蛇にゾッコン。 作:元ちょこちょこっと
「尸魂界との戦いに関して、私はあまり心配していませんよ」
「ほう。理由は?」
「尸魂界の最大戦力は山本重國です。藍染さんが彼の老人の対策を講じており、それがほぼ確実に通ると思われるため、ですかね。それ以外の隊長格では、藍染さんの鏡花水月を打ち破る程の使い手はいないでしょう。あの斬魄刀がある以上、藍染さんに負けはありません」
「つまり、問題は十三隊ではなく——」
「ええ。黒崎一護、及び零番隊でしょうね」
東仙と黒腔の準備をしながら、世間話に花を咲かせる。
零番隊。たった五人で構成された隊であり、霊王宮にて霊王の守護を行う最強集団。たった五人だが、その戦力は護廷十三隊以上だと言われる。
「彼らの情報は殆どないですし。藍染さんだって、百年前に曳舟さんって人が入隊したってことしか知らないじゃないですか」
「確かにそうだが、仕方あるまい。零番隊が姿を現わすことなど、少なくともこの二百年では無かったことだ」
確かに、と菊理は最後の調整を終えて大きく伸びをする。ようやく穴が安定してきた。この後は浦原喜助の用意した黒腔を潰すための作業が残っているが、一先ず休憩できそうだ。
「空座町に連れて行く戦力は、スターク、バラガン、ハリベルでしたね。ぶっちゃけ、私たちが居れば問題無さそうな気もしますが」
「零番隊との戦いを控えているのだ、余計な消耗は避けたいのだろう。それに、ワンダーワイスは絶対必要だ」
それもそうだ、と菊理は他人事のように考える。もしかすれば、破面たちで他の隊長格を倒し切ってくれるかもしれないし。バラガンなんかは、初見での攻略が非常に難しい能力を持っている。
「まあ、気楽に行きましょう。多分負けませんよ、十三隊には」
心にゆとりを持って行動。菊理は管制室に向かった。
黒崎一護の一派は、少ない戦力で健闘したものの劣勢も劣勢だった。茶渡は既に倒れ、朽木ルキアもアーロニーロと相討ち。阿散井恋次と石田雨竜はザエルアポロに敗北寸前で、一護はグリムジョーを下したものの、直後に現れたノイトラに勝てそうもない。
「苦戦しとるね」
「というか、無理じゃないコレ。勝ち目ゼロだよ、一護君たち」
どう見ても詰みだ。グリムジョーを下しただけ、一護の実力は大したものだが、場所が悪すぎた。虚夜宮のど真ん中で、大気を震わす程の戦闘。他のことに意識を割いていない限り、気付くなという方が難しいレベルだ。敵地でそんな派手な真似をしては連戦は避けられまい。事実、休息を取る暇もなく、ボロボロの身体で一護はノイトラに食らいついている。が——
「あ、ヤバい」
メキメキと、一護の骨が軋みをあげる。ここで折られれば、一護の強みであるスピードは死ぬ。正真正銘の終わりだ。こりゃもう駄目だな、と菊理が息を吐いたその時、画面を閃光が覆った。
何事か、と画面を注視すると、そこにはボロ切れを纏い、割られた仮面を被った美女が立っている。その特徴的な仮面隈を見間違う筈もない。
「————ネリエル。生きていたんだ。良かった……」
ノイトラに仮面を叩き割られて以来、姿を消していたネリエル。どれほど探しても見つからなかったのを不審に思ったものだが、まさかあんな小さな女の子になっていようとは。見つからない筈だ。霊力も桁違いに落ちていた。
彼女は一護を庇うように動き、ノイトラに向けて剣を構えた。彼女が消えてから随分時間が経っているが、それでも彼女の実力は折り紙つきだ。心配は要らない。それよりも——
「ギン、黒腔だ。モニターに出すよ」
霊力反応。新たな侵入者が、この虚夜宮に現れた。菊理がその現場に設置された録霊蟲の見る画像を、モニターに映す。
現れたのは、四人の隊長。副隊長三人、席官一人。
「霊圧照合。隊長格を朽木白哉、涅マユリ、更木剣八、卯ノ花烈と断定——わお、強い人ばっかりだ」
これほどの戦力を虚圏に差し向けてくるとは。大胆な老人だ。しかし、藍染側としては好都合だと言わざるを得ない。
「黒腔を閉じます」
如何に向こうが優れた研究者であろうと、こちらは本来の使い手である虚を擁した組織なのだ。黒腔の扱いに関する技術力は、尸魂界の比ではない。ならば、開けた穴を閉じることもできる。
少し時間が掛かるだろうが、十刃たちが足止めしてくれるだろう。現に、隊長たちは戦闘で倒れた者たちの下へ向かっている。当然、そこには十刃たちがいる、もしくは向かっているのだ。激突は必至。下位の十刃でどこまでやれるかは、分からないが。
「良し、解析終了。後は合図一つで、いつでも」
「ご苦労、菊理。では、我々はゆっくりと、この戦いの行く末を見守ろうか」
ぬ、と顔を出した藍染。彼の方も準備は万端らしい。彼の目的、霊王を殺すための準備はしてきたということか。その霊圧を肌身に感じ、改めて恐ろしく思う。一体どれ程の才覚を持ち、研鑽すればここまでの化物が出来上がるのか。
鬼道の天才を自称する菊理だが、彼を称するなら万能の天才といったところか。斬拳走鬼、死神としての技能は勿論のこと、知能、策略、指揮、話術にまで長けるとは。過言でなく、弱点が見当たらない。
「藍染さんは、今まで本気で戦ったことはありますか?」
だからだろうか。そんな疑問が、ふと口をついて出てしまった。これには藍染も驚いたようで、菊理の方を見ると、ふむと顎に手をあて考え込んだ。
「本気で戦う、か。思えば、無かったかもしれない。私と同じ領域まで来れた者は、今まで見たことがなかったからね。——ああ。でも、君と鬼道を競い合った時。あの時は本気だったよ。越せなかったのは、悔しいことだが」
それは、初めて聞いた藍染の本音だった。いや、語弊があるかもしれない。なんというか、藍染の生の感情を聞いたのが、菊理には初めてだった気がした。それほど、彼は人に内面を見せたがらない。
(ああ、だから藍染さんはギンを下においているのかもしれない。似た者同士だから)
好きな人との共通点が見つかって、おかしくなった菊理は小さく笑った。それを小馬鹿にされたと勘違いしたのか、藍染はムッとして、
「勘違いしないことだ、菊理。いずれ、いや、すぐにでも私は君を鬼道で超えるつもりでいる。胆を嘗めるのは今の内だけだ」
「そうですか……いえ、そのことを笑った訳では」
「ともかく、準備は整った。彼らの戦い振りを眺めてから、ゆっくりと空座町を落とすとしよう」
話を聞いてほしい。菊理は取り敢えず、隊長らの様子をモニターし続ける。彼らは十刃たちと対峙した。唯一の例外は卯ノ花で、彼女は戦わず茶渡とガンテンバインという破面の治療に移る。
残る隊長格らは、ほぼ同時に戦いの幕を切って落とした。
◆
見事、と形容する他ない。隊長たちは、死闘の末に十刃たちを下した。
「……やはり、下位の十刃などこの程度か」
藍染は然程残念でもなさそうに、そう呟いた。
五番以下の破面と、四番以上では隔絶された力量差があることは、菊理も知っている。第四十刃以上の破面、その強力な刀剣解放は虚夜宮を壊しかねないため、天蓋の下での解放を禁じられている。そんな決まりが必要な程の力を、彼らは秘めているのだ。藍染が侵攻に連れて行くのも、第一から第三十刃。ウルキオラは虚夜宮の番を任される。
ヤミーの実力も高いが、彼はスロースターターなところがあるため外された。こちらに残り、隊長格の掃討を任されるだろう。
「スターク」
「なんです、藍染サマ」
「織姫をここに連れてきてくれるかい」
そう命令を受けた彼は、ボリボリと頭を掻いて、了解と応じた。響転で姿を消すと、すぐに彼女を連れて戻ってきた。突然のことで、織姫も驚いている様子である。
「菊理、頼むよ」
「はい」
天挺空羅を発動すると、藍染の声が虚夜宮中に響き渡る。そのタイミングで、黒腔の除去を行い、隊長らの退路を断つ。こうして、戦力の分断は成った。藍染は空座町への侵攻を開始する。
しかし、当然容易く事は運ばない。空座町——正確にはそのレプリカらしいが、ともかく菊理たちの現れた空には、既に残る十三隊の隊長らが展開していた。
戦闘は避けられまい。
藍染と山本重國。互いのトップが一言二言交わして、睨み合う。
「やれやれ、隊長さん方やる気満々やね」
「そりゃそうだよ。どちらかと言えば、ギンにやる気が……って、ヤバッ!」
無駄話の合間に、山本重國の斬魄刀が解放される。流刃若火。霊圧の爆発的上昇を感知した菊理は、すぐさま自らの斬魄刀も解放する。
「卍解、群青星見華!!!」
八つの鏡を集中させ、自分(とその後ろのギンのみ)を守る。しかし、流刃若火の炎は菊理の鏡にぶつかる直前に横に広がり、菊理たちをドームのように包み込んだ。
「あっつ! 何コレ」
「ムチャしはるわぁ総隊長サン」
直接突破は出来なくもなさそうだが、どうするかと藍染の方に視線をやって指示を仰ぐと、何もせずとも良いという。ホントかなあ、と菊理は不安になった。
「ギン、大丈夫? 暑くない?」
「そら暑いけど、平気や。菊理こそ平気なん?」
「私は鬼道でどうとでもなるし。でも、ちょっと用事もあるし、私はお先に外出ようかな」
菊理は霊力を練ると、鬼道衆にて覚えた禁術を行使し、その姿を消した。
空間転移。先日の戦いで鉄裁も使った禁術だ。菊理は容易く炎の外に出ると、十刃連中は目を見開いて驚いた。
「あれ、統括官様だけ出てきちまったよ」
「藍染サマ放置かよ!」
「あの中、暑いけどそこまでしんどくはないからさ。私はホラ、女子だから?」
雑談に花を咲かせるが、気付けば山本重國の視線が痛い。彼の技をスカしたようなものだから、当然と言えば当然だが。他の隊長格も、菊理と接点の無かった浮竹や京楽、狗村などは驚愕しているようだった。
「あれ、何。バラガンが指揮してるの? ダメじゃんスターク。君、第一十刃なんだから自覚持ってよ」
「もっと言ってやってくれ!」
「ンなこと言ってもよ……俺、仕切るのとか得意じゃねーもん」
ウダウダ言っている間に、戦線は広がっていく。転界結柱を直接狙った虚や破面たちは、総隊長曰く腕利きとやらにことごとく打ち倒された。そして、各隊長格と十刃たちが、ついに刃を交えたようだが、菊理は一歩退いてそれを見ているのみだ。
「————君は、戦わないのかい。折角出てきたのに」
問い掛けられて、そちらへ振り向く。長い白髪。病弱そうな細身の優男。十三番隊長、浮竹十四郎だ。直接話したことはなかったが、彼のことは菊理も知っている。京楽春水と並ぶ古参の隊長で、普段は病気のために床に伏せっているという。こんな戦場に連れ出して平気なのだろうか。
「浮竹さんこそ、ご病気でしょうに」
「ははは。敵同士だというのに気遣われてしまうとは、参ったな。大丈夫だ、今日はそれ程体調が悪い訳ではないからね」
「そうですか。私も、他に用事があるので無理に戦うつもりはありません。仕掛けられたなら、無論応じますが」
「ふむ、用事とは?」
「秘密です」
「そう固いことを言うなよ。君一人で出てきたんだ、個人的な用事なんだろう」
フレンドリーな人だな、と話していて思う。彼と話しているのは、なんだか酷く心が落ち着く。もし父親というのがいたなら、こんな人が良かったと菊理は思った。
さて、なんだか絆されそうになっている気がするが、果たして彼に用事を話しても良いものか。別に弱点となることでもないし、良しとするかと菊理は戦場の一点に目を向けた。つられて、浮竹もそちらを見た。
そこでは、一人の美女が三人を相手に奮闘しているところだった。力の差は歴然。勝ち目は薄そうに見える。
「松本君……?」
「私、彼女と同期で。向こうはどうか知らないけど、私は親友だと思っているんです。なんというか、裏切っておいて難ですが、彼女には死んでほしくないかな、なんて思ったりしてしまって」
それは紛れもなく本音だが、言葉にしていない意図が混じっていた。
先の織姫誘拐時の戦闘からずっと、菊理は乱菊を気に掛けていた。ルピが彼女に目を付けていることを知っていたから、菊理は彼から引き離すように、乱菊をターゲットにしたのだ。
彼女を極力、命の危機から遠ざけるように。
理由は単純にして明快。菊理の行動原理はただ一つだ。
(彼女はギンの大事な人だから、死なれたら困る)
勿論、友人として死んでほしくない気持ちもある。しかし、それが最も重要で、菊理を突き動かす第一要因だった。彼女がいなくなれば、ギンは悲しみに暮れるだろう。何せ、百年前から彼は乱菊を好いているのだから。その思いが未だ薄れていないことを、菊理は知っている。
「まあ、乱菊がヤバくなったら割って入ろうかと。こいつは私の獲物だ、的な感じで」
「——そうか。なら、俺も君が仲間に手を出そうとしない限り、こちらから攻撃する気はない」
浮竹はなんだか嬉しそうに笑った。そんな彼の表情がむず痒くてぽりぽりと頬を掻いていると、
「アタシを無視すんなー!!!!」
リリネットが浮竹に突っかかり、ヒラリと受け流されている。どうやら彼女自身はやる気満々のようだが、二つに分けられた力の大部分はスタークが持っている。リリネットは言わば鍵のようなもので、彼女の戦闘力は並の大虚にも劣る。心の優しい浮竹だからこの対応だが、例えばこれが涅マユリだったりしたら即ぶっ殺されていたことだろう。
幸い今は、この殺伐とした戦場の中で癒し空間が出来上がっている。一息吐く菊理。一方浮竹は、そんな彼女の様子に安堵した。
(騙し討ちでもする気かと疑ったが、そんな気はないらしい。…………白鷺は善良な死神だ。一体何故、彼女のような娘が藍染の側に着いたのだろうか)
疑問には思うが、深く考えることはしない。彼女とは初対面で、浮竹は彼女のことを経歴と名前以外、ほとんど何も知らない。彼女がどういう死神で、どういう信条を持ち、何の為に生きているのか。そうしたことを、何一つ知らない。全くの他人。
相手の事情も知らないで推察するなど愚かしい。彼女の感情を逆撫でするのがオチだ。
(事情はどうあれ、彼女が大人しくしてくれているならば構わない)
菊理の実力は極めて高い。卍解を使いこなし、鬼道は大鬼道長レベル。霊圧は藍染に匹敵しかねないと握菱鉄裁は語った。そんな彼女に暴れられるくらいなら、会話でもしてゆったりと時間を過ごさせる方が被害は少ない。本人にも戦う気が薄いのは幸いだった。
そんな打算もあるが、何より浮竹は、女に対し刀を振るうことにどうしても忌避感を覚えていたものだから、刀を抜かずに済んでホッとしているのだった。
とはいえ、菊理が重い腰を上げれば、対抗せざるを得ないだろう。その場合、鬼道系と相性の良い浮竹の『双魚理』は必須と言って良いだろう。その能力は、攻撃を二刀の内片方の刀身で吸収し、絶妙な間隔を空けて相手に返すというもの。鬼道使い相手には、非常に有効な能力だ。ただし彼女の卍解も似たような性質を持つから、反射の応酬になるかもしれない。そうした場合は——
そんな風に、彼女と戦った場合の対処法を考えながら、浮竹は向かってくるリリネットを転がし続けた。