蛇にゾッコン。   作:元ちょこちょこっと

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第24話

「ええ、グリムジョーが独断先行!?」

 

 菊理はあちゃー、と額を押さえた。東仙がお怒りなのが手に取るように分かるのだ。元々水と油だった関係だが、この手の組織の規律を乱すような行いを、東仙は最も嫌う。

 つい先ほどまで現世で暴れ回っていたらしく、危うく黒崎一護を殺すところまで行きそうだったようだ。研究対象を潰したとあっては、藍染も不服だろう。それに、彼の従属官である破面たちも失い、処罰として東仙が右腕を落としてしまったという話だ。

 

「酷いやろ。藍染隊長、部下で遊びはって」

「可哀想に。グリムジョーも、上司の気分で腕を落とされていたらたまったものじゃあないだろうね。どれ、後で少し話しに行くかな」

 

 腕を失くして力を落とした彼は、第6十刃の座を降ろされた。代わりに入ったのは、ルピという破面。実力は大したことはなく、殺傷能力も六番に入る程強い訳ではないが、この決戦間近の時期に一々十刃たちの位階を替えていたのでは面倒極まるので、仮の地位として空位を与えたに過ぎないのだが、本人は随分良い気になっているとのこと。

 面白い子やろ、とギンは笑う。菊理はルピが好きではなかったが、ギンは彼を気に入っているようだ。

 

「まあ、次の計画に支障は出なさそうだし、仕方ないんじゃないかな。グリムジョーが戦力にならないのは多少痛手だけどね」

「菊理、空間回帰で治せへんの?」

「アレは簡単に治しているように見えるが、その実かなりシビアな術でね。自分の腕でもかなり苦労するし、他人の失くした腕なんかとてもじゃないが治せないよ」

「自分の腕なら治せるんや?」

「相当時間を掛けて、かつ落ち着いて集中出来る環境ならね。多少の怪我ならすぐ治せるんだが、四肢の欠損レベルになると難易度は跳ね上がる」

 

 だからこそ、井上織姫の能力には藍染も注目した。彼女もそれなりの霊力を食ってはいるようだが、それでも茶渡泰虎の腕を治したのは見事という他ない。だからこそ、誘拐計画が組まれた訳だが。

 

「よく考えるね、藍染さんは。井上織姫の能力は脅威だ。それが此方の手に堕ちたとあれば、尸魂界側は守備に回らざるを得ない。その隙に重霊地を王鍵に変える、か」

 

 加えて、井上が拐われたとあれば、尸魂界側の戦力となり得る一護たち旅禍は虚圏に乗り込んでくるだろう。更に上手くいけば、先遣隊メンバーも助太刀に来る可能性もある。そうなれば、虚圏に一定の戦力を釘付けにすることも可能だ。

 敵の大将、山本重國の性格をよく考えた良い一手だと、菊理も感心する。無いだろうことではあるが、もし織姫が協力的なら、さらなる戦力ともなろう。

 

「グリムジョーの報告によると、尸魂界は現世に先遣隊を送ったらしい。メンバーの選別が必要だね。……ギン、君も引率で行ったらどうだい?」

「なんや、えらい唐突な提案やね。引率なんて必要やろか?」

「破面たちは割と勝手な行動が多いから、誰かが引率すべきかな、と思って」

「それならボクじゃなくても、東仙サンで良えんと違う?」

「彼はほら、熱くなり過ぎるきらいがあるからさ」

 

 言い訳がましく言うが、実際のところ菊理のこの提案は、ギンの気落ちに起因している。最近、彼はどうも調子が悪そうだが、その原因に長らく乱菊と触れていないことにあるのではと気付いたのだ。悲しいが、菊理は痛いほど気持ちが分かった。ギンと離ればなれになったら、と考えると胸が張り裂けそうに痛い。

 もし彼がこの苦痛に苛まれているとすれば、先遣隊に選ばれた乱菊と接触することで幾分マシになるのではないか、という思い遣りからの提案。恋の駆け引き的に言うと、敵に塩を送ってしまうことになるのだが、菊理にとってはギンが苦しんでいる、そのことが何より堪え難い。

 加えて——菊理は、裏切りの際に胸に抱いた決意を思い出す。ギンか、そうでもなければ自分が出なくてはならない。

 

「そうか、君が行く気が起きないなら、私が行ってくるよ。虚圏は退屈だし、久々に外に出たい」

 

 そんなこんなで藍染に引率を申し出ると、彼は快くオーケーしてくれた。ついでに、メンバーの選抜は任せるという話だ。ウルキオラは既に決まっているが、後の面子はどうするか、顎に手をやり考えていると、ヤミーがドシンドシンと大きな足音を立てて歩いてくる。

 

「よぉ白鷺」

「やあヤミー。一応、誰が通るかもしれない通路なんだ。白鷺統括官で頼むよ。それはそうと、随分怖い顔だ。穏やかじゃないね。どうかしたかい」

「へいへい、っと。用件は一つだ。俺を現世に連れてけ」

「……構わないけど、理由は?」

 

 前回酷い目にあったから、その報復とかそんな辺りだろうと見る菊理は、一応聞いてみた。

 

「決まってんだろ。この間俺を虚仮にした連中を、一人残らずブチ殺しに行くんだよ。黒崎一護、浦原喜助、四楓院夜一。こいつらは俺が潰す」

 

 予想通りの回答に溜め息を吐きたい思いだが、まあ程々に暴れさせてやるか、と了承する。解放はしないことを条件に挙げると難しい顔をしたが、まあいいだろうと条件を呑んだ。

 

「あとは誰を連れてくんだ?」

「ウルキオラを織姫ちゃんの誘拐犯に決めてあって、あとは特に決めてないかなあ」

「俺一人で十分だろ」

「君の実力は買うが、相手は隊長格含めて複数人いるんだよ。解放してない状態じゃあ、いくら君でも厳しいと思うね。ウルキオラにも言われたろう?」

「けっ、ウルキオラウルキオラとうるせえな。あのヤロー、新顔の癖に生意気で気に食わねえ」

 

 と言いつつも、二人はなんだかんだ共に行動することが多い。馬が合うのかなんなのか。

 

「現世に因縁、と言えば……グリムジョーかな」

「おいおい正気か? 腕斬られて力半減してるあいつなんて、足手纏いだろうが」

「別にそれでも構わないさ。今回の私たちの役目は陽動なんだから」

 

 グリムジョーの下に赴くと、彼は十刃を降格された上に腕を落とされたストレスで荒れているようで、殺気のこもった視線を向けてきた。

 

「白鷺か。何の用だ」

「災難だったね、グリムジョー。藍染さんも酷い上司だ。君と東仙さんが水と油だってことは、分かり切ってたはずなのに」

「そんなことを言うために来たのか? だったら失せろ、目障りだ」

 

 上官への物言いじゃないな、と菊理は苦笑いする。けれど、今の彼の状態を鑑みれば、まあ仕方ないことだろう。

 肩を竦めながら、彼の隣に座る。おい、と声を荒げるグリムジョーの肩を叩く。

 

「もし苛立ちを持て余しているようなら、私と一緒に来ないか」

「ああ? どこにだよ」

「ちょっとした仕事でね。藍染さんの許可も得ている。君を現世に連れて行ってやるよ」

「……ヘッ、やっぱアンタ、俺の扱いが分かってるじゃねえか」

 

 やはり彼も暴れたかったらしい。今回の仕事が上手くいけば彼の腕も治るはずだが、そのことは伏せておく。張り切り過ぎて変な動きをされても困るからだ。

 

「後は……ん?」

 

 加えて一人か二人くらい誘おうと考えていると、ふと裾を掴まれる。そちらを振り向けば、そばかすの特徴的な猫背の男の子が、うーと唸りながらこちらを見上げている。ワンダーワイス・マルジュラ。ついこの間藍染に生み出された、改造破面だ。言語能力がなく、何を考えているのかはよく分からないが菊理や東仙には懐いているようだった。菊理も彼のことは好きだが、ギンが苦手だというところは見る目がないと思う。

 よしよしと頭を撫でてやる。彼もどうやら同行したいらしい。生まれたても同然なので、外の世界を見せてやるのも良いだろう。彼を失ったら相当怒られるだろうが、今の戦力に十刃の一人でも追加してやれば問題は無かろう。

 

 しかし、厄介なことに道中でルピに見つかってしまい、彼も現世に着いてくることになった。菊理としてはグリムジョーもいることだし別の十刃、たとえばハリベル辺りを呼びたかったのだが、まあ仕方ない。この面子で現世に侵攻することを決める。

 

 自宮の一部屋を会議室として使用し、目の前に座る五人の破面たちに説明を始める。

 

「まず前提として、今回の仕事はある人物を拐ってくることだ。その役目だが、これはウルキオラに一任するよ。ターゲットは以前話した通りだ。良いね」

「はい」

「ウルキオラ一人に任せといて良いのか? 何なら、俺様も着いていってやろうか」

「余計な口出しをするな、ヤミー。今回のターゲットに戦闘能力は無い。お前がいると話が拗れるだけだ」

「へいへい」

 

 なんだかんだ、ヤミーはウルキオラを思い遣っているような気がする菊理だったが、一先ずそれを置いて説明を続ける。

 

「で、私含む残り全員は陽動! ウルキオラの作戦実行中、邪魔が入らないように現世にいる黒崎一護の一派、尸魂界の先遣隊、浦原喜助らを足止めすること」

「へー、楽しそうだ。殺しちゃってもいいんでしょ?」

「基本的にはオッケーだよ。ただ、私が止める場合もある」

「何それ。友達でもいるの?」

「ま、そんなところかな」

「ふーん。尸魂界を裏切っといて、よく言えるよね」

 

 ルピは頬杖を突きながら、小馬鹿にしたような態度で言ってくる。これには流石の菊理もカチンときたが、この程度で怒っていたら彼の思う壺だろう。彼の発言は流して、敵戦力について幾らか説明したくらいで会議を終わらせ、早速黒腔を開く。

 

「現世の連中の大半は、恐らく大したものじゃない。気を付けるべきは隊長レベルの実力者……浦原喜助、日番谷冬獅郎、黒崎一護、握菱鉄裁、四楓院夜一。このくらいかな。彼らとの一対一での戦闘は推奨しない。……まあ、どうするかは各自に任せるけどね。任務は一ヶ月後に開始される。それまで待機していてくれ」

 

 

 

 

 そして、その一ヶ月後、作戦実行日。黒腔を出た先は空座町の山の上。前回ウルキオラとヤミーが現世に現れたその付近である。すぐ近くに霊圧を感じる。下を見ると、日番谷先遣隊の面々が臨戦態勢で構えていた。

 

「アレが6番さんが言ってた『尸魂界からの援軍』かぁ、案外弱そうだね?」

 

 ね、とわざとらしくグリムジョーに話を振った彼は、あ、ごめーん、と小憎たらしい口調でグリムジョーを煽る。

 

「元6番さんだっけ」

「ちっ。あの中にはいねえよ、俺の殺してえヤローはな」

 

 日番谷たちを睨め付け、自らの獲物が居ないことを悟ったのか。ビュッ、と風切り音を残して、転響でグリムジョーが姿を消す。

 

「グリムジョーの野郎、勝手なことしやがって」

「やれやれ、単独行動か。ま、放っておいても良いだろう。簡単にはやられないだろうし」

「うわ、それ引率の発言?」

「仕事さえしてくれれば良いよ。一護君が居ないようだし、多分そっちの相手をしに行ったんだろう。織姫ちゃんがフリーになるならなんでもいいさ」

「じゃあ俺も浦原喜助か四楓院夜一を探しに……」

「それはダメ。これ以上こちらの戦力を分散したくはないからね」

 

 ヤミーは不満顔である。君のターゲットが来たら優先して回してあげるよ、と促すとスエルテ、と彼の口癖を零した。単純な男だ。その分扱い易いのは助かるが。

 ヤミーは日番谷冬獅郎と、そしてルピには十一番隊の斑目一角、綾瀬川弓親が。ワンダーワイスは小鳥を眺めてぼへっとしている。菊理のところへ来たのは——

 

「やあ、乱菊。この間ぶり」

「菊理……!」

 

 複雑な表情を浮かべる乱菊に対し、菊理はまるで気負いが無い。いつもの日常のように、親愛の笑みで彼女を迎える。

 まるで緊張感を持っていない。当然だ。菊理にとって、乱菊は恋敵としては途方もない強敵ではあっても、戦闘においては敵ではないのだ。斬魄刀『灰猫』のネタも割れている。

 

「元気にしていたかい。私は元気だったが退屈していたな。私たちのアジトって結構何もなくてね、花を植えて育てたり裁縫をするくらいしか娯楽がなかったものだから。私はそれで楽しめてるけど、男性連中は普段何しているのか気になるところだよね。暇じゃないのかな……そうだ、君たちを倒した後、ついでにトランプでも買って行こうかな。特に破面たちは現世の娯楽に疎いようだし、とても喜び——おっと」

「唸れ、『灰猫』!」

 

 灰状になった刃の群れが菊理に襲いかかる。それに触れれば切り刻まれると知っている菊理は、下がって灰から逃れる。大したスピードは出ていないので、余裕を持って。

 

「菊理、どうして尸魂界を裏切ったの……」

「その質問は前もされたよ。言ったはずだ、理由は君には分からない」

 

 ギリ、と彼女は歯を食いしばる。灰猫を持つ手が震えている。

 

「アタシ、アンタとは親友だと思ってたわ」

「奇遇だね、私もさ。いや、語弊があるな。私は今も、君は気の置けない友達だと思っているよ」

「……なら、裏切ることなんてなかったじゃない!」

 

 灰が菊理の周囲を渦巻き、逃げ場を奪う。徐々に間隔は狭まっていき、灰の刃が迫ってくる。しかし、菊理は顔色一つも変えてはいない。彼女は片腕を上げ、霊力を込める。

 

「破道の三十三『蒼火墜』」

 

 詠唱破棄。言霊の詠唱を無視し、威力よりも初速を重視したその技は、灰の壁を容易く打ち破って菊理が脱するに十分な穴をあけた。瞬歩で即座に突破し、改めて菊理は乱菊に視線を戻す。彼女は興奮した様子で、更に捲したてる。

 

「私を親友と思ってくれているなら! 私と戦うことになるって知っているのに、そっちに着くことないじゃない!」

「…………君と戦うことに忌避感がない、とは言えないよ。ああ、確かにその通りだ。それに関しては。だけど」

 

 菊理はジャキ、と星見華を解放し、その銃口を乱菊に向ける。

 

「私には何より大切なことがある。それを果たすためなら、私は全てを捨てる覚悟がある。私の感情、誇り、尊厳、果ては命さえ、それの前には瑣末なものだ。君にはあるかい、乱菊。命に代えても果たしたい願いは」

「私は……ッ」

 

 乱菊は口を噤む。そうか、と彼女が答える前に、菊理は動いた。

 

「縛道の六十三『鎖条鎖縛』」

「くっ!」

 

 銃口から放たれた鎖を瞬歩でなんとか躱す。しかし、菊理が余裕の態度を崩さないのに対し、乱菊は彼女の攻撃を躱すので精一杯。縦横無尽に飛び交う縛道の鎖は、乱菊を着実に追い詰めていく。始解の時点で力の差があり過ぎる。

 

(いつの間に、こんな——!)

 

 霊術院時代の記憶は鮮烈に残っている。当時の菊理は確かに鬼道の才能が飛び抜けていたが、ここまで手も足も出ないなんてことは無かったはずだ。鬼道衆に引き抜かれるまでは、斬術の分で乱菊の方が成績が上だったくらいだ。しかし、今の菊理を前に斬術勝負に持ち込める者など、極めて稀だろう。少なくとも、乱菊にその技能は無かった。

 遂に鎖に追いつかれそうになった乱菊は、灰猫で鎖を打ち払いようやく逃げ切る。

 

「へえ……逃げ切ったか。でも、もうへばったみたいだね」

「誰が!」

 

 灰状の刀身が菊理に殺到する。しかし、菊理の鬼道にまたも散らされ、彼女の斬魄刀はその真価を発揮できない。

 

「無理だ、諦めなよ乱菊。残念だけど、副隊長に甘んじてきた君じゃあ、()()で私に敵うはずないんだよ」

「アンタ、知ってるでしょ。アタシ、意外にしつこいのよ」

「……そうだったね」

 

 既に汗を掻いている乱菊だったが、にやりと笑みを見せる。それが強がりだとは分かっていたが、同時に彼女の心根が非常に強く、それが顔に表れているものだとも知れる。このまま粘れば、菊理の霊力も果てる時がくる、あるいは星見華の突破口を見つけられると、そんな心持ちだろうか。

 

「良いだろう」

 

 だとしたら、甘い。

 

「よく分かったよ。私も随分日和っていたみたいだ」

「……何の話?」

「君を縛ってしまえば事足りる、とそう考えていたんだけどね。君はどうやら、星見華を攻略すれば私を倒せると考えているらしい」

「違うっていうのかしら」

「ああ。大きな間違いだ。間違いだった。私のミスだ。たとえそれが僅かでも、希望が見えればそれに縋るよね」

 

 菊理の霊圧が上昇していく。じわじわと、溢れるように。

 

「なら、完膚なきまでに見せてあげるよ。私と君の、力の差ってヤツをさ」

 

 そして、菊理はそれを口にした。

 

 

 

 

「————————卍解」

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