蛇にゾッコン。   作:元ちょこちょこっと

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第22話

 浦原商店にて、尸魂界から帰還した夜一は浦原と今後の対策を練っていた。百年前より警戒を続けてきたが、遂に藍染惣右介が動き始めたからだ。市丸ギン、東仙要がその下にいるのも無論把握していた。しかし、唯一想定外だったのは——

 

「白鷺菊理……あの時の彼女が。成程、朽木サンが崩玉の隠し場所だとバレていたワケです」

「馬鹿なッ!」

 

 ドン、と机を叩いて動揺を露わにするのは、菊理の師である握菱鉄裁だ。眼鏡の奥の瞳には困惑の色が覗く。眉を寄せて信じられませぬ、と力無く震えた声で呟く。沈痛な面持ちなのは夜一も同じだ。目の前で菊理を見た彼女ですら、未だに信じ切れない。

 菊理の心に悪は無い。それが二人の共通の認識だった。

 

「……お二人に比べ、アタシは白鷺さんのことを何も知りません。精々、大鬼道長レベルの実力者でありながら諸事情により長年副鬼道長である、ってことくらいなんですが。彼女はそんなに信用の置ける人物だったんスか?」

「彼女は優しい娘です。彼女が鬼道衆に入ってからというもの、組織の雰囲気は華やぎ、明るくなりました。少しお調子者なところもありますが、腕は確かで、皆に好かれておりましたから」

 

 熱弁を振るう鉄裁だが、浦原はぽりぽりと頰を掻いて困っている。鉄裁は完全に身内を擁護するつもりでいるようだから、判断の基準にはならない。ちら、と夜一に助けを求める。

 

「儂も鉄裁と同意見じゃ。あやつは好んで悪を為すような、腐った性根はしておらんかった」

 

 夜一の眼は動揺も見られるものの、冷静そのものだった。感情としては菊理を庇いたいだろうが、元刑軍軍団長は伊達ではない。私事と公事を混同しない。

 浦原は二人の意見がひとまず正しいことを理解して、ならばと別の可能性を示す。

 

「操られている可能性は?」

「無いじゃろうな。鏡花水月はあくまで五感を騙す能力。完全催眠と言っても、記憶の改竄や人格操作までは出来ん。それが可能なら、儂らがこうして藍染に敵意を持つことも無い」

「他の方法があったとしても、菊理殿には通じませぬ。彼女は鬼道の扱いに関しては超一流。遅れは取らぬでしょう。……もしや、人質でも取られているのでは」

「いえ、それにしては協力に積極的過ぎます。彼女は自らの意思で行動している」

 

 鉄裁は押し黙る。以前彼女が現世に来た時、彼女と最も話していたのは鉄裁だった。だからこそ、彼女が嫌々やっているのではない、それではあんな演技は出来ないというのを肌で感じてしまっていたのだ。

 白鷺菊理は、自らの意思で藍染の下にいる。

 その事実はほぼ確定的であり、鉄裁は歯を噛み締めた。

 

「……儂らを以って、あやつの本質を見抜けていなかった。そういうことじゃろうな」

「そんな、菊理殿が……」

 

 遣り切れないし遣る瀬無い。無念の余り、鉄裁は眉間を押さえた。

 

「……しかし、参りますね。藍染サンに隊長格二人、破面らに加えて鬼道の達人とは」

「菊理は鬼道による直接火力もさることながら、縛道や特別な術による搦め手を得意とする。歩法の心得もある、厄介な相手じゃ」

「歩法を教えたのは夜一サンじゃないスか」

 

 浦原の顔面に浅黒い拳がめり込んだ。

 

「……とにかく! 敵に着いた以上、容赦などしておれん。下手を打てば儂らが食われるからの。そこのところは承知しておけよ、鉄裁」

「……はい、分かっておりますとも」

 

 そう言いながらも、鉄裁の顔は苦渋に歪んでいるのだった。

 

 

 

 

 一方で虚圏の菊理はと言えば、破面たちの統率に力を入れていた。とはいえ、一番の心配事が杞憂だった菊理は、比較的リラックスした日々を送っている。藍染が引き入れた新参の破面、コヨーテ・スターク。彼を第1十刃に据えようと藍染は提案したのだ。

 元々、第1十刃はバラガンだったが、これでは降格のような形になってしまう。どう宥めたものか頭の痛い思いだったのだが、報告を受けたバラガンは少々眉を寄せたくらいで、反発はなかった。部下たちも騒ぎ立てることはしていない。

 

 妙だと思った菊理が、特に仲の良い十刃であるハリベルに聞いたところ、彼は藍染に与えられた数字自体良く思っていないらしく、今更階位が下がったところで変わらない、とのこと。そういえば彼は一度も自分を第1十刃などと名乗ったことはなく、またいずれ藍染を殺す気でいるという話も聞いたことがある。東仙が聞いたら憤慨しそうな内容ではあったが、菊理は別段気にしてはいなかった。

 いかにバラガンの能力が強大であれ、藍染の力はそれを更に凌ぐものだと予感染みた確信があったからだ。また、もし藍染が敗れたとしても、ギンに被害が及ばなければ、彼女の預かり知らぬところだ。もし、彼がギンに手を出そうと言うのであれば、対処法もある。

 好きにさせておこう。東仙への報告もせずにそう決めた菊理は、改めて問題を起こしそうなメンバーを気に留めておく。

 

 やはり一番の問題はノイトラだろう。ネリエルの次はハリベルに事あるごとに因縁を付けているようだし、菊理にもすれ違う度に殺気を放ってくる。釘を刺しておいたためザエルアポロの協力が得られなくなったから、無闇な手出しはしてこないようだが、いつか爆発しないか心配だ。

 グリムジョーやヤミーも暴れん坊だ。グリムジョーとはそこそこ良い関係を築けているが、東仙は彼を敵視している。更木剣八と同じタイプであるのも一因か。

 後は概ね大人しい部類だろう。ザエルアポロが何をしでかすか分からないところが危ういといえば危ういが。

 

 菊理は新たな第1十刃、スタークの様子を見にいってみることにした。彼の宮は殺風景で、中には女の子がポツンと座っている。

 

「やあ。君はスタークの従属官かい?」

「ん? まあ、みたいなモンだけど……アンタは?」

「私は虚夜宮(ここ)の統括官の一人、白鷺菊理だ。以後よろしく頼むよ」

「ふーん。上司ってことか。あたし、リリネット。よろしくな」

 

 握手しようと菊理が手を出すと、リリネットはちょっと驚いたような様子を見せるも、すぐにその手を取った。手を握りながら、彼女はじっと見つめてくる。居心地が悪くなった菊理は、思わず苦笑いした。

 

「あっ、悪い。いや、藍染サマの言った通りだと思ってさ」

「藍染さんの?」

「うん、良かった。力を分けたお陰かな。あたしたちの近くにいても、アンタ死なないんだな」

 

 不思議なことを言うな、と思いながら、まあね、と適当に流した。本人が納得しているようだし、突っついても仕方のないことだ。

 

「スタークはどこかな? 挨拶に来たんだけど」

「おいおい、アンタあたしたちの上司だろ? 良いのかよ自分からノコノコ挨拶しに来て、嘗められるぞフツー」

「心配してくれてありがとう。けど大丈夫さ、私は普通かそうでないかで言ったら、多分後者だから」

「ほえー、自信満々だな。ま、いっか。スタークは多分昼寝中だ。あのアホ、第1十刃に選ばれた自覚ねえからさ。起こしてくるよ」

 

 ぴょん、とジャンプしてスタークが眠っている場所に向かったリリネット。菊理は立ち尽くしてそちらをぼうっと眺めていたのだが、ドタンバタンゲホゴホと何やら騒がしい。

 やがて涙目の男がリリネットに連れられて出てきた。

 

「ほら、シャキッとしろよなスターク! お客サマだぞ!」

「耳元でギャンギャンうるせーよ、リリネット……」

 

 長めの髪に無精髭、眠そうな目に猫背。やる気の無さそうな男、というのが菊理の第一印象だった。この男が第1十刃とは、大丈夫なのか、とも思わされる。

 

「おいおい、このお嬢ちゃんが上司だってのか」

「そう言ってたんだよ。ホラ、挨拶しろ挨拶」

「わーったよ……この間第1十刃に任命された、コヨーテ・スタークだ。よろしく頼むぜ、お嬢ちゃん」

「ああ、こちらこそよろしく頼むよ、スターク。私は白鷺菊理、統括官の一人。つまり、藍染さんの直属の部下で、君たちの上司という訳だ」

 

 彼は菊理を見定めるように瞳を覗き込むと、ふうむと頷いた。

 

「そうかそうか。よろしく頼むぜ、白鷺統括官殿」

「何か含みがあるような気がしてならないが……まあ良い。それよりスターク、少し虚夜宮の外に出ないかい」

「おっ、何だ、早速新入りに焼きを入れるってヤツか?」

「私はそんな物騒なことをしないよ。ただ、君の能力を聞いたものだから」

 

 ちゃ、と彼女は解放した斬魄刀を彼に見せ付ける。銃のカタチをした星見華は、スタークの目を見開かせた。

 

「同じ銃使い同士、切磋琢磨するというのも悪くはないと思わないか」

 

 

 

 

 菊理は適当な岩の上に、コカ・コーラやオレンジジュースの缶を幾つか載せる。

 

「的か?」

「ああ。現世の一部の地域では、ああして立てた缶を狙って拳銃の訓練をするものらしいよ」

 

 現世に赴いた際に見たテレビの影響である。テンガロンハットまで被ってガンマン気分の菊理は、指で星見華をくるくる回してみせていた。既に解放状態であるスターク、銃となったリリネットは少々呆れ気味だ。一方で等間隔に的を並べた菊理は満足そうにしている。

 

「君はもう銃の扱いには慣れたかな?」

「解放状態ってのは刀に封じ込めた能力を使ってるだけだからな。まあ俺は刀じゃなくてリリネットとチカラを分けたんだが……その本質は変わらねえ。心配要らねえよ」

「へえ、便利だね。私はかなり練習したよ、銃は。特に、西部劇っていうのかな? あのテの映画に嵌っていた時期は、よくこれを練習したものさ」

 

 菊理が銃に手を掛けた直後、岩の上の缶が一つ消し飛んだ。一瞬で銃を抜き、正確に狙いを定め缶を射抜いたその腕前は、スタークを以ってしても驚嘆に値した。

 

「クイックドロウってやつだよ。刀でいうと居合斬りになるのかな。結構、サマになってるだろう?」

「驚いたな、銃を抜いた瞬間が見えなかったぜ」

「随分練習したからね」

 

 菊理は得意気に笑う。普通に取り回す分にはスタークにも覚えはあったが、こうした細かい技能では一歩劣るだろう、と彼は冷静に分析する。しかし、彼の解放状態の真価は『虚閃の無限発射』と『魂を別つ能力』だ。彼は狙い定めると、銃口から連射された虚閃で全ての缶を消し飛ばした。

 

「やるね」

「このくらいはな。でもさっきのは出来そうにない」

「あれはかなり練習したよ。二十年くらい掛かったかなあ。良かったら映画を貸そうか」

「いんや、良いよ。見るための機械も持ってないしな」

『えー、テレビとかプレイヤーくらい愛染サマに言えば良いじゃん! 観ようぜスターク!』

「ワガママ言うな」

 

 なんだとー! と怒ったリリネットがスタークにギャイギャイと騒ぎ立てるのを見ながら、菊理は言葉を失っていた。それもそのはず、彼女は今元の愛らしい少女でなく、スタークの握る銃になっているのだから。

 解放状態というものには、色々と驚かされるばかりだ。

 

「別に、藍染さんはそれくらいで我儘だと思ったりはしないと思うよ。ドンドン要望は言った方が良い。君は第1十刃なのだから、どんと構えておきたまえ」

「つっても、十刃の数字は0から10なんだろ。なら俺はナンバー2なんじゃねえのか」

「今の第0はヤミーだ。彼は普段第十十刃、君より九つも位が下なんだよ」

 

 まあ、十刃の位は『殺戮能力』順なので、必ずしもそれが実力通りとは言えないのだが。それはここで言うことではない、と菊理は口を噤んだ。

 吹き飛んだものの代わりの缶をまた立てて、それを撃つ。距離を離してみたり、移動しながら撃ってみたり、色々と試しながらの訓練。スタークも菊理も、一発も外すことはない。

 

「なんだ、外さないなあ。折角銃技の後輩が出来たと思ったのに」

「残念だったな、目論見が外れて」

「構わないさ。寧ろ嬉しいよ、銃に関して相談出来る相手は今までいなかったからね。君も何か困ったことがあれば私に言うと良い」

「ありがとよ、お嬢ちゃん」

「お嬢ちゃんはやめてくれ。そんな歳じゃないよ」

「そりゃ分かっちゃいるが、アンタの見た目だと俺からしたらお嬢ちゃんなんだよ」

 

 菊理はむう、と自らの姿を省みる。西部ガンマン風のコスプレ衣装をした彼女は、長い赤の長髪を虚圏の砂風に靡かせている。背はそれなりに高いがその顔は童顔で、美女というには少女感が抜け切っていない節がある。顔以外にも勿論原因はあるだろう。その原因というのは、スタークの視線が物語っている。

 

「————あ゛?」

「……いや、悪かった」

 

 今までにない程ドスの効いた声に、スタークも思わず謝罪してしまう。

 

「確かにハリベルのやつなんかと比べりゃアレだが、ほら、リリネットよりは、な?」

『誰とどこを比べてんだ、このエロスターク! てめえヒト型に戻ったら覚えてろよ!』

 

 ギャーギャーとまたリリネットの口撃が始まる。うるせえうるせえとばかりに耳を穿るスタークは、菊理がしょんぼりと自らの胸に触れているのを見て罪悪感に満たされた。

 

「やっぱり胸か。女は胸なのか。だから乱菊ばっかり……チクショウ!」

「何だかよく分からんが、すまんかった」

「見てろ、今度会う時にはバインバインになっててやる! 覚えてろ!」

「いや、それは無理なんじゃ……行っちまった」

 

 菊理の姿が搔き消える。瞬歩で何処かへ向かったらしい。霊圧を辿ると、ハリベルの宮に向かったようで、ああ巨乳の彼女にアドバイスを求めに行ったのだな、と悲しい気持ちになるスタークだった。

 

『アンタ最低だな、スターク』

「……返す言葉もねえ」

 

 ついでにパートナーからも非難された。

 

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