蛇にゾッコン。   作:元ちょこちょこっと

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第18話

 尸魂界。虚圏。いずれ争い合うことが決まっている二つの世界であるが、それまでは一応の平和を保っている。しかし、大なり小なりトラブルというのは付き物であり、本日は虚圏にて大きな事件が起こっていた。

 

「……おかしいな」

 

 虚夜宮内を散策する菊理は、一人呟いた。ネリエルの姿が見えない。今日はハリベルを茶会に誘おうと二人で画策しており、その打ち合わせのために会う約束をしていたのだが——ネリエルの宮に行っても、本人どころか従属官であるペッシェやドンドチャッカすらいない。雑用係の破面に行方を尋ねても、誰一人として知る者はいない。

 どうしたものか、と外に出て考えていると、

 

「菊理」

 

 自分を呼ぶ声に、菊理は振り返る。視線の先には、市丸ギンの姿があった。風に流れる銀色の髪。細められた瞳、何を考えているのか分からない、感情を隠すマスクのような笑み。どれもがどれも、いつものギンと変わらぬ様子だったが、菊理の対応は冷ややかだった。

 

「死にたいのか?」

 

 え、と彼が応える前に、菊理は解放した星見華の引き金を絞り、霊弾を撃ち出している。彼は思わず転がって躱した。その頰には、一筋の傷が出来ている。本気で当てるつもりだったらしい。

 

「どうしたんや、菊理! ボクのことそんなに嫌いやったの!?」

「黙れ、黙れ黙れ黙れ。何処の誰だが知らないが、ここまで私を怒らせたのは貴様が初めてだ。良いか、一度しか言わないからよく聞け。——今すぐその不愉快で下手糞な変装を解き、土下座して侘びろ。でなければ貴様の四肢と頭をぐちゃぐちゃにしてヤスリに掛けてやる」

 

 ギンは……否、ギンの姿をした男は一瞬目を見開き、次の瞬間醜悪な表情を見せた。とてもギンがするようなものではない、凶悪な面構え。

 ボロボロと彼の周囲の霊子が崩れ、下手人が姿を見せた。細い眼、眼帯、長い舌。菊理の嫌う破面だ。

 

「ノイトラ・ジルガか」

「けっ。ザエルアポロの野郎、ハンパな発明(モン)渡しやがって」

「ホントだよ」

 

 菊理は同意するが、実際はそうではない。ノイトラの姿は、声は、その霊圧に至るまで。端から見れば全くの同一である。ザエルアポロは試作品を多くの破面に試したが、バレることはなかった。

 それ程精巧な変装を看破されたのは、偏に。

 

「まず目がおかしいよね。彼の目は私に話し掛ける時、もっと目尻が下がるよ。凄く優しそうな目で、幸せな気持ちになるからハッキリ覚えてる。ちなみにいつもは細められてるけど、目を開くと一段とカッコイイんだ。あと手も変だ。彼は結構細身で骨張ってるところもあるけど、意外に筋肉質なところもあるんだ。細いけど逞しい。それに掌が大きくて、そんな手で頭を撫でられたら凄く胸がドキドキするんだ。さっきの君の手は本物よりほんのちょっとだけ小さかった。笑い方も変だ。ギンは常に笑ってるけど、考えてることによってちょっとだけ口角があがったり下がったりする。さっきの君は常に笑い方が一緒で、まるで機械のようだったよ。それに姿勢だ。よく真似できていたと思うけど、ギンは実は警戒心が強いから少し猫背気味でね、いつでも斬魄刀の『神鎗』を伸ばせるようにしているんだ。彼の得意技も使いやすくなるしね。おっと、詳しいことは話さないよ。ギンの弱みになったらたまらないからね。それから声の調子も違った。ギンは焦っても声を荒げたりしないし、私を見つけた時の声もいつもと違った。いつもはもっと優しい声だ。私はあの声を聞いただけで……ごほん。それはともかく、なんだいあの歩き方は。君の杜撰で乱暴な性質では仕方ないが、ギンはもっと歩幅が短い。それでいて歩くのは結構速いんだ。でも、私と一緒に歩く時はこちらを気にしてちょっと遅めに歩いてくれる。それが凄く嬉しくて、私の足が速くなると、またそれに合わせてくれて、凄く嬉しいんだ。ああそれと、霊圧の揺れがおかしい。質はよく合わせていたと思うけど、ギンはもっと穏やかな揺らぎ方をしてる。表情と一緒で、ごく僅かな変化だけどね。君のように変な揺れは起こさないよ、ギンは。もう一つ言っておくと、あの程度の不意打ちではギンならもっと上手く躱すよ。さっきも言ったけど彼は常に周囲を警戒しているからね。もし本物だったら、カウンターで神鎗の突きを放つくらいはしていただろうね。ま、その斬魄刀も本物じゃないから無理だろうけどね。それと——」

 

 偏にギンへの愛故に。どれだけ完璧だと思っても、全く同一というのはあり得ない。だから菊理にとっては、どれだけ精巧なギンの偽物を用意されようとも見破ることは容易いことだ。

 なおもつらつらと先の変装の拙さをあげつらう菊理の様子は、正しく恋する乙女。ただし、少し愛が重いようだが。

 

「……このイカレ女が」

「イカレてる? 私が? ふむ、そうかな。恋は盲目というし、私が気付かないだけで結構おかしなことを口走ってたのだろうか」

 

 指摘されたところで、菊理に動じる様子はない。ノイトラの首筋を冷や汗が伝う。統括官たちの実力は未知数だが、菊理は特にだ。彼女の性格は温厚で、破面たちに手を出すことは本来ならばありえない。しかし、今の菊理は心底腹を立てている。

 

「ともかく、私の前でギンの下手な変装なんかして、そんなに私を怒らせたかったのかい」

 

 ノイトラは以前から菊理に突っかかることがあった。この間、花を踏まれたようなことだ。しかし菊理は、ノイトラの挑発を全て躱しており、彼がそれに苛立っているのも菊理は知っている。なら、今回のコレは自分を怒らせるためではないのか。

 

「違えよ」

「……では、何故?」

「戦いてえんじゃねえ。てめえをぶちのめしてやりたかったのさ」

「不意打ちするつもりだった、ということか。下衆め」

「なんとでも言え。俺は()()()()に勝てりゃそれでいい」

 

 ぴく、と菊理の眉尻が上がった。聞き逃せないセリフが、混じっていた。てめえら、と言うからには、菊理の他に誰かノイトラの標的足りうる相手がいる訳で、菊理にはその心当たりがあった。

 先ほどから、見当たらない彼女。

 

「……ノイトラ。君、ネリエルに何かしたね?」

「へっ。今頃砂漠でのたれ死んでるんじゃねえのか」

 

 菊理は容赦なく星見華の引き金を引いた。霊弾がノイトラに命中するが——

 

「効かねえよ」

 

 先ほどとは違い、ノイトラの鋼皮が容易く弾丸を弾く。聞き及んではいたが、彼の鋼皮は十刃でも随一の硬度を誇るらしい。しかし——

 

(あの改造虚に比べれば、なんてことはない)

 

 それを上回る攻撃を行えば良いだけの話だ。

 

「ノイトラ・ジルガ。私は君を殺しはしない。ネリエルが君を殺さなかったのだから、私が殺して良い筈もない——だが、覚悟しろ。私は彼女ほど優しくはない」

「けっ、言ってろ!」

 

 ノイトラは己が斬魄刀で菊理を斬りつける。妙な刀だ。三日月のような形の斬魄刀。細腕に見合わぬ腕力で振り回されるそれを、菊理は紙一重で避け続ける。ノイトラの速度はそれ程でもない。得物も大きく、菊理の眼にはハッキリ映っていた。

 

「縛道の四『這縄』」

 

 縄のように編まれた霊子で、ノイトラの足首を絡め取り、引っ張ってやると思い切り転倒する。

 

「ちっ!」

「破道の三十三『蒼火墜』」

 

 銃口から、蒼い炎が吐き出される。ノイトラの周囲が、爆炎で包み込まれた。

 

「……へえ、あの体勢から咄嗟に虚閃で相殺したのか。中々やるものじゃないか」

(……冗談じゃ、ねえぞ。死神の鬼道ってのは、番号が若い程威力が弱いって聞く。それを、三十三で俺の虚閃と相殺だと……!?)

 

 ノイトラが心内で恐々としているのも知らず、菊理は続けて鬼道を放ち続ける。ノイトラは単純な火力では勝ち目がないと見たか、虚閃ではなく虚弾(バラ)で応戦する。しかし、

 

「結構速いね。弾数も多いし、良い技だ」

 

 褒めながら、霊弾の射出で全て撃ち落としている。

 

「クソがっ!」

 

 足を止め、帰刃(レスレクシオン)——死神でいう斬魄刀の解放。その破面版を行おうとした瞬間だ。光の奔流が、刀を握る右腕を吹き飛ばした。

 

「破道の六十三『雷吼砲』……さて、まだやるかい。そうだというなら、次は左腕だ。それでもやるなら右脚、左脚。悪いが私は手心を加えるつもりはない。先ほども言ったが、私はネリエルのように優しくないからね」

「……祈れ!」

 

 菊理は解号の途中で、今度は左手を吹き飛ばした。こうすれば痛みで解放もままならないだろうと考えたからだ。だが、ノイトラはのたうち回るほどの激痛を堪え、それを口にする。

 

「『聖哭螳蜋(サンタテレサ)』!!!」

 

 霊力が爆発的に上昇し、周囲のを暴風が吹き抜ける。砂埃の中から姿を見せたのは、先ほどまで失った腕を取り戻し、加えて二本の腕を得た——四本腕のノイトラ。

 

「超速再生は破面になる際失われるんじゃなかったかな」

「確かにそうだ。が、一部だけ超速再生を残した破面も中にはいる。俺は腕なら何度でも再生出来るぜ」

「成程。理解したよ。腕なら何度吹き飛ばしても構わないということだ」

 

 菊理は破道の四『白雷』で突っ込んでくるノイトラに応戦する。腕を二本纏めて吹っ飛ばしてやるが、直後にはもう失くした腕が生えている。

 彼は二本腕の鎌で菊理を狙うが、縛道の盾によってこれを防ぐ。

 

「手詰まりかい」

「誰がだ?」

 

 ノイトラのしたり顔。次の瞬間、菊理の身体に新たに伸びた腕が突き刺さった。予想外の一手に、流石の菊理も目を見開く。

 

「俺の腕が四本だけだと言ったか?」

 

 加えて、得物も増えた。取り出した二本を加え、六。六手の魔人がそこにいた。

 

「…………」

「どうした。あんまり痛えもんだから漏らしでもしたか?」

「ああ、確かに痛かったよ。傷を受けたのは何年振りかな、良い経験だった。まあ、もう治したけどね」

「……あ゛?」

「傷を治せるのが自分だけだと思わないことだ」

 

 菊理が傷口を押さえていた手を退けると、元の状態から何一つ変わりない姿があった。傷痕、どころか服の損傷すら消え去っている。

 

「なんだと……!?」

「嘗めていたよ、ノイトラ。君にこんな奥の手があるとはね。だから、私も少し本気を見せよう」

 

 菊理が薄く笑う。その様子を見て、ノイトラは自分の背筋が凍るように思ったのを自覚した。馬鹿な。

 

「まさか、卍解ってヤツか!」

「残念、ハズレ」

 

 菊理は、()()()()()()構えを取った。

 そしてそのまま、振り下ろす。

 霊力の上昇。龍が天へ昇るかのように上がり続ける霊圧に、流石のノイトラも言葉を失う。そして、彼は見た。死神である彼女の顔に、自分たちと同じ虚の仮面が掛けられているのを。

 花弁が何枚か折り重なったような形の仮面だ。空いた穴から覗く瞳は漆黒に染まっている。

 

「——なんだ、そりゃあ……!?」

虚化(ホロウか)と言ってね。君たち虚が死神の力を得たように、我々死神も虚の力を得ることで、さらなる力を手に入れることができる。時間制限はあるがね」

 

 しかし——しかし、あまりに両者は違い過ぎる、とノイトラは思った。虚はヒトの形を手にし、恒常的な変化をするのに対し、死神は虚の面を被らなければ、普段は変わりない。

 ただし、時間制限がある分か、上がり幅は虚化の方が非常に大きく感じられたのだ。どちらが有利かは一概には言えないものの、現状のノイトラに取っては、それは絶望的な報せだ。

 

「では、お仕置きだ。ああ、注意してくれ。私もこの力は手に入れたばかりで、加減が上手くない」

 

 言ってる間に、彼女は鬼道の詠唱を終え、即座にノイトラが拘束された。

 

(発動までの時間が短えっ!)

「理解できているかい、ノイトラ・ジルガ」

 

 ごりっ、と菊理の銃口がノイトラの喉元に突きつけられる。今、菊理が引き金を軽く引くだけで、ノイトラは死ぬ。彼の抵抗がぴたりと止んだ。

 

「私はいつでも君の命を消せる。今それをしないのは、ネリエルの意思を尊重しているからだ。よくよく感謝することだね。そして心から懺悔すると良い」

「……誰がッ!」

「ああそれと」

 

 菊理は、ノイトラの股の間を全力で蹴り上げた。しかも、彼の鋼皮を貫くため、四楓院夜一の瞬鬨のように、鬼道を纏った蹴りだ。金的をマトモに食らったノイトラは、痛みでのたうち回ろうとするが、縛道で身動きが取れないため、それもできない。

 

「君は少々、女性軽視が過ぎる」

 

 虚化、始解を解いた彼女は、縛られたままのノイトラに告げる。

 

「君は女が上に立つのが気に食わないようだが、私は常に君の上にいる。君が十刃でいる限りね」

 

 そう言い残し、罰則とばかりに縛道を発動したまま放置を決め込むと菊理はネリエルの捜索にあたった。

 幸い、ネリエルとその従属官は小細工が上手くない。菊理は霊圧を補足せんと摑趾追雀で探りを入れるが、反応はなかった。まさか——

 最悪の事態を想定し、菊理は広大な虚圏を探し回った。しかし、ネリエルの姿を見つけることはなく、忸怩たる思いで捜索を打ち切った。

 

 その後、突如空白となった第3十刃の席をどうするかが議論になったが、菊理の提案によりティア・ハリベルが就くことになった。

 

「なんや、急に階級が上がってハリベルもビックリしそうやね」

「そうかもね。十刃の中には、己の数字に誇りを持つ者も多いから」

 

 自らの地位を誇るのを、悪いことだとは菊理は思わない。それは彼らが手に入れたモノだ。更に上を目指すも良し、現状に満足するも良し。

 ただし、菊理は知っている。彼らに数字を与えた藍染は、それをさして重要視していないという事を。

 階級を数字で表したのは、管理するのに都合が良いから。そしてその階位を決めるのは強さでなく、あくまで殺戮能力で決めるのも、余計な諍いを起こさないため。

 

 藍染の掌の上で踊らされる破面たちに、同情を禁じ得ない菊理であった。

 

 

 

 

「虚化はどうだったかな、菊理」

「悪くないです。火力、速力ともに大幅に上がりますし」

 

 藍染により与えられた虚化の力を、菊理は既に使いこなしていた。元々十分な実験を行った上で手にした力だ。東仙も同じように、早速虚化をマスターしていた。ただ、菊理が気になったのは、ギンが虚化していないということだ。

 もしかしたら、彼には抵抗があるのかもしれない。虚という、本来死神の敵であるものの力を取り込むことは。

 

(まあ、彼は虚化なんてしなくても強いから、気にしないでもいいかな)

 

 それに、いざギンの力が足りないことがあれば、菊理は幾らでも力を貸すつもりでいる。寧ろ、頼られたくて仕方ないような具合だ。

 

「今なら藍染隊長にも負けない……かもしれませんね」

「言っておくが、私の鏡花水月は完全無欠だ。戦闘になったら私には敵わないよ。絶対にね」

「はいはい、分かってますよ」

 

 菊理は鏡花水月の催眠に落ちてはいないが、逆に言えばそれを防ぐため、目を瞑って戦わなくてはならない場面も起こるというこだ。戦闘、特に藍染のような強者との戦いで、その一瞬はあまりに致命的である。彼は瞬歩もめちゃくちゃ速い。

 だが、鬼道の勝負ならますます負ける気がしなくなった。

 

「そういえば、ノイトラの処罰についてだが」

 

 菊理は居住まいを正した。先のネリエル襲撃に関して、藍染への報告は既に済ませた後だ。彼の判断を心して耳にする。

 

「厳重注意だ。その上で、暫し反膜の匪(カハ・ネガシオン)で謹慎させよう」

「そうですか」

 

 反膜の匪は本来木っ端破面を永久に閉じ込めるような道具なのだが、十刃レベルになれば出ようと思えば数時間で出てこれる。逆に言えば、出ようとしなければ何日だって引き篭もることが出来るのだ。ノイトラはそこにぶち込まれて、しばらく出てくるなと言われたような状況だと言うことだ。

 

「おや、怒らないのかい。君なら、罪が軽すぎるなどと言ってくると思っていたが」

「ネリエルはあまり望んでないでしょうから。それに、次の第3十刃がハリベルになったこと自体、彼にとっては罰みたいなものだと思いますよ」

「そうか。君は部下の扱いがよく分かっているようだ」

 

 そうだろうか、と菊理は疑問に思いながらも取り敢えず頷いておく。困ったら頷いておけばまず間違いないのだ。

 

「さて、久々に鬼道の鍛錬をしようか」

「はいはい。以前は鬼道を全種類覚えたところまででしたっけ」

 

 藍染は、菊理が唯一彼に勝る鬼道を鍛えるため、彼女に師事していた。余程菊理に負けたのが悔しかったらしい。たまの空き時間には、菊理を呼び出すことも多い。

 

「なら、九十番台詠唱破棄でも練習しますか。中々難しいんですよね、アレ」

 

 名には力がある、とは古来より尸魂界に存在する真名呼和尚が言ったとされる格言だ。鬼道を発動する際、どうしても省けないのがその名前。霊核の中枢を為すそれを削っては、どんな鬼道も発動は叶わない。菊理の星見華の能力『言弾』も、一見すると無言で発動しているように見えるが、あらかじめ言霊を銃弾に封じ込めているから出来る業なのだ。

 しかし、削れる部分もある。それが詠唱。鬼道の霊核を補強する言霊。ただし、これを外して鬼道を発動するのは非常に難しい。多くの隊士は気付いていないが、この詠唱によって鬼道の形成、威力、方向、速度等様々な要因を調節するのが楽になっているのだ。これが自力で出来るようになるには、何度も何度も何度も何度も繰り返し、鬼道の扱いを肌の奥の神経の底まで覚え込ませる必要がある。

 

「ふむ。では、九十番を練習しよう」

「黒棺ですね。良いと思います」

 

 菊理は己の霊力を一点に集中し始めた。まずは手本だ。

 

「破道の九十『黒棺』」

 

 我ながら完璧な出来映えだ、と目の前に立つ巨大で黒い箱を見て自画自賛する。重力の奔流。全てを押し潰し圧砕する九十番台の鬼道。それを見た藍染は、ほうと声を漏らした。

 

「こんな感じです。藍染隊長もどうぞ」

「ああ。——破道の九十『黒棺』」

 

 すぐ目の前の足下から、黒い重力波が立ち上り——棺を形成する前に、脆くも崩れ去る。以前、菊理も何百、何千と見た光景だ。藍染は失敗したためか、難しい顔をしている。

 

「誰でも初めはこんなものですよ。鬼道の天才である私でさえそうでしたから」

「ふむ。ならば、君よりも早く会得してみせようか」

 

 菊理に教えを請うているのにそんなことを言うものだから、菊理はなんだかおかしくなった。

 そんな菊理の様子に、藍染はまた難しい顔をしているのだった。

 

 暫しの練習の後、二人は休憩にお茶を飲んでいた。紅茶で相変わらず藍染はレモンティー、菊理はミルクティーである。

 

「……またミルクティーかい、菊理」

「藍染隊長こそ、レモンティーばっかり。たまにはミルクティーも飲んでみたらどうです?」

 

 菊理に勧められた藍染は、しばし迷って使用人に新たな紅茶を運ばせようとした。しかし菊理が、私が淹れますと進言して藍染にミルクティーを振る舞った。菊理の淹れたミルクティー。目を閉じて啜ってみると、柔らかい甘みが口の中に広がった。その美味しさに、思わず藍染も目を開く。

 その様子を見た菊理は、にこりと微笑んだ。

 

「どうです、藍染隊長。ミルクティーも悪くないでしょう?」

 

 しばし藍染は、ミルクティーを含んで味を愉しみ飲み込んでから、

 

「——ああ。悪くない」

 

 そう返答するのだった。

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