錚々たる顔触れを思い浮かべる。山本重國、享楽春水、浮竹十四郎……享楽は女好きだと話に聞くものの、結婚しているかどうかは知らない。他の隊長においても同じだ。
藍染にも良い人はいないようだし、ギンや志波一心、卯ノ花や更木もだ。砕蜂、涅、狛村、東仙……ギンにはいないで欲しいという願望。
(あれ? 護廷隊って結構枯れてる?)
もしかして、長く生きすぎて(死神だけど)恋や愛への欲が薄れてしまっているのではなかろうか。菊理のギンへの想いは、微塵も褪せてはいないのだが。
それよりも十三隊だ。まさか、そんなに恋愛から遠いなんてことはないだろう。菊理は少し調査してみよう、と立ち上がる。
「白哉、暇潰しに各隊の恋愛事情の調査に向かおう」
「心得た」
白哉は案外ノリが良い。キチンと節度は守るが。さて、では何処から攻めるかという話になる訳だが。
「十一番隊はまず除外しよう。恋愛なんてあるわけないし」
今は草鹿やちるという女性隊士もいるにはいるが、彼女も除外だ。子供過ぎて恋愛とかしないタイプである。
「あと、一番隊に聞きにいくのは怖いな……白哉、行ってきてよ」
「総隊長にか……いや、遠慮しておこう」
という訳で、番号順で二番隊に行ってみた。
「砕蜂ちゃんは好きな人とかいないのかい?」
「私にはそんな暇ありませんので」
かつて夜一と訓練していた時は、よく砕蜂とも話したものだった。それが今や二番隊長であり隠密機動総司令、刑軍軍団長とは感慨深い。それだけの立場にあっても、昔の癖が抜けないのか彼女は菊理を白鷺殿と呼ぶ。
それにしても、胸が貧相とはいえ、菊理が見るに砕蜂はかなり整った顔をしている。ちょっとロリ気味かもしれないけれども、これで男が寄り付かないのは不思議だ。
(……いや、彼女は副隊長にキツく当たっているんだったか)
大前田希千代という大柄な男であるが、副隊長というそれなりの実力者が容赦なくボコボコにされる様を見ては、一般隊士は気後れ……というか、単に恐れて近付かないのかもしれない。
「……菊理。やはりこの者と話して得るものはなさそうだ。懸想している男などいないだろう。以前こいつは、あの化け猫を……」
「私の前でそいつの話題を口にするな。というか、何故貴様が白鷺殿と一緒に居る」
「それは彼が、護廷隊屈指の恋愛マスターだからだよ」
「……ええ…………」
あくまで菊理が勝手に呼んでるだけである。しかも半分ネタにしているのだが、白哉は気付いていない。知らぬが仏だ。
「でも砕蜂ちゃん可愛いんだから、もったいないよ。女の子は恋をしないと」
「そう言われましても……別に良いと思う男はいないですし」
「じゃあ良いと思う女の子はいるのかい?」
「そういう意味ではありません!」
怒られてしまった。彼女は昔から、基本的に素っ気ない。夜一以外には。しかし、その夜一も彼女を置いて逃走、指名手配されることにより、可愛さ余って憎さ百倍。今や夜一絶対殺すウーマンとなってしまったのだ。
傷心の彼女には、しばらく恋愛は無理かもしれない、と結論付けた。
さて、次は三番隊……と行きたいところだが、菊理の意向により四番隊へ。
「卯ノ花隊長か……さて、白哉。行ってきてくれ」
「待て。ここは平等にジャンケンで決めるべきではないのか」
「君ジャンケンなんて知ってたんだ」
庶民の遊びと思っていたものだから、超凄い貴族である白哉が知っているのは意外だった。しかも、ジャンケンで決めるとか超庶民的だ。
「私はパーを出そう」
「しかも駆け引きまで!」
菊理は素直にチョキを出した。勝った。
白哉は実直過ぎて、ジャンケンが非常に弱い。悔しそうな顔が印象的である。
「さて、じゃあ卯ノ花隊長に恋人がいるのかどうか、是非確かめて来てくれ」
「まあ、知りたいことがあるなら直接聞いてくださればいいのに。私と貴女の仲ではありませんか」
ピシ、と二人の動きが止まる。見たくない事実だったが恐る恐る振り返ると、いつの間に現れたのか、卯ノ花烈がそこにはいた。見事なまでにアルカイックスマイル。仏のような笑顔である。しかし、その裏に隠された黒いオーラが、二人を震え上がらせた。
「ううう卯ノ花隊長。ご機嫌よう」
「ご機嫌よう白鷺副鬼道長、それに朽木隊長。隊務も放り出して何をしているのかと思えば、他人の恋愛事に首を突っ込もうとしているとは感心しませんね」
ヤバい、と二人は思った。怒られる、というか既に怒られてる? ちなみに隊務は放り出してないが、それを言ったら余計に怒らせそうなので黙った。
「それで? 私の何が知りたいのでしたっけ?」
少なくとも菊理は、この状況で卯ノ花に男性関係を訪ねる度胸はなかった。白哉も同じようである。
「……これに懲りたら、人の恋路を出歯亀する不粋な真似は止めることです。良いですね?」
「はい」
二人は大人しく従うのであった。
……しかし。卯ノ花に正座させられ説教される途中、心底意外なものが見れた。
「……何してんだ、アンタ」
臓物に響くような重低音。げっ、と菊理は露骨に嫌な顔をした。眼帯をつけた厳つい男。髪の先に鈴を付け、彼が歩く度にチリンチリンと音が鳴る。更木剣八。十一番隊長。
菊理の中で、十一番隊への印象は最悪も良いところだった。粗暴乱暴暴れん坊。粗野で下品でオマケに煩い、そんなイメージである。鬼道を心底馬鹿にしているのも、悪印象に一役買っている。そんな隊の長が、目の前に現れた。
「更木隊長」
「朽木白哉と……誰だ?」
「白鷺菊理だよ。以後お見知り置きを」
「そうか。で、なんで正座してんだ」
「貴様には関係のないことだ」
白哉が凄んでみせるが、正座中だから威厳も何もない。
彼はすぐに興味を失ったようで、菊理たちから視線を外し、卯ノ花に目線を遣った。菊理は卯ノ花を応援していた。やれ、ぶっ殺せ!
しかし、彼と彼女は向かい合ったまま動かない。どころか、一言も発さない。
「……あのー」
「お久し振りです、更木隊長」
「おう」
あんたら毎回隊首会で顔合わせてるだろ。そんなツッコミが口から零れそうになるのを必死で押さえつける。そんな雰囲気ではない。
辿々しく一言二言のたわいない言葉を交わすと、更木がその場を立ち去った。一体何だったのか。
(……ん? そういえば、先程あの男……卯ノ花隊長を『アンタ』って呼んでなかったっけ?)
長年隊長を務める彼女に無礼ではあるが、焦点はそこではない。あの粗暴な更木剣八が。人を呼ぶ時はてめえがデフォルトの男が。卯ノ花烈をアンタと呼ぶ。
普段なら卯ノ花が更木の尊敬を得る程の女傑だと感心するところであるが、今は恋愛事を求めて彷徨っている状態。菊理の脳内は真っピンクだった。こっそり白哉に耳打ちする。
「ねえ白哉。これ、もしかして卯ノ花隊長は……」
「白鷺さん?」
ポン、と肩に手が置かれる。喉から変な声が漏れた。卯ノ花は終始笑顔だったが、菊理は何も言えなかった。しかし、卯ノ花が口止めしてきたことで逆に確信する。十三隊もまだまだ枯れちゃいなかった、と。
◆
菊理の宮周辺にある花畑は、女性陣に好評である。どんなガサツな女でも、心の奥底には乙女心というものがあるのだ。アパッチやミラ・ローズも、菊理の花を気に入っているようだった。たまに来ては、普段見せないような微笑を浮かべている。普段からそうしていれば良いのに、とアドバイスしてやると、照れたように笑うのだった。
今日も今日とて、菊理は花に水を遣る。随分花のバリエーションも増えた。片っ端から花屋から買ってきた種を植え、育てている。そこに、ギンがやって来た。その姿を認めると、菊理の顔はたちまち喜色で満たされる。
「やあ、ギン。今日も良い天気だね」
「人工のお日様やけどね。精が出るなあ。水遣りお疲れ様、菊理」
「ありがとう」
菊理は鬼道を中止し、宮の中にギンを招いた。だだっ広い空間は、初めこそ興奮したものだが、近頃は色々と面倒に思えてきた。特に掃除だ。使用人だけではとても終わらないので、鬼道まで使って掃除する羽目になる。
ギンを客間に案内し、使用人の破面に茶を淹れさせる。
「今日は何か用でもあるのかい? それとも、単に顔を見せに来てくれたのかな」
「そうやね、ちょっと菊理の顔見たなって。一応、ついでに連絡事もあるんやけど」
ギンの一言に気を良くした菊理は、口元が緩みそうになるのを必死で堪えた。つい先日白哉に指摘されたばかりであるし。
「そうか、ありがとう。連絡事というのは?」
「今度、また改造虚の実験を現世でやるんやって。東仙サンが力入れてたヤツや」
「ああ、ホワイトとかいう。分かった、私も同行しよう」
「最近よくコッチおるみたいやけど、鬼道衆の仕事は平気なん?」
「できる仕事はこちらでこなしているし、問題ないよ。たまに大鬼道長から小言を言われるがね」
「菊理も随分長いこと副鬼道長やっとるね。大鬼道長になる言うてたのに」
「副鬼道長の方が動きやすいんだ。組織のトップというのはしがらみも多いし、外に出る仕事も少ない。不在が多いと不審がられる」
「鏡花水月で誤魔化してもらえばええのに」
「私は、私の姿に化けられるのに抵抗があるからね」
それに、大鬼道長らの派閥との摩擦も少なくなる。様々な面から見て判断した結果、向こうから頼まれない限りは現在のポジションに居るのが得策だ。
「ふうん。でも、昔の乱菊との賭けは良えの?」
「別に、花を贈るくらい構わないさ」
答えながら、菊理は眉を顰める。ギンの話題には、よく乱菊が出てくる。それに嫉妬してしまう自分がいた。
「まあ、彼女も中々卍解を会得できてないようだから、引き分けになるんじゃないかな」
「菊理は卍解の修業しとるん?」
「まあ、一応ね。具象化は既に習得してるよ。まあ、ゆっくり屈服させていくさ」
「なんや意地悪さんみたいな発言やね」
「意地悪は君だろう」
実際、菊理はもうすぐ卍解が会得できる段階まで来ていた。護廷隊士のように集中して鍛えていた訳ではないので、あくまで片手間に、何十年と掛けてゆっくりと進めてきたのだ。途中で星見華に早く屈服させろ、と急かされたりもした。案外彼女はマゾの気があるのかもしれない。
くだらない話をしばらく話していると、菊理の花園が話題にのぼり、花を見に行くことになった。
「うーん。さっきも見たけど、随分咲いとるね」
「片っ端から植えてるからね。中々見栄えがあるだろう?」
「綺麗やね。癒されるわあ」
ギンに褒められた菊理は、密かに頬を染めながらはにかんだ。
「あっ。これ、昔ボクにくれた花やね」
「ああ、菊だね。覚えていてくれたんだ」
「勿論や。大事に飾っといたよ。花瓶も買って、虚夜城の自室に」
「ありがとう。ちゃんと飾ってくれるのは嬉しいな。ちなみに、花言葉は何か知っているかい?」
「一番隊花やからね。真実と潔白、やろ?」
「……ああ。それに、高貴・高潔、なんて意味もあるね」
自分の贈り物が大切にされているというのは、嬉しいものだ。菊理は、何か欲しいものがあればあげるよ、と花畑を指差した。
じゃあ、とギンが欲しがったのは、シロツメクサ……いわゆるクローバーだった。四つ葉のクローバーは、よく幸運の印として見立てられる。成る程、縁起が良いと思った菊理は、四つ葉を探し始めた。しかし、そう簡単にはいかない。ギンも一緒になって探すが、それでもだ。
「ごめんね、四つ葉は見つからないや。見つけたら教えるよ」
「ええよええよ。あったらいいなーって思っただけやから」
しゅん、と落ち込んでしまった菊理の頭を撫でて、フォローする。ギンの頼みに応えられなかった菊理は、ちょっと凹んでいた。
気を紛らわすために、菊理は様々な花をギンに見せた。菊理自身不思議だったが、枯れた土地と思われたこの虚圏は
「先ほど中途半端に終わってしまったから、少し水遣りをしてもいいかな」
無論ギンが断る訳もないから、菊理は鼻歌を歌いながら花に水を遣る。途中、その花が目に入り、菊理は一層笑みを深めた。
太陽に顔を向ける花、向日葵。
その花言葉は、『愛慕』『崇拝』、そして『私はあなただけを見つめる』。
「知っているかい、ギン」
「何を?」
「向日葵ってキク科の花なんだってさ」
「へえ、菊理のお仲間やね」
「ああ、そうだね。私に似ているかもしれない」