蛇にゾッコン。   作:元ちょこちょこっと

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第3話

 斬拳走鬼。

 死神はこの四つ、斬術・白打・歩法・鬼道を主な戦闘手段とする。無論死神とて得手不得手があるものだから、斬術に秀でる者、鬼道に秀でる者と偏りが出る。しかし、現在の護廷隊で最も重要視されるのは斬術だ。

 その理由は、死神を死神足らしめる斬魄刀の存在故。

 斬魄刀とは、己が魂を映す鏡のようなもの。全ての死神には『浅打』と呼ばれる斬魄刀の雛形が与えられ、それに己が霊力が混じり合う内に、自らの斬魄刀として進化する。これは、護廷隊総隊長、山本元柳斎重國であっても変わらぬ事実だ。

 全ての死神が、斬魄刀を扱う。故にこそ、斬術優遇とも言える風潮が出来上がっているのだろう。

 刀が苦手で、専ら鬼道を好む菊理にとっては、面白くない話である。

 

 霊術院入学から数ヶ月。大海原の講釈を聞きながら、今までの授業の流れを整理する。十三隊にはそれぞれ特色があり、己が資質に合った隊に入るのが最も賢い選択である、ということらしい。将来有望な一組生徒には、早めに各隊の特色を教えているのだ。

 中でも興味を引くのは、十二番隊だ。四番隊は前から候補として挙げているので除外するとして、十二番隊は浦原喜助が隊長となったことで、技術開発局という新たな組織を作り出した。どんなことをしているか、というところまでは菊理も知らないが、新しいということはそれだけで、良いイメージを与えるものだ。

 

 逆に彼女が入りたくないのは、五番隊、六番隊、そして十一番隊。五番隊はギンが嫌がる、という理由だけ。六番隊は四大貴族である朽木家が隊長、副隊長両方に就いていることで、貴族主義のイメージが拭えず、居心地が悪そうだという偏見から来るもの。十一番隊に至っては論外で、菊理は野蛮だとすら考えていた。何より、廷内で偶に見かける隊士たちの品の無いこと。隊長である鬼巌城剣八も暴力的で、あの隊に女の子は寄りつかないだろうな、と決めつける。実際、十一番隊に女性隊士はいないらしい。

 

(鬼道系の斬魄刀を持ってるだけで腰抜け扱いとは。鬼道を嘗めているのだろうか。全く腹立たしい……十一番隊にだけは何があっても入りたくないね)

 

 密かにそんな決意を固める。

 

「……では、本日の講義はこれで終了だ」

 

 大海原の言葉に、おや、と菊理は首を傾げる。まだ日も昇りきっていないような時間だというのに、本日はもう講義が無い、とは。

 

「はて。今日は何かしら行事でもあったかな」

「忘れたの? 今日は『浅打』貸与の式典があるって言ってたじゃない」

「ああ、そんなことも言ってたね。やれやれ、私としては真剣なんて持ち歩きたくはないから、すっかり忘れていたよ」

「アンタね、死神の仕事が何か分かってる?」

「勿論。現世と尸魂界(ソウル・ソサエティ)の魂魄数を調整するバランサー、だろう?」

「正解。じゃあ、調整する方法は?」

(プラス)の魂葬と虚の討伐」

「それに斬魄刀が必要なんじゃないの。虚討伐の時はアンタお得意の鬼道で対処すれば良いかもしれないけど、魂葬は斬魄刀でないと出来ないわよ」

 

 完全論破されてしまった菊理は、うっと呻いて押し黙る。対照的に、いつも得意気な菊理に口で勝利した乱菊は、鼻歌でも歌いそうな上機嫌だ。

 しかし、乱菊の言を咀嚼して、斬魄刀を持ったとして、鞘を抜く必要は無いという結論に行き着く。何せ、魂葬は斬魄刀の柄頭を魂魄に押してやるだけで済む。なんとか良い塩梅の着地点を見出し、菊理は無理矢理納得した。

 

(しかし……斬魄刀、ね)

 

 その形、能力は持ち手の能力を反映する。ならば、自分の斬魄刀は鬼道系になるのだろうか。

 

(直接攻撃系は嫌だなあ)

 

 なんて思いながら、ぞろぞろと生徒たちの流れに乗り、式典の場へと向かう。例年、式典は霊術院前に集合して行われるらしい。

 学舎の前に並ばされた霊術院生たちは各々、自分の斬魄刀がどんなものになるか楽しみにしているようだ。勿論、そう簡単に解放出来るものでもないことは、教本を読み込んだ者なら理解している。それでも、自分が特別な存在に思えてしまうのは思春期にありがちなことであるから、仕方ないと言えよう。菊理もまた、自分は特別、鬼道の天才だと思っているのだ。

 斬魄刀よりも鬼道を好む彼女は、斬魄刀に関する話は付き合い程度に、早く式典など終われば良いのにと内心で愚痴る。

 

 そんな不敬を見逃さない、とでも言うようなタイミングで、カッ、と硬い音が虚空に響いた。

 

「——此度の諸君らの入学、喜ばしいことである!」

 

 杖を下ろした、一人の老人の言葉。然程大きな声量でなかったにも関わらず、霊術院生たちの間にあった、浮き足立った空気は水を打ったように静まり返る。然もありなん。目の前に佇むは、尸魂界史上でも最強の死神——山本元柳斎重國なのだから。

 その姿が目に付いた途端、菊理は背筋に冷たいものが走るのを感じた。長く長く蓄えられた髭。禿げた頭に付く、痛々しい十字の傷。老いさらばえて尚……否、老いたからこそ練磨されつくした立ち姿。何より、その目だ。

 一見、好々爺が如く細められた目だが、その奥底には太陽のような熱が巡っている。まるで苛烈な炎——これが、山本重國。仮にこの老人が手を下せば、この場にいる全員が、一溜まりもなく灰になる。隔絶した力量とは、こういうものを言うのだ。

 山本重國が入学の祝辞を話す間、菊理は緊張を解けなかった。それは周囲も同じだが、命を握られているような錯覚を覚えていた彼女のそれは人一倍精神を削る。冷静に考えれば、彼がそんなことをする理由もなければ必要もないことは分かることだが、生まれて初めて見るような高みを前に、そうせざるを得なかったのだ。

 

「……して、前途有望な諸君らには、斬魄刀『浅打』が貸与されることになっておる。護廷隊の証であるこの刀に恥じぬよう、各々研鑽に励むことを期待している」

 

 そこで山本重國の言葉は切られ、霊術院生たちの間にピンと張り詰められていた緊張の糸が切れた。

 続いて、浅打の貸与が行われた。教員たちにより、一人一人に斬魄刀の雛形が与えられていく。その表情は、嬉しそうだったり、凛とした顔立ちだったりと様々だ。

 

「次ッ、白鷺菊理!」

 

 名を呼ばれ、菊理も浅打を拝領する。

 一組の生徒は、担任である大海原により刀を手渡される。菊理もまた同じ。膝を折り、頭を下げて両手を掲げ、浅打をその手に収めた。

 瞬間。

 

『————————————』

「……え?」

 

 思わず、伏せていた顔を上げる。目の前には、突然顔を上げた菊理に面食らったような表情の大海原がいるだけだ。

 

「……教諭。何か言いましたか?」

「いや、私は何も言っていないが」

「変だな……確かに何か聞こえた気がしたんですが」

 

 首を傾げながら、立ち上がり、斬魄刀を腰に差す。

 ずしりと感じる重さに、溜め息を吐きたくなる菊理だった。

 

 

 

 

「なんや、もう斬魄刀の声が聞こえたんや」

「斬魄刀の声?」

 

 何言ってんだコイツ、と言わんばかりのドン引きした菊理の表情。ギンは心外やなあ、と眉を顰めた。

 

「斬魄刀ってのは喋るのかい。それにしては、どこにも口が無いようだけど?」

「鯉口があるやん」

「それは刀じゃなくて鞘の一部じゃないか! ……って、そうじゃなくて」

「分かっとるよ。菊理は、斬魄刀がどんなモンか聞いとるか?」

「ああ。その者の魂を映した、鏡のようなモノらしいね」

「そうや。そんで、斬魄刀の解放……『始解』に至るまでに必要な手順は二つ。『対話』と『同調』。精神世界で斬魄刀と対話し、斬魄刀と同調する。波長を合わせるってことやね。そうすることで、斬魄刀の名を教えて貰う。ボクの『神鎗』もそうやった」

 

 斬魄刀の、名前。菊理は思い返す。そういえば、初めて会った時も斬魄刀の名を呼び、力を解放していた、ということを。

 古くから、名には力が宿ると言われる。言霊というものだ。

 

「成る程、アレは斬魄刀の呼び声だった訳か。生憎と、何と言ってたかまでは分からなかったけどね。酷い雑音のように聞こえたよ」

「そら、同調がまだまだってことやね」

「そうなのかい?」

 

 腰の刀に話し掛けるが、反応は無い。

 

「刃禅ゆう、斬魄刀と話すのに一番適してる座り方があるから、今度教えたるわ。今日はもう行かなあかんのやけど」

「おや、仕事かい三席様?」

 

 ギンは、入隊して間も無いというのに五番隊の第三席に収まっていた。隊長、副隊長に次ぐ三番手だ。ギンの話によれば、前の三席が亡くなってしまったため、実力もあり才気に満ちたギンを、藍染が三席に据えた——そういう話らしいのだが、菊理は少し不審にも思った。

 それを敢えて、口に出すことはしないが。また前回のように、ギンに迷惑を掛けるような下手はしない。

 

「そや。そういうことやから、もう行かんと。また何かあったら聞きに来てな」

「うん、分かった。その時は、お言葉に甘えるとするよ。ああ、存分に」

 

 先日……入学の日からすっかり馴染みとなった茶屋に一人残され、菊理はモクモクと団子を味わっていた。犬吊にいた時は考えられないような美味である。

 緑茶も味わいながら、ぼうっと空を眺めていると、目の前に、突然一人の美人が現れる。何も無いところから、手品のように現れた彼女は汗だくだった。艶やかな長い黒髪。着物の袖は捲られ、程よく筋肉の付いた腕が見える。護廷隊士志望なのだろうか、刀を振る者の腕だ、と少し訝しげに女性を見る。

 視線に気付いたか、彼女は菊理の下まで歩み寄り、きゅっと真一文字に結ばれた口を開いた。

 

「今、ここを褐色の肌をした女が通らなかったか!?」

 

 怒鳴りつけるような声に、一瞬びくりと肩を震わせる。すると彼女は、済まぬ、と謝り大きく呼吸した。菊理は構わないよ、とどうにか動揺をおくびにも出さず笑い掛けた。

 

(まさか男性だったとは)

 

 声を聞くまでは女だと勘違いしていた。危ない危ない、と内心胸を撫で下ろしながら、質問に答える。

 

「女性の件だけど、残念ながら褐色の人は見てないね」

「そうか……」

 

 言葉少なに、落胆した様子。それを見た菊理は、座ったら? と縁台の隣を叩く。彼女、でなくて彼は少し迷った後、菊理の言葉に従った。

 

「飲むかい?」

「いや、今は持ち合わせがない」

「私から持ちかけたんだ、奢るよ」

「……そのようなことを言われたのは、生まれて初めてだ」

「奇遇だね。私もこの間まで流魂街の一文無しだったから、こんなことを言うのは初めてさ」

 

 ギンに奢って貰ったお釣りだとは言えないな、と思いながら、菊理はお茶を薦める。彼は迷った末、好意を無下にしない、と一杯の茶を頼んだ。

 茶が運ばれ、彼が口を付ける。その仕草は典雅で、品位というものを感じさせる。

 

「話を戻すけど、その女性を何故追い掛けているんだい。大切な物でもスられたとか?」

「いや、盗られたのは安物の髪紐程度だ。が……奴はことある毎に、私を揶揄(からか)ってな。今日こそ引っ捕えてやろうと思ったのだが」

「へえ、今日は何て言われたんだい」

「『朽木白哉、破れたり』、だと……ああ、思い出しても腹立たしい! あの化け猫め!」

 

 化け猫、というのはよく分からないが、成る程随分気の良い女性であるらしい、と菊理はくすくす笑った。白哉はそんな彼女をじろりと睨み付ける。何が可笑しい! と言わんばかりの眼光だ。

 

「ごめんよ、君があんまり面白い反応をするものだから。成る程、その化け猫さんが君を揶揄いたくなる気持ちも分かるよ、朽木白哉君」

「……私としたことが、名乗りもせぬ内に名を明かすことになるとは」

「君ばかりが名を知られているのも、気分が悪いだろうから、私も名乗ろうか。白鷺菊理だ。よろしく、朽木家の次期当主殿」

 

 菊理が手を差し出すと、白哉もそれに応じる。

 

「君のことは、朽木様とでも呼んだ方が良いかい?」

「好きに呼べ」

「じゃあ白哉。君は先程——」

「待て、白哉、だと!?」

「好きに呼べと言ったのは君じゃないか。ところで白哉。君、最初に現れた時、何も無いところから突然現れたよね。あれは一体何だい?」

 

 呼び捨て……と何やら眉間を押さえながら呟いている白哉は、菊理の質問に、ああ、と声を漏らす。

 

「あれは『瞬歩』だ。死神の高速移動術。斬拳走鬼で言うと走に当て嵌まる」

「ふうん、聞いたことはあったが、初めて見た。成程。脚に霊力を込めて、地面ないし霊子の足場を蹴っているのかな?」

 

 白哉が現れた時、彼の足下には霊力の残滓が漂っていた。鬼道の天才を自負する菊理としては見逃せないその様子から逆算し、技の構造を推測する。

 そして、おもむろに立ち上がり、実践する

。爆発的な霊力が、細枝のような彼女の脚に注がれ、地を蹴る。

 びゅっ、と風切り音。菊理の姿は掻き消えた。

 

(——疾い!)

「びびび、ビックリした! 壁にぶつかって死ぬかと思った!」

 

 茶屋の向かい。建物の屋根の上で、菊理は酷くテンパった様子で冷や汗を流している。どうやら力加減を誤ったらしい。懲りたらしい彼女は、ゆっくりと白哉の下へ戻ってくると、茶を飲み下して一息吐いた。

 

「……見ただけで瞬歩を会得するとは」

「いや、正直かなり怪しいけどね。加減が上手くいかないんだ」

「確かに練度は全く足りないが、速度自体は大したものだ」

「君のだって、凄く速かったじゃないか……ん、待てよ」

 

 顎に手を当て、菊理は暫し考える。瞬歩を体験してみて、その速さの程を理解した。だからこそ生まれる疑問が一つ。

 

「君の瞬歩で、探している女性を見失ったってことかい!?」

 

 だとすれば、探す女とは一体どれ程のスピードなのか。

 

「あの化け猫は、とんでもない逃げ足をしているからな」

 

 悔しそうな表情の白哉。菊理は、凄い人がいるものだなあ、と感心するばかりだった。

 

 

 

 

 白哉と別れ、菊理は瀞霊廷を出た。建物の多い廷内では、鬼道の修練に不向きだからだ。鬼道の天才を自負する菊理は、教本に記された鬼道を全てマスターしてやろうと意気込んでいた。

 まずは復習として、破道の一『衝』からだ。鬼道というのは、番号が若い程威力が弱いし、難度も低い。では何故菊理が律儀に番号順で試していくのかと言えば、初めに強い鬼道を試してしまえば、弱いものを練習するのが億劫になるだろうと考えたからだ。

 鬼道の教本を開くと、きちんと番号順に鬼道が並んでいた。難易度順ということなのだろう、破道と縛道の欄に分かれているのではなく、破道の一、縛道の一、といった具合に番号順に記されている。

 千里の道もなんとやら。菊理は教本を片手に、前方へ手を翳した。的は、手頃な岩。そのまま、教本に書かれた通りに詠唱する。

 

(しかし、破道の一、か。何度か使ったけど、威力が弱いんだよね。一番弱い鬼道だし……それなら)

 

 試しに、どれだけの威力が出るのか。込められるだけ霊力を込めてみる。霊術院ではやらなかった実験だが、所詮は最弱の鬼道。ならば、被害も大きくはならないだろう。

 

「破道の一『衝』」

 

 直後、予想を超えた反動が菊理の腕を襲い、放たれた『衝』は菊理の背丈程もある岩を跡形も無く破壊した。

 一桁の鬼道にしては、予想外の威力。そして、それに見合わぬ程多く消費された霊力。

 

(成程。弱い鬼道でも、過剰な霊力を注ぎ込めば、ある程度は威力が上がる訳か)

 

 ただし、実用的ではない、と菊理は結論付ける。何故なら、消費する霊力が異様に高いからだ。丁度、六十番台の鬼道を使用したくらいの霊力を注ぎ込めたのだが、それでも威力は岩を砕く程度。端的に言って割に合わないのだ。使用する霊力に対し、威力の上げ幅が小さすぎる。

 その後も鬼道を試し続けた。本日は縛道の十番までの使用感を再確認してお終いにする。

 

(……分かってはいたけど、退屈だなあ。やっぱり九十番台を覚えたいね)

「————ふむ。一桁台の鬼道にしては、かなりの威力じゃったの」

「うひゃあ!」

 

 背後。息の掛かりそうな程近くで囁いた声に驚き、奇声を上げる。菊理が咄嗟に振り返った先には、浅黒い肌の美女が笑っている。接近にまるで気が付かなかった。これも瞬歩の一種か、と興味を深めながら、口を開く。

 確認のためだ。悪戯好きな彼女の性格と容姿は、つい先程聞いた話の通りだから。それに、彼にも捉えきれない瞬歩の達人と来れば。

 

「もしかして、白哉が探していた『化け猫』さん?」

「くくっ、出会って早々化け猫扱いとは。そうじゃ、儂は四楓院夜一。二番隊隊長よ」

 

 ——また隊長。

 つくづく縁のあることである。それも、先程の実力を見れば予想はついたことだが。四楓院夜一。隠密機動『刑軍』軍団長も兼任する才女。またの名を『瞬神』夜一。成程、これ程の相手を追い掛けていたとなれば、白哉が追いつけなかったのも無理からぬ話である。寧ろ食い下がる白哉を賞賛すべきことだ。

 

「失礼しました、四楓院隊長。私は真央霊術院所属、白鷺菊理と申します」

「堅苦しいのう。夜一さんとかで構わんぞ」

「では……遠慮なく。よろしくお願いします、夜一さん」

「おお、柔軟な対応じゃの」

「本人が良いと仰るので。勿論、公共の場では呼べませんが、二人の時くらい構いませんよね? 私も堅苦しいのは好きじゃないですし」

「はっはっは! 砕蜂の奴に聞かせてやりたいくらいじゃ!」

「そいふぉん?」

 

 こちらの話じゃ、と夜一。頭の固い部下のことらしい、と話の流れから当たりをつける。同時刻二番隊隊舎では、突然ふらふらと居なくなってしまった夜一を必死になって探す彼女、砕蜂がくしゅん、と可愛らしいくしゃみをしていた。

 

「ふむ、おぬし、まだ隊士でもないのに相当な霊圧を持っておるの。鍛えれば隊長格にもなれるじゃろう」

「そうでしょうか?」

「隊長である儂が言うのだから、間違いはない。きっちり鍛えれば、の話じゃが」

 

 先達に才能を認められた菊理は、胸の内を喜びで満たす。隊長のお墨付き。また一歩、ギンに近付いた気がした。

 夜一が誘うものだから、手近な岩の上に腰を落として、彼女と多くのことを語らった。護廷十三隊について、愚痴やら面白い話を聞かされ、同情したり、腹を抱えて笑ったり。夜一は傑物で、また非常に楽しい女だった。こんな風になりたい、と菊理の目標の一つに、この短時間で組み込まれるくらいには、彼女は魅力的な人間だった。

 

「何故、白哉に『化け猫』なんて呼ばれているんですか?」

「それはのう、儂が猫に変化する術を会得しておるからじゃ」

「え?」

 

 よく分からないところも多々あるが。

 取り敢えず触れるのもアレだったので、話題を変えた。

 

「夜一さんは瞬歩だけじゃなく、鬼道にも堪能なんですね」

「まあの。かつては屋敷に、ちょいと鬼道の得意な男がいたものじゃ」

 

 にやり、と含み笑いを見せる夜一。やはり彼女とは気が合いそうだ、と菊理も笑う。

 

「私は鬼道を極めたいと思っています。正直、刀を扱うのは好きではないので」

「まあ、分からんでもない。儂も斬魄刀を使うことは少ないからの。尤も、儂は歩法と白打で戦うが、お主は鬼道を主軸に据えると」

「はい。ですが、霊術院の教本には九十番台は愚か八十番台の鬼道すら載っておらず、私は行き詰まりを感じていました。もし宜しければ、ご指導ご鞭撻のほど、お願いできませんか」

 

 ばっ、と頭を下げる。隊長格ともなれば、最上位の鬼道も扱うことが出来るだろう。ここで彼女とパイプが出来たのは望外の幸運だ。加え夜一には、鬼道の知識もある。期待を込めた頼みだった。

 とはいえ、偶然出会ったの関係でしかない。袖にされても仕方ない、とは覚悟していた。

 

「んー、教えてやるのは吝かではない。が、儂よりも適任がいる」

「適任、ですか」

「そうじゃ。儂はヤツに貸しがある。大きなのがな。おぬしの事を話しておこう。興味があれば、おぬしの下を訪れるじゃろうて」

「ありがとうございます!」

 

 想定とは違ったが、これで八十番台以降の鬼道を覚えるための用意が出来た。小さくガッツポーズ。その後、夜一がそろそろ戻るというので、今度お礼に何かご馳走すると約束を取り付けた。

 

 上手いこと、上達への道を掴めたことで上機嫌になった菊理は、鼻歌を歌いそうな気持ちで帰り道を歩く。流魂街から瀞霊廷へ。西門を守る兕丹坊に通廷証を見せる。これをしなければ、霊王宮から防壁が降りてきてしまう。瀞霊廷と流魂街の境目付近にいる人たちには甚だ迷惑な話なので、違反を犯さぬよう細心の注意を払う。

 慣れた様子で廷内を歩く菊理。ここでの暮らしにも大分馴染んできた。少なくとも、自分の住んでいた『犬吊』よりかは百万倍マシだと、菊理は思う。あそこでは、その日の食事にありつくことさえ難しいことだってある。水が馬鹿みたいな値段で売られている。殺しは日常茶飯事で、子供達は皆盗みをやってる、そんな場所。

 今考えても最低な場所だった。ここに来れて良かった、と今更ながら安堵する。

 

 しかし、死神の魂魄に対する扱いも中々雑なものがあるな、と己の故郷を鑑みて、そう思う。

 死して尸魂界に来た魂は、死神の配る整理券によって、流魂街のランダムな地区に配置される。その流魂街の中でも、治安の良し悪しにかなりの差があるからだ。菊理の故郷である『犬吊』、西流魂街第八十番地区である『更木』などは底辺も底辺。肥溜めのような環境だが、第一地区『潤林安』などは穏やかな空気の流れる良い土地だ。そんな中で、住処をランダムで決めるというのは些か酷ではないか。全ての魂魄に平等、と言えば、成る程体裁は良いが。天国行きか地獄行きかくらいは、生前の徳で決めて欲しいものだ。

 実際に地獄という世界も存在するようだが、菊理はまだお目に掛かったことはなかった。それが幸か不幸かは、分からない。しかし、地獄がどれだけ苦痛な場所かは知らないが、犬吊での生活も負けてはいまいと考える。

 

(ああ、でも)

 

 幸運だったことが、一つあった。

 あそこでああして倒れていたから、今の自分がある。様々なことを学び、色々な人と話して。

 市丸ギンに差し伸べられた手があったことは、菊理にとって、何よりも大きな僥倖だった。

 

「——ギン」

 

 ふと口を突いて出た彼の名前。自分でも驚き、そして笑う。

 感傷に浸っていると、行先で、声を張り合っているのが聞こえてくる。否、正確ではない。声を張るのは女ばかりで、しかもそれには、聞き覚えがあった。菊理は駆け足で声のする方へ向かい、壁に背を張り付け様子を窺う。

 

「アンタ今迄どこに行ってたのかって聞いてるのよ!」

 

 やはり、乱菊の声。どうやら話の内容からして、前に話した男と話をしているらしい。見つかったのを祝福したい気持ちと、野次馬根性がせめぎ合い、菊理は一目その面を拝んでやろうと、痴話喧嘩を覗き見る。

 そして、言葉を失った。

 

「別に、どこでもええやろ」

 

 乱菊に腕を掴まれ、相も変わらず仮面のような読めぬ面を見せる、蛇のような少年。市丸ギン。彼が、乱菊の話す男だった。

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