蛇にゾッコン。   作:元ちょこちょこっと

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第31話

 菊理は顔を真っ赤にして蹲っていた。

 

「あ、あわわわわわわ」

 

 何がなんだか分からない。死ぬ覚悟で藍染相手に時間を稼いで、ギンを逃がしてやろうとしたら、彼に口付けされた。

 憧れた、百年想い続けた相手からのキスはあまりに唐突で、羞恥と歓喜と困惑と動揺その他諸々の感情が一気に押し寄せてしまい、立て直すのに時間を要した。

 だって、彼女はそれをずっと夢見てきた。ファーストキスだ。しかもそれが好きな相手からされたものだなんて、夢心地だ。しかし、今は緊急事態。藍染がいつ帰ってきてもおかしくない。菊理は動揺しながら、震えをどうにか抑えて結界ごと転移した。空座町の各地点に同じ結界をダミーとして張る小細工も講じておく。

 

「ひゃあ、一瞬で十八も結界張るなんて、流石菊理や」

「ありがと……じゃなくて! え、ええと、ギン。その、さっきのことなんだけど」

「あ、アレ? いきなり御免な、菊理。びっくりしたやろ」

「当たり前じゃないか! でもさ、その。ギンは、乱菊のことが……」

 

 そうだ。ギンは乱菊のことが好きな筈だ。先ほどの崩玉の件で改めて認識した。ギンは徹頭徹尾乱菊を愛している。藍染の配下になって寝首を掻こうとしていたのも、全ては乱菊に危害を加えた(と思われる)藍染を殺し、かつ彼女の魂が混じった崩玉を奪い返すため。

 実に百年もの間、ギンは怨敵の下で耐え続けてきた。それがひとえに乱菊への想い故であることを、菊理は確信する。百年間隣に寄り添ってきたのだ。間違えるはずがない。

 

「うん、菊理の言う通り。ボクは乱菊が好きや」

「なら……」

「でも、菊理のことも好きになってもうた」

「か、簡単に言うなあ」

 

 あまりにもあっさりと、ギンはそう告白した。口付けされた時点で薄々と可能性を期待してはいたが、実際に言われると菊理としては赤くなるしかない。

 夢に見ていた。ギンは、絶対に乱菊の方を向いて振り向かないと思っていたから。

 反則だと思った。これは右を見ながら同時に左を見るような、思いもよらない反則技だ。でも、それで良いとも思った。乱菊には悪いが、ギンが好きだと言ってくれるなら、それに勝ることは何もない。

 それでも、形の上だけでも言っておかねば。

 

「酷い人だね、君は」

「ボク、蛇やから」

「はあ。……そんな蛇にゾッコンな、私の負けか」

 

 惚れた弱み、なんてよく言うが、まさにそれだ。

 

「大体、百年間も好きでいてくれる相手に好きにならん方がおかしいと思うよ」

「……やっぱり、気付いてた?」

「そら、あんだけ尽くされてればね」

「うう……」

 

 思わず顔を伏せた。恥ずかし過ぎる。それでも、言うべきことがある。気を取り直して、菊理はギンと向かい合った。

 

「私も、ギンのことが好きだ。だから、さっきの言葉は本当に嬉しい。でも、困ったな。君に好きだと言われたら、死ぬ覚悟が揺らいでしまった」

「しめしめ、狙い通りや」

「…………蛇だなあ」

 

 菊理は本気で死ぬつもりだった。

 ギンを逃し、藍染を討つ。倒せずとも、零番隊や黒崎一護といった、藍染を倒せる可能性が僅かでもある者たちが彼を止めにくるまで、命を賭して藍染の足を止めるつもりだった。それほどの覚悟でなければ、到底藍染は止められない。

 しかし。ギンに告白されるという衝撃は、菊理の覚悟を容易く揺るがした。どこか彼女は、自分にどうせ振り向いてはくれないという諦めで吹っ切れた戦い方が出来ていた節がある。しかし、相思相愛が判明した今、菊理の中に生きたいという気持ちが芽生えていた。

 死にたくない。ギンが愛してくれる。喉を掻き毟ってでも欲しかったものが、手に入る。そう考えるだけで、死が恐ろしいものに思えてくるのだ。

 

「菊理。死んだらあかんよ。ボクと一緒に藍染隊長を倒したろ」

「……残念だけど、無理だよ。私たちじゃ、藍染には到底叶わない。私はギンがこの世で一番だと思っているけど、これは客観的な事実だ。私とギン、二人掛かりでも藍染は絶対に倒せない」

 

 確信を持って、菊理は断言する。

 

「それは彼が不死身だからだとか、霊圧を超えた何かを持っているからだとか理由は幾つかあるけれど、結局はシンプルな答えさ。私たちが力不足だからだ。私の鬼道は藍染を殺せないし、ギンも既に手の内を明かしてしまっている。仮に私の陽動があったとして、()()藍染にもう一度神殺鎗を当てられるかい?」

「それは————」

 

 できる、とギンは言えなかった。藍染のあの変容。霊圧を感知できない上に、瞬間移動まで使う彼に、如何に最速の斬魄刀といえどもう一太刀を浴びせることができるのか。藍染惣右介を相手にして、同じ手が二度通用するなど考える程楽観的ではいられない。

 

「無理だ。藍染はもう、君の卍解を知っている。存分に警戒した上で掛かってくるだろう。もしくは、進化したことで毒自体効かなくなっている可能性もある。どちらにしろ、危険な賭けになる」

「でも、菊理一人よりかはマシやろ?」

「いいや。確かに私は、たとえ即興のコンビネーションだとしても、ギンを完璧にサポートする自信がある。だが、こと藍染惣右介を相手取る場合においては、二人掛かりは悪手だよ。分かっているんだろう?」

「鏡花水月————」

「そう。君が今まで散々苦しめられてきた、あの反則染みた斬魄刀さ。藍染がもし、私を彼の姿に変えればそれだけで連携が狂う。君は私を殺しに掛かり、私は君を攻撃出来ない。それでなくとも、催眠を気がかりにしただけで一瞬の迷いが生まれる。その隙は、瞬間移動を使いこなす奴にとっては絶好の機会だ」

 

 催眠で仲間割れを引き起こせる藍染相手に、多人数で囲む戦略は悪手足りうる。鏡花水月に掛かっていない菊理は、目を瞑ったまま戦わなければならないので、尚更一人の相手に集中したいというのが本音だ。

 

「でもボク、菊理が心配なんや」

「…………うん、今ちょっと本気で揺らいだ。ズルいな君は! 聞き分けておくれよ、ギン。大丈夫、無茶はしないさ。私も命が惜しくなったからさ」

「それは良えことやけど、藍染隊長がどんだけ強いか、分かっとらんわけやないやろ?」

「私だってそこそこ強いつもりだよ。それに君を逃して時間稼ぎをした後は、逃げに徹するつもりだから。あんなのとマトモに戦ってられないって」

 

 どうにかギンを戦線から退がらせようとするが、彼は手を替え品を替え反論しようとする。しかし。どう足掻いても、彼は藍染には勝てない。鏡花水月に掛かった彼が、藍染に敵う道理がない。

 ふう、と菊理は行きを吐いた。こんなことを何度も言いたくないが、彼を諦めさせるためならば仕方がない。菊理は心を鬼にして、強い語気で言った。

 

「…………ギン。さっきも言ったけど、藍染相手ならば君は足手纏いなんだ。私は好きな人に刺されて死ぬのも御免だし、君を悲しませるのも御免だ。あまり聞き分けがないなら、無理にでも転移させる」

 

 殺し合いでないなら、捕縛手段を数多持つ菊理の有利だ。いざとなれば、実力行使してでも彼を退かせる必要がある。

 空気が張り詰める。ギンとの睨み合い。菊理は胃に穴が空きそうだったが、幸い彼はすぐに折れた。

 

「……菊理。もし菊理の霊圧が消えそうになったら、すぐ戻ってくるからね。それが嫌なら、ホント無茶したらあかんよ」

「分かってるさ。大丈夫、藍染を相手取るためにこの百年、準備をしてきたのは君だけじゃないことを教えてあげるよ」

 

 菊理は十三隊との戦いでは、言弾を一発も使用していない。九十番台の鬼道が込められたそれら全ては、藍染に叩き込むために温存してある。度重なる鬼道の使用で霊圧が多少減ってはいるが、それも回復しつつある。ほぼ万全の状態だ。

 

「じゃあ、そろそろ藍染も動く頃だろう。行ってくれ」

「うん。菊理、死なんといて」

「任せてくれ」

 

 コツン、と彼と拳を合わせる。ギンが穿界門の先に消えたのを見送った菊理は、一斉に全ての結界を解除した。

 深呼吸。全ての神経を削り霊圧を探知する。藍染の霊圧は、残念ながら菊理には理解出来ない。しかし——

 

「———————ッ」

「ほう」

 

 藍染が背後に現れた瞬間、瞬歩に回転を加えた歩法『閃花』で彼を対面に捉え、星見華の銃口を向ける。鏡花水月を振り下ろした格好の藍染は、菊理の反応ににやりと口許を歪めた。

 

「君には私の霊圧が理解できるのかい?」

「さあ、どうでしょうね」

 

 出来ない。故に菊理は、藍染の胸に埋まる崩玉の僅かな霊圧を探知し、彼の居場所を把握していた。藍染の霊体と融合した崩玉も殆ど霊圧が感じ取れないが、それをかろうじて菊理が拾えているのは、崩玉の中に乱菊の魂がほんの少しだけ混じっているためだ。極僅かな彼女の霊圧を感じ取って、菊理はどうにか藍染の動きに付いていけている。

 

(ありがとう、乱菊)

 

 とはいえ、藍染のスピードは規格外だ。歩法は菊理の専門職ではない。こうして避け続けることは出来ないだろう。

 菊理は目を閉じた。霊圧探知への集中に、鏡花水月対策を同時に行う。どうせ目で追っても捉えられないのだから、これが合理的だ。

 

「ふむ。鏡花水月を見ないため、自ら目を閉じるか。それで戦えるのかい。他でもない、この私と」

「その為に鍛錬は積んできました。ギンがあなたを敵視していることは知っていた。あなたと同じように。だから私は、ずっとあなたを殺せるように鍛錬してきた」

「成程。ならば試してみると良い。訓練の成果を」

「言われずとも、見せてやるさ」

 

 菊理は仮面を被り、虚化する。少しでも霊圧を上げなければ、到底彼には及ぶまい。彼女はクイック・ドロウと虚弾による超高速射撃で藍染を狙うが、彼は避ける素振りすら見せない。やはり当たりはするものの、虚弾程度の威力では、彼の霊圧硬度を貫けないようだ。

 とはいえ、この最速の攻撃でなければ、真正面から撃ったところで容易く避けられてしまいそうだと危惧する。

 

(だったらこれだ!)

 

「君臨者よ。血肉の仮面・万象・羽撃き・ヒトの名を冠す者よ。真理と節制。罪知らぬ壁に僅かに爪を立てよ」

「その程度の鬼道が、今更私に通用すると思っているのかい」

「どうかな。——破道の三十三『蒼火墜』」

「何…………!?」

 

 藍染の身体が、()()()()()()()()()()()()。これは、蒼火墜などではない。縛道の九十九『禁』の効果そのものだ。

 

「馬鹿な、さっきの詠唱は——いや、虚言か」

「名付けるなら偽装詠唱と言ったところですかね。まあ、こんなハッタリに引っかかってくれて良かった」

 

 菊理の星見華の能力、言弾は鬼道の詠唱を閉じ込め、不要とする。故に、別の詠唱を行いながら引き金を引けば、相手に効果を誤認させながら言弾に閉じ込めた能力を発動させることができるのだ。

 最強の縛道に囚われた藍染の周囲を、群青星見華の八枚の鏡が取り囲む。

 

「私の鏡は鬼道の全てを跳ね返す。ならば、中心から溢れる鬼道を八枚の鏡全てで跳ね返せば——その威力は一体何倍になるのか。その身で味わってみるといい」

 

 ピン、と星見華から取り出した『五龍転滅』の言弾を藍染に向けて親指で弾き出す。それが着弾した瞬間、鬼道の爆発が藍染の身体を襲った。

 直接食らった分が一発。跳ね返された分が八発として、単純計算で九発分の威力の鬼道が直撃した訳だが————

 

 爆煙の中から放たれた一斬が、菊理の卍解である八つの鏡、その内の一つを叩き斬る。菊理は慌てて鏡を戻す。手元に帰ってきたのは七枚。一枚は粉々になり、藍染の足下に散らばった。

 破壊された卍解を直すことはできない。斬魄刀に修復不可能な傷を負わせたことを内心で謝りながら、菊理は下手人を睨み付ける。

 

「……………………やっぱり駄目か」

 

 藍染の身体は焦がされてはいるが、大したダメージを負った様子はない。九十九番、つまりは最高位の鬼道を最大威力で当ててこのザマとは。

 

(私の、ほとんど最強の手札だというのに)

 

 冷や汗を掻く菊理に対し、藍染はといえば、彼は驚いたように目を見はっていた。

 

(……今の私にこれほどの傷を付けるとは)

 

 実力差は歴然と言っても良い。事実藍染は傷を受けたもののすぐに再生し、菊理渾身の一撃を既に無かったものにしている。霊力もまだまだ潤沢で、無限に思える程の力が湧き出ているのを実感していた。しかし、それは藍染が崩玉を従えたためだ。崩玉もなにも持たぬ彼女が、まさか虚も死神も超越した自分に手傷を負わせるとは。

 黒崎一護の月牙を食らった時のように、傷跡に残る霊圧をなぞり、それを確かめる。素晴らしい、と藍染は感嘆した。彼女もまた、虚と死神の境界を越えた存在と言える。

 

「————やはり、君ならばふさわしい」

「……なんの話ですか」

「私の伴侶となれ、白鷺菊理」

「…………………………………………は?」

 

 意味が分からず、思わず間抜けな返事をする。その態度に、藍染は露骨に眉を顰めた。

 

「私の伴侶となれと言ったんだ」

「えーと……ハンリョって、結婚しろってことですか?」

「そうだ」

「ムリです」

 

 菊理は手でバツ印を作って、明確に拒絶した。しかし、藍染はなおも食い下がる。

 

「私は超越者となった。虚圏、尸魂界、現世とどこの世界を見ても、私を超える存在はいない。どころか、私に着いてこれる程度の力すら持たぬ者ばかりだ。しかし、君は違う。この私に、僅かでも傷を付けたことは何より評価に値する」

「私が優れているのは、確かにその通りですが。それとあなたの妻になることと何の関係があるというのか」

「言っただろう。私は、君ならばふさわしいと思ったのだ」

 

 成程、理屈でなく感情の話か。理屈屋の藍染に、理屈の話をされたら尻尾を巻いて逃げ出すしかない菊理だが、一方彼女は感情の話は大の得意だ。なにせ、百年一つの想いを変えずに持ち続けているのだから。

 

「ごめんなさい。私、好きな人がいるので」

 

 藍染の眉根が僅かに寄った。

 

「ギンのことだね」

「ええ。私と彼はもう相思相愛なので、あなたに入る隙間はありません。どうか諦めてほしい」

「そうか。知らないかもしれないが、私は意外と強引でね。隙間が無いのならこじ開けることも厭わない」

「どういう……」

「君が私に従うのなら、私はギンを見逃そう」

「————————それは」

 

 思いも寄らぬ提案に、菊理は唇を噛んだ。

 もし自分が身を差し出せば、ギンの身の安全は保証される。これは、かなり好条件に思えた。……しかし。

 

(ギンは私のことを好きだって言ってくれた)

 

 ギンの言葉は、全く効果的だった。

 菊理はギンのためならば命を投げ捨てることも厭わない。何故なら、自分の価値をそうすることでしか表せなかったからだ。ギンにとっては乱菊が全てで、自分は都合の良い存在であればいいと考えていたからだ。

 

 しかし。しかし、今は違う。ギンは菊理への好意を示した。それは即ち、彼女は自分自身の価値を認めたということに他ならない。

 

(足掻く。足掻き続ける)

 

 まだ、手は残っているのだから。

 

「成程。私は最早、あなたには敵わないのかもしれない」

「その通り。君だけではない。この世界を見渡しても、私を斃せる者など存在し得ない。分かったならば、私に従いたまえ」

「でも、私は、好きな人を裏切りたくないんだ。悪いね、藍染さん」

「…………そうか」

 

 藍染の姿が、掻き消える。次の瞬間、彼は菊理の背後に回りその剣を振り下ろしていた。

 

「残念だ」

 

 続け様に、藍染は真横に向かって斬りつける。それをかろうじて躱した菊理の頬には、一筋の赤い線が引かれた。

 

「隠密歩法『四楓』の参、『空蝉』——成程。君は四楓院夜一に、僅かではあるが師事した身だったね」

「戯れ程度だったけれど、彼女は遊びに本気を出す気質でしたから。それでも、避けれるとは思わなかった。いや、避けさせてくれた、と言った方が正しいか」

「ほう。力量差をよく理解できているね」

「こと近接戦において、私があなたに太刀打ちできる筈もない」

「————鬼道戦なら私に対抗できる、と?」

「まあ、私は鬼道に関しては天才なので。卍解もありますし」

 

 こんなバレバレの挑発、普通ならば使わない。しかし、相手が今の藍染ならば——

 

「良いだろう。ならば、私も鬼道で君の相手をするとしよう」

 

 完全な力を手に入れて油断だらけ。挑発だと分かっていても乗ってくる。なぜならば、たとえ乗ったとしても負ける要素がないと、彼は思っているから。事実、菊理が幾ら時間を稼ごうと、藍染を倒す手段がある訳ではない。ジリ貧になるだけだ。

 それで良い。藍染を一秒でも長く足止めする。

 

(言弾の残弾は四発。『禁』が二発、『時間停止』と『黒棺』が一発ずつか)

 

 偽装詠唱も既に知られている。当てるだけでも一苦労だろうが、やれるだけのことはやってやる。

 

「——滲み出す黒濁の紋章」

「!」

 

 藍染が詠唱を始めたのを聞いて、菊理もそれに追従する。

 

「不遜なる狂気の器。沸き上がり・否定し・痺れ・瞬き・眠りを妨げる」

「爬行する鉄の王女。絶えず自壊する泥の人形」

「結合せよ、反発せよ。地に満ち己の無力を知れ」

 

 ————破道の九十『黒棺』

 

 鬼道の達人と超越者の完全詠唱による黒棺がぶつかり合う。地より這い登らんとする藍染の黒棺を、上から菊理の黒棺が抑える形だ。しかし、その規模は明らかに藍染の方が大きい。全力を出したにも関わらず、相殺仕切れなかった分の威力が、菊理に襲い掛かる。左足が黒棺に巻き込まれ、メキメキと嫌な音を立てた。

 

「ぐうっ……!」

 

 瞬時に空間回帰で骨折を治癒するが、その間に藍染は更なる一手を打つ。彼の詠唱を聞いた菊理は、倒れ込んだまま、すぐさま次の縛道を発動する。

 

「『赤煙遁』」

「む。——縛道の六十二『百歩欄干』」

 

 煙幕を張られたものの、お構いなしに藍染のマシンガンのような鬼道が撃ち込まれる。

 が、その鬼道は菊理の卍解『群青星見華』の能力によって反射され、藍染に跳ね返る。

 

(自分自身の攻撃なら通じるだろう!)

「成程。煙幕を張ったのは姿を隠すためではなく、鏡を私に見せないためか」

 

 しかし藍染は刀の一振りで自らの縛道を破壊し、動きを止める様子はない。

 

「『群青星見華』、か。強力な卍解だ。鬼道攻撃を全て跳ね返す——そこに吸収限界はなく、光を映すのと同じように鬼道を反射する」

「……お褒めに預かり光栄だね」

「だが、弱点も多い。一つ。斬撃に対する耐性は無い。軽い一振りで、容易く鏡は叩き割れる」

 

 冗談じゃない、と菊理は思った。確かに菊理の鏡は斬撃に対し脆弱だが、それでもたったの一撃で粉々になることなど、普通はない。藍染が強過ぎるだけだ。

 

「二つ。ある程度指向性のある鬼道しか跳ね返すことができない。先の黒棺。反鬼相殺で処理し損なったね。君の卍解が真に鬼道に対し万能であるならば、あんな怪我を負うことはなかっただろう」

 

 次々と己の弱点を指摘され、菊理は何度目かになる冷や汗をかく。この短い時間の攻防で、ここまで弱点を見抜かれるとは。

 

「これからは君への攻撃は黒棺で行うことにしよう。鏡で跳ね返せず、相殺もできない」

 

 ——ブラフだ、と菊理は見抜いた。いや、主戦法を黒棺に据えることは本当だろう。鬼道戦で数少ない、菊理に対する有効打だ。しかし、真の狙いはそれを口に出すことで菊理の意識を黒棺に向けること。その隙を突いて別の鬼道を撃ち込むつもりだろう。

 

 霊力。戦術眼。話術。どれを取っても藍染は超一流で、菊理はどう足掻いても届かない。

 彼女が誇れるのは、鬼道の腕前とギンへの想いだけだ。

 

(————十分。それだけあれば十分だ)

 

 それさえあれば、心置きなく暴れることができる。

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