蛇にゾッコン。 作:元ちょこちょこっと
退屈だなあ、とルピは溜め息を吐きたい気分だった。自分の相手は隊長でも、副隊長でもない一般隊士。『藤孔雀』という斬魄刀の解放はできるようだが、それだけだ。彼の実力は、遠くルピには及んでいない。埋め合わせとはいえ、第六十刃を任されているルピにとって、とてもつまらない戦闘だった。帰刃せずとも、既に相手はボロボロだ。
近くで仲間がやられているというのに、ハゲの男は加勢に来ようともしない。二対一なら、まだ楽しめそうなものなのに。一体何が彼らをそんな無謀な行為に走らせるのか。
誇り? 矜持? 歪んだ友情?
どれも理解に苦しむ。
(あーあ、面倒くさ。もう、僕の解放で纏めて相手してあげたほうが良いんじゃないかな)
ヤミーの相手は隊長ということもあって、中々強そうだ。遊び相手をみんな総取りしてやろう、と画策した彼だったが、仲間たちに呼びかけようとした瞬間、ゾッと鳥肌を立てる。
霊圧の上昇を感じ取った彼は、その発生源を探し、すぐにそれが菊理であることを感知した。
「まさか、白鷺統括官……!?」
ルピは、彼女の実力を知らない。藍染ら虚夜宮の死神たちは、皆尸魂界では隊長で、特に藍染は圧倒的な霊力を持っていることは周知されている。しかし、菊理はどうだ。元副鬼道長というが、鬼道衆の存在すら知らない破面たちは、彼女の実力を測りかねていた。
一部の破面、グリムジョーやノイトラなどは実際に交戦し、彼女の力量を把握しているが、それもマイノリティ。藍染の部下というだけで、面従腹背といった風な輩も少なくはない。ルピもまた、菊理のことをナメている口だった。
しかし。今感じるこの霊圧は、明らかに隊長レベルを超えている————!
(……白鷺統括官の邪魔はしない方が良さそうだな)
流石のルピでも、これ程近くで見せつけられれば霊力の多寡くらいは計れる。彼女は、自分よりも強い。嘗めていた相手が自分より上だという事実は彼を苛立たせ、解放に踏み切らせた。
「ヤミー、君の敵も頂戴。面倒だし、僕の解放で纏めて相手してあげる」
◆
「鬼道衆のことはどれだけ知っているかな、乱菊?」
唐突な問いかけ。菊理の真意が読めなかった乱菊は口を噤んだ。鬼道衆のことは勿論知っている。護廷隊のサポートを行うことも多い。現場に結界を張ったり、あるいは戦闘に出て直接鬼道を撃ったりする場合もある。そして何より警戒すべきは、鬼道とそれに類する術を研究しているという点だ。
護廷隊にも伝えられている攻撃用の破道、支援・防御・捕縛用の縛道。それ以外にも数多の術が存在する。それを扱うのが鬼道衆であるが、菊理が話すのはそういった鬼道衆の長所ではなく、むしろ欠けたところだった。
「鬼道衆の皆は斬魄刀を好まないんだ。理由は様々。刃物が怖かったり、剣術が下手糞だったり、取り上げられていたり……でも一番多い理由はなんだと思う?」
「……解放まで漕ぎ着けなかったから、かしら」
「正解だ」
菊理は嬉しそうに笑う。昔の、霊術院の頃を思い出したからだ。あの頃もこうして、乱菊は身勝手な自分によく付き合ってくれた。
「鬼道衆に、斬魄刀の解放ができる者は殆どいない。当然さ。始解ができるレベルにあるなら、一番人気の護廷十三隊に入りたいと思うのが人情ってやつだ。けど、彼らはそれが叶わない。だから鬼道衆に入った。勿論、好きで鬼道を極めようとする者も多いけどね」
「……何が言いたいわけ?」
「ああ済まない。話が逸れたね。そんな鬼道衆だから、始解のその先まで辿り着けた者は、長い歴史の中で一人としていなかった、と言われている。でもね、事実は違う。一人だけいたんだ。鬼道を極めながら、更に卍解を会得した者がね」
「………………!」
「見せてあげよう。人に見せるのは君で二人目だ」
一人目が誰かは言うまでもないことだろう。菊理の霊圧が爆発的に上昇する。
「卍解——
その名を告げた瞬間、菊理の周囲に八つの鏡が現れた。華美な装飾の為された、八角形の大きな鏡だ。直径は菊理の身長程もある。それがフワフワと彼女の周囲を漂っている。
その姿もそうだが、乱菊を戦慄させたのはそれが卍解であるという事実そのものだ。
卍解。それを扱えるまでになるには、才ある者でも最低十年以上の時を必要とすると言われる、斬魄刀戦闘における最高技術。それを発現した者は、一人の例外も無く尸魂界の歴史に名を刻まれる。
乱菊が未だに手を掛けれていない領域。そこに立ち入った菊理の霊圧は、もはや乱菊とは隔絶している。
「もう避けることは出来ないよ」
ハッ、と現実に引き戻される。菊理が銃口を乱菊に向ける。卍解しても、斬魄刀本体が拳銃形態であることは変わらないらしい。
「破道の四『白雷』」
使い勝手の良い低級鬼道、白雷。レーザーのような霊力弾であるそれは、銃口より真っ直ぐに飛んでくる。乱菊はすぐさま射線から外れ、回避を試みるも——
「うっ!」
背後から足を撃ち抜かれ、その場でよろける。馬鹿な、と背後を振り返れば、そこには先程出現した鏡が一枚、陽の光を反射して煌めいている。鏡。反射。すぐさま、乱菊は菊理の卍解の能力を理解する。これは、鬼道を反射する鏡なのだと。
「中々シンプルで分かり易い卍解だろう。君の想定通りさ。私の鬼道を反射させて、背後から君を狙っただけのこと。この鏡で包囲すれば、君に逃れる術は無くなる」
「…………っ、思ったよりもチャチな卍解じゃない」
「ははっ、流石乱菊だ。でも、そのチャチな卍解に倒されるのは君なんだよ」
菊理が乱菊の眉間に星見華を向けたその瞬間、殺気を感じた彼女は瞬歩で後退する。飛び退いた菊理のいた丁度そこを、乱菊との壁を作るかのように巨大な霊力のカタマリが通過する。この鬼道は、飛竜撃賊震天雷炮——菊理は知っていた。この鬼道の使い手を。
「菊理殿……!」
「これはこれは。お久しぶりです、鉄裁さん」
苦渋の顔の鉄裁に対し、菊理の態度は砕けたものだった。旧友に会ったかのように朗らかで、敵であるということも忘れてしまいそうな程だ。
「本当に……貴女だったのですね。この目で見るまでは信じまいと、信じてなるまいと思ったのですが」
「それについては、すみません。確かに、裏切り者の一人は私です。藍染惣右介の部下にして、破面統括官が一、白鷺菊理。それが今の私の肩書きです」
「……一体いつから」
ああ、なんて優しい人なのだろう、と菊理は鉄裁の縋るような、絞り出したようなか細い声に心を痛める。彼はまだ信じたいのだ。その目で確かめてなお、かつて笑い合った日々こそが真実だと思いたいのだ。
菊理にとっても、あの日々は確かに彼女の糧になっているし、美しい思い出の一つとして心の中に飾ってある。しかし、いくら思い出を積み重ねようとも、心の天秤は揺るがない。
「…………私が藍染さんの下に就いたのは、私が
鉄裁が欲しがっている答えを遠回しに、しかし明確に示す。彼女が鬼道衆で三番手だった時期というのは即ち、上に右昭田鉢玄、そして——握菱鉄裁がいた時期に他ならない。
明確な裏切り。彼女は陥れたのだ。鉄裁を、浦原を、そして現仮面の軍勢たちを。
「そう、ですか」
表面上はただただ悲しそうに。心では慟哭を。鉄裁は遣る瀬無い思いで立ち尽くす。最早、菊理は敵だ。倒さねばならぬ邪悪だ。
「ならばせめて、私が貴女を倒します。それが、私に出来る唯一の償いだ」
「やめておいた方が良いです、鉄裁さん。アナタでは私には勝てない。絶対にね。そこの乱菊と組んだとしても同じことです」
乱菊も、鉄裁との会話をあえて妨げずに体力を回復させる強かさを見せる。足を撃ち抜かれているから機動力に影が落ちるといえど、戦闘不能とまではいかないだろう。
「貴女の師は誰だったか、忘れたとは言いますまい」
「ええ。私に鬼道を教えてくれたのは鉄裁さんです。だからこそ言えるんです。アナタでは私に勝てないと」
両者が睨み合う。先に動いたのは、菊理だった。当然だ。鬼道使い同士の戦いで重要なのは詠唱。相手よりも早く、そしてより強い術を放った者が勝つ。本来なら相手に詠唱させないために、発動の早い小技で攻めるのが定石。しかし、菊理の星見華はその常識をひっくり返す。彼女の言霊は、既にその銃弾に込められているのだから。
引き金を絞る。撃鉄が落ちる。弾が撃ち出され、鬼道を発動させる!
放たれたのは『双連蒼火堕』。凄まじいまでの火力が鉄裁に襲いかかる。対し彼は両手を合わせ、鬼道を発動する。
「『断空三重』」
詠唱破棄した断空を三枚重ねで張る。一枚を容易く割った菊理の鬼道は、二枚目に大きな皹を入れてどうにか突破、三枚目の断空には完璧に防がれた。
「流石ですね。断空を三枚同時に張るのもそうですが、何より私の鬼道の威力を見極め、かつ自分の断空何枚で防げれるか……それを瞬間的に見切るなんて、大したものです。元大鬼道長、それに私の師だけのことはあります」
「…………」
パチパチ、と手を叩いて賞賛の意を示す菊理は余裕の態度だ。一方鉄裁の方は、額に滲む汗からその焦燥が見て取れる。本来、断空は八十九番以下の鬼道を完全に封殺する防御だ。もっとも、実力が近しい場合、という注釈が入るが。例えば、一般隊士が断空を覚えて使った場合でも、隊長格の鬼道を防げるかと言えば否であるように。
星見華——話に聞いてはいたが、これ程の攻撃力を持っているとは。あの銃によって、菊理の鬼道は何倍にも強力になっている。
(なんと巨大な霊圧だ……ともすれば、あの藍染にも匹敵しかねませんな)
しかし、ここで退く訳にはいかない。
鉄裁はパン、と両手を合わせて霊圧を込める。その動作に菊理も目を見開く。次の瞬間には、鉄裁の姿は搔き消え、いつの間にか菊理の真後ろに移動していた。
瞬歩ではない。霊圧知覚を完璧にすり抜けて移動したその手段は、超高等術式にして禁術の一つ——空間転移だ。
油断。そう、今や彼らはお尋ね者。禁術の行使に些かの躊躇いも持つはずがない。星見華の銃口を構えようとするが、それよりも鉄裁の一手が速い。
「縛道の九十九『禁』!」
「くっ!」
黒い帯に全身をぐるぐる巻きに縛られて、菊理の動きが封じられる。最高の縛道。解くのは容易ではない。一気に霊力を爆発させて消し飛ばすか、あるいは反鬼相殺で霧消させるか——しかし、どちらにしてもそんな暇を与える鉄裁ではない。彼は続けて印を結び、『禁』を更に進化させる。
「縛道の九十九、第二番『卍禁』!」
「この技は……ッ!」
初曲・
「うっ!」
「…………覚悟! 終曲『卍禁太封』!!!」
かつて一護の死神覚醒時にも使用した鬼道だが、その時と比べて威力が桁外れに大きい。鉄裁も全力を出したからだ。そう、果てしなく強大な威力の鬼道だった。なのに——
「なのに、それを受けて
ぶちぶち、と初曲・弍曲で付けられた針と包帯を取り払いながら、半身に大きなダメージを受け、息を荒げる
無傷。菊理は先程の攻撃で、一切の傷も負ってはいない。どころか、攻撃した鉄裁の方が虫の息だ。
「まさか、その鏡が——」
「ええ。反射できるのは私の鬼道だけではありません。鉄裁さん、貴方の攻撃を
菊理を守るように、一かたまりとなっていた鏡はまた六つに分裂し、彼女の周りをくるくると回転しながら浮遊する。鉄裁は、鏡に跳ね返された自らの鬼道でダメージを負ったのだ。
「だから言ったでしょう。貴方では、絶対に勝てないと。私の鏡は全ての攻撃を弾き返す、最強の盾でもあるのです」
「くっ……しかし、完璧に跳ね返せる、という訳ではないようですな。だとしたら、私がこうして生きているはずがない。それだけの威力でした、あの卍禁太封は」
「いえ、完璧に返しましたとも。貴方が死んでいないのは、私を殺すのを躊躇ったからです。最後、わざと少し軌道を逸らしたでしょう」
押し黙る。確かに、鉄裁は先の一撃を真正面から叩き込むことに忌避感を覚えていたからだ。外したつもりはなかったが、無意識下でそうしていたのだろう。今回はそれが功を奏したのだが。
「お優しいですね、鉄裁さんは。でも、私はそうではありません。さあ、次は何重の断空で防げるのでしょうね」
菊理が、鬼道の詠唱を始める。それが九十九番のものだと瞬時に理解した鉄裁は、断空に加えて防御用の結界を幾重にも重ね、衝撃に備える。しかし——
「灰猫ッ!」
灰の刃が菊理に襲いかかり、詠唱を中断させる。
「流石副隊長だけある。援護の仕方も上手いね。けど、それだけだ。君も、鉄裁さんも、最早私の敵じゃあない。さあそろそろ……ルピ?」
菊理が舌を回す最中見たのは、日番谷によって氷漬けにされ、明らかに戦闘不能に陥ったルピの姿だった。
——だから、あんなのを十刃に加えるべきじゃなかったんだ。
数合わせの埋め合わせとはいえ、人材は選ぶべきである。ヤミーは鉄裁と共に到着したらしい浦原喜助に手を焼いている。三人がこちらに加勢にくると……まあ、問題はないのだが。
(虚化すれば、隊長格が一人、席官が数人増えたところで変わらない。奥の手もあることだし)
どこから手を掛けるか、そんな風に思案していたところで、タイムリミットを知らせる光条が天より差す。反膜。かつて隊長格に囲まれた時もこの光で逃げ果せたのを思い出す。
これが今、このタイミングで来たということは、ウルキオラが織姫の奪還に成功したということに他ならない。
「残念、時間切れか。これから全員倒すところだったのに……いや、こういう時は残念じゃなくて、こういうべきかな。——命拾いしたな、諸君」
「反膜……!」
「最後に、忠告しておくよ。乱菊、鉄裁さん、それに先遣隊の皆さんも。貴方たちでは藍染さんには勝てない。幸い彼の目的は王鍵を創り出すことだ。邪魔をしなければ殺されることもないだろう。逃げた方がいいよ。あんなバケモノ、相手にするだけ損だ」
「……白鷺。お前なら分かると思ってたんだがな」
彼女の忠告に対し、軒並み目付きを鋭くしていた先遣隊の中でいの一番に反論したのは、リーダーの日番谷だった。彼は裏切る前の彼女との会話を思い出し、自然とそう口に出していた。
「……何?」
「確かに、奴はとんでもない強さを持っている。俺は卍解しても、一息で奴に倒された」
その報告は、菊理も受けていた。日番谷冬獅郎はかつて藍染と見えた際、卍解したその瞬間に斬り伏せられている。圧倒的な実力差は、彼も知るところだろうが。
「だがな。俺は藍染を斬る。たとえ尸魂界が降伏したとしても、俺は奴を倒す。それで俺が今の地位を失うことになってもだ」
語る彼の目は、何よりその覚悟が本物であることを示している。菊理はその目を知っていた。そうだ、彼のこの目は、自分によく似ている。
「全てを懸ける覚悟がある。お前にも、覚えがあるだろう。白鷺」
成程、と菊理は寧ろ楽しそうに頷いた。
確かに、覚えがある。どうやら彼と自分は似た者同士であるらしい。愛故に、ということだ。素晴らしい。愛に生きる菊理にとっては、非常に好ましい精神性だ。
「済まなかったね、日番谷隊長。君には余計なお世話だったようだ」
「別に。それに、俺だけじゃねえ。ここにいる先遣隊連中は皆、護廷隊士としての使命を全うするため、命を賭けることのできるやつばかりだ。少なくとも、俺はそう思っている」
日番谷の言葉に従い、彼の部下らを順番に見下ろす。皆が隊長の言葉に応じるように、強い目で睨み返してくる。当然、乱菊もだ。
「徹底抗戦という訳か……理解したよ。非礼を詫びよう、尸魂界の諸君。君たちは、私が食らうに相応しい獲物のようだね。心して相手をさせてもらうことにするよ。決戦は近いだろう。一先ず、我々が一歩先んじたといったところかな」
織姫の確保が上手くいった以上、藍染の策に尸魂界側は踊らされることになろう。そうなれば、更にこちらの有利となる。
「では失礼するよ。ああ、安心して乱菊。ギンにはよろしく伝えておくからさ」
「————っ」
返事を待たず、菊理はひらひらと手を振って黒腔の中へと消えて行く。次に見える時は、多分今よりも更に大きな戦場になるだろう。言い訳を考えないといけない。