蛇にゾッコン。 作:元ちょこちょこっと
——死神と滅却師の間に生まれた子供。
度重なる改造虚の実験に際して、偶然生まれたその命は、正しく特別といって差し支えないものだ。彼は人間であり、滅却師の力を秘め、死神の力を受け継ぎ、虚の力を内包する。三つの異なる異能を備えた、特別な赤ん坊。髪の色が明るいのも、彼の特別を感じさせる。
黒崎一護と名付けられた彼は、滅却師である黒崎真咲と元十番隊長、志波一心の子である。藍染らは、虚化の実験の際に偶然彼らと遭遇し、経過を観察した結果今に行き着く。監視に気付かれた様子は無し。一心も義骸から出られないまま霊力を失っている。観察にはもってこいの環境だ。時々、赤ん坊が録霊蟲を見てくるのが、気になると言えば気になるが。
それにしても。
菊理は、黒崎家の様子を眺めながら、ほうと溜息をついた。あまりに幸せそうであるからだ。父と母。抱かれる赤ん坊。菊理の求める幸せの形が、そこにはあった。
(私もああなれたら良いな)
恐らくは叶わないだろう、と自ら思っていながら、それでも願うのは止められない。心の中に留めておくだけであるなら、罰も当たるまい。
藍染は、例の赤ん坊に興味深々だった。生まれた時から特別な存在。滅却師と死神と虚の力を持ったイレギュラー。彼もまた、死神の力を超越せんとする藍染の目指す形の一つである。
十数年に渡る経過観察の間、黒崎家には様々な出来事があった。双子が生まれたり、黒崎一護が空手を始めてみたり——黒崎真咲がなくなったり。腕利きの滅却師である彼女が雑魚虚に殺されたのに驚いた菊理だったが、藍染曰く滅却師の祖とやらに力を奪われたのだという。滅却師といえば、菊理が死神になる百年前、つまり今から二百年程前に全滅したと聞いたが、まだ生きていたらしい。
ちなみに、一護は霊媒体質ではあるようだが、今の所死神、滅却師、虚のどの力をも見せてはいない。
そのうち一護は高校生になり、未だチカラの片鱗を見せない彼に痺れを切らしたか——藍染が、ついに計画を実行した。
崩玉を持つ朽木ルキアを空座町の駐在任務に就かせたのだ。同時に、グランドフィッシャーにより黒崎真咲が殺されて以来続いてきた、菊理たちの警護も無くなる。餌を求める虚は、すぐに非常に高い霊力を持つ一護の下にやってくるだろう。
黒崎一護と朽木ルキア——やがて二人が出会い、そして一護は死神となった。これからきっと、彼は滅却師の、虚の力を手に入れていくのだろう。そうすれば、もしかするととんでもない怪物が出来上がるのではないか。
そんな菊理の予想を肯定するかのように、一護は潜在能力の片鱗を見せ付ける。
大虚への斬撃。副隊長に昇格したかつての教え子、阿散井恋次を(限定霊印が付いているとはいえ)圧倒してみせた実力。そして、白哉によって死神の力を消された彼は、浦原に拾われた。
(彼は恐らくまだまだ強くなる。……注意しておこう)
そして、数日が経った。朽木ルキアの極刑は瀞霊廷中の一大ニュースになっている。人間への霊力の無断貸与は確かに重罪だが、それだけで殛刑になるなんてことは前代未聞だ。それ以外にも不自然な点は山程ある。しかし、中央四十六室の決定となれば、逆らえる者は誰一人としていない。たとえそれが
(白哉の顔は、もうまともには見れないな)
何せ、表に出していないが溺愛する義妹を殺そうとしているのだ。そんなものは友人の所業ではない。
藍染の下に就いてから、様々な絆を失った。しかし、菊理は罪悪感は抱いても後悔はしない。菊理にとって、他の何より大切なのは市丸ギンだ。他の何より。つまり、自分自身よりも彼を大切にしている。それ以外のことは全て切り捨てられる。そういう気持ちだった。
「菊理!」
「……乱菊。やあ、どうしたんだい」
物思いに耽っていると、乱菊に声を掛けられる。その隣には檜佐木修兵、吉良イヅル、雛森桃、そして阿散井恋次の姿もあった。かつて霊術院で鬼道の手解きをした三名に軽く手を挙げると、彼らはそれぞれ会釈で返した。
「これからアタシらお茶しに行くんだけど、一緒に行きましょうよお」
「構わないが……檜佐木副隊長とは初めましてになるのかな。同行しても?」
「乱菊さんと同期の、白鷺さんですよね。俺は全然大丈夫です」
茶屋の席に着き、各々が注文を済ませると早速乱菊が切り出した。議題はやはり、朽木ルキアの処刑についてだ。恋次がルキアと親しかったらしく、そんな彼のことを心配しているのだろう。
「正直さあ、朽木が処刑なんておかしいと思わない? だって罪状は……えーと何だっけ」
「霊力の無断貸与及び喪失、それに滞外超過ですよ松本さん」
「そうそうそれそれ! そんな程度で死刑っておかしくない!?」
「確かに……重罪ではありますけど、何か変ですよね。刑の決定も凄く早かったし、双殛を使うなんて」
乱菊の言葉を、吉良と雛森がフォローする。やはり多くの者は違和感を覚えているらしい。藍染の計画にしては色々と杜撰だが、それにも何か狙いがあるのだろう、と当たりをつける。あるいは、これだけおかしな点があっても鏡花水月は破られないという自信の表れか。
「まあ、確かに妙だね。四十六室の考えなんて理解できないけどさ」
菊理に限らず、この場にいる全員は四十六室の老人連中を残らず老害と考えているので、皆うんうんと頷いた。
「合理的な理由なんてないんじゃないでしょうか」
「なら、ルキア……朽木が死ぬのは、四十六室の気分のためってことですか」
恋次は遣る瀬無い様子で呟く。その顔は失意に満ちていた。やはり、幼馴染を、それも自分が捕らえた彼女を、極刑に処すというのは、堪えるものだ。
菊理は想像する。もし、自分がギンを処刑しなければならない立場になったとしたら。いや、自分なら世界の全てを敵に回したとしても、処刑などさせないが、仮にそう考えるなら。
恐らく、身が二つに裂かれるような思いのはずだ。
「理不尽が過ぎる話だよ。……朽木さんは、僕たちの同期なんです。彼女は斬術こそ地味な成績でしたが、鬼道の腕は一組にだって劣らなかった。席官でないのが不思議なくらいで……そんな彼女が処刑されるなんて、十三隊の大きな損失ですよ」
恋次のためか、ルキアを庇うように、吉良が熱弁する。同意するように雛森も頷いた。鬼道使いで同期、同性ともなれば、仲間意識も芽生えるというものか。
「……俺は朽木のことは知らないが、皆がここまで言うなら、彼女が規定違反をしたのにも理由がありそうだな。しかし、だからと言って処刑をどうこうしよう、なんて気は起こさない方がいいぞ」
「でも、納得いかないなら動いてみるしかないんじゃない。それで決定が覆るとは思わないけど、何かを変えたいなら行動は起こすべきだよ」
檜佐木の忠告も尤もだが、心情的に恋次寄りの菊理は反論する。我ながら良いこと言うな、と菊理は思った。まあ、処刑を進めているのは菊理の上に立つ藍染なのだが。
(これでも一応、この場にいる内三人の講師を勤めた身だ。威厳というものを見せなければ)
「……お、俺ちょっと朽木隊長と話してきます!」
恋次がお代も払わず茶も飲まぬまま、走っていってしまう。若いな、と菊理はお茶を啜った。
「あいつ、お代忘れやがって」
「良いよ、焚きつけたのだし私が持とう。その茶は君が飲んでくれ、檜佐木君」
「あっ、すみません白鷺さん」
「いいさ……さて、阿散井を励ます会はこれくらいにして、ゆっくり話しながらお茶でも飲もうか。これから忙しくなるだろうし」
「え、どうしてです?」
雛森が可愛らしく聞いてくる。将来藍染に捨てられるだろう彼女に憐れみを覚え、彼女の頭を撫でながら優しく告げる。
「勘だよ。ただのね」
◆
ギンが一護を迎撃した。藍染の指示によってだ。浦原の拠点が西流魂街であることから、そちらの門を警戒させていたらしい。ちなみに菊理は、浦原が逆を突いてくることを考慮して東側を担当させられた。見事に外れ、肩透かしを食らったが。
「怪我はなかったかい、ギン」
「ありがと、平気や。いやあ、あれがウワサの黒崎一護クンか。死神の力手にして数ヶ月でアレやろ? それであの腕、あの霊圧。怖いわぁ」
「成長速度が凄まじいね。でも、今隊長格にぶつかったらすぐ殺されちゃうと思うよ。副隊長にも勝てないかも……三席になら、あるいはってとこじゃない」
しかし、浦原の指導もあったとはいえ、たった数日で始解を会得するような天才だ。実戦に触れれば、案外たった数日で卍解までも手に入れてしまうかもしれない。そうなれば、隊長たちとも互角に戦えるようになるだろう。まあ、それは流石に楽観的であるが、例えば彼が宿す虚の力だったり、滅却師の力だったりを引き出す可能性はある。どちらにせよ、
「運次第、って感じかな、彼らがルキアの下に辿り着くには。彼らが花鶴大砲で突入して来るとして、私たち以外の隊長と当たったら即終了。副隊長とでもそうなるだろう」
「上手いこと躱していかなあかんゆうことやね」
「そう上手くいくかな」
「なら、賭けてみるかい」
藍染からの提案に、菊理は面食らう。こんなことを彼が言うとは意外だった。彼がギャンブルとは似合わない。
「私は黒崎一護が朽木ルキアを助けに来るのに賭けよう」
「ええ、狡い。私もそっちに賭けようと思ってたのに」
「ボクもですわぁ」
「何だ、言うことに反して二人とも勘が良いね。これじゃ賭けにならないな」
東仙がいたら彼は別の方に賭けてくれるかもしれないが、現在は生憎と四十六室に篭っている。あと数時間もすれば菊理と交代だ。ギンが旅禍を逃したことで隊首会が開かれることになった。その間は隊長は病欠の浮竹以外全員参加だ。必然的に、菊理が受け持つしかない。
「さて、では改めて計画について確認しておこう。今回の目的は、朽木ルキアの体内に埋め込まれた崩玉の奪取だ。双殛での魂魄蒸発により取り出す。もし失敗した場合は、朽木ルキアを確保した後、浦原喜助の発明で崩玉を抜き取る」
そのために、様々細工を施しておかなくてはならない。四十六室の指示に見せかけ、処刑日を早めていく。藍染は動きやすさを考慮し、鏡花水月で死を偽造する。疑惑を他所に向けさせるため、ギンにまるで黒幕であるかのように振る舞わせる。
雛森、吉良辺りを上手く使い、小規模な騒ぎを起こす。藍染の死、旅禍、ギンの暗躍。護廷十三隊は対応に追われ、掌で転がされていることにも気付かないだろう。
「では、手筈通りに」
藍染に促され、菊理たちは解散する。しかし東仙との交代まではまだ時間があるものだから、どうしようかと悩んでいると、藍染が出くわした誰かと話しているのが見えた。
「藍染隊長」
「やあ、白鷺君」
名前呼びではない、外面モードである。挨拶を交わし改めて彼が話している相手を見ると、菊理よりも随分と背の小さい少年だ。銀の髪、翡翠の瞳、眉根を寄せた仏頂面。氷のような少年。その背には、十の文字が刻まれた羽織があった。
日番谷冬獅郎。十番隊隊長——つまり、乱菊の直属の上司である。最年少の隊長として少々名の通った死神であり、天才の呼び名を欲しいままにしている。彼の操る斬魄刀、氷輪丸は氷雪系最強の斬魄刀。警戒すべき相手だ。
「藍染。そいつは?」
「白鷺菊理君。鬼道衆の副長だよ」
「副鬼道長……」
ふうん、と日番谷は菊理をまじまじと見つめてくる。見れば見る程子供だが、菊理は侮ることをしない。
「初めまして、日番谷隊長。乱菊からよく話を聞いています。非常に優秀な方だと」
「そうか、松本の。世辞はありがてえが、本当にあいつがそんなこと言ってたのか?」
「あはは、お見通しですか。乱菊のことよく見てるんですね」
「長え付き合いだからな」
日番谷の言葉に、昔聞いた乱菊の話を思い出した。かつて流魂街で仕事をサボっていた乱菊は、『潤林庵』にて途方も無い霊圧を持った少年を見つけた。彼は自らも制御出来ない巨大な霊圧のために、同居していたお婆さんを傷付けてしまった。そこで乱菊は、彼に死神になるよう薦めたのだ。
それからの彼は凄まじかったようで、霊術院をすぐに卒業すると十番隊へ。あっという間に三席まで駆け上がり、志波一心が失脚した後釜として十番隊長の座に収まった。勧誘した乱菊を悠々と抜き去って。
まだ若い彼は何も知らない人々から実力を疑問視されることもままあるが、一度でも彼の仕事振りを見ればその口も閉じられるだろう。書類仕事はしっかりやるし、トラブルが起き手が回らない隊に力を貸してやることもある。戦闘能力も斬拳走鬼隙がなく、斬魄刀の能力も一級品。間違いなく隊長の器に十分足る男だ。
「日番谷隊長はお若いのに立派ですね」
「まあ、若輩ながら精一杯やらせてもらってる。そっちこそ、松本から話に聞いてるぜ。鬼道の天才。鬼道の腕だけなら総隊長も凌ぐってな」
「それは……どうでしょう。そればかりは、手合わせしてみなければ分かりません」
口ではそう言うものの、内心での菊理は負ける気などさらさらなかった。鬼道に於いて絶対的な自信を彼女は持っている。様々に新たな技能を吸収し続け、今や鬼道で敵うものなどいないとすら思っているのだ。
しかし、謙遜は美徳で、傲慢な者は鼻つまみ者だ。無用なトラブルを避けるため、菊理は黙っておいた。普段なら遠慮などしないが、今は作戦前だ。
そんな菊理の考えに反し、思わぬところから擁護の言葉が溢れた。
「日番谷君、彼女の腕前は素晴らしい。きっと、総隊長以上という噂は嘘ではない……と、僕は思うよ」
「……! 藍染がそこまで言う程か。なら、噂は強ち間違いじゃねえのかもしれねえ」
日番谷は藍染をかなり信用している様子だ。それもその筈、藍染は外面が良い。眼鏡を掛けた優秀で部下に優しいイケメン。誰にも分け隔てなく接する彼は理想の上司そのものだ。加えて、五番隊副隊長の雛森と日番谷は親交があり、その繋がりから藍染ともよく話す。同じ隊長として教わったことも多いだろう。
菊理の実力を認めたらしい日番谷は、松本にサボりを止めるよう言っといてくれ、と伝言を残して歩いていってしまった。
藍染と二人残された菊理は、ふと彼に視線をやった。先ほどのフォローが、なんだか藍染らしくないと思ったのである。何せ彼は負けず嫌いで、自分の鬼道の腕を凌ぐ菊理に対抗心を燃やしていた程なのだ。
(いや。自分より上手だからこそ、侮ってほしくなかったのかな)
「さて、隊首会まではまだ時間があるね」
藍染は懐中時計を取り出し時間を確認しながら、そう呟いた。どうせ暇だし、藍染を誘って散歩でもしようかと考えた菊理だったが、少し先に部下と話していたらしいギンの姿を認めた菊理は「失礼します」と一言断り、瞬歩でギンの下へ一気に移動してしまう。ポツン、と時計を持った藍染が一人残された。
「ギン、さっき振り。もしかして隊首会まで手持ち無沙汰だったりする?」
「まあ、そうやね」
「だったら少し散歩でもしないかい。私も交代まで時間が余っていてね」
「ええよ……ッ!?」
「ギン?」
にこにこしながらギンに語りかけていると、彼が突然後ろを振り返る。菊理が来た方向だが、そっちには藍染しかいない筈。菊理は首を傾げた。
「どうかした?」
「いや……なんでもあらへんよ。なんか背中がゾクッとしただけや」
「大丈夫かい? 体調が悪いなら、四番隊舎に行って診てもらった方が良いよ。万一のことがあったら大変だし。歩くのも大変そうなら私が引っ張ってでも連れてくるから。ああ、でも——」
「大丈夫。大丈夫やから」
なおも食い下がる菊理を宥めながら、ギンは内心で溜め息をついた。先ほどの悪寒……あれは藍染の仕業だ、とギンは直感した。しかし、殺気ではない。だったら何なのかは分からないが、少なくとも今までの藍染にはない行動だ。用心しなければならない。
「……そっか。君がそう言うなら、そうだね、そうしよう。じゃあ、何処に行く? お菓子でも摘みに行くかい」
「ええよ。行こか」
スタスタと歩くギン。速さを菊理に合わせてくれているのが分かり、菊理は笑みを抑えきれない。ついつい気分の乗ってしまった菊理は、少しの迷いの後、思い切ってギンと腕を組んでみた。
「菊理——」
「じょ、女性を連れて歩くんだから、エスコートしてくれても良いんじゃないかなっ」
「……なんや菊理、今日は随分甘えん坊さんやなぁ」
「なっ」
心外だ! と口にする菊理だが、にやけた口から出るその言葉にはあまりに説得力がなかった。一番安心しているのは菊理なのだ。振り払われたりしたらどうしよう、と不安だったのだから。もしそうなっていれば、立ち直れなかったかもしれない。その可能性は十分あった。
何せ彼の最も愛する女性は、乱菊なのだ。一番ギンを見ている菊理だからこそ、彼の好意がどこに向いているかは分かる。もし、彼が乱菊に誤解を受けて酷く傷付いてしまったら——そう考えると、自然腕を組む力が弱まった。
(駄目だ。ギンが傷付くなんて、絶対ダメ)
遂に腕を離そうとした瞬間、逆にギンの腕の力が強まり、菊理は少々抱き寄せられる形になった。わっ、と声を上げてギンの身体に寄りかかる。
「余計なこと、考えんでもええよ」
「————うん」
菊理は小さく頷いた。乱菊よりも自分が選ばれた気がして、嬉しさで鼓動が止まらない。ギンと乱菊の関係も気にかかるが、この胸の高鳴りを前に、別なことを考える余裕は彼女にはなかった。