蛇にゾッコン。 作:元ちょこちょこっと
真央霊術院に入った菊理は、一番優秀とされる一組に入れられた。これから、死神としてのイロハを学んでいくことになるのだろう。新しい鬼道。まだ、自分の知らない鬼道。嗚呼、嗚呼。楽しみだ。
菊理は薄く笑った。誰もを魅了せしめるような、妖しい笑みだ。それに吊られてか、同じ組の男が声を掛けてくるが、大した霊力を感じなかったので、菊理は適当にあしらった。有象無象に拘っている暇は無いのである。今のところ、彼女が気を惹かれるのは二人のみ。自分をこの場に連れ出してくれた、市丸ギン。そして——
(あの娘だけ、他に比べて霊力が飛び抜けている。私ほどではないけれど)
綺麗な女の子だった。金の髪を分け、その美しい貌を惜しげもなく晒している。更に男共を寄せ付けてやまないのは、豊かに実ったその胸だ。大きい。これに関しては、菊理も完全に負けを認めざるを得ない。他のクラスメイトも、誰も彼女の足下にも及ばぬサイズだ。圧倒的ではないか、彼女は!
また、彼女は竹を割ったような性分のようで、はきはきと明るく、男子女子と分け隔てなく接している。姉御肌という気質もあって、始まったばかりの学級で既に皆の中心に立っている。将来は傑物だ、と菊理は確信した。
興味深かったので彼女を観察していると、視線に気付いたのか、少女の方から菊理の元へやってきた。
「おーっす! 私、松本乱菊。一年間よろしくね!」
「こんにちは松本さん。私は白鷺菊理。こちらこそよろしく」
「乱菊で良いわよお、同期じゃないアタシたち!」
「では遠慮なく。私のことも菊理と呼んでくれて構わないよ、乱菊」
彼女は、じゃあ私も菊理って呼ぶわ、と笑う。菊理。乱菊。ああ、と菊理が思わず零す。
「なんだ、乱菊も菊の字が入ってるのか。私の名前も、菊が入っているよ。お揃いだね」
「あら、本当。嬉しい」
明るい少女だ。彼女とは仲良くなれそうだ、と菊理は思った。その後も乱菊は、滝のように止め処ない話題で、菊理に話し掛け続けた。霊力が高いからか、気質が合ったからか、それとも同じ名前に菊を持つ者同士だからか。どうも気に入られてしまったらしい。彼女に話させてばかりでは悪いので、菊理からも話を振ってみた。
「乱菊はどうして死神に成ろうと思ったのかな? 君も私と同じ、流魂街の出だろう。私は食べ物に困ってたら、ある人に薦められたんだけれど」
「アタシもほぼそんな感じなんだけど……もう一つ、理由があって」
寂しそうに、乱菊は苦笑した。ふむ、と頷いた菊理は一拍置いて。
「成程、男か」
「えっ! いやあの、そうだけど……って、そうじゃない!」
支離滅裂な返事。菊理は首を傾げた。そうなのにそうではない、とは。一体どういった了見なのか。
「確かにソイツは男だけど、そういう意味じゃなくて。急に居なくなるものだから」
「ああ、恋人ないし類似した関係ではない、と。うん、うん。分かった。そう記憶しておくよ」
「……納得行かないわ」
「それで、その放浪男を探して死神に? 健気だねえ、まるで良妻のようだよ」
「だから違うってば! ただ、あんまり急にふらふらーっと居なくなるから、居そうなところに探しに行けるくらいの立場にはなっておきたいってだけよ」
ウンウン。それもまた愛だね。そう言ったら今度こそ怒られそうなので、菊理はその言葉を飲み下した。沈黙は金。言わなくて良いこともある。
「さて、そろそろ授業が始まる時間ではないかな。初めての授業は何だろう。鬼道だと良いんだけれど」
「あら、菊理知らないの? 霊術院の授業初回は、何れも斬術から始まるのよ」
「あ、急にお腹が痛くなってきた」
「いきなりサボろうとするんじゃないわよ」
保健室に逃亡しようとすると、乱菊は菊理の襟を掴んで止める。
「離せ、私のお腹が血と臓物を撒き散らしながら爆発四散しても良いのか!」
「仮病にしたって盛りすぎよそんな症状。何、アンタ刀にトラウマでもあるの?」
「無い。けど怖い!」
「死神になるんだから、それぐらい我慢しなさい!」
「嫌だ、私は四番隊か鬼道衆になるんだ、斬魄刀なんて持つものか!」
菊理は逃げ出した。しかし乱菊に回り込まれてしまった。逃げられない!
結局、彼女は大人しく道場まで連行されてしまった。
道場に、一組の生徒がぞろぞろと集う。他の組の生徒は居ない。別の道場で授業を受けているそうだ。
床板が綺麗に磨き上げられた道場は、静謐な空気を醸している。キン、と冷える空気は、それ自体が重みを持っているようですらある。床を足袋で擦ってみると、キュッと心地良い音が耳に入り込んだ。
道場の雰囲気は悪くない。しかし、菊理はどうも居心地の悪さを感じていた。やはり、剣を振るう場所である、という事実が彼女の足取りを重くする。
「はあ。憂鬱だ」
「何時まで言ってるのよ。愚痴を漏らす暇があるなら、振った方が良いんじゃない?」
「気持ちが込もってないんだから、幾らやっても同じだよ。逆に言えば、幾らやらなくたって同じだとも言える。故に私は、こんな重いだけの棒を振る無駄な時間を鬼道の勉強に費やした方が非常に合理的ではないかと考えるんだけど、どうだろう」
「そうね。アンタがもっと周囲に気を配っていたなら、そうだったと思うわ」
うん? と得意気に舌を回していた菊理は、乱菊の言葉の意味が分からず素っ頓狂な声をあげた。それが理解出来たのは、直後のことだ。背後に人が怒ったような熱を感じ、恐る恐る振り返る。
一組担任にして斬術担当の教員、大海原大吾郎だ。彼は額に青筋を立てながらも、口元は吊り上げてどうにか笑顔の体裁は保っている。
「白鷺。貴様はどうやら余程私に稽古をつけて欲しいようだな」
「ご、誤解です大海原教諭。私は」
「良いから来い。みっちり扱いてやろう。十一番隊に入りたいと思うくらいにな」
「嫌だ、横暴だ、職権乱用だ!」
襟を引っ張られて、無理やり皆の前に引きずり出される。防具も無しに教員と打ち合わなければならないらしい。
「止めましょう、教諭。本気で怪我をしますよ」
「ほう、私から一本取るつもりか。嫌がる割に大層な自信じゃないか」
「いえ、怪我をするのは私です。痛いのは嫌ですから、止めましょう」
「よし、試合開始だ! どこからでも掛かって来なさい!」
「おーい話聞いてますかー⁉︎」
聞く耳持たず。大海原は菊理の言葉に耳を貸さない。これじゃあ良い晒し者だ、と思いながら、仕方なしに木剣を構える。正眼の構え……に近いように見えるが、とんだド素人の構え方だ。木剣を握る手に力は込もらず、へっぴり腰だ。流魂街出身で刀を握ったことがないとはいえ、これはヒドイ。
試験で優秀な成績を残した一組の面子の中には、失笑を漏らす者さえいる。しかし、直後にその笑みは誰の顔からも消え去った。
「……こうなっては仕方がない。私の本気をお見せしよう」
ゴッ、と空気が弾ける。
圧倒的な霊圧の解放——元席官すら超える超純度・密度の霊圧に当てられ、中には倒れる者さえ現れる。
緩い空気の中にいた教員の顔も真剣味を帯びていく。最早これは、腕試しなどという生易しい段階にはない。決闘。そんな単語が頭を過る。
「いざ!」
「来い!」
駆け、菊理が木剣を振り上げる。型は荒いが、良い勢いだと感心した大海原は、あることに気付き自らの目を疑った。
菊理の手の内にある筈の木剣が、忽然と消えているではないか。
何が起きた。彼は菊理から目を離さないまま考えを巡らせる。鬼道が得手だという話であるし、木剣を隠すような鬼道、例えば縛道の二十六『曲光』を使っているのかもしれない。
更に別の鬼道を使ってくるかもしれない、と警戒を強めたところで、迫る菊理の更に奥から、ぐええっ! という男の低い声が響いた。
これには対面する菊理たちも驚き、二人して声のした方を見遣る。
そこには、額を赤くして目を回している男。ぶっ倒れた彼の直ぐ傍には、先ほどまで確かに菊理の手中にあった木剣がころんと転がっていた。
「ご、ごめんなさい!」
菊理が慌てて、頭を打った男の下に駆け寄る。教室で菊理に話し掛けてきた男だが、名前までは覚えていない。取り敢えず、ギンから貰ったお古の教本に記されていた、霊圧による治癒を行う。霊力を操るイメージが鬼道とほぼ同じだったので、基礎の基礎なら容易くマスター出来たと自負している菊理だったが、その力は遺憾なく発揮された。
まずは患者の霊圧を回復させ、後に頭に出来たこぶを治癒する。一通りの術式を終え、ふうと息を吐いた。
「……だ、だから言ったでしょう。怪我をすると」
菊理の脳天に、大海原の拳骨が落とされた。
◆
「ううっ、理不尽だ、児童虐待だ。私は初めから止めようと言ったのに。聞かなかったのはあっちじゃないか」
「…………ほーんと、鬼道に関しちゃ天才的ね。斬術と違って」
「確かに私は鬼道に関しては天才と自負しているけどね。一言余計だよ、乱菊」
愚痴を零しながらも、菊理の手の内に形成される鬼道。その霊圧には一分の乱れもなく、正しく完璧と言っていい出来だ。鬼道の担当教員も目を丸くして驚いている程に。しかもそれを、何でもないことのように容易く行っているものだから、皆開いた口を塞げずにいる。
鬼道の授業に関しては、菊理はぶっちぎりで優秀だった。斬術で地に堕ちた評価が上方修正されていく。
「私は早く新しい鬼道を覚えたいな。特に、九十番台ってやつ。面白そうじゃないか?」
「それ、隊長格が扱うレベルの鬼道よ。いや、隊長でもあんまり使わないんじゃ……」
「そうか。じゃあ教諭は使えないのかなあ」
菊理は残念そうに肩を落とした。
教本には九十番台どころか八十番台の詠唱も記載されておらず、また見本となる人物も身近にはいない。教諭も、隊長格という訳ではないだろうから、覚えることが出来るのは護廷隊、もしくは鬼道衆入隊後になるのだろうか。
「まあ、新しい鬼道はたくさんあるから良いか」
破道の一『衝』に始まり、現在は破道の三十三『蒼火墜』までを一通り覚えたところだ
。そのペースは尋常ではなく、鬼道に関してのみ言えば、霊術院を一年で卒業したギンを上回る才能を持っているど言える。
霊術院で教える鬼道は、基本的に七十番台まで。既にそれを扱える菊理は、鬼道に関しては既に卒業要件を満たしている。……問題は、斬術が落第生レベルで残念なことだが。
「アンタ、鬼道衆入った方が良いんじゃない?」
「乱菊もそう思うかい。私も、これほど自分に刀が扱えないとは思っていなかったよ。どうしてだろう。いや、刀なんて使いたくないんだけど、純粋な疑問なんだ」
「刀を怖がってるからじゃない?」
「やっぱりソレかなあ」
菊理だけでなく乱菊も飛び抜けた才を持っているようで、雑談しながら鬼道を練り上げている。ただし、彼女は斬術にも秀でており、一点特化の菊理と違い万能型と言える。斬拳走鬼揃った、副隊長向きの能力だ。
「さて、今日の授業はこれで終わりかな。寮に行こうか。さて、楽しみだ。どんなところかな」
「ウチよりは立派だろうし、お風呂も付いてたら最高なんだけど」
「お風呂は共用で、銭湯らしいよ」
「ええー、すっごいじゃない! 一緒に入りましょうよ、菊理!」
分かった分かった、と抱き着いてくる乱菊を引き剥がす。寮も楽しみだが、その前に行くところがある。
「先に寮に行ってくれ。私は少し挨拶したい人がいてね」
「誰?」
「私に霊術院を薦めてくれた人さ」
「へえ、そんな人がいるんだ」
「ああ。今は五番隊の隊士をしているみたいだから、少し五番隊まで」
「分かった。気を付けなさいよ」
「ああ、ありがとう」
乱菊と別れ、瀞霊廷内を歩きまわる。道行く隊士たちはちら、と菊理を一瞥するものの、すぐに視線を外す。護廷隊士でもない者が勝手に歩き回っては何か言われるかとも思ったが、そも霊術院は瀞霊廷内に存在する。その学徒が彷徨いていることなど、然程珍しいことではないらしい。
ただし、菊理の赤髪は随分と目を引くようで、視線を外さずジロジロと不躾に眺めてくる輩もいた。それを不愉快に思いながらも、菊理は真っ直ぐに隊舎に向かう。
五番隊隊舎は、元々ギンに地図を貰っていたこともあって、直ぐに見つかった。さて、ここからどうするか。
(いきなり中に入るのは、良くないだろうし)
うーん、と菊理が悩んでいると、ぽんと肩に手が置かれ、思わずビクリと肩を跳ねさせる。
「なんや嬢ちゃん、ウチの隊に何か用か?」
足音どころか、全く気配を感じなかった。バクバクと早鐘を打つ心臓を落ち着かせ、首だけ回して振り返る。背の高い男だった。女のようにさらりと長い金髪。半開きの、やる気のなさそうな目。どちらも菊理の心証を悪くしたが、それを補って余りあるのが、彼の羽織る白だった。
護廷隊で、頂点たる十三人のみが着用を許されるそれは、隊長の証だ。
「五番隊の、隊長さん……ですか?」
「そや。平子真子や、よろしくなァお嬢ちゃん」
「し、白鷺菊理。真央霊術院一回生です」
「菊理ちゃん……そかそか、霊術院の。そんなら、挨拶も済んだことやし、初めの質問に戻ろか。ウチに何か用か?」
「はい。私の友人が、五番隊に配属されたと聞いたものですから……」
話しながら平子の立ち振る舞いをまじまじと眺めている菊理は、末恐ろしさを感じた。斬術に疎い菊理は、平子の様子はどうにも無防備に思える。だらんとした眠そうな目尻に、猫背気味の立ち姿。覇気というものが感じられないが、仮にも護廷隊隊長が何もなしにこんな様を晒すはずがない。
真奥に眠る獅子を隠すための猫被り、と言ったところか。
「成る程なァ。そんで、そいつの名前は?」
「——隊長。それ、僕のことや」
「あ、ギン」
副官章を付けた男に連れられ、ギンがやって来る。その姿を認め、隊長の前に一人という緊張から解放された菊理は、ほっと一息吐いた。そして、改めて、ギンの隣を歩く男を見た。
眼鏡を掛けた優男だ。知的で穏やかな空気を纏う男。堂々とした佇まいは、自信に裏打ちされたものだろう。
「おお、惣右介にギン。おはようさん」
「おはようございます、隊長」
「何や、お前の知り合いやったんか、ギン」
「ええ。僕の連れがすみません、隊長。すぐ連れていきますんで、お構いなく」
ギンが菊理の手を握る。あまりに自然な流れだったものだから、完全に不意を突かれた形になって、思わず菊理が固まった。
照れくささから顔を赤くしていると、そんな彼女とギンを見た平子が唸った。
「ケッ、餓鬼の癖して色気付きおって。あー独りもんは寂しいなぁ。な、惣右介」
「そうですね、隊長」
「あれ、藍染副隊長、こないだ隊士の女の子からファンレター貰ってませんでした?」
「何やそれ、聞いてへんぞ。おま、どういうことや惣右介! 俺ら二人で五番隊独りもんコンビ結成したんを忘れたとは言わせへんぞ!」
覚えがありません、と表情を変えずに反論する藍染。二人の言い争いを見ていた菊理が、思わず笑みを溢した。
「五番隊って、とても楽しそうな部隊なんですね。平子隊長と愛染さんも仲良しですし」
「おっ、何や気に入ってくれたんか。なら、霊術院出たらウチに入るか?」
「良いんですか? なら……」
「——止めとき」
きゅ、とギンの手に込もる力が強まる。それに驚いて、思わず彼の方を振り返ると、細められた瞳は僅かに開かれていた。藍染と平子からは、丁度陰になって見えないだろう。それ程真剣な言葉だった、ということだろうか。
疑問はあったが、菊理は、ギンの言うことに従って、話を合わせた。
「……そうだね、私、斬術はさっぱりだから、四番隊か鬼道衆の方が良いよね。ごめんごめん」
「謝らんでもええよ。ほな、失礼します。平子隊長、藍染副隊長」
ギンに引っ張られ、菊理は一つ会釈をして、五番隊舎を後にした。それを見送った平子は、ポリポリと頭を掻く。
「ギンも隅に置けんなあ。隊舎に彼女なんて連れてきよって。なあ、惣右介?」
「————ええ、そうですね。本当に、面白い子だ」
手を繋いで駆けていく二人の背中を目で追い、藍染は涼しげな笑みを浮かべていた。そして、それを訝しげに見てくる平子の視線に、その真意に、更に笑みを深めるのであった。
◆
「ちょっと」
「良いから、来て」
「分かってるよ。行くから、離してくれるかい。手が痛いんだ」
ギンは振り返り、ごめん、との言葉と共に手を離した。手が赤い。かなり力んでいるようだった。
隊舎から離れ、廷内の商店街へと向かう。適当な茶屋に入り、団子とお茶を頼んで、ようやく一息吐いた。ギンの額には汗が滲んでいる。まだ出逢って数週間と言ったところだが、初めて見せる表情に、菊理は思わずまじまじと見つめてしまう。
「なんや、僕の顔に何かついとる?」
「いいや。随分と焦っているな、と思ってね。私が五番隊に入るのは、君にとってそんなに都合の悪いことかな?」
「……先刻、君が自分で言うてたやないの。菊理は刀ぁ使えんのやから、五番隊より四番隊。もっと言うなら護廷隊より鬼道衆。その方が肌に合うのと違う?」
必死だな、と菊理は思った。この数週間、ギンは話に嘘を混ぜ込むのが上手いと認識していたものの、その評価を改めてないといけない、と考える程度には、あからさまだ。
同時に、そんなに自分と同じ隊になりたくないのか、と童のようにむっとする。
面白くない。
菊理はギンを憎からず思っている。耐え難い空腹から救ってくれたのもそうだし、日々をただ死なないために生きているだけだった彼女を、新しい世界に導いたのもまた、ギンである。
菊理にとって、彼はなくてはならない存在だ。しかし、ギンにとってはそうでないかもしれない。
それが、無性に腹立たしい。
「確かに、私もそう考えていたよ。けれど刀というモノは、扱ってみれば案外悪い物でもない。斬るために特化した形状、特にあの刃の曲線は美しい。手に持つと重みがあって、それもまた、私の心に一つ鉄心を差すような気にさせてくれる」
勿論、刀を扱うなどというつもりはない、真っ赤な嘘だ。しかし、向こうもバレバレの嘘を吐いて騙した気でいるのだから、こちらの嘘に気づかないかもしれないし、何よりギンに悪戯してやりたかった。
つらつらと、思ってもいない刀剣の良いところを、教本の情報を元に挙げつらう。団子を頬張り、茶で流し込み更に言葉を続けた。回る回る。今日は舌がよく回る。
ギンの目は細められており、口許はきゅっと結ばれ、その感情は読み取れない。隠すのが上手い。目は口ほどに物を言うらしいが、その細められた糸目は、仮面のように心を覆い隠す。
「……それらを踏まえて、私は五番隊に入るのも吝かではないと考えているのだが、どうだろう。君はどう思う、ギン?」
「別に、僕は菊理が同じ隊に入るんが嫌なワケやないよ?」
「なっ」
拗ねていた原因を言い当てられた気がして、菊理は顔を真っ赤にする。秘密を暴かれたような、部屋を覗かれたような、よく分からない羞恥心が、熱となって彼女の頭を熱くする。
きっ、と恨めしくギンを睨むが、本心を見抜いたギンからすれば可愛い抵抗だ。
「なんや、僕と同じ隊が良かったんか、菊理。可愛いなあ」
「違っ、私は!」
断じてそんな事実はない! と声高に主張したかったが、良く良く考えてみると、ギンの指摘は当たらずも遠からず。
元々、菊理はギンの言う通り四番隊か鬼道衆に入るつもりだった。しかし、五番隊の雰囲気をその目で直接見て、またギンがいることもあって、五番隊に入るのと良いかもしれないと思ったその矢先、ギンがそれを否定した。だから、ムキになったのだ。
反論出来なくなった菊理は、顔を赤くしたまま口を開いたり閉じたりを繰り返すばかり。先ほどの舌の回りようはすっかり鳴りを潜めた。
「君は意地悪だ、性悪だ」
「ゴメンな、菊理。僕も菊理と同じ隊になりたい言う気持ちはあるけど、ウチの隊は止めとき」
「……事情は、聞かない方が良いのかい?」
「うん、そうしてくれると助かるわ」
暫しの沈黙のあと、分かったよ、と菊理は追求を諦めた。彼に迷惑は掛けたくないし、何より嫌われたくない。最後の団子を頂くと、ご馳走様、とギンに会計を押し付けた。もやもやさせられたのだから、これくらいは構わないだろうというささやかな意趣返しだ。効いているから知らないが。
「じゃあね、ギン。また今度会いにくるよ」
「気ぃ付けてな」
手を振り、帰路に就く菊理を見ながら、ギンはふうと安堵の息を吐いた。
——あの男に、弱みを見せる訳にはいかない。
これから寝首を掻くつもりの相手に、少しでも自分の周りのことを知られたくはないのだ。特に、彼女や、あの少女のことは。